目次
No.118~
No.118副住職ごあいさつ
No.119かんかんのう
No.120~129
No.123東北地方太平洋沖地震回向その2
No.122東北地方太平洋沖地震回向
No.121あるの、ないの、それとも……
No.120『断捨離』のすゝめ?
No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!
No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します
No.126あちら側とこちら側
No.127気づくこころが美しい
No.128無常
No.129「物欲は世界を救う」か?
No.130~139
No130.ドジョウ
No.131「それでも人生にイエスと言う」
No.132ご祈祷
No.133お祝いの言葉の交換
No.134年頭に……
No.135福は外、鬼は内
No.136東日本大震災1周忌回向
No.137悲しみの木
No.138団体参拝・すなお
No.139魚は水を出づれば忽(たちま)ち死す
No.140~149
No.140我性(がせい)
No.141無事是れ絆
No.142名前
No143畏敬の礼の心
No.144「こわれゆくもの」
No.145平成二十四年度ご祈祷と演芸会無事円成・年忘れ
No.146花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる
No.147聞く力
No.148赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて
No.149陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』
No.150~159
No.150 Have(ハヴ) A(ア) Nice(ナイス) Day(デイ)!
No.151ノアの方舟(はこぶね) 
No.152じぇ!じぇ!じぇ!
No.153盂蘭盆経~目蓮尊者の伝説
No.154在りし日の 背を洗うごと 墓洗う
No.155縁に随って、心法を忘ず
No.156代えがたいもの
No.157物語を信じる
No.158和をもって貴となす
No.159あなたが好き
No.160~169
No.1604年目
No.161はだかの王様
No.162お施餓鬼会

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No.118副住職ごあいさつ

陽岳寺護寺会便り平成22年12月1日No.118副住職ごあいさつ

みなさん、はじめまして。陽岳寺の副住職です。
本来ならば、皆様のご自宅へ挨拶に伺うところですが、この護寺会便りにかえさせていただきます。

ほぼ毎月刊行の護寺会便りは、私の師匠、父・陽岳寺住職の作であります。その護寺会便りにて、私の動向はお知らせしていました。

2007年の春、鎌倉は円覚寺の修行道場にいったこと。今年の春3週間ほど戻ってきていたこと、そして今年の夏に帰ってきたことなどをです。
深川の陽岳寺に帰ってきたのだから、すぐ皆さんにお伝えしようかと思ったのですが、8月の時点では私はただの修行僧でありました。
そこで、皆さんに報告するのは、陽岳寺の副住職になってからにしようと決めたのでした。

修行道場での経験に加え、陽岳寺の本山であります京都の妙心寺にて、9月に2泊3日の研修をおこない、11月15日に副住職の任命式(垂示式といいますが)をおこなってまいりました。2泊3日の研修や、本山での辞令があるなど、まるで会社のようだなと思ったものでしたが、これも時代の変遷のようです。

さて、陽岳寺では大事にしている行事があります。5月の第4土曜日のお施餓鬼と、11月の最終日曜日の祈祷会および演芸会です。
本年も無事11月28日に、祈祷会および演芸会を行うことができました。また、総代の方々が発起人となって、時期世代和尚の衣・袈裟料にと寄付を募り、415万5千円もの御寄進をいただきました。
祈祷会にお集まりいただきました皆さん、また護寺会員の皆様、そしてご寄進いただきました有志の方々には、厚くお礼を申し上げます。ありがとうございます。

祈祷会が私の初お披露目となったわけですが、そのときにお話ししたことがありました。
それは、お墓参りにいらっしゃるとき、ドアホンを押して、「○○から来ました○○です」と、ただそれだけでいいですから。顔を出していただけたら、ということです。
私は小さいころから本堂の隣の庫裡に住んでいましたし、お彼岸のときは皆さんの前に姿を見せていました。けれども、鎌倉にいっておりました3年半の空白は大きく、皆さんの顔と名前を覚えることが仕事のひとつでもあります。どうか、皆さんお姿を見せていただけたらなと思います。
そして、この挨拶には、それだけではない理由があるのです。
お寺という言葉からイメージできることは、葬儀や法事といったことだと思います。死んでからお世話になるところ、周囲にいただろう死んでいった人たちのためにある場所でしょうか?
そして、お寺とどう付き合えばいいか分からない。分かってはいるけれども、近寄りがたい。
実際、檀信徒の皆さんにとって、お寺との関係とは、親族らが死んでから始まる関係となっているように思います。通夜・葬儀、そして、お骨にして、納骨、時が経てば年回忌のお勤めをする、と。

しかし、お寺としては、そこまでに至る長い時間を共有して、ゆっくりと形成していく、お寺と檀信徒の皆さんとの共通理解・共通認識を深めていきたいと思うのです。
この時間感覚は、現代のような効率や合理性を優先する考え方とは相いれないものかもしれません。
通夜・葬儀・法事が少しずつ自分の気持ちを整理する場であると気づいてくれればと、住職は決まり切った法要では意味がない、つらい体験を乗り越えていく「過程」にしようと考えてきました。
本来、日本の葬送儀礼は、遠慮なく悲しみなどの感情表現ができる数少ない場であったのだと思います。故人を知る人が集まること。家族の知らない故人の一面を教えてもらうことによって、遺族にとって気持ちを整理できる場なのだと。そして、新しい家族に伝えていくためにも。

そのためにも、お墓参りのついででもかまいません。お寺のものと、もちろん家族親族の方々とも、話しをしてほしいと思うのです。その「過程」が、法要の内容として皆さんに返っていきます。
陽岳寺の先祖供養や年中行事などが、失われつつある絆を再生していく拠り所となるか、その役割は小さくないと思っています。

すこし難しい話しでしたが、思い出したときで結構ですので、お寺、お墓との繋がりを大事にしてほしいのです。今年もいろいろありましたと、来年もまた見守ってほしいと。
皆さんが健康でいらっしゃることが、なによりのご供養であるということです。
仏壇やお墓は、祈り願う場所です。しかし、その祈りや願いは届くことはないのでしょう。それならば、祈り願うわれわれが、私たち自身の祈りや願いを聞かなければならないのかもしれません。その気づきや確信によって心が充たされる。このことを心の中に生きるということだと、陽岳寺は考えています。
わたし達の生や死は、この広い心の世界に、産まれれば、縁が広がり、亡くなれば、また縁が広がっていることを気づくことです。
住職が言っていました。「父や母を子が思う心は、父や母が亡くなれば子の心の中に広がります。でもよく考えてみれば、その父や母も、自分を産んで育てた父や母を思っていたのだ。それが分かれば連鎖して広がっていくはずだ。そうしたら、今度は自分の源から追ってみれば、この繋がりが分かるし、自分以外の人も同じだ」と。

先日、法事の際、「新しい和尚さんのことは、なんという名前で呼べばいいのでしょう?」と聞かれたことがありました。宗派では、新たに命ずると書いて「新命(しんめい)さん」「新命和尚」という呼び名があります。この呼び名は、私たちお坊さんにはしっくりくるのですが、世間では知られていません。
そして、住職は答えました。「私はこう思っています。これからたくさん、新命さんと接するでしょう。接した人たちが、彼を、お寺の次の世代だと、多くの人が認めたとき、自然と呼び名が決まってくると思っています」と。
新命さん、副住さん、和尚さんとなんでも結構です。どうぞ皆さん声をかけていただければと思います。
(陽岳寺新命 合掌)


No.119かんかんのう

陽岳寺護寺会便り平成23年1月1日No.119かんかんのう

 成田山不動寺のご開帳が、文政四年(1821年)に深川永代寺であったとき、唐人踊りの見世物が催されました。
 この唐人踊りは、一気に江戸中に広がったということです。この唐人踊りの歌が、「かんかんのう」という歌でした。
 「看々那(かんかんのう)九(きゅう)連子(のれんす)九(きゅう)九連子(はきゅうれんす)。九九連々(きはきゅうれんれん)三叔阿(さんしょならへ)財副儞官様(ざいおほうにかんさん)………………」
 歌の文句は、ちんぷんかんぷんですが、同じ年に、両国に見世物として出され動物がひとこぶ駱駝(らくだ)で、ユーモラスと異国情緒をあおり、全国に面白おかしく広がっていったと思われるのです。やがて、庶民は、大きくのっしりとした人を、「らくだ」と呼ぶようになり、落語「らくだ」が誕生したのでしょう。

 落語に登場する”らくだ”は、名前を馬という男ですが、物語に登場がすでに死体ですし、題名があだ名ですから、考えてみれば斬新な落語でもあります。
 死んだらくだの生き様は、登場人物によって語られるだけです。語り部は、屑屋の久六、やくざの半次、びんぼう長屋の月番である下駄の歯入屋、家主、八百屋です。

 お話しは、面白おかしく、大笑いしながら、月番に香典を集めさせ、大家からは酒と、どんぶりに大盛りの煮染めに飯二升、八百屋からは菜漬け用の四斗樽を棺桶として、天秤に荒縄をせしめます。
 二人で通夜をしてどんちゃん騒ぎながらも、朝方まで語り明かすも、翌朝、二人が棺桶を落合の焼き場まで担いで行くのです。しかも、到着した落合では、古樽だったので底が抜け、死体を落としたことを告げられ、探しにもと来た道を戻ります。ようやく見つけたものの、見つけたらくだは間違えの願人坊主の酔っ払いで樽に詰めてしまいます。落合で火葬しようと火を点けたところで、落ちになります。

 笑いながら、三遊亭円生のCDを聞きながら、今だったら、きっと”らくだ”を見つけた人は、福祉事務所や警察に電話するだろうなどと考えてしまうのです。その後はどうなるのか、気にはするものの、日常のあわただしさに追われて、いつしか忘れられることでもあるのでしょう。
 江戸末期より明治に至るこの時代、今の時代より、もっともっと住まいも、モノの少なさ、種類の少なさ、不便さも、比較にならないほど貧しかった時代だったはずだ。
 それにしても、落語の話ではあるものの、この時代の世界は、なんと生き生きしていたのだろうかと思います。だいたい死体を背負い起こして、「カンカンノウ キュウノレンス」と踊らせることが許されるというのか、その許すという点を突破した人間の自由さ、おおらかさをです。今の笑う自分を考えてみると、虚しく思うことでもあります。もっとも創作の世界ですが……。

 らくだの財布の中身は年中からっけつで、長屋に住んでいながらも、住人とは、嫌われて、怖がられる存在。生きて係わっていた人は、らくだの死に、赤飯を炊いて喜ぼうとするものの、らくだの最後にささやかな長屋生活の庶民の花を咲かせています。

 半次と久六は、酒を飲みながらも、立場が逆転するさまは、庶民の逆襲のようであり、ここにおいて半次と久六は同じ立場となります。久六は、半次に言い付け、同じ棟の店子の女房からカミソリを仮受け、らくだの頭を剃りあげ旅立ちの準備をします。しかも、その剃り上げたことが、翌日の願人坊主(がんにんぼうず)との取り違えに発展するから、見事な伏線です。
 ちなみに願人坊主とは、宗派本山に僧籍を持たない僧侶の姿をした人で、当時は、怪しげな旗を立てたり、施主に変わって願掛けや水垢離をしたり、お経を読んだりもしたのでしょうか、穴を掘って暮らしていたとも言われますが、今の時代なら、どんな穴になっているでしょうか。

 三遊亭円生の通夜。
 《そのらくだは、買え買えと、「狸の毛皮一枚を買わないか」と、こう言ったことがあるんです。何度も煮え湯を飲まされながらも、そこには、貧乏根性があるのか、狸の皮なら儲かると、のった私が悪かった。買うならすぐに手付け五百をよこせと、狸の皮を見せるのが先だと、すったもんだをくり返し、男は度胸だと出した五百。
 その五百をもぎ取り、らくだは外に、買ってきた酒と肴で、「さあ飲め、食え」で、酒にありつけて「有難てえ、有難てえ」と。
 そのうち狸の皮を思い出し、らくだにせがむと、らくだは、畳を上げ根太をはがして、「ここにあるから見て見ろ」とらくだが言う。縁の下をのぞき込むと、らくだが、久六の頭の上に畳を敷き、ドカッと座って、久六は床下で動けない。「馬鹿なことしちゃいけない。どこにあるんだ」と。
 らくだは、「お前の前にある。長屋に年古く住んでいる狸がお前の前にいる。二、三間先に穴があってそん中にいるから、そいつを穴から出してトッつかめえて持って行くんだ」と。「生きていちゃイヤだ」というと、「こう言うのを捕らぬ狸の皮算用」てんだ、お前を出すには、あと金五百よこせ」と、とうとう半次さん一貫を不意にしちまった。》

 古今亭志ん生の演じた、通夜。
《ふー、親方、あんたも偉いね。それでこそ兄弟分てんだ。金があって葬式出すのはだれだってできらぁ。なくって出すんだ。仏になったやつを悪く言いたかないが、らくだってやつはひどいね。こないだなぁ、左甚五郎の蛙を売るってんだ。さすが甚五郎だね、良く出来てるね。これなら十円で買うってったら、売るって俺の手の上に置いた。生きていやがる。チクショー。
 もっと(酒)注げよ。釜の蓋が開かないだろうって? 冗談じゃね~や。雨の二日や三日振ってもなぁ~、おう、家族を飢えさせる久六さんじゃねえんだよ。見損なうな。このお酒はおめえ一人でとった酒じゃねえぞ。ケツを上げろぃ。てめえのケツじゃねえんだ。徳利のケツをよ。こんなしみったれた大家の家から来た煮〆だけじゃぁなく、魚屋行ってマグロの中トロのブツでも持ってこい。いやだのと言ったらカンカンノウを踊らせる、と言って持ってこい。》

桂文珍のらくだは、半次が脳天の熊五郎に変わって、紙屑屋との通夜。
 《熊五郎が、山水画の雪舟の鼠が手に入ったという。それを買えという。そんな鼠が手には入ったら、わて、買いますわというと。生きた鼠を手に乗せられました。
 今の紙屑屋になった顛末を、すべて酒のせいで貧乏所帯になった話しはじめる。日常の生活の中の情愛を語る紙屑屋に、熊五郎はすっかり聞き役にまわり、うつむいて泣く熊五郎に、兄弟になって二人してらくだの湯灌をし、ひげを剃ろうとするが、カミソリがない。この先の店子に娘三人が暮らしているから、そこで借りてこいと。貸してくれなかったららくだを連れていって、カンカン踊りをしてやるぞと下げる。》

 立川談志は、この通夜に独特の人情を添えます。
 《久六が酔うほどに、怒り、悔しさ、情けなさ、必死さ、涙と笑いを誘いながら、ある時、通り雨がやってきて雨宿りを二人でしている時がありました。
 すると、らくだが、「この雨を買え」と言い出して、「そんな出来もしないこと言わないでくれ」と、いうつもりで黙っていた時のことです。あたしが黙っていますとね、何を思ったんでしょうね。らくださんがあたしの頭をコンとこづいてね、その後、じっと雨をみつめているんですよね、あのらくださんが。寂しかったんでしょうかね、らくださんも。》
 通夜で語る、らくだと屑屋の行状。酒が入ったとはいえ、そこに小市民的な久六の思いと無法者のらくだがあぶり出されています。そして、庶民の通夜やしきたり、野送りの姿を原型として彷彿させるのです。落語の、人の不幸を、こういう形であぶり出し、笑いにするすごさに敬服します。
 今年もよろしくお願い申し上げます。

◎正月は誰にでもやって来るモノです。その正月に一休禅師は、歌を創って人に渡したそうです。門松や冥土の旅の一里塚 目出度くもあり目出度くもなし 

No.123東北地方太平洋沖地震回向その2

陽岳寺護寺会便り平成23年4月1日No.123                                                    

  あの地震からテレビやラジオでは、ACジャパン(旧・公共広告機構)によるCMばかり放送されています。3月末になって、やっと震災に関連したキャンペーンがはじまったようです。ACのホームページを見ると、全国・支援・地域・NHK共同キャンペーンとキャンペーンごとに種々CMがあり。地域によって、流れるCMが違うんだそうです。
  種々CMが放送されているわけですが、CMで使用されている詩を引用して、陽岳寺は回向文をつくりました(宮澤章二さん「行為の意味」、金子みすゞ「こだまでせうか」の詩)。
  回向とは、自分が積み重ねた功徳を相手にめぐらしふりむけて与えることです。そのために読む文を回向文と、ここでは言います。お経と回向は、セットです。こういうかたちでお経を読んでもいいと思います。
  そして、その回向文をNo.122護寺会便りとして、お彼岸で墓参にいらっしゃった方々にお配りしました。
  春彼岸号をお読みになりたい方は、墓参の際、寺の者に言ってください。または、陽岳寺ホームページより掲載ページを閲覧してください(URL:http://www.yougakuji.org/)。

被災地の安寧と復興を念じ、般若心経を読む(東北地方太平洋沖地震回向その2)

東北地方太平洋沖地震で被災された皆様、関係者の皆様には謹んでお見舞い申し上げます。
あの日から、それなりの日数が経っていますが、日本列島全土に渡り余震は続いていますし、原発は白煙を吹き出し続け、停電・放射線についての情報が続々と入ってきます。関東以外の営業所の機能を強化する企業や、関東から遠くへと疎開する人々もいると聞きます。
それでも、我々は「きっと、そのうち何とかなるだろうし、なるようにしかならない」と自分自身を説得しようとするのだと思いますが、「テレビや新聞を見ていても、どうも良くなる感じがしない」と、鬱々とした気分の方も多いはずです。
私たちの住む町は、日本は、このままどうにかなってしまうのではないか?東北・関東地方全域という広大な被災地の復興は、いつかは解決するんだろうと楽観的に思う気持ちもありつつ、漠然とした不安が心のどこかに沈んでいると思います。
さて、テレビや新聞によって、巨大地震という想定外の事態を憂い、社会には不謹慎、自粛ムードがじわじわと広がっているように見えます。
しかし、スッキリとしない心持ちのまま、心配や不安にさいなまれてまで、「我々には一体何が出来るのだろうか!」と考える必要はあるのでしょうか。『義援金の寄付、ボランティア、献血、節電、買い占めはやめよう、日本経済を潤そう』といった言葉に、あなたは協力しなきゃいけないな、何かをすべきなのだが、と感じていませんか。

おのれこそ おのれのよるべ
おのれを措きて 誰のよるべぞ
よくととのえし おのれにこそ
まことえがたき よるべをぞ獲ん

これは、法句経にある言葉です。この言葉は、「私自身にしか私を救えず、この私を置いて誰が私を救えるだろうか、よく制した私しか本当に私を救ってはくれない」と、いいます。
「私のことは私が一番よく知っている!」と思っていても、テレビで被災地の様子を見続け、スーパーやコンビニで買い急ぐ人々を見続ければ、人知れず自分知れず「小さな不安・心配」はつのっていくのでしょう。いくら自分で自分が正常だと思っていても、それは本当でしょうか?はたから見ても分からない。まして、自分でも分からないものです。
私はお悟りを得た、と言いふらす輩を貴方は信じられますか。ただちに影響はない、という言葉を貴方は信じられますか。私は大丈夫だ、と言う自分を貴方は信じられますか。
信じるのも、疑うのも、心です。心とは、よりどころがなく、かといって決して無いとはいえないものです。あるようでない、ないようであるのが、心なのだと思います。
地震によって大きく揺れうごく大地に触れ、私たちの心も揺れうごきます。海から大地へと大きな波が押し寄せるように、心には不安・心配といった様々な波が寄せては返すのです。
そんな自分自身の揺れる心に触れたとき、人は、こころの水面が波打ったとしても、次第に収まること。水中に泥や土が舞い上がったとしても、いつか水は澄むこと。底深き淵には、揺るぎない心安らかなるところがあることに気付くのだと思います。

底深き淵の 澄みて
静かなるごとく 心あるものは
道をききて こころ やすらかなり

法句経にある言葉です。この言葉は、「底の深い湖は、澄んで濁ることのないように、賢い人々は、真理を耳にしているがゆえに自分自身の心を澄み沈めている」と、いいます。
地震や津波、報道によって、怒り・悲しみ・恐れといった感情がこころ波打ちますが、揺らす心は自分自身なのだと気付けば、私には沈める心もあるはずだと気付きます。
心中がざわめき、よどもうとも、いつか心を冷静に見つめ正せば、なごみ、安らぎ、穏やかな心があることに気付くことができます。
哲学者・西田幾多郎氏の短歌に『わが心深き底あり 喜びも憂いの波も とどかじと思う』とあります。
想像もつかない人の心の奥深さを考えてみれば、我々はみな仏の心・無心を持っているのではないかと思うのです。底の抜けた先があると。無心とは心がないことではありません。
般若心経とは、心を学ぶお経です。
人は、般若心経の核心である、仏の智慧を対照的に悟ることはできません。ですが、その仏の智慧を生きることはできます。なぜなら、この世界で私が生きて、その同じ世界の中で、他人と交流し、相い支えあって、そのすべてが、空を本質としているからです。
どこにも、本体をもつような存在はなく、すべてがつながっている。しかし、その繫がっているものを対象化して見れば、世界は固定されてしまいます。
  般若心経の心とは、ただ生きることです。ただ一瞬一瞬を生きることです。ただひたすらに生きていること、きっと、それは自己が創り出した不安や恐怖を忘れることでもあると、気づくでしょう。
  だからそんな自己が創り出した不安や恐怖に降り回されずに、大きく深呼吸することで、空っぽの心を私に訪れさせることも大切なことだとわかるでしょう。自分自身から逃れることができないことがわかったら、心の本質を学びましょう。『般若心経』の根本的な視点です。
1000年に一度という地震が起きて、テレビや新聞で被災地が、原発がと、日々刻々変化して報道されます。そのたびに私たちの心は揺れます。そんな揺れる心に従うことを知れば、少しでも安らぎが取り戻せればと思います。一瞬一瞬をひたすら生きるなかに、世界は仏心で溢れるでしょう。
それでは、これから般若心経をお読みします。2011-03-11東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方々、被災し避難している方々、警察・消防・自衛隊員、ボランティアの方々、津波にも地震にも遠い場所で生活している方々。日本、世界のすべての人のためにです。みんなの、みんなにより、みんなのため、ご冥福、ご多幸、ご無事をお祈りいたします。みんなが助け合い、一生懸命に生きる姿から、改めて日本の素晴らしさに気付いた人は多かったはずです。そんな日本に住む我々だからこそ、必ず立ち上がれると、日本・被災地の安寧と復興を念じおります。
<読経 般若心経>                      (陽岳小副住 真人合掌)
○彼岸、また終わった後にも、多くの方が墓参に来てくださいました。家の中に閉じこもるのではなく、お墓にお参りする功徳とは、祈りですが、「とんでもないことが起きたね。だいじょうかい。ありがとう。そばに居るからね。ありがとう」と、こんな声を聞きたくて、もしかして、お墓参りをしたのではないかと思っています。
この地震で陽岳寺に大きな被害はなかったものの、多くの墓石が、地震に揺らいだようです。さお石や台石がほんの少し動いたもの、目地が取れてしまったものもあります。
今、石屋さんが調べています。中には台石をはずして石を据え直さなければならないものもあるそうです。次にも被害を出さないように、どうしたらよいかを考えております。早急に結論を出して、お知らせ致します。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:32:04

No.122東北地方太平洋沖地震回向

陽岳寺護寺会便り平成23年3月19日No.122東北地方太平洋沖地震 回向

  地震から数日、テレビでは、社団法人ACジャパンのCMばかり流れています。ホームページを見ると、全国・支援・地域・NHK共同キャンペーンとキャンペーンごとに種々CMがあり。地域によって、流れるCMが違うんだそうです。
  種々、CMが放送されているわけですが、「見える気持ちに。」「こだまでしょうか」からそれぞれ詩を引用させてもらいました。
  ACのCMをみて、回向文をつくりました。回向とは、自分が積み重ねた功徳を相手にめぐらしふりむけて与えることです。そのために読む文を回向文と、ここでは言います。お経と回向は、セットになっているのです。
  
  東北地方太平洋沖地震 回向-思い祈り願い、般若心経を読む
  2011年3月11日金曜日の午後3時前、東北地方太平洋沖で、1000年ぶりといわれる巨大地震がおきました。いまも余震がおこり、日本だけでなく世界全体が注目しています。
  今回の地震では、揺れだけではなく、津波の被害も甚大でした。10mをこえる津波が各所を襲いました。津波が、海や川から陸地へと向かっていったのでした。
  港や防波堤をこえ、土砂や車、家々を巻き込み、黒い津波となって、いたるところを呑み込み、浸水したのでした。人々は建物や高台などの高いところに逃げ、津波を知る・知らずに関わらず逃げ遅れた人々がたくさんいました。地震と津波で交通が分断され孤立する場所がたくさんありました。海や川をただよい、たどりつく人々もいました。先に逝った親しい人たち、安否不明の人たち。
  そこから離れた場所では、電車がとまり、建物や道路が倒れたり、壊れたりしました。遠い家まで歩いて帰る人たち、帰れない人たち、ガス・水道が止まり困る人たち。
  連日、テレビやラジオでは被災地の様子が放送されています。
  被災地の光景を実際目にしたら、わたしたちは何を考えるのでしょうか。すべてを為す気がおきず、どうしていいか分からず、ぼんやりとしているのでしょうか。
  テレビやラジオで被災地の様子を見聞きして、わたしたちは何を思うのでしょうか。しばらく経ち、ふと我に返って、心配になって、自分を忘れて、不安に振り回されて、目的もなく、本能のままに、衝動的に動き回るのでしょうか。
  自分の意志で、自覚した心で行動することが、いかに難しく、大事なことなのか。空しさを埋めようと、ただひたすらに、やみくもに行動するから、自分でも収拾がつかなくなるのでしょう。不安にかられ食べ物の買い占めに走り、デマに惑わされる。空しさにさいなまれる。なぜあの人はいなくなり、なぜ私は生きている。
  
  その空しさは、形ある物はいつか壊れ、移りゆくことに気付かされた証なのだと思います。人が空しさを感じることは、人生を歩むことです。そして次に、心の空しさを感じ、その心の空しさを充たすために必要なことはなんでしょうか。
  心とは、よりどころがなく、かといって決して無いとはいえないもの。あるようでない、ないようであるのが、心なのだと思います。
  その心の空しさを、どうにかしたい。正しく充たすためには、どうしたらいいでしょうか。
  詩人の宮澤章二さん作で、ごま書房新社が出版している「行為の意味―青春前期のきみたちに」という本の中に次のような詩があります。
  
  「こころ」はだれにも見えないけれど
  「こころづかい」は見える
  「思い」は見えないけれど
  「思いやり」はだれにでも見える
  
  仏壇やお墓は、祈り願う場所です。しかし、その祈りや願いは届くことはないのでしょう。それならば、祈り願うわれわれが、私たち自身の祈りや願いを聞かなければならないのかもしれません。
  「こころ」「思い」はだれにも見えません。それでも、祈り願わずにはいられないのは、空しさを充たそうとする「こころ」「思い」によるのでしょう。そして、その「こころづかい」「思いやり」という行為として、だれにでも見えるとき、その空しさは、気づきや確信によって心が充たされ、心の中に生きるということになるのだと思います。
  般若心経とは、心を学ぶお経です。「こころ」「思い」の本質とは、空しさを感じ、さらに空しさを生きることなのだと思います。
  仏壇やお墓だけが、祈り願う場所とは限りません。あなたが思うところは、いつでも、どこでも祈り願う場所になります。テレビの前も、ラジオの前も、布団の中も。
  
  「こだまでしょうか」という詩があります。詩人の金子みすゞさん作です。
  
  「遊ぼう」っていうと
  「遊ぼう」っていう。
  「ばか」っていうと
  「ばか」っていう。
  「もう遊ばない」っていうと
  「遊ばない」っていう。
  そうして、あとで
  さみしくなって、
  「ごめんね」っていうと
  「ごめんね」っていう。
  こだまでしょうか、
  いいえ、だれでも。
  
  ことばは、人から人へと「こだま」します。ことばだけではなく、祈りや願いも「こだま」します。
  先に逝った親しい人たちは、わたしたちに、ことば、祈り、願いを届けてくれるでしょうか。教えてくれるでしょうか。自分の意志で、自覚した心で、ことば、祈り、願いを行動することが、心の空しさを正しく充たすことなのでしょう。
  それでは、これから般若心経をお読みします。東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方々、被災し避難している方々、自衛隊員、警察、消防、ボランティアの方々、津波にも地震にも遠い場所で生活している方々。日本、世界のすべての人のためにです。みんなの、みんなにより、みんなのため、ご冥福、ご多幸、ご無事をお祈りいたします。
読経 般若心経    (副住職)

No.121あるの、ないの、それとも……

陽岳寺護寺会便り平成23年3月1日No.121あるの、ないの、それとも……

 谷川俊太郎の詩に、『黄色い鳥のいる風景~ポール・クレーの絵による「絵本」のために』があります。

とりがいるから そらがある
そらがあるから ふうせんがある
ふうせんがあるから こどもがはしってる
こどもがはしってるから わらいがある
わらいがあるから かなしみがある いのりがある ひざまずくじめんがある
みずがながれていて きのうときょうがある
きいろいとりがいるから すべてのいろとかたちとうごき
せかいがある

 この詩を読むとき、「鳥がいるから、空がある」と、実は、「つがっている」と詩を書いている詩人こそ、ものがたりを想像する、それは、つなげていることに気がつくでしょう。しかも自由にです。
 でも「鳥がいるから空がある」とは、普通書かないのではないかと思うのです。「そらがあるから、とりがいる」と……。
 鳥の進化の歴史からは、空があったから、何ものかが鳥となったはずです。谷川俊太郎という詩人は、そんなことお構いなく、結びつけてゆくことを遊んでいると、思いませんか。しかもまったく自由にです……。
 人は世界とつながりながら、自分自身を存在するモノとして意味づけているともいえます。意味づけなければ、人は生きていけないとも考えることができます。世界で起きている出来事を見ているとつくづく思うのです。独裁者がいるから自由が欲しいのであり、自由ばかりだったら、もしかしたら、強烈に導いてくれる指導者が欲しいかもしれません。
 だからこそ、「すべてのいろとかたちとうごき せかいがある」と、谷川俊太郎の詩はここから先は、読者のイメージに任せています。
 現実のつながった世界は、心ともいえるものです。現実には、憎しみやねたみがあり、保身や欲望があり、自我を強大にした結果、戦争があり、多くの善良な人の死もあることは歴史の事実です。
 さらに、つながった世界を見れば、死後もあるのだと思いたいし、死後のその後も、ずっとつながってゆくことに気づかないでしょうか。極楽も天国も地獄もです。
 でもこれは、自由に在るでつながったことで、かえって、人を不自由にもたらすこともあるわけです。仏陀釈尊は、もしかして、そんなことを考えたかどうか、解らないけれど、存在と所有という問題に道筋を描いてくれたと思っています。

 そのつながりを考えてみると、心の世界では、選択であり束縛あり、意味と無意味、価値と無価値、もっといえば、善いことと悪いこと、幸福と不幸、死と生、順逆の関係の中に、よくいう自由とは、何と自分に対して責任を問うことかと思うのです。
 意味づけは、評価という形で表現することもできます。その評価に一つでも傷がつけば、その傷を多数の人は問題にします。自分でその傷を消そうとすれば、その世界からアウトしなければ、傷は消えないこともあります。しかも、評価の履歴はその世界に入会したときから記録となり、まるで、その人物を意味づけています。評価の履歴こそがつながっている人であると意味づけるからです。
 インターネットのヤフーやAmazonドットコムにしても、その評価が自分の価値を意味づけてくれることに気づきます。
 考えてみれば、怖いことでもあります。意味づけられた私は、私であって私でないからです。なぜなら変わり続けることを本質とするならば、一瞬の今を生きる私は、過去の私や未来の私ではないはずだからです。
 そんな価値を保つことを考えてみれば、つながっていることが不幸になることもあります。それは、人の価値こそが、インターネットの世界に生きる財産だとしたら。例えば、今流行のフェースブック、何億という人間がフェースブックの中でつながることを意味あることと、自分の価値を築こうとしているからです。その価値に縛られることになります。人生は相対的なつながっている世界に生きるゆえに、得たり失ったり、保守や革新、富や貧富、その結果が歩みであるかのようです。

 そのつながった歩みの悲喜こもごもを、般若心経では、縁起はないのだと否定しています。本来縁起はないとです。悲喜こもごも有ると思っていることは、本来無いのだと、これは仏陀釈尊と、深く般若波羅密を行じた観世音菩薩の言葉でもあるのです。
 さて、仏教はもう一つの見方を提案しています。
 「とりがいなかったら そらがない」、「そらがなかったら ふうせんがない」です。
 でもです。在ると無いに共通する心のはたらきは、無いと在ると心に画いたモノであるならば、これも意識による意味づけです。在るということ、無いということを意識において持ち続けることこそ、無明あるいは無知と仏教はいいます。確かに初期仏教では、無いことを求め続けて涅槃にたどりつくことを考えた人々もいました。でもそれでは、自由さも無くなってしまいます。自由とははたらきだからです。怒ったり、笑ったり、喜んだり悲しんだりという自由さ、しかも、その怒りや笑い、喜びや悲しみとらわれない自由さこそ、禅の目指す道であり、般若心経の教えなのだと思っています。

 「わらいがあるから かなしみがある いのりがある ひざまずくじめんがある」と。
 実は、谷川俊太郎は、何も無い、真っ白なキャンバスに、言葉で鳥を描き、空を画き、風船を画いていることに気づきました。
 そう、最初は真っ白な、何も無いモノに在る、あるいは、居ると書き付けていることです。何も無いトコロに、空という、無というところから、在ると居るが浮かび上がり、紡がせているモノは、存在でしょうか。存在だとしたら対照的な事物なはずです。
 自由につなげている世界は、もともと何ものも束縛されない世界であり、対象として捉えることができないモノのようです。あえていうなら真っ白なキャンバスと。

 しかもその真っ白なキャンバスには、たくさんのモノが書いてあるけれども、谷川俊太郎が創作したこの詩を読むことによって、浮かび上がってくるような、初めから私の心は「わらいがあるから かなしみがある いのりがある」と、真っ白なキャンバスには描いてあるような気がするのです。しかも、在ると居るで、つながっているものは、もっと考えてみると、空間だけではなく、時間もつなつながっているし、歴史も含めて記憶や行為まで、すべてつながっていることに気づきくのです。だからこそ、すべては自由につながっている。空であり無であることが前提となっているのではないでしょうか。だから、どうせ描くなら、与えられた善いことをたくさんたくさん描きたいものです。真っ白なキャンバスのはたらきとしてです。(住職)
◎寒さと暖かさが互いにせめぎ合いながらも、春彼岸を、迎えようとしております。
 お彼岸は、3月18日(金)から24日(木)までで、21日が彼岸の中日です。 


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