目次
No.118~
No.118副住職ごあいさつ
No.119かんかんのう
No.120~129
No.123東北地方太平洋沖地震回向その2
No.122東北地方太平洋沖地震回向
No.121あるの、ないの、それとも……
No.120『断捨離』のすゝめ?
No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!
No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します
No.126あちら側とこちら側
No.127気づくこころが美しい
No.128無常
No.129「物欲は世界を救う」か?
No.130~139
No130.ドジョウ
No.131「それでも人生にイエスと言う」
No.132ご祈祷
No.133お祝いの言葉の交換
No.134年頭に……
No.135福は外、鬼は内
No.136東日本大震災1周忌回向
No.137悲しみの木
No.138団体参拝・すなお
No.139魚は水を出づれば忽(たちま)ち死す
No.140~149
No.140我性(がせい)
No.141無事是れ絆
No.142名前
No143畏敬の礼の心
No.144「こわれゆくもの」
No.145平成二十四年度ご祈祷と演芸会無事円成・年忘れ
No.146花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる
No.147聞く力
No.148赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて
No.149陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』
No.150~159
No.150 Have(ハヴ) A(ア) Nice(ナイス) Day(デイ)!
No.151ノアの方舟(はこぶね) 
No.152じぇ!じぇ!じぇ!
No.153盂蘭盆経~目蓮尊者の伝説
No.154在りし日の 背を洗うごと 墓洗う
No.155縁に随って、心法を忘ず
No.156代えがたいもの
No.157物語を信じる
No.158和をもって貴となす
No.159あなたが好き
No.160~169
No.1604年目
No.161はだかの王様
No.162お施餓鬼会

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No.121あるの、ないの、それとも……

陽岳寺護寺会便り平成23年3月1日No.121あるの、ないの、それとも……

 谷川俊太郎の詩に、『黄色い鳥のいる風景~ポール・クレーの絵による「絵本」のために』があります。

とりがいるから そらがある
そらがあるから ふうせんがある
ふうせんがあるから こどもがはしってる
こどもがはしってるから わらいがある
わらいがあるから かなしみがある いのりがある ひざまずくじめんがある
みずがながれていて きのうときょうがある
きいろいとりがいるから すべてのいろとかたちとうごき
せかいがある

 この詩を読むとき、「鳥がいるから、空がある」と、実は、「つがっている」と詩を書いている詩人こそ、ものがたりを想像する、それは、つなげていることに気がつくでしょう。しかも自由にです。
 でも「鳥がいるから空がある」とは、普通書かないのではないかと思うのです。「そらがあるから、とりがいる」と……。
 鳥の進化の歴史からは、空があったから、何ものかが鳥となったはずです。谷川俊太郎という詩人は、そんなことお構いなく、結びつけてゆくことを遊んでいると、思いませんか。しかもまったく自由にです……。
 人は世界とつながりながら、自分自身を存在するモノとして意味づけているともいえます。意味づけなければ、人は生きていけないとも考えることができます。世界で起きている出来事を見ているとつくづく思うのです。独裁者がいるから自由が欲しいのであり、自由ばかりだったら、もしかしたら、強烈に導いてくれる指導者が欲しいかもしれません。
 だからこそ、「すべてのいろとかたちとうごき せかいがある」と、谷川俊太郎の詩はここから先は、読者のイメージに任せています。
 現実のつながった世界は、心ともいえるものです。現実には、憎しみやねたみがあり、保身や欲望があり、自我を強大にした結果、戦争があり、多くの善良な人の死もあることは歴史の事実です。
 さらに、つながった世界を見れば、死後もあるのだと思いたいし、死後のその後も、ずっとつながってゆくことに気づかないでしょうか。極楽も天国も地獄もです。
 でもこれは、自由に在るでつながったことで、かえって、人を不自由にもたらすこともあるわけです。仏陀釈尊は、もしかして、そんなことを考えたかどうか、解らないけれど、存在と所有という問題に道筋を描いてくれたと思っています。

 そのつながりを考えてみると、心の世界では、選択であり束縛あり、意味と無意味、価値と無価値、もっといえば、善いことと悪いこと、幸福と不幸、死と生、順逆の関係の中に、よくいう自由とは、何と自分に対して責任を問うことかと思うのです。
 意味づけは、評価という形で表現することもできます。その評価に一つでも傷がつけば、その傷を多数の人は問題にします。自分でその傷を消そうとすれば、その世界からアウトしなければ、傷は消えないこともあります。しかも、評価の履歴はその世界に入会したときから記録となり、まるで、その人物を意味づけています。評価の履歴こそがつながっている人であると意味づけるからです。
 インターネットのヤフーやAmazonドットコムにしても、その評価が自分の価値を意味づけてくれることに気づきます。
 考えてみれば、怖いことでもあります。意味づけられた私は、私であって私でないからです。なぜなら変わり続けることを本質とするならば、一瞬の今を生きる私は、過去の私や未来の私ではないはずだからです。
 そんな価値を保つことを考えてみれば、つながっていることが不幸になることもあります。それは、人の価値こそが、インターネットの世界に生きる財産だとしたら。例えば、今流行のフェースブック、何億という人間がフェースブックの中でつながることを意味あることと、自分の価値を築こうとしているからです。その価値に縛られることになります。人生は相対的なつながっている世界に生きるゆえに、得たり失ったり、保守や革新、富や貧富、その結果が歩みであるかのようです。

 そのつながった歩みの悲喜こもごもを、般若心経では、縁起はないのだと否定しています。本来縁起はないとです。悲喜こもごも有ると思っていることは、本来無いのだと、これは仏陀釈尊と、深く般若波羅密を行じた観世音菩薩の言葉でもあるのです。
 さて、仏教はもう一つの見方を提案しています。
 「とりがいなかったら そらがない」、「そらがなかったら ふうせんがない」です。
 でもです。在ると無いに共通する心のはたらきは、無いと在ると心に画いたモノであるならば、これも意識による意味づけです。在るということ、無いということを意識において持ち続けることこそ、無明あるいは無知と仏教はいいます。確かに初期仏教では、無いことを求め続けて涅槃にたどりつくことを考えた人々もいました。でもそれでは、自由さも無くなってしまいます。自由とははたらきだからです。怒ったり、笑ったり、喜んだり悲しんだりという自由さ、しかも、その怒りや笑い、喜びや悲しみとらわれない自由さこそ、禅の目指す道であり、般若心経の教えなのだと思っています。

 「わらいがあるから かなしみがある いのりがある ひざまずくじめんがある」と。
 実は、谷川俊太郎は、何も無い、真っ白なキャンバスに、言葉で鳥を描き、空を画き、風船を画いていることに気づきました。
 そう、最初は真っ白な、何も無いモノに在る、あるいは、居ると書き付けていることです。何も無いトコロに、空という、無というところから、在ると居るが浮かび上がり、紡がせているモノは、存在でしょうか。存在だとしたら対照的な事物なはずです。
 自由につなげている世界は、もともと何ものも束縛されない世界であり、対象として捉えることができないモノのようです。あえていうなら真っ白なキャンバスと。

 しかもその真っ白なキャンバスには、たくさんのモノが書いてあるけれども、谷川俊太郎が創作したこの詩を読むことによって、浮かび上がってくるような、初めから私の心は「わらいがあるから かなしみがある いのりがある」と、真っ白なキャンバスには描いてあるような気がするのです。しかも、在ると居るで、つながっているものは、もっと考えてみると、空間だけではなく、時間もつなつながっているし、歴史も含めて記憶や行為まで、すべてつながっていることに気づきくのです。だからこそ、すべては自由につながっている。空であり無であることが前提となっているのではないでしょうか。だから、どうせ描くなら、与えられた善いことをたくさんたくさん描きたいものです。真っ白なキャンバスのはたらきとしてです。(住職)
◎寒さと暖かさが互いにせめぎ合いながらも、春彼岸を、迎えようとしております。
 お彼岸は、3月18日(金)から24日(木)までで、21日が彼岸の中日です。 

No.120『断捨離』のすゝめ?

陽岳寺護寺会便り平成23年1月1日No.119『断捨離』のすゝめ?

2011年のお正月は、2010年の8月に鎌倉・円覚寺から、東京は深川の陽岳寺に帰山して最初のお正月。年末、年始と多くの方が墓参にいらっしゃいました。その際、私は副住職として、これから宜しくお願いしますと申し上げました。
皆さんから、あんなに小さかった子が大きくなって・・・、今年も宜しくお願いします、護寺会便りを読みましたよ!また、新命(しんめい)さんって呼ぶんですね!との言葉をいただきました。
皆さん読んでくれているんだなと嬉しく思い、また、住職がこれまで連綿と続けてきたことの意味を考えさせられるのでした。

今回も住職が年賀状の文面を考えていました。
昨年末、新聞の川柳や投稿欄を見ていると、年賀状についてのものが多く見られました。
『年賀状 生きてる証に 投函し』
これは第23回サラリーマン川柳にあったものです。
まるで年賀状は「元気で生きているよ!」という安否確認手段のようです。やめようと思えば、やめられることです。それでも、手をつなぎたい、つないでいたい。そう思わせるものは、いったい何でしょうか。
陽岳寺の法要の回向に「生まれれば縁が広がり、亡くなれば、また縁が広がる」とあります。
生きることとは、命とは、生きるためにあるのだと思います。なんびとたりとも、その生を邪魔することなど出来やしないのです。たとえ臨床の立場から死んだのだと判断されても、その人を知る人々の心のなかで彼(女)は生きている!
縁あって、鎌倉の円覚寺専門道場にて、3年4か月という時を過ごしました。年賀状を出すことは叶いません。3年もの間、誰とも連絡を取らずにいたので、元日わたしに届いた年賀状の枚数はたったの1枚。さすがに寂しかったです。
つながりがバッサリ断ちきれていた結果なのだろうなと。こうして縁は薄れていくのかと、しかし復活する縁もあるだろう。切っても切れない縁もあるだろうと、思ったのでした。

2010年の新語・流行語に『断捨離(だんしゃり)』という言葉が選ばれました。
最初にこの言葉を知ったとき、仏教用語かと思ったのですが、どうやら違うようでした。断捨離とは、ヨガの「断業」「捨業」「離業」という考え方を応用したもので、自分にとって不要なモノを「断」ち、「捨」て、モノへの執着から「離」れる。
単なる整理術ではなく、身辺を整理することで、そこから更に心も整理すること。10年ほど前、金沢市に住む主婦が提唱したものだそうです。
この『断捨離』という考え方は、インターネットで普及しはじめ、今ではテレビ番組や雑誌で特集をされるほど。私の見たNHKクローズアップ現代(2010/12/16放送)では、「片付かない部屋の断捨離」と「親の遺品の断捨離」について放送していました。
「片付かない部屋」にたまった物を整理していく夫婦、「親の遺品」を数カ月かけ片付ける娘にカメラを向けていました。
子供服にしても、本にしても、遺品にしても、そのものに対する思い入れ・親子や家族の物語・自己投影の結果があるのでしょう。
そっとしておきたい自分がいて、片付けられなくて、そのままにして置いてある。いつかはやろうと思っていても、それが出来ない。
断捨離は、物を捨てるだけではない。その心が正されていないのだから、片付けられず、物が集まっていくばかり。物を整理することで、心の整理もしてしまおう。執着を取り払っていこうと考える。過去の後悔・未来の不安にとらわれ、家の中には物があふれる。今の自分には必要ないものたちばかりなのに、片付けられないと嘆く。
そして、片付けたいことは物だけではなく、人間関係にも及ぶのだとか。

人間関係の断捨離とは、どのようなことでしょうか。縁を切ること?執着を持ってはいけない、自分にとって必要ないものならば縁を切ってもいい、という自己本位な考え方ではない!と思います。
仏教では、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静を教えの特徴としています。そして、無常・無我の世界に、常住や自我を追い求めるために、苦しむ。過剰な執着を良しとしません。
しかし、その執着も縁なのだと思います。「こだわり」という縁です。
片付けられない部屋も、遺品も、心からのこだわりを「捨てる」「無くす」「消す」のではなく、「大切にする」「意識する」「思い出す」「思いなおす」ことで認めてあげる。断捨離は縁の仕分けではなく、物と向き合うことによる自分との会話なのでしょう。
遺品との会話は、先に逝った懐かしい人たちとの会話、そして自分との会話。それは、遺品ではなく、思い出でもいいはずです。「こだわり」も受け入れる。とらわれてもよいではないか!
生まれれば縁が広がり、亡くなれば、また縁が広がる。そう考えると、人はなかなか死ねないのだとも思います。
昔はあったかもしれない繋がり。バッサリ断ちきれていたとしても、それは無くなったのではなく、薄れているだけなのだと考えます。別の道からの縁もあるでしょうし、以前よりも太くなる縁もあるはずです。
縁あって自分が今ここにいる。縁あって自分がここからいなくなる。
お骨の有無にかかわらず、お墓参りにいらっしゃる方々を見て、先に逝った親しい人たちの命は、今ここに生きているのだなと。千の風はそこかしこに、みな平等に吹いているのだなと思ったのでした。
49日忌法要の回向には、こうあります。「人と人とのあいだ、縁とは、根拠、相即といえるものでもあり、拠り所といえばわかりやすいでしょう。だから、貴方から私へのあいだは途絶えてしまいましたが、私の貴方へのあいだは、途絶えていないのです」と。
人は生まれながらにして、貴賎の上下などありません。しかし自分がたくさんの人に守られ、支えられていながら、そのご縁に感謝をしない。自分の満足したいが為にご縁を破っていくのはおかしい。縁を大切にしない人は、ずっと縁を気付かずに暮らしていくのでしょうか。
それでも自分で命を「断」つことはできても、つながりは自分では「絶」つことができない。そう信じています。陽岳寺ができることとは何なのだろうと思います。
学問のすすめでは、学問(さらに言えば実になる学問)の実人生にたいする影響力を述べています。『断捨離』のすすめとは、自分にとって不要な物だと断ちっぱなし、捨てっぱなし、離れっぱなし、~っぱなしにするのではなく、ひとつひとつの縁を大切にすること、受け入れることなのだと思います。
護寺会員の皆様からの年賀状を一枚一枚見ておりますと、住職、母宛とともに、副住職宛ともなっている年賀状を見つけました。昨年、護寺会便りをお送りしてよかった、副住職として私のことを認めてくれているのだなと、嬉しく思いました。ありがとうございます。
今年こそ、よい年であったと、誰もが言えるような、そんな一年の箇であることを願っています。
(陽岳小副住 真人合掌)


No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!

陽岳寺護寺会便り平成23年5月1日No.124

飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!

 今年も見事に、福島の三春の滝桜が咲いたと、新聞に写真が掲載されていました。東日本の誇る桜です。季節は大震災に被災された地域にもかかわらず今年限りの桜の到来を告げていました。
 一方、東京の遅咲き桜は散り、若葉を繁らせ始めています。
 咲く桜、残る桜も、散る桜でしょうか。季節にうながされて咲くのか、咲くことによって季節が生じるのか、いやいや同時と、考えさせられますが、人の思惑も同時に咲き、散ります。私と世界の入り組みに混濁しながら人は生きていきます。
 我を忘れて桜に見入り、その桜そのものとなる。そのうち桜も忘れて、只たたずむ自分がいることに気づくこともあるでしょう。桜を見ながら食事をして、その食事を忘れて桜を見ていることも忘れることもあるでしょう。
 桜もきれいだし、食事もうまい、一緒に見に来た仲間たちも喜んでいると思うこともあるでしょう。
 震災そして原発に汚染された地域で生きるお年寄りのインタビューに答える言葉を聞いて心が傷む。
 「私はこの家で死にたい。この地域から離れない」と、枯れた涙が流れる。無人となった家や地域に、孤立を選択させるものは何なのか。震災そして原発に汚染されたことで咲くお年寄りの花は、死なのか、生きる希望の喪失か、余生・与生・預生とは何かを考えさせられる。
 しかし、本当は、その生が誰に与えられたかなど、考える必要はない。人によっては、神や仏、家族、祖先や血筋から、民族や山河からと意味を見出す人もあるだろうが、それはそれで思うことは自由だし、比較して考えることも自由だ。だけれども、比較し意味を見出したモノからみると、生を奪うことも生じてくると、人は悩むこともあるし、与えられたモノに従属してしまうから厄介だ。預かった預世(よせい)もまた同じことだろう。
 それでもその家で、その地域で、孤立しながらも人は生きている。

 平成23年の3月11日の東日本大震災と津波、そして福島原発の災害から、季節は刻々と変化しています。困難な状況に不安と恐怖に悲鳴を上げる被災者たちの様子をテレビや新聞、また実際に炊き出しに行き、生活必需品を届けに行った人々の声を聞けば聞くほど、痛ましく思える。何かできることはないかと思いつつも、季節は変わる。
 被災者の一人一人が、個別の悩みを抱えながら生きている。全体を見渡そうと思えば、個が消えて、個を思えば全体がかすむ。それでも何とか頑張って欲しいし、無理をして欲しくもないし、明日はどうなるのだろうかと不安に駆られる。人は生きるしかない。

 ふと、「衆生病むがゆえに、我もまた病む」の釈尊の言葉が響きます。私は釈尊ほどの人物ではないし、大それた悟りを持つなどと、とうてい思えないけれど、被災された人や地域を考えるだけで、「我もまた病む」と、同じ気持ちを持つことに気がつきます。
 人だったら、誰もが持つこの「病む心」、もちろん、釈尊仏陀の病みとは、格段に異なるものだろうが、病むこと自体は同質なものだろうと、そこに、釈尊仏陀は居るのだと。自分の心の中に生きている。
 仏教の解説本を読んでいると、釈尊には「自分」「我」がないからこそ、我もまた病むという心が生じると説明されています。無心とか空の心こそ、釈尊仏陀の心なのだと。
 その無心と生きることについて、禅の語録は、何と自由さがあふれて、言葉の魔力に引きつけられることが多いでしょうか。もっとも、その言葉から生きる勇気をもらいます。

 修行僧が趙州(じょうしゅう)禅師に尋ねた。「私の自己とは、どう考えたら、そしてどんなものでしょうか」
 趙州禅師は尋ねた。「ご飯はすんだかね」
 修行僧は答えた。「すみました」
 そこで、趙州禅師は答えた。「すんだら鉢を洗っておけ」

 さらに、臨済(りんざい)禅師は、日頃、みんなに語った。
 『禅はあれこれ思案し造作を加えたりしようがない。ただありのままで在りさえすればよいのだ。衣服を着て、ご飯を食べ、糞をしておしっこをする。疲れたら横になる。愚かなものは私を笑うが、智者ならわかるであろう。古人も「外に向かって工夫をなすは、皆、愚か者だ」と。』

 これらの言葉通りに私たちが行為するとすれば、雲泥の差があるかもしれません。飯を食べるときは、飯を食べることに成りきれ、食べ終わったらもっと食いたい、次の食事は何を食べたいと思いをせずにということです。お掃除をするときは、目前の掃除に成りきることと禅はいいます。
 道元禅師は、「只今ばかりが我がいのちは存するなり」と話されました。それは、今生きている自己の自覚でもあるでしょう。百丈禅師は、「自分が生を受けて、何よりも大きな不思議なことがある。今ここに、坐(生きて)っていることだ(独座大雄峰)」と。時は今、その今は過去未来さらに世界の一切を含んでの今です。
 その今が、行為としてお椀を洗っておけ、洗い終わったら拭いてしまっておけ。行為はつながっているようで、つながっていない。今の連続は連なっています。連続している行為に見えるけれども、実は、一つ一つの行為は独立していて、連なっていると教えられるのです。それも同時にです。それが生きることです。
 「私はこの家で死にたい。この地域から離れない」と、ご飯を食べて茶碗を洗い、服を着て、掃除に洗濯。震災そして原発に汚染されようとも、咲く花があります。しかし、そうは思っても、人は痛ましく悲しいし、憂いを持ちながらも力強い。  (住職合掌)
◎作詞家・新井満氏が震災1ヶ月後、「そろそろ、言葉の力が必要な時期がやってくるのではないかと思っていた。一番苦しい時に人の心を癒すのは、大自然の美しさとその感動ではないか。だからこそ、“希望”という心のパン、詩は命を救う心のパンである。」と新聞に寄稿していました。
◎そして、今年の施餓鬼会では、昨年の夏に僧堂から帰ってきた新命がお話をします。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:33:50

No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します

陽岳寺護寺会便り平成23年お施餓鬼号No.125                                                

お施餓鬼では僧堂生活について話します

  昨年の夏、深川に帰ってきて、秋のお彼岸、ご祈祷の会、年末年始、春のお彼岸と過ぎました。
  5/28(土)は、私にとって初めてのお施餓鬼です。
  山門大施餓鬼会は、近隣の和尚様方を呼び、陽岳寺にとって長い過去をさかのぼっての有縁無縁の亡くなられた方々を、みんなで感謝し祈りを捧げようとする集まりです。
  また陽岳寺檀信徒の縁につながるご先祖様も供養しようと催される法要です。今回は、東日本大震災津波等で亡くなられた方々、被災された方々、何らかの形で被災地に添ってかかわっている方々に対しても、ご冥福や、ご無事、ご多幸の回向をしたいと思います
  
  昨年、ご祈祷の会にて、挨拶させてもらいましたが、本年のお施餓鬼では、陽岳寺副住職、新命(しんめい)和尚である私がお話させていただきます。修行道場での生活についてです。
  皆さんのご参加をお待ちしています。
  
  参加にて、当日に出席の方は人数を明記して、欠席の方は「欠席」と明記して、はがきか、ファクスにてお早めにお知らせください。不参加・欠席の方は、はがきの投函およびファクスとも、ご遠慮願います。参加はするけれども、当日欠席の場合、和尚が代わってお参りいたします。
  参加費1万円に卒塔婆1本含みますが、追加の方は1本につき3千円申し受けます。お塔婆に戒名を記入ご希望の場合は、戒名を明記して下さい。無記名の場合は、その家の先祖代々各霊位といたします。なお、お塔婆を複数申し込む場合も、戒名または、ご先祖家の名前を記しください。
  
  さて、何回か護寺会便りをお送りしてきましたが、まだ書いていないことがあります。それは私の僧堂での生活について、です。
  私がいた僧堂は、JR北鎌倉駅から歩いてすぐ、瑞鹿山円覚寺の中にあります。そして、おとなりには、巨福山建長寺があります。昔は喧嘩が絶えず、犬猿の仲になぞらえて、建円の仲と言われたようですが、いまでは行事があるとお互いに助け合っています。
  
  奈良の薬師寺管長であった高田好胤師が、般若心経について、こうお話しされています。
  「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心、広く、広く、もっと広く、これが般若心経、空の心なり」
  とても少ない文字数で、仏の教えを余すところなく知ることができるお経として、般若心経があります。かたよらない、こだわらない、とらわれない心。
  仏教では、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静を教えの特徴としています。そして、無常・無我の世界に、常住や自我を追い求めるために、苦しむ。過剰な執着を良しとしません。
  しかし、その執着も縁なのだと思います。「こだわり」という縁です。
  
  『断捨離』について護寺会便りを書いたことがありました。片付けられない部屋、遺品、心からのこだわりを「捨てる」「無くす」「消す」ことは『断捨離』のウワバミでしかなく、本当の『断捨離』とは、「断捨離しなければ!」と『断捨離』にこだわる心・自分をも認めることです。
  いつのまにか、「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心」を持たねばと、自分で自分の首をしめるかのごとく、とらわれていた自分に気付くことが大切なのでしょう。
  
  『我他彼此』・・・がたひし、と読みます。
  「我」があって「他」があり、「彼」があって「此」がある。自分と他人、あれとこれ、と物事を対立してとらえることを言います。物事が対立して決着がつかない状態のことです。
  戸の立て付けが悪い状態をガタピシ言う、ですとか。ガタガタ言うな、ガタがきたなァ、という言い回しも、この『我他彼此』から来ているそうです。
  
  我を無くしましょう、執着から離れて柔軟に生きることが大事なのだと、お釈迦様は仰っているわけですが、建円の仲と言われた姿を見たら、どのように思ったでしょうか。いまでは一緒にソフトボールをする仲にまでなりました(それが良いことかまでは分かりませんが?)。
  
  本来は一つだけれども、我見によって、対立的に見えているだけ。平安が失われているように見えているだけ。健円の仲と言われていただけ。私たちはとにかく、白か黒か、好きか嫌いかと、物事を決めたがります。自分に出来たのだから、彼にも出来るはずだ。昔は出来たのだから、今も出来るはずだ、と。きっと、そんな自分に安心したいのでしょう。その安んじたい心はどこに?
  
  禅宗の書物「無門関」に「達磨安心(だるまあんじん)」という項があります。
  初祖達磨(だるま)大師の弟子にしてもらおうと、後の二祖慧可(えか)大師が、坐禅をしている達磨さんを訪ねました。ウンともスンとも言わない達磨さんに、自分の意志を伝えんが為、雪の中、自分の左腕のひじから下を切り落としました。そして、問答をします。
  慧可「私の心はまだ不安です。どうか安心させて下さい(子は心未だ安からず。乞う、師安心せしめよ)」
  達磨「では、その心というものを持ってこい。そうしたら、お前さんのために安心させてやる(心を将ち来れ、汝が為に安んぜん)」
  慧可「心をさがしましたが、見つかりませんでした(心を覓むるに了に不可得なり)」
  達磨「お前さんのために安心させたわ(汝が為に安心しおわんぬ)」
  
  地震は大地が大きく揺れます。でもそのあとに揺れるのは自分の心です。心が揺れるのは、自分自身の意識が、対立的にモノや意味をとらえ、考えるからです。では、その心はどこに?
  何とか暮らしていた、体も病気を抱えていたが、それでも家族に囲まれて満たされていた、いい生活だったとは、意味です。何かを失ったと思えるのは意味です。意識・心が作り上げたものです。地震前までは普通に生活できたのだから、これからも普通の生活が出来るはずだ、と。
  
  津波がすべてを流しつくした意味は?いまなお地震が続く意味は?歩いて帰らねばならなくなった意味は?戻る家を失い、家族を失い、もはや自分を知るものは自分一人だけ、となった意味は?想定外の事態の意味は?家は傾き、ひび割れ、水もガスも電気も通じない。とてもじゃないが住める状況ではない、この家の意味は?道路はゆがみ、マンホールが飛び出て、満足に歩けない、この町の意味は?そんな被災地とほど遠い場所に私が住んでいる意味は?
  
  無縁社会、孤独死、となりに住む人の顔も知らない今なんかよりも、昔の方が安心でしたでしょうか?原子力発電所のない時代は安心でしたでしょうか?
  テレビやラジオもエアコンも無い。はだか電球、晴耕雨読の生活。お風呂を沸かすにも、ご飯を炊くにも、今ではスイッチひとつですが、昔はすべて薪。消し炭を取り、七輪で野菜を煮炊きする。そんな昔の生活が僧堂では続きます。僧堂とは、生活のなかで我を無くすことに集中する場所です。お施餓鬼では、もっと詳しく僧堂での生活についてお話しします。また、老師にとんでもない質問をしたことがありました。その内容とは?お楽しみに。  (副住職)

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最終更新日 : 2013-07-20 15:34:56

No.126あちら側とこちら側

陽岳寺護寺会便り平成23年6月1日No.126

あちら側とこちら側

 東日本大震災後、多くの人が、人が生きる意味の問いに直面したのではないかと思います。その結果、今までの普通に暮らしていた日常の普通さを疑い、物質よりも絆、友、家族の意味を再構築しようとしているようです。
 昨年は、無縁社会が話題になっていましたが、震災以降は、何が人を動かすのか、動かされた私に意味を見出そうとしてるようです。あの津波の映像を繰り返し目撃した者にとって、寄せては引く波に、流され翻弄されたのは、また、私たちの普通の暮らしだったのではないかとも思えるのです。
 自然の驚異と、制御不能となった人間のエゴが作り出した原発の暴挙を目の当たりにして、翻弄されたものは、私の中の死ではなかったか。誰だって、あんなにむごい現実を見れば考え方や生き方が変わるものです。
 そして、振り返ってみれば、自分のことを中心に考えていた自分が、いかにいたらない人間であったか、物や自分に執着し、困惑して、悩み、さいなまれていたのかに気づいたということではないでしょうか。
 本当に大切な物は、何だったのかと考えることを悟らせたような気がいたします。
 そしてそこから、新たな希望や願いが生まれようとしているのだとも思いますし、生きるということが問われていることでもあり、それは自分の中の死が、働きかけているといえないでしょうか。

 さて、人が誕生したことは、同時に死も含まれて、誕生したといえることから、人が生まれたということは、人の死も誕生したということです。そして、同時に誕生したものは、生まれた赤ちゃんとのあらゆる関係も同時に誕生したことになります。赤ちゃんにとっては、世界の誕生でもあるといえます。世界から見れば、新しい命の誕生の祝福です。
 生と死は、同時に存在していることだと、そして生は死を根拠にしてあり、死は生を根拠にしてあります。
 震災により、浮かびあがったのは、この関係なのだろうと、私の中の死が、人がいかに生きるかを、改めて気づかせてくれたのだと思いました。

 そんな私たち日本に向かって、アウンサンスーチ女史は、《ビルマからの手紙2011(毎日新聞平成23年5月23日(月)朝刊》で、終わらぬ「旅」という一文を日本人へ寄稿していました。
 『長年にわたる自宅軟禁の間に、私は、旅が人生ではなく、人生こそが旅なのだと思い至った。過ぎてゆく日々の中で、一日を形作る1分、1時間という時の流れには、どれひとつとして同じものがないことに気付かされた。
 人生とは、微細な変化の日常を、長い年月をかけて積み重ねながら歩んでいくものではないだろうか。自宅軟禁中に日課となった早朝の瞑想の中で、私は意識をいろいろな場所にさまよわせながら、自分の住所がまさしく「旅行中」なのだと感じるようになった。それからは折々に身辺を整理し、不要なものを処分するすべも覚えた。人生そのものが旅ならば、身軽なのに越したことはない。
 おとぎ話の登場人物のように、時空を超えた輪廻転生の旅の道中に自分はいるのだと思えば、有刺鉄線を巡らせた高い塀だけでなく、果てしない距離さえも飛び越えて、かなたにいる仲間と手を取り合える気がした。
 終着地がどこなのか、この旅がいつ終わるのかを知らずとも、旅人たちが時空を超え、言葉や文化の違いを乗り越えて理解し合えば、心は一つになれるはずだ。
 未踏の地をゆく人々には信念や勇気を盾に冒険を続けた共通体験があり、それが旅人たちの互いを思いやる心を育てるのだ。』と、東日本大震災に見舞われた人々に対し、試練を乗り越えて欲しいとエールを送っていました。
 
 生をこちら側といい、死をあちら側というなら、こちら側の人生の旅は、すべて「旅行中」、「旅なる人生の途中」にあると読み替えることができます。
 だからこそ、こちら側の信念を、確かなものにしなければ、ただあちら側に流されて、本来の自分というものを失うことになるのかも知れません。あちら側のことは、こちら側の私たちによって決めるためにです。

 臨済宗の祖、臨済禅師は、臨済録に於いて、「途中に在って、家舎(かしゃ)を離れず」と記しています。臨済禅師の生きた時代、この途中の意味するところは、輪廻転生の旅の途中で、生まれ変わりの長い時間だったようです。
 アウンサンスーチ女史にとって、輪廻転生の生まれ変わり、死に代わりは、おとぎ話の世界のようですが、禅は、家舎を心の器と考えることで、慈悲や愛が宿り育つ心と考えることが出来ます。
 その心は、私という自己が確立する以前の心なのですから、いくら私が考えても対照的につかまえることはできません。もしつかまえることが出来るとしたら、無心となることで、手に入れることが出来るのかも知れません。しかし、無心な私にとっては、手に入れるという意識もないはずです。

 「途中に在って」とは、旅なる人生であり、「旅行中」です。「家舎を離れて」を、執着を捨てた無我や無心に置き換えてみますと、「途中に在って、家舎を離れず」とは、一瞬一瞬の今を、無心に生き続けることです。臨済録には、さらにその先を目指して、「家舎を離れて、途中に在らず」こそ、人天の供養を受ける人だと付け加えております。

 自己の歩んできた道を、歩みを忘れろと、「未踏の地」を行けと叱咤します。それは、実績とか物を持っていること、あるいは蓄積した知識に価値や意味を持ち続けることを戒めています。人は知らずに、自己を認めてもらいたいものですが、そこは、普通の価値観です。
 そこにおいて、道は消えて、死も消えて、終着駅も消えて、あちら側もこちら側もない人生が輝いていると思うのですが、人生の輝きが問われているともいえるのではないでしょうか。
 そんな無心の心を、禅は幾世代にもわたって、伝えてきたともいえます。
 仏陀釈尊は、今も活き活きと生きている。
 祖師である達磨も、宗祖臨済禅師も、妙心寺開山関山慧玄禅師たちも、今も活き活きと生きている。
 祖父や祖母、母も父も、今も活き活きと生きていると。それは、無心なる心が、私たちにはあるからではないでしょうか。無心なるがゆえに、呼ばれれば、母となり、友となり、妻となることができるのです。

 今を生きるということは、時に、辛く苦しく、悲しく寂しく、不安や恐怖に、いらいらすることも、それを取り除けない今の私なのだと徹することが、今を生きている、豊かに潤いのある姿ともなるのです。
 人は誕生したときから、私たちの目や耳腕や足までも含めて、すべてあちら側に向い、歩むということを説明できるものです。年を重ねるという意味を、旅や歩みに書き換えてみますと、終着駅や死が見えてきます。
 生き続けるという価値は大きな意味を持ちます。それは、「あちら側のことは、こちら側によって決まる」ことだと示唆できるものです。 
 だからこそ、こちら側の信念を、確かなものにしなければ、あちら側に流されて、本来の自分というものを失うことになるのかも知れません。あちら側のことは、こちら側によって決めるためにです。                                                                (和尚)
◎5月28日の山門大施餓鬼会には、前日梅雨入りとなって、雨が降り続けたにもかかわらず、当 日欠席も1組、当日飛び入り参加2組と、盛況に勤め上げることができました。これもひとえに、 皆様のお陰と思って感謝しております。
 本施餓鬼会より、お経の前半と後半を、普通の口語体の文章にしてのお施餓鬼会でした。そして、 副住職の話がありました。修行から帰ってきて、10ヶ月ですが、次代を担うべく少しずつで  すが皆様の期待に応えられるよう努力している姿が見えてきました。
 本当に有り難うございました。
◎平成24年より、お施餓鬼会は、5月第3土曜日となります。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:36:26


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