目次
No.118~
No.118副住職ごあいさつ
No.119かんかんのう
No.120~129
No.123東北地方太平洋沖地震回向その2
No.122東北地方太平洋沖地震回向
No.121あるの、ないの、それとも……
No.120『断捨離』のすゝめ?
No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!
No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します
No.126あちら側とこちら側
No.127気づくこころが美しい
No.128無常
No.129「物欲は世界を救う」か?
No.130~139
No130.ドジョウ
No.131「それでも人生にイエスと言う」
No.132ご祈祷
No.133お祝いの言葉の交換
No.134年頭に……
No.135福は外、鬼は内
No.136東日本大震災1周忌回向
No.137悲しみの木
No.138団体参拝・すなお
No.139魚は水を出づれば忽(たちま)ち死す
No.140~149
No.140我性(がせい)
No.141無事是れ絆
No.142名前
No143畏敬の礼の心
No.144「こわれゆくもの」
No.145平成二十四年度ご祈祷と演芸会無事円成・年忘れ
No.146花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる
No.147聞く力
No.148赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて
No.149陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』
No.150~159
No.150 Have(ハヴ) A(ア) Nice(ナイス) Day(デイ)!
No.151ノアの方舟(はこぶね) 
No.152じぇ!じぇ!じぇ!
No.153盂蘭盆経~目蓮尊者の伝説
No.154在りし日の 背を洗うごと 墓洗う
No.155縁に随って、心法を忘ず
No.156代えがたいもの
No.157物語を信じる
No.158和をもって貴となす
No.159あなたが好き
No.160~169
No.1604年目
No.161はだかの王様
No.162お施餓鬼会

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No.144「こわれゆくもの」

陽岳寺護寺会便り平成24年11月1日No.144

「こわれゆくもの」

 私の母は、父が元気だった頃から、洋裁に刺繍や編み物など、手もとで黙々と進む針を見つめながら日々を過ごしていました。私が幼かったころ着ていたものは、みな母の手作りでした。
 その頃、私は、陽が落ちるギリギリまで原っぱや河で遊んでいたことを思い出します。 中学校の国語教師をしていた父の帰りを待つ家族にとって、それは普通のことだったと記憶しています。母は、料理に掃除とこなしながらも、家計を助けるためもあり、洋裁で親しかった方の洋服も含めて、ミシンを踏む音が、母がいることの安らぎそのものでした。幼かった頃、その母のそばで、寝転びながら洋裁雑誌や本などを読む私がいました。もっとも和服だけは、母の妹の幡屋と染め屋から、姉が仕立てたものを母は着ていました。
 母の姉や妹が来ると、長い時間、お茶を飲みペチャクチャ、ペチャクチャ話に切れのなかったことを思い出します。そんな母の兄弟姉妹も、父の兄弟姉妹もすでにいません。
 そして父や母も居なくなり、今年は前住職の宗直和尚の27回忌、母八重子の13回忌に当たります。私の姉たちと家族だけの法事となります。
 母が父を亡くしてから、刺繍や編み物の縫い針の一目一目に、時間が進む日々を過ごしていました。編み物は、ほどいては編み直しの、その一目一目は、編み物が出来上がって時間と共に、父と遠くなっていく時間だったことを、母のメモを見てハッとした、私の時間でもあります。一目一目、ほどく時間は一瞬ですが、思いだして見ればアッという間の時間です。
 そのアッという間の時間は、今「こわれゆくもの」考える時間でもあります。そしてその「こわれゆくもの」は考えることは創造の時間でもあります。
 何が人を動かすのか、動かされた私から考えて思うことは、文章を書き出した私は、今日は副住職が鎌倉円覚寺に出かけたことが動かしたのか、すでに2回、副住職が陽岳寺便りを書いたことによるものか、父母の思いが、今を書かせるのか、すべてがつながって今を動かせる縁起を考えるのです。
 その縁起からいわせると、今モノがここに有るということ、この事実は疑いようもない事実なのですが、父や母がいなくなって見えてくることは、「こわれゆくもの」として有ることが在るということです。
 言葉を変えれば、滅びるもの、砕けるもの、傷むもの、消耗するもの、現在するすべてのものは移りゆくことにおいてある。だから、こわれた時にこわれたのではなく、こわれることを含んで今ここに在るということが、有ることの在るという気づきです。
 思い出そうが、思い出さなくても、世界の時間はこうして、一針一針の動きに世界という空間を織りなしていますが、そのことが、こわれることに於いて、創造を成り立たせていることも見えてきます。
 10月半ば過ぎ、27年ぐらい前でしょうか、お会いしたことがあったのは。93歳にして亡くなった女性の訃報を頂きました。そして息子さんの奥さんに、93歳で亡くなられ方の話を聞きながら、お話しの内容は、義理の母への感謝の言葉ばかりでした。
 葬儀の内容の一部を記します。
《 関東大震災では芝で、三河島に転居し、錦糸町の家のあるじに嫁いだものの、三月十日の東京大空所は、リヤカーに荷物を満載して、錦糸公園に逃げ、火の粉を払いながらも生き抜いた強さをひそめています。
 この生き抜いた芯の強さは、この頃の年代にとっての青春とは、貧しさと震災と戦争の中にあったことを忘れてはならないと思うのです。
 そんな義理の母にとって、戦災の記憶は、「母にはないのです」と奥さんいいます。「憶えていないのです」と。
 焼けただれて真っ黒になった死体がゴロゴロと転がっていたり、戦火に逃れたものの亡くしたものを探して漂う人々、炎がおさまっても煙や灰、匂い、河に漂う悲惨な風景など……
 ひどかったのだろうか、憶えていないと。あえて記憶を消そうとして消したのか。友達は、戦火の惨状を語るが、お母さんは話さない。
 三月十日と言うけれども、それ以前、日本は十五年にわたり戦争をしていました。新聞は戦争を勝った、進んだと報道するけれど、庶民の生活は苦しくなるばかりでした。
 そして戦火に焼かれて、浜松に疎開して、ご主人の復興への踏ん張りと、お母さんの支えがなかったら、今の子ども達や孫たちひ孫達の運命はどう変わっていたでしょうか。
 そして、あっという間に、三十九年が経ち、ご主人が亡くなりました。当時六十九歳でした。
 お母さんは、きっと心の中で「ずるい」と思っていたに違いない。その時、お母さんは六十五歳でしょうか。子ども達も成長して、孫たちにも囲まれていても、これから老後を二人で、楽しく過ごせると思っていたのではないでしょうか。
 あの関東大震災、そして十五年にわたる戦争、戦後と、日本が復興へと歩むなか、二人はがむしゃらに働いてきました。
 たとえ大勢の家族に囲まれても、寂しさは表裏一体に影をひそめていたはずです。
 ご主人亡き後、お母さんは、家族の中で自分の居場所を定めて、やさしく、家族を見守るとことに、自分に課したのでしょうか。それが、ご主人亡き後の自分の勤めだと。
 時は、五年、十年、二十年と休みなく進みます。家族にかこまれての生活が続きます。あれから二十八年です。
 お嫁さんが言いました。「お母さんは、本当にやさしく、子ども達や孫達、曾孫達が集まると、ニコニコ、ニコニコ、楽しそうに見つめていました」と。》
 お母さんは、そのご主人を亡くしてから、家族の中であらためて自分の居場所を探しました。その場所は、お嫁さんを活かす場所だった。そして亡くなってみれば、活かされたお嫁さんの口から、感謝ばかりが口に出ます。
 そんな家族の孫たちやひ孫達の子ども達に、この祖母がいて、祖父がいて、今の君たちの命があることを伝えたかったし、人は、ほろび、こわれるものを含んでいるから、力強く生きることができると伝えたかったのです。お母さんは奥さんを活かすことにおいて、、新たな命を与えられ、生ききったといえないでしょうか。過去と未来からの縁起という贈り物を真摯に受け止めることで、人は輝くと……。こわれゆくものを自覚した美しさは活かされて生きるという姿なのだと、つくづくと思うのです。  (和尚)  
◎ご祈祷会は、平成24年11月25日(日)午後2時から法要です。その後、落語となり ます。お寺はお檀家さんの喜捨により成り立っています。よろしくお願いします。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:55:27

No.145平成二十四年度ご祈祷と演芸会無事円成・年忘れ

陽岳寺護寺会便り平成24年12月1日 No.145

平成二十四年度 ご祈祷と演芸会無事円成

  ご祈祷と演芸会(三遊亭円橘師匠による寄席)、今年も皆様のおかげで無事円成の運びと相成りました。本年の感謝と、来年の無事とご多幸を祈念して、法要を行いました。
  十一月最終日曜のご祈祷と、五月第三土曜日のお施餓鬼は、陽岳寺にとりまして大切な行事です。
  
  大勢のお檀家様がお集まりいただきましたこと、誠に有難く、厚く御礼申し上げます。有り難うございました。
  
  一家に一冊ということで、「いろはにほへと」をお土産にお持ち帰り頂きました。
  わたしのもう一人の師匠である、鎌倉 円覚寺管長・横田南嶺師が毎月第二日曜にしている説教、在家の方向けの坐禅会での講座の内容等をまとめたものです。円覚寺山内の様子や、僧堂の風景を写真でも紹介しています。

  年忘れ

  もういくつ寝るとお正月~♪
  十二月に入りました。あと一ヵ月で二〇一二年も終わります。
  年末、会社や地域の忘年会に参加される方もいらっしゃるかと思います。
  忘年会には、家族や仲間と、この一年の労をねぎらったり。仕事納めの納会的な意味合いがあるようです。無礼講といって、羽目を外しすぎてしまうことも。
  
  禅宗の寺院には、玄関にこういった文字が書いてあることが多いです。
  『照顧脚下(しょうこきゃっか)』
  『看脚下(かんきゃっか)』
  陽岳寺の本堂にも、この言葉の書いてある板が置いてあります。この言葉には、ひとつの逸話があります。
  
  とある老師と弟子たちが、夜道を歩いていました。
  灯していた明かりが風によって消えてしまい、どうしたことか。老師は弟子達に「さぁ、どうする!」と詰め寄ります。
  一人、また一人と答えますが、老師は認めてくれません。この暗闇に満ちた世界をどうやって歩んでいくか。
  そして最後の一人。彼はただ「看脚下」と言ったのでした。暗いのだから、足下をちゃんと見て歩いていけばいいではないか、と。老師は、その答えに頷いたのでした。
  後に、この弟子 圜悟克勤禅師は、『碧巌録』という書物の第一則に、
「知らず、脚跟下に大光明を放つことを」
  と著わしました。
  
  この逸話。なにを当たり前なことを、と思うでしょう。
  頼りになる明かりが消えてしまったのなら、つまずかない様に気をつければいいだけじゃないかと。
  
  お天道様のもとでなら、そう思うことができるかもしれません。
  人間は暗闇を恐れます。知らない、分からないという闇です。
  お先真っ暗とはよく言ったものです。
  昨年の三月におきた震災、原発や日本の行方。また、悲しみにあふれ、一体これからどうすればよいのかと途方にくれるような時。立ちすくんでしまうこと、身動きがとれなくなってしまうこと。多々あるはず。応分にして、こういう事は忘れたころにやってくる出来事です。
  そしてそれは、必ずやってくる出来事でもあるのです。それが今・このタイミングでやってきたということ。
  そんな時。今・ここですべきことは何か?立ち止まって考えるべきことは、つまずかないように気をつけて行くということです。今しかないことです。
  『照顧脚下』、足下を照らし顧みる。
  この足下とは、今、ここ(に立っている)、わたしです。そこから、今・この場所までの歩んできた道のりをも指します。そして、これからの道についても。
  足下だけを指さないのです。足下ばかり見ていてはダメで、世界全体を指す。
  
  年忘れ・忘年会。忘れることで人間は生きていくことが出来ます。忘れることは力にもなり、忘れないことの大切さも力となります。
  しかし、大事なことを忘れてしまうことだってあるはずです。
  即今只今、足下を見よ!と。禅宗は、日常の中で真理を具体的に見ます。
  べつに年末になったからといって、一年を振り返らなくてもよいわけです。いつの間にか、もう年末。そんな時、せめて年忘れを、という願いなのかもしれません。
  今年一年を振りかえり、したこと・したかったこと。ちょっと待てよ、と・・立ち止まる。そうして、心にゆとりが出来れば自分自身の姿もよく見えてくるでしょう。
  来年もよい年でありますよう、祈念申し上げます。(副住職)
  
◎ご祈祷会にて祈願した御札と、来年の年回忌のお知らせを、後日郵送します。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:56:55

No.146花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる

陽岳寺護寺会便り平成25年1月1日No.146

花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる

 《東北地方太平洋沖地震と津波の影響で、この世と引き裂かれて亡くなられた方々、今も多くの悲しみを秘めた心から苦しんでいる方々、未だにどうしてよいのか立ち直れない方々、そしてあれからずっと時が止まった方々、その方々のために「忘れない、東北!」という思いが寄り添うことになると思っています。
 今も避難している方々、除染、復興にたずさわる多くの方々、津波にも地震にも被災しなかったけれど、痛みとして心がふるえ、見守ってくれる方々。その方々のために、今も「頑張れ東北!」という思いが必要と思っています。》
 2011年3月11日を一週間ほど過ぎて、昨年の12月まで、一般の法事はすべて、毎月内容を変えながらですが、震災をテーマにした内容にて法事をおこなってきました。
 年回を迎えて、或いは先祖供養追悼法要の中に、2万人という死者と行方不明者の無念を込めたためです。もちろん、回忌に該当する方に感謝を捧げるとともに、ご冥福を祈ったことはもちろんのことです。
 陽岳寺の法要の始めのお経は般若心経です。その般若心経は、私たちを含めて世界の一切の成り立ちを説いた縁という結びつきと、その結ばれ方を説いたお経です。これは、生きている人にも亡くなった人もに唱えてよいはずだと強く思うようになりました。そこで、参詣された家族・親族のためにも、ご多幸、ご無事、ご健闘を般若心経にてお祈りすることを続けました。
 東北に親戚をもつ家族は、この法要に参加して驚き喜び、涙を流した方々もいました。津波や地震で亡くなられた家族・親族を持つ方々、被災地の復興除染の遅れを手を貸せずに見守る方々、非難したままの方を親戚に持つ方々とさまざまですが、東北に生きる方々のためにもです。
 時間の経過は早く、この正月で1年と10ヶ月になります。被災地にも平等にお正月は訪れます。だけれども、東北の森や川や海、そして町が元通りとは言えないが、安心して暮らせるように復興を終えて正月を迎えられなければ、私たちの暮らしも、震災以前の普通さで過ごすわけにはいけないことだと思っていることを伝えたい。
 さて、ノートルダム清心学園の理事長であり、シスターである渡辺和子氏が、若かりし頃、自信を喪失し、修道院を出ようかと思い詰めたとき、一人の宣教師が一つの短い英語の詩を渡してくれたそうです。それが、「置かれたところで咲きなさい」という言葉だったそうです。キリスト教では、「始めに言葉ありき」というように、絶対の神と、揺れる心の私との絆こそが、置かれた場所で咲く私となります。これは神との契約です。それは私を絶対に越えたものです。
 しかし仏教では、「如是我聞(ニョーゼーガーモン)」というように「聞く」という受動的な行為をまず中心にすえます。良心の声、自然の声、声なき声を聞く、あるいは真理という具体的事実として世界を見ることこそ東洋の智慧として、仏教の縁起を諦めるということが根底にあると考えています。それはつながりによって生きることですから、その繋がりは横の広がり、時間の関係において変化する置かれた場所で咲いていることを意味いたします。
 そして、仏教の縁起は、「私は私でないことによって、私である」と論じています。それは、絆という関係の中で、私の根拠は、私にないことによって、私であるということです。聞くということは、本当の私の有りようとして、「有から無へ、無から有へ」ということです。
 絆は、結ぶことです。縁起の縁も結ぶことです。絆の根拠とは、結ぶことで、同時に結ばれている自覚を持つことでもあります。しかも、絆の中身は、お互いが独立とした関係に於いて、別の言葉で言えば、認め合うことにおいて、または、他者に於いて成り立っている自分を知ることでもあります。そして、その関係は、相反するものが、互いに独立して限定し合って、縛られない関係の事実が、現実の姿のはずです。
 人は世界や環境の要素として含まれていると同時に、世界や環境を含んで人は誕生し存在します。
 この関係の中身は、含んでいながら含まれている。見守っていながら見守られている。包んでいながら包まれている。部分で在りながら全体である。結ばれているから分離そして独立している。離れていても連帯している。選んでいながら選ばれている。失っていながら得たモノが有る。生きていながら生かされている。無心となっていながら満ち足りている。色即是空・空即是色。この矛盾する関係の中の、有り様の同時という視点こそが、揺れる心の無常世界を活きる仏教の智慧です。
 仏教は、現実の今の具体的事実を考えます。人が生きることは関係を結び結ばれて生きることですから、その関係の中は、縁起に於いて成り立っている事実を知るということが、仏教の生きる視点になります。
 つながりの中の一と全体という関係でです。
 山田無文老師はそのつながりという全体の中で、花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れるといい、或いは、腹がへった、眠たくなった、憎い可愛いと咲いている私を表現しました。
 震災より、1年と10ヶ月がたとうとしていますが、未だに余震のような地震があり、関東や南海地震、西日本地震が近い将来必ず起きると言われています。
 今年も法要の結びとして、『神々、佛、美薩たちへの祈り』の廻向を唱えます。
《 在ることも、無いことも神々の愛そのものとするなら、その愛は縁起そのもの。
在るものを在らしめる神々よ、在るものを無さしめる神々よ
無いものを在らしめる神々よ、無いものを無さしめる神々よ
空や山や川や海を、穏やかに安んじたまえ
町や建物、生きものたちの暮らしを平安に導きたまえ
そして、この世界にあって、慈悲と智慧をつかさどるもろもろの仏たちよ
思い通りに行かぬ苦しみを救うよう、どうか私たちにとって、苦しみの根源を見極める祈りや願いを 聞き届け給わんことを
そして、慈悲と智慧を、人の心に巡らせる、もろもろの菩薩たちよ
仏は、きびしさや一途さという我が心の鬼を造り、我が心の鬼は、優しさや受け容れるという我が心の仏を造ることを導き給え
そして、この世界のすべてのひとたちに命を与えられ、
家族から 仲間から この地上から旅立っていった多くのひとたち、
すべてのいのちが 満たされて、やすらかになりますように、
共に、真実に目覚めることができますように、今この法要に集い、祈るわたしたちの心をなごませてくれますように
そして、供養するわたしたちの心に、慈しみ、あわれみ、共に喜ぶ心、とらわれのない心を巡らせたまわんことを》                     (和尚稽首)
◎旧年から新年に変わっても、国の借金がなくなるわけではない。であるけれども年号の 数字が変わることで、この国の誰もが、何か新たな暮らしを夢見ることができるのです。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:57:42

No.147聞く力

陽岳寺護寺会便り平成25年2月1日 No.147

  聞く力

  聞く力とは、自然や大いなるものと一つになる力のことです。
  そして、その力を私たちは皆持っている、そう思います。
  
  寄物陳思、きぶつちんし。
  物に寄せて思いをのべる、という心理があります。万葉集にみえる、和歌の技法のことです。
  これは、恋心を自然の情景にたとえてうたうこと。人を恋しいと思う気持ちを、波や花に託してよんだそうです。
  
  単純に「好きだ!」と言葉でダイレクトに伝える。強い主張をこの技法からは感じられません。
  自分はこのような気持ちでいたのだ、という証明が奥に見えます。
  
  ひとつ例として紹介いたします。
  「夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知ら得ぬ恋は 苦しきものぞ」(大伴坂上郎女 巻8~1500)。
  「夏の野草の繁みに埋もれて咲いている姫百合の花のように、相手に知られない恋は苦しいものだ」
  現代の我々にはまわりくどいように感じる寄物陳思。
  この和歌をみますと、聞いてほしい、わかってほしい、あなたに聞こうという姿勢になってほしい。という願いを感じないでしょうか。
  また、人間という小さな存在の発する、少ない言葉よりも。自然という大きな存在に重ねることで、表現に深みや厚みを出すことができるようにも。
  なにか大いなるものの声を「聞く力」を持つ日本人だからこそ。この和歌を詠むことが出来たのでしょうし、和歌から自然の声をきくことができるのだと思います。
  
  この「聞く力」の大切さを、お釈迦様は説いている。そう考えたことがあります。
  二月一五日は御釈迦様の命日と言われています
  入滅の前、弟子たちに請われ、最後の説法をしました。それが有名な『自灯明、法灯明』です。
  
  『汝らは、みずからを灯明とし、みずからを依処として、他人を依処とせず、法を灯明とし、法を依処として、他を依処とすることのないように。』
  『身体について…感覚について…心について…諸法について…(それらを)観察し、熱心に、明確に理解し、よく気をつけていて、世界における欲と憂いを捨て去るべきである。』
  
  他への依頼心を捨てよ、とおっしゃったのです。
  法を、仏の教えととるか、世の理ととるか分かれますが、これで絶対だ・ずっと手をかけずにいてもよいというものはない、ということです。
  究極にいえば、いままで学んできた仏教の教えに頼ることさえも止めよ、と。
  
  私は御釈迦様の教えを聞いて実践している、だからこのまま行じていれば大丈夫という慢心が生まれるかもしれない。
  お釈迦様は、そのように危惧したのではないかと。
  
  諸行無常、世の中はすべてうつりかわる。うつりかわるどんな時代においても、暮らしていく真理はある。世の理をあるがままに見よ、聞けよ、と。
  その時代時代の声を聞いていきなさい。そういう見方ができないでしょうか。
  
  聞く力は、もっと些細なことにも当てはまるわけです。
  たとえば、茶室へと続く露地にある留め石。竹をつかった柵。
  「これより立ち入り禁止」と書かれていませんが、そのサインをうけとめることができるのは日本人だからです。
  鎌倉にいたとき、外国からの観光客はみんな理解できず、またいで中へと入っていました。
  線引きがされている、ここから先は何か違う空間ではないかという感受性です。
  
  外国からの観光客だけではなく、日本人がサインに気付かない場合もあります。
  ただその感受性も、使わなければ磨かなければ、くもっていくばかりかもしれません。
  テレビでは、CMも番組もうるさくて仕方ありません。あなたが聞かなくてもいいから話しますとばかりに。作った笑いは際たる例です。CMでは、なぜ貴方が・・と出てこなくてもいい社長が悪目立ちしています。
  「三方よし」といいますが、買い手・売り手、そして世間の三方がよかったよかったと納得できなければ商売ではない、という考え方があります。
  本当にうるさく、短い時間だから我も我もと言葉や音楽をぶつけてくる印象しか持てません。世間は眼中にないようです。私と貴方が良ければ、別にいいじゃないですか、と。
  慣れてしまえば楽かもしれませんが、作られた笑い声にひきづられた笑いは、本当に自分のものと言えるか・・。
  
  静かなメッセージを聞く耳を持っている私たち。
  言い換えてみると、静かなメッセージに気付くことができる。気付く心を持っている。その心と身を一つにすることができる人間。つまり、静かなメッセージと一心同体になることができる私たち、とも考えられないでしょうか。
  
  はじめに挙げた寄物陳思とは、恋の感情を自然のものに例えての表現です。自分を自然に重ねるわけです。
  しかし、本当にそこには「いまの自分」があるでしょうか?
  言葉がものや自然に魂を与える、と言えますが。そのなかに私はいるのでしょうか?
  自然に託した和歌の中の私から、恋心を抜け出ているのいまの私です。そうでなければ、自然と一体にはなれないからです。
  「相手に知られない恋は苦しいものだ」という感情は、苦しいと思う自分を俯瞰している状況がなければ出てきません。
  「恋は苦しい」の真っ只中にある人は、自分の苦しさをはかることも、気付くこともできないでしょう。
  詠み人は、どこかで自然や大いなるものからのメッセージを聞いたのかもしれません。
  そこに苦しいの真っ只中にいる自分を見つけた、聞いたのでしょう。苦しいと一つになっていた自分を、自然と一つになっている自分に重ねたのです。
  
  お釈迦様は聞くための気付き、聞いたのちの確認も大切だと仰っています。自然や大いなるものの存在に気付き、声を聞いて、どうなのかと確認する。
  聞いて分けるばかりではいけないようです。
  昨年の二月号、住職が節分によせて書いていました。
  二月三日は節分ですが、「鬼は外、福は内」と豆を投げます。
  外と内、どこかで分けることをしているわけですが、その結界はどこにあるのでしょうか?また、鬼と福とは、どのように違うのでしょうか?
  留め石や、竹の柵は、こちらとあちらを分ける結界です。結界により違いはあるけれども、分かれる前を考えれば自然と私たちの違いなどありはしない。
  その感受性ゆえの弊害をも、お釈迦様は『自灯明、法灯明』と説いています。(副住職)

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最終更新日 : 2013-07-20 15:58:53

No.148赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて

陽岳寺護寺会便り平成25年3月1日No.148                                                    

  2011年3月11日の東日本大震災。あれから二年が経ちます。
  また、親しかったあの人がいなくなって何年経ったのでしょうか。時間が経つにつれて、人の心は動き、変わっていくものです。その確認のチャンスが墓参や法要にはあります。もちろん、この護寺会便りにもです。そのチャンスを活かして、現実の生活を豊かにしていくために、諸行無常を「受け入れる」ことの意味を考えてみました。「受け入れる」とは、つらいときも、楽しいときも、すべてを日常という幸せに変える、私たち人間がもつ力のことです(副住職)

赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて

    赤い風船が針にさされて破れても、心配はいらないよ
    こわがることはない
    目に見える風船はたしかに消えてなくなってしまう
    だけど
    中の空気は、お外に行って、このお空の空気とひとつになるだけだ
    
    風船がやぶれて、風船の姿かたちは見えなくなるけれど
    中の空気がお空の空気とひとつになるだけだ
    
    我々の命も
    死んでも終わりにはならない
    
    大きな命と合流をして
    また新たな命になってうまれてくる
    だから、心配はいらないよ

病に伏せる子どもに、こう言ってきかせた父親である和尚さんがいました。
子どもながらに、この子は自分の命が短いと分かっていたようです。
この自分が消えてなくなると言われた時に、死というものをどう受け止めることができるでしょうか。まして子どもですから、きっと不安があったはずです。そんな時、こわがる子どもを見て、父親は優しく声をかけたのでした。
自分なんていうものは、風船と同じで、はじけて消えてなくなる。
しかし、その根本は、中の空気と外の空気とひとつになる。そして大きな命と合流して、また新たな命となってうまれてくる。この永遠なるものに気付いたとき、人は死の恐れから解放されるのだと。

おととしの3月11日、この自分が消えてなくなるんだということを、日本中の人が、同時に、思い知らされました。まるで病に伏せる子どものように、死という事実をつきつけられたのでした。波にさらわれた人、地震や津波のニュースを見た人、私たちのことです。
そして東日本大震災の事実の大きさを、人々は受け入れることができませんでした。その副作用として、私だけは大丈夫だと買いだめに走り、情報は大切だとデマが横行しました。

二年経った今。問題は山のようにありますが、時が経つにつれて、人々は受け入れるようになりました。受け入れなければ生きていけないからでもありましょう。受け入れることとは、生きることだと言い換えられるほどにです。それはつまり、受け入れることには、現実を豊かにしていく糧というチャンスがあると考えました。
生きることとは、受け入れることだと言えます。それでは、人は何を受け入れていくのでしょうか?それは、縁・出会いと言ってもよいのですが、“出会ったものごとすべて”とします。
たとえば、取捨、順逆、喜びと悲しみなど。私たちの出会うものごとには、対照的に見えることがあるようです。比べてみたときに、だいぶ違ってみえることです。その出会いの中から自分に良いことだけを受け入れること。それは同時に、悪いことの受け入れない癖にもなります。
受け入れない癖のついた人は、喜びや楽しみを受け入れることができません。片方だけしか受け入れようとしないのは、両方を見ないようにしている現れだからです。「喜びがあるから悲しみがあり、悲しみがあるから喜びがある」という事実を認めなければ、どちらも得ることはない。

生きるとは日々を暮らすということであり、それを日常と言うわけですが。3.11の東日本大震災は非日常でした。しかし波にさらわれた人にも、ニュースを見た人にも、日常はやってきます。
たとえ悲しみにくれていても、笑ってしまうこともあるでしょう。その光景は、不謹慎ではなくて、日常が返ってきた証拠。喜びも悲しみも、両方を受け入れることができている証なのだと思います。辛いことがあっても、かならず日常性は強くなる、という助けがここにはあります。

しかし、受け入れることを目的や前提にしたり、課せられた受容というものは、人生を豊かにしていく糧とはならない。受け入れさせられることは、人生のゴールではないからです。無条件に肯定するのではなくて、自分で考え自分で受け入れること。それが日々を暮らしていくということ、さらに言えば自分自身を大事にすることです。
ただ自分自身を大事にしようと思っていても、自分の心に入りきらないものを受いれざるを得ないとき、楽勝だと思っていたら心のなかで大きくなっているとき。無理するときがあるかもしれません。取り返しのつかないことになるときもあると考えたならば。受け入れなくてもいいものもあるという救いも必要です。
受け入れるということは、答えることの難しい問いを保持しつつ、閉じないでいることです。どのように向き合うか、自分ですこしずつ答えを出していくということです。
それが、諸行無常といわれるこの世界を生きる智慧です。諸行無常を受け入れることです。

すべては動き変化するというこの大きな真実を、東日本大震災は、巨大な自然の変化として私たちに実感させました。
それはつまり、私たちはあの東日本大震災に加担しているということです。3.11のことを気遣い、配慮をし、関心を持つということです。責任を持っているのです。俯瞰することは難しいけれど、みんなで共有することで、この世界を良くすることができるということです。
普通の暮らしの大切さは日常の中にあったのですが、みんな忘れていたわけです。すべては動き、変化するという自然。その自然を受け入れることが生きるということに、気付かされた。

変化を人が受け入れるとき、自分が愛すべき存在だと気付きます。愛すべき存在であることの幸せ、日常の幸せ。幸せとは、変化する今・ここ・わたしが基点となります。
幸せを私たちが考えるとき、それは自分自身、また家族のことが第一なはずです。それが自然なことです。そして、自分の幸せを誰かと共有するために、幸せな私が誰かのそばにいることが誰かの生きる力となるのだと、私は思います。
“寄り添う”ということですが、永遠なるものと私たちは寄り添っているのです。変化するこの世界を受け入れている。二年経った今、「受け入れる」ことの意味を確認することです。

不幸と言われるかもしれないけれど、絶望はしない。死とは、この世に別れを告げるとき、赤い風船が割れるときだと考えてみれば。針にさされて鳴るパチンという音は、別れを告げる音でもあり、永遠なるものと一つになる「さようなら」「ありがとう」という言葉なのだと思います。

すべてのものが絶え間なく動き、変化するこの世界。
諸行無常という、この大きな真実を受け入れるとき。人は、自分が変わってしまうことを楽しめるのだと思います。そして、他人が変わることを許すことだってできる。「受け入れる」とは、諸行無常とはポジティブなことなのです。◎お彼岸は、3月17日(日)~23日(土)です。◎今年のお施餓鬼は、5月18日(土)第三土曜日です。皆様の参加をお待ちしております。

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最終更新日 : 2013-07-20 16:01:45


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