目次
No.118~
No.118副住職ごあいさつ
No.119かんかんのう
No.120~129
No.123東北地方太平洋沖地震回向その2
No.122東北地方太平洋沖地震回向
No.121あるの、ないの、それとも……
No.120『断捨離』のすゝめ?
No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!
No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します
No.126あちら側とこちら側
No.127気づくこころが美しい
No.128無常
No.129「物欲は世界を救う」か?
No.130~139
No130.ドジョウ
No.131「それでも人生にイエスと言う」
No.132ご祈祷
No.133お祝いの言葉の交換
No.134年頭に……
No.135福は外、鬼は内
No.136東日本大震災1周忌回向
No.137悲しみの木
No.138団体参拝・すなお
No.139魚は水を出づれば忽(たちま)ち死す
No.140~149
No.140我性(がせい)
No.141無事是れ絆
No.142名前
No143畏敬の礼の心
No.144「こわれゆくもの」
No.145平成二十四年度ご祈祷と演芸会無事円成・年忘れ
No.146花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる
No.147聞く力
No.148赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて
No.149陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』
No.150~159
No.150 Have(ハヴ) A(ア) Nice(ナイス) Day(デイ)!
No.151ノアの方舟(はこぶね) 
No.152じぇ!じぇ!じぇ!
No.153盂蘭盆経~目蓮尊者の伝説
No.154在りし日の 背を洗うごと 墓洗う
No.155縁に随って、心法を忘ず
No.156代えがたいもの
No.157物語を信じる
No.158和をもって貴となす
No.159あなたが好き
No.160~169
No.1604年目
No.161はだかの王様
No.162お施餓鬼会

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No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!

陽岳寺護寺会便り平成23年5月1日No.124

飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!

 今年も見事に、福島の三春の滝桜が咲いたと、新聞に写真が掲載されていました。東日本の誇る桜です。季節は大震災に被災された地域にもかかわらず今年限りの桜の到来を告げていました。
 一方、東京の遅咲き桜は散り、若葉を繁らせ始めています。
 咲く桜、残る桜も、散る桜でしょうか。季節にうながされて咲くのか、咲くことによって季節が生じるのか、いやいや同時と、考えさせられますが、人の思惑も同時に咲き、散ります。私と世界の入り組みに混濁しながら人は生きていきます。
 我を忘れて桜に見入り、その桜そのものとなる。そのうち桜も忘れて、只たたずむ自分がいることに気づくこともあるでしょう。桜を見ながら食事をして、その食事を忘れて桜を見ていることも忘れることもあるでしょう。
 桜もきれいだし、食事もうまい、一緒に見に来た仲間たちも喜んでいると思うこともあるでしょう。
 震災そして原発に汚染された地域で生きるお年寄りのインタビューに答える言葉を聞いて心が傷む。
 「私はこの家で死にたい。この地域から離れない」と、枯れた涙が流れる。無人となった家や地域に、孤立を選択させるものは何なのか。震災そして原発に汚染されたことで咲くお年寄りの花は、死なのか、生きる希望の喪失か、余生・与生・預生とは何かを考えさせられる。
 しかし、本当は、その生が誰に与えられたかなど、考える必要はない。人によっては、神や仏、家族、祖先や血筋から、民族や山河からと意味を見出す人もあるだろうが、それはそれで思うことは自由だし、比較して考えることも自由だ。だけれども、比較し意味を見出したモノからみると、生を奪うことも生じてくると、人は悩むこともあるし、与えられたモノに従属してしまうから厄介だ。預かった預世(よせい)もまた同じことだろう。
 それでもその家で、その地域で、孤立しながらも人は生きている。

 平成23年の3月11日の東日本大震災と津波、そして福島原発の災害から、季節は刻々と変化しています。困難な状況に不安と恐怖に悲鳴を上げる被災者たちの様子をテレビや新聞、また実際に炊き出しに行き、生活必需品を届けに行った人々の声を聞けば聞くほど、痛ましく思える。何かできることはないかと思いつつも、季節は変わる。
 被災者の一人一人が、個別の悩みを抱えながら生きている。全体を見渡そうと思えば、個が消えて、個を思えば全体がかすむ。それでも何とか頑張って欲しいし、無理をして欲しくもないし、明日はどうなるのだろうかと不安に駆られる。人は生きるしかない。

 ふと、「衆生病むがゆえに、我もまた病む」の釈尊の言葉が響きます。私は釈尊ほどの人物ではないし、大それた悟りを持つなどと、とうてい思えないけれど、被災された人や地域を考えるだけで、「我もまた病む」と、同じ気持ちを持つことに気がつきます。
 人だったら、誰もが持つこの「病む心」、もちろん、釈尊仏陀の病みとは、格段に異なるものだろうが、病むこと自体は同質なものだろうと、そこに、釈尊仏陀は居るのだと。自分の心の中に生きている。
 仏教の解説本を読んでいると、釈尊には「自分」「我」がないからこそ、我もまた病むという心が生じると説明されています。無心とか空の心こそ、釈尊仏陀の心なのだと。
 その無心と生きることについて、禅の語録は、何と自由さがあふれて、言葉の魔力に引きつけられることが多いでしょうか。もっとも、その言葉から生きる勇気をもらいます。

 修行僧が趙州(じょうしゅう)禅師に尋ねた。「私の自己とは、どう考えたら、そしてどんなものでしょうか」
 趙州禅師は尋ねた。「ご飯はすんだかね」
 修行僧は答えた。「すみました」
 そこで、趙州禅師は答えた。「すんだら鉢を洗っておけ」

 さらに、臨済(りんざい)禅師は、日頃、みんなに語った。
 『禅はあれこれ思案し造作を加えたりしようがない。ただありのままで在りさえすればよいのだ。衣服を着て、ご飯を食べ、糞をしておしっこをする。疲れたら横になる。愚かなものは私を笑うが、智者ならわかるであろう。古人も「外に向かって工夫をなすは、皆、愚か者だ」と。』

 これらの言葉通りに私たちが行為するとすれば、雲泥の差があるかもしれません。飯を食べるときは、飯を食べることに成りきれ、食べ終わったらもっと食いたい、次の食事は何を食べたいと思いをせずにということです。お掃除をするときは、目前の掃除に成りきることと禅はいいます。
 道元禅師は、「只今ばかりが我がいのちは存するなり」と話されました。それは、今生きている自己の自覚でもあるでしょう。百丈禅師は、「自分が生を受けて、何よりも大きな不思議なことがある。今ここに、坐(生きて)っていることだ(独座大雄峰)」と。時は今、その今は過去未来さらに世界の一切を含んでの今です。
 その今が、行為としてお椀を洗っておけ、洗い終わったら拭いてしまっておけ。行為はつながっているようで、つながっていない。今の連続は連なっています。連続している行為に見えるけれども、実は、一つ一つの行為は独立していて、連なっていると教えられるのです。それも同時にです。それが生きることです。
 「私はこの家で死にたい。この地域から離れない」と、ご飯を食べて茶碗を洗い、服を着て、掃除に洗濯。震災そして原発に汚染されようとも、咲く花があります。しかし、そうは思っても、人は痛ましく悲しいし、憂いを持ちながらも力強い。  (住職合掌)
◎作詞家・新井満氏が震災1ヶ月後、「そろそろ、言葉の力が必要な時期がやってくるのではないかと思っていた。一番苦しい時に人の心を癒すのは、大自然の美しさとその感動ではないか。だからこそ、“希望”という心のパン、詩は命を救う心のパンである。」と新聞に寄稿していました。
◎そして、今年の施餓鬼会では、昨年の夏に僧堂から帰ってきた新命がお話をします。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:33:50

No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します

陽岳寺護寺会便り平成23年お施餓鬼号No.125                                                

お施餓鬼では僧堂生活について話します

  昨年の夏、深川に帰ってきて、秋のお彼岸、ご祈祷の会、年末年始、春のお彼岸と過ぎました。
  5/28(土)は、私にとって初めてのお施餓鬼です。
  山門大施餓鬼会は、近隣の和尚様方を呼び、陽岳寺にとって長い過去をさかのぼっての有縁無縁の亡くなられた方々を、みんなで感謝し祈りを捧げようとする集まりです。
  また陽岳寺檀信徒の縁につながるご先祖様も供養しようと催される法要です。今回は、東日本大震災津波等で亡くなられた方々、被災された方々、何らかの形で被災地に添ってかかわっている方々に対しても、ご冥福や、ご無事、ご多幸の回向をしたいと思います
  
  昨年、ご祈祷の会にて、挨拶させてもらいましたが、本年のお施餓鬼では、陽岳寺副住職、新命(しんめい)和尚である私がお話させていただきます。修行道場での生活についてです。
  皆さんのご参加をお待ちしています。
  
  参加にて、当日に出席の方は人数を明記して、欠席の方は「欠席」と明記して、はがきか、ファクスにてお早めにお知らせください。不参加・欠席の方は、はがきの投函およびファクスとも、ご遠慮願います。参加はするけれども、当日欠席の場合、和尚が代わってお参りいたします。
  参加費1万円に卒塔婆1本含みますが、追加の方は1本につき3千円申し受けます。お塔婆に戒名を記入ご希望の場合は、戒名を明記して下さい。無記名の場合は、その家の先祖代々各霊位といたします。なお、お塔婆を複数申し込む場合も、戒名または、ご先祖家の名前を記しください。
  
  さて、何回か護寺会便りをお送りしてきましたが、まだ書いていないことがあります。それは私の僧堂での生活について、です。
  私がいた僧堂は、JR北鎌倉駅から歩いてすぐ、瑞鹿山円覚寺の中にあります。そして、おとなりには、巨福山建長寺があります。昔は喧嘩が絶えず、犬猿の仲になぞらえて、建円の仲と言われたようですが、いまでは行事があるとお互いに助け合っています。
  
  奈良の薬師寺管長であった高田好胤師が、般若心経について、こうお話しされています。
  「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心、広く、広く、もっと広く、これが般若心経、空の心なり」
  とても少ない文字数で、仏の教えを余すところなく知ることができるお経として、般若心経があります。かたよらない、こだわらない、とらわれない心。
  仏教では、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静を教えの特徴としています。そして、無常・無我の世界に、常住や自我を追い求めるために、苦しむ。過剰な執着を良しとしません。
  しかし、その執着も縁なのだと思います。「こだわり」という縁です。
  
  『断捨離』について護寺会便りを書いたことがありました。片付けられない部屋、遺品、心からのこだわりを「捨てる」「無くす」「消す」ことは『断捨離』のウワバミでしかなく、本当の『断捨離』とは、「断捨離しなければ!」と『断捨離』にこだわる心・自分をも認めることです。
  いつのまにか、「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心」を持たねばと、自分で自分の首をしめるかのごとく、とらわれていた自分に気付くことが大切なのでしょう。
  
  『我他彼此』・・・がたひし、と読みます。
  「我」があって「他」があり、「彼」があって「此」がある。自分と他人、あれとこれ、と物事を対立してとらえることを言います。物事が対立して決着がつかない状態のことです。
  戸の立て付けが悪い状態をガタピシ言う、ですとか。ガタガタ言うな、ガタがきたなァ、という言い回しも、この『我他彼此』から来ているそうです。
  
  我を無くしましょう、執着から離れて柔軟に生きることが大事なのだと、お釈迦様は仰っているわけですが、建円の仲と言われた姿を見たら、どのように思ったでしょうか。いまでは一緒にソフトボールをする仲にまでなりました(それが良いことかまでは分かりませんが?)。
  
  本来は一つだけれども、我見によって、対立的に見えているだけ。平安が失われているように見えているだけ。健円の仲と言われていただけ。私たちはとにかく、白か黒か、好きか嫌いかと、物事を決めたがります。自分に出来たのだから、彼にも出来るはずだ。昔は出来たのだから、今も出来るはずだ、と。きっと、そんな自分に安心したいのでしょう。その安んじたい心はどこに?
  
  禅宗の書物「無門関」に「達磨安心(だるまあんじん)」という項があります。
  初祖達磨(だるま)大師の弟子にしてもらおうと、後の二祖慧可(えか)大師が、坐禅をしている達磨さんを訪ねました。ウンともスンとも言わない達磨さんに、自分の意志を伝えんが為、雪の中、自分の左腕のひじから下を切り落としました。そして、問答をします。
  慧可「私の心はまだ不安です。どうか安心させて下さい(子は心未だ安からず。乞う、師安心せしめよ)」
  達磨「では、その心というものを持ってこい。そうしたら、お前さんのために安心させてやる(心を将ち来れ、汝が為に安んぜん)」
  慧可「心をさがしましたが、見つかりませんでした(心を覓むるに了に不可得なり)」
  達磨「お前さんのために安心させたわ(汝が為に安心しおわんぬ)」
  
  地震は大地が大きく揺れます。でもそのあとに揺れるのは自分の心です。心が揺れるのは、自分自身の意識が、対立的にモノや意味をとらえ、考えるからです。では、その心はどこに?
  何とか暮らしていた、体も病気を抱えていたが、それでも家族に囲まれて満たされていた、いい生活だったとは、意味です。何かを失ったと思えるのは意味です。意識・心が作り上げたものです。地震前までは普通に生活できたのだから、これからも普通の生活が出来るはずだ、と。
  
  津波がすべてを流しつくした意味は?いまなお地震が続く意味は?歩いて帰らねばならなくなった意味は?戻る家を失い、家族を失い、もはや自分を知るものは自分一人だけ、となった意味は?想定外の事態の意味は?家は傾き、ひび割れ、水もガスも電気も通じない。とてもじゃないが住める状況ではない、この家の意味は?道路はゆがみ、マンホールが飛び出て、満足に歩けない、この町の意味は?そんな被災地とほど遠い場所に私が住んでいる意味は?
  
  無縁社会、孤独死、となりに住む人の顔も知らない今なんかよりも、昔の方が安心でしたでしょうか?原子力発電所のない時代は安心でしたでしょうか?
  テレビやラジオもエアコンも無い。はだか電球、晴耕雨読の生活。お風呂を沸かすにも、ご飯を炊くにも、今ではスイッチひとつですが、昔はすべて薪。消し炭を取り、七輪で野菜を煮炊きする。そんな昔の生活が僧堂では続きます。僧堂とは、生活のなかで我を無くすことに集中する場所です。お施餓鬼では、もっと詳しく僧堂での生活についてお話しします。また、老師にとんでもない質問をしたことがありました。その内容とは?お楽しみに。  (副住職)

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最終更新日 : 2013-07-20 15:34:56

No.126あちら側とこちら側

陽岳寺護寺会便り平成23年6月1日No.126

あちら側とこちら側

 東日本大震災後、多くの人が、人が生きる意味の問いに直面したのではないかと思います。その結果、今までの普通に暮らしていた日常の普通さを疑い、物質よりも絆、友、家族の意味を再構築しようとしているようです。
 昨年は、無縁社会が話題になっていましたが、震災以降は、何が人を動かすのか、動かされた私に意味を見出そうとしてるようです。あの津波の映像を繰り返し目撃した者にとって、寄せては引く波に、流され翻弄されたのは、また、私たちの普通の暮らしだったのではないかとも思えるのです。
 自然の驚異と、制御不能となった人間のエゴが作り出した原発の暴挙を目の当たりにして、翻弄されたものは、私の中の死ではなかったか。誰だって、あんなにむごい現実を見れば考え方や生き方が変わるものです。
 そして、振り返ってみれば、自分のことを中心に考えていた自分が、いかにいたらない人間であったか、物や自分に執着し、困惑して、悩み、さいなまれていたのかに気づいたということではないでしょうか。
 本当に大切な物は、何だったのかと考えることを悟らせたような気がいたします。
 そしてそこから、新たな希望や願いが生まれようとしているのだとも思いますし、生きるということが問われていることでもあり、それは自分の中の死が、働きかけているといえないでしょうか。

 さて、人が誕生したことは、同時に死も含まれて、誕生したといえることから、人が生まれたということは、人の死も誕生したということです。そして、同時に誕生したものは、生まれた赤ちゃんとのあらゆる関係も同時に誕生したことになります。赤ちゃんにとっては、世界の誕生でもあるといえます。世界から見れば、新しい命の誕生の祝福です。
 生と死は、同時に存在していることだと、そして生は死を根拠にしてあり、死は生を根拠にしてあります。
 震災により、浮かびあがったのは、この関係なのだろうと、私の中の死が、人がいかに生きるかを、改めて気づかせてくれたのだと思いました。

 そんな私たち日本に向かって、アウンサンスーチ女史は、《ビルマからの手紙2011(毎日新聞平成23年5月23日(月)朝刊》で、終わらぬ「旅」という一文を日本人へ寄稿していました。
 『長年にわたる自宅軟禁の間に、私は、旅が人生ではなく、人生こそが旅なのだと思い至った。過ぎてゆく日々の中で、一日を形作る1分、1時間という時の流れには、どれひとつとして同じものがないことに気付かされた。
 人生とは、微細な変化の日常を、長い年月をかけて積み重ねながら歩んでいくものではないだろうか。自宅軟禁中に日課となった早朝の瞑想の中で、私は意識をいろいろな場所にさまよわせながら、自分の住所がまさしく「旅行中」なのだと感じるようになった。それからは折々に身辺を整理し、不要なものを処分するすべも覚えた。人生そのものが旅ならば、身軽なのに越したことはない。
 おとぎ話の登場人物のように、時空を超えた輪廻転生の旅の道中に自分はいるのだと思えば、有刺鉄線を巡らせた高い塀だけでなく、果てしない距離さえも飛び越えて、かなたにいる仲間と手を取り合える気がした。
 終着地がどこなのか、この旅がいつ終わるのかを知らずとも、旅人たちが時空を超え、言葉や文化の違いを乗り越えて理解し合えば、心は一つになれるはずだ。
 未踏の地をゆく人々には信念や勇気を盾に冒険を続けた共通体験があり、それが旅人たちの互いを思いやる心を育てるのだ。』と、東日本大震災に見舞われた人々に対し、試練を乗り越えて欲しいとエールを送っていました。
 
 生をこちら側といい、死をあちら側というなら、こちら側の人生の旅は、すべて「旅行中」、「旅なる人生の途中」にあると読み替えることができます。
 だからこそ、こちら側の信念を、確かなものにしなければ、ただあちら側に流されて、本来の自分というものを失うことになるのかも知れません。あちら側のことは、こちら側の私たちによって決めるためにです。

 臨済宗の祖、臨済禅師は、臨済録に於いて、「途中に在って、家舎(かしゃ)を離れず」と記しています。臨済禅師の生きた時代、この途中の意味するところは、輪廻転生の旅の途中で、生まれ変わりの長い時間だったようです。
 アウンサンスーチ女史にとって、輪廻転生の生まれ変わり、死に代わりは、おとぎ話の世界のようですが、禅は、家舎を心の器と考えることで、慈悲や愛が宿り育つ心と考えることが出来ます。
 その心は、私という自己が確立する以前の心なのですから、いくら私が考えても対照的につかまえることはできません。もしつかまえることが出来るとしたら、無心となることで、手に入れることが出来るのかも知れません。しかし、無心な私にとっては、手に入れるという意識もないはずです。

 「途中に在って」とは、旅なる人生であり、「旅行中」です。「家舎を離れて」を、執着を捨てた無我や無心に置き換えてみますと、「途中に在って、家舎を離れず」とは、一瞬一瞬の今を、無心に生き続けることです。臨済録には、さらにその先を目指して、「家舎を離れて、途中に在らず」こそ、人天の供養を受ける人だと付け加えております。

 自己の歩んできた道を、歩みを忘れろと、「未踏の地」を行けと叱咤します。それは、実績とか物を持っていること、あるいは蓄積した知識に価値や意味を持ち続けることを戒めています。人は知らずに、自己を認めてもらいたいものですが、そこは、普通の価値観です。
 そこにおいて、道は消えて、死も消えて、終着駅も消えて、あちら側もこちら側もない人生が輝いていると思うのですが、人生の輝きが問われているともいえるのではないでしょうか。
 そんな無心の心を、禅は幾世代にもわたって、伝えてきたともいえます。
 仏陀釈尊は、今も活き活きと生きている。
 祖師である達磨も、宗祖臨済禅師も、妙心寺開山関山慧玄禅師たちも、今も活き活きと生きている。
 祖父や祖母、母も父も、今も活き活きと生きていると。それは、無心なる心が、私たちにはあるからではないでしょうか。無心なるがゆえに、呼ばれれば、母となり、友となり、妻となることができるのです。

 今を生きるということは、時に、辛く苦しく、悲しく寂しく、不安や恐怖に、いらいらすることも、それを取り除けない今の私なのだと徹することが、今を生きている、豊かに潤いのある姿ともなるのです。
 人は誕生したときから、私たちの目や耳腕や足までも含めて、すべてあちら側に向い、歩むということを説明できるものです。年を重ねるという意味を、旅や歩みに書き換えてみますと、終着駅や死が見えてきます。
 生き続けるという価値は大きな意味を持ちます。それは、「あちら側のことは、こちら側によって決まる」ことだと示唆できるものです。 
 だからこそ、こちら側の信念を、確かなものにしなければ、あちら側に流されて、本来の自分というものを失うことになるのかも知れません。あちら側のことは、こちら側によって決めるためにです。                                                                (和尚)
◎5月28日の山門大施餓鬼会には、前日梅雨入りとなって、雨が降り続けたにもかかわらず、当 日欠席も1組、当日飛び入り参加2組と、盛況に勤め上げることができました。これもひとえに、 皆様のお陰と思って感謝しております。
 本施餓鬼会より、お経の前半と後半を、普通の口語体の文章にしてのお施餓鬼会でした。そして、 副住職の話がありました。修行から帰ってきて、10ヶ月ですが、次代を担うべく少しずつで  すが皆様の期待に応えられるよう努力している姿が見えてきました。
 本当に有り難うございました。
◎平成24年より、お施餓鬼会は、5月第3土曜日となります。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:36:26

No.127気づくこころが美しい

陽岳寺護寺会便り平成23年7月1日No.127

気づくこころが美しい

  7月です。一年の半分が過ぎました。
  今日までの時間の流れを、「もう」一年と考えるか、「まだ」一年と考えるかは、人それぞれです。
  あの地震からは、1、2、3ヶ月、100日と過ぎ、もうすぐ4ヶ月となります。この月日が、長いと感じるか、短いと感じるかも人それぞれ。
  
  考えもつかない事件が起きます。
  9.11、神戸・中越地震、池田小・酒鬼薔薇・地下鉄サリン事件、イラク戦争、東日本大震災、福島原発。
  映画や小説にあるような出来事です。
  テレビ・教科書で、3.10東京大空襲、8.6・8.9広島長崎原爆投下、8.15終戦記念日など繰り返し、私たちの目には見えるけれども、どこか遠い世界の話に感じます。時間の経過でしょうか。
  考えもつかない事件・戦争の起きない世界は無いのです。・・諦めてはいけませんが。
  
  東日本大震災はどうなるでしょう。忘れられていくでしょうか。語り継がなければなりません。
  
  地震の影響か、猛暑への対応か、世間では盛んに節電が叫ばれています。電力会社が節電を呼びかけるのはオカシナ話です。
  
  冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビ、カラーテレビ・クーラー・自動車。レンジ、薄型テレビ、食器洗い乾燥機など、新商品として、便利なものとして、続々と電化製品が世に出ています。
  電気を自由に使えるようにと。便利に、新しい機能をと。我々の求めに応じて、電気・電化製品は作られてきた、とも思います。
  しかし、歴代の政府と電力会社の責任は明確で、天災(?)だから免責、となるはずがない。責任も大切ですが、これからが大切です。ひとりひとりが日本を考え、行動しなければならないと、再度明らかになりました。明日では「もう」遅く、今なら「まだ」遅くはない。責任もつ生活。
  極端な節電も問題でしょうか。節電だ!と、マンションの高層階に住む人が、エレベーターを使わずに暮らそうと思えば、階段の往復で一日が終わってしまいます。
  電車などの交通機関を使わなければ、何駅と離れた会社・学校に毎日通うことは出来ません。
  
  テレビやラジオもエアコンも無い。はだか電球、晴耕雨読の生活。働く場所は、住む家のすぐ近く。お風呂を沸かすにも、ご飯を炊くにも、今ではスイッチひとつですが、昔はすべて薪。消し炭を取り、七輪で野菜を煮炊きする。そんな昔の生活は、今よりも良かったでしょうか?
  
  5月の陽岳寺のお施餓鬼会で、修行道場での生活について話しました。
  僧堂とは、生活のなかで我を無くすことに集中する場所です。我を無くせ、いままで持っていた知識も全部捨て去ってしまえと言います。放てば手に満てり、と曹洞宗の道元禅師の言葉ですが、いろいろなことに気付かされます。
  「花も美しい 月も美しい それに気づく心が美しい」
  円覚寺前管長の足立大進老師の言葉です。気付くことの大切さを教えてくれます。
  私たちの周りには、美しいもの・ありがたいことに満ちています。しかし、気付かなければ。
  
  修行道場で気付くこと。いちばんは「親切」です。感謝の念が起こります。
  
  修行道場は、八百屋さんのように野菜を売って生計をたてたり、会社を経営して、お金を稼ぐことはできません。では、どうするか。・・・お布施です。町を托鉢をして、まわるのです。
  托鉢の方法は、修行道場の場所によって違います。円覚寺の場合は、軒先に立って、一軒一軒短いお経をお読みします。鎌倉に住む方々はご存知なので、皆さん托鉢が来たな・・と家から出てきて、おのおの負担のない額をくださいます。
  托鉢に出ますと、お金をいただくことが多いのですが、果物やお米もいただきます。それが後々、自分たちの口に入るわけです。生きる糧です。無ければ、無いだけ。食べられないだけです。
  果物やお米は重いです。また、小銭もたまってきますと重い!ひもが肩にくいこみます。
  しかし、重いのは物だけではありません。気持ちも、です。
  親子で出ていらっしゃって、お母さんが子どもに小銭を手渡し、あげてきなさい、と下さいます。その姿に、思わず微笑んでしまいます。お札を頂戴することは稀で、硬貨の方が紙よりも重いですけれども。その気持ちは、重いのです。その重さは、親切です。ありがたいなと思います。
  
  3/11の地震で鎌倉市は停電したそうです。ただ僧堂はいつも暗いですので、ろうそくがあります。いつも不自由なので、かえって何不自由なく暮らせていたようです。
  水は横井戸からきていますし、ご飯を作るにも、お風呂を沸かすにも、ガスではなく薪ですから、停電・断水・断ガスは問題ありません。ただ、そういう生活なだけ、というわけです。
  それでも、「ただ、そういう生活」を送ることができることは有り難いことなのだと。日々の生活への感謝に、気付くことができた。そんな地震だったと修行道場の雲水は話していました。
  いま私たちは、便利なものに囲まれて生活できています。感謝しているかと問われたら?
  
  「大いなる ものにいだかれ あることを けさふく風の すずしさに知る」
  妙心寺管長でした山田無文老師の句です。無文老師が結核の療養中、縁側で風に当たっていたときです。風は空気が動いていると気付き、鉄の棒でガツンと殴られた気持ちになりました。
  「私はこの空気に育まれ、養われていたのに、今まで空気のあることに気付かなかった。空気が寝ても覚めても休みなく抱き締めてくれていたのだ。泣けて泣けて仕方がない、俺は孤独ではないぞ。生きよ生きよとおれを育ててくれる大きな力がある。俺は治るぞ」と思ったそうです。
  
  私たちは、さまざまなことやものに支えられて生きています。
  エレベーターが動くのは、電車で通勤通学出来るのは、お施餓鬼に出席できるのは、お盆を迎えられるのは、今わたしが生きているのは。
  護寺会便りを送ることができるのも、数え切れないご縁・無限のいのちのつながりの賜物です。
  今このときに繋がっている、わたしたちの命がとても偶然とは思えないことだと。ありがたいなァと、感謝して暮らしていければ。気付くことは、幸せなことなのではないかと思います。
  修業道場での生活に区切りをつけて、深川に帰ってまいりました。祖先と皆様とのつながりを、現住職から後へと、つないでいきます。
  お盆は、祖先とわたしとのつながりを思う、ひとつの機会です。先に逝った親しい人たちを偲ぶこと、毎日を送ることができると感謝することが、孝行・供養なのだと思います。 (副住職)

★お盆は7月13日(水)~16日(土)です。◎深川仏教会では、7月25日(月)午後7時より、深川高橋河畔(清澄通りと交差する小名木川)にて灯籠流しを行っております。一霊千円以上にて、仏教会灯籠に戒名あるいは先祖の名前を記して川に流します。陽岳寺で、受け付けております。

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最終更新日 : 2013-07-20 15:37:29

No.128無常

陽岳寺護寺会便り平成23年8月1日No.128

無常

 小説家の村上春樹さんが、6月9日にスペインのカタールニャ国際授賞式のスピーチ「非現実的な夢想家として」原稿全文が毎日新聞の夕刊に三日間にわたって掲載されました。
 彼は、東日本で被災された日本人に対して、無常観という言葉を使っていました。
『我々は無常という移ろいゆく、儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。おおきな自然の力の前にでは、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています……」と。
 「しかし、それと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちたもろい世界にありながら、それでも、なお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです』と、記していました。
 そういえば、川端康成も、ノーベル賞のスピーチで、ものの哀れ、あるいは、ワビやサビの美意識をうたっていたことを思い出しました。無常観からわき出した言葉でした。

 あの東日本大震災後、原発の暴挙も含めてですが、日本は大きく変わったことを考えます。陽岳寺も、3月、4月、5月、6月、7月と、法事の回向中にこの問題を大きく取り上げました。そして6月の回向に、何が変わらせたのかと仮説を立てました。

《「東日本大震災後、多くの人が、人が生きる意味の問いに直面したのではないかと思います。その結果、今までの普通に暮らしていた日常の普通さを疑い、物質よりも絆、友、家族の意味を再構築しようとしているようです。
 昨年は、無縁社会が話題になっていましたが、震災以降は、何が人を動かすのか、動かされた私に意味を見出そうとしてるようです。
 たとえ原発の事故が収束したとしても、不安は20年30年と日本を覆います。そして津波の映像を繰り返し目撃した者にとって、寄せては引く波に、流され翻弄されたのは、私たちの普通の暮らしだったのです。
 それは、また、自然の驚異と、制御不能となった人間の欲求が作り出した原発の暴挙に翻弄されたものは、”私の中の死”ではなかったか。

 誰だって、あんなにむごい現実を見れば考え方や生き方が変わるものです。
 そして、本当に大切な物は、何だったのかと考えることを悟らせたような気がいたします。そこから、新たな希望や願いが生まれなければならないと、信じています。
 それは、自分の中にわき起こる生きるという希望であり、自分の中の死が、必死になって訴え、働きかけているといえないでしょうか?
 自分の中の死は、普段生きていることに追われて、それこそ、全く見えないことです。でも今回の地震や、原発不安、放射線の自然に与える影響を考えてみれば、自分の死や、家族の死が、一人一人の心の中に叫び続けていると考えることが出来るのです」と。
 そして自分の中の死を、あちら側と言い換え、あちら側はこちら側を根拠として在り、こちら側はあちら側を根拠として、同時に在ると喚起させました。その結果、あちら側のことがこちら側によって、決めなければならないと、それは、自分らしく生きよ!と心がけたのでした。》

 そこに、平成23年7月9日、毎日新聞朝刊で、「さようなら、私はお墓に避難します」という、南相馬市の93歳の老女の悲鳴が届きました。
 大きく破壊された町や村に住んでいる人たちの不安と悲しみは、未だに過ぎ去った傷を抱え込んでいます。惨状と悲惨さの中に暮らさざるをえない現実は、こだわり以前の悪夢のようです。その悪夢から一向に進まない現状では、今を生きることの辛さばかりが積み重なっています。
 無常を生きる日本人は、どう生きたらよいのでしょうか?
 
 村上春樹氏は、「我々は無常という移ろいゆく、儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。おおきな自然の力の前にでは、人は無力です。」と書いていましたが、移ろいゆく世界を、どこで眼にしていたのか、聞いていたのかと、不思議な疑問を持ちます。

 何故なら、自分自身の移ろいこそ、今回の東日本の大きな事件であり、渦中の中の流された私の移ろいこそ、悲惨だったからです。
 東日本復興構想会議から、震災への提言が平成23年6月25日に発表されました。そのタイトルは、まさしく「悲惨の中の希望」がテーマでした。
 これは、日本人おのおのにとって、悲惨の中の、混乱の中の、寂しさの中の、いたたまれない中の、辛さの中の、癒やされない中の、希望のことです。希望は芽であり、きっかけでもあるのでしょう。もちろん大きな希望であれば幸いですが、その希望は、つなぐことによって光がさしてくるといい、つながれていたとの気づきでもあります。

 さて、仏教では、眼は、眼自身を見ることできないと説きます。無常も同じです。無常も無常自身そのものを見ることも、聞くこともできません。
 なぜならば、移り変わるものを見つめる眼は、心は、移り変わらないものとしてあるからです。この関係を考えてみると、移り変わるものは、移り変わらないものを根拠として在り、移り変わらないものは、移り変わるものを根拠として、同時という世界に在るからです。仏教では、その同時を、中道(ちゅうどう)といいます。
 この対立している構造を、言葉を変えていえば、次のようになります。

 生きていながら生かされていることとは、生かされていながら、生きていることと同時です。これは、生きていることを自己肯定とすれば、生かされているは自己否定です。自己肯定しながら自己否定され、自己否定されたことで、自己が肯定されると。
 含んでいながら含まれている。見守っていながら見守られている。包んでいながら包まれている。部分で在りながら全体である。結ばれているから独立している。離れていても連帯している。選んでいながら選ばれている。失っていながら得たモノが有る。無心となっていながら満ち足りている。この関係こそ、色即是空・空即是色という般若心経の要素です。そして、この有り様の同時という視点こそが、揺れる心の無常世界を活きる智慧となるものです。

 なぜなら、これはすべてが、無心(自己否定という)を本質としているからこそですが、これはまた、金剛経の、AはAでないことによってAであるという関係です。
 妻は妻を否定することで、妻となる。妻の根拠は夫に在るといえば、夫を根拠にして、妻という立場はあるといえます。これは、夫も同様な関係にあるといえます。
 だから、妻は妻自身にはなれません。見えません。聞けません。無常と同じことです。

 世の中の意味が、対立しているもので成り立っているならば、無常の根拠は、無常でないものを根拠としてある筈です。それは、移り変わらないものとして、絶対や永遠ともいえるものですが、移り変わらないものとした、私たちの思い込み、独断こそが、無常を際立たせるともいえます。
 実は、本当に不思議なことですが、昨年から、断捨離というブームが、東日本大震災の伏線として、日本にあったのではと、奇妙に思えてなりません。この断捨離こそ、無常なるが故に、執着を離れるという発想でした。

 無常を見つめる常なる自分自身は、無常を含んで生きているという事実に、移り変わることが常とするなら、その常とする自覚から、我執や執着の事実から、解放されることこそ、無常を生きる智慧です。しかも解放された自己は、無常を根拠としながら、無常を離れている。
 東日本大震災こそ、無常なるものとするなら、想定外や独断から出る偏見こそ移り変わらないものとして、また困惑極めるものとして、証明されてもいます。想定外や独断、思い込みは、自己を省みるという否定を忘れたものだからです。
 またこうも考えることができます。無常は無常でないものに触れることで、無常を生きることができると。無常でないものとは、慈しみ、あわれみ、共に喜ぶ心、とらわれのない心とも考えることができ、突き動かされた私の心です。
◎7月のお盆は、暑かったものの、8月のお盆はどうなるのでしょうか?節電、放射線による汚染と、円高やユーロ不安、混沌とする世界を生きる智慧は、やはり、動かされた自分に気づくことでしょうか。それとも生きろと叫ぶ自身の死に気づくことからでしょうか。暑い夏、皆様ご自愛専一に、今するべきことに気づくことです。(和尚)

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最終更新日 : 2013-07-20 15:38:22


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