目次
No.118~
No.118副住職ごあいさつ
No.119かんかんのう
No.120~129
No.123東北地方太平洋沖地震回向その2
No.122東北地方太平洋沖地震回向
No.121あるの、ないの、それとも……
No.120『断捨離』のすゝめ?
No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!
No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します
No.126あちら側とこちら側
No.127気づくこころが美しい
No.128無常
No.129「物欲は世界を救う」か?
No.130~139
No130.ドジョウ
No.131「それでも人生にイエスと言う」
No.132ご祈祷
No.133お祝いの言葉の交換
No.134年頭に……
No.135福は外、鬼は内
No.136東日本大震災1周忌回向
No.137悲しみの木
No.138団体参拝・すなお
No.139魚は水を出づれば忽(たちま)ち死す
No.140~149
No.140我性(がせい)
No.141無事是れ絆
No.142名前
No143畏敬の礼の心
No.144「こわれゆくもの」
No.145平成二十四年度ご祈祷と演芸会無事円成・年忘れ
No.146花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる
No.147聞く力
No.148赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて
No.149陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』
No.150~159
No.150 Have(ハヴ) A(ア) Nice(ナイス) Day(デイ)!
No.151ノアの方舟(はこぶね) 
No.152じぇ!じぇ!じぇ!
No.153盂蘭盆経~目蓮尊者の伝説
No.154在りし日の 背を洗うごと 墓洗う
No.155縁に随って、心法を忘ず
No.156代えがたいもの
No.157物語を信じる
No.158和をもって貴となす
No.159あなたが好き
No.160~169
No.1604年目
No.161はだかの王様
No.162お施餓鬼会

閉じる


No.140~149

No.140我性(がせい)

陽岳寺護寺会便り平成24年7月1日No.140

我性(がせい)

 人の我は、もともと強いものなのでしょうか。釈尊仏陀は、「人は生まれによってあるのではない。行為によってある」と話されました。
 そこにひそんでいる言葉を探せば、過去における生まれや育ち、環境において人は在るのではない、今ここに生きる行為によって在るのだと理解できるでしょう。だからこそ、今ここの行為を大切にしたいと……
 その行為に於いてある私は、単なる私でもなければ、単なる私で無いものでもありません。私と私でないものが矛盾を含みながら、同時に結合するところに、我々の行為があり、それが私となります。
 法句経というお経の言葉です。
 『施しても施したという思いを起こさず、ことをなしてもなしたという思いを起こさない。それは母親が一枚の着物を愛するわが子に与えても、与えたという心を起こさず、病む子を看病しても、看病したという思いを起こさないのと同じである。ただそれが賢いことであり正しいことだからするのである』と。
 この一文から「看病するときは看病に徹して、人にものを与えるときは与えることに徹して、行為に徹して生きなさい」と聞こえてまいります。それが賢く、正しいことだからなのですが、看病に徹する一つ一つに行為の中に、大丈夫だろうか、元気になって欲しい気持ちは既に含まれていると思えるからです。判断・吉凶・運命・善悪・損得による行為は心を起こしたものだ、禅宗から言うと「無心」ということでしょうか。
 釈尊自身は、行うことは行うことに徹して、そこに何ものにも左右されない自在なる心があると指摘しながら、しかもその自在なる心には、動かされて行うことを含んでいることをも指摘するものです。

 仏教に、随順因果(ずいじゅんいんが)という言葉があります。釈尊仏陀のことを、「大因果人」とお呼びいたしました。
 因果とは、原因があって結果があるですが、これは小学校や中学で、理科の実験をした通りです。しかし、仏教の因果は少し違います。原因は結果という根拠を以っての原因であり、結果は、原因というものを根拠として結果であると考えます。
 原因が先か結果が先かでは、結果は後ではなく、同時です。結果に於いて原因も成立していることが現実の有り様だと仏教はいいます。
 男女が結婚したことによって、夫と妻になるわけですが、結ばれることでこの二人は、別々の妻と夫に分かれると解釈すれば理解できると思います。いつも、同時です。
 さて因果に随(したが)って順ずるですが、”順”という言葉に反するものは、”逆”です。逆を根拠にして、却って順があると考えます。しかもこの随うという意味は、因果による行為を、好きや嫌い、損得勘定等々、心の中に思い描くことなしに、ただ随う、ただ動く、ただ作る、ただ聞く、ただ見る、ただ生きる、ただ助ける、ただ手伝う、ただ考えるということです。
 因果に随うとは、今この文章を書いているさ中に、お寺の玄関のピンポ~ンと、お墓参りのお檀家さんが訪れます。
 お墓参りの方々は月命日、家々の亡くなられた方々の年に一回の祥月命日にお参りされる方もあります。毎週何曜日と決められて来られる方、思い出してときに来られる方々、孫が受験で、自分が入院して退院したので、父母が入院したのでと、各家庭の出来事の折々の吉凶の祈りの場所としても、思いだしたもので……とさまざまです。
 これを、随順因果のお墓参りと言ってもよいと思います。
 外出しようと、今日の天気予報を見れば、お天気マークにより着ていく洋服を考えるものです。雨が降るから傘を持ったりと、外出を控えるのも、随順因果です。
 出会う相手により服を着替えたり、お通夜に黒服を着せるのも、随順因果です。
 自在に私の行為を変えさせるものと言ってもよいかもしれません。これを深信因果(じんしんいんが)とも言い、台所でネギを刻み、子供が受験勉強をする、ワイシャツを洗濯し干す、食事を頂き食器を洗う、薬を飲む、すべて随順因果にして、深信因果です。
 お茶を飲むことも、電車に乗るのも、歩くのも、すべて随順因果であり深信因果です。
 今あげたこれらの行為はすべて、私を動かすものに於いて動かされた私がいます。子供が勉強するのですが、受験というものが子供を動かし勉強をさせます。行為は同じでも、随順因果とは自在でなければ、随順因果とは言いません。
 しかも、この随順因果の交わる場所に時間があります。それは過去と未来が同時存在しているといえるでしょう。過去が今を動かし未来も今を動かし、今の行為に過去は変わり未来も変わります。しかも常に同時因果です。深信因果とは因果歴然(いんがれきねん)であり、明かな理だと……ここに因果必然の理があり、不昧因果(ふまいいんが=因果をくらまさず)とは、因果の真理を明らかにするという意味です。明らかにするわけですから、断念するのでもなく、決めつけるわけでもなく、暑くなればT シャツを着て、冬になればセーターを着ることは、因果をくらまさずに、随順している姿です。
 「お元気ですか」に、「おかげさまで無事に過ごしております」こそ、随順因果を語る言葉です。

 昨年3月11日東日本大震災があり、想定外という言葉が脚光を浴びました。小泉純一郎「世の中には、マサカの坂がある」とも。これは世の中何があるか解らないし、一寸先は闇という言葉もありましたが、成るようにしか成らないし、成らないようには成らないものです。
 火宅無常の世界に生きる智慧は、自己の内の我性に気づくことです。
 白隠禅師や盤珪禅師も「我が身びいきをするな」と説いています。道元禅師は「わが心を先とせざれ」いい、聖徳太子は「それ事をば独断すべからず」といいました。
 古人は「自見すれば必ずあやまる」いい、良寛禅師は「水の上に数書くよりもはかなきは、おのが心を頼むなりけり」と詠っています。
 龍樹菩薩の悟りの言葉は「欲は苦の本、集禍の根、敗徳の実を危くすること、皆これより起こる」といい、「求むれば苦あり、求めなければ苦なし」と。臨済禅師は「求心やむところ、すなわち無事」と説きました。
 「なりたいと幸せねがう人あれど、今の幸せ思う人なし」とありますが、真の生きがいや幸せとは、常に、今ここに在る私においてです。それは時計の針は回りますが、デジタルの時は数字を数えますが、実際の時は、現在から一歩も動かずに、時は流れて、流れないからです。
◎東京のお盆は7月13日~16日です。8月12日は富岡八幡宮神輿連合渡御です。

最終更新日 : 2013-07-20 15:50:07

No.141無事是れ絆

陽岳寺護寺会便り平成24年8月1日 No.141

  皆様にお送りしている小冊子「花園」は、臨済宗妙心寺派の宗務本所が編集発行しているものです。
  鎌倉にある円覚寺も小冊子を編集発行しております。わたしのもう一人の師匠、管長・横田南嶺師が寄稿していました。
  平成二十四年うらぼん号の全文を掲載します。
(中略~読みたい方は~お寺にお越しください~)  

  無事是れ絆

  前にも書いた記憶がありますが、この護寺会便りが皆様のお手元に届くまで、寺族によるチェックがあります。
  この141号は書き直して、三回目。まったくオッケーをもらえません。
  えーこんな文章を載せるの?ちょっと重いんじゃない?話の筋が通ってない!本の目次を見ているようだよ!
  ひどい言われようです。ごめんなさい。
  それならばと、老師のお言葉を紹介することとしました。
  
  円覚寺の夏期講座での、老師の言葉です。
  『よく自殺の問題があると「いのちの尊さ」「いのちの大切さ」が声高に叫ばれます。けれども、ああいう言葉は、残念ながら叫べば叫ぶほど無力に思われるのです。』
  
  昨年の震災や、今年のいじめと、「いのちの大切さ」が問われます。
  しかし問われれば問われるほどに、叫ばれれば叫ばれるほどに、本質がどこか置いていかれている様な気がします。
  横田南嶺老師は、「無事是れ貴人」という言葉を紹介してくださいました。平素な言葉で分かりやすくです。
  何かがあったとしても、ああよかった、無事だった。また、まわりの人のそんな思いに気づくことができれば。
  すでにそもそも自分も皆も貴い人間なのだと。感謝の気持ちを手を合わせることで確かめます。 (副住職)
┌──────────────────┐ 
│ お知らせ                          │ 
│ 円覚寺管長 横田南嶺老師のDVD      │ 
│が出来ました。                      │ 
│ インタビュー・私がいた修行道場    │ 
│の風景も紹介されています。          │ 
│(検索「臨黄ネット御用達市場→禅    │ 
│文化研究所」)                      │ 
│                                    │ 
│                                    │ 
│                                    │ 
│                                    │ 
│                                    │ 
│                                    │ 
│                                    │ 
│                                    │ 
│http://shop.rinnou.net/shop/A125    │ 
│/QSgyt6ZbX/syoinfo/692              │ 
└──────────────────┘ 


最終更新日 : 2013-07-20 15:51:44

No.142名前

陽岳寺護寺会便り平成24年9月1日 No.142

  名前

  仏教の開祖である「お釈迦様」は、いろいろな名前をお持ちでした。
  
  「ガウタマ・シッダールタ」は、出家前の名前。
  「仏陀(ブッダ)」は、サンスクリット語で、目覚めた人・体解した人・悟った者などの意味が、個人名化したもの。
  「釈迦牟尼(しゃかむに)仏」は、釈迦族の聖者という意味の尊称。
  「釈尊(しゃくそん)」「釈迦如来」「世尊(せそん)」など。
  
  仏教という視点を外してみれば、彼は「(シャーキャ族の)王子」でしたし、「(妻子持ちの男)夫・父」でした。
  
  なぜ彼はこのように色々な名前で呼ばれたのでしょうか。
  それは彼が、私たちと同じ人間だから、縁という世界に生きる者だからです。
  
  どんなものにも、名前や呼び名があります。
  しかし、その名前や呼び名は、状況によって変化します。
  たとえば、私は副住職ですが、「副住職」「新命(しんめい)さん」と呼ばれます。
  住職は、「ご住職」です。
  陽岳寺の和尚への視線のなかで、違いを探ろうとすると・・こうした違いが呼び名にあらわれます。
  
  しかし、和尚という視点を外してみれば、二人とも「向井さん」でもあり、「父と息子」ともなります。
  
  名前や呼び名は、状況によって変化します。
  相手を結びつきのなかで認識することによって、私も、相手も、お互いの存在が具体的になるからです。
  相対することによって、はじめて名前が付けられるといえます。
  会社なら、部下がいて上司がいる。店員やバイトがいて、店長がいる。
  
  役割が名前となるもの。
  さいたるものは家族の一員としての自分でしょう。
  人は、親と出会えば息子・娘となり、祖父母と出会えば孫となり、兄と出会えば妹・弟となり、子どもと出会えば父親・母親となり、と名前や呼び名を変えていきます。
  しかし、その関係性にある自分を見れば、親の前では息子・娘でしかなく。息子・娘の前では父親・母親でしかない。
  
  夫婦も同じことがいえます。
  妻と夫の関係はお互いがいてこそ、夫婦として認められます。
  お互いを尊敬し、感謝をせずに、夫婦というかたちを取り続けることは難しいことです。
  
  うつりかわる自分という存在を、確固たるものとして持ち続けることは大変なエネルギーのいることです。
  尊重しあい、支え合うことは、その誰かと生きることを楽にしてくれるかもしれません。
  韓国の法頂和尚の詩「存在に向かう生き方」、はじめの部分です。
  
命をあたかも所有物のように思いなすから
われわれはその消滅を恐れる。
命は所有物ではなく
瞬間瞬間にあることだ。
  
  自分の名前。自分の役割。自分の命。
  たしかに名付けられはしたが、世間の人は母親はこうあるべきだ父親はこうあるべきだとそう言うけれど。
  命をあたかも所有物のように思いなすから、その消滅を恐れる。
  
  このことは、私たちがある癖を持っていることを教えてくれます。
  自分が自分であることを疑わないために、なんでも自分中心に考えてしまう癖です。
  その癖とは、私たちと自然はどうやって共存してきたか、今日の私たちの歴史から地球の歴史を考える等の行為を断じます。
  
  いろいろな名前や呼び名を持つということ。
  生きるということは、姿や形を変えていくことです。
  そのことに気付けば。
  世間の言う、こうあるべきだという言葉に振り回されたりしないでしょう。
  しかし、母親として父親として、自分として。瞬間瞬間あるように、なすことができるのではないかと。
  
  思ったことがあります。
  夫は朝行ってきますと仕事に出かける。妻は子育てに忙しく家にいる。夜、お腹はペコペコで、疲れて家に帰ってくると、ご飯の用意がない。
  こんなとき。妻は家にいるのだから、外で仕事をしていないのだから、夫のためにご飯くらい作るべきだ・・と非難するか?と。
  子育ては大変です。家事も大変です。週に数日くらいなら仕方ないか?出前でも取るか?でも、ご飯くらい用意してくれよ・・。そう思うのは人情でしょう。
  でも、私たちは生きています。人情に動かされるのも私たちですが、考えることができるのも私たち。
  さらに、そんな思いも超えることができるのも私たちです。
  
  その命、役割、名前は、所有物ではない。あたかも所有物のように思いなすことを止めよと法頂和尚は教えてくれます。
  
  私たちが自然にひかれるのは、こういう点なのだと思います。
  風は「風の存在意義は云々」と思って吹いているわけではないでしょう。それでも、風は風自身ビュウビュウと吹く。風は風に没入しながらも、風としてあらねばならない姿にくらまされていない。
  自然はもともとひとつです。
  風によって種が運ばれ、雲がわき、雨を降らす。そよ風、はげしい風、冷たい風と徹します。
  だから、その名前や役割に固執しても、無関係だと意気込んでも、自分ではない。
  風は「自分は風だ」と思わないように。
  
  名前は、物事を区別すると同時に、結びつけることでもあります。世界は一つ。
  名前や役割を拠り所とするなかで、置かれた場所に徹することが自分となる。
  
  名前や呼び名に没入しながらも、「こうあらねばならない姿」に自身を振りまわされない。「生きるわたし」でいたいと思います。      (副住職)

最終更新日 : 2013-07-20 15:52:55

No143畏敬の礼の心

陽岳寺護寺会便り平成24年10月1日 No.143

  お彼岸の月(三月と九月)の護寺会便りには、お彼岸の期間はいつですよというお知らせを入れるのですが。先月号は忘れてしまいました。
  
  今年の秋のお彼岸は、お中日が二十二日でした。
  例年秋分の日は二十三日なわけですが、今年は百年以上ぶりに九月二十二日がお中日だったわけです。
  みなさん、よくお参りいただきました。墓地は色とりどりの仏花により、お花畑のようでした。もちろんお参りいただけなかった方もいらっしゃいます。ご安心を。代参いたします、ご連絡ください。
  みなさんがお参りされるのは、なんとはなしに・・という方もいるかもしれません。でもきっと、畏敬の念からかと思います。その畏敬の念とは。

  畏敬の礼の心

  言い間違えてしまう言葉ってあると思います。
  私がよく言い間違えてしまうのは、「お見舞い」と「お参り」。
  「ちょっと病院へお参りに行ってくるよ」なんて、言ってる側としては笑い話になりますけれど、言われる側としては笑えませんね。
  全然違うものではないか。どうやっても間違えないだろう。とおっしゃる方もいるでしょう。
  でも、私はよく言い間違えてしまう。どうにか直せないものかと。ここは一つちゃんと考えてみましょう。
  「お見舞い」と「お参り」の違いって?
  
  お見舞いにも色々あります。挨拶としてのお見舞い(暑中見舞など)、選挙の陣中見舞い。
  一般的には、災難や事故などによる怪我を負った人・病人のところを訪れて、慰めることでしょう。「ちょっと病院へお見舞いに」という具合で。
  お参りは、神社・寺院・教会・墓廟などの宗教施設を訪れて、神仏や先祖に拝んだり、祈ったりすることです。
  
  慰めたり、拝んだり、祈ったり。その行為の違いもあるのでしょうけれども、ここで注目してほしいのは、その行為の向かう相手です。
  お見舞いは、生きている人間に対する行為です。お参り・参詣・参拝は、神仏や先祖に対する行為です。
  向かう相手が生きている人間か、神仏・先祖かというのは、大きな問題です。
  後者は一方的な行為であり、相手の返事がないことがいえます。
  かえって前者は、双務的で、お見舞いにたいして「あぁよく来てくれたね」などと必ず返事があることが特徴です。
  この点が、お見舞いとお参りの大きな違いでしょう。
  
  行為から向かう相手を考えましたが、作法を考えてみます。作法とは、礼です。
  
  礼や儀礼といった形式的な行為には、おおよそ二種類があります。一つは畏敬の礼、一つは和平の礼です。
  畏敬の礼とは。
  強いものや恐れおおいものに対する畏敬・尊敬の思い。この思いが形となったものが尊敬の礼です。たとえば、平身低頭し、三拝九拝したりする。神仏に対しても行いますし、人間に対しても行います。
  和平の礼とは。
  敵対する二者のあいだのものです。そして、休戦や平和協定をむすぶ。意見交換、交易をするというかたち。たとえば、警戒をゆるめている表現として、かぶとを脱いだり、頭を下げる作法。
  そしてこの畏敬の礼と和平の礼は、時代を経るとともに、相互に交流し、同一になり別れては、発達していきます。
  
  礼といえば孔子『論語』です。
  孔子は『論語』のなかで礼の大切さを述べています。また、しきりに礼はその形よりも心が大切であるとも話しています。
  あるとき弟子が孔子に聞きました。礼の心がけとは何ですか?と。孔子こたえていわく。
  礼は、それ奢らんよりはむしろ倹め。喪は、それ易まらんよりはむしろ戚しめ。(八佾篇)
  礼といい礼という。玉帛をいわんや。楽といい楽という。鐘鼓をいわんや。(陽貨篇)
  人にして不仁ならば礼をいかにせん。人にして不仁ならば、楽をいかにせん。(八佾篇)
  礼儀が大切だと言うのは、祭礼に用いる玉や織物のことではない。礼儀に付随する音楽もそうで、りっぱな楽器も太鼓を用意すればいいというわけでもなく、うまく演奏できればいいというわけでもない。
  心がけのなっていない人ならば、礼をしたって無意味であり。すばらしい音楽を奏でても無意味である。
  
  謙虚な心が肝要であること。心がけのなっていない人は何をしても無意味である。と。
  祭礼を重んじることで敬虔の心をそだてることが大切なのだと言うのです。
  
  孔子のいう「礼」は、畏敬の礼としていました。人間同士の関係。君主と臣下との関係であってもです。
  君主は臣を使うに礼を以てする(八佾篇)
  ただそれは、畏敬の礼を君主は持つべきだということではなく。君主が自分を律するためのものでした。
  孔子は礼は形よりも心であること。その心とは、「畏敬」であることを述べています。
  
  後世、礼にとっての最要はなにか、と相互に交流し発達していきました。
  礼は心が大事である。その心は和平の礼だ。いやまずは形あってのことだ。孔子にしか本当のところは分からないのだから、形だけしていればいいのだ。など。
  そもそも孔子の礼楽尊重は、形ばかりにとらわれる政治から、文化的・徳治的政治を盛行するためでした。
  肝心なことは、自分を律するためにも、祭礼をおこなう心は畏敬の礼であることです。また、人間同士においても、やりたい放題にならないように、敬の心をもつほうがいい。自分のためにと。
  
  礼の第一は、天と宗廟に対してです。恐れおおいもの、神や精霊や霊魂に対する畏敬の念です。
  畏敬や感謝の気持ちの大切さを、孔子が述べてくれているような気がいたします。
  そう考えると、お見舞いもお参りも、たいして違いはないのではないかとも思うのですが・・。でも、病院へのお参りはちょっと変ですね。(副住職)

最終更新日 : 2013-07-20 15:54:37

No.144「こわれゆくもの」

陽岳寺護寺会便り平成24年11月1日No.144

「こわれゆくもの」

 私の母は、父が元気だった頃から、洋裁に刺繍や編み物など、手もとで黙々と進む針を見つめながら日々を過ごしていました。私が幼かったころ着ていたものは、みな母の手作りでした。
 その頃、私は、陽が落ちるギリギリまで原っぱや河で遊んでいたことを思い出します。 中学校の国語教師をしていた父の帰りを待つ家族にとって、それは普通のことだったと記憶しています。母は、料理に掃除とこなしながらも、家計を助けるためもあり、洋裁で親しかった方の洋服も含めて、ミシンを踏む音が、母がいることの安らぎそのものでした。幼かった頃、その母のそばで、寝転びながら洋裁雑誌や本などを読む私がいました。もっとも和服だけは、母の妹の幡屋と染め屋から、姉が仕立てたものを母は着ていました。
 母の姉や妹が来ると、長い時間、お茶を飲みペチャクチャ、ペチャクチャ話に切れのなかったことを思い出します。そんな母の兄弟姉妹も、父の兄弟姉妹もすでにいません。
 そして父や母も居なくなり、今年は前住職の宗直和尚の27回忌、母八重子の13回忌に当たります。私の姉たちと家族だけの法事となります。
 母が父を亡くしてから、刺繍や編み物の縫い針の一目一目に、時間が進む日々を過ごしていました。編み物は、ほどいては編み直しの、その一目一目は、編み物が出来上がって時間と共に、父と遠くなっていく時間だったことを、母のメモを見てハッとした、私の時間でもあります。一目一目、ほどく時間は一瞬ですが、思いだして見ればアッという間の時間です。
 そのアッという間の時間は、今「こわれゆくもの」考える時間でもあります。そしてその「こわれゆくもの」は考えることは創造の時間でもあります。
 何が人を動かすのか、動かされた私から考えて思うことは、文章を書き出した私は、今日は副住職が鎌倉円覚寺に出かけたことが動かしたのか、すでに2回、副住職が陽岳寺便りを書いたことによるものか、父母の思いが、今を書かせるのか、すべてがつながって今を動かせる縁起を考えるのです。
 その縁起からいわせると、今モノがここに有るということ、この事実は疑いようもない事実なのですが、父や母がいなくなって見えてくることは、「こわれゆくもの」として有ることが在るということです。
 言葉を変えれば、滅びるもの、砕けるもの、傷むもの、消耗するもの、現在するすべてのものは移りゆくことにおいてある。だから、こわれた時にこわれたのではなく、こわれることを含んで今ここに在るということが、有ることの在るという気づきです。
 思い出そうが、思い出さなくても、世界の時間はこうして、一針一針の動きに世界という空間を織りなしていますが、そのことが、こわれることに於いて、創造を成り立たせていることも見えてきます。
 10月半ば過ぎ、27年ぐらい前でしょうか、お会いしたことがあったのは。93歳にして亡くなった女性の訃報を頂きました。そして息子さんの奥さんに、93歳で亡くなられ方の話を聞きながら、お話しの内容は、義理の母への感謝の言葉ばかりでした。
 葬儀の内容の一部を記します。
《 関東大震災では芝で、三河島に転居し、錦糸町の家のあるじに嫁いだものの、三月十日の東京大空所は、リヤカーに荷物を満載して、錦糸公園に逃げ、火の粉を払いながらも生き抜いた強さをひそめています。
 この生き抜いた芯の強さは、この頃の年代にとっての青春とは、貧しさと震災と戦争の中にあったことを忘れてはならないと思うのです。
 そんな義理の母にとって、戦災の記憶は、「母にはないのです」と奥さんいいます。「憶えていないのです」と。
 焼けただれて真っ黒になった死体がゴロゴロと転がっていたり、戦火に逃れたものの亡くしたものを探して漂う人々、炎がおさまっても煙や灰、匂い、河に漂う悲惨な風景など……
 ひどかったのだろうか、憶えていないと。あえて記憶を消そうとして消したのか。友達は、戦火の惨状を語るが、お母さんは話さない。
 三月十日と言うけれども、それ以前、日本は十五年にわたり戦争をしていました。新聞は戦争を勝った、進んだと報道するけれど、庶民の生活は苦しくなるばかりでした。
 そして戦火に焼かれて、浜松に疎開して、ご主人の復興への踏ん張りと、お母さんの支えがなかったら、今の子ども達や孫たちひ孫達の運命はどう変わっていたでしょうか。
 そして、あっという間に、三十九年が経ち、ご主人が亡くなりました。当時六十九歳でした。
 お母さんは、きっと心の中で「ずるい」と思っていたに違いない。その時、お母さんは六十五歳でしょうか。子ども達も成長して、孫たちにも囲まれていても、これから老後を二人で、楽しく過ごせると思っていたのではないでしょうか。
 あの関東大震災、そして十五年にわたる戦争、戦後と、日本が復興へと歩むなか、二人はがむしゃらに働いてきました。
 たとえ大勢の家族に囲まれても、寂しさは表裏一体に影をひそめていたはずです。
 ご主人亡き後、お母さんは、家族の中で自分の居場所を定めて、やさしく、家族を見守るとことに、自分に課したのでしょうか。それが、ご主人亡き後の自分の勤めだと。
 時は、五年、十年、二十年と休みなく進みます。家族にかこまれての生活が続きます。あれから二十八年です。
 お嫁さんが言いました。「お母さんは、本当にやさしく、子ども達や孫達、曾孫達が集まると、ニコニコ、ニコニコ、楽しそうに見つめていました」と。》
 お母さんは、そのご主人を亡くしてから、家族の中であらためて自分の居場所を探しました。その場所は、お嫁さんを活かす場所だった。そして亡くなってみれば、活かされたお嫁さんの口から、感謝ばかりが口に出ます。
 そんな家族の孫たちやひ孫達の子ども達に、この祖母がいて、祖父がいて、今の君たちの命があることを伝えたかったし、人は、ほろび、こわれるものを含んでいるから、力強く生きることができると伝えたかったのです。お母さんは奥さんを活かすことにおいて、、新たな命を与えられ、生ききったといえないでしょうか。過去と未来からの縁起という贈り物を真摯に受け止めることで、人は輝くと……。こわれゆくものを自覚した美しさは活かされて生きるという姿なのだと、つくづくと思うのです。  (和尚)  
◎ご祈祷会は、平成24年11月25日(日)午後2時から法要です。その後、落語となり ます。お寺はお檀家さんの喜捨により成り立っています。よろしくお願いします。

最終更新日 : 2013-07-20 15:55:27

No.145平成二十四年度ご祈祷と演芸会無事円成・年忘れ

陽岳寺護寺会便り平成24年12月1日 No.145

平成二十四年度 ご祈祷と演芸会無事円成

  ご祈祷と演芸会(三遊亭円橘師匠による寄席)、今年も皆様のおかげで無事円成の運びと相成りました。本年の感謝と、来年の無事とご多幸を祈念して、法要を行いました。
  十一月最終日曜のご祈祷と、五月第三土曜日のお施餓鬼は、陽岳寺にとりまして大切な行事です。
  
  大勢のお檀家様がお集まりいただきましたこと、誠に有難く、厚く御礼申し上げます。有り難うございました。
  
  一家に一冊ということで、「いろはにほへと」をお土産にお持ち帰り頂きました。
  わたしのもう一人の師匠である、鎌倉 円覚寺管長・横田南嶺師が毎月第二日曜にしている説教、在家の方向けの坐禅会での講座の内容等をまとめたものです。円覚寺山内の様子や、僧堂の風景を写真でも紹介しています。

  年忘れ

  もういくつ寝るとお正月~♪
  十二月に入りました。あと一ヵ月で二〇一二年も終わります。
  年末、会社や地域の忘年会に参加される方もいらっしゃるかと思います。
  忘年会には、家族や仲間と、この一年の労をねぎらったり。仕事納めの納会的な意味合いがあるようです。無礼講といって、羽目を外しすぎてしまうことも。
  
  禅宗の寺院には、玄関にこういった文字が書いてあることが多いです。
  『照顧脚下(しょうこきゃっか)』
  『看脚下(かんきゃっか)』
  陽岳寺の本堂にも、この言葉の書いてある板が置いてあります。この言葉には、ひとつの逸話があります。
  
  とある老師と弟子たちが、夜道を歩いていました。
  灯していた明かりが風によって消えてしまい、どうしたことか。老師は弟子達に「さぁ、どうする!」と詰め寄ります。
  一人、また一人と答えますが、老師は認めてくれません。この暗闇に満ちた世界をどうやって歩んでいくか。
  そして最後の一人。彼はただ「看脚下」と言ったのでした。暗いのだから、足下をちゃんと見て歩いていけばいいではないか、と。老師は、その答えに頷いたのでした。
  後に、この弟子 圜悟克勤禅師は、『碧巌録』という書物の第一則に、
「知らず、脚跟下に大光明を放つことを」
  と著わしました。
  
  この逸話。なにを当たり前なことを、と思うでしょう。
  頼りになる明かりが消えてしまったのなら、つまずかない様に気をつければいいだけじゃないかと。
  
  お天道様のもとでなら、そう思うことができるかもしれません。
  人間は暗闇を恐れます。知らない、分からないという闇です。
  お先真っ暗とはよく言ったものです。
  昨年の三月におきた震災、原発や日本の行方。また、悲しみにあふれ、一体これからどうすればよいのかと途方にくれるような時。立ちすくんでしまうこと、身動きがとれなくなってしまうこと。多々あるはず。応分にして、こういう事は忘れたころにやってくる出来事です。
  そしてそれは、必ずやってくる出来事でもあるのです。それが今・このタイミングでやってきたということ。
  そんな時。今・ここですべきことは何か?立ち止まって考えるべきことは、つまずかないように気をつけて行くということです。今しかないことです。
  『照顧脚下』、足下を照らし顧みる。
  この足下とは、今、ここ(に立っている)、わたしです。そこから、今・この場所までの歩んできた道のりをも指します。そして、これからの道についても。
  足下だけを指さないのです。足下ばかり見ていてはダメで、世界全体を指す。
  
  年忘れ・忘年会。忘れることで人間は生きていくことが出来ます。忘れることは力にもなり、忘れないことの大切さも力となります。
  しかし、大事なことを忘れてしまうことだってあるはずです。
  即今只今、足下を見よ!と。禅宗は、日常の中で真理を具体的に見ます。
  べつに年末になったからといって、一年を振り返らなくてもよいわけです。いつの間にか、もう年末。そんな時、せめて年忘れを、という願いなのかもしれません。
  今年一年を振りかえり、したこと・したかったこと。ちょっと待てよ、と・・立ち止まる。そうして、心にゆとりが出来れば自分自身の姿もよく見えてくるでしょう。
  来年もよい年でありますよう、祈念申し上げます。(副住職)
  
◎ご祈祷会にて祈願した御札と、来年の年回忌のお知らせを、後日郵送します。

最終更新日 : 2013-07-20 15:56:55

No.146花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる

陽岳寺護寺会便り平成25年1月1日No.146

花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる

 《東北地方太平洋沖地震と津波の影響で、この世と引き裂かれて亡くなられた方々、今も多くの悲しみを秘めた心から苦しんでいる方々、未だにどうしてよいのか立ち直れない方々、そしてあれからずっと時が止まった方々、その方々のために「忘れない、東北!」という思いが寄り添うことになると思っています。
 今も避難している方々、除染、復興にたずさわる多くの方々、津波にも地震にも被災しなかったけれど、痛みとして心がふるえ、見守ってくれる方々。その方々のために、今も「頑張れ東北!」という思いが必要と思っています。》
 2011年3月11日を一週間ほど過ぎて、昨年の12月まで、一般の法事はすべて、毎月内容を変えながらですが、震災をテーマにした内容にて法事をおこなってきました。
 年回を迎えて、或いは先祖供養追悼法要の中に、2万人という死者と行方不明者の無念を込めたためです。もちろん、回忌に該当する方に感謝を捧げるとともに、ご冥福を祈ったことはもちろんのことです。
 陽岳寺の法要の始めのお経は般若心経です。その般若心経は、私たちを含めて世界の一切の成り立ちを説いた縁という結びつきと、その結ばれ方を説いたお経です。これは、生きている人にも亡くなった人もに唱えてよいはずだと強く思うようになりました。そこで、参詣された家族・親族のためにも、ご多幸、ご無事、ご健闘を般若心経にてお祈りすることを続けました。
 東北に親戚をもつ家族は、この法要に参加して驚き喜び、涙を流した方々もいました。津波や地震で亡くなられた家族・親族を持つ方々、被災地の復興除染の遅れを手を貸せずに見守る方々、非難したままの方を親戚に持つ方々とさまざまですが、東北に生きる方々のためにもです。
 時間の経過は早く、この正月で1年と10ヶ月になります。被災地にも平等にお正月は訪れます。だけれども、東北の森や川や海、そして町が元通りとは言えないが、安心して暮らせるように復興を終えて正月を迎えられなければ、私たちの暮らしも、震災以前の普通さで過ごすわけにはいけないことだと思っていることを伝えたい。
 さて、ノートルダム清心学園の理事長であり、シスターである渡辺和子氏が、若かりし頃、自信を喪失し、修道院を出ようかと思い詰めたとき、一人の宣教師が一つの短い英語の詩を渡してくれたそうです。それが、「置かれたところで咲きなさい」という言葉だったそうです。キリスト教では、「始めに言葉ありき」というように、絶対の神と、揺れる心の私との絆こそが、置かれた場所で咲く私となります。これは神との契約です。それは私を絶対に越えたものです。
 しかし仏教では、「如是我聞(ニョーゼーガーモン)」というように「聞く」という受動的な行為をまず中心にすえます。良心の声、自然の声、声なき声を聞く、あるいは真理という具体的事実として世界を見ることこそ東洋の智慧として、仏教の縁起を諦めるということが根底にあると考えています。それはつながりによって生きることですから、その繋がりは横の広がり、時間の関係において変化する置かれた場所で咲いていることを意味いたします。
 そして、仏教の縁起は、「私は私でないことによって、私である」と論じています。それは、絆という関係の中で、私の根拠は、私にないことによって、私であるということです。聞くということは、本当の私の有りようとして、「有から無へ、無から有へ」ということです。
 絆は、結ぶことです。縁起の縁も結ぶことです。絆の根拠とは、結ぶことで、同時に結ばれている自覚を持つことでもあります。しかも、絆の中身は、お互いが独立とした関係に於いて、別の言葉で言えば、認め合うことにおいて、または、他者に於いて成り立っている自分を知ることでもあります。そして、その関係は、相反するものが、互いに独立して限定し合って、縛られない関係の事実が、現実の姿のはずです。
 人は世界や環境の要素として含まれていると同時に、世界や環境を含んで人は誕生し存在します。
 この関係の中身は、含んでいながら含まれている。見守っていながら見守られている。包んでいながら包まれている。部分で在りながら全体である。結ばれているから分離そして独立している。離れていても連帯している。選んでいながら選ばれている。失っていながら得たモノが有る。生きていながら生かされている。無心となっていながら満ち足りている。色即是空・空即是色。この矛盾する関係の中の、有り様の同時という視点こそが、揺れる心の無常世界を活きる仏教の智慧です。
 仏教は、現実の今の具体的事実を考えます。人が生きることは関係を結び結ばれて生きることですから、その関係の中は、縁起に於いて成り立っている事実を知るということが、仏教の生きる視点になります。
 つながりの中の一と全体という関係でです。
 山田無文老師はそのつながりという全体の中で、花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れるといい、或いは、腹がへった、眠たくなった、憎い可愛いと咲いている私を表現しました。
 震災より、1年と10ヶ月がたとうとしていますが、未だに余震のような地震があり、関東や南海地震、西日本地震が近い将来必ず起きると言われています。
 今年も法要の結びとして、『神々、佛、美薩たちへの祈り』の廻向を唱えます。
《 在ることも、無いことも神々の愛そのものとするなら、その愛は縁起そのもの。
在るものを在らしめる神々よ、在るものを無さしめる神々よ
無いものを在らしめる神々よ、無いものを無さしめる神々よ
空や山や川や海を、穏やかに安んじたまえ
町や建物、生きものたちの暮らしを平安に導きたまえ
そして、この世界にあって、慈悲と智慧をつかさどるもろもろの仏たちよ
思い通りに行かぬ苦しみを救うよう、どうか私たちにとって、苦しみの根源を見極める祈りや願いを 聞き届け給わんことを
そして、慈悲と智慧を、人の心に巡らせる、もろもろの菩薩たちよ
仏は、きびしさや一途さという我が心の鬼を造り、我が心の鬼は、優しさや受け容れるという我が心の仏を造ることを導き給え
そして、この世界のすべてのひとたちに命を与えられ、
家族から 仲間から この地上から旅立っていった多くのひとたち、
すべてのいのちが 満たされて、やすらかになりますように、
共に、真実に目覚めることができますように、今この法要に集い、祈るわたしたちの心をなごませてくれますように
そして、供養するわたしたちの心に、慈しみ、あわれみ、共に喜ぶ心、とらわれのない心を巡らせたまわんことを》                     (和尚稽首)
◎旧年から新年に変わっても、国の借金がなくなるわけではない。であるけれども年号の 数字が変わることで、この国の誰もが、何か新たな暮らしを夢見ることができるのです。

最終更新日 : 2013-07-20 15:57:42

No.147聞く力

陽岳寺護寺会便り平成25年2月1日 No.147

  聞く力

  聞く力とは、自然や大いなるものと一つになる力のことです。
  そして、その力を私たちは皆持っている、そう思います。
  
  寄物陳思、きぶつちんし。
  物に寄せて思いをのべる、という心理があります。万葉集にみえる、和歌の技法のことです。
  これは、恋心を自然の情景にたとえてうたうこと。人を恋しいと思う気持ちを、波や花に託してよんだそうです。
  
  単純に「好きだ!」と言葉でダイレクトに伝える。強い主張をこの技法からは感じられません。
  自分はこのような気持ちでいたのだ、という証明が奥に見えます。
  
  ひとつ例として紹介いたします。
  「夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知ら得ぬ恋は 苦しきものぞ」(大伴坂上郎女 巻8~1500)。
  「夏の野草の繁みに埋もれて咲いている姫百合の花のように、相手に知られない恋は苦しいものだ」
  現代の我々にはまわりくどいように感じる寄物陳思。
  この和歌をみますと、聞いてほしい、わかってほしい、あなたに聞こうという姿勢になってほしい。という願いを感じないでしょうか。
  また、人間という小さな存在の発する、少ない言葉よりも。自然という大きな存在に重ねることで、表現に深みや厚みを出すことができるようにも。
  なにか大いなるものの声を「聞く力」を持つ日本人だからこそ。この和歌を詠むことが出来たのでしょうし、和歌から自然の声をきくことができるのだと思います。
  
  この「聞く力」の大切さを、お釈迦様は説いている。そう考えたことがあります。
  二月一五日は御釈迦様の命日と言われています
  入滅の前、弟子たちに請われ、最後の説法をしました。それが有名な『自灯明、法灯明』です。
  
  『汝らは、みずからを灯明とし、みずからを依処として、他人を依処とせず、法を灯明とし、法を依処として、他を依処とすることのないように。』
  『身体について…感覚について…心について…諸法について…(それらを)観察し、熱心に、明確に理解し、よく気をつけていて、世界における欲と憂いを捨て去るべきである。』
  
  他への依頼心を捨てよ、とおっしゃったのです。
  法を、仏の教えととるか、世の理ととるか分かれますが、これで絶対だ・ずっと手をかけずにいてもよいというものはない、ということです。
  究極にいえば、いままで学んできた仏教の教えに頼ることさえも止めよ、と。
  
  私は御釈迦様の教えを聞いて実践している、だからこのまま行じていれば大丈夫という慢心が生まれるかもしれない。
  お釈迦様は、そのように危惧したのではないかと。
  
  諸行無常、世の中はすべてうつりかわる。うつりかわるどんな時代においても、暮らしていく真理はある。世の理をあるがままに見よ、聞けよ、と。
  その時代時代の声を聞いていきなさい。そういう見方ができないでしょうか。
  
  聞く力は、もっと些細なことにも当てはまるわけです。
  たとえば、茶室へと続く露地にある留め石。竹をつかった柵。
  「これより立ち入り禁止」と書かれていませんが、そのサインをうけとめることができるのは日本人だからです。
  鎌倉にいたとき、外国からの観光客はみんな理解できず、またいで中へと入っていました。
  線引きがされている、ここから先は何か違う空間ではないかという感受性です。
  
  外国からの観光客だけではなく、日本人がサインに気付かない場合もあります。
  ただその感受性も、使わなければ磨かなければ、くもっていくばかりかもしれません。
  テレビでは、CMも番組もうるさくて仕方ありません。あなたが聞かなくてもいいから話しますとばかりに。作った笑いは際たる例です。CMでは、なぜ貴方が・・と出てこなくてもいい社長が悪目立ちしています。
  「三方よし」といいますが、買い手・売り手、そして世間の三方がよかったよかったと納得できなければ商売ではない、という考え方があります。
  本当にうるさく、短い時間だから我も我もと言葉や音楽をぶつけてくる印象しか持てません。世間は眼中にないようです。私と貴方が良ければ、別にいいじゃないですか、と。
  慣れてしまえば楽かもしれませんが、作られた笑い声にひきづられた笑いは、本当に自分のものと言えるか・・。
  
  静かなメッセージを聞く耳を持っている私たち。
  言い換えてみると、静かなメッセージに気付くことができる。気付く心を持っている。その心と身を一つにすることができる人間。つまり、静かなメッセージと一心同体になることができる私たち、とも考えられないでしょうか。
  
  はじめに挙げた寄物陳思とは、恋の感情を自然のものに例えての表現です。自分を自然に重ねるわけです。
  しかし、本当にそこには「いまの自分」があるでしょうか?
  言葉がものや自然に魂を与える、と言えますが。そのなかに私はいるのでしょうか?
  自然に託した和歌の中の私から、恋心を抜け出ているのいまの私です。そうでなければ、自然と一体にはなれないからです。
  「相手に知られない恋は苦しいものだ」という感情は、苦しいと思う自分を俯瞰している状況がなければ出てきません。
  「恋は苦しい」の真っ只中にある人は、自分の苦しさをはかることも、気付くこともできないでしょう。
  詠み人は、どこかで自然や大いなるものからのメッセージを聞いたのかもしれません。
  そこに苦しいの真っ只中にいる自分を見つけた、聞いたのでしょう。苦しいと一つになっていた自分を、自然と一つになっている自分に重ねたのです。
  
  お釈迦様は聞くための気付き、聞いたのちの確認も大切だと仰っています。自然や大いなるものの存在に気付き、声を聞いて、どうなのかと確認する。
  聞いて分けるばかりではいけないようです。
  昨年の二月号、住職が節分によせて書いていました。
  二月三日は節分ですが、「鬼は外、福は内」と豆を投げます。
  外と内、どこかで分けることをしているわけですが、その結界はどこにあるのでしょうか?また、鬼と福とは、どのように違うのでしょうか?
  留め石や、竹の柵は、こちらとあちらを分ける結界です。結界により違いはあるけれども、分かれる前を考えれば自然と私たちの違いなどありはしない。
  その感受性ゆえの弊害をも、お釈迦様は『自灯明、法灯明』と説いています。(副住職)

最終更新日 : 2013-07-20 15:58:53

No.148赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて

陽岳寺護寺会便り平成25年3月1日No.148                                                    

  2011年3月11日の東日本大震災。あれから二年が経ちます。
  また、親しかったあの人がいなくなって何年経ったのでしょうか。時間が経つにつれて、人の心は動き、変わっていくものです。その確認のチャンスが墓参や法要にはあります。もちろん、この護寺会便りにもです。そのチャンスを活かして、現実の生活を豊かにしていくために、諸行無常を「受け入れる」ことの意味を考えてみました。「受け入れる」とは、つらいときも、楽しいときも、すべてを日常という幸せに変える、私たち人間がもつ力のことです(副住職)

赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて

    赤い風船が針にさされて破れても、心配はいらないよ
    こわがることはない
    目に見える風船はたしかに消えてなくなってしまう
    だけど
    中の空気は、お外に行って、このお空の空気とひとつになるだけだ
    
    風船がやぶれて、風船の姿かたちは見えなくなるけれど
    中の空気がお空の空気とひとつになるだけだ
    
    我々の命も
    死んでも終わりにはならない
    
    大きな命と合流をして
    また新たな命になってうまれてくる
    だから、心配はいらないよ

病に伏せる子どもに、こう言ってきかせた父親である和尚さんがいました。
子どもながらに、この子は自分の命が短いと分かっていたようです。
この自分が消えてなくなると言われた時に、死というものをどう受け止めることができるでしょうか。まして子どもですから、きっと不安があったはずです。そんな時、こわがる子どもを見て、父親は優しく声をかけたのでした。
自分なんていうものは、風船と同じで、はじけて消えてなくなる。
しかし、その根本は、中の空気と外の空気とひとつになる。そして大きな命と合流して、また新たな命となってうまれてくる。この永遠なるものに気付いたとき、人は死の恐れから解放されるのだと。

おととしの3月11日、この自分が消えてなくなるんだということを、日本中の人が、同時に、思い知らされました。まるで病に伏せる子どものように、死という事実をつきつけられたのでした。波にさらわれた人、地震や津波のニュースを見た人、私たちのことです。
そして東日本大震災の事実の大きさを、人々は受け入れることができませんでした。その副作用として、私だけは大丈夫だと買いだめに走り、情報は大切だとデマが横行しました。

二年経った今。問題は山のようにありますが、時が経つにつれて、人々は受け入れるようになりました。受け入れなければ生きていけないからでもありましょう。受け入れることとは、生きることだと言い換えられるほどにです。それはつまり、受け入れることには、現実を豊かにしていく糧というチャンスがあると考えました。
生きることとは、受け入れることだと言えます。それでは、人は何を受け入れていくのでしょうか?それは、縁・出会いと言ってもよいのですが、“出会ったものごとすべて”とします。
たとえば、取捨、順逆、喜びと悲しみなど。私たちの出会うものごとには、対照的に見えることがあるようです。比べてみたときに、だいぶ違ってみえることです。その出会いの中から自分に良いことだけを受け入れること。それは同時に、悪いことの受け入れない癖にもなります。
受け入れない癖のついた人は、喜びや楽しみを受け入れることができません。片方だけしか受け入れようとしないのは、両方を見ないようにしている現れだからです。「喜びがあるから悲しみがあり、悲しみがあるから喜びがある」という事実を認めなければ、どちらも得ることはない。

生きるとは日々を暮らすということであり、それを日常と言うわけですが。3.11の東日本大震災は非日常でした。しかし波にさらわれた人にも、ニュースを見た人にも、日常はやってきます。
たとえ悲しみにくれていても、笑ってしまうこともあるでしょう。その光景は、不謹慎ではなくて、日常が返ってきた証拠。喜びも悲しみも、両方を受け入れることができている証なのだと思います。辛いことがあっても、かならず日常性は強くなる、という助けがここにはあります。

しかし、受け入れることを目的や前提にしたり、課せられた受容というものは、人生を豊かにしていく糧とはならない。受け入れさせられることは、人生のゴールではないからです。無条件に肯定するのではなくて、自分で考え自分で受け入れること。それが日々を暮らしていくということ、さらに言えば自分自身を大事にすることです。
ただ自分自身を大事にしようと思っていても、自分の心に入りきらないものを受いれざるを得ないとき、楽勝だと思っていたら心のなかで大きくなっているとき。無理するときがあるかもしれません。取り返しのつかないことになるときもあると考えたならば。受け入れなくてもいいものもあるという救いも必要です。
受け入れるということは、答えることの難しい問いを保持しつつ、閉じないでいることです。どのように向き合うか、自分ですこしずつ答えを出していくということです。
それが、諸行無常といわれるこの世界を生きる智慧です。諸行無常を受け入れることです。

すべては動き変化するというこの大きな真実を、東日本大震災は、巨大な自然の変化として私たちに実感させました。
それはつまり、私たちはあの東日本大震災に加担しているということです。3.11のことを気遣い、配慮をし、関心を持つということです。責任を持っているのです。俯瞰することは難しいけれど、みんなで共有することで、この世界を良くすることができるということです。
普通の暮らしの大切さは日常の中にあったのですが、みんな忘れていたわけです。すべては動き、変化するという自然。その自然を受け入れることが生きるということに、気付かされた。

変化を人が受け入れるとき、自分が愛すべき存在だと気付きます。愛すべき存在であることの幸せ、日常の幸せ。幸せとは、変化する今・ここ・わたしが基点となります。
幸せを私たちが考えるとき、それは自分自身、また家族のことが第一なはずです。それが自然なことです。そして、自分の幸せを誰かと共有するために、幸せな私が誰かのそばにいることが誰かの生きる力となるのだと、私は思います。
“寄り添う”ということですが、永遠なるものと私たちは寄り添っているのです。変化するこの世界を受け入れている。二年経った今、「受け入れる」ことの意味を確認することです。

不幸と言われるかもしれないけれど、絶望はしない。死とは、この世に別れを告げるとき、赤い風船が割れるときだと考えてみれば。針にさされて鳴るパチンという音は、別れを告げる音でもあり、永遠なるものと一つになる「さようなら」「ありがとう」という言葉なのだと思います。

すべてのものが絶え間なく動き、変化するこの世界。
諸行無常という、この大きな真実を受け入れるとき。人は、自分が変わってしまうことを楽しめるのだと思います。そして、他人が変わることを許すことだってできる。「受け入れる」とは、諸行無常とはポジティブなことなのです。◎お彼岸は、3月17日(日)~23日(土)です。◎今年のお施餓鬼は、5月18日(土)第三土曜日です。皆様の参加をお待ちしております。

最終更新日 : 2013-07-20 16:01:45

No.149陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』

陽岳寺護寺会便り平成25年4月1日No.149                                                    

  今年も春彼岸に多くの方が墓参されました。もちろん、まだお骨の入っていないお墓にお参りされる方も。
  さて、今回の護寺会便りの内容は、陽岳寺の本尊について、です。
  何かのテレビ放送で「お墓参りする前に、ご本尊にお参りしましょう」と言っていたそうです。そういえばよく知らないということで、陽岳寺のご本尊は何ですか?と、何人かの方に聞かれたのでした。

陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』

  一般には「観音さま」といわれますが、この観音さま。じつは変身します。その変化身の一つが『十一面観世音菩薩』なのです。『十一面をもつ観音さま(観世音する菩薩)』。
  
  ここでの『菩薩』とは、成仏をめざす途中にいて、人々と共に歩み、教えへと導く象徴のことです。成仏をめざしているので、仏さまではありません。が、成仏しているけど、成仏を認められていない菩薩もいます(ややこしいですね)。
  観音さまは自分の成仏をおいてでも、みんなと一緒にいたい、という願いを持っています。現世利益や救済の信仰が出てきて、観音信仰は日本で広まりました。
  
  つぎに『観世音』についてですが、もとはサンスクリット語。日本語訳が他にもあります。
  般若心経のはじめ「観自在菩薩行人般若・・・」とあります。「観世音菩薩」「観自在菩薩」「光世音菩薩」「観音菩薩」と、いろいろあるんですね。
  『世』の人々の『音』声を『観』じて、その苦悩から救済する菩薩。ゆえに『観世音』。
  智慧をもって『観』ることにより自由『自在』の力を得、救済する菩薩。ゆえに『観自在』。
  諸説ありますが、ほぼ似たような意味のようです。おこった順番はよく分かっていません。
  
  そして、頭部にかかげる『十一面』。はじめに、観音さまは変身すると言いました。
  観音さまが世間を救済するのに、人々の条件に応じて、いろいろな姿形になります。観世音菩薩普門品第二十五(観音経)では、33の姿になると言われていますけれども。三十三間堂の33は、ここからとのことです。ちなみに、深川にも江戸三十三間堂といって、京都のものを模したものがあったそうな。
  観音さまは変身するようになったわけですが、その一つが『十一面観世音菩薩』なのでした。ほかには、千手観音・馬頭観音・如意輪観音・水月観音などがあります。
  
  仏教の教えそのものの象徴が如来で、より身近な存在として現世利益や救済の信仰の対象が菩薩。みんな、求められて存在していると言ってよいでしょう。
  仏像という存在自体、はじめは無かったものが、像として崇拝されるようになったことを考えても納得できることです。
  
  さて、仏像安置のかたちとして、本尊の両脇に脇侍を起くことがあります。お釈迦さまのとなりに、普賢菩薩・文殊菩薩を置くようにです。
  じつは観音菩薩は阿弥陀仏の脇侍なのですが、観音信仰の隆興により独尊として崇められるようになりました。なので、本尊として観音さまが崇拝されているのは普通のことなのです。
  
  そんな十一面観世音菩薩が陽岳寺の本尊です。脇侍として、地蔵菩薩と毘沙門天を安置しています。彼らを引き連れての意味に、智慧と慈悲、勇みと情け、を住職は考えています(No.110)。
  この十一面観世音菩薩の頭部には、十一の顔があります。その顔は、正面は慈悲の3面、左には怒る瞋面(しんめん)の3面、右には菩薩の面にして牙や角をした3面、後には大きく笑う面、頭の頂上には阿弥陀仏をいただいています。
  それぞれに、母の顔や父の顔、先生や子ども、親切にしてくれた顔、怒ってくれた顔、励ましてくれた顔、心配してくれた顔でもあります。
  私たち人間にもいろいろな顔があるわけですが、観音さまにも血の通った部分を感じます。
  ただ、人間味あふれる部分だけではないのが、十一面観音菩薩です。人間に、十一も顔があったら怖いですし、変身するのも怖いです。
  観音さまは、その人の想い・置かれた場所・悩み・悲喜こもごも。それぞれに姿形を変え、言葉を変え、見守り、語りかけてきます。その声を見てほしい、聞いてほしい。そのためには。・・その機会のひとつが、陽岳寺での法要です。年回忌、お施餓鬼やご祈祷などの法要に、檀信徒のみなさんに参加してほしい理由の一つです。
  
  先日、奈良の東大寺に行ってきました。ご縁をいただき、二月堂でのお水取りにお参りしてきました。ここにも十一面観世音菩薩の姿があるのです。
  奈良時代から毎年かかさず行われてきた法要、修二会(しゅにえ)。修二会の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」、東大寺二月堂の本尊・十一面観音に罪過を懺悔して除災招福を祈る、悔過という儀式のことです。
  その法会の期間は長く、2月18日~3月15日で2月中は別火といって支度期間。3月に入ってから本行となり、3月12日の夜中に行われるのが「お水取り(おみずとり)」。いつからか、修二会そのものをお水取りと呼ぶようになったそうです。おたいまつ、とも。
  知っていようと、知らずにいようと、私たちは日々さまざまな過ちを犯しています。その過ちを、二月堂の本尊 十一面観世音菩薩の御前で懺悔するための、悔過会です。
  その内容は、鎮護国家・天下泰安・風雨順時・五穀豊穣・万民快楽。自分たちだけのために行をするのではなくて、自分とは一見関係ないように見える人やもののためです。
  功徳を振り向けるところが大切です。
  
  日本全国の各寺院では、年回忌、お施餓鬼やご祈祷などの法要を行っています。その法要は、有縁無縁三界万霊、参詣される檀信徒や地域の方々のためでもあります。
  人々の幸福、罪過の懺悔を願う私たちの心はもとより、縁というこの世界の理解を進めることが大切です。本尊を迎えるということは、その本尊の声を聞くということ。陽岳寺での法要は、十一面観世音菩薩の物語でもあるのです。
  
  今年のお施餓鬼は、5月18日(土)第三土曜日2時~です。
  副住職がお話します。皆様の参加をお待ちしております。
  
  山門大施餓鬼会は、近隣の和尚様方を呼び、陽岳寺にとって長い過去をさかのぼっての有縁無縁の亡くなられた方々を、みんなで感謝し祈りを捧げようとする集まりです。
  また陽岳寺檀信徒の縁につながるご先祖様も供養しようと催される法要です。今回も、東日本大震災津波等で亡くなられた方々、被災された方々、何らかの形で被災地に添ってかかわっている方々に対しても、ご冥福や、ご無事、ご多幸の回向をしたいと思います。
  
  後日、施餓鬼についてのお知らせを、郵送いたします。
  参加にて、当日に出席の方は人数を明記して、欠席の方は「欠席」と明記して、はがきか、ファクスにてお早めにお知らせください。不参加・欠席の方は、はがきの投函およびファクスとも、ご遠慮願います。参加はするけれども、当日欠席の場合、和尚が代わってお参りいたします。
  参加費1万円に卒塔婆1本含みますが、さらに追加の方は1本につき3千円申し受けます。お塔婆に戒名を記入ご希望の場合は、戒名を明記して下さい。無記名の場合は、その家の先祖代々各霊位といたします。

最終更新日 : 2013-07-20 16:04:27