目次
No.118~
No.118副住職ごあいさつ
No.119かんかんのう
No.120~129
No.123東北地方太平洋沖地震回向その2
No.122東北地方太平洋沖地震回向
No.121あるの、ないの、それとも……
No.120『断捨離』のすゝめ?
No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!
No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します
No.126あちら側とこちら側
No.127気づくこころが美しい
No.128無常
No.129「物欲は世界を救う」か?
No.130~139
No130.ドジョウ
No.131「それでも人生にイエスと言う」
No.132ご祈祷
No.133お祝いの言葉の交換
No.134年頭に……
No.135福は外、鬼は内
No.136東日本大震災1周忌回向
No.137悲しみの木
No.138団体参拝・すなお
No.139魚は水を出づれば忽(たちま)ち死す
No.140~149
No.140我性(がせい)
No.141無事是れ絆
No.142名前
No143畏敬の礼の心
No.144「こわれゆくもの」
No.145平成二十四年度ご祈祷と演芸会無事円成・年忘れ
No.146花となって咲き、山となってそびえ、川となって流れる
No.147聞く力
No.148赤い風船 ~ 東日本大震災三回忌によせて
No.149陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』
No.150~159
No.150 Have(ハヴ) A(ア) Nice(ナイス) Day(デイ)!
No.151ノアの方舟(はこぶね) 
No.152じぇ!じぇ!じぇ!
No.153盂蘭盆経~目蓮尊者の伝説
No.154在りし日の 背を洗うごと 墓洗う
No.155縁に随って、心法を忘ず
No.156代えがたいもの
No.157物語を信じる
No.158和をもって貴となす
No.159あなたが好き
No.160~169
No.1604年目
No.161はだかの王様
No.162お施餓鬼会

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No.120~129

No.123東北地方太平洋沖地震回向その2

陽岳寺護寺会便り平成23年4月1日No.123                                                    

  あの地震からテレビやラジオでは、ACジャパン(旧・公共広告機構)によるCMばかり放送されています。3月末になって、やっと震災に関連したキャンペーンがはじまったようです。ACのホームページを見ると、全国・支援・地域・NHK共同キャンペーンとキャンペーンごとに種々CMがあり。地域によって、流れるCMが違うんだそうです。
  種々CMが放送されているわけですが、CMで使用されている詩を引用して、陽岳寺は回向文をつくりました(宮澤章二さん「行為の意味」、金子みすゞ「こだまでせうか」の詩)。
  回向とは、自分が積み重ねた功徳を相手にめぐらしふりむけて与えることです。そのために読む文を回向文と、ここでは言います。お経と回向は、セットです。こういうかたちでお経を読んでもいいと思います。
  そして、その回向文をNo.122護寺会便りとして、お彼岸で墓参にいらっしゃった方々にお配りしました。
  春彼岸号をお読みになりたい方は、墓参の際、寺の者に言ってください。または、陽岳寺ホームページより掲載ページを閲覧してください(URL:http://www.yougakuji.org/)。

被災地の安寧と復興を念じ、般若心経を読む(東北地方太平洋沖地震回向その2)

東北地方太平洋沖地震で被災された皆様、関係者の皆様には謹んでお見舞い申し上げます。
あの日から、それなりの日数が経っていますが、日本列島全土に渡り余震は続いていますし、原発は白煙を吹き出し続け、停電・放射線についての情報が続々と入ってきます。関東以外の営業所の機能を強化する企業や、関東から遠くへと疎開する人々もいると聞きます。
それでも、我々は「きっと、そのうち何とかなるだろうし、なるようにしかならない」と自分自身を説得しようとするのだと思いますが、「テレビや新聞を見ていても、どうも良くなる感じがしない」と、鬱々とした気分の方も多いはずです。
私たちの住む町は、日本は、このままどうにかなってしまうのではないか?東北・関東地方全域という広大な被災地の復興は、いつかは解決するんだろうと楽観的に思う気持ちもありつつ、漠然とした不安が心のどこかに沈んでいると思います。
さて、テレビや新聞によって、巨大地震という想定外の事態を憂い、社会には不謹慎、自粛ムードがじわじわと広がっているように見えます。
しかし、スッキリとしない心持ちのまま、心配や不安にさいなまれてまで、「我々には一体何が出来るのだろうか!」と考える必要はあるのでしょうか。『義援金の寄付、ボランティア、献血、節電、買い占めはやめよう、日本経済を潤そう』といった言葉に、あなたは協力しなきゃいけないな、何かをすべきなのだが、と感じていませんか。

おのれこそ おのれのよるべ
おのれを措きて 誰のよるべぞ
よくととのえし おのれにこそ
まことえがたき よるべをぞ獲ん

これは、法句経にある言葉です。この言葉は、「私自身にしか私を救えず、この私を置いて誰が私を救えるだろうか、よく制した私しか本当に私を救ってはくれない」と、いいます。
「私のことは私が一番よく知っている!」と思っていても、テレビで被災地の様子を見続け、スーパーやコンビニで買い急ぐ人々を見続ければ、人知れず自分知れず「小さな不安・心配」はつのっていくのでしょう。いくら自分で自分が正常だと思っていても、それは本当でしょうか?はたから見ても分からない。まして、自分でも分からないものです。
私はお悟りを得た、と言いふらす輩を貴方は信じられますか。ただちに影響はない、という言葉を貴方は信じられますか。私は大丈夫だ、と言う自分を貴方は信じられますか。
信じるのも、疑うのも、心です。心とは、よりどころがなく、かといって決して無いとはいえないものです。あるようでない、ないようであるのが、心なのだと思います。
地震によって大きく揺れうごく大地に触れ、私たちの心も揺れうごきます。海から大地へと大きな波が押し寄せるように、心には不安・心配といった様々な波が寄せては返すのです。
そんな自分自身の揺れる心に触れたとき、人は、こころの水面が波打ったとしても、次第に収まること。水中に泥や土が舞い上がったとしても、いつか水は澄むこと。底深き淵には、揺るぎない心安らかなるところがあることに気付くのだと思います。

底深き淵の 澄みて
静かなるごとく 心あるものは
道をききて こころ やすらかなり

法句経にある言葉です。この言葉は、「底の深い湖は、澄んで濁ることのないように、賢い人々は、真理を耳にしているがゆえに自分自身の心を澄み沈めている」と、いいます。
地震や津波、報道によって、怒り・悲しみ・恐れといった感情がこころ波打ちますが、揺らす心は自分自身なのだと気付けば、私には沈める心もあるはずだと気付きます。
心中がざわめき、よどもうとも、いつか心を冷静に見つめ正せば、なごみ、安らぎ、穏やかな心があることに気付くことができます。
哲学者・西田幾多郎氏の短歌に『わが心深き底あり 喜びも憂いの波も とどかじと思う』とあります。
想像もつかない人の心の奥深さを考えてみれば、我々はみな仏の心・無心を持っているのではないかと思うのです。底の抜けた先があると。無心とは心がないことではありません。
般若心経とは、心を学ぶお経です。
人は、般若心経の核心である、仏の智慧を対照的に悟ることはできません。ですが、その仏の智慧を生きることはできます。なぜなら、この世界で私が生きて、その同じ世界の中で、他人と交流し、相い支えあって、そのすべてが、空を本質としているからです。
どこにも、本体をもつような存在はなく、すべてがつながっている。しかし、その繫がっているものを対象化して見れば、世界は固定されてしまいます。
  般若心経の心とは、ただ生きることです。ただ一瞬一瞬を生きることです。ただひたすらに生きていること、きっと、それは自己が創り出した不安や恐怖を忘れることでもあると、気づくでしょう。
  だからそんな自己が創り出した不安や恐怖に降り回されずに、大きく深呼吸することで、空っぽの心を私に訪れさせることも大切なことだとわかるでしょう。自分自身から逃れることができないことがわかったら、心の本質を学びましょう。『般若心経』の根本的な視点です。
1000年に一度という地震が起きて、テレビや新聞で被災地が、原発がと、日々刻々変化して報道されます。そのたびに私たちの心は揺れます。そんな揺れる心に従うことを知れば、少しでも安らぎが取り戻せればと思います。一瞬一瞬をひたすら生きるなかに、世界は仏心で溢れるでしょう。
それでは、これから般若心経をお読みします。2011-03-11東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方々、被災し避難している方々、警察・消防・自衛隊員、ボランティアの方々、津波にも地震にも遠い場所で生活している方々。日本、世界のすべての人のためにです。みんなの、みんなにより、みんなのため、ご冥福、ご多幸、ご無事をお祈りいたします。みんなが助け合い、一生懸命に生きる姿から、改めて日本の素晴らしさに気付いた人は多かったはずです。そんな日本に住む我々だからこそ、必ず立ち上がれると、日本・被災地の安寧と復興を念じおります。
<読経 般若心経>                      (陽岳小副住 真人合掌)
○彼岸、また終わった後にも、多くの方が墓参に来てくださいました。家の中に閉じこもるのではなく、お墓にお参りする功徳とは、祈りですが、「とんでもないことが起きたね。だいじょうかい。ありがとう。そばに居るからね。ありがとう」と、こんな声を聞きたくて、もしかして、お墓参りをしたのではないかと思っています。
この地震で陽岳寺に大きな被害はなかったものの、多くの墓石が、地震に揺らいだようです。さお石や台石がほんの少し動いたもの、目地が取れてしまったものもあります。
今、石屋さんが調べています。中には台石をはずして石を据え直さなければならないものもあるそうです。次にも被害を出さないように、どうしたらよいかを考えております。早急に結論を出して、お知らせ致します。

最終更新日 : 2013-07-20 15:32:04

No.122東北地方太平洋沖地震回向

陽岳寺護寺会便り平成23年3月19日No.122東北地方太平洋沖地震 回向

  地震から数日、テレビでは、社団法人ACジャパンのCMばかり流れています。ホームページを見ると、全国・支援・地域・NHK共同キャンペーンとキャンペーンごとに種々CMがあり。地域によって、流れるCMが違うんだそうです。
  種々、CMが放送されているわけですが、「見える気持ちに。」「こだまでしょうか」からそれぞれ詩を引用させてもらいました。
  ACのCMをみて、回向文をつくりました。回向とは、自分が積み重ねた功徳を相手にめぐらしふりむけて与えることです。そのために読む文を回向文と、ここでは言います。お経と回向は、セットになっているのです。
  
  東北地方太平洋沖地震 回向-思い祈り願い、般若心経を読む
  2011年3月11日金曜日の午後3時前、東北地方太平洋沖で、1000年ぶりといわれる巨大地震がおきました。いまも余震がおこり、日本だけでなく世界全体が注目しています。
  今回の地震では、揺れだけではなく、津波の被害も甚大でした。10mをこえる津波が各所を襲いました。津波が、海や川から陸地へと向かっていったのでした。
  港や防波堤をこえ、土砂や車、家々を巻き込み、黒い津波となって、いたるところを呑み込み、浸水したのでした。人々は建物や高台などの高いところに逃げ、津波を知る・知らずに関わらず逃げ遅れた人々がたくさんいました。地震と津波で交通が分断され孤立する場所がたくさんありました。海や川をただよい、たどりつく人々もいました。先に逝った親しい人たち、安否不明の人たち。
  そこから離れた場所では、電車がとまり、建物や道路が倒れたり、壊れたりしました。遠い家まで歩いて帰る人たち、帰れない人たち、ガス・水道が止まり困る人たち。
  連日、テレビやラジオでは被災地の様子が放送されています。
  被災地の光景を実際目にしたら、わたしたちは何を考えるのでしょうか。すべてを為す気がおきず、どうしていいか分からず、ぼんやりとしているのでしょうか。
  テレビやラジオで被災地の様子を見聞きして、わたしたちは何を思うのでしょうか。しばらく経ち、ふと我に返って、心配になって、自分を忘れて、不安に振り回されて、目的もなく、本能のままに、衝動的に動き回るのでしょうか。
  自分の意志で、自覚した心で行動することが、いかに難しく、大事なことなのか。空しさを埋めようと、ただひたすらに、やみくもに行動するから、自分でも収拾がつかなくなるのでしょう。不安にかられ食べ物の買い占めに走り、デマに惑わされる。空しさにさいなまれる。なぜあの人はいなくなり、なぜ私は生きている。
  
  その空しさは、形ある物はいつか壊れ、移りゆくことに気付かされた証なのだと思います。人が空しさを感じることは、人生を歩むことです。そして次に、心の空しさを感じ、その心の空しさを充たすために必要なことはなんでしょうか。
  心とは、よりどころがなく、かといって決して無いとはいえないもの。あるようでない、ないようであるのが、心なのだと思います。
  その心の空しさを、どうにかしたい。正しく充たすためには、どうしたらいいでしょうか。
  詩人の宮澤章二さん作で、ごま書房新社が出版している「行為の意味―青春前期のきみたちに」という本の中に次のような詩があります。
  
  「こころ」はだれにも見えないけれど
  「こころづかい」は見える
  「思い」は見えないけれど
  「思いやり」はだれにでも見える
  
  仏壇やお墓は、祈り願う場所です。しかし、その祈りや願いは届くことはないのでしょう。それならば、祈り願うわれわれが、私たち自身の祈りや願いを聞かなければならないのかもしれません。
  「こころ」「思い」はだれにも見えません。それでも、祈り願わずにはいられないのは、空しさを充たそうとする「こころ」「思い」によるのでしょう。そして、その「こころづかい」「思いやり」という行為として、だれにでも見えるとき、その空しさは、気づきや確信によって心が充たされ、心の中に生きるということになるのだと思います。
  般若心経とは、心を学ぶお経です。「こころ」「思い」の本質とは、空しさを感じ、さらに空しさを生きることなのだと思います。
  仏壇やお墓だけが、祈り願う場所とは限りません。あなたが思うところは、いつでも、どこでも祈り願う場所になります。テレビの前も、ラジオの前も、布団の中も。
  
  「こだまでしょうか」という詩があります。詩人の金子みすゞさん作です。
  
  「遊ぼう」っていうと
  「遊ぼう」っていう。
  「ばか」っていうと
  「ばか」っていう。
  「もう遊ばない」っていうと
  「遊ばない」っていう。
  そうして、あとで
  さみしくなって、
  「ごめんね」っていうと
  「ごめんね」っていう。
  こだまでしょうか、
  いいえ、だれでも。
  
  ことばは、人から人へと「こだま」します。ことばだけではなく、祈りや願いも「こだま」します。
  先に逝った親しい人たちは、わたしたちに、ことば、祈り、願いを届けてくれるでしょうか。教えてくれるでしょうか。自分の意志で、自覚した心で、ことば、祈り、願いを行動することが、心の空しさを正しく充たすことなのでしょう。
  それでは、これから般若心経をお読みします。東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方々、被災し避難している方々、自衛隊員、警察、消防、ボランティアの方々、津波にも地震にも遠い場所で生活している方々。日本、世界のすべての人のためにです。みんなの、みんなにより、みんなのため、ご冥福、ご多幸、ご無事をお祈りいたします。
読経 般若心経    (副住職)

No.121あるの、ないの、それとも……

陽岳寺護寺会便り平成23年3月1日No.121あるの、ないの、それとも……

 谷川俊太郎の詩に、『黄色い鳥のいる風景~ポール・クレーの絵による「絵本」のために』があります。

とりがいるから そらがある
そらがあるから ふうせんがある
ふうせんがあるから こどもがはしってる
こどもがはしってるから わらいがある
わらいがあるから かなしみがある いのりがある ひざまずくじめんがある
みずがながれていて きのうときょうがある
きいろいとりがいるから すべてのいろとかたちとうごき
せかいがある

 この詩を読むとき、「鳥がいるから、空がある」と、実は、「つがっている」と詩を書いている詩人こそ、ものがたりを想像する、それは、つなげていることに気がつくでしょう。しかも自由にです。
 でも「鳥がいるから空がある」とは、普通書かないのではないかと思うのです。「そらがあるから、とりがいる」と……。
 鳥の進化の歴史からは、空があったから、何ものかが鳥となったはずです。谷川俊太郎という詩人は、そんなことお構いなく、結びつけてゆくことを遊んでいると、思いませんか。しかもまったく自由にです……。
 人は世界とつながりながら、自分自身を存在するモノとして意味づけているともいえます。意味づけなければ、人は生きていけないとも考えることができます。世界で起きている出来事を見ているとつくづく思うのです。独裁者がいるから自由が欲しいのであり、自由ばかりだったら、もしかしたら、強烈に導いてくれる指導者が欲しいかもしれません。
 だからこそ、「すべてのいろとかたちとうごき せかいがある」と、谷川俊太郎の詩はここから先は、読者のイメージに任せています。
 現実のつながった世界は、心ともいえるものです。現実には、憎しみやねたみがあり、保身や欲望があり、自我を強大にした結果、戦争があり、多くの善良な人の死もあることは歴史の事実です。
 さらに、つながった世界を見れば、死後もあるのだと思いたいし、死後のその後も、ずっとつながってゆくことに気づかないでしょうか。極楽も天国も地獄もです。
 でもこれは、自由に在るでつながったことで、かえって、人を不自由にもたらすこともあるわけです。仏陀釈尊は、もしかして、そんなことを考えたかどうか、解らないけれど、存在と所有という問題に道筋を描いてくれたと思っています。

 そのつながりを考えてみると、心の世界では、選択であり束縛あり、意味と無意味、価値と無価値、もっといえば、善いことと悪いこと、幸福と不幸、死と生、順逆の関係の中に、よくいう自由とは、何と自分に対して責任を問うことかと思うのです。
 意味づけは、評価という形で表現することもできます。その評価に一つでも傷がつけば、その傷を多数の人は問題にします。自分でその傷を消そうとすれば、その世界からアウトしなければ、傷は消えないこともあります。しかも、評価の履歴はその世界に入会したときから記録となり、まるで、その人物を意味づけています。評価の履歴こそがつながっている人であると意味づけるからです。
 インターネットのヤフーやAmazonドットコムにしても、その評価が自分の価値を意味づけてくれることに気づきます。
 考えてみれば、怖いことでもあります。意味づけられた私は、私であって私でないからです。なぜなら変わり続けることを本質とするならば、一瞬の今を生きる私は、過去の私や未来の私ではないはずだからです。
 そんな価値を保つことを考えてみれば、つながっていることが不幸になることもあります。それは、人の価値こそが、インターネットの世界に生きる財産だとしたら。例えば、今流行のフェースブック、何億という人間がフェースブックの中でつながることを意味あることと、自分の価値を築こうとしているからです。その価値に縛られることになります。人生は相対的なつながっている世界に生きるゆえに、得たり失ったり、保守や革新、富や貧富、その結果が歩みであるかのようです。

 そのつながった歩みの悲喜こもごもを、般若心経では、縁起はないのだと否定しています。本来縁起はないとです。悲喜こもごも有ると思っていることは、本来無いのだと、これは仏陀釈尊と、深く般若波羅密を行じた観世音菩薩の言葉でもあるのです。
 さて、仏教はもう一つの見方を提案しています。
 「とりがいなかったら そらがない」、「そらがなかったら ふうせんがない」です。
 でもです。在ると無いに共通する心のはたらきは、無いと在ると心に画いたモノであるならば、これも意識による意味づけです。在るということ、無いということを意識において持ち続けることこそ、無明あるいは無知と仏教はいいます。確かに初期仏教では、無いことを求め続けて涅槃にたどりつくことを考えた人々もいました。でもそれでは、自由さも無くなってしまいます。自由とははたらきだからです。怒ったり、笑ったり、喜んだり悲しんだりという自由さ、しかも、その怒りや笑い、喜びや悲しみとらわれない自由さこそ、禅の目指す道であり、般若心経の教えなのだと思っています。

 「わらいがあるから かなしみがある いのりがある ひざまずくじめんがある」と。
 実は、谷川俊太郎は、何も無い、真っ白なキャンバスに、言葉で鳥を描き、空を画き、風船を画いていることに気づきました。
 そう、最初は真っ白な、何も無いモノに在る、あるいは、居ると書き付けていることです。何も無いトコロに、空という、無というところから、在ると居るが浮かび上がり、紡がせているモノは、存在でしょうか。存在だとしたら対照的な事物なはずです。
 自由につなげている世界は、もともと何ものも束縛されない世界であり、対象として捉えることができないモノのようです。あえていうなら真っ白なキャンバスと。

 しかもその真っ白なキャンバスには、たくさんのモノが書いてあるけれども、谷川俊太郎が創作したこの詩を読むことによって、浮かび上がってくるような、初めから私の心は「わらいがあるから かなしみがある いのりがある」と、真っ白なキャンバスには描いてあるような気がするのです。しかも、在ると居るで、つながっているものは、もっと考えてみると、空間だけではなく、時間もつなつながっているし、歴史も含めて記憶や行為まで、すべてつながっていることに気づきくのです。だからこそ、すべては自由につながっている。空であり無であることが前提となっているのではないでしょうか。だから、どうせ描くなら、与えられた善いことをたくさんたくさん描きたいものです。真っ白なキャンバスのはたらきとしてです。(住職)
◎寒さと暖かさが互いにせめぎ合いながらも、春彼岸を、迎えようとしております。
 お彼岸は、3月18日(金)から24日(木)までで、21日が彼岸の中日です。 

No.120『断捨離』のすゝめ?

陽岳寺護寺会便り平成23年1月1日No.119『断捨離』のすゝめ?

2011年のお正月は、2010年の8月に鎌倉・円覚寺から、東京は深川の陽岳寺に帰山して最初のお正月。年末、年始と多くの方が墓参にいらっしゃいました。その際、私は副住職として、これから宜しくお願いしますと申し上げました。
皆さんから、あんなに小さかった子が大きくなって・・・、今年も宜しくお願いします、護寺会便りを読みましたよ!また、新命(しんめい)さんって呼ぶんですね!との言葉をいただきました。
皆さん読んでくれているんだなと嬉しく思い、また、住職がこれまで連綿と続けてきたことの意味を考えさせられるのでした。

今回も住職が年賀状の文面を考えていました。
昨年末、新聞の川柳や投稿欄を見ていると、年賀状についてのものが多く見られました。
『年賀状 生きてる証に 投函し』
これは第23回サラリーマン川柳にあったものです。
まるで年賀状は「元気で生きているよ!」という安否確認手段のようです。やめようと思えば、やめられることです。それでも、手をつなぎたい、つないでいたい。そう思わせるものは、いったい何でしょうか。
陽岳寺の法要の回向に「生まれれば縁が広がり、亡くなれば、また縁が広がる」とあります。
生きることとは、命とは、生きるためにあるのだと思います。なんびとたりとも、その生を邪魔することなど出来やしないのです。たとえ臨床の立場から死んだのだと判断されても、その人を知る人々の心のなかで彼(女)は生きている!
縁あって、鎌倉の円覚寺専門道場にて、3年4か月という時を過ごしました。年賀状を出すことは叶いません。3年もの間、誰とも連絡を取らずにいたので、元日わたしに届いた年賀状の枚数はたったの1枚。さすがに寂しかったです。
つながりがバッサリ断ちきれていた結果なのだろうなと。こうして縁は薄れていくのかと、しかし復活する縁もあるだろう。切っても切れない縁もあるだろうと、思ったのでした。

2010年の新語・流行語に『断捨離(だんしゃり)』という言葉が選ばれました。
最初にこの言葉を知ったとき、仏教用語かと思ったのですが、どうやら違うようでした。断捨離とは、ヨガの「断業」「捨業」「離業」という考え方を応用したもので、自分にとって不要なモノを「断」ち、「捨」て、モノへの執着から「離」れる。
単なる整理術ではなく、身辺を整理することで、そこから更に心も整理すること。10年ほど前、金沢市に住む主婦が提唱したものだそうです。
この『断捨離』という考え方は、インターネットで普及しはじめ、今ではテレビ番組や雑誌で特集をされるほど。私の見たNHKクローズアップ現代(2010/12/16放送)では、「片付かない部屋の断捨離」と「親の遺品の断捨離」について放送していました。
「片付かない部屋」にたまった物を整理していく夫婦、「親の遺品」を数カ月かけ片付ける娘にカメラを向けていました。
子供服にしても、本にしても、遺品にしても、そのものに対する思い入れ・親子や家族の物語・自己投影の結果があるのでしょう。
そっとしておきたい自分がいて、片付けられなくて、そのままにして置いてある。いつかはやろうと思っていても、それが出来ない。
断捨離は、物を捨てるだけではない。その心が正されていないのだから、片付けられず、物が集まっていくばかり。物を整理することで、心の整理もしてしまおう。執着を取り払っていこうと考える。過去の後悔・未来の不安にとらわれ、家の中には物があふれる。今の自分には必要ないものたちばかりなのに、片付けられないと嘆く。
そして、片付けたいことは物だけではなく、人間関係にも及ぶのだとか。

人間関係の断捨離とは、どのようなことでしょうか。縁を切ること?執着を持ってはいけない、自分にとって必要ないものならば縁を切ってもいい、という自己本位な考え方ではない!と思います。
仏教では、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静を教えの特徴としています。そして、無常・無我の世界に、常住や自我を追い求めるために、苦しむ。過剰な執着を良しとしません。
しかし、その執着も縁なのだと思います。「こだわり」という縁です。
片付けられない部屋も、遺品も、心からのこだわりを「捨てる」「無くす」「消す」のではなく、「大切にする」「意識する」「思い出す」「思いなおす」ことで認めてあげる。断捨離は縁の仕分けではなく、物と向き合うことによる自分との会話なのでしょう。
遺品との会話は、先に逝った懐かしい人たちとの会話、そして自分との会話。それは、遺品ではなく、思い出でもいいはずです。「こだわり」も受け入れる。とらわれてもよいではないか!
生まれれば縁が広がり、亡くなれば、また縁が広がる。そう考えると、人はなかなか死ねないのだとも思います。
昔はあったかもしれない繋がり。バッサリ断ちきれていたとしても、それは無くなったのではなく、薄れているだけなのだと考えます。別の道からの縁もあるでしょうし、以前よりも太くなる縁もあるはずです。
縁あって自分が今ここにいる。縁あって自分がここからいなくなる。
お骨の有無にかかわらず、お墓参りにいらっしゃる方々を見て、先に逝った親しい人たちの命は、今ここに生きているのだなと。千の風はそこかしこに、みな平等に吹いているのだなと思ったのでした。
49日忌法要の回向には、こうあります。「人と人とのあいだ、縁とは、根拠、相即といえるものでもあり、拠り所といえばわかりやすいでしょう。だから、貴方から私へのあいだは途絶えてしまいましたが、私の貴方へのあいだは、途絶えていないのです」と。
人は生まれながらにして、貴賎の上下などありません。しかし自分がたくさんの人に守られ、支えられていながら、そのご縁に感謝をしない。自分の満足したいが為にご縁を破っていくのはおかしい。縁を大切にしない人は、ずっと縁を気付かずに暮らしていくのでしょうか。
それでも自分で命を「断」つことはできても、つながりは自分では「絶」つことができない。そう信じています。陽岳寺ができることとは何なのだろうと思います。
学問のすすめでは、学問(さらに言えば実になる学問)の実人生にたいする影響力を述べています。『断捨離』のすすめとは、自分にとって不要な物だと断ちっぱなし、捨てっぱなし、離れっぱなし、~っぱなしにするのではなく、ひとつひとつの縁を大切にすること、受け入れることなのだと思います。
護寺会員の皆様からの年賀状を一枚一枚見ておりますと、住職、母宛とともに、副住職宛ともなっている年賀状を見つけました。昨年、護寺会便りをお送りしてよかった、副住職として私のことを認めてくれているのだなと、嬉しく思いました。ありがとうございます。
今年こそ、よい年であったと、誰もが言えるような、そんな一年の箇であることを願っています。
(陽岳小副住 真人合掌)


No.124飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!

陽岳寺護寺会便り平成23年5月1日No.124

飯を食え、食い終わったら茶碗を洗っておけ!

 今年も見事に、福島の三春の滝桜が咲いたと、新聞に写真が掲載されていました。東日本の誇る桜です。季節は大震災に被災された地域にもかかわらず今年限りの桜の到来を告げていました。
 一方、東京の遅咲き桜は散り、若葉を繁らせ始めています。
 咲く桜、残る桜も、散る桜でしょうか。季節にうながされて咲くのか、咲くことによって季節が生じるのか、いやいや同時と、考えさせられますが、人の思惑も同時に咲き、散ります。私と世界の入り組みに混濁しながら人は生きていきます。
 我を忘れて桜に見入り、その桜そのものとなる。そのうち桜も忘れて、只たたずむ自分がいることに気づくこともあるでしょう。桜を見ながら食事をして、その食事を忘れて桜を見ていることも忘れることもあるでしょう。
 桜もきれいだし、食事もうまい、一緒に見に来た仲間たちも喜んでいると思うこともあるでしょう。
 震災そして原発に汚染された地域で生きるお年寄りのインタビューに答える言葉を聞いて心が傷む。
 「私はこの家で死にたい。この地域から離れない」と、枯れた涙が流れる。無人となった家や地域に、孤立を選択させるものは何なのか。震災そして原発に汚染されたことで咲くお年寄りの花は、死なのか、生きる希望の喪失か、余生・与生・預生とは何かを考えさせられる。
 しかし、本当は、その生が誰に与えられたかなど、考える必要はない。人によっては、神や仏、家族、祖先や血筋から、民族や山河からと意味を見出す人もあるだろうが、それはそれで思うことは自由だし、比較して考えることも自由だ。だけれども、比較し意味を見出したモノからみると、生を奪うことも生じてくると、人は悩むこともあるし、与えられたモノに従属してしまうから厄介だ。預かった預世(よせい)もまた同じことだろう。
 それでもその家で、その地域で、孤立しながらも人は生きている。

 平成23年の3月11日の東日本大震災と津波、そして福島原発の災害から、季節は刻々と変化しています。困難な状況に不安と恐怖に悲鳴を上げる被災者たちの様子をテレビや新聞、また実際に炊き出しに行き、生活必需品を届けに行った人々の声を聞けば聞くほど、痛ましく思える。何かできることはないかと思いつつも、季節は変わる。
 被災者の一人一人が、個別の悩みを抱えながら生きている。全体を見渡そうと思えば、個が消えて、個を思えば全体がかすむ。それでも何とか頑張って欲しいし、無理をして欲しくもないし、明日はどうなるのだろうかと不安に駆られる。人は生きるしかない。

 ふと、「衆生病むがゆえに、我もまた病む」の釈尊の言葉が響きます。私は釈尊ほどの人物ではないし、大それた悟りを持つなどと、とうてい思えないけれど、被災された人や地域を考えるだけで、「我もまた病む」と、同じ気持ちを持つことに気がつきます。
 人だったら、誰もが持つこの「病む心」、もちろん、釈尊仏陀の病みとは、格段に異なるものだろうが、病むこと自体は同質なものだろうと、そこに、釈尊仏陀は居るのだと。自分の心の中に生きている。
 仏教の解説本を読んでいると、釈尊には「自分」「我」がないからこそ、我もまた病むという心が生じると説明されています。無心とか空の心こそ、釈尊仏陀の心なのだと。
 その無心と生きることについて、禅の語録は、何と自由さがあふれて、言葉の魔力に引きつけられることが多いでしょうか。もっとも、その言葉から生きる勇気をもらいます。

 修行僧が趙州(じょうしゅう)禅師に尋ねた。「私の自己とは、どう考えたら、そしてどんなものでしょうか」
 趙州禅師は尋ねた。「ご飯はすんだかね」
 修行僧は答えた。「すみました」
 そこで、趙州禅師は答えた。「すんだら鉢を洗っておけ」

 さらに、臨済(りんざい)禅師は、日頃、みんなに語った。
 『禅はあれこれ思案し造作を加えたりしようがない。ただありのままで在りさえすればよいのだ。衣服を着て、ご飯を食べ、糞をしておしっこをする。疲れたら横になる。愚かなものは私を笑うが、智者ならわかるであろう。古人も「外に向かって工夫をなすは、皆、愚か者だ」と。』

 これらの言葉通りに私たちが行為するとすれば、雲泥の差があるかもしれません。飯を食べるときは、飯を食べることに成りきれ、食べ終わったらもっと食いたい、次の食事は何を食べたいと思いをせずにということです。お掃除をするときは、目前の掃除に成りきることと禅はいいます。
 道元禅師は、「只今ばかりが我がいのちは存するなり」と話されました。それは、今生きている自己の自覚でもあるでしょう。百丈禅師は、「自分が生を受けて、何よりも大きな不思議なことがある。今ここに、坐(生きて)っていることだ(独座大雄峰)」と。時は今、その今は過去未来さらに世界の一切を含んでの今です。
 その今が、行為としてお椀を洗っておけ、洗い終わったら拭いてしまっておけ。行為はつながっているようで、つながっていない。今の連続は連なっています。連続している行為に見えるけれども、実は、一つ一つの行為は独立していて、連なっていると教えられるのです。それも同時にです。それが生きることです。
 「私はこの家で死にたい。この地域から離れない」と、ご飯を食べて茶碗を洗い、服を着て、掃除に洗濯。震災そして原発に汚染されようとも、咲く花があります。しかし、そうは思っても、人は痛ましく悲しいし、憂いを持ちながらも力強い。  (住職合掌)
◎作詞家・新井満氏が震災1ヶ月後、「そろそろ、言葉の力が必要な時期がやってくるのではないかと思っていた。一番苦しい時に人の心を癒すのは、大自然の美しさとその感動ではないか。だからこそ、“希望”という心のパン、詩は命を救う心のパンである。」と新聞に寄稿していました。
◎そして、今年の施餓鬼会では、昨年の夏に僧堂から帰ってきた新命がお話をします。

最終更新日 : 2013-07-20 15:33:50

No.125お施餓鬼では僧堂生活について話します

陽岳寺護寺会便り平成23年お施餓鬼号No.125                                                

お施餓鬼では僧堂生活について話します

  昨年の夏、深川に帰ってきて、秋のお彼岸、ご祈祷の会、年末年始、春のお彼岸と過ぎました。
  5/28(土)は、私にとって初めてのお施餓鬼です。
  山門大施餓鬼会は、近隣の和尚様方を呼び、陽岳寺にとって長い過去をさかのぼっての有縁無縁の亡くなられた方々を、みんなで感謝し祈りを捧げようとする集まりです。
  また陽岳寺檀信徒の縁につながるご先祖様も供養しようと催される法要です。今回は、東日本大震災津波等で亡くなられた方々、被災された方々、何らかの形で被災地に添ってかかわっている方々に対しても、ご冥福や、ご無事、ご多幸の回向をしたいと思います
  
  昨年、ご祈祷の会にて、挨拶させてもらいましたが、本年のお施餓鬼では、陽岳寺副住職、新命(しんめい)和尚である私がお話させていただきます。修行道場での生活についてです。
  皆さんのご参加をお待ちしています。
  
  参加にて、当日に出席の方は人数を明記して、欠席の方は「欠席」と明記して、はがきか、ファクスにてお早めにお知らせください。不参加・欠席の方は、はがきの投函およびファクスとも、ご遠慮願います。参加はするけれども、当日欠席の場合、和尚が代わってお参りいたします。
  参加費1万円に卒塔婆1本含みますが、追加の方は1本につき3千円申し受けます。お塔婆に戒名を記入ご希望の場合は、戒名を明記して下さい。無記名の場合は、その家の先祖代々各霊位といたします。なお、お塔婆を複数申し込む場合も、戒名または、ご先祖家の名前を記しください。
  
  さて、何回か護寺会便りをお送りしてきましたが、まだ書いていないことがあります。それは私の僧堂での生活について、です。
  私がいた僧堂は、JR北鎌倉駅から歩いてすぐ、瑞鹿山円覚寺の中にあります。そして、おとなりには、巨福山建長寺があります。昔は喧嘩が絶えず、犬猿の仲になぞらえて、建円の仲と言われたようですが、いまでは行事があるとお互いに助け合っています。
  
  奈良の薬師寺管長であった高田好胤師が、般若心経について、こうお話しされています。
  「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心、広く、広く、もっと広く、これが般若心経、空の心なり」
  とても少ない文字数で、仏の教えを余すところなく知ることができるお経として、般若心経があります。かたよらない、こだわらない、とらわれない心。
  仏教では、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静を教えの特徴としています。そして、無常・無我の世界に、常住や自我を追い求めるために、苦しむ。過剰な執着を良しとしません。
  しかし、その執着も縁なのだと思います。「こだわり」という縁です。
  
  『断捨離』について護寺会便りを書いたことがありました。片付けられない部屋、遺品、心からのこだわりを「捨てる」「無くす」「消す」ことは『断捨離』のウワバミでしかなく、本当の『断捨離』とは、「断捨離しなければ!」と『断捨離』にこだわる心・自分をも認めることです。
  いつのまにか、「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心」を持たねばと、自分で自分の首をしめるかのごとく、とらわれていた自分に気付くことが大切なのでしょう。
  
  『我他彼此』・・・がたひし、と読みます。
  「我」があって「他」があり、「彼」があって「此」がある。自分と他人、あれとこれ、と物事を対立してとらえることを言います。物事が対立して決着がつかない状態のことです。
  戸の立て付けが悪い状態をガタピシ言う、ですとか。ガタガタ言うな、ガタがきたなァ、という言い回しも、この『我他彼此』から来ているそうです。
  
  我を無くしましょう、執着から離れて柔軟に生きることが大事なのだと、お釈迦様は仰っているわけですが、建円の仲と言われた姿を見たら、どのように思ったでしょうか。いまでは一緒にソフトボールをする仲にまでなりました(それが良いことかまでは分かりませんが?)。
  
  本来は一つだけれども、我見によって、対立的に見えているだけ。平安が失われているように見えているだけ。健円の仲と言われていただけ。私たちはとにかく、白か黒か、好きか嫌いかと、物事を決めたがります。自分に出来たのだから、彼にも出来るはずだ。昔は出来たのだから、今も出来るはずだ、と。きっと、そんな自分に安心したいのでしょう。その安んじたい心はどこに?
  
  禅宗の書物「無門関」に「達磨安心(だるまあんじん)」という項があります。
  初祖達磨(だるま)大師の弟子にしてもらおうと、後の二祖慧可(えか)大師が、坐禅をしている達磨さんを訪ねました。ウンともスンとも言わない達磨さんに、自分の意志を伝えんが為、雪の中、自分の左腕のひじから下を切り落としました。そして、問答をします。
  慧可「私の心はまだ不安です。どうか安心させて下さい(子は心未だ安からず。乞う、師安心せしめよ)」
  達磨「では、その心というものを持ってこい。そうしたら、お前さんのために安心させてやる(心を将ち来れ、汝が為に安んぜん)」
  慧可「心をさがしましたが、見つかりませんでした(心を覓むるに了に不可得なり)」
  達磨「お前さんのために安心させたわ(汝が為に安心しおわんぬ)」
  
  地震は大地が大きく揺れます。でもそのあとに揺れるのは自分の心です。心が揺れるのは、自分自身の意識が、対立的にモノや意味をとらえ、考えるからです。では、その心はどこに?
  何とか暮らしていた、体も病気を抱えていたが、それでも家族に囲まれて満たされていた、いい生活だったとは、意味です。何かを失ったと思えるのは意味です。意識・心が作り上げたものです。地震前までは普通に生活できたのだから、これからも普通の生活が出来るはずだ、と。
  
  津波がすべてを流しつくした意味は?いまなお地震が続く意味は?歩いて帰らねばならなくなった意味は?戻る家を失い、家族を失い、もはや自分を知るものは自分一人だけ、となった意味は?想定外の事態の意味は?家は傾き、ひび割れ、水もガスも電気も通じない。とてもじゃないが住める状況ではない、この家の意味は?道路はゆがみ、マンホールが飛び出て、満足に歩けない、この町の意味は?そんな被災地とほど遠い場所に私が住んでいる意味は?
  
  無縁社会、孤独死、となりに住む人の顔も知らない今なんかよりも、昔の方が安心でしたでしょうか?原子力発電所のない時代は安心でしたでしょうか?
  テレビやラジオもエアコンも無い。はだか電球、晴耕雨読の生活。お風呂を沸かすにも、ご飯を炊くにも、今ではスイッチひとつですが、昔はすべて薪。消し炭を取り、七輪で野菜を煮炊きする。そんな昔の生活が僧堂では続きます。僧堂とは、生活のなかで我を無くすことに集中する場所です。お施餓鬼では、もっと詳しく僧堂での生活についてお話しします。また、老師にとんでもない質問をしたことがありました。その内容とは?お楽しみに。  (副住職)

最終更新日 : 2013-07-20 15:34:56

No.126あちら側とこちら側

陽岳寺護寺会便り平成23年6月1日No.126

あちら側とこちら側

 東日本大震災後、多くの人が、人が生きる意味の問いに直面したのではないかと思います。その結果、今までの普通に暮らしていた日常の普通さを疑い、物質よりも絆、友、家族の意味を再構築しようとしているようです。
 昨年は、無縁社会が話題になっていましたが、震災以降は、何が人を動かすのか、動かされた私に意味を見出そうとしてるようです。あの津波の映像を繰り返し目撃した者にとって、寄せては引く波に、流され翻弄されたのは、また、私たちの普通の暮らしだったのではないかとも思えるのです。
 自然の驚異と、制御不能となった人間のエゴが作り出した原発の暴挙を目の当たりにして、翻弄されたものは、私の中の死ではなかったか。誰だって、あんなにむごい現実を見れば考え方や生き方が変わるものです。
 そして、振り返ってみれば、自分のことを中心に考えていた自分が、いかにいたらない人間であったか、物や自分に執着し、困惑して、悩み、さいなまれていたのかに気づいたということではないでしょうか。
 本当に大切な物は、何だったのかと考えることを悟らせたような気がいたします。
 そしてそこから、新たな希望や願いが生まれようとしているのだとも思いますし、生きるということが問われていることでもあり、それは自分の中の死が、働きかけているといえないでしょうか。

 さて、人が誕生したことは、同時に死も含まれて、誕生したといえることから、人が生まれたということは、人の死も誕生したということです。そして、同時に誕生したものは、生まれた赤ちゃんとのあらゆる関係も同時に誕生したことになります。赤ちゃんにとっては、世界の誕生でもあるといえます。世界から見れば、新しい命の誕生の祝福です。
 生と死は、同時に存在していることだと、そして生は死を根拠にしてあり、死は生を根拠にしてあります。
 震災により、浮かびあがったのは、この関係なのだろうと、私の中の死が、人がいかに生きるかを、改めて気づかせてくれたのだと思いました。

 そんな私たち日本に向かって、アウンサンスーチ女史は、《ビルマからの手紙2011(毎日新聞平成23年5月23日(月)朝刊》で、終わらぬ「旅」という一文を日本人へ寄稿していました。
 『長年にわたる自宅軟禁の間に、私は、旅が人生ではなく、人生こそが旅なのだと思い至った。過ぎてゆく日々の中で、一日を形作る1分、1時間という時の流れには、どれひとつとして同じものがないことに気付かされた。
 人生とは、微細な変化の日常を、長い年月をかけて積み重ねながら歩んでいくものではないだろうか。自宅軟禁中に日課となった早朝の瞑想の中で、私は意識をいろいろな場所にさまよわせながら、自分の住所がまさしく「旅行中」なのだと感じるようになった。それからは折々に身辺を整理し、不要なものを処分するすべも覚えた。人生そのものが旅ならば、身軽なのに越したことはない。
 おとぎ話の登場人物のように、時空を超えた輪廻転生の旅の道中に自分はいるのだと思えば、有刺鉄線を巡らせた高い塀だけでなく、果てしない距離さえも飛び越えて、かなたにいる仲間と手を取り合える気がした。
 終着地がどこなのか、この旅がいつ終わるのかを知らずとも、旅人たちが時空を超え、言葉や文化の違いを乗り越えて理解し合えば、心は一つになれるはずだ。
 未踏の地をゆく人々には信念や勇気を盾に冒険を続けた共通体験があり、それが旅人たちの互いを思いやる心を育てるのだ。』と、東日本大震災に見舞われた人々に対し、試練を乗り越えて欲しいとエールを送っていました。
 
 生をこちら側といい、死をあちら側というなら、こちら側の人生の旅は、すべて「旅行中」、「旅なる人生の途中」にあると読み替えることができます。
 だからこそ、こちら側の信念を、確かなものにしなければ、ただあちら側に流されて、本来の自分というものを失うことになるのかも知れません。あちら側のことは、こちら側の私たちによって決めるためにです。

 臨済宗の祖、臨済禅師は、臨済録に於いて、「途中に在って、家舎(かしゃ)を離れず」と記しています。臨済禅師の生きた時代、この途中の意味するところは、輪廻転生の旅の途中で、生まれ変わりの長い時間だったようです。
 アウンサンスーチ女史にとって、輪廻転生の生まれ変わり、死に代わりは、おとぎ話の世界のようですが、禅は、家舎を心の器と考えることで、慈悲や愛が宿り育つ心と考えることが出来ます。
 その心は、私という自己が確立する以前の心なのですから、いくら私が考えても対照的につかまえることはできません。もしつかまえることが出来るとしたら、無心となることで、手に入れることが出来るのかも知れません。しかし、無心な私にとっては、手に入れるという意識もないはずです。

 「途中に在って」とは、旅なる人生であり、「旅行中」です。「家舎を離れて」を、執着を捨てた無我や無心に置き換えてみますと、「途中に在って、家舎を離れず」とは、一瞬一瞬の今を、無心に生き続けることです。臨済録には、さらにその先を目指して、「家舎を離れて、途中に在らず」こそ、人天の供養を受ける人だと付け加えております。

 自己の歩んできた道を、歩みを忘れろと、「未踏の地」を行けと叱咤します。それは、実績とか物を持っていること、あるいは蓄積した知識に価値や意味を持ち続けることを戒めています。人は知らずに、自己を認めてもらいたいものですが、そこは、普通の価値観です。
 そこにおいて、道は消えて、死も消えて、終着駅も消えて、あちら側もこちら側もない人生が輝いていると思うのですが、人生の輝きが問われているともいえるのではないでしょうか。
 そんな無心の心を、禅は幾世代にもわたって、伝えてきたともいえます。
 仏陀釈尊は、今も活き活きと生きている。
 祖師である達磨も、宗祖臨済禅師も、妙心寺開山関山慧玄禅師たちも、今も活き活きと生きている。
 祖父や祖母、母も父も、今も活き活きと生きていると。それは、無心なる心が、私たちにはあるからではないでしょうか。無心なるがゆえに、呼ばれれば、母となり、友となり、妻となることができるのです。

 今を生きるということは、時に、辛く苦しく、悲しく寂しく、不安や恐怖に、いらいらすることも、それを取り除けない今の私なのだと徹することが、今を生きている、豊かに潤いのある姿ともなるのです。
 人は誕生したときから、私たちの目や耳腕や足までも含めて、すべてあちら側に向い、歩むということを説明できるものです。年を重ねるという意味を、旅や歩みに書き換えてみますと、終着駅や死が見えてきます。
 生き続けるという価値は大きな意味を持ちます。それは、「あちら側のことは、こちら側によって決まる」ことだと示唆できるものです。 
 だからこそ、こちら側の信念を、確かなものにしなければ、あちら側に流されて、本来の自分というものを失うことになるのかも知れません。あちら側のことは、こちら側によって決めるためにです。                                                                (和尚)
◎5月28日の山門大施餓鬼会には、前日梅雨入りとなって、雨が降り続けたにもかかわらず、当 日欠席も1組、当日飛び入り参加2組と、盛況に勤め上げることができました。これもひとえに、 皆様のお陰と思って感謝しております。
 本施餓鬼会より、お経の前半と後半を、普通の口語体の文章にしてのお施餓鬼会でした。そして、 副住職の話がありました。修行から帰ってきて、10ヶ月ですが、次代を担うべく少しずつで  すが皆様の期待に応えられるよう努力している姿が見えてきました。
 本当に有り難うございました。
◎平成24年より、お施餓鬼会は、5月第3土曜日となります。

最終更新日 : 2013-07-20 15:36:26

No.127気づくこころが美しい

陽岳寺護寺会便り平成23年7月1日No.127

気づくこころが美しい

  7月です。一年の半分が過ぎました。
  今日までの時間の流れを、「もう」一年と考えるか、「まだ」一年と考えるかは、人それぞれです。
  あの地震からは、1、2、3ヶ月、100日と過ぎ、もうすぐ4ヶ月となります。この月日が、長いと感じるか、短いと感じるかも人それぞれ。
  
  考えもつかない事件が起きます。
  9.11、神戸・中越地震、池田小・酒鬼薔薇・地下鉄サリン事件、イラク戦争、東日本大震災、福島原発。
  映画や小説にあるような出来事です。
  テレビ・教科書で、3.10東京大空襲、8.6・8.9広島長崎原爆投下、8.15終戦記念日など繰り返し、私たちの目には見えるけれども、どこか遠い世界の話に感じます。時間の経過でしょうか。
  考えもつかない事件・戦争の起きない世界は無いのです。・・諦めてはいけませんが。
  
  東日本大震災はどうなるでしょう。忘れられていくでしょうか。語り継がなければなりません。
  
  地震の影響か、猛暑への対応か、世間では盛んに節電が叫ばれています。電力会社が節電を呼びかけるのはオカシナ話です。
  
  冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビ、カラーテレビ・クーラー・自動車。レンジ、薄型テレビ、食器洗い乾燥機など、新商品として、便利なものとして、続々と電化製品が世に出ています。
  電気を自由に使えるようにと。便利に、新しい機能をと。我々の求めに応じて、電気・電化製品は作られてきた、とも思います。
  しかし、歴代の政府と電力会社の責任は明確で、天災(?)だから免責、となるはずがない。責任も大切ですが、これからが大切です。ひとりひとりが日本を考え、行動しなければならないと、再度明らかになりました。明日では「もう」遅く、今なら「まだ」遅くはない。責任もつ生活。
  極端な節電も問題でしょうか。節電だ!と、マンションの高層階に住む人が、エレベーターを使わずに暮らそうと思えば、階段の往復で一日が終わってしまいます。
  電車などの交通機関を使わなければ、何駅と離れた会社・学校に毎日通うことは出来ません。
  
  テレビやラジオもエアコンも無い。はだか電球、晴耕雨読の生活。働く場所は、住む家のすぐ近く。お風呂を沸かすにも、ご飯を炊くにも、今ではスイッチひとつですが、昔はすべて薪。消し炭を取り、七輪で野菜を煮炊きする。そんな昔の生活は、今よりも良かったでしょうか?
  
  5月の陽岳寺のお施餓鬼会で、修行道場での生活について話しました。
  僧堂とは、生活のなかで我を無くすことに集中する場所です。我を無くせ、いままで持っていた知識も全部捨て去ってしまえと言います。放てば手に満てり、と曹洞宗の道元禅師の言葉ですが、いろいろなことに気付かされます。
  「花も美しい 月も美しい それに気づく心が美しい」
  円覚寺前管長の足立大進老師の言葉です。気付くことの大切さを教えてくれます。
  私たちの周りには、美しいもの・ありがたいことに満ちています。しかし、気付かなければ。
  
  修行道場で気付くこと。いちばんは「親切」です。感謝の念が起こります。
  
  修行道場は、八百屋さんのように野菜を売って生計をたてたり、会社を経営して、お金を稼ぐことはできません。では、どうするか。・・・お布施です。町を托鉢をして、まわるのです。
  托鉢の方法は、修行道場の場所によって違います。円覚寺の場合は、軒先に立って、一軒一軒短いお経をお読みします。鎌倉に住む方々はご存知なので、皆さん托鉢が来たな・・と家から出てきて、おのおの負担のない額をくださいます。
  托鉢に出ますと、お金をいただくことが多いのですが、果物やお米もいただきます。それが後々、自分たちの口に入るわけです。生きる糧です。無ければ、無いだけ。食べられないだけです。
  果物やお米は重いです。また、小銭もたまってきますと重い!ひもが肩にくいこみます。
  しかし、重いのは物だけではありません。気持ちも、です。
  親子で出ていらっしゃって、お母さんが子どもに小銭を手渡し、あげてきなさい、と下さいます。その姿に、思わず微笑んでしまいます。お札を頂戴することは稀で、硬貨の方が紙よりも重いですけれども。その気持ちは、重いのです。その重さは、親切です。ありがたいなと思います。
  
  3/11の地震で鎌倉市は停電したそうです。ただ僧堂はいつも暗いですので、ろうそくがあります。いつも不自由なので、かえって何不自由なく暮らせていたようです。
  水は横井戸からきていますし、ご飯を作るにも、お風呂を沸かすにも、ガスではなく薪ですから、停電・断水・断ガスは問題ありません。ただ、そういう生活なだけ、というわけです。
  それでも、「ただ、そういう生活」を送ることができることは有り難いことなのだと。日々の生活への感謝に、気付くことができた。そんな地震だったと修行道場の雲水は話していました。
  いま私たちは、便利なものに囲まれて生活できています。感謝しているかと問われたら?
  
  「大いなる ものにいだかれ あることを けさふく風の すずしさに知る」
  妙心寺管長でした山田無文老師の句です。無文老師が結核の療養中、縁側で風に当たっていたときです。風は空気が動いていると気付き、鉄の棒でガツンと殴られた気持ちになりました。
  「私はこの空気に育まれ、養われていたのに、今まで空気のあることに気付かなかった。空気が寝ても覚めても休みなく抱き締めてくれていたのだ。泣けて泣けて仕方がない、俺は孤独ではないぞ。生きよ生きよとおれを育ててくれる大きな力がある。俺は治るぞ」と思ったそうです。
  
  私たちは、さまざまなことやものに支えられて生きています。
  エレベーターが動くのは、電車で通勤通学出来るのは、お施餓鬼に出席できるのは、お盆を迎えられるのは、今わたしが生きているのは。
  護寺会便りを送ることができるのも、数え切れないご縁・無限のいのちのつながりの賜物です。
  今このときに繋がっている、わたしたちの命がとても偶然とは思えないことだと。ありがたいなァと、感謝して暮らしていければ。気付くことは、幸せなことなのではないかと思います。
  修業道場での生活に区切りをつけて、深川に帰ってまいりました。祖先と皆様とのつながりを、現住職から後へと、つないでいきます。
  お盆は、祖先とわたしとのつながりを思う、ひとつの機会です。先に逝った親しい人たちを偲ぶこと、毎日を送ることができると感謝することが、孝行・供養なのだと思います。 (副住職)

★お盆は7月13日(水)~16日(土)です。◎深川仏教会では、7月25日(月)午後7時より、深川高橋河畔(清澄通りと交差する小名木川)にて灯籠流しを行っております。一霊千円以上にて、仏教会灯籠に戒名あるいは先祖の名前を記して川に流します。陽岳寺で、受け付けております。

最終更新日 : 2013-07-20 15:37:29

No.128無常

陽岳寺護寺会便り平成23年8月1日No.128

無常

 小説家の村上春樹さんが、6月9日にスペインのカタールニャ国際授賞式のスピーチ「非現実的な夢想家として」原稿全文が毎日新聞の夕刊に三日間にわたって掲載されました。
 彼は、東日本で被災された日本人に対して、無常観という言葉を使っていました。
『我々は無常という移ろいゆく、儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。おおきな自然の力の前にでは、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています……」と。
 「しかし、それと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちたもろい世界にありながら、それでも、なお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです』と、記していました。
 そういえば、川端康成も、ノーベル賞のスピーチで、ものの哀れ、あるいは、ワビやサビの美意識をうたっていたことを思い出しました。無常観からわき出した言葉でした。

 あの東日本大震災後、原発の暴挙も含めてですが、日本は大きく変わったことを考えます。陽岳寺も、3月、4月、5月、6月、7月と、法事の回向中にこの問題を大きく取り上げました。そして6月の回向に、何が変わらせたのかと仮説を立てました。

《「東日本大震災後、多くの人が、人が生きる意味の問いに直面したのではないかと思います。その結果、今までの普通に暮らしていた日常の普通さを疑い、物質よりも絆、友、家族の意味を再構築しようとしているようです。
 昨年は、無縁社会が話題になっていましたが、震災以降は、何が人を動かすのか、動かされた私に意味を見出そうとしてるようです。
 たとえ原発の事故が収束したとしても、不安は20年30年と日本を覆います。そして津波の映像を繰り返し目撃した者にとって、寄せては引く波に、流され翻弄されたのは、私たちの普通の暮らしだったのです。
 それは、また、自然の驚異と、制御不能となった人間の欲求が作り出した原発の暴挙に翻弄されたものは、”私の中の死”ではなかったか。

 誰だって、あんなにむごい現実を見れば考え方や生き方が変わるものです。
 そして、本当に大切な物は、何だったのかと考えることを悟らせたような気がいたします。そこから、新たな希望や願いが生まれなければならないと、信じています。
 それは、自分の中にわき起こる生きるという希望であり、自分の中の死が、必死になって訴え、働きかけているといえないでしょうか?
 自分の中の死は、普段生きていることに追われて、それこそ、全く見えないことです。でも今回の地震や、原発不安、放射線の自然に与える影響を考えてみれば、自分の死や、家族の死が、一人一人の心の中に叫び続けていると考えることが出来るのです」と。
 そして自分の中の死を、あちら側と言い換え、あちら側はこちら側を根拠として在り、こちら側はあちら側を根拠として、同時に在ると喚起させました。その結果、あちら側のことがこちら側によって、決めなければならないと、それは、自分らしく生きよ!と心がけたのでした。》

 そこに、平成23年7月9日、毎日新聞朝刊で、「さようなら、私はお墓に避難します」という、南相馬市の93歳の老女の悲鳴が届きました。
 大きく破壊された町や村に住んでいる人たちの不安と悲しみは、未だに過ぎ去った傷を抱え込んでいます。惨状と悲惨さの中に暮らさざるをえない現実は、こだわり以前の悪夢のようです。その悪夢から一向に進まない現状では、今を生きることの辛さばかりが積み重なっています。
 無常を生きる日本人は、どう生きたらよいのでしょうか?
 
 村上春樹氏は、「我々は無常という移ろいゆく、儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。おおきな自然の力の前にでは、人は無力です。」と書いていましたが、移ろいゆく世界を、どこで眼にしていたのか、聞いていたのかと、不思議な疑問を持ちます。

 何故なら、自分自身の移ろいこそ、今回の東日本の大きな事件であり、渦中の中の流された私の移ろいこそ、悲惨だったからです。
 東日本復興構想会議から、震災への提言が平成23年6月25日に発表されました。そのタイトルは、まさしく「悲惨の中の希望」がテーマでした。
 これは、日本人おのおのにとって、悲惨の中の、混乱の中の、寂しさの中の、いたたまれない中の、辛さの中の、癒やされない中の、希望のことです。希望は芽であり、きっかけでもあるのでしょう。もちろん大きな希望であれば幸いですが、その希望は、つなぐことによって光がさしてくるといい、つながれていたとの気づきでもあります。

 さて、仏教では、眼は、眼自身を見ることできないと説きます。無常も同じです。無常も無常自身そのものを見ることも、聞くこともできません。
 なぜならば、移り変わるものを見つめる眼は、心は、移り変わらないものとしてあるからです。この関係を考えてみると、移り変わるものは、移り変わらないものを根拠として在り、移り変わらないものは、移り変わるものを根拠として、同時という世界に在るからです。仏教では、その同時を、中道(ちゅうどう)といいます。
 この対立している構造を、言葉を変えていえば、次のようになります。

 生きていながら生かされていることとは、生かされていながら、生きていることと同時です。これは、生きていることを自己肯定とすれば、生かされているは自己否定です。自己肯定しながら自己否定され、自己否定されたことで、自己が肯定されると。
 含んでいながら含まれている。見守っていながら見守られている。包んでいながら包まれている。部分で在りながら全体である。結ばれているから独立している。離れていても連帯している。選んでいながら選ばれている。失っていながら得たモノが有る。無心となっていながら満ち足りている。この関係こそ、色即是空・空即是色という般若心経の要素です。そして、この有り様の同時という視点こそが、揺れる心の無常世界を活きる智慧となるものです。

 なぜなら、これはすべてが、無心(自己否定という)を本質としているからこそですが、これはまた、金剛経の、AはAでないことによってAであるという関係です。
 妻は妻を否定することで、妻となる。妻の根拠は夫に在るといえば、夫を根拠にして、妻という立場はあるといえます。これは、夫も同様な関係にあるといえます。
 だから、妻は妻自身にはなれません。見えません。聞けません。無常と同じことです。

 世の中の意味が、対立しているもので成り立っているならば、無常の根拠は、無常でないものを根拠としてある筈です。それは、移り変わらないものとして、絶対や永遠ともいえるものですが、移り変わらないものとした、私たちの思い込み、独断こそが、無常を際立たせるともいえます。
 実は、本当に不思議なことですが、昨年から、断捨離というブームが、東日本大震災の伏線として、日本にあったのではと、奇妙に思えてなりません。この断捨離こそ、無常なるが故に、執着を離れるという発想でした。

 無常を見つめる常なる自分自身は、無常を含んで生きているという事実に、移り変わることが常とするなら、その常とする自覚から、我執や執着の事実から、解放されることこそ、無常を生きる智慧です。しかも解放された自己は、無常を根拠としながら、無常を離れている。
 東日本大震災こそ、無常なるものとするなら、想定外や独断から出る偏見こそ移り変わらないものとして、また困惑極めるものとして、証明されてもいます。想定外や独断、思い込みは、自己を省みるという否定を忘れたものだからです。
 またこうも考えることができます。無常は無常でないものに触れることで、無常を生きることができると。無常でないものとは、慈しみ、あわれみ、共に喜ぶ心、とらわれのない心とも考えることができ、突き動かされた私の心です。
◎7月のお盆は、暑かったものの、8月のお盆はどうなるのでしょうか?節電、放射線による汚染と、円高やユーロ不安、混沌とする世界を生きる智慧は、やはり、動かされた自分に気づくことでしょうか。それとも生きろと叫ぶ自身の死に気づくことからでしょうか。暑い夏、皆様ご自愛専一に、今するべきことに気づくことです。(和尚)

最終更新日 : 2013-07-20 15:38:22

No.129「物欲は世界を救う」か?

陽岳寺護寺会便り平成23年9月1日No.129

「物欲は世界を救う」か?

  新聞を見ていたら、下記の題をしたコラムがありました。
  「物欲は世界を救う」
  まさにキャッチコピー。世界経済を救うのは物欲だそうです。
  
  3月11日の地震・津波から、もうすぐ半年です。東日本大震災は、2011年のキーワードの1つです。
  とある現職知事は、震災に対する日本国民の対応について問われ、被災者の方はかわいそうだと言いつつ、「津波をうまく利用して、我欲を1回洗い落とす必要がある。(中略)これはやっぱり天罰だと思う」と語りました。のち発言を謝罪します。
  いわゆる「天罰」発言について、どのように扱うかは私たちの自由です。けしからんと切り捨てる、見て見ぬふりをする、前後文脈を見ないことには判断できないと保留する、よくぞ言ったと賛成する。何・だれに対しての、どのような発言か、見定める。
  
  たいせつなことは、どのように受け取り、どのように処理するか。
  
  本屋さんに行くと、スピリチュアル系(?)の書籍コーナーがあります。そして、そこに並んでいるのは、お坊さんたちの本。
  「心のお医者さん」、息苦しい世の中を生きるためのよすがを、お坊さん・仏教に求めているのでしょうか。
  日本の仏教は、最初の最初・・・お釈迦様がお悟りを得た時代のものとは、だいぶ違っています。大変な幅がありますし、それを許すゆとりがある宗教なのだと思います。しかし根本は同じです。
  その根本とは、人生とは悩むことであり、その苦しみからの解脱・お悟りは得ることが出来る。悩まなければ救われない。そこに禅宗の特色を出すならば、解脱・お悟りの方法は「坐禅」であるということです。
  では、お坊さんにしか解脱・お悟りは得られないのかというと、そうではありません。
  「行住坐臥」、動いている時も、静かにしている時も、すわっている時も、横になっている時も、いついかなる時も坐禅。ふだんの暮らしが坐禅・修行と言えます。
  臨済宗中興の祖、白隠禅師は「動中の工夫は静中に勝ること百千億倍す」とも言うほどです。
  
  最初の最初、原始仏教では、人の苦しみの原因を、自らの煩悩ととらえました。そして、解脱・お悟りへの道を求めます。
  三毒(さんどく)とは、仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、すなわち貪・瞋・癡(とん・じん・ち)を指し、煩悩を毒に例えたものです。
  貪とは、むさぼる心。瞋とは、怒りの心。癡とは、真理に対する無知の心。
  三毒にとらわれると、必要以上に求め、自分のちからが及ぶ範囲を知らず、怒り憎み、また求めます。その繰り返し、悪い循環におちいります。
  他人は自分をうつす鏡といいます。ひとは、ものや他人の姿を通して、自分と対話、客観視します。比較することではありません。
  坐禅も同じだといえます。姿勢・息・心をみつめることで、自分をみつめること。世界と一つとなり、また、一つ一つは別個の存在だと尊敬することです。
  
  坐禅とは、日常を点検、意識をもってみることです。
  
  「自分」にアプローチする方法として、『調身、調息、調心』という言葉があります。
  『姿勢を調えて、呼吸を調えて、心を調える』
  坐禅をする上での方法として、『調身(姿勢)→調息(呼吸)→調心(こころ)』という順番を意識することは、効果があると思います。覚えやすいですし、何より・・もっともらしい!
  ちなみに、『調身、調息、調心』は順番ではない、と思います。それぞれが自然・自分・世界への気付き・アプローチです。
  
  生きるために必要なこと「息をする」。
  いやいや、「息をする」だなんて、意志に関係なく呼吸はしている。当たり前のこと。条件として挙げるまでもないことでしょうか。
  食う着るところに、住むところ。人間の営みとしての衣食住は、お金が必要ですし、用意するのも消費するのも大変です。
  なればこそ、衣食住以前の問題として、「息をする」ことは当たり前ではありません。
  生きていることを保証された時間とは、一息の呼吸間だけですから。
  
  一息の間に、ひとは、動き、とどまり、休み、眠りにつき、楽しみ、悲しみ、生き、死に。地震・津波は起き、火災・水害も発生します。
  
  禅の考え方は、手の届かないところにあるのではなく、自分の日常の中にあります。
  そして、点検をしていきます。他人のことをいう前に、自分を見つめるようにいいます。
  
  人は知らずに鬱憤とした気持ちを抑えていたり、ストレスを抱えていたりするかもしれません。何かがきっかけで、抑えきれなくなることもあるかもしれません。
  出来ないときは出来ないし、嫌な感情が起こるときもあるでしょう。そんな自分が嫌で認めたくないことも。自分は他人より優れているはずだ。もしくは、自分という存在なんて毛ほどの価値も無い。
  どちらも同じことです。他と比較してしまうが故のこころです。
  
  あとになって思うことって、あると思います。なんであんなことを、あんなにこだわっていたのか、怒ってしまったのか。もちろん後悔したっていい。怒ったっていいんです。
  物欲がありすぎても、なさすぎても、いいのかもしれません。ただ、そんな自分もいるのだと、気付くことが出来れば。どちらも同じ自分です。どのように受け取り、どのように処理するか。
  では、いざ自分が選ぶとき、どうしましょうか。
  
  「物欲は世界を救う」でしょうか。
  部屋がもので溢れないと分からないでしょうか。全部捨てきらないと分からないでしょうか。
  
  どちらも、同時に、存在します。選んだのか、選ばれたのか。不安定で、揺れるこころを鎮めることは大切です。立ち止まることです。同時存在という成り立ちの中に、人は生きています。
  その成り立ちを考えると、先に逝った親しい人たちを思い、仏壇・遺影・墓前の前にたたずむのかもしれません。                             (副住職)
◎秋の彼岸は9月20日(火)から26日(月)までで、お中日は23日(金曜日・祝日)です。

最終更新日 : 2013-07-20 15:39:36