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はじめに

 家庭・地域・学校・会社・団体・施設など、規模の違いこそあれ、さまざまな場所で、さまざまなトラブルが起こるたびに、その対策が話し合われます。トラブルの原因そのものがコミュニケーションの方法にある場合も少なくありません。しかも、対策を話し合う過程で、コミュニケーションの方法に起因する対立が起これば、改善どころではなくなってしまいます。これらのトラブルを予防したり、解決するためには、コミュニケーションの質を高めて、関係者の対人関係を向上させる知恵と努力が必要でしょう。
 私の経験から言うと、人間関係のトラブルは、たいていの場合、だれかが本音を言ったところからはじまります。そこで、その危険性を知っている人は、本音を言わないように気をつけます。しかし、それが度を越すと、ストレスがたまります。程度問題ではありますが、本音を言うこと自体はわるいことではないはずです。それどころか、心の健康にとって大切なことです。人間は、本音を言うことによって起こるかも知れないトラブルによるストレスと、本音を言わないことによるストレスを、いつも心のなかの「はかり」にかけて、言動を決めているのではないでしょうか。
 人間関係において、感情の衝突が起こったり、摩擦が生じる原因の一つは誤解です。誤解からトラブルに発展することが多々あります。また、トラブルにいたらないまでも、毎日の生活をより快適にしたり、組織内での伝達ミスに起因する事故を予防するためにも、誤解はできるだけ防がなくてはなりません。
 誤解の原因の一つに、先入観や偏見による思い込みがあります。そこで、しばしば、「思い込みをなくしましょう」と言われますが、心がけだけではなかなか防ぎようがありません。なぜなら、だれでも、「自分は思い込んでいない」と、それこそ「思い込んでいる」のですから……。相手を傷つけるような本音や誤解、思い込みをなくそうとする努力は大切なことです。しかし、その一方で、多少これらがあっても、それが大きなトラブルに進展しない方法を身につけることが重要なのです。
 そこで、トラブルの少ない、よりよい人間関係をつくるコミュニケーションスキルとして、従来から、傾聴(active listening)の重要性が指摘されてきました。傾聴とは、相手の言葉に耳を傾けるのはもちろんのこと、その言葉の背後にある気持ちをも感じとるような「聞き方」のことです。また、傾聴は、聞くだけでなく、自分が理解した内容を相手に確かめるための応答を含む意味で使われることがあります。その場合は、「積極的傾聴」とか「能動的な聞き方」と呼ばれることもあります。多くの場合、後者の意味で使われることが多いので、この本のなかでも、「傾聴」と書いたときは、「応答を含む」ものを意味することにします。なお、「きく」には、「聞く」と「聴く」など、いくつかの漢字が当てられており、それぞれの意味に微妙な違いがあります。しかし、この本のなかでは、煩雑さを避けるために、「聞く」に統一して記します。
 傾聴には、誤解を防いだり、相手とのラポール(親密な信頼関係)をはぐくむはたらきがあります。そこで、以前から、専門家のあいだでは、あらゆる人に役立つコミュニケーションスキルとして、傾聴の有効性が知られていました。しかし、まだ社会で広く実践されるには至っていないようです。その理由の一つは、専門家以外の一般の人にとって、傾聴の概念や技法が難しいからではないかと、私は考えています。
 そこで、傾聴の概念と技法から重要なところだけを絞り込んで、具体的かつ簡略化したのが、これから話す〈対話法〉です。浅野によって考案されました。「自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」ことを原則にしています。日常の会話のなかで、必要なときに、この原則を守ることにより、傾聴と同様、誤解を防いだり、信頼関係をはぐくむはたらきがあります。
 〈対話法〉の原則の後半の部分が、従来の傾聴に相当するのですが、〈対話法〉では、この概念と技法を、新たに「確認型応答」と名づけました。傾聴という呼び方では、「耳を傾けて聞いた」あとの「応答」の重要性がぼやけてしまうからです。このように、〈対話法〉では、対話の原則を明確にしたり、新しい用語を取り入れたことにより、傾聴とくらべて技法の理解と習得が容易になりました。
 以上が、〈対話法〉の概略です。この本では、考案者の浅野が、一般の人を対象として行なった研修会の様子を再現する形で〈対話法〉を説明しています。この本を読んだ人たちによって〈対話法〉が全国各地に広がることにより、快適な人間関係に裏打ちされた、安全で住みやすい社会が実現することを願っています。

              2007年 初夏
                                 著者

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