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週刊文春のデザイン


ゴハンとか食べに行ったり、病院の待合いなどで何気なくパラパラと読む週刊誌を時、なぜか週刊文春がしっくりときます。個人的に大好きなページは伊藤理佐さんのおんなの窓。そのページでコラムを書いているのがイラストレーターでありグラフィックデザイナーでもある和田誠さんです。30年以上表紙を描き続けているのであーあのイラストかぁ、と思い出すと思います。雑誌と言えば写真にたくさんのキャッチコピー、見出しなどがあるのが普通だと思いますが週刊文春はタイトルと日付のみです。そして、そのイラストも中身とは無関係の和田誠自身が見たり、心にとまった事。極めて個人的な世界です。個人的ですが、デジャブというかどこかで見たことのあるような共鳴しやすいイラスト。デザインといえば、最大公約数の人に手にとってもらうための工夫だった り、中身を格好良く伝える手法だったり僕の言い方で言えば、上から押さえつけるような感じが多いのですが、週刊文春はそういったデザイン的な、地点から遠く離れた所にいてでも、とってもデザイン を感じます。うまく言えないのですが、デザインで伝えるのではなくメルヘンがデザインに恋している、そういうマジッ クな状態。ふと、そこに週刊文春が置いてあって、引き寄せられて手に取 る。そんな感じ。デザイナーって小難しい事考えてるけど、もしかしたら何も出来ていないんじゃないという、そんなデザインに 対する挑戦状かもしれません。ちなみに週刊文春のロゴタイトルも和田 誠さんによるデザインです。(他にたばこのハイライトのパッケージデザインなど)

お酒のデザイン


スーパーで買い物をしている時、美しいと思う売場はありますか?僕にとっては、お酒売り場が一番美しい。日本酒、ウイスキー、ワイン、焼酎etcどれを見ても、だいたい美しいデザインです。ビンはいつも美しいラインを描いている、ラベルは、どれも意匠に凝っていて美しい。品があるのに、エキサイティングなデザイン。キャップやワインの栓など小物にまで意匠は凝られていてコレクター心をくすぐる。日本酒などは、繊細な模様が多く、心奪われる。剣菱のようなシンプルさもモダンだ。洋酒にもヨーロッパの風格漂う繊細細な模様が多く、心奪われる。剣菱のようなシンプルさもモダンだ。洋酒にもヨーロッパの風格漂う繊細な図柄が多い。ただ、こういった酒類でときどき残念なのがデザインしましたといった感じの今風のデザイン。これはシンプルで浅はかなモノが多い。賞を取ったようなデザインでもコンセプトに合わせて整理された感じがして売り場コーナーの中でも少々物足りなく感じる。でもビールなんかは、デザイナーらしい今風のテイストでも、カッコイイと思えるモノが多い。皆さんもスーパーのお酒コーナーにプチ美術館気分で行ってみると楽しいですよ!

タグのデザイン


着心地が好きなので時々、無印良品で白のTシャツを買うのですが、よく見てみると首の後ろのタグがいつのまにか無くなっていました。前々からTシャツのタグがじゃまで切ってしまう事が多かったので、たいへん助かっています。と、たかがタグの話なのですがされどタグだと思うのです。Tシャツは肌に近い衣類だからこそ、その人にあった着心地が重要だと思うのです。健康な人はもちろん、寝たきりの方もストレスに過敏な方も幅広い人が、長い間着るものだからこその着心地の大切さ。たかがタグでも寝たきりの方もストレスに過敏な方も幅広い人が、長い間着るものだからこその着心地の大切さ。たかがタグでも寝たきりの方にとっては、大きなストレスかもしれません。2000 年以降の無印のリッチなデザインされた、世界観があまり好きになれませんでしたが見直す良いアイテムに出会えました。

不揃いのデザイン


妻のお父さんの畑でじゃがいもが採れました。結構不揃いです。ですがちょっとだけ心が動いたので、そのことについて書きます。いわゆるスーパーに売っている揃った大きさとは違って、大きさはバラバラ、しかも形もバラバラ。でもどこか憎めない美しさが僕には感じられます。いや、そう感じたから写真に撮ったのです。デザインされたものだけじゃなく、今売られているモノの多くには無い美しさ。デザインという作業は整理してまとめて揃えて、また整えるみたいな作業が多く、いつのまにか揃えることが、デザインみたいな事になってしまうことが多く物事の本質や目的、かたちの美しさをいつのまにか削っていく事があります。CMがだじゃれを入れると成立しやすいように、整理するとデザインが成立するみたいな錯覚が起きないように、気をつけたいと思います。

バリアフリーのデザイン


どんな人でも公平に使いやすいユニバーサルデザインという言葉が広まってずいぶんと経ちました。本当に素晴らしい事だと思います。デザイナーとして、一人でも多くの人に伝えたいことの一つです。一方バリアフリーデザインやノーマライゼーションという言葉は、ずいぶんと影を潜めた気がしています。ハンディキャップ(障害)のある人の為にというこのデザイン概念は70年代〜90年代に非常に注目され、デザイン誌でも特集され多くの本が出版され、僕の心も熱くしました。特に70年代以降に、でく工房を中心とした当時の若者たちが小さな木工所で始めた何十という工房の活動は、注目されていました。個人的には重度障害者向けのオーダーメイドというシステムに今後の展望を感じます。なんで今こんな事をいうかというと最近、いろんな若い人と話す機会があって、少し熱血が足りないなと思ったからです。デザインって思想や目標的には70年代から止まっている気が、いつもしていて。昔の雑誌「デザイン」とか読むと超熱いんですよ。バリアフリー1つとっても、まだスタートライン。デザイナーが、デザインが、世の中に活躍できる場はいっぱいあります。ありすぎます。ましてやワールドワイドな時代ですから世界に向けてのバリアフリーデザインの活動だって視野にとらえたって良いわけですから。体の傷害(バリア)だけではありません。心の病気も近年では注目されています。そして、本当のバリアは自分自身の心の壁にあるのだと思っています。僕自身もデザインする時にそんなことを思い描いて僕なりの答えを見いだそうとはしています。文字で言うと読みやすさよりも、気持の伝わりやすさを重視するだとか。なにがバリアなのか?なにがユニバーサルなのか?もう一度若いデザイナーが熱く結集するみたいな事が増えると面白いです。

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