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出会い

2013年7月11日 新宿


 17時30分。
 指定された場所には30分前に着いた。
 早すぎるとも思ったが、何よりも相手よりも先に来て様子を窺いたかった。
 正直言って僕はまだ信用していない。
 今日は就職活動のアドバイスをしてくれるという社会人と会うことになっている。
 他ならぬポニーの紹介だ。

 ポニーの申請を承認した次の日、早速ポニーから長文の返信があった。
 2か月越しでびっくりしたこと、ポニーもまだ就職活動を続けているということ、秋採用に向けた意気込み、そんな内容がつらつらと書かれていた。
 そして最後に「沖田さんはもう就活終わりましたか?」と小さな字で書かれていた。
 正直、承認して頼ろうとしたことを悔いた。
 暇なのか?友達いないのか?話し相手が欲しいだけなのか?
 付き合いきれない。
 迷った挙げ句、僕は経緯はさておき「まだです。」とだけ返信した。
 いきなり、ほとんど見ず知らずの人間に内情を話す気にもなれなかったが、承認しておいて、いきなり返信しないのもどうかと思ったからだ。
 そんな僕の思いとは裏腹に、翌日ポニーはまたも長文メールを送ってきた。
 6月にある人に出会って自分の就職活動に対する考え方が大きく変わったこと、それから内定はもらえないまでも最終面接までは残れるようになったこと、就職活動中に知り合った学生にその人と会うことを勧めたもののほとんど断られたこと、でも、ポニーの勧めの通りにその人に会って内定をもらった人もいること、などなど・・・。
 とにかく、僕もその人に会うと良いということが延々と力説されていた。
 僕にはただの怪しい人物にしか見えなかったが・・・。
 ただ、ひとつだけ気になったことがあった。
 ポニーの押しの強さだ。
 2か月前のグループワークだって、その後の喫茶店での会話だって、ポニーは常に人の意見に同調するだけの気の弱そうな女の子だった。
 あのときの印象しかない僕からすると、この長文を送ってきているのは別人としか思えなかった。
 会話している僕とは明らかに違うテンションで送られてくる嫌がらせかと思うような長文だったが、不思議と悪意は感じなかった。
 とにかく、誰かの役に立ちたいと思って必死なのだろうと感じた。
 そこに興味が湧いた。
 ポニーは就職活動に対する考え方が変わったと書いていた。
 しかし、僕にはポニーの性格自体が変わったように見えた。
 もしかしたら、あのグループワークでは緊張で本当の姿が出せていなかっただけかもしれない。
 この押しの強さが彼女の本当の姿なのかもしれない。
 でも、僕にはそうは思えなかった。
 彼女は変わったのだ。
 きっかけは恐らくその怪しい人物なのだろう。
 その怪しい人物が自分にとって有益な情報を与えてくれる可能性はあまりないと何の根拠もなく思ったが、ポニーが変わった理由が分かれば自分も変われるような気がした。
 何かきっかけがつかめるかもしれない。
 それに、会社選びも進んでいないのだから、仮に収穫がなくても半日程度なら状況は何も変わらないだろうと思った。
「会ってみます。いつなら都合がいいですか?」
 と、また味気ない返信をした。

「あ、沖田さん。お久しぶりです。」
 待ち合わせの15分前だ。
 ポニーがやってきた。
 相変わらずのポニーテールだったが、あのグループワークの日と比べると少し痩せたように見えた。
 先にポニーが来てくれたのは僕にとってはありがたかった。
 いきなり怪しい人物と2人で会うのも気が重い。
 そう思い、ポニーに同席してもらうように頼んでおいたのだ。もちろんポニーの変わりようを確認したいという目的もあった。
「お久しぶりです。今日はありがとう。」
 とりあえずの社交辞令。
 そんなことも気にせず、ポニーは満面の笑みで答える。
「いえいえ。お役に立てるなら、むしろ私が嬉しいです。ありがとうございます。」
 よほど、その怪しい人物を信じきっているのか、僕の役に立つ前提だ。
 ただ、前よりもかなり明るくなったように見える。
 会ってみて確信したが、彼女は以前の彼女とは違うようだ。
「それが、荻原さん、仕事が長引いて30分くらい遅れるそうです。」
 荻原というのはその怪しい人物の名前だ。
 遅れてくると聞いて少し拍子抜けした。
「あ、そうなんですか。」
「ずっと立って待っているのもなんですし、先にお店入っていませんか?荻原さんには私から連絡しておきますから。」
「あ、そうですね。じゃあ、そうしましょう。」
 主導権を握られているような気がして少し戸惑いを感じながらもポニーの後に付いて店に入った。

「沖田さんはあの後も就活続けられていたんですか?」
 席につき、注文をしたところでポニーから質問された。
 そういえば言っていなかった。
 髭夫のことを知っているポニーだけに言いにくかったが、今日その荻原なる人物には話すことになるだろうと思っていたので、包み隠さずこれまでの経緯を話した。
 ただ、バイト先からのオファーの件については、ポニーも就職活動中なので黙っておいた。
「そうなんですかぁ。」
 ひとしきり僕の話を聞いて、ポニーは感心したようにそう言って続けた。
「でも、すごいですね。そうやっていろんな方向にチャレンジできるって。」
 意外な感想が帰ってきてびっくりした。
「いやいや、全部中途半端になっているだけだから。」
 良く考えると、前に会ったときもそうやって相手に合わせて褒めるのは得意だった気がするが、自分では汚点だと思っていたことを肯定的に捉えてもらって恥ずかしくなり、そう答えるのがやっとだった。
「私なんて、ずっと就職活動しかしていないですよ。勉強できないんで、大学院とか公務員の選択肢はもともとなかったですし・・・。やっぱり沖田さんみたいに良い大学行っている人は違いますね。」
「むしろ就職活動を続けられる方がすごいと思うけどね。精神衛生的にも長期間は無理だなぁ・・・。」
「そうですか?
 でも続けても結果的に内定取らないと意味ないですよ。メールでも書きましたけど、なかなか最終でうまくいかなくて・・・。荻原さん紹介した人の方が先に内定もらって追い抜かれちゃったりしてますし。」
「じゃあ、僕も宮村さんを追い抜けるように頑張らないとね。」
「それはだめですよぅ・・・。本当に簡単に追い抜かれちゃいそうですし・・・。」
「ははは。とにかくどっちが先とかじゃなくて、お互い内定取らないとね。」
「そうですね。」
 ふと会話を楽しんでいる自分がいてびっくりした。
 励ますと喜ぶ、追い詰めると悲しむ、そんな素直な反応をされるのは久々だった。
 よく考えると、こうやって人と他愛もない話をするのは久々な気がした。
 大学で友人には会うが、やはり進路が決まっている人とそうでない人では話のトーンに違いが出る。
 話をしていても、僕の頭は将来への悩みが大部分を占めていて、まともに会話を楽しめていなかったのかもしれない。
 そういう意味では、同じような境遇にあるポニーだからこそなのかもしれない。

 その後は、ポニーの就職活動の話を聞いていた。
 というか、ポニーが怒涛のごとく話をしてきたので、僕は聞き手に回るほかなかった。
 あっという間に時間は経って、荻原という男がやってきた。

「沖田君ですね。はじめまして。荻原です。今日は来てくれてありがとう。」
 痩せ型で長身の男だった。
 黒のプラスチックフレームのメガネをかけて、若干の茶髪。
 何か業界人のようにも見える風貌に、どこか余裕のあるオーラを漂わせていた。
「こちらこそありがとうございます。きょ、今日はよろしくお願いいたします。」
 緊張して言葉が堅くなっているのが自分でも分かった。
 こんなのいつぞやの面接以来だ。
 見ず知らずの人間に自分の内情を話すのだから仕方ないとは思うが、さっきまでポニーと談笑していた手前、恥ずかしさの方が大きかった。
「そんな、緊張しないでいいですよ。といっても難しいかな。」
「そうですよ。荻原さん。私なんて初めてお会いしたときはガチガチでまともに話せなかったじゃないですか。」
 ポニーがフォローのつもりか割って入る。
「そうだね。友子ちゃんは確かにそうだったね。逆にオレも困っちゃたからね。」
 2人して顔を合わせて笑っている。
 友子ちゃんとは随分馴れ馴れしいとも思ったが、そんなことはどうでもいい。
 それ以上に何を聞かれるのか、何を話してくれるのかが気になった。
 ここに来る前はさして期待していなかったが、いざ会うと、せっかくなので良い情報が欲しいと思ってしまう。
「さて、いきなりいろいろ話してと言ってもなんだし、オレの自己紹介から始めさせてもらうね。」
 荻原さんはそう切り出した。
「荻原真(おぎわらまこと)です。年齢は25歳。人材派遣会社で働いてます。2年半くらい前に入社してずっと営業やってて、他の職種の経験はないけど、お客さんが多岐にわたるから、そこそこいろんな業界とか職種のことが分かると思う。だから、何でも気兼ねなく聞いてくれたら良いよ。もちろん、分からないこととか答えられないこともあると思うけど、できる限りの範囲で答えるから。」
 意外と若いなと感じた。
 改めて風貌を見れば年相応にも見えるが、それ以上に落ち着きを感じるからだろうか、30近くだと思っていた。
「あ、いきなり、的外れな質問かもしれないですけど・・・。」
 向こうは話を続けようとしていたが、どうしても気になることがあった。
「ん?何?何でもどうぞ。」
「荻原さんは派遣会社にお勤めとのことですけど、何でこうやって就職活動の支援みたいなことをしているんですか?派遣社員の斡旋とかなから何となくしっくりくるんですけど・・・。」
「お、いきなり良い質問だね。
 実は、オレ起業しようと思っているんだ。というか、学生のときからこうやって就職活動の支援をする会社を建てようと思っていてね。社会勉強も兼ねて今の会社に就職したけど、できれば早く起業したいし。
 そのためにも、今の就活生がどういう考え方で就活をしているのか、どういうアドバイスを必要としているのか、オレも知っておきたかったからね。こういう活動をして、準備をしているわけ。」
 意外な回答だった。てっきり人脈とか就職できない学生を派遣社員として囲い込むとかそういう理由なんだろうと勝手に決め込んでいた。
 それと、同時にこの人にも自分のやりたいことが見えているのだと感じ、羨ましくなった。
 荻原さんは続けた。
「だから、沖田君も何も気兼ねなく話してくれた方がオレも嬉しいし、その分いろいろアドバイスみたいなこともできると思うから、沖田君にとっても有益だと思うよ。」
「はい。分かりました。」
「じゃあ、これからはできる限り沖田君の話を聞きたいんだけど、まずはこれまでどういう就活をしてきたか教えてくれる?」
「はい。」
 僕は、自分がコンサル会社を中心に就職活動を始めたこと、最終面接まで残ることはあったが結局どこからも内定がもらえなかったこと、自分のやりたいことが見えなくなってとにかく手当たり次第有名な会社の選考に行ったこと、結果やはり内定がもらえなかったことなどを話した。
 荻原さんはうんうんと相づちを打ちながら熱心に聴いていた。
 就職活動について聞かれたので、大学院のくだりはとりあえず話さず話を切った。
 ポニーは最後まで話したらどうかというような目線でこちらを伺っていたが、荻原さんもいったんの区切りと見て口を開いた。
「なるほど。コンサルでいけると思ったけど、うまくいかなくて、ズルズルと来てしまったって感じかな?」
「はい。そんな感じです。」
「いまも同じように就活しているのかな?」
「いえ、一時期休んでいました。最近再開したばかりです。」
「そうなんだ。休んでいる間は何をしていたのかな?」
 結局話すことになった。
 僕は大学院に行こうと思って就職活動をやめたこと、その一方で周りの同期たちが内定を取っていき、自分の頑張りが足りなかっただけなのかと思い始めたことなどを話した。
 悩んでばかりいる自分を人に見せるのには抵抗があったため、ところどころ話を省略しようとしたが、荻原さんから質問され仕方なく結果的には経緯のほとんどを話すことになった。
 そんなに根堀葉堀聞かなくてもいいだろうと少し苛立ちを感じた。
「なるほどね。ありがとう。
 オレがいままで相談に乗った学生にも、就活がうまくいかなくて大学院に切り替えた人は何人かいたよ。」
「そうなんですか?」
 自分の周りにはあまりいなかったので、少し気持ちが和らいだような気がした。
 話しても良かったのかと思いかけたが、
「うん。そのまま大学院に行った人がほとんどだったけどね。」
「えっ?」
 今度は迷ってばかりいる自分を責められているような気がした。
 一瞬心が緩んだだけに、急な緊張に脈が速くなるのを感じる。
「いやいや。だからといって、沖田君が良いとか悪いとかっていうわけじゃないんだ。」
「はぁ。」
 慰められたり脅かされたり、ひどく疲れる。
 ポニーはさっき僕がそうやっても普通に素直な反応を返していたが、僕はそうはなれなかった。
 漫才でいうところのボケとツッコミではないが、人間にはタイプがあって、相性がある。
 ポニーと荻原さんはタイプが違い、合うのだろうが、僕は荻原さんとは合わない気がしてきた。
「さっき自分でも言ってくれていたけど、確かに話を聞いていても、沖田君自身がどうしたいのかが分からないっていう感じがするね。」
 そうだ。だから僕は悩んでいるのだ。
 ああしたらいいのではないか、こうしたらいいのではないかという解答がもらえれば良いと思って、続く荻原さんの言葉を待った。
 人としての相性がどうであっても、それさえ教えてもらえればいい。
「そういうのを明確にするためにも、ひとつ質問させてもらっていいかな?」
「何でしょうか。」
「沖田君は何で就職しようと思うのかな?」
「え?」
 僕が欲しがっているものは出てこなかった。
 そして、不可解な質問をされた。
「それは、基本的にはみんな大学を卒業したら就職して働くじゃないですか。中にはミュージシャンとかの夢を追いかけてフリーターやる人もいますし、司法試験とかを目指して勉強する人もいますけど。僕だってニートにはなりたくないですし・・・。」
 何とか答えるが、荻原さんはやはりという顔をした。
「それだと、就職することに対するモチベーションが後ろ向きだよね。もう少し前向きな理由はないかな。言い換えると、人がどうしたからとか誰かに何かを言われたからとかじゃなくて、自分がこうしたい、みたいな。そういうの。」
「・・・。そうですね・・・。」
 思い当たらなかった。
 だが、それは前から分かっていることだ。何をしたいのか分からないから困っているんだ。
「でも、先ほどもお話した通り、社会に出て何がしたいか分からないので悩んでいるんです。それが分かったら志望先も決まっていると思うんですが・・・。」
「確かに、沖田君からはさっき社会に出て何がしたいか分からないという悩みを共有してもらったよ。でも、そもそもどうして社会に出るのかについては聞いていないよね?やりたいことがあるから社会に出るというのなら分かるけど、やりたいことがないのに社会に出ようとしている感じなんだ。細かいことかもしれないけど、それってやっぱり何かちゃんとした理由があるはずなんだ。おそらく、そこがあやふやだから大学院と社会人で迷っているんだと思うんだよね。」
「うぅん・・・。」
 僕にとっては社会に出る理由も社会にでてやりたいこともそんなに変わらない気がした。
 やりたいことがあるから社会に出る。
 やりたいことを見つけて社会に出る。
 結局は同じじゃないか。
 そもそも、これでは僕が悩んでいることを別の言葉にして聞き返しているだけで、何も解決しないではないか。
 やはり、期待には応えてもらえないようだ。
 僕の中でひとつの結論が出た気がした。
 僕が黙っていたので、荻原さんは話を続けたが、もうほとんど頭には入ってこなかった。
「確かに、沖田君の言うように結果的には社会に出てやりたいことがあるというのが就職する理由になるかもしれない。でも、学生のうちは社会に出て具体的に何をやるのかっていうのが見えていないケースが圧倒的に多いんだ。話を聞いている感じだと、沖田君も例外じゃないと思う。オレもそうだったけど、仕事ってどんなものなのかとかを知ろうと思ってインターンにいったり、OB訪問したりするんだけど、結局就職するとイメージとは違ったりしているもんさ。
 でも、就職する理由はやりたいこととは別で、もう少し別の角度から考えれば見えてくるはずだよ。
 親から独立したいという人もいるし、社会に出て何かに貢献したいっていう人もいる。憧れの先輩みたいになりたいってその人を追いかけていく人もいるし、車とか買いたいものがあるから安定的にお金を稼ぎたいっていう人もいる。人それぞれさ。でも、みんなそうやって自分の内側からその理由が出てきているんだ。周りがそうするとか、親に言われたからってわけじゃない。
 だから、さっき沖田君がミュージシャンや弁護士とかを目指して就活しない人がいるって言ってたけど、沖田君だって、選ぼうと思えばそういう道が選べるんだ。もちろん大学院に行くっていう選択も。このタイミングで就職して社会に出るというのはあくまで数ある選択肢の中のひとつであって、そうしなくちゃいけないものじゃないよ。
 もちろんどれかひとつの道を選ぶからには、どの道でもそれぞれ得られるものと得られないものがある。だから、いままでやってきたことと、いまやりたいと感じること、そしてそれをやった結果、実現したい将来、それらを踏まえて自分がまず1年後に何をするかを選ぶのが自己分析であって就活なんだ。
 沖田君が将来何をしたら良いかはオレにも分からないし、沖田君自身も分からないから悩んでいる。でも、直近でどうしたいかと将来どうなりたいかは、沖田君のこれまでの人生を追いかければもう少し明確に見えてくるはずだよ。」
 荻原さんは僕に話をしていたが、視界の片隅でポニーが感心しているのが見えた。
 なんだか余計に聞く耳を持てなくなる。
 荻原さんとポニーで僕を否定しているように感じる。
 荻原さんが熱心に話している間、僕はうつむいたままうなずいていた。
 僕が聞き流しているのを感じ、荻原さんは話を切った。
「ごめん、ごめん、オレばっか話してしまったね。」
「いえ。」
「でもやっぱり、就職する理由、沖田君自身がもう一度整理した方が良いと思うな。その目線で考えればもしかしたら自分のやりたいことが見えてくるかもしれないし、志望会社の選定もスムーズになると思う。」
 うんうんと頷きながら、ポニーが割って入っていた。
 僕と荻原さんの会話だけでは空気が重いと感じたのかもしれない。
「私もそのおかげでここまでこれましたしね。沖田さんも是非やってみてください!!」
 ポニーが変わったのは、もしかしたらこういうことを突き詰めて考えたからかもしれない。僕がやっても同じように変われるかもしれない。
 でも、いまは素直に受け止められなかった。
「今日はここまでにしようか。」
 荻原さんがそう言って、この会合は終わりを迎えた。
 帰り際まで荻原さんは僕を応援してくれた。
「自分と向き合うのはつらい事も多いけど、頑張って。悩んで就職する理由が見えてこなかったりしたら連絡くれれば相談に乗るからね。今日は会ってくれてありがとう。」
 やはり素直に受け入れられなかったが、「ありがとうございました。」とお礼だけは言って帰路についた。

 やっぱり人に頼っても答えが出るわけではない。
 一方的に責めたてられるかのように、自分のこれまで考えていたことが否定されたような気がして、面接で不合格をもらったときと同じような気分になっていた。
 就職する理由だって、別に何だって良いじゃないか。
 よく考えれば、年も3つくらいしか変わらない初対面の人から偉そうに否定的なことを言われ続けたのだ。
 非常に惨めだと思った。
 落ち着けないまま家に帰り、シャワーを頭からかぶった。
 荻原さんは自分で考えるしかないと言っていた。
 人に頼ってみようと思って今回の会合に挑んでみたが、想定していたのとは大分異なる結果になった。
 僕の考えが甘いのかもしれないが、やはり否定されることに極度の恐怖を感じていた。
 自分で考えてもダメ。人に頼ってもダメ。
 どうしたら良いのだろうか・・・。
 勇気を出して踏み出した一歩目からくじけてしまい不安は増大する一方だった。
 シャワーが不安も一緒に流してくれればいいのに。
 いつもより長めにシャワーを浴びてベッドに入った。
 朝まで思考の堂々巡りは続いた。


再開

2013年7月17日 自宅


 バイト先から言われた期限まであと2週間。
 決断しなくてはいけないときが近づいてきている。
 僕は徐々にそれを強いプレッシャーとして感じ始めていた。
 でも、決して悲観に満ちた追い込みではなかった。
 荻原さんに会った日からおよそ1週間、僕はどうしたら良いか悩みながらも、とにかく行動を起こした。
 あの日、今までの就活のやり方を変えて人に頼ろうとした。そして、期待に反して結果は出ずに打ちのめされたが、あくまで荻原さんとの相性が良くなかっただけなのではないか。その可能性は否定できなかった。
 他の人にも相談したりすれば、自分の求めているものを与えてくれる人がいるのではないか、次の日にはそう思えるようになっていた。
 以前よりも前向きになっているような気がして、すぐに行動も起こせた。とにかく今すぐに相談できる人や機会を求めて活動した。
 春に就職活動をしているときのように毎日会社説明会に行ったりしたわけではないが、1週間行動を起こすことで少し前に進んでいる気がする。
 今日も相談できる場所を探そうと思う。
 もう一度将来について考え抜こうと思ってから、主に企業研究をやってきた。
 それは、バイト先への就職と就職活動を天秤にかけるために他の企業を知る必要があると思ったからだが、結局自分がやりたいことが見つからないため、企業を選定する軸が見出せず、バイト先と他の企業との比較ができていない。
 やはり、順番としては自分がやりたいことを見つけなくてはならないのだ。
 そしてそのために人に相談することを僕は選んだのだ。
 パソコンの電源を入れる。
 そういえば、荻原さんからメールが来ていた。しかし、どうしても開く気がせずに開いていない。
 開くとまた否定的なことを言われるのではないかという想像が僕を支配していた。
ポニーからもSNSを通じてメッセージが来ているかもしれなかったが、やはり開かなかった。
 パソコンが立ち上がるまで、この1週間を振りかえった。

 荻原さん以外の人にも相談してみよう。思い立ったら吉日というわけではないが、僕は大学の就職相談室に初めて顔を出した。
 就職相談室が主催で開催している企業紹介セミナーにはよく参加したが、就職相談室自体は何か最後の駆け込み寺のようなイメージがあり、当時行こうとは全く思わなかったし、結局来ることになるとは想像もしていなかった。
 奇しくも会社紹介セミナーでもらった就職相談室の紹介チラシが自宅の机に残っていたため、行ってみようと思い立った。
 単なる就職相談だけでなく、模擬面接や模擬グループワークなどもやっているらしい。
 面接もグループワークも基本的には自信があった。ネットや本で勉強し、会社説明会のグループワークも主導権をとって進めることができたし、以前実施していた就職活動でも大きく失敗したと感じることはなかったので、大学に頼るという発想はなく、こういった施策をやっていることも知らなかった。
 改めて大学もいろいろ考えているのだと思ったが、残念ながら今まで自分が読んだ就職活動のノウハウ本やネットの記事の内容を超える話は聞くことができなかった。
 逆によく調べて勉強しているのだから、その調子で頑張れば結果はついてくると言われた。
 就職相談というよりは、企業の紹介や就職試験訓練の色が強いと感じた。
 必要なときに行けばうまく活用できるかもしれないが、今は必要なかった。
 唯一収穫があったのは、大学のOBを紹介してもらったことだった。
 僕よりも5年先輩で、就職活動中よく就職相談室に通っていた人らしい。
 それだけ就職活動で苦労したことになるが、苦労を知っている分、アドバイスも適切なのではないかという話だった。
 一理あると思い、アポイントを取って見ると、幸い翌々日に会えることになった。

 翌々日、7月14日、大学の試験を終え、僕はその先輩と会った。
 親身に相談に乗ってくれて、精神的に非常に楽になった。
「沖田君は実際に第一志望の会社で最終まで残っていたんだし、間違ったことはしていないと思う。面接で話した内容を聞いても別に変なことは言っていないと思うし」と僕のやってきたことを認めてくれた。
 また、「やりたいことが見当たらないときは辛いけど、こうやって人に会って話していくと消去法みたいに絞れていって、徐々に見えてくるんじゃないかな。オレもそうだった。」と今始めた活動についても肯定的だった。
 自分が間違っていないと言ってもらえて少し自信を取り戻したが、その一方でやりたいことが何であるのか相談しても、「あれは?これは?」と案は出してくれるが、僕の心に刺さるものはなかった。

 昨日も秋採用に向けた就職セミナーに行った。
 就職相談コーナーに行ってみた。
 コンサルがしたかったのなら、秋の採用があって経営企画の仕事ができる会社はどうかと勧められ、その会社の詳細について話を聞いたが、自分は本当にその仕事がしたいのかという疑問に対する回答はでなかった。
 各企業のブースにも顔を出して話を聞いたが、ピンとくる企業はなかった。
周囲の学生たちは切羽詰るような印象で、どこでも良いから内定が欲しいという勢いだったが、僕はその境地には至れなかった。
 父に言われた「頑張りが足りないんじゃないか」という言葉が脳裏をよぎった。
 自分が甘いのだろうかと思ったが、一昨日会った大学のOBも、勢いではなくしっかり納得して会社を選んだ方が良いと言っていたので、そちらを信じることにした。
 ほぼ丸一日セミナー会場にいたが、片手で持ちきれないくらい企業パンフレットをもらっただけで、特にこれといった収穫はなかった・・・。

 振り返りながらいつの間にか目を閉じていた。
 携帯電話が震えて気づいた。メールを着信した。
 パソコンは既に立ち上がっている。
 誰からだろうか。携帯のメールアプリを開く。
 1年前はサークルの同期同士で事務連絡を含めてよくメールが飛び交っていたし、真紀ともよくメールをしていた。
 就職活動を始めた頃も、同期同士でよく情報交換を目的としたメールが飛び交った。
 しかし、誰かが内定をとった頃からメールでの連絡は減っていき、今ではサークルの同期同士もお互いに気を遣ってかメールを送りあわない。
 もしかしたら、内定をもらった同期同士では違うのかもしれないが、どちらにしても就職活動が終わっていない僕にメールを送ってはこない。
 液晶の画面が切り替わる。送り主はポニーだった。
 そういえば、待ち合わせで迷ったときのために携帯の連絡先を交換していた。
 これまでポニーとはSNS上でしかやり取りしていなかったので、携帯に連絡が来てびっくりした。
 勢いでついメールを開いてしまった。
 逡巡。
 だが、結局メールを読む。
 SNSにメッセージを送ったが、返事がなかったため携帯に連絡したと断りを入れた後、荻原さんと引き合わせて気を悪くさせてしまったのではないかと謝り、それでも自分のやりたいことに付き合ってくれてありがとうございましたと感謝の言葉が綴られていた。
 そして、最後に、
「沖田さんがどういう決断を下されるのかは分かりませんが、荻原さんとのやり取りを見ていて、私なんかよりよっぽどしっかり受け答えできていて、沖田さんならどの道を選んでもうまくいくのではないかと思いました。沖田さんが納得のいく選択ができることを祈っています。
 もし、就活を再開されるのであれば、同じ就活生です。もしよろしければこれからも情報交換とかさせてもらえると嬉しいです。」
 そう書かれていた。
 僕がイライラして帰ったことを察した上でこうやってメールを送ってくるとは。
 僕にはできない行為だ。
 僕ならば嫌な思いをさせたし、嫌われたと思ってメールが送れないだろう。
 人の評価を気にするポニーの一面は残っているのだと思う。
 その一方で、妙な違和感を覚えた。
 こちらから頼って相談してもらうことにしたのに、ありがとうと感謝を告げられている。
 そういえば、荻原さんも別れ際に「ありがとう」と言ってくれたことを思い出した。
 もちろん建前のものなどだと思うが、ここ1週間の活動ではまず聞かなかった言葉だ。
 どこでも、頑張ってなどと応援はされるが、感謝はされない。
 そもそも理由が分からない。
 僕は僕のために荻原さんと会った。
 ポニーはポニーで目的があったかもしれないが、客観的に見ても、僕がお世話になったというのが大局的な見方だろう。
 僕からお礼を言うことはあれども、ポニーがお礼を言う必要なんてないではないか。
そんな風に考えていて、送られてきているメールを開きすらしていない自分が恥ずかしくなった。
 遅くはなったが、お礼のメールくらいは出しておいた方がいいだろう。
 僕はポニーへの返信は後回しにして、すぐにメールソフトを立ち上げ、荻原さんからのメールを開いた。

 送信日は会った日だと言うのに、かなりの長文だ。
 メールの冒頭は僕に対するお礼だった。
 会ったときも、荻原さんは自分にも目的があるということを言っていたが、こうしてお礼を言われるとやはり違和感を感じてしまう。
 3歳しか変わらない人に否定されたと思っていたが、3歳という年齢差以上に相手は大人なのだと改めて感じた。
 その後、メールはその日の振り返りについて書かれていた。
 話の中で荻原さんが言ったアドバイスを抽出するような内容だったが、後半以降はあまり印象に残っていなかったことも多かった。
 自分が1年後に何をしたいのか、将来的に何をしたいのか。
 あの日荻原さんに言われたのだろうがほとんど印象に残っていなかった。
 しかし、メールでは目に留まった。
 僕は1年後どうしていたいのだろう。そして、遠い将来何をしていたいのだろう。
 ふと考えてみる。
 具体的なイメージが出てこない・・・。
 では、と今考えられている3つの候補それぞれを考えてみた。
 まずイメージしやすいのはバイト先への就職だ。
 バイト先に就職した場合、1年後に僕は同じような仕事をしている気がする。
 バイト中に他の社員さんの働きを見ていても、パソコンに向かって仕事している人が多い。
 営業の仕事をしている人は電話をしていたり、たまに外に出かけたりしているが、やはり社内で仕事している時間の方が長いように思う。
 そもそも、企業ホームページなどを作る会社なので、あまり外を歩き回っての営業はしないのかもしれない。
 1日席に座ってパソコンで仕事をする。
 結果として出た1年後のイメージだ。
 そして、将来も同じような仕事をしている気がする。
 あまり大きな会社でないというのもあるかもしれないが、課長だって普通の社員と同様の仕事をしていたりする。
 将来をイメージすると、なんとなく周囲から認められているような気がして、それはいいなと思ったが、やっている内容には惹かれなかった。
 次にイメージしやすかったのは大学院だ。
 以前サークルの先輩から聞いた話では、研究や教授の手伝いに時間を取られたりすると言っていた。
 それでも、社会人をしているよりは自由な時間は多いかもしれないという点に惹かれるところを感じたが、元はといえばやりたいことを見つけるために時間が欲しかったのであり、大学院に行って学者になりたいといったような希望を描いていたわけではない。
 将来を考えても、結局は就職するのだからと思うと、逆に想像できなかった。
 将来を考えるために大学院に行くのだから、そう思えば聞こえは良いが、よくよく考えると結構リスクが大きい気もした。
 最後に就職活動の選択肢だ。
 うまく就職できたと仮定して、働いている自分を想像する。
 しかし、先ほど浮かべたバイト先での就職以外のイメージがなかなか出てこない。
 辛うじて出てきたイメージは、以前コンサル会社に行きたかったときに描いていたものだ。
 それも、お客さん相手に堂々とプレゼンをしている自分の姿というくらいであったが・・・。
 ただ、このイメージも先ほどのバイト先のものと同じように人に認められるというものだった。
 結局僕はただ人から認めてもらいたいだけなんだろうか・・・。
 そう思いながらも、将来を想像してみた。
 社会に出て、自分は最終的に何がしたいのだろうか。
 コンサルを志望したのだって、人に自分の持っている知識を伝えることに魅力を感じたからであったし、それはサークルでテニス経験者として同期や後輩を指導してきた経験から向いていると考えたからだ。
 特に遠い将来を考えたわけではない。
 ただ、改めて考えてみると、なかなか面白いと感じた。
 バイト先について将来を考えたときは、どうしてもバイト先の会社という制約があったため、想像する内容にも制限があったような気がするが、制約をなくすと業界・業種にとらわれず何でも想像できる。
 どんな業界・業種であろうと社会で活躍している自分を思い浮かべるのは楽しかった。
 そして、想像すればするほど活躍の規模は大きくなり、日本全体に影響を与えるというレベルまで僕の妄想は膨らんだ。
 具体的にどんな仕事をしているかまではイメージできなかったが、人の役に立つことをして感謝されて認められる。どんな想像をしてもその構図は同じだった。
 自分はただ人に認められたいだけなのか、先ほどはそう思ったが、別に人の役にたって認められるのならば良いではないか。
 世の中で活躍している人なんて、みんなそうだ。
 半年ほど前に就職活動をしていたとき、いや、いままでは、特に細かいことは考えず、大学を卒業したら普通に就職して働くものだと思っていた。
 親もそうだったし、周りもほとんどの人がそうだ。
 ただ、こうして将来について考えてみると、さっきの妄想が実現できたらと、そう思えた。
 ただし、何もしないで実現できるわけでもない。
 所詮は妄想の域を出ないイメージだし、全く具体性もない想像だったが、自分自身訓練を積み重ねないとその想像は実現できないことだけは良く分かった。
 何がしたいかは分からないが、そのための準備は早くから始めた方が実現の可能性が高まるのではないだろうか。
 ふと、思考が止まる。
「そうか。」
 思わず声が出た。
 これが僕の就職する理由か。
 早く社会に出てスキルを積み上げ、その結果日本全体に影響を与えるような仕事をする。
 だから、できるだけ早いこのタイミングで就職する。
 1年でも実働期間を長くしてチャンスを得る機会を増やす。
 まだ具体的に何がしたいかは分からないけど、これは紛れもなく本心だ。
 そう確信できた。
「ふぅー。」
 背伸びして大きく息を吐いた。
 天井がいつもより明るく見える。
 妙にすっきりした気分だ。

 直接話しているときはあんなに相性が悪いと思ったのに、こうして文章で読んでみると、別に僕を否定しているようにも感じない。
 普通は会話よりも文字だけのメールの方が真意は伝わり辛いというが、今回は少し事情が違ったようだ。
 この前は僕が構えてしまっていたのだ。
 もう一度荻原さんと会ったあの日を思い返す。
 いま考えればやはり否定されているわけではないと感じた。
 しかも、この先どうしたら良いかを相談して具体的な話が返ってこなかったのは荻原さんくらいだ。
 この1週間の活動や、半年前の活動を振り返っても記憶はなかった。
 みんな、こうしたら?ああしたら?と案を提示してきた。
 逆に僕のことをしっかり知った上で、相談に乗ろうとしているのではないかと思えてきた。
 別れ際にかなり失礼な態度を取った上、もらったメールも1週間後に開くようなことをしてしまったことを恥ずかしく感じた。
 申し訳なさと恥ずかしさが後ろめたさになり、戸惑いを感じたが、僕はすぐにパソコンのキーボードをたたいた。

 前回のお礼と、次回のお願いを一気に書いた。
 全体を眺めるように文章をチェックしてすぐに送信する。
 立ち上がってリビングに行こうとしたが、向き直って携帯でも返信を書いた。


決断

2013年7月20日 新宿


 今回は荻原さんと2人だ。
 時間は夜8時。
 あの日メールを送ってからその日のうちに返信があり、「早い方がいいだろうし、遅くてもよければ」と今日を指定してきた。
 就職活動を再開するなら1日でも早い方が良い。断る理由はなかった。
 もともと時間を遅くしていることもあり、荻原さんも待ち合わせ時間の前にやってきた。
 ポニーは面接があり参加できないと残念そうだった。

「何か前よりもすっきりした顔をしているね。就職する理由は見えたのかな?」
 簡単に前回のお礼等を交わした後、荻原さんはそう切り出した。
「はい。まだ具体的にやりたいことは見つかっていないですが、何となくはイメージできるようになりました。」
「聞かせてくれる?」
「はい。」
 続けて自分の出した答えを口にだそうとして、自分の出した答えをそのまま人に話すのは、実はすごく恥ずかしいことなのではないかと感じた。
 が、前回も散々恥ずかしい話をしていると思い直す。
 前に会ったときよりも思考もスムーズでよどみがない気がする。
「将来日本全体に影響を与えるような大きな仕事がしたいと思いました。そのためにも、早く就職して実務経験を積みたいんです。できる限り早く仕事をすることで、ものの考え方とかスキルを磨いた方がチャンスは広がりますし。だから、大学院に行くのではなく、就職しようと結論を出しました。仮に具体的にやりたいことが明確にならないまま就職したとしても、大学院に行くよりかは将来的にやりたいことに繋がっていくような気がしたので。」
 話を進めながら、荻原さんの相づちが大きくなるのが見えた。
「一人でここまで考えてくるなんてすごいね。オレがいままで相談に乗ってきた学生さんも、なかなか一人でここまで考えてくる人はいなかったなぁ。」
「ありがとうございます。」
 以前よりも前に進んでいるという自信からか、前回会ったときよりも余裕を持って受け答えできている気がする。
 荻原さんの言葉も素直に頭に入ってくる。
「でも、今の学生さんって、海外志向とかも強い人が多いけど、どうして日本、なのかな?」
「それは、・・・。あまり細かくは考えられていないですが、日本全体に影響を与えるといいましたが、どこかに長期的に良い影響を与えたいという前提に立ったとき、その対象はやっぱり自分が育った国かなぁと思いまして・・・。別に海外が嫌だというわけではないんですが。
 あまり説得力のある説明ではないかもしれないですけど、僕個人の感覚からすると、結構しっくりきているんです。」
 荻原さんはうん!と強く相づちを打った。
「そこまで自分で考えられているのなら、話は早い。今日は具体的にやりたいことをもう少し明確にしていこう!
 前回も言ったけど、オレには沖田君が何をしたいのかは分からない。だから、答えはあくまで沖田君自身が出すしかないよ。オレはそのお手伝いをするだけだから。いいね?」
「はい。よろしくお願いします。」
 荻原さんに相談に乗ってもらっている以上、向こうから僕が欲している答えそのものが提示されることはない。前回はそれでがっくりとうなだれてしまったが、今回は分かってここに来ている。予想通りの流れだ。
 前回のような動揺はなく本題に入れた。
 もしかしたら、就職する理由を自分で導き出したことから、自分のやりたいことなんて、人から教えてもらうようなものでもないということを何となく理解していたのかもしれない。
 人に頼ることと自分で考えることが僕の中で両立しているのではないかと感じた。

「やりたいことを探すときは、大きく分けて2つ方法があると思っているんだ、オレは。」
 さっそく荻原さんは本題に入った。
 僕も準備はできている。どんとこいという気持ちだ。
「ひとつは、自分が好きなこと、興味のあることを突き詰めて考えて行く方法。もうひとつは、自分の経験からやりがいを感じることとかやりたいことを探って行く方法。それぞれ一長一短あるんだけど、沖田君はどっちの方がやりやすそうかな?」
 自分の経験から導き出して行くという方法はこれまであまりやったことがなかった。興味のあることから似たようなことができる仕事を探してくというやり方の方が一般的だと思ったし、前の就職活動のときにもやってみたのでそちらの方がとっかかりが良さそうだ。
「好きなことを突き詰めていく方がやりやすそうです。」
 うんと相づちを打って、荻原さんが早速最初の質問を投げかけてきた。
「じゃあ、まずは月並みな質問だけど、沖田君が興味あることってどんなこと?」
 これはやりたいことに悩んでいると人に相談すると大体定型的に出てくる質問だ。
 仕事に限定しない聞き方は他の人よりもオープンな気がするが、根本は同じだ。
「そうですね・・・。ずっとやっているテニスがまずひとつです。テニスつながりで言うと人に何かを教えたりするのも好きです。あと、ネットとか最近の文化にも結構興味があります。」
「うんうん。他にもある?」
「う~ん・・・。強いて挙げれば読書、でしょうか。最近はあまり読めていないですが・・・。」
「そっかそっか。了解。無理して挙げなくて良いよ。じゃあ、ひとまずテニス、教えること、ネットの3つって感じだね。」
「はい。」
「じゃあ、それらには何で興味があるんだろう?」
 簡単に質問してきたが、なかなか難しい質問だ。
「そうですね・・・。ちょっと時間をもらってもいいですか?」
「どうぞ。勘違いしている人も多いんだけど、これがまさに自己分析。適当にやらない方がいいよ。
 長所とか短所とかを列挙して自己分析をした気になっている学生さんも多いんだけど、こうやって自分の思いや考えに『何で?』って問いかけることで自分の根本をつかむのが大事なんだ。」
「・・・なるほど。」
 半年前にネットで同じような内容が書いてある記事を見たのを思い出した。
 大分前に知った知識なのに、結局なかなか実践できずにここまで来ている。
 理由は簡単だ。
 好きなものについて、「なぜそれが好きなのか?」と聞かれても、なかなか答えが出ない。難しいのだ。
「好きだから好きじゃダメなのか」と言いたくなる。
 十数秒ほど結局固まったままうなっていたようだ。荻原さんが先に口を開いた。
「一応あらかじめ言っておくけど、この質問の答えが出なかったり、具体的にやりたいことが見つからなくても、内定は取れるし、就職しても問題なく働いていけるよ。」
「えっ?」
「この前も少し話したけど、やっぱり仕事はやってみないとわからないことも多いしね。やりたいことが明確になっていることは決して悪いことではないけど、やりたいことが明確になってしまっているが故に、就職した後の仕事とのギャップが耐えられなかったりする人もいるしね。」
「はい・・・。」
「ただ、結局はこれも程度問題なんだ。具体的過ぎるとさっき話した悪い例みたいになってしまうこともあるし、かといって抽象的過ぎても何がやりたいのかが分からないままになって面接で不利になるしね。
 まぁ、さっき沖田君が話してくれたレベルからもう1、2段階掘り下げたくらいがちょうど良いと思うし、もう少し考えてみようか。」
「なるほど。分かりました。」
「じゃあ、まずテニスは何で興味があるんだろう?」
「そうですね・・・。」
 再び考え始める。
 なぜ自分はテニスに興味を持っているのか。
 うーん・・・。
 やはり時間をかけてもそれらしき答えが出ない。
 僕がまたしばらく黙っていると荻原さんがフォローしてくれた。
「何でも良いよ。ぱっと思いつくものを言ってみて。」
「あ、はい。・・・そうですね・・・。答えになっているかは分からないですが、やはり、テニスはやっていて楽しいからですかね。」
「なるほど。それは確かな理由かもね。別におかしなことじゃない。
 では、じゃあ、何でテニスをやっているときは楽しいのかな?」
 やはり。この質問が来ると思っていた。
 だが、これこそ理由などない気がする。楽しいから楽しいのだ。
 僕の表情からそんな僕の考えを見抜いたのか、荻原さんは続けた。
「じゃあ、サッカーはやっていて楽しくない?」
「え?はい。そうですね。・・・サッカーもやっていて楽しいですが、やはりテニスの方が楽しいですかね。自分の思うようにプレイできますし。」
「うんうん。つまり、テニスは今まで練習してきて、自分なりに思う通りにプレイできるから楽しいのかな?」
「それが全てとは言いませんが、・・・まぁ、そういう面もあると思います。」
「そっかそっか。じゃあ、少し観点を変えるけど、テニスを始めたときは何で他のスポーツじゃなくて、テニスをやろうと思ったの?」
「えぇっと・・・。それは、テレビでテニスの大会を見て、サービスエースを決めたりするのがかっこいいし、気持ちよさそうだなぁと思ったくらいだったと思います。あまり正確に記憶していませんけど。」
「なるほどね。今もテニスの醍醐味はそこだと思っているの?」
「そうですね・・・。そういう面も残っていますが、今はどちらかというとラリーでの相手との駆け引きを楽しんでいる気がしますね。」
「ふむふむ。駆け引きっていうのは具体的にはどういうこと?」
「相手のプレイスタイルや性格、心理状態に合わせて弱点を突いたりするようなことですかね。戦略とも取れますが、それを試合中に実際プレイしながらやるので、駆け引きって言ってますが。」
「それは他のスポーツとは違うのかな?」
「うーん。改めて考えてみると、そうでもない気がしますね。サッカーだって相手との駆け引きは常にありそうですし、自分が仮にサッカーがうまかったとしたら楽しめるような気もしてきますし。」
「そっかそっか。ということは、沖田君はテニスが好きだと教えてくれたけど、何がしたくてテニスをやっているかというと、そういう相手との駆け引きを楽しむためにやっているんだね。」
「あ、はい。・・・あ。そういうことですね!」
 思わず声が大きくなってしまった。
 なぜテニスが楽しいのか?という質問だったから思いつかなかったが、要するにテニスのどこが楽しいのか?ということなのか。
 結果的に誘導尋問のようになったが、結局僕はテニスが楽しいと思う理由にたどり着いた。
 そして、同時にテニスという興味のある事柄の裏にある自分の志向を認識することができた。
 素直にすごいと思った。
「うん。基本的にはそういうことだね。あとは、なぜ沖田君がそういった駆け引きを楽しいと感じるのか?駆け引きのどういうところに楽しさを感じていることなのか?という点だね。」
「そうですね・・・。テニスの例になってしまいますけど、相手の次の行動を読みきって逆を突いたりするのが楽しいから、かなと思います。」
「なるほどね。それは相手が返しきれなくて苦しんでいるのを見るのが楽しいということ?」
「いえ。確かに、結果的には同じなのかもしれないですけど、相手の考えや次の行動を読みきったという事実が一番嬉しいですね。」
「じゃあ、沖田君自身は相手の裏をかいてボールを打ったけど、相手がうまくてそれを返されて負けてしまったとしても良いのかな?」
「そうですね・・・。まぁ、負けるのは嫌ですけど、悔いはないような気がしますし、そういう試合ならやってみたいですね。」
「そっかそっか。今の極端な質問でも相手の考えを読むことに喜びを感じられるのなら、本当にそうなんだろうね。
 ちょっと観点は変わるけど、いつでもどこでも人の考えを読もうとしたりしているの?
 例えば今もオレの考えを読もうとしていたりするのかな?」
「うーん。そんなことはないと思います。テニスで嬉しいのも基本的には勝つためにやっていて、うまくできると嬉しいというレベルですし・・・。
 ん?ちょっと待ってください。」
「いいよ。何か思いついたのかな?」
 荻原さんは結露のひどいコップに手を伸ばして水を飲んだ。
 僕も喉の渇きは感じていたが、今水を飲んでしまうと、出掛かっている何かも一緒に飲み込んでしまいそうだったのでやめた。
 なぜテニスだったら相手の考えを読むことに喜びを感じて、今は荻原さんの思考を読もうとしていないのか?
 その問いに対して僕の頭は久々にフル回転しているように感じた。
「ええっと・・・。確かに今は荻原さんの考えを読もうとはしていないですが・・・、初めてお会いしたときは、荻原さんが何を求めているのか、何を答えればよい反応が返ってくるのか、と考えていた気がします・・・。」
 それは必ずしも考えを読むという行為ではないかもしれないが、その答えを見つけるためには相手の思考回路を把握して自分の行動に反映する必要がある。
 そう考えれば、相手の考えを読む行為に繋がっていると言っても良いのではないだろうか。
 そして、自分の口から出た言葉であるが、相手が何を求めているのか、という言葉が心に刺さったような気がした。
「そうです。僕はたぶん相手が何を求めているのか、何をしたら喜んでくれるのかを読んで、その通りに結果がついてきたときに喜びを感じているんだと思います!」
 自分でも少し声が震えていることに気づいた。
 就活の準備を始めて少なくとも半年以上経つが、自分がどういうことがしたい人間なのかまるで分かっていなかった。
 僕は自分の力で相対する人を喜ばせたいんじゃないのか?
 そうなのだ。
 テニスでは、勝つという目的のために、あえて相手が望んでいることの逆を突いているが、僕が喜んでいたのは相手が欲しているものを読んでいることで、それが逆を突いたことで分かるからなのだ。
「なるほど。それが沖田君の根本的な行動原理なのかもしれないね。」
 相づちを続けていた荻原さんが口を開いた。
 行動原理。
 確かにそうかもしれない。
 いくつかの過去を思い返してみても自分はそのとき相対している人に喜んでもらおうとして行動していた気がする。
 就活がうまくいかず余裕がなくなって感情的になっていたときは別として・・・。
 でも何で僕は人を喜ばせたいんだろうか・・・?
 そんな思いにたどり着いたとほぼ同時に同じ質問を投げかけられた。
「だとしたら、沖田君はどうして相手に喜んで欲しいんだろう?」
 喜んでもらうことで自分は何を得ているのだろうか。
 答えは今までの質問に比べてあまりにも自然に頭に浮かんだ。
「喜んでいる姿が見たいからだと思います。自分が何かした結果、目の前の人が。」
 今では苦い思い出になりつつあるが、別れた篠田真紀と初めて会ったあの日の彼女の笑顔が思い出された。
 一生懸命会を盛り上げて、良い関係を築こうとしていた。
 その結果功を奏して庄司にも真紀にも気に入られた。
 それは僕にとって非常に嬉しい出来事だった。
 誰かに褒められることよりも、目の前の人が喜んでくれる姿を見るのが嬉しい。
 それが僕の本質なんだろう。
 ずっと探していたものが見つかったような気がした。
 ふうっと大きなため息が漏れた。
 荻原さんもそのしぐさや表情を見て分かったような口ぶりでねぎらってくれた。
「何か答えにたどり着いたって感じだね。
 そこまですぐに答えが出るくらいだから、普段から自然とやっているんだろうね。となると、わざわざその経験談を聞くのも野暮だろうから聞かないよ。」
「はい。」
 僕は再び大きな息を吐くようにしながら答えた。
 息を吐き終わるとほぼ同時に荻原さんの携帯がなった。
「おっ。ごめん。少し休憩しようか。」
 僕は無言で頷いた。
 荻原さんは来たメールを確認し、「ちょっと席をはずすね。すぐに戻ってくるから。」と店の外に出て行った。

 程なくして、荻原さんは戻ってきた。
「沖田君、時間は大丈夫?」
 時計を見るともう9時を回っている。
「僕は大丈夫ですが、荻原さんは大丈夫ですか?」
「あぁ、オレも大丈夫。良いペースで沖田君の自己分析も進んでいるし、今日大分進みそうだね。それに・・・。」
 めずらしく荻原さんが言葉に詰まった。
「それに、何ですか?」
「あ、いや、ごめん。終わったら話すよ。11時くらいになってしまうかもしれないけど、問題ない?」
 むしろ僕としても早く就活に向けて答えを出したい。
 願ってもないことだ。
「はい!逆に申し訳ないです。」
「了解!オレのことはいいよ。前も言ったようにオレも勉強させてもらっているわけだから。
 じゃあ、続きを始めようか。」
 なんだかうまく濁されたような気がしたが、再三突っ込むのも気が引けて自己分析、自己分析と頭を切り替えた。
「さて、少しおさらいすると、沖田君は自分が影響を与えて目の前にいる人に喜んでもらい、その姿を見ることでやりがいを感じるということだったね?」
「はい。そうです。」
「そして、それはなぜテニスが好きなのかを分析することで出てきたわけだけど、他にも2つ好きなことを挙げてくれていたよね。
 教えることと、ネットだったね?」
 荻原さんは手元のメモを見ながら問いかけてきた。
「はい。そうですね。ただ、こうやってテニスについて分析してみると、人に教えることは同じように喜びややりがいに繋がる意味での好きなことですが、何となくネットというのは単なる興味のような気がしてきました。」
 僕はただ感じたことをそのまま口に出しただけだったが、荻原さんは「おお!」と感嘆の声を上げて続けた。
「本当に沖田君はすごいね。こうなるとどうして以前に就活がうまくいかなかったのかが不思議になるくらいだ。
 それは、正しい感覚だと思う。沖田君が好きな事柄をひとつ分析したことで、好きだということ自体がどういうことであるかも分析できたのさ。」
 そういわれるとすごいことをした気がしてくる。
 あくまで僕は感覚的に感じただけであるが。
「となると、もうひとつの人に教えることというのを分析していきたいんだけど、今回は逆の道をたどろうと思う。」
「逆、ですか・・・。」
「そう、逆。さっきは好きな事柄にたいしてなぜを繰り返すことで沖田君の本質に迫ったよね?」
「はい・・・。」
「今度はさっきの検証も兼ねて、その本質部分から考えてみようと思うんだ。」
 分かるような分からないような。そんな感じだ。
 そんな僕の顔を見て荻原さんは補足が必要だと感じたようだ。
「演繹法と帰納法は知っているかな?」
「あ、はい。数学でやりました。抽象的なものから具体的なものを導き出すのが演繹法で、逆に具体的なものから抽象的なものを導き出すのが帰納法ですよね。」
 そう話しながらぼんやりと荻原さんが言っていたことが分かってきた。
「そう。さっきはテニスをプレイしたりする具体的な事柄から沖田君の行動原理という抽象的なものを導きだしたよね。
 次は逆にさっき導き出した行動原理から具体的な事象を導き出していこうと思うんだ。」
「そういうことですね。あまりそういう考え方をしたことがないので、不安ですが、やってみたいです。お願いします。」
 正直うまくいくのか不安ではあったが、ここまできたら荻原さんを信じる他ない。
「うん。じゃあ、最初の質問だけど、人が喜ぶのはどんなときだと思う?」
「どんなとき、ですか・・・。」
 これはまたかなり抽象的というか、一般的というか、とにかく難しい質問だ。
「うーん。これもかなり抽象的ですが、自分が欲しているものを手に入れたときでしょうか。」
「なるほど。確かにそんな気がするね。じゃあ、その欲しているものっていうのはどういうものなんだろうか。」
 どういうものといわれても、欲しているものは欲しているものだ。
 そう思いながらも、自分に置き換えて考えてみた。
 今僕が欲しているものは・・・、内定であり、それに繋がる情報やアドバイスだ。
 何でそれを欲しているのか。
 就職という目的のために必要であるが、僕が手に入れていないからか、もしくは情報などであれば不足しているからだ。
 そうか!
「その人が何か実現したいと思っていることには必要なのに、全く持っていなかったり不足していたりするものですね!」
「早いね。なんでそう思ったの?」
「えぇっと。それは、僕自身が欲しいと思っているものを思い浮かべたら、そうだったからです。」
「なるほどね。そういう発想に至るのがすごいね。沖田君は。」
「あ、ありがとうございます。」
 そう答えながらも、自分でも驚いていた。
 確かに今日の僕は今までにないくらいに頭が冴えている気がする。
 もしかしたら、荻原さんに誘導されているだけなのかもしれないが、僕としてはあくまで荻原さんの質問に対して僕自身で考えて答えているという実感があった。
 そして、こうして誉めてもらえると、素直に嬉しい。
「そうなると、仮に沖田君が人に喜んでもらおうと思ったら、相手がやりたいと思っていることに必要だけど持っていない何かを与えなきゃいけないということだよね。」
「確かにそうなりますね。」
 少し抽象論でついていけているかどうか不安な面もあるが、言っていることは分かる。
「そうすると、沖田君が人に与えられるものって何だろう?」
「僕が人に与えられるもの、ですか・・・。しかも、当然最終的には仕事でって話になりますよね。」
「うん。そうだね。まぁ、今の質問で仕事でっていうのはあまり意識しなくてもいいけどね。いろいろあると思うけど、いくつか考えて挙げてみてよ。」
 と言われても、何か買ってプレゼントするくらいはできるかもしれないけれど、ものづくりができるわけではないし、芸術のセンスだってあるとは思っていない。サービスを提供するといっても、何か人に提供するならば、人よりも勝っているものだとは思うが、テニスだってそこまでうまいわけではない。一応そこそこの大学に行っているつもりではあるけども、勉強だって僕よりできる人はいくらでもいる。就職活動だってうまくいっているわけではないし、僕が人に自信を持って提供できることなんてないような気がしてくる・・・。
 逆にそんなものがあるなら就職活動では苦労していないはずだ。
「沖田君はいま、世界中のどんな人と比べても自分の方ができるものを探しているのかな?」
 どきっとした。
 まさに図星だ。
「え?あ、はい。・・・でもどうして分かったんですか?」
「この質問をして困った顔でなかなか回答が出ない学生さんはたいていそういう考えをしているからね。」
「はぁ。」
「音楽とか絵画とかで作品が作れればそれを言ってくれる人もいるんだけど、そうでないと日本で一番とか、世界で一番という何かを探してそれを人に提供するって考える人が多いんだよね。」
「でも、やっぱり人に与えるとなると、日本一とかではなくても、所属している会社だったり部活だったりで一番じゃないと自信を持って提供するのは難しくないですか?」
「確かに、自信を持ってっていう基準は人それぞれだと思うから、否定はできないけど、少なくとも何も提供できないことはないよ。そうしないと、学校の先生だって、医者だってその分野で一番の人しか教えたり診察したりできなくなってしまうしね。
 もう一回前提を確認するけど、沖田君は人に喜んで欲しくて、そのためには相手が望んでいるけども持っていない何かを与えることが一番だと思ってるんだよね?」
 確かにそうだった。
「はい。すぐに忘れてしまっていました・・・。
 ということは、一番とか考える必要はなくて、相手が持っていないものを与えるわけですから自然と相手と自分を比較したら、自分の方が精通しているものになりますしね。無用な心配でした。」
「そうそう。
 ただ、もちろん仕事にするとしたら日々の研鑽は必要だと思うけどね。
 さて、でも目の付けどころはかなり良いと思うよ。
 さっきも言ったけど、音楽とか絵画とか芸術的な何かを提供できるわけでもないし、沖田君は文系だから何か商品開発とかものづくりがすぐにできるわけでない。そうなると自然にサービスを提供するっていう話になるよね。」
「はい。僕も同じこと考えていました。」
「うんうん。
 じゃあ、サービスを提供するっていうとどういうイメージがある?」
「そうですね・・・。サービスって言うと、モノというよりはお金とか情報を扱うというイメージがあります。」
「なるほどね。お金っていうと、金融とか保険とかそういったものだね。一方で、情報っていうと通信とかコンサルとか教育とか、その辺りだね。」
 荻原さんの口から出た業界名が引っかかった。僕の中で教育はサービスというイメージがなかった。
「教育ってサービスなんですか?」
「ん?そうだね。確かに義務教育とかっていって公的な機関で実施される部分が多いから仕事としてのサービスというイメージはあまりないかもしれないね。でも、沖田君は私立の大学に入っているんだし、塾とかはまさに仕事としてのサービス業だよね?」
 そういわれると確かにそうだ。
 そして、僕がもともと言っていた教えることとも繋がる。
「はい。そうですね・・・。つまり、教えることというのもサービスを提供しているってことですね。」
「もともと沖田君が受けていたコンサルも教えることと定義すれば同じくサービスを提供している訳だしね。」
「つまり、僕の根底にある『人に喜んでもらいたい』ということを実現する方法の中に、教えることも含まれているということですね。」
「そうそう。
 ただ、沖田君が考えている教えることと教育が一致するとは限らないけどね。」
 確かにそうだ・・・。
 僕がもともと考えていた教えることとして考えていたのは、テニスサークルの練習統括としてサークルメンバーに指導していて楽しかったからだ。
 別に塾とか家庭教師でバイトして興味を持った訳ではない。
 自分が考えた練習メニューで同輩や後輩が上達してくれる。
 確かに最初はうまく行かなくて同じ練習統括の渡辺亮一と2人で頭を抱えたものだが、軌道に乗り始めてからはそれが非常に楽しかった。
 上達してメンバーたちがまた楽しそうに練習してくれる。
 結果的に自分たちの考えた練習メニューでみんなが楽しんでくれるのがまた嬉しくなる。
 それが良循環として繰り返される。
 ・・・そうか。
 僕は教えるという行為自体が好きなのではない。
 僕が何かしたことによって、その人が変わってくれるのが嬉しいのだ。
 テニスを教えたらテニスを楽しんでもらえるようになったように。
 何か全てが繋がった気がする。
 自分が今まで力をいれてやってきたと思ってきたことは結局誰かに喜んでもらうためにやっていたのかと思うと一本筋が通る気がした。
「確かに僕の考えていた教えることというのは教育と同じ意味ではなかったですが、結局は誰かに僕の持っている情報を伝えて喜んでもらうということに変わりはありませんでした。」
「そっかそっか。何かスッキリしたみたいだね。」
 時計に目をやるともうすぐ22時半だ。
 時間が過ぎるのが早く感じたのは、自己分析に集中していたからだろう。
 そして、自分が働くモチベーションが明確になったことですごく清々しい気分だった。
「はい。おかげさまで少し前に進めるような気がします。」
「そういってくれるとありがたいや。
 もう1杯コーヒー飲んでいこうか。」
「そうですね。」
 返事をしながら僕は店員を呼び止めた。

「荻原さん、沖田さん!」
 びっくりした。
 ポニーがやってきた。
「友子ちゃんお疲れ様!」
「あれ?今日は面接じゃなかったの?」
「あ、はい。面接だったんですけど、近くだったので、終わってから来ました。」
 とはいえ、もう11時前だ。こんな時間まで面接と言うことはないだろうということは僕にも分かった。
 面接会場は近くないのだろうと思った。
 そこまで僕は心配されているのだろうか・・・。まぁ、前回の件があるので仕方ないとは思うが。
「お話は終わりましたか?」
「うん。さっきね。」
 ポニーの質問に荻原さんが答える。
「あ、お待たせしてしまいましたか。すみません。」
 ポニーが頭を下げる。その名の通りのポニーテールが縦に弧を描いた。
「いや、別にコーヒー飲んでたから、待ってはいなかったよ。僕は来ることすら知らなかったし。」
「本当ですか?それなら良かったです。」
「ところで、友子ちゃん面接はどうだったの?」
「あ、はい。面接は普通に終わったんですが、その後今の第1志望の会社から内々定の連絡をいただけました!」
「えっ?」
 思わず声が出てしまった。
「あ、すみません。沖田さんがいる前で。」
「いや、いいよ。おめでとう!別に悪い気もしないから。」
 不思議と本当に悪い気がしなかった。
 僕自身が今日の荻原さんとの会話で前に進めている実感を得られたからかもしれないし、ポニーが合格したなら僕も合格できるのではないかと思ったのもその要因かもしれない。
 どちらかというと仲間の合格を祝う気持ちに近いのかな、とも思った。
 同じサークルの同期たちが内定を取ったときも喜べなかったため、初めて感じる感覚だった。
 以前の就職活動中はほとんど自分ひとりでやっていたし、他の人との競争意識も強かったのが大きいのだと思う。
「おめでとう!」
 荻原さんも続く。
「ありがとうございます!!」
 ポニーが再び一礼した。
「お祝いをと言いたいところだけど、今日は遅いし、またの機会、かな。」
「そうですね。せっかくなら沖田さんが内定取られてからにしましょうよ。沖田さん、就職活動再開されるんですよね?」
「うん。」
 驚くほど自然に肯定の回答が口を突いた。
 もう僕の中でバイト先への就職という選択肢もなくなっていた。
 先ほど見出した自分がやりがいを感じることができる会社を探そうという気になっていた。
「よし、じゃあ、コーヒーだけど乾杯して解散しようか。」
 荻原さんがそういって、僕と荻原さんはコーヒー、ポニーは水で乾杯して解散となった。

 帰りの電車は途中までポニーと一緒だった。
「沖田さん、就職活動頑張って下さいね。」
 別れ際にそういわれた。
「ありがとう。荻原さんのことも含めて。」
「はい!」
 屈託のない笑顔で返事をして、ポニーは電車を降りていった。
 どんどん人家の明かりも減っていく窓の外の景色を見ながら、改めておめでとうと言うべきだったかと考えていた。


挑戦

2013年9月21日 東京


「沖田さん。こちらへどうぞ。」
「はい。」
 心臓がトクンと強く打つのがわかる。
 今日は第1志望の会社の1次面接だ。
 再開後何度か面接を受けて合格ももらっていたが、いざ第1志望となると、自分が本当にうまく話せるかどうか不安になる。
 案内の女性について行き、面接室の前に立つ。
 深呼吸をひとつ。
 とにかく全力でやるだけだ。
 ドアをノックする。
「失礼いたします!」
 ドアノブを手にとって部屋に入った。

 この1か月半、秋採用に向けて準備を進めてきた。
 結果的に僕は個人経営も含めて学習塾3社、生命保険会社3社、イベント企画会社2社にエントリーシートを提出した。
 例年10月になると、内定式直前に辞退した学生分だけ新入社員を確保しようと各企業の再募集が増える傾向にあるが、それを待っている必要はなかった。
 調べ始めたらすぐに僕の希望に沿っていると思われる会社がいくつか見つかったからだ。
 それらの会社のエントリーや面接でうまくいかなかった場合は10月以降に増加する募集を当てにしようかとも考えていたが、無事エントリーシートは全て通過した。
 そして、春と同様、面接やグループワークが始まった。
 就職活動を再開して、合否の連絡が来るようになると、いよいよ就職活動を再開したという実感が湧いてきた。
 面接やグループワークの結果はほとんど合格だったが、学習塾1社からお祈りメールを受信した。合否の通知をもらうとやはり志望度は揺らいだ。
 それだけ真剣にそれぞれの企業のことを考えているんだと荻原さんから言われたことは救いだった。
 荻原さんとはあの時以来会っていないが、メールで何度かやりとりしてアドバイスをもらっていた。
 始めは学習塾や生命保険会社のように直接人と接してものごとを伝えて喜んでもらう仕事に惹かれていたが、徐々にイベント企画の仕事への興味が強くなってきた。
 今日受けに来た第1志望もそのうちの1社だ。
 大きなホールを借り切っての女性向け起業イベントや社会人向け朝活イベントなどを企画、開催している。
 きっかけはポニーとのやり取りだった。
 不思議なものだが、いつの間にかポニーは僕の就職活動のパートナーになっていた。
 荻原さんからは意見交換して協力できる友達が必要だともアドバイスをもらった。
 人に話すことで自分の考えが整理されるし、人にもよるが就職活動による過度のストレスを発散することにも繋がるからだそうだ。
 しかし、もともと人に頼らずに就職活動をしていたし、この時期になっても就職活動をしている同期もあまり知らなかったので、自ずとそういった流れになった。
 ポニーからは他に同じようにまだ就職活動をしている同期もいるのではと聞かれたが、仮にいたとしても、逆に話しにくいと思い、知らないと答えた。

「沖田さんが学生時代に一番大変だったこととか、苦労したことって何ですか?」
 志望会社の話をしているときに突如この質問が投げかけられた。
 驚いたのもあるが、なかなかすぐに答えは出てこなかった。
「うーん。なんだろうなぁ。」
「私は荻原さんにこれを聞かれて自分のやりたかったことが見えてきたんです。」
 荻原さんが経験から自分のやりたいことを見出すという話をしていたことを思い出した。
 ちなみに、ポニーは中堅のアパレル会社に内定し、受諾した。
 最初は人に良いものを届けたいということと親の影響で食品メーカーを受けていたそうだが、最終的にモノではなく人の良いところを見つけて伝えることでお客様に喜んでもらえる仕事がしたいと思ったそうだ。
 化粧品会社等も受けたそうだが、内定はもらえなかったと聞いている。
「部活とかバイトとかは何をやってたんですか?」
「部活じゃないけどテニスサークルと、バイトは事務系だね。どっちの大変だったかって 言われると難しいけど、頑張ったのはサークルかなぁ。」
「沖田さんってテニスサークルだったんですか!?なんかイメージと違いますね。」
「そう?まぁ、うちはかなりまじめにテニスするサークルだからね。」
 テニスサークルというと、軽いのりでちゃらちゃらしているイメージなのだろう。
 面接でもそういうイメージで捉えられたと感じることも多かった。
 そういうところもイメージを悪くしないように気をつけた方が良いのだろうか・・・。
「あ、すみません。それで、そのサークルの中で一番沖田さんが苦労したことってどんなことでした?」
「あ、ああ、そうだね。」
 考え事をしていたため、反応が遅れたこともある。
 しかし、僕はこの質問にすぐに答えることができなかった。
 僕がサークルで一番苦労したことってなんだったんだろうか。
 一番力を入れたのは練習統括として練習メニューを考えたりしたことだが、それは日常的にやっていたことだから、特に苦労したことかと聞かれればそうでもない。
 では、その他に何かやってきていただろうか。
 ぱっと思いつかなかった。
 後から考えれば、自分の嫌な思い出として記憶の奥底に押し込んでいたのかもしれない。
「沖田さん?」
「あ、うん。何かぱっと思いつかなくてね。」
「そうですかぁ・・・。何かイベントの幹事とかやったりしたとか、そういうのでも良いと思うんですけど・・・。」
「うーん。イベントかぁ。・・・ん!」
 そういえば・・・。
 自分が中心に実施したイベントがあった。
 他の大学のテニスサークルと一緒に開催した合同練習。
 次の年も開催されるほどサークルのメンバーからも好評だった。
 そう。
 ただ、このイベントが元恋人の篠田真紀と出会ったイベントであった。
 そして、真紀と別れてから僕の就職活動は負のスパイラルに入った。
 この2つの事実が合同練習の記憶を奥底にしまいこむ原因だったのだろう。
 いつの間にか忘れていた過去の出来事を思い返してみる。
 まぎれもなく僕にとって一番苦労して成功させたものだ。
 サークル代表の平山は合同練習開催だけ決定して何もしなかったので、相手方との調整から練習場所の確保、大学への手続きに至るまで全部僕がやった。
 もちろん初めての企画だったから、分からない事だらけで他のサークルの友達に聞いて回ったりと苦労した。
 しかし、その分成功したときの喜びは一入だった。
 後輩たちは楽しそうに練習しており、合同練習内で実施した練習試合も盛り上がった。
 頑張って開催して良かったと心から思ったのを鮮明に覚えている。
 確かに、こういったことを社会人になってできたら楽しいかもしれない・・・。
 そして、僕の最終的な目標でもある、日本全体に良い影響を与えるというものも、開催したイベントを通じて多くの人に影響を与えることができれば実現できるかもしれない。
 これだ・・・!
 僕の中で何かがガチャリとかみ合った。
「沖田さん?」
 しばらく黙ってしまっていたのか、ポニーが心配そうに呼んできた。
「あ、ああ、ごめん。イベントやったことがあったよ。しかも、それがまぎれもなく僕が一番力を入れた活動だった。
 ありがとう!
 ちょっとその線で考えてみるよ。」
「そうですか!
 何かお役に立てたかは微妙ですけど良かったです。
 頑張ってください!!」
「うん。じゃあ、また。」
 そう言って電話を切った。

「失礼します!ありがとうございました!!」
 面接室から出るときに元気よく挨拶する。
 手ごたえは、ありだ。
 合同練習の話も絡めて僕がやりがいを感じることと、それがこの会社でできると考えていることをちゃんと伝えられたと思う。
 あとは面接官がどう判断するか、そこは“縁”だ。
 以前就職活動をしているときは、そんなふうに思えなかった。
 こちらがうまく話せたら絶対に受かる。
 自分の出来不出来で結果が全て決まる。
 そんな考えだった。
 まるで大学受験のような感覚だ。
 しかし、そうではないとようやくわかってきた。
 荻原さんからのアドバイスがきっかけだった。
「自己分析が終わって、いざ就職活動に挑む学生さんみんなに伝えていることなんだけど、オレは就職活動って結局最後は“縁”だと思っているんだ。
 確かに、絶対にこの企業に入りたいって強い思いを持っている学生さんもいるんだけど、会社側も絶対にこういう学生が欲しいと思っているわけで、それが食い違っていたらそもそも内定なんてあり得ない。
 お互いのこういう会社に入りたいというイメージとこういう学生が欲しいというイメージが一致したときに初めて内定ってもらえるわけで、そう考えると、就職活動って友達とか恋人を探すのと似ていて、“縁”の要素が切り離せないんじゃないかって。
 ただ、学生も企業も自分イメージを正しく相手に伝えられているかっていうのは難しくて、特に学生側は面接のときに正しく自分の行動特性や思いを伝えられていないことが多いっていうのが事実だと思う。
 沖田君たち学生の立場で言うと、企業に正しく自分の姿を説明することができなくて不合格という判断をされている人が大多数いるってことなんだ。要するに、この前やったような自己分析ができていないか、自己分析した結果を正確に伝えられていないってこと。これは非常にもったいない。何で不合格になったのか学生には分からないし、それこそ自分自身を否定された気になってしまう。
 でも、沖田君はこの前自己分析をしたし、その上でそれをちゃんと説明するだけの力があると思うから、それが面接の場で出せれば、あとはその企業との相性の問題ってこと。
 合わない会社に入ったら働き始めてから辛くなってしまうから、それを就職前に知ることができると考えれば不合格もありがたいよね。もちろん全部そうやって不合格になったら困るけど、自己分析をしっかりやって、それを伝えた上でどこからも内定がもらえなかったという学生さんにはオレ自身会ったことがないよ。
 自己分析の結果や自分のやりたいことを相手に伝わるように話したら、あとは結果を待つだけ。相性が良い会社であれば内定はもらえるはずだから、臆せずに頑張ってね。」
 就職活動が友達や恋人を探すという人間関係の構築に似ていると言われて自分が試験のように考えてきたことが恥ずかしくなった。
 確かにその通りだ。
 会社というと無機質なイメージだったが、結局はサークルと同じで人が集まって組織を成しているのだ。
 一緒に働きたい人、そうでない人があるに決まっている。
 以前も就職活動を一生懸命やっているつもりだったが、そんなことに思い至らなかった。

 面接のために切っていた携帯の電源を入れた。
 程なくしてメールを3通受信した。
 先週受験した生命保険会社から1次面接合格の連絡と2次面接の案内が届いていた。
 良かった。
 ふうっと安心のため息をついて次のメールを見る。
 ポニーからだ。
 第一志望の面接という話はしていたので、応援のメールが届いていた。
 残念ながら面接の前に見ることはなかったが、ありがたいものだ。
 親に合格の連絡をした後にでもお礼の連絡をしよう。
 僕はまず電話のアプリを起動して家に連絡した。
 僕が大学院に行くと言ってもめた日から両親とは事務的な内容を除いてほとんど会話をしていなかったが、就職活動を再開したことを伝えると、母親は安心したように涙を流した。
 父親もしばらくは勝手だと怒っていたが、今では僕の取り組みを認めてもらえるようにまでになっている。確かに勝手をしたと僕自身が思っているので、それでも泣くほど心配していた母親と、結局は僕の味方をしてくれる父親に感謝している。
 そんな思いから、合否の連絡があったときはすぐに連絡するようにしていた。
 3コールほどで母親が電話に出た。
「もしもし、航?」
「うん。母さん、この前受けた生命保険会社から1次面接合格の連絡が来たよ。来週の火曜日に2次面接みたい。」
「そう!
 おめでとう!!
 本当によかったわぁ。お父さんにも知らせておくわ。」
「まだ1次面接だから、そんなに騒ぐもんじゃないよ。前のときも1次とかではそんなに落ちなかったし。」
「そう・・・?
 でも、合格は嬉しいじゃない。
 気をつけて帰っていらっしゃい。」
「うん。じゃあ、また後で。」
 電話を切る。
 次は、ポニーだ。
 メールにしようか電話にしようか迷ったが、何となく電話かかけた。
「はい。宮村です。」
 すぐに出た。暇なのか?
「あ、沖田です。
 面接終わりました。メールありがとう!」
「いえいえ。第一志望だって聞いてましたし。
 どうでした?」
「うん。まぁ、ちゃんとしゃべれたと思う。」
「そうですか!じゃあ、あとは“縁”ですね。」
「だね。」
「あと、この前受けた生命保険会社から1次面接合格のメール来たよ。」
「すごいですね!ほとんど負けなしじゃないですか!?」
「でも、前に就職活動していたときも1次面接はそんなに問題なかったから、何とも言えないけど。」
「そうでしたね。そもそも私とは違うんでした・・・。」
「あはは。でも、結果的には宮村さんの方が先に内定とってるじゃん。」
「うう。ありがとうございます・・・。」
 第一志望の面接で実力が出せたことと、合格の連絡をもらったことからか、何か自分が饒舌になっているように感じる。
「ごめんごめん。まぁ、僕もいよいよって感じだよ。」
「そうですね。でも、沖田さんなら大丈夫な気がします。荻原さんも沖田さんは今まで見てきた学生よりもかなりできるって言ってましたし。」
「とはいえ、前の就職活動では結局内定はもらえていないんだし・・・。
 最終とかの前にはもう一回自己分析結果とか整理しておきたいから、良かったら今度時間とって話できないかな?」
「えっ?あ、っわたしですかっ?」
「う、うん。そうだけど。」
「あ、いえ、いつも私から無理矢理押しかけている感じで、こんなふうに沖田さんに誘われたことなかったですから・・・。
 えっとぉ、内定式以外なら基本いつでも大丈夫です。」
 そう言われてみると、確かに僕から誘うことは初めてかもしれない。
 気づいて顔が熱くなっていくのを感じた。
 別にデートに誘っている訳ではないし、そもそも、恋愛感情とかそういう・・・。
「沖田さん?」
 一時的にフリーズしていたらしい。
「あ、はい。いや、この前のサークルでのイベントの件とか、宮村さんと話していると頭が整理できるから。」
 そう答えるのがやっとだった。
「そうですか。そ、そう言ってもらえると嬉しいです。えっと、あ、また沖田さんの都合のいいときに連絡ください。」
「うん。今日の面接の結果次第っていうのもあるし、また連絡します。」
「そ、それじゃあ、失礼します!」
 何か恥ずかしくなってそそくさと電話を切って家路についた。
 今日の夕飯は僕だけまた1品多かった。


開花

2013年10月14日 東京


「では、学生時代に最も力を入れて取り組んだことを教えてください。」

 ついに第一志望の第三次面接までたどり着いた。
 ネットから得た情報では、この第三次面接が最終面接とのことだった。
 他にも2社が最終面接を残すのみという状態まで来ている。
 残る3社は残念ながら不合格だった。                     
 チャンスが残り3社となり徐々に余裕のない状態になってきているものの、3社のうちどこからかは内定がもらえるのではないかと感じるようになってきていた。
 内定をもらったことがない僕が言っては何も根拠がない話になるが、以前就職活動をしていたときと比べて、面接の手応えを感じるようになってきているように思う。
 以前は自分が言いたいことが言えたという感覚が面接の手応えにつながっていたが、今は面接官としっかり会話ができていたか、という点で面接を自己評価できているのも大きいと思う。
 また、残っている3社については、今までの面接で僕のやってきたことをかなり買ってくれていたと感じているし、僕も面接官の雰囲気や考え方が自分に合っていると感じていた。
 とはいえ、できるのであればこの面接で内定が欲しい。その気持ちは非常に強い。

「はい。最も力を入れたのは、所属しているテニスサークルで別の大学のテニスサークルと初の合同練習を開催したことです。
 私が所属しているテニスサークルは一般的なテニスサークルと異なり、学生同士の交流ではなくテニス自体を楽しむことを目的としたサークルです。私はそこで練習メニューを考え、指導する役割を担っていました。テニス自体やその上達を楽しみたい学生が集まっているため、効率的に練習して、上達を促せる練習メニューを作ることを意識していましたが、問題点もありました。
 大学内のテニスサークルでは、交流メインのサークルが多いため、基本的にいつも練習はサークル内のメンバーで行っていました。その結果、参加している大会を除き他のサークルに参加する学生と練習や試合をする機会が少なくなり、様々なタイプの相手とプレーすることができない環境にありました。私自身、上達するためには様々なプレースタイルの相手とボールを打ち合う経験が大切だと考えていたため、この点を改善したいと考えるようになりました。
 ちょうどこういった問題意識を持ち始めた頃にゼミで他の大学でテニスサークルに所属している学生と知り合い、合同練習を企画するに至りました。
 合同練習を企画するといっても、これまでサークル内でそういったことを実施した経験がなかったため、練習場所の確保から大学への申請が必要なのかどうか等、分からないことだらけでしたが、サークルメンバーの協力を得て無事合同練習を開催することができました。
 合同練習は私が所属するサークルメンバーだけでなく、相手の大学の学生にも好評で、多くの後輩から感謝されました。苦労したものの、その分成果があったおかげで大きな達成感を感じることができました。また、好評だったため合同練習は毎年実施することになり、昨年実施した初回に続き今年も第2回が開催されました。そうやって代々引き継がれるイベントになったことも私自身の喜びになりました。
 社会人になっても、自分が苦労してでも作り上げた場で多くの人に楽しんでいただけるような経験がしたいと考えております。」
「はい。ありがとうございます。
 では、いくつか質問させてもらいます。」
 いよいよここからだ。この質疑で僕の将来が決まるかもしれない。
 大学時代にやってきたことというのはどの面接でもだいたい聞かれる。この点については、一昨日もポニーに話していろいろと質問してもらうことでより掘り下げができたと思っている。
 若干脚色を入れてでも相手に伝わるようにという荻原さんのアドバイスも織り込み済みだ。
 実際合同練習をやるぞ!と言ったのは会長の平山だが、そういった詳細は聞いている面接官にしてみれば些細なことでしかない。要は自分が何を思い、どういう行動をとったのかということが大事なのだ。
 以前の僕であれば、事細かに自分の経験したこと全てを理解してもらうことに主眼を置いてしまっていたが、そのアドバイスを経てそうではないのだと分かった。
 面接官も人間なのだから、聞きやすい話とそうでない話があれば前者を好意的にとらえる。中身の前に相手に理解してもらいやすい話の流れなのかということが大事になってくるということだ。
 今では質疑応答も同じだと感じるようになってきていた。
「お話いただいたイベント開催で結果好評だったからやりがいを感じたというように聞いていて感じましたが、失敗していたらイベント企画にやりがいを感じなかったんではないですか?」
 いくつか簡単な事実確認のような質問に答えた後、この質問が来た。
 確かに僕の言い方だとこのように受け取られる可能性があるのは確かだ。以前の僕なら、この質問を単なる指摘として捉えて「そんなことはない」と否定することに躍起になってしまっていたが、今は違う。
 面接官はイベント企画会社の面接官だ。学生時代に企画したイベントがたまたまうまくいったから志望してくる学生をふるいにかけているのだろう。失敗を機に次へのモチベーションが著しく低下してしまう人材を確保してしまうことは会社にとっても良いことではない。
「今回は運良くうまくいったため、失敗に終わっていたらどう感じていたかということは分かりませんが、おそらくまた別の機会を見つけて合同練習なり練習試合などの企画を立てていたと思います。
 理由は、2つあります。
 ひとつは、先ほども申し上げたように、私自身が様々なタイプの相手とボールを打ち合う経験を増やした方が良いという問題意識を持っていたことです。合同練習がうまくいかなくなる理由はいくつかあると思いますが、それを改善して次につなげることで、サークルメンバーにも納得してもらえる企画を作り上げることができるようになるのではないかと感じています。
 もうひとつは、イベントを機に幹部同士の連帯感が強まったことです。これはイベントの成功失敗に関わらず、それまでの苦労を共にしたことで得られたものだと感じています。この連帯感によってイベント企画前よりもサークル運営に対する幹部同士のコミュニケーションが活発化し、普段の運営もスムーズとなりました。何よりもお互いが非常に仲良くなりました。このようにイベント通じて仲間同士のつながりを強化できることも効果がありますし、魅力の一つだと思いますので、再度イベントを企画しようと考えたと思います。」
「そうですか。よく分かりました。」
 緊張から話が長くなったような気もしたが、そこそこ答えられたような気がする。
 面接官も話の間よく相づちを打ってくれていた。

 その後、話はゼミなどの大学での勉強の話になったが、あまり深く聞かれることはなかった。
 また、他の会社の就職活動状況についても聞かれた。
 正直に他にも2社受けているが、あくまで御社が第一志望だと伝えた。
「仮に弊社から内定を通知したら他の2社は辞退できますか?」と直接的な質問もされたが、「はい。」と素直に答えた。
「それでは、面接は以上です。お疲れ様でした。」
 面接官が面接終了の挨拶に入った。
 僕も立ち上がって答える。
「お忙しいところ面接していただきありがとうございました。宜しくお願い致します。」
 深く礼をする。
「ご丁寧にどうも。数分待てますか?」
「はい。」
 そう答えながらも、こんなことを面接後に言われたのは初めてだったので、少し動揺した。
 通常であれば、「気をつけてお帰りください」などと言われてすぐに退室を促されるところだ。僕もそうなると思ってすぐに鞄を持って退室する動きをとろうとしていたので、変な体勢で固まってしまっていた。
 面接官は資料を全て手に持って僕を残して部屋を出て行った。

 もしかして、という気持ちが膨らんでいた。
 ネットでも最終面接のその場で内定がもらえたという話は聞いたことがあったが、このように面接官が一時退室したというのは見たことがなかった。
 5分と言ったが、もう10分15分経ったように感じる。
 時計を見たが、まだ2分程度しか経っていなかった。
 心臓の音と振動が巨大スピーカー越しで聞くように全身に響いてくる。
 時計から目が離せなくなり、無心で秒針を追っていた。
 30秒ほどカウントした頃に扉が開いた。
 面接官が戻ってきた。
「お待たせしました。」
 立ち上がって礼をしたが、言葉が出なかった。
 面接官にも緊張していたことがすぐに分かったようだ。
「ははは。緊張させてしまったようだね。申し訳ない。面接の様子を見ているとそんなに緊張しないようにも見えたけど、よく練習してきたのかな。」
「あ、はい。」
 適当な返事になってしまう。
 そんなことよりも結果はどうなんだ。
 僕の頭にはそれしかなかった。
 ゆっくりと席に着く。
 面接官が席につき、再び口を開く。
「沖田さん。」
「はい。」
 一瞬の間が永遠のように感じる。早く次の言葉が聞きたい。
 早く。早く。早く。早く!

「おめでとうございます。
 合格です。
 是非弊社で働いてください。」

 一瞬息を飲んだ後、ふうぅぅぅ・・っと大きなため息が漏れた。それと同時に両手の拳は力強く握りしめられていた。
 背筋の力が抜けて自然と体が椅子の背もたれに寄っかかる体勢になったが、面接官がまだ目の前にいることに気づく。
「あっ、すみませんっ。ありがとうございます」
 そう言って即座にすっと体勢を立て直して礼をする。
「いえいえ。就職活動では苦労したという話も前回の面接官から聞いていますし、もう面接は終わっています。気にしないでいいですよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「この場で内定とさせていただきたいところですが、沖田さんはまだ他の会社さんも受けられているとのことですので、そちらを辞退された後に正式に内定とさせていただきたいと思います。2社への辞退後弊社に再度ご連絡ください。」
「かしこまりました。」
「また、弊社では秋採用者の内定式を1月に実施します。入社前の健康診断と同日となります。詳細は内定後またメールで連絡しますので、よく読んで参加してください。」
「はい。メールよろしくお願いいたします。」
「では、本日の内容は以上です。何か質問はありますか?」
「いえ。本当にありがとうございました!」
 再度立ち上がり深く礼をした。
 本当に嬉しかった。
 そして何よりほっとした。
 開放感を全身で現したい衝動に駆られたがギリギリのところで我慢した。
「では、お気をつけてお帰りください。入館証は受け付けで忘れずに返却してください。」
「はい。失礼します。ありがとうございました。」
 そう言って、部屋から出た。

 気づいたらビルを出ていた。受付の人に入館証を返さなくてはならないのだが、手元にないのでちゃんと返したのだろう。
 携帯の電源を入れて電話アプリを起動する。
 家に電話をかけようとしたが、手を止めた。
 もっと先に合格を知らせたい相手がいる。
 一次面接の後の電話から、意識するようになっていた。何かあるとすぐ相談し、自然と用がなくても会話するようになった。
 会話していると就活生として自分の考えが整理されるというだけでなく、自分を受け入れてくれる人がいるという安心感を得ることができる相手になった。
 就活で面接官から否定され続けた心を癒やしてくれた。そんなことをしてくれたのは長かった就活期間で彼女だけだった。
 呼び出しのコールが鳴る。
 相手はすぐに出た。
「沖田さん。面接終わりましたか?」
「うん!なんと内定までもらえたよ!!」
「すごーい!!お、おめでとうございます!!」
「ありがとう!!宮村さんのおかげだよ。本当にありがとう!!」
「いえいえ。私なんかが力になれたなら嬉しいです。」
「お礼がしたいし、就職活動は終わったけど、今後も会ってくれるかな?」
「あ、えっ?」
 一瞬の逡巡の後、彼女は明るい声で答えてくれた。
「はい。もちろんです!」



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