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衝突

2013年5月14日 自宅


 いつだったか見たような番組が流れている。
 休日の昼間だからだろうか。再放送のようだ。
 僕はダイニングテーブルにつき、テレビを眺めている。
 普段は基本的にテレビのない自分の部屋で過ごすのだが、今日は両親と就職活動について話すことになっているので、昼食後リビングでテレビを見ながら時間を潰していた。
 母さんが台所で紅茶を入れようとお湯を沸かしてる。
 父さんは昼食後図書館に行ったが、そろそろ帰ってくるはずだ。
 チャンネルを変える。
 婚活、つまり結婚活動をテーマにした特集番組だ。
 多くのサラリーマンやOLが結婚相手を求めて婚活をするということで話題になっているが、僕としては就職できているだけ良いではないかと感じてしまう。
 婚活よりも就活の方が問題という気がする。
 現に僕の姉さんも来月結婚式を行う。順風満帆に人生を歩み、結婚相手も見つけている。
 僕もこれまで何も不自由なく生きてきた。
 大学受験だって、大手予備校に通って勉強した結果、現役で有名私立に合格した。
 しかし、ここにきて初めて壁にぶつかった。
 そんな状況であるため、何も障害がなく生きているように見える姉さんがうらやましかった。
 姉さんは結婚式の準備のために、5月末からこの家に一時的に戻ってくる予定だが、今はいない。
 勤務地が関西であるため、3年前就職と同時に引っ越していた。
 今この家で暮らしているのは両親と、僕と弟の4人だ。
 ただ、弟は大学受験生で、今日も予備校に通っているので日中帯は家にいない。
 両親と腹を割って話をするには都合の良い環境なのだ。

「ただいま。」
 水が沸騰し、電気ポットのスイッチがパタッと元に戻るのとほぼ同時に父さんが帰ってきた。
「おかえり。」
 いつも通り父さんを出迎えたが、手に持っている本が気になった。
 図書館で借りてきた本の一部に「自己分析の基本」や「面接の心構え」といった僕の就職活動に関わると思われる本が見えた。
 父さんは特に何も言わなかったが、僕の参考になればと思って借りてきたのだろう。
 なんというかタイミングが悪い。
 今更渡されたところで何かが変わるわけでもない。
「お帰り。」
 母さんが紅茶を持って台所から出てきた。
 僕と、両親がそろった。
 いよいよ、話すときがきた。

「僕、大学院に行こうと思ってるんだ。」
 ひとしきり他愛もない話をした後、僕は早速希望を告げた。
 当然だが、両親は驚いている。
「急にどうしたの?」
 先に口を開いたのは母さんだった。
「就職活動はどうするんだ?」
 父さんも続いて僕に問いかけてきた。
「就職活動は辞めて、大学院に行きたいんだ。」
「どういうことだ?もっとちゃんと話をしなさい。」
 父さんが少し強い口調になった。
「あ、うん。就職活動していたんだけど、自分が社会人になって何がしたいかが分からなくって・・・。大学の同期とか周りの就職活動生とかとも話をしたんだけど、みんな自分が何がしたいのかがはっきりしているんだ。それで、僕もそういうのを見つけようとしてゴールデンウィークとかもいろいろ探してみたんだけど見つからなくて・・・。」
 隠しても仕方ないので本心を言った。
 実際、何がしたいのか良く分からないのだ。
「それで、大学院、か?」
「いや、それだけじゃなくて、大学院生で就職活動をしている人に会って話を聞いたら、大学生のときに就職活動をしていたんだけど、何がしたいのか分からないから志望動機がしっかり言えずに内定がもらえない状況だったらしいんだ。それで、大学院に行って2年間かけてやりたいことを明確にしたって言ってて。その人と一緒にグループワークもやったんだけど、凄くてさ。僕もそういう状態になって自信を持って社会人になりたいって思ったんだ。」
 そう。髭男だ。
 髭男の話を聞いたあの日から、僕は大学院に行くこと決め、就職活動はただ面接に行っているという状態だった。そして、やはり結果はついてこなかったが、以前と比べて結果に落ち込むようなことはほとんどなかった。
 もちろん、ゼミの教授にも確認しに行き、研究室に歓迎してくれるという話も聞いた。
 実際に髭男はグループワークでも優秀だったし、そういう「できる」人間になりたいと思う。
 正直今の自分では社会に出て何がやりたいかという以前に、何もできないような気すらしているのも事実だ。
 だが、決して就職活動で一つも内定がもらえないから仕方なく大学院の道を選ぶのではない。
 自分を高めるために2年間もう少し勉強するとともに、その間にやりたいことを見つける。
 あくまでも前向きに大学院に行くことを考えている。
 だからこそ、お金の面倒はあるにせよ、両親が反対する理由はないはずだ。
 お金だって奨学金の制度を利用すればそこまで負担にはならないということ、僕の成績から見ても十分に権利を得られるであろうことは既に調べていた。
 父親の口調が強くなったのにはびっくりしたが、やはり反対されることはないと信じていた。
 しかし・・・。
「学生のうちに考えている社会人になってやりたいことなんていうのは大して重要じゃない。」
 父さんはむしろ賛成する気が微塵もないような様子に見える。
「えっ?」
「やりたいことなんていうのは、社会人になって実際に働いたら変わったり新しくできたりするもんだ。」
 今までの僕にはなかった新しい発想だったが、やりたいことがないと結局志望動機が不十分だといって落とされるのだ。その悔しさは今までに何度も味わっている。
「でも、やりたいことがないと志望動機とかが全然話せないから面接で落とされるんだよ。」
「それは、そもそも話している内容に問題があるんじゃないのか?父さんだって採用で面接したことがあるが、社会に出て何がしたいのかということよりも、本当にうちの会社を志望しているかどうかしか見ていなかったぞ。」
「父さんが採用活動していたのなんて、もう10年も前じゃないか。今、周りの就職活動生を見ていても、やっぱり将来やりたいことが明確なやつが内定をもらっているんだ。」
 ここまで反対されると思っていなかった。
 ただ僕が否定されているだけのように感じる。
「お前の周りって言ってもたかが数人や十数人の話だろう。父さんには、就職活動から逃げたくて言っているようにしか聞こえないな。」
 この一言にはカチンときた。
「別に逃げてるわけじゃない。もう少し大学院で勉強して自分を成長させてから社会に出たいってだけだ。さっき言った人みたいにしっかりと社会で通用するようになった上で働きたいんだって。」
 自分自身が前のめりになっているのを感じる。ここまで感情的になったのは久々だ。一方で、父さんは口調は厳しいものの、あくまで冷静のようだった。
「別にその人だって既に内定を取っているわけではないんだろう?」
「それは・・・、そうだけど・・・。」
 髭男の実力は社会人になっても通用するような気がしていたが、そういわれると返す言葉がない・・・。
「大体、今大手の会社ならどこだって新入社員の研修はやっている。別に即戦力じゃなくても徐々に力をつければ問題ないだろう。むしろ、一気に研修をして育成するためにそうやって新卒を一度に採用しているんだからな。」
 企業側の事情は初めて聞く話だったが、そんなことは僕にはどうでも良かった。
 少し間をおいて、父さんは続けた。
「今やりたいことが明確じゃないなら、とにかくどこでもいいから内定をもらって就職しろ。社会人として経験を積みながら将来のことを考えた方が実務経験も多くなるし有利だぞ。」
「でも、それじゃあ、やりたいことが見つかったときに、入った会社と関係がなかったらそれまでの時間が無駄になるじゃん。だったら、大学院で2年間考えた方が良いって。そもそも、今はとりあえず内定取っておけって言って簡単に取れるほど楽じゃないんだよ。」
「内定が取れないのはお前の頑張りが足らないからじゃないのか?友達にも内定取っている人はいるんだろう?」
 ふと平山の顔が浮かんだが、すぐにかき消した。
 あいつは来年から銀行で働くんだろうが、僕は違う。
 大学院に行って自分を磨くんだ。
「他の奴は関係ないだろ。僕は自分でまだ実力が足りないと思うから大学院に行きたいって言ってるんだ。」
「大学院に行ったら、社会で通用するようになって、やりたいことも見つかるのか?だいたい、お前は大学院が何をするところか分かって言っているのか?」
「・・・。」
 2年後に自分が成長しているか、やりたいことが見つかっているかなんて、先のことが分かるわけがない。
 分かるのなら、誰も苦労しない。
 不安がない訳ないじゃないか。
 それでも、僕はこのまま無駄に就職活動を続けるくらいなら、大学院の2年間にかけてみたいと思ったのだ。
 しばらく黙っていると、母さんが間に入ってきた。
「あなたも航も少し落ち着いたら?」
 僕がこんなにも父さんに食って掛かることは今までになかったからか、少しおどおどしているようにも見える。
「航もお父さんが今の時点でやりたいことがなくても大丈夫って言ってくれているんだし、もうちょっと就職活動頑張ってみたら?あなただって航が大学院に行きたいって言っているんだから前向きに聞いてあげたら良いじゃない?」
 言っていることはおかしい気がしたが、必死に間に入ろうとしているようだった。
 しかし、父さんはその仲裁も気にしなかった。
「いや。だめだ。今の航の話では大学院に行く方が無駄だ。」
 母さんの仲裁も気にせず頑固に断る態度だ。とにかく僕を否定しているのだ。
「何で無駄だって分かるのさ。僕の人生だ。僕の考えを尊重してくれたっていいだろ。父さんが反対しようが僕は大学院に行く。」
 とにかく僕にはその方法しかないんだ。
 反対されたのは予定外だったが、そんなの関係ない。
 父さんは少し黙っていた。
 母さんは結局仲裁はできないと思ったのか、黙って父さんの様子を窺っている。
「分かった。そんなに言うなら好きにしろ。だが、大学院に行くとしても一切学費は払わない。自分で何とかしろ。」
「あなた・・・。」
 そう言うならそれでいい。
 さっきも言ったが、自分の人生だ。
「分かった。自分で何とかする。」
 そう言って僕はリビングを去って自分の部屋に戻った。
 母さんが僕の名前を呼んでいる気がしたが、戻る気にはなれなかった。

 部屋に戻って、ベッドに横たわり、ぼうっと天井を眺めていると、少しばかりの後悔に駆られた。
 自分が最後の砦だと思っていた家族も敵に回したのではないか・・・。
 就職活動を始めてから何度もショックを受けたことはあったが、最後は家族が味方してくれるという安心感があった。
 しかし、その家族ももう僕の味方はしてくれないだろう。
 一方で、お金という現実的な問題も残った。
 奨学金をもらったとしても生活費と学費には届かない。
 大学院卒として就職活動するためには学費を納めることは必須だ。
 中退してしまっては意味がない。
 だが、今までやったことのないようなバイトをするのも、やりたいことを見つけるためには良いと思う。
 社会経験にもなる。
 大学院という道を見つけてから、少し前向きになれているのだろうか。
 細かい計算はしていないが何とかなるような気がした。

 寝る前も今日のことを考えていた。
 家族を敵に回し、大学院も入学が決まった訳ではない。
 状況としてはさらに窮地に追い込まれているのだが、就職活動から離れ、しばらくは絶望を感じることがないという安心感が何よりも僕の中では大きなウェイトを占めていた。
 なんだかんだ言って、僕は就職活動から逃げていただけなのだろうか・・・。
 前向きに大学院を考えているつもりだったが・・・。
 もしかしたら、自分が本当に何を考えているのかすら分かっていなかったのかもしれない。
 ただただ、大学院という藁にすがりたかっただけなのかもしれない。
 結局漠然としたモヤモヤは晴れていない・・・。
 もはや、大学院に行くといった以上後戻りはできないが、「これで良かったんだろうか」という疑問に対して、「良かったのだ」という確信が持てなかった。
 何度も言い聞かそうとしたが、やはりだめだった。
 思考が堂々巡りする。

 気付いたときには考え疲れて眠りについていた。


反感

2013年6月11日 代官山


 姉さんの結婚相手は大学時代に知り合った人らしい。
 就職を期に一度別れたという話は聞いていたが、いつの間にやらよりを戻していたらしい。
 就職してから姉さんはずっと関西で働いていたし、家に帰ってきても特にそんな話をするわけでもなかった。
 姉と弟の姉弟なんていうのはどこもそうなのかもしれないが、年齢を重ねるごとに、疎遠になっていったような気がする。
 別に仲が悪いわけではないが、そこまで深い話もしない。
 よく言えばお互いに干渉しない距離感が保てるようになっているということなのかもしれない。
 ただそのためか、今日の結婚式はどうしても家族の結婚式という感じがしなかった。
 僕もまだ大学生のため、友人の結婚式に呼ばれたことはなかったが、2回ほど親戚の結婚式には参加したことがあった。それと同じ感覚に思えた。

 結婚式場は代官山にあるゲストハウスだった。
 14時半から結婚式のため、弟と2人1時間前の13時半に式場に到着した。
 当事者である姉さんはもちろん、父さん、母さんももう1時間早く来ていた。
 日本の住宅街では考えられないような荘厳な入り口を通り、玄関へ向かう。
 まさに結婚式という雰囲気を感じる。
 家族の結婚式であって、何も後ろめたいことはないのに、進路が決まっていない自分がここに来るのが場違いな気がしてしまう。
 ここのところ大学院に向けた勉強もあまりはかどっていない。
 あのとき感じた大学院への魅力も日を追うごとに薄れている気がしていた。
 6月頭に大学院に行ったサークルの先輩に話を聞いてみると、勉強や研究、教授の手伝いなどが忙しく、あまり遊んでいる時間も取れないと言われた。
 大学院に行って、やりたいことを見つけようと思っていたが、自由な時間があまり持てないということを聞いて、本当に大学院で良いのかという疑問が生まれてしまった。
 髭男に話を聞いてみたいと思ったが、あいにく連絡先を交換し忘れていたため、どうしようもなかった。
 ただ、だからといって父さんと口げんかしてまで大学院に行くと言った手前、中途半端なこともできないという思いで毎日勉強は続けている。

 そういえば、ゲストハウスでの結婚式は少し前から流行っているらしい。
 基本的に貸切状態になるため、自分たちの好きなように装飾できたりと、自分好みでおしゃれな空間を作れることも大きな魅力のひとつらしい。
 最近の風潮として、自分の思い通りにできるということがひとつの「売り」になっているのだ。
 くしくも、コンサル業界に入ろうと思って本やインターネットでいろいろと調べていたときに、たまたまウェディングコンサルタントの記事を見つけて読んだのを覚えている。
 とはいえ、式場に来てみると、同じ日に3件も結婚式をやると案内があり、あわただしいものだと思った。
 実際、式場に到着したとき、式場の周りに前の時間帯で結婚式をしていた夫婦の親族と思しき人がまだ残っていた。
 自分好みの空間にできると言っても結局はすごく短い時間なのだという現実を感じてしまった。
 決して僕の結婚式ではないのだけれども、一生の記念に残る晴れ舞台で、大金をつぎ込んでもそれっぽっちの時間しか自分の思い通りにはできない。
 でも、そんな短い時間の自由でも欲しくなってしまうほど、世の中は自分の思い通りにはいかないものなんだと思う。
 だからこそ、自分の思い通りにできることが「売り」になるのだ。

 就職活動が自分の思い通りになると思っていた自分が少し恥ずかしくなったのも場違いだと感じた原因なのかもしれない。
 弟から少し遅れて式場の中に入った。
 少し豪華な家。
 それが第一印象だ。
 建物の外は、そもそもおしゃれな町であること、植物などが丁寧に整えられていたこともあってかなり豪華な印象を受けたが、建物の中はそこまでの違いを感じることはなかった。
 置いてある家具は非常に高価なものなのだろうと感じたが。

 既にスーツを着ていていたため、特に着替える必要はなかった。
 そのまま親族控え室に案内された。
 姉さんの旦那さんの親族がいたらどうしようかとも思ったが、控え室は分かれていた。
 久々に会ういとこたちと話をしていると、ウェディングドレス姿の姉さんが入ってきた。
 身内だからそう感じるのかもしれないが、とても綺麗だ。
 本当に姉さんが結婚するんだと思い、家族の結婚式だという実感が沸いてきた。
 今日は自分の状況だとかそんなことは忘れて、姉さんの結婚を祝おうと思った。
 少なくとも、この時点では本気でそう思っていた。

 結婚式は滞りなく進行した。
 ゲストハウスに隣接したチャペルで、訛った日本語で話す外国人神父の進行のもと、結婚式は執り行われた。不自然な話し方に笑いがこぼれそうになるのを我慢しつつではあったが、無事に終了した。
 最後の新郎新婦退場においても、盛大な拍手で姉さんたちは見送られた。
 姉さんはとても幸せそうだった。
 うらやましいという気持ちがなかったといえば嘘になるが、何よりも幸せそうな姉さんを見るこができて良かった。
 その後に親族紹介も行われたが、向こうの親族は大学生や高校生が多く、僕の大学4年生というステータスも特に浮いた様子はなかったと思う。

 そのまま予定時刻どおり披露宴が始まった。
 披露宴の冒頭では主賓の挨拶があった。
 主賓は新郎の会社の部長だった。
 新郎の所属を聞いて僕は少しはっとさせられた。

 人事部採用担当

 姉さんの旦那さんは採用に携わる人間だった。
 普通の人であれば、特に気にせずに聞き流すところなのだろうが、僕は違う。
 これまで、多くの会社の採用担当に会って面接をされてきた。
 そして、その多くのケースで不合格というレッテルを貼られてきたのだ。
 別に旦那さんの会社を受験したわけではなかったが、採用担当という存在に対して正直あまり良い印象を持っていなかった。
 自分たちは社会に出てしっかりと働いており、全うな人間ですよと看板を掲げて社会人を目指す学生を品定めする。
 彼ら採用担当は僕らが自分たちの御眼鏡にかなうかどうかを見極めるためにあの手この手を使ってふるいにかけているのだ。
 それも、一方的に上の立場から。
 卑怯だと思っていないと言ったら嘘になる。

 主賓の祝辞については何も頭に入ってこなかった。
 自分の中にこみ上げてくるもやもやした感情を抑え付けるので精一杯だった。
 姉さんをお祝いしたいという気持ちに変わりはなかったので、余計なことは極力考えないようにした。
 披露宴も乾杯を経るといくつかのイベントをはさみながら時間が過ぎていった。
 出てくる料理は非常に美味しかった。
 席は家族4人だけの席であったため、特に代わり映えのある会話はなかった。
 普段どおり弟と会話をしていた。
 父さんとはあれ以来あまり会話をしていなかったが、そもそも両親とも口数は少なかったため特に気を使うこともなかった。
 姉さんは第一子であるし、感慨深いものがあるのだろう。
 余計な口を挟まない方がいい。
 僕も弟もそういった空気を感じて二人で会話をしていた。

 中座をはさみ、装いも新たに和装で新郎新婦が入場すると、各テーブルで写真撮影を行った。
 気づくと新郎に一番近い席に座っていた人たちがいなくなっていた。
 どうやら余興をやるのだろう。
 これまで参加した結婚式でも、いつの間にか席を立っていた人たちがピアノを弾きながら歌を歌ったり、タップダンスを披露したりと余興を行っているのは見てきた。
 予想通り余興が始まるようだった。

 司会の紹介があり、6人の男たちが会場に入ってきた。
 全員丈の長い黒いコートを着ている。いや、まとっていると言った方が正しいか。
 おめでとうという言葉と、お祝いのダンスを踊るという簡単な挨拶をして、マイクを司会者に戻した。
 音楽が流れ始めたとき、僕は違和感を覚えた。
 てっきり本格的なダンスなどでもするのだと思っていたら、最近流行りの大人数女性アイドルグループの曲が流れたのだ。
「えっ?」
 思わず口をついて疑問の声が出てしまった。
 曲が流れ始めてから数秒後、6人の男たちはコートを脱ぎ捨てた。
 ブラジャーにパンツ。
 彼らの着ている衣類はそれだけだった。
 そして、音楽に合わせてそのアイドルグループのダンスをひたすら踊り続けた。
 僕は唖然としてそれ以降何も反応できなかった。

 会場はそこそこ盛り上がった。
 当然新郎の会社関係の席は大盛り上がりだった。
 一応笑顔を見せてはいたが、僕からは父さん、母さんもあまりいい気はしていなかったように見えた。
 恐らく、余興の細かい内容を知らされていなかったのだと思う。

 これまでの数少ない経験での認識でしかないものの、結婚式の余興というのは、特殊なスキルを披露するものだと思っていた。
 良い言葉ではないかもしれないが、文芸的というか、文化的というか、そういったものだ。
 これまでの結婚式で見てきたピアノなどはまさにそういったものだった。

 今目の前で繰り広げられているもの。
 去年の大学の忘年会でも似たようなものを見た。
 そう。
 宴会芸なのだ。
 確かに、結婚式のあり方も変わってきている。
 コンサルの勉強をしているときに市場の動向として知識は持っていた。
 ただ、なんとなく、基本的には人生に1度の晴れ舞台の祝福が宴会芸というのはあんまりではないかと感じた。

 とにかく胸が締め付けられるような苦しみを感じた。
 真紀に別れを切り出されたとき、自信のあったコンサル会社の面接結果が不合格だという連絡が来たとき、そのときと似た感触を思い出したかのように僕の心臓の鼓動は急激に変化した。
 姉さんの結婚式で宴会芸をされたのは嫌だった。
 だが、それは一番の理由ではない。
 決してそうではないのだ。
 それをやっているのが、社会人。
 そして、学生を見定める採用担当がやっている。
 僕にとってはそれが何よりも腹立たしいのだ。
 こんなやつらに不合格と決め付けられていたのか。
 人の結婚式で、大学生みたいな宴会芸しかできないくせに僕ら大学生を裁いていたというのか。
 余興が終わった後もとにかく怒りがおさまらなかった。

 別にどの会社の採用担当も同じようなことをしている訳ではないだろうし、僕が旦那さんの会社を受験して不合格になったわけではない。
 それに、姉さん夫婦が頼んだことかもしれないので、本人たちが望んでやっているとも限らない。
 だいたい、大学生がやっているような宴会と社会人がやっている宴会にどう違いがあるかも分からない。
 別にこういった余興をやる結婚式が一般的なのかもしれない。
 冷静に考えれば、現状の怒りを抑える材料はたくさんあったと思う。
 でも、僕の頭はそんなことは考えられなかった。

 就職活動でうまく行かず、大学院行きを決めたものの、そのモチベーションも高く維持できていないからか、いつの間にか就職活動がうまく行かないことが全ての原因であり、自分を不合格と判定しただろう全ての採用担当に憤りを感じるようになっていたのかもしれない。
 どうして自分が不合格なのか。
 どうして平山たちは合格なのか。
 今まで何度もその疑問と戦ってきたが、考えても考えても答えは出なかった。
 気付くと自分を追い込んで頑張るということができなくなっていた。
 大学院の勉強がうまく進まないのも、この心境の変化が原因かもしれない。
 鶏と卵の議論かもしれないが、僕はそう思っていた。
 頑張ろうと思っていても頑張れない。
 決して頑張るための手段が見つからない訳ではない。
 手段があってもそれをもって突き進めないのだ。
 なぜか。
 根本的な原因はなんとなく分かっていた。

 やはり、これ以上傷つきたくないのだ・・・。

 就職活動をしても、大学院の勉強をしても、うまく行かない気がする。
 結果的に前にも嫌というほど味わった絶望感を再び味わうことになる。
 だったら何も頑張らなくてもいいじゃないか。
 もちろん、頑張らないと何も得られないのは分かっている。
 でも、頑張れない。
 頑張れなければ結果は良くならない。
 やっぱり絶望する。
 結局思考のどうどう廻りだ。
 最近はずっとこんな感じだった。

 気付くと披露宴は終わりを迎えようとしていた。
 急いでデザートを平らげた。
 姉さんを精一杯祝おう。
 その気持ちをもう一度取り戻すため、溶けかけたシャーベットとともに心のモヤモヤも飲み込んだ。

 新婦からの手紙で泣きそうになり、最後の新郎新婦退場ではこれ以上ないほどの勢いで拍手をした。
 意外とすっきりした気分だった。
 結果的には姉さんのお祝いという名目で現実逃避していただけかもしれないが、気にしないことにした。


迷い

2013年6月22日 渋谷


 6月から事務のバイトを再開していた。
 もともと就職活動は5月くらいまでに終わるだろうと予測していたから、6月から再開しようと思っていた。
 真紀とのデート資金を稼ぐためにも辞めることは考えていなかった。
 紆余曲折を経て、現状は当時の予測とは大きく異なるものになってしまったものの、就職活動で大分お金を使ったのも事実だし、卒業旅行くらいは行きたいのでお金を貯めるためにも再開することはあまり迷わなかった。
 それに、バイトをしてせわしなく働いていれば、モヤモヤとした考えと向き合う必要がなかったのも一因ではある。
 認めたくないが、そうではないといえば嘘になる。

 就職活動をすると言ってしばらく休みをもらったこともあり、再開後最初に出勤したときは少し気まずい思いもあったが、質問攻めにあってそんな気まずさも全て吹き飛んだ。 ただ、結局全てを話すことになった。
 就職活動のために休みを取ったにも関わらず、大学院を目指すために就職活動を辞めた僕に対して、話を聞いてきた社員たちは特に意外そうな顔を見せなかった。
「学生のときっていろいろと悩むもんねぇ。」
「今は大学院まで行く人も結構いるから、有りな選択なんじゃないの?」
 そう言って僕の状況を肯定的に捉えてくれた。
 大学院に行くことのモチベーションが上がりきらないことが後ろめたかったが、結果的に少し楽に仕事ができるようになった。
 初日から仕事の勘はすぐに戻った。
 バイトとしては多少付加価値のある仕事をしているのではないかと思っていたものの、資料作成や業務システムへの打ち込み等がメイン作業なので、もともと大それたことはしていないというのが主要な要因だと思う。
 ただ、
「沖田君、戻ってきたばかりなのにテンポ良く仕事してくれるねぇ。」
 そう言って僕の仕事を管理している課長に誉められたのは素直に嬉しかった。
 就職活動で否定され続けてきて、バイトとはいえ仕事がうまく行かないのではと心配していたが、杞憂だったと安心した。

 バイトを再開してあっという間に3週間近くが経った。
 週2日なので、負担もあまり感じなかった。
 いつも通り淡々と割り振られた作業をこなしていると、課長から呼び出しを受けた。
「沖田君、ちょっと時間取れる?」
「はい。大丈夫です。」
 別段作業が遅れている訳ではない。
 多少時間を取られても今日も時間通りに帰れそうだ。
 しかし何の話だろうか。
 こうして課長に呼び出されることは今までなかった。
 先週提示した翌月のシフト希望に何か問題があったのだろうか。
「ちょっと席外します。」
 隣の席の社員に一応断りを入れ、メモ帳とボールペンを持って課長に呼ばれるがまま別室に移動した。

「失礼します。」
 通されたのは、お客様たちをお通しするような応接間だった。
「とりあえず、座って。」
 課長に言われるままに、背もたれが頭まである椅子に座った。
 社長椅子だと思って心が少し躍ったが、逆にそんな自分が滑稽だった。
「いきなり呼び出してごめんね。」
「いえ。」
 事情が分からず、半端な返事をしてしまった。
「戻ってきてからも良い仕事してくれてありがとう。この前作ってくれた資料も部長から誉められてたよ。」
「あ、ありがとうございます!」
 自分の仕事が誉められるのは嬉しかったが、これが本題ではないことは分かっていた。
「いやね、時間ももったいないから、本題に入るんだけど。」
 大きくつばを飲み込んだのが自分でも分かった。
 課長も気付いていたかもしれないけれど、そのまま続けた。
「みんなから沖田君が大学院を目指すって聞いてね。」
 確かに初日に社員に話をしたが、課長に話したわけではなかった。
 特に問題があるというわけではないが、あっという間に伝わっていたことに驚いた。
 僕が出社していない日にそんな話がされているのだろうか。
「こんな話は本当はしてはいけないのだろうけど、大学院を目指す気持ちがどれくらいなのかを良かったら教えて欲しいんだ。」
「えっ?それってどういうことですか?」
「ええっと、急な質問だったね。ごめんごめん。みんなから聞いた話だと、就職活動をしたけど、沖田君自身が納得のいく結果にならなかった。だからもう一度自分を見つめなおす時間を作るために大学院に行くと、そう聞いたんだけど。」
「はい。そんな感じです。」
「本当に大学院に行きたいのかな、そう思ってさ。」
「それは・・・。」
 僕の現状は見抜かれているのだろうか。
 大学院に行きたくないわけではないが、サークルの同期たち何人かが6月に入って内定をもらったという話を聞き、正直自分の頑張りが足りなかっただけなのかとも思い始めていた。
 父さんに言われた通りみたいで癪だったので、認めたくはなかったけれど・・・。
 僕の頑張りが足りなかったのだとすると、2年間で自分のやりたいことを見つけても、2年後も同じ結果になるかもしれない。
「別に責めている訳じゃないよ。」
 課長の言葉ではっとした。
 少しばかり黙ったままぼうっとしていたらしい。
「あ、はい。」
「別に沖田君が大学院に行きたいなら、全く否定するつもりはないんだけど、もし良かったら、うちの会社に入社してくれないかなと思ってさ。」
「えっ?」
「この不況で新入社員は数人しか取らない計画ではあるんだけど、せっかくならうちの仕事が分かっている沖田君が来てくれたら良いと思ってね。」
 こんなオファーが来るとは思っていなかったので、言葉が喉に詰まったまま出てこなかった。
「確かに、沖田君の学歴とかを考えると、うちのような無名の中小企業に入るのは抵抗があるかもしれないけど、中小だからこそやりがいはあると思うんだ。考えてみてくれないかな?
 あ、今すぐにここで結論を出してくれなくてもいいよ。ただ、秋の採用活動開始までには間に合わせないといけないから、7月までに決めて欲しいんだ。」
「はい。」
 どう答えて良いのかわからず、とりあえず発することができたのはこれだけだった。
「ありがとう。いきなりごめんね。家でゆっくり考えてみて。
 話は終わりだから、仕事に戻って良いよ。」
 そう言って、課長は部屋を後にした。
 部屋に一人残り、数秒壁を眺めていた。
 大学院に行くと決めた決意が揺らいできているのが自分でも分かった。
 胸の辺りに少し苦しい感覚を覚えながらも、仕事を終わらせなければと思い自分の席に戻った。
「何だったの?大丈夫だった?」
 戻るとすぐに隣の社員から声をかけられたが、本当のことは言えなかった。
「いえ。この調子で頑張って欲しいって言われました。」
「あ、そうなの。」
 含みのある言い方だったが、それ以上は特に聞かれなかった。

 帰りの電車の中、ひどく落ち着かなかった。
 自分のことを認めてくれた喜びと、急な提案への驚きと、大学院に行くことへの疑問と、バイト先への就職の悩みと、全てが渦を巻いてぐちゃぐちゃだった。
 少なくとも、自分の将来がどうなるんだということに答えが出ない現状が全ての根源であるということだけは分かった。
 だからといって、すぐに結論が出るわけでもないことも分かっている。
 その一方で、何でも良いのでこの気持ちを抑える方法を知りたかった。誰でも良いので教えて欲しかった。
 気付いたら家に着いた。
 ただ、ぐちゃぐちゃでまとまらない思考の裏で、自分の中から何かが湧き出てくるのを感じた。
 内定を取った同期たちへの悔しさからか、姉さんの結婚式で見た採用担当の行動に対する怒りからか、そしてバイトで自分の仕事が認められている自信からか、何が要因だったかは分からない。
 でも、その感覚に間違いはない。
 もう一度将来について一生懸命考え抜いてやる。
 意気込みが僕の奥底から顔を出した。
 久々の感覚だ。
 就職活動を始めたとき以来かもしれない。
 大学院を決めたときも少しすっきりした気持ちがあったと記憶していたが、今思えばやはりあのときは半ばやけくそだった。
 大学院という選択も御破算にして、もう一度ゼロから大学院、バイト先への就職、就職活動を比べて悩み抜く。
 絶対になかなか答えがでなくて苦しむことになる。
 それは感覚的に分かっていた。
 もう苦しみたくない。
 確かにそう思ってここまで来たが、それでは前に進まない。
 やるしかない。
 真っ暗で先が見えない道の上で、まだ光は全く見えないけれど、もう一度歩き出そう。
 そんな決意で心が少し落ち着いた気がした。
 依然進路は決まっていない。
 大人しく勉強した方が大学院に合格する可能性が高いことも分かっている。
 でも、この日久々に自分のベッドで寝た気がした。


再会

2013年7月1日 自宅

 大学の前期試験が近づいてきた。
 卒業に必要な単位はだいたい取得しているので、そこまで力を入れて準備する必要はなかったが、万が一を考えると油断もできなかった。
 試験の前は、いつもインターネットで情報を収集する。
 SNSだ。
 SNSとは、ソーシャルネットワーキングサイトの略で、インターネット上で人と人が交流する場所を提供しているサービスのことだ。
 現実世界では交流がなくても、同じ趣味を持った人同士が意見交換できたり、現実に交流のある人同士がインターネット上で動画や本のレビューなどを交換、共有したりすることなどに利用されている。
 SNSはいくつも種類があるが、僕は日本で最もユーザの多いSNSに参加している。
 理由は単純だ。
 僕はこのSNSを情報収集のために使っている。だから、ユーザ数が多い方が情報の数が多い可能性も高く、利用価値があるということだ。
 特に、試験前になると、大学生はSNSを通じて各授業に関する情報交換などを盛んに行うようになる。
 試験対策情報の交換場所になっているのだ。
 あの授業の情報を書くので、この授業の情報が欲しいとか、そういった類のものだ。
 僕もこれを参考にさせてもらっている。
 別に真面目に授業に出ていないわけではない。むしろ、積極的に授業に参加している方だと自負している。
 とはいえ、試験に向けて情報が多いに越したことはない。
 教授の癖から、問題の傾向を分析して予想を立てたりする分析は、真面目に授業に取り組んでいる僕としてはあまりやらない対策だ。そういった情報がSNSには載っていたりする。
 このSNSでの情報収集については、大学に入学してすぐに先輩に教えてもらって知っていたが、最初はあまり当てにしていなかった。しかし、1年生の後期試験でかなりの的中率であることが判明したため、その後はずっとお世話になっているのだ。
 今回は特に、就職活動中に授業に出られなかった部分が分からなかったりするため、こういった情報が必要なのだ。
 そして何よりも、将来について考える時間を確保するためにも、試験にかける時間を短くしたいと考えていた。

 バイト先から就職の提案を受けたあの日から、また様々な職業を調べようと思い、就職活動をしていたときに使っていたコミュニティサイトを久々にのぞいていた。
 秋採用の情報が結構載っている。
 僕宛にも結構案内が届いていた。
 就職活動用に使っていたメールアドレスにもかなりの会社情報が送信されており、大学院に行こうと決めたあの日からほとんど見ていなかったので、全て見るのには数日かかった。
 業界と会社名、職種を確認しながら興味を持った会社の詳細情報を見てみる。
 しかし、なかなか興味を持てる会社が見つからなかった。
 正確に言えば、どれも良いと思ったし、どれも決め手に欠ける感じだった。
 やはり自分のやりたいことが明確になっていないと、会社の良し悪しも判断できないということを再確認させられていると思った。
 気がつくとまた小一時間ほど就職活動の情報収集をしていた。
 しかし、結局ここだという会社は見つからなかった。

 思考を大学の試験に切り替えてSNSで情報収集をすべくインターネットの画面を切り替えた。
 SNSにログインするのは久々だった。
 いつ以来だろうか。思い出せない。
 ログインすると、1通メッセージが届いていた。
 友達申請だ。
 SNSにて現実の友達を見つけたり、同じ趣味の人を見つけて交流したりしようと思ったらまずこの友達申請をする。その上で申請した相手が承認するとSNS上でも友達関係であることが確定し、相手の情報やブログが参照できるようになる。
 僕はインターネットだけのつながりというのがいまいちピンとこないので、基本的には現実の友達としかSNSでも友達関係を結んでいないが、3ヶ月に1回くらい知らない相手からの友達申請を受けることがある。相手が知らない人である場合は承認をしないでやり過ごすようにしている。
 ちなみに、通常SNSでは本名ではなく、そのSNS上での名前を名乗るので、知らない人かどうか判断することは難しいのだが、僕が使用しているSNSでは本名を名乗っている人も多く、僕自身も本名で登録している。所属の大学や出身高校も書いている人も多いので、たいていは相手が友達かどうか判断がつくのだ。それに、実際の友達から申請をもらう場合は直接会ったときやメールなどで友達申請したことを伝えてくれていたので、そもそも そういった判断が必要ないケースがほとんどなのだが。
 しかし、誰からだろうか・・・。
 相手は「トモ☆」という名前なのはすぐに分かったが、心当たりがなかった。
 やはり知らない相手だろうか。
 そのままやり過ごそうかと思ったのだが、友達申請に合わせてメッセージが届いていたので、確認することにした。
 メッセージが送られたのは5月の半ばだった。

 こんにちは。
 宮村友子です。
 昨日のグループワークでご一緒した沖田さんだと思って、申請しました。
 もし違ったらごめんなさい。
 この申請は拒否してください。
 もし合っているのであれば、情報交換とかもできると思うので、友達になりませんか?
 せっかくお茶したのに、良く考えたら携帯のアドレス交換していませんでしたし。
 良かったら、よろしくお願いします。

 2か月近く経過した申請だったが、僕にとってはあのグループワークがほぼ最後の就職活動だったので、覚えていた。
 「ポニー」だ。
 確か宮村とかいう名前だった気がする。
 しかし、まさかこんなに期間を置いて見られるとは思わなかっただろう。
 別に特に断る理由もないのだが、今さらながらに申請を承認するのも恥ずかしくて承認するのをやめよう思った。
 画面を切り替えて試験の情報を集めた。

 試験の情報を集めると、やはり勉強ははかどる。
 ヤマを張ってそこに集中した結果、ただ勉強量が少なくなっているだけとも言えるが、要領良くやるのも大事だと言い聞かせる。
 試験よりも大事なことがある。
 さっと風呂に入って、寝る前にもう一度就職活動のサイトを眺める。
 残念ながら、特に収穫はなかった。
 もう寝ようと思い、パソコンをシャットダウンしようとしたとき、ふと手が止まった。
 特にやり忘れたことがあったわけではないが、このままで良いのか?という疑問が頭よよぎった。
 結局春にやっていたときと同じように一人でインタネットから情報を集めようとして受けようとする企業も見つかっていない。
 7月は始まったばかりだが、この調子では1か月はあっという間に過ぎてしまうのではないだろうか。
 やり方を変えた方が良いのかもしれない。とはいえすぐに他のやり方が思いつくわけでもないので、このままやるしかない。いや、しかし・・・と思考がどうどう巡りする。
 就職活動がうまくいかないときもよくこういった思考に陥ったものだ。
 勢い良く仕切りなおしても結局同じだ。
 椅子にもたれかかり大きくため息をついた。
 数分ぼーっと天井を見上げていたが、ふと先ほどのポニーの申請メールを思い出した。
 「情報交換とかもできると思う」
 そう書いてあった。
 人に頼っても良いのではないか。
 これまでは僕は自分一人で就職活動をしていた。
 もちろんOB訪問などでは先輩に話も聞いたし、親には学費も含めて工面してもらっている。
 しかし、就職活動に関する情報収集や自己分析、志望会社の選択などは全て自分自身で頭を抱えてやっていた。
 そうしなくてはいけないと思っていた。
 そういえば就職活動を始めたときは何人かから協力しないかと声をかけられたが、基本的にはみんな独力でやっているのだろうと思って断ってきた。
 でも、それでは結果は出なかった。
 仕切りなおしても答えは出なかった。
 だったら、人の力を借りよう。
 会社の情報、魅力、入社したときの懸念など、人が調べたことを聞いてみよう。
 自己分析だって人から聞いても良いじゃないか。
 大学の勉強だってそうしているのに、なぜ就職活動ではやってこなかったのだろう。

 もう既に就職活動を終えている同期も多い。
 話を聞いてみても良いのではないだろうか。
 快く話してくれそうだ。
 何せ向こうは行き先が決まって余裕しゃくしゃくに決まっている。
 そう思ったが、すぐに思考は切り替わった。
 自慢話をされるかもしれない。
 僕のやり方を否定してくるかもしれない。
 やり方を押し付けてくるかもしれない。
 そもそもこいつ必死になるのが遅いんじゃないかとか思われないだろうか。
 そんなこんなで、身近な人には聞くのははばかられた。

 ポニーはグループワークでも頼りなかったし、どうせ協力してくれるなら髭男の方が頼りになる気もするが、髭男の連絡先も分からないので仕方ない。
 そうはいっても、逆にポニーも苦労しているだろうから、良い情報を持っているかもしれない。
 思い立ったら吉日だ。
 僕はもう一度SNSのにログインしてポニーの申請に対して承認をした。
 2か月遅れになった言い訳を冒頭に添えて。


出会い

2013年7月11日 新宿


 17時30分。
 指定された場所には30分前に着いた。
 早すぎるとも思ったが、何よりも相手よりも先に来て様子を窺いたかった。
 正直言って僕はまだ信用していない。
 今日は就職活動のアドバイスをしてくれるという社会人と会うことになっている。
 他ならぬポニーの紹介だ。

 ポニーの申請を承認した次の日、早速ポニーから長文の返信があった。
 2か月越しでびっくりしたこと、ポニーもまだ就職活動を続けているということ、秋採用に向けた意気込み、そんな内容がつらつらと書かれていた。
 そして最後に「沖田さんはもう就活終わりましたか?」と小さな字で書かれていた。
 正直、承認して頼ろうとしたことを悔いた。
 暇なのか?友達いないのか?話し相手が欲しいだけなのか?
 付き合いきれない。
 迷った挙げ句、僕は経緯はさておき「まだです。」とだけ返信した。
 いきなり、ほとんど見ず知らずの人間に内情を話す気にもなれなかったが、承認しておいて、いきなり返信しないのもどうかと思ったからだ。
 そんな僕の思いとは裏腹に、翌日ポニーはまたも長文メールを送ってきた。
 6月にある人に出会って自分の就職活動に対する考え方が大きく変わったこと、それから内定はもらえないまでも最終面接までは残れるようになったこと、就職活動中に知り合った学生にその人と会うことを勧めたもののほとんど断られたこと、でも、ポニーの勧めの通りにその人に会って内定をもらった人もいること、などなど・・・。
 とにかく、僕もその人に会うと良いということが延々と力説されていた。
 僕にはただの怪しい人物にしか見えなかったが・・・。
 ただ、ひとつだけ気になったことがあった。
 ポニーの押しの強さだ。
 2か月前のグループワークだって、その後の喫茶店での会話だって、ポニーは常に人の意見に同調するだけの気の弱そうな女の子だった。
 あのときの印象しかない僕からすると、この長文を送ってきているのは別人としか思えなかった。
 会話している僕とは明らかに違うテンションで送られてくる嫌がらせかと思うような長文だったが、不思議と悪意は感じなかった。
 とにかく、誰かの役に立ちたいと思って必死なのだろうと感じた。
 そこに興味が湧いた。
 ポニーは就職活動に対する考え方が変わったと書いていた。
 しかし、僕にはポニーの性格自体が変わったように見えた。
 もしかしたら、あのグループワークでは緊張で本当の姿が出せていなかっただけかもしれない。
 この押しの強さが彼女の本当の姿なのかもしれない。
 でも、僕にはそうは思えなかった。
 彼女は変わったのだ。
 きっかけは恐らくその怪しい人物なのだろう。
 その怪しい人物が自分にとって有益な情報を与えてくれる可能性はあまりないと何の根拠もなく思ったが、ポニーが変わった理由が分かれば自分も変われるような気がした。
 何かきっかけがつかめるかもしれない。
 それに、会社選びも進んでいないのだから、仮に収穫がなくても半日程度なら状況は何も変わらないだろうと思った。
「会ってみます。いつなら都合がいいですか?」
 と、また味気ない返信をした。

「あ、沖田さん。お久しぶりです。」
 待ち合わせの15分前だ。
 ポニーがやってきた。
 相変わらずのポニーテールだったが、あのグループワークの日と比べると少し痩せたように見えた。
 先にポニーが来てくれたのは僕にとってはありがたかった。
 いきなり怪しい人物と2人で会うのも気が重い。
 そう思い、ポニーに同席してもらうように頼んでおいたのだ。もちろんポニーの変わりようを確認したいという目的もあった。
「お久しぶりです。今日はありがとう。」
 とりあえずの社交辞令。
 そんなことも気にせず、ポニーは満面の笑みで答える。
「いえいえ。お役に立てるなら、むしろ私が嬉しいです。ありがとうございます。」
 よほど、その怪しい人物を信じきっているのか、僕の役に立つ前提だ。
 ただ、前よりもかなり明るくなったように見える。
 会ってみて確信したが、彼女は以前の彼女とは違うようだ。
「それが、荻原さん、仕事が長引いて30分くらい遅れるそうです。」
 荻原というのはその怪しい人物の名前だ。
 遅れてくると聞いて少し拍子抜けした。
「あ、そうなんですか。」
「ずっと立って待っているのもなんですし、先にお店入っていませんか?荻原さんには私から連絡しておきますから。」
「あ、そうですね。じゃあ、そうしましょう。」
 主導権を握られているような気がして少し戸惑いを感じながらもポニーの後に付いて店に入った。

「沖田さんはあの後も就活続けられていたんですか?」
 席につき、注文をしたところでポニーから質問された。
 そういえば言っていなかった。
 髭夫のことを知っているポニーだけに言いにくかったが、今日その荻原なる人物には話すことになるだろうと思っていたので、包み隠さずこれまでの経緯を話した。
 ただ、バイト先からのオファーの件については、ポニーも就職活動中なので黙っておいた。
「そうなんですかぁ。」
 ひとしきり僕の話を聞いて、ポニーは感心したようにそう言って続けた。
「でも、すごいですね。そうやっていろんな方向にチャレンジできるって。」
 意外な感想が帰ってきてびっくりした。
「いやいや、全部中途半端になっているだけだから。」
 良く考えると、前に会ったときもそうやって相手に合わせて褒めるのは得意だった気がするが、自分では汚点だと思っていたことを肯定的に捉えてもらって恥ずかしくなり、そう答えるのがやっとだった。
「私なんて、ずっと就職活動しかしていないですよ。勉強できないんで、大学院とか公務員の選択肢はもともとなかったですし・・・。やっぱり沖田さんみたいに良い大学行っている人は違いますね。」
「むしろ就職活動を続けられる方がすごいと思うけどね。精神衛生的にも長期間は無理だなぁ・・・。」
「そうですか?
 でも続けても結果的に内定取らないと意味ないですよ。メールでも書きましたけど、なかなか最終でうまくいかなくて・・・。荻原さん紹介した人の方が先に内定もらって追い抜かれちゃったりしてますし。」
「じゃあ、僕も宮村さんを追い抜けるように頑張らないとね。」
「それはだめですよぅ・・・。本当に簡単に追い抜かれちゃいそうですし・・・。」
「ははは。とにかくどっちが先とかじゃなくて、お互い内定取らないとね。」
「そうですね。」
 ふと会話を楽しんでいる自分がいてびっくりした。
 励ますと喜ぶ、追い詰めると悲しむ、そんな素直な反応をされるのは久々だった。
 よく考えると、こうやって人と他愛もない話をするのは久々な気がした。
 大学で友人には会うが、やはり進路が決まっている人とそうでない人では話のトーンに違いが出る。
 話をしていても、僕の頭は将来への悩みが大部分を占めていて、まともに会話を楽しめていなかったのかもしれない。
 そういう意味では、同じような境遇にあるポニーだからこそなのかもしれない。

 その後は、ポニーの就職活動の話を聞いていた。
 というか、ポニーが怒涛のごとく話をしてきたので、僕は聞き手に回るほかなかった。
 あっという間に時間は経って、荻原という男がやってきた。

「沖田君ですね。はじめまして。荻原です。今日は来てくれてありがとう。」
 痩せ型で長身の男だった。
 黒のプラスチックフレームのメガネをかけて、若干の茶髪。
 何か業界人のようにも見える風貌に、どこか余裕のあるオーラを漂わせていた。
「こちらこそありがとうございます。きょ、今日はよろしくお願いいたします。」
 緊張して言葉が堅くなっているのが自分でも分かった。
 こんなのいつぞやの面接以来だ。
 見ず知らずの人間に自分の内情を話すのだから仕方ないとは思うが、さっきまでポニーと談笑していた手前、恥ずかしさの方が大きかった。
「そんな、緊張しないでいいですよ。といっても難しいかな。」
「そうですよ。荻原さん。私なんて初めてお会いしたときはガチガチでまともに話せなかったじゃないですか。」
 ポニーがフォローのつもりか割って入る。
「そうだね。友子ちゃんは確かにそうだったね。逆にオレも困っちゃたからね。」
 2人して顔を合わせて笑っている。
 友子ちゃんとは随分馴れ馴れしいとも思ったが、そんなことはどうでもいい。
 それ以上に何を聞かれるのか、何を話してくれるのかが気になった。
 ここに来る前はさして期待していなかったが、いざ会うと、せっかくなので良い情報が欲しいと思ってしまう。
「さて、いきなりいろいろ話してと言ってもなんだし、オレの自己紹介から始めさせてもらうね。」
 荻原さんはそう切り出した。
「荻原真(おぎわらまこと)です。年齢は25歳。人材派遣会社で働いてます。2年半くらい前に入社してずっと営業やってて、他の職種の経験はないけど、お客さんが多岐にわたるから、そこそこいろんな業界とか職種のことが分かると思う。だから、何でも気兼ねなく聞いてくれたら良いよ。もちろん、分からないこととか答えられないこともあると思うけど、できる限りの範囲で答えるから。」
 意外と若いなと感じた。
 改めて風貌を見れば年相応にも見えるが、それ以上に落ち着きを感じるからだろうか、30近くだと思っていた。
「あ、いきなり、的外れな質問かもしれないですけど・・・。」
 向こうは話を続けようとしていたが、どうしても気になることがあった。
「ん?何?何でもどうぞ。」
「荻原さんは派遣会社にお勤めとのことですけど、何でこうやって就職活動の支援みたいなことをしているんですか?派遣社員の斡旋とかなから何となくしっくりくるんですけど・・・。」
「お、いきなり良い質問だね。
 実は、オレ起業しようと思っているんだ。というか、学生のときからこうやって就職活動の支援をする会社を建てようと思っていてね。社会勉強も兼ねて今の会社に就職したけど、できれば早く起業したいし。
 そのためにも、今の就活生がどういう考え方で就活をしているのか、どういうアドバイスを必要としているのか、オレも知っておきたかったからね。こういう活動をして、準備をしているわけ。」
 意外な回答だった。てっきり人脈とか就職できない学生を派遣社員として囲い込むとかそういう理由なんだろうと勝手に決め込んでいた。
 それと、同時にこの人にも自分のやりたいことが見えているのだと感じ、羨ましくなった。
 荻原さんは続けた。
「だから、沖田君も何も気兼ねなく話してくれた方がオレも嬉しいし、その分いろいろアドバイスみたいなこともできると思うから、沖田君にとっても有益だと思うよ。」
「はい。分かりました。」
「じゃあ、これからはできる限り沖田君の話を聞きたいんだけど、まずはこれまでどういう就活をしてきたか教えてくれる?」
「はい。」
 僕は、自分がコンサル会社を中心に就職活動を始めたこと、最終面接まで残ることはあったが結局どこからも内定がもらえなかったこと、自分のやりたいことが見えなくなってとにかく手当たり次第有名な会社の選考に行ったこと、結果やはり内定がもらえなかったことなどを話した。
 荻原さんはうんうんと相づちを打ちながら熱心に聴いていた。
 就職活動について聞かれたので、大学院のくだりはとりあえず話さず話を切った。
 ポニーは最後まで話したらどうかというような目線でこちらを伺っていたが、荻原さんもいったんの区切りと見て口を開いた。
「なるほど。コンサルでいけると思ったけど、うまくいかなくて、ズルズルと来てしまったって感じかな?」
「はい。そんな感じです。」
「いまも同じように就活しているのかな?」
「いえ、一時期休んでいました。最近再開したばかりです。」
「そうなんだ。休んでいる間は何をしていたのかな?」
 結局話すことになった。
 僕は大学院に行こうと思って就職活動をやめたこと、その一方で周りの同期たちが内定を取っていき、自分の頑張りが足りなかっただけなのかと思い始めたことなどを話した。
 悩んでばかりいる自分を人に見せるのには抵抗があったため、ところどころ話を省略しようとしたが、荻原さんから質問され仕方なく結果的には経緯のほとんどを話すことになった。
 そんなに根堀葉堀聞かなくてもいいだろうと少し苛立ちを感じた。
「なるほどね。ありがとう。
 オレがいままで相談に乗った学生にも、就活がうまくいかなくて大学院に切り替えた人は何人かいたよ。」
「そうなんですか?」
 自分の周りにはあまりいなかったので、少し気持ちが和らいだような気がした。
 話しても良かったのかと思いかけたが、
「うん。そのまま大学院に行った人がほとんどだったけどね。」
「えっ?」
 今度は迷ってばかりいる自分を責められているような気がした。
 一瞬心が緩んだだけに、急な緊張に脈が速くなるのを感じる。
「いやいや。だからといって、沖田君が良いとか悪いとかっていうわけじゃないんだ。」
「はぁ。」
 慰められたり脅かされたり、ひどく疲れる。
 ポニーはさっき僕がそうやっても普通に素直な反応を返していたが、僕はそうはなれなかった。
 漫才でいうところのボケとツッコミではないが、人間にはタイプがあって、相性がある。
 ポニーと荻原さんはタイプが違い、合うのだろうが、僕は荻原さんとは合わない気がしてきた。
「さっき自分でも言ってくれていたけど、確かに話を聞いていても、沖田君自身がどうしたいのかが分からないっていう感じがするね。」
 そうだ。だから僕は悩んでいるのだ。
 ああしたらいいのではないか、こうしたらいいのではないかという解答がもらえれば良いと思って、続く荻原さんの言葉を待った。
 人としての相性がどうであっても、それさえ教えてもらえればいい。
「そういうのを明確にするためにも、ひとつ質問させてもらっていいかな?」
「何でしょうか。」
「沖田君は何で就職しようと思うのかな?」
「え?」
 僕が欲しがっているものは出てこなかった。
 そして、不可解な質問をされた。
「それは、基本的にはみんな大学を卒業したら就職して働くじゃないですか。中にはミュージシャンとかの夢を追いかけてフリーターやる人もいますし、司法試験とかを目指して勉強する人もいますけど。僕だってニートにはなりたくないですし・・・。」
 何とか答えるが、荻原さんはやはりという顔をした。
「それだと、就職することに対するモチベーションが後ろ向きだよね。もう少し前向きな理由はないかな。言い換えると、人がどうしたからとか誰かに何かを言われたからとかじゃなくて、自分がこうしたい、みたいな。そういうの。」
「・・・。そうですね・・・。」
 思い当たらなかった。
 だが、それは前から分かっていることだ。何をしたいのか分からないから困っているんだ。
「でも、先ほどもお話した通り、社会に出て何がしたいか分からないので悩んでいるんです。それが分かったら志望先も決まっていると思うんですが・・・。」
「確かに、沖田君からはさっき社会に出て何がしたいか分からないという悩みを共有してもらったよ。でも、そもそもどうして社会に出るのかについては聞いていないよね?やりたいことがあるから社会に出るというのなら分かるけど、やりたいことがないのに社会に出ようとしている感じなんだ。細かいことかもしれないけど、それってやっぱり何かちゃんとした理由があるはずなんだ。おそらく、そこがあやふやだから大学院と社会人で迷っているんだと思うんだよね。」
「うぅん・・・。」
 僕にとっては社会に出る理由も社会にでてやりたいこともそんなに変わらない気がした。
 やりたいことがあるから社会に出る。
 やりたいことを見つけて社会に出る。
 結局は同じじゃないか。
 そもそも、これでは僕が悩んでいることを別の言葉にして聞き返しているだけで、何も解決しないではないか。
 やはり、期待には応えてもらえないようだ。
 僕の中でひとつの結論が出た気がした。
 僕が黙っていたので、荻原さんは話を続けたが、もうほとんど頭には入ってこなかった。
「確かに、沖田君の言うように結果的には社会に出てやりたいことがあるというのが就職する理由になるかもしれない。でも、学生のうちは社会に出て具体的に何をやるのかっていうのが見えていないケースが圧倒的に多いんだ。話を聞いている感じだと、沖田君も例外じゃないと思う。オレもそうだったけど、仕事ってどんなものなのかとかを知ろうと思ってインターンにいったり、OB訪問したりするんだけど、結局就職するとイメージとは違ったりしているもんさ。
 でも、就職する理由はやりたいこととは別で、もう少し別の角度から考えれば見えてくるはずだよ。
 親から独立したいという人もいるし、社会に出て何かに貢献したいっていう人もいる。憧れの先輩みたいになりたいってその人を追いかけていく人もいるし、車とか買いたいものがあるから安定的にお金を稼ぎたいっていう人もいる。人それぞれさ。でも、みんなそうやって自分の内側からその理由が出てきているんだ。周りがそうするとか、親に言われたからってわけじゃない。
 だから、さっき沖田君がミュージシャンや弁護士とかを目指して就活しない人がいるって言ってたけど、沖田君だって、選ぼうと思えばそういう道が選べるんだ。もちろん大学院に行くっていう選択も。このタイミングで就職して社会に出るというのはあくまで数ある選択肢の中のひとつであって、そうしなくちゃいけないものじゃないよ。
 もちろんどれかひとつの道を選ぶからには、どの道でもそれぞれ得られるものと得られないものがある。だから、いままでやってきたことと、いまやりたいと感じること、そしてそれをやった結果、実現したい将来、それらを踏まえて自分がまず1年後に何をするかを選ぶのが自己分析であって就活なんだ。
 沖田君が将来何をしたら良いかはオレにも分からないし、沖田君自身も分からないから悩んでいる。でも、直近でどうしたいかと将来どうなりたいかは、沖田君のこれまでの人生を追いかければもう少し明確に見えてくるはずだよ。」
 荻原さんは僕に話をしていたが、視界の片隅でポニーが感心しているのが見えた。
 なんだか余計に聞く耳を持てなくなる。
 荻原さんとポニーで僕を否定しているように感じる。
 荻原さんが熱心に話している間、僕はうつむいたままうなずいていた。
 僕が聞き流しているのを感じ、荻原さんは話を切った。
「ごめん、ごめん、オレばっか話してしまったね。」
「いえ。」
「でもやっぱり、就職する理由、沖田君自身がもう一度整理した方が良いと思うな。その目線で考えればもしかしたら自分のやりたいことが見えてくるかもしれないし、志望会社の選定もスムーズになると思う。」
 うんうんと頷きながら、ポニーが割って入っていた。
 僕と荻原さんの会話だけでは空気が重いと感じたのかもしれない。
「私もそのおかげでここまでこれましたしね。沖田さんも是非やってみてください!!」
 ポニーが変わったのは、もしかしたらこういうことを突き詰めて考えたからかもしれない。僕がやっても同じように変われるかもしれない。
 でも、いまは素直に受け止められなかった。
「今日はここまでにしようか。」
 荻原さんがそう言って、この会合は終わりを迎えた。
 帰り際まで荻原さんは僕を応援してくれた。
「自分と向き合うのはつらい事も多いけど、頑張って。悩んで就職する理由が見えてこなかったりしたら連絡くれれば相談に乗るからね。今日は会ってくれてありがとう。」
 やはり素直に受け入れられなかったが、「ありがとうございました。」とお礼だけは言って帰路についた。

 やっぱり人に頼っても答えが出るわけではない。
 一方的に責めたてられるかのように、自分のこれまで考えていたことが否定されたような気がして、面接で不合格をもらったときと同じような気分になっていた。
 就職する理由だって、別に何だって良いじゃないか。
 よく考えれば、年も3つくらいしか変わらない初対面の人から偉そうに否定的なことを言われ続けたのだ。
 非常に惨めだと思った。
 落ち着けないまま家に帰り、シャワーを頭からかぶった。
 荻原さんは自分で考えるしかないと言っていた。
 人に頼ってみようと思って今回の会合に挑んでみたが、想定していたのとは大分異なる結果になった。
 僕の考えが甘いのかもしれないが、やはり否定されることに極度の恐怖を感じていた。
 自分で考えてもダメ。人に頼ってもダメ。
 どうしたら良いのだろうか・・・。
 勇気を出して踏み出した一歩目からくじけてしまい不安は増大する一方だった。
 シャワーが不安も一緒に流してくれればいいのに。
 いつもより長めにシャワーを浴びてベッドに入った。
 朝まで思考の堂々巡りは続いた。



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