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迷走

衝突

2013年5月14日 自宅


 いつだったか見たような番組が流れている。
 休日の昼間だからだろうか。再放送のようだ。
 僕はダイニングテーブルにつき、テレビを眺めている。
 普段は基本的にテレビのない自分の部屋で過ごすのだが、今日は両親と就職活動について話すことになっているので、昼食後リビングでテレビを見ながら時間を潰していた。
 母さんが台所で紅茶を入れようとお湯を沸かしてる。
 父さんは昼食後図書館に行ったが、そろそろ帰ってくるはずだ。
 チャンネルを変える。
 婚活、つまり結婚活動をテーマにした特集番組だ。
 多くのサラリーマンやOLが結婚相手を求めて婚活をするということで話題になっているが、僕としては就職できているだけ良いではないかと感じてしまう。
 婚活よりも就活の方が問題という気がする。
 現に僕の姉さんも来月結婚式を行う。順風満帆に人生を歩み、結婚相手も見つけている。
 僕もこれまで何も不自由なく生きてきた。
 大学受験だって、大手予備校に通って勉強した結果、現役で有名私立に合格した。
 しかし、ここにきて初めて壁にぶつかった。
 そんな状況であるため、何も障害がなく生きているように見える姉さんがうらやましかった。
 姉さんは結婚式の準備のために、5月末からこの家に一時的に戻ってくる予定だが、今はいない。
 勤務地が関西であるため、3年前就職と同時に引っ越していた。
 今この家で暮らしているのは両親と、僕と弟の4人だ。
 ただ、弟は大学受験生で、今日も予備校に通っているので日中帯は家にいない。
 両親と腹を割って話をするには都合の良い環境なのだ。

「ただいま。」
 水が沸騰し、電気ポットのスイッチがパタッと元に戻るのとほぼ同時に父さんが帰ってきた。
「おかえり。」
 いつも通り父さんを出迎えたが、手に持っている本が気になった。
 図書館で借りてきた本の一部に「自己分析の基本」や「面接の心構え」といった僕の就職活動に関わると思われる本が見えた。
 父さんは特に何も言わなかったが、僕の参考になればと思って借りてきたのだろう。
 なんというかタイミングが悪い。
 今更渡されたところで何かが変わるわけでもない。
「お帰り。」
 母さんが紅茶を持って台所から出てきた。
 僕と、両親がそろった。
 いよいよ、話すときがきた。

「僕、大学院に行こうと思ってるんだ。」
 ひとしきり他愛もない話をした後、僕は早速希望を告げた。
 当然だが、両親は驚いている。
「急にどうしたの?」
 先に口を開いたのは母さんだった。
「就職活動はどうするんだ?」
 父さんも続いて僕に問いかけてきた。
「就職活動は辞めて、大学院に行きたいんだ。」
「どういうことだ?もっとちゃんと話をしなさい。」
 父さんが少し強い口調になった。
「あ、うん。就職活動していたんだけど、自分が社会人になって何がしたいかが分からなくって・・・。大学の同期とか周りの就職活動生とかとも話をしたんだけど、みんな自分が何がしたいのかがはっきりしているんだ。それで、僕もそういうのを見つけようとしてゴールデンウィークとかもいろいろ探してみたんだけど見つからなくて・・・。」
 隠しても仕方ないので本心を言った。
 実際、何がしたいのか良く分からないのだ。
「それで、大学院、か?」
「いや、それだけじゃなくて、大学院生で就職活動をしている人に会って話を聞いたら、大学生のときに就職活動をしていたんだけど、何がしたいのか分からないから志望動機がしっかり言えずに内定がもらえない状況だったらしいんだ。それで、大学院に行って2年間かけてやりたいことを明確にしたって言ってて。その人と一緒にグループワークもやったんだけど、凄くてさ。僕もそういう状態になって自信を持って社会人になりたいって思ったんだ。」
 そう。髭男だ。
 髭男の話を聞いたあの日から、僕は大学院に行くこと決め、就職活動はただ面接に行っているという状態だった。そして、やはり結果はついてこなかったが、以前と比べて結果に落ち込むようなことはほとんどなかった。
 もちろん、ゼミの教授にも確認しに行き、研究室に歓迎してくれるという話も聞いた。
 実際に髭男はグループワークでも優秀だったし、そういう「できる」人間になりたいと思う。
 正直今の自分では社会に出て何がやりたいかという以前に、何もできないような気すらしているのも事実だ。
 だが、決して就職活動で一つも内定がもらえないから仕方なく大学院の道を選ぶのではない。
 自分を高めるために2年間もう少し勉強するとともに、その間にやりたいことを見つける。
 あくまでも前向きに大学院に行くことを考えている。
 だからこそ、お金の面倒はあるにせよ、両親が反対する理由はないはずだ。
 お金だって奨学金の制度を利用すればそこまで負担にはならないということ、僕の成績から見ても十分に権利を得られるであろうことは既に調べていた。
 父親の口調が強くなったのにはびっくりしたが、やはり反対されることはないと信じていた。
 しかし・・・。
「学生のうちに考えている社会人になってやりたいことなんていうのは大して重要じゃない。」
 父さんはむしろ賛成する気が微塵もないような様子に見える。
「えっ?」
「やりたいことなんていうのは、社会人になって実際に働いたら変わったり新しくできたりするもんだ。」
 今までの僕にはなかった新しい発想だったが、やりたいことがないと結局志望動機が不十分だといって落とされるのだ。その悔しさは今までに何度も味わっている。
「でも、やりたいことがないと志望動機とかが全然話せないから面接で落とされるんだよ。」
「それは、そもそも話している内容に問題があるんじゃないのか?父さんだって採用で面接したことがあるが、社会に出て何がしたいのかということよりも、本当にうちの会社を志望しているかどうかしか見ていなかったぞ。」
「父さんが採用活動していたのなんて、もう10年も前じゃないか。今、周りの就職活動生を見ていても、やっぱり将来やりたいことが明確なやつが内定をもらっているんだ。」
 ここまで反対されると思っていなかった。
 ただ僕が否定されているだけのように感じる。
「お前の周りって言ってもたかが数人や十数人の話だろう。父さんには、就職活動から逃げたくて言っているようにしか聞こえないな。」
 この一言にはカチンときた。
「別に逃げてるわけじゃない。もう少し大学院で勉強して自分を成長させてから社会に出たいってだけだ。さっき言った人みたいにしっかりと社会で通用するようになった上で働きたいんだって。」
 自分自身が前のめりになっているのを感じる。ここまで感情的になったのは久々だ。一方で、父さんは口調は厳しいものの、あくまで冷静のようだった。
「別にその人だって既に内定を取っているわけではないんだろう?」
「それは・・・、そうだけど・・・。」
 髭男の実力は社会人になっても通用するような気がしていたが、そういわれると返す言葉がない・・・。
「大体、今大手の会社ならどこだって新入社員の研修はやっている。別に即戦力じゃなくても徐々に力をつければ問題ないだろう。むしろ、一気に研修をして育成するためにそうやって新卒を一度に採用しているんだからな。」
 企業側の事情は初めて聞く話だったが、そんなことは僕にはどうでも良かった。
 少し間をおいて、父さんは続けた。
「今やりたいことが明確じゃないなら、とにかくどこでもいいから内定をもらって就職しろ。社会人として経験を積みながら将来のことを考えた方が実務経験も多くなるし有利だぞ。」
「でも、それじゃあ、やりたいことが見つかったときに、入った会社と関係がなかったらそれまでの時間が無駄になるじゃん。だったら、大学院で2年間考えた方が良いって。そもそも、今はとりあえず内定取っておけって言って簡単に取れるほど楽じゃないんだよ。」
「内定が取れないのはお前の頑張りが足らないからじゃないのか?友達にも内定取っている人はいるんだろう?」
 ふと平山の顔が浮かんだが、すぐにかき消した。
 あいつは来年から銀行で働くんだろうが、僕は違う。
 大学院に行って自分を磨くんだ。
「他の奴は関係ないだろ。僕は自分でまだ実力が足りないと思うから大学院に行きたいって言ってるんだ。」
「大学院に行ったら、社会で通用するようになって、やりたいことも見つかるのか?だいたい、お前は大学院が何をするところか分かって言っているのか?」
「・・・。」
 2年後に自分が成長しているか、やりたいことが見つかっているかなんて、先のことが分かるわけがない。
 分かるのなら、誰も苦労しない。
 不安がない訳ないじゃないか。
 それでも、僕はこのまま無駄に就職活動を続けるくらいなら、大学院の2年間にかけてみたいと思ったのだ。
 しばらく黙っていると、母さんが間に入ってきた。
「あなたも航も少し落ち着いたら?」
 僕がこんなにも父さんに食って掛かることは今までになかったからか、少しおどおどしているようにも見える。
「航もお父さんが今の時点でやりたいことがなくても大丈夫って言ってくれているんだし、もうちょっと就職活動頑張ってみたら?あなただって航が大学院に行きたいって言っているんだから前向きに聞いてあげたら良いじゃない?」
 言っていることはおかしい気がしたが、必死に間に入ろうとしているようだった。
 しかし、父さんはその仲裁も気にしなかった。
「いや。だめだ。今の航の話では大学院に行く方が無駄だ。」
 母さんの仲裁も気にせず頑固に断る態度だ。とにかく僕を否定しているのだ。
「何で無駄だって分かるのさ。僕の人生だ。僕の考えを尊重してくれたっていいだろ。父さんが反対しようが僕は大学院に行く。」
 とにかく僕にはその方法しかないんだ。
 反対されたのは予定外だったが、そんなの関係ない。
 父さんは少し黙っていた。
 母さんは結局仲裁はできないと思ったのか、黙って父さんの様子を窺っている。
「分かった。そんなに言うなら好きにしろ。だが、大学院に行くとしても一切学費は払わない。自分で何とかしろ。」
「あなた・・・。」
 そう言うならそれでいい。
 さっきも言ったが、自分の人生だ。
「分かった。自分で何とかする。」
 そう言って僕はリビングを去って自分の部屋に戻った。
 母さんが僕の名前を呼んでいる気がしたが、戻る気にはなれなかった。

 部屋に戻って、ベッドに横たわり、ぼうっと天井を眺めていると、少しばかりの後悔に駆られた。
 自分が最後の砦だと思っていた家族も敵に回したのではないか・・・。
 就職活動を始めてから何度もショックを受けたことはあったが、最後は家族が味方してくれるという安心感があった。
 しかし、その家族ももう僕の味方はしてくれないだろう。
 一方で、お金という現実的な問題も残った。
 奨学金をもらったとしても生活費と学費には届かない。
 大学院卒として就職活動するためには学費を納めることは必須だ。
 中退してしまっては意味がない。
 だが、今までやったことのないようなバイトをするのも、やりたいことを見つけるためには良いと思う。
 社会経験にもなる。
 大学院という道を見つけてから、少し前向きになれているのだろうか。
 細かい計算はしていないが何とかなるような気がした。

 寝る前も今日のことを考えていた。
 家族を敵に回し、大学院も入学が決まった訳ではない。
 状況としてはさらに窮地に追い込まれているのだが、就職活動から離れ、しばらくは絶望を感じることがないという安心感が何よりも僕の中では大きなウェイトを占めていた。
 なんだかんだ言って、僕は就職活動から逃げていただけなのだろうか・・・。
 前向きに大学院を考えているつもりだったが・・・。
 もしかしたら、自分が本当に何を考えているのかすら分かっていなかったのかもしれない。
 ただただ、大学院という藁にすがりたかっただけなのかもしれない。
 結局漠然としたモヤモヤは晴れていない・・・。
 もはや、大学院に行くといった以上後戻りはできないが、「これで良かったんだろうか」という疑問に対して、「良かったのだ」という確信が持てなかった。
 何度も言い聞かそうとしたが、やはりだめだった。
 思考が堂々巡りする。

 気付いたときには考え疲れて眠りについていた。


反感

2013年6月11日 代官山


 姉さんの結婚相手は大学時代に知り合った人らしい。
 就職を期に一度別れたという話は聞いていたが、いつの間にやらよりを戻していたらしい。
 就職してから姉さんはずっと関西で働いていたし、家に帰ってきても特にそんな話をするわけでもなかった。
 姉と弟の姉弟なんていうのはどこもそうなのかもしれないが、年齢を重ねるごとに、疎遠になっていったような気がする。
 別に仲が悪いわけではないが、そこまで深い話もしない。
 よく言えばお互いに干渉しない距離感が保てるようになっているということなのかもしれない。
 ただそのためか、今日の結婚式はどうしても家族の結婚式という感じがしなかった。
 僕もまだ大学生のため、友人の結婚式に呼ばれたことはなかったが、2回ほど親戚の結婚式には参加したことがあった。それと同じ感覚に思えた。

 結婚式場は代官山にあるゲストハウスだった。
 14時半から結婚式のため、弟と2人1時間前の13時半に式場に到着した。
 当事者である姉さんはもちろん、父さん、母さんももう1時間早く来ていた。
 日本の住宅街では考えられないような荘厳な入り口を通り、玄関へ向かう。
 まさに結婚式という雰囲気を感じる。
 家族の結婚式であって、何も後ろめたいことはないのに、進路が決まっていない自分がここに来るのが場違いな気がしてしまう。
 ここのところ大学院に向けた勉強もあまりはかどっていない。
 あのとき感じた大学院への魅力も日を追うごとに薄れている気がしていた。
 6月頭に大学院に行ったサークルの先輩に話を聞いてみると、勉強や研究、教授の手伝いなどが忙しく、あまり遊んでいる時間も取れないと言われた。
 大学院に行って、やりたいことを見つけようと思っていたが、自由な時間があまり持てないということを聞いて、本当に大学院で良いのかという疑問が生まれてしまった。
 髭男に話を聞いてみたいと思ったが、あいにく連絡先を交換し忘れていたため、どうしようもなかった。
 ただ、だからといって父さんと口げんかしてまで大学院に行くと言った手前、中途半端なこともできないという思いで毎日勉強は続けている。

 そういえば、ゲストハウスでの結婚式は少し前から流行っているらしい。
 基本的に貸切状態になるため、自分たちの好きなように装飾できたりと、自分好みでおしゃれな空間を作れることも大きな魅力のひとつらしい。
 最近の風潮として、自分の思い通りにできるということがひとつの「売り」になっているのだ。
 くしくも、コンサル業界に入ろうと思って本やインターネットでいろいろと調べていたときに、たまたまウェディングコンサルタントの記事を見つけて読んだのを覚えている。
 とはいえ、式場に来てみると、同じ日に3件も結婚式をやると案内があり、あわただしいものだと思った。
 実際、式場に到着したとき、式場の周りに前の時間帯で結婚式をしていた夫婦の親族と思しき人がまだ残っていた。
 自分好みの空間にできると言っても結局はすごく短い時間なのだという現実を感じてしまった。
 決して僕の結婚式ではないのだけれども、一生の記念に残る晴れ舞台で、大金をつぎ込んでもそれっぽっちの時間しか自分の思い通りにはできない。
 でも、そんな短い時間の自由でも欲しくなってしまうほど、世の中は自分の思い通りにはいかないものなんだと思う。
 だからこそ、自分の思い通りにできることが「売り」になるのだ。

 就職活動が自分の思い通りになると思っていた自分が少し恥ずかしくなったのも場違いだと感じた原因なのかもしれない。
 弟から少し遅れて式場の中に入った。
 少し豪華な家。
 それが第一印象だ。
 建物の外は、そもそもおしゃれな町であること、植物などが丁寧に整えられていたこともあってかなり豪華な印象を受けたが、建物の中はそこまでの違いを感じることはなかった。
 置いてある家具は非常に高価なものなのだろうと感じたが。

 既にスーツを着ていていたため、特に着替える必要はなかった。
 そのまま親族控え室に案内された。
 姉さんの旦那さんの親族がいたらどうしようかとも思ったが、控え室は分かれていた。
 久々に会ういとこたちと話をしていると、ウェディングドレス姿の姉さんが入ってきた。
 身内だからそう感じるのかもしれないが、とても綺麗だ。
 本当に姉さんが結婚するんだと思い、家族の結婚式だという実感が沸いてきた。
 今日は自分の状況だとかそんなことは忘れて、姉さんの結婚を祝おうと思った。
 少なくとも、この時点では本気でそう思っていた。

 結婚式は滞りなく進行した。
 ゲストハウスに隣接したチャペルで、訛った日本語で話す外国人神父の進行のもと、結婚式は執り行われた。不自然な話し方に笑いがこぼれそうになるのを我慢しつつではあったが、無事に終了した。
 最後の新郎新婦退場においても、盛大な拍手で姉さんたちは見送られた。
 姉さんはとても幸せそうだった。
 うらやましいという気持ちがなかったといえば嘘になるが、何よりも幸せそうな姉さんを見るこができて良かった。
 その後に親族紹介も行われたが、向こうの親族は大学生や高校生が多く、僕の大学4年生というステータスも特に浮いた様子はなかったと思う。

 そのまま予定時刻どおり披露宴が始まった。
 披露宴の冒頭では主賓の挨拶があった。
 主賓は新郎の会社の部長だった。
 新郎の所属を聞いて僕は少しはっとさせられた。

 人事部採用担当

 姉さんの旦那さんは採用に携わる人間だった。
 普通の人であれば、特に気にせずに聞き流すところなのだろうが、僕は違う。
 これまで、多くの会社の採用担当に会って面接をされてきた。
 そして、その多くのケースで不合格というレッテルを貼られてきたのだ。
 別に旦那さんの会社を受験したわけではなかったが、採用担当という存在に対して正直あまり良い印象を持っていなかった。
 自分たちは社会に出てしっかりと働いており、全うな人間ですよと看板を掲げて社会人を目指す学生を品定めする。
 彼ら採用担当は僕らが自分たちの御眼鏡にかなうかどうかを見極めるためにあの手この手を使ってふるいにかけているのだ。
 それも、一方的に上の立場から。
 卑怯だと思っていないと言ったら嘘になる。

 主賓の祝辞については何も頭に入ってこなかった。
 自分の中にこみ上げてくるもやもやした感情を抑え付けるので精一杯だった。
 姉さんをお祝いしたいという気持ちに変わりはなかったので、余計なことは極力考えないようにした。
 披露宴も乾杯を経るといくつかのイベントをはさみながら時間が過ぎていった。
 出てくる料理は非常に美味しかった。
 席は家族4人だけの席であったため、特に代わり映えのある会話はなかった。
 普段どおり弟と会話をしていた。
 父さんとはあれ以来あまり会話をしていなかったが、そもそも両親とも口数は少なかったため特に気を使うこともなかった。
 姉さんは第一子であるし、感慨深いものがあるのだろう。
 余計な口を挟まない方がいい。
 僕も弟もそういった空気を感じて二人で会話をしていた。

 中座をはさみ、装いも新たに和装で新郎新婦が入場すると、各テーブルで写真撮影を行った。
 気づくと新郎に一番近い席に座っていた人たちがいなくなっていた。
 どうやら余興をやるのだろう。
 これまで参加した結婚式でも、いつの間にか席を立っていた人たちがピアノを弾きながら歌を歌ったり、タップダンスを披露したりと余興を行っているのは見てきた。
 予想通り余興が始まるようだった。

 司会の紹介があり、6人の男たちが会場に入ってきた。
 全員丈の長い黒いコートを着ている。いや、まとっていると言った方が正しいか。
 おめでとうという言葉と、お祝いのダンスを踊るという簡単な挨拶をして、マイクを司会者に戻した。
 音楽が流れ始めたとき、僕は違和感を覚えた。
 てっきり本格的なダンスなどでもするのだと思っていたら、最近流行りの大人数女性アイドルグループの曲が流れたのだ。
「えっ?」
 思わず口をついて疑問の声が出てしまった。
 曲が流れ始めてから数秒後、6人の男たちはコートを脱ぎ捨てた。
 ブラジャーにパンツ。
 彼らの着ている衣類はそれだけだった。
 そして、音楽に合わせてそのアイドルグループのダンスをひたすら踊り続けた。
 僕は唖然としてそれ以降何も反応できなかった。

 会場はそこそこ盛り上がった。
 当然新郎の会社関係の席は大盛り上がりだった。
 一応笑顔を見せてはいたが、僕からは父さん、母さんもあまりいい気はしていなかったように見えた。
 恐らく、余興の細かい内容を知らされていなかったのだと思う。

 これまでの数少ない経験での認識でしかないものの、結婚式の余興というのは、特殊なスキルを披露するものだと思っていた。
 良い言葉ではないかもしれないが、文芸的というか、文化的というか、そういったものだ。
 これまでの結婚式で見てきたピアノなどはまさにそういったものだった。

 今目の前で繰り広げられているもの。
 去年の大学の忘年会でも似たようなものを見た。
 そう。
 宴会芸なのだ。
 確かに、結婚式のあり方も変わってきている。
 コンサルの勉強をしているときに市場の動向として知識は持っていた。
 ただ、なんとなく、基本的には人生に1度の晴れ舞台の祝福が宴会芸というのはあんまりではないかと感じた。

 とにかく胸が締め付けられるような苦しみを感じた。
 真紀に別れを切り出されたとき、自信のあったコンサル会社の面接結果が不合格だという連絡が来たとき、そのときと似た感触を思い出したかのように僕の心臓の鼓動は急激に変化した。
 姉さんの結婚式で宴会芸をされたのは嫌だった。
 だが、それは一番の理由ではない。
 決してそうではないのだ。
 それをやっているのが、社会人。
 そして、学生を見定める採用担当がやっている。
 僕にとってはそれが何よりも腹立たしいのだ。
 こんなやつらに不合格と決め付けられていたのか。
 人の結婚式で、大学生みたいな宴会芸しかできないくせに僕ら大学生を裁いていたというのか。
 余興が終わった後もとにかく怒りがおさまらなかった。

 別にどの会社の採用担当も同じようなことをしている訳ではないだろうし、僕が旦那さんの会社を受験して不合格になったわけではない。
 それに、姉さん夫婦が頼んだことかもしれないので、本人たちが望んでやっているとも限らない。
 だいたい、大学生がやっているような宴会と社会人がやっている宴会にどう違いがあるかも分からない。
 別にこういった余興をやる結婚式が一般的なのかもしれない。
 冷静に考えれば、現状の怒りを抑える材料はたくさんあったと思う。
 でも、僕の頭はそんなことは考えられなかった。

 就職活動でうまく行かず、大学院行きを決めたものの、そのモチベーションも高く維持できていないからか、いつの間にか就職活動がうまく行かないことが全ての原因であり、自分を不合格と判定しただろう全ての採用担当に憤りを感じるようになっていたのかもしれない。
 どうして自分が不合格なのか。
 どうして平山たちは合格なのか。
 今まで何度もその疑問と戦ってきたが、考えても考えても答えは出なかった。
 気付くと自分を追い込んで頑張るということができなくなっていた。
 大学院の勉強がうまく進まないのも、この心境の変化が原因かもしれない。
 鶏と卵の議論かもしれないが、僕はそう思っていた。
 頑張ろうと思っていても頑張れない。
 決して頑張るための手段が見つからない訳ではない。
 手段があってもそれをもって突き進めないのだ。
 なぜか。
 根本的な原因はなんとなく分かっていた。

 やはり、これ以上傷つきたくないのだ・・・。

 就職活動をしても、大学院の勉強をしても、うまく行かない気がする。
 結果的に前にも嫌というほど味わった絶望感を再び味わうことになる。
 だったら何も頑張らなくてもいいじゃないか。
 もちろん、頑張らないと何も得られないのは分かっている。
 でも、頑張れない。
 頑張れなければ結果は良くならない。
 やっぱり絶望する。
 結局思考のどうどう廻りだ。
 最近はずっとこんな感じだった。

 気付くと披露宴は終わりを迎えようとしていた。
 急いでデザートを平らげた。
 姉さんを精一杯祝おう。
 その気持ちをもう一度取り戻すため、溶けかけたシャーベットとともに心のモヤモヤも飲み込んだ。

 新婦からの手紙で泣きそうになり、最後の新郎新婦退場ではこれ以上ないほどの勢いで拍手をした。
 意外とすっきりした気分だった。
 結果的には姉さんのお祝いという名目で現実逃避していただけかもしれないが、気にしないことにした。


迷い

2013年6月22日 渋谷


 6月から事務のバイトを再開していた。
 もともと就職活動は5月くらいまでに終わるだろうと予測していたから、6月から再開しようと思っていた。
 真紀とのデート資金を稼ぐためにも辞めることは考えていなかった。
 紆余曲折を経て、現状は当時の予測とは大きく異なるものになってしまったものの、就職活動で大分お金を使ったのも事実だし、卒業旅行くらいは行きたいのでお金を貯めるためにも再開することはあまり迷わなかった。
 それに、バイトをしてせわしなく働いていれば、モヤモヤとした考えと向き合う必要がなかったのも一因ではある。
 認めたくないが、そうではないといえば嘘になる。

 就職活動をすると言ってしばらく休みをもらったこともあり、再開後最初に出勤したときは少し気まずい思いもあったが、質問攻めにあってそんな気まずさも全て吹き飛んだ。 ただ、結局全てを話すことになった。
 就職活動のために休みを取ったにも関わらず、大学院を目指すために就職活動を辞めた僕に対して、話を聞いてきた社員たちは特に意外そうな顔を見せなかった。
「学生のときっていろいろと悩むもんねぇ。」
「今は大学院まで行く人も結構いるから、有りな選択なんじゃないの?」
 そう言って僕の状況を肯定的に捉えてくれた。
 大学院に行くことのモチベーションが上がりきらないことが後ろめたかったが、結果的に少し楽に仕事ができるようになった。
 初日から仕事の勘はすぐに戻った。
 バイトとしては多少付加価値のある仕事をしているのではないかと思っていたものの、資料作成や業務システムへの打ち込み等がメイン作業なので、もともと大それたことはしていないというのが主要な要因だと思う。
 ただ、
「沖田君、戻ってきたばかりなのにテンポ良く仕事してくれるねぇ。」
 そう言って僕の仕事を管理している課長に誉められたのは素直に嬉しかった。
 就職活動で否定され続けてきて、バイトとはいえ仕事がうまく行かないのではと心配していたが、杞憂だったと安心した。

 バイトを再開してあっという間に3週間近くが経った。
 週2日なので、負担もあまり感じなかった。
 いつも通り淡々と割り振られた作業をこなしていると、課長から呼び出しを受けた。
「沖田君、ちょっと時間取れる?」
「はい。大丈夫です。」
 別段作業が遅れている訳ではない。
 多少時間を取られても今日も時間通りに帰れそうだ。
 しかし何の話だろうか。
 こうして課長に呼び出されることは今までなかった。
 先週提示した翌月のシフト希望に何か問題があったのだろうか。
「ちょっと席外します。」
 隣の席の社員に一応断りを入れ、メモ帳とボールペンを持って課長に呼ばれるがまま別室に移動した。

「失礼します。」
 通されたのは、お客様たちをお通しするような応接間だった。
「とりあえず、座って。」
 課長に言われるままに、背もたれが頭まである椅子に座った。
 社長椅子だと思って心が少し躍ったが、逆にそんな自分が滑稽だった。
「いきなり呼び出してごめんね。」
「いえ。」
 事情が分からず、半端な返事をしてしまった。
「戻ってきてからも良い仕事してくれてありがとう。この前作ってくれた資料も部長から誉められてたよ。」
「あ、ありがとうございます!」
 自分の仕事が誉められるのは嬉しかったが、これが本題ではないことは分かっていた。
「いやね、時間ももったいないから、本題に入るんだけど。」
 大きくつばを飲み込んだのが自分でも分かった。
 課長も気付いていたかもしれないけれど、そのまま続けた。
「みんなから沖田君が大学院を目指すって聞いてね。」
 確かに初日に社員に話をしたが、課長に話したわけではなかった。
 特に問題があるというわけではないが、あっという間に伝わっていたことに驚いた。
 僕が出社していない日にそんな話がされているのだろうか。
「こんな話は本当はしてはいけないのだろうけど、大学院を目指す気持ちがどれくらいなのかを良かったら教えて欲しいんだ。」
「えっ?それってどういうことですか?」
「ええっと、急な質問だったね。ごめんごめん。みんなから聞いた話だと、就職活動をしたけど、沖田君自身が納得のいく結果にならなかった。だからもう一度自分を見つめなおす時間を作るために大学院に行くと、そう聞いたんだけど。」
「はい。そんな感じです。」
「本当に大学院に行きたいのかな、そう思ってさ。」
「それは・・・。」
 僕の現状は見抜かれているのだろうか。
 大学院に行きたくないわけではないが、サークルの同期たち何人かが6月に入って内定をもらったという話を聞き、正直自分の頑張りが足りなかっただけなのかとも思い始めていた。
 父さんに言われた通りみたいで癪だったので、認めたくはなかったけれど・・・。
 僕の頑張りが足りなかったのだとすると、2年間で自分のやりたいことを見つけても、2年後も同じ結果になるかもしれない。
「別に責めている訳じゃないよ。」
 課長の言葉ではっとした。
 少しばかり黙ったままぼうっとしていたらしい。
「あ、はい。」
「別に沖田君が大学院に行きたいなら、全く否定するつもりはないんだけど、もし良かったら、うちの会社に入社してくれないかなと思ってさ。」
「えっ?」
「この不況で新入社員は数人しか取らない計画ではあるんだけど、せっかくならうちの仕事が分かっている沖田君が来てくれたら良いと思ってね。」
 こんなオファーが来るとは思っていなかったので、言葉が喉に詰まったまま出てこなかった。
「確かに、沖田君の学歴とかを考えると、うちのような無名の中小企業に入るのは抵抗があるかもしれないけど、中小だからこそやりがいはあると思うんだ。考えてみてくれないかな?
 あ、今すぐにここで結論を出してくれなくてもいいよ。ただ、秋の採用活動開始までには間に合わせないといけないから、7月までに決めて欲しいんだ。」
「はい。」
 どう答えて良いのかわからず、とりあえず発することができたのはこれだけだった。
「ありがとう。いきなりごめんね。家でゆっくり考えてみて。
 話は終わりだから、仕事に戻って良いよ。」
 そう言って、課長は部屋を後にした。
 部屋に一人残り、数秒壁を眺めていた。
 大学院に行くと決めた決意が揺らいできているのが自分でも分かった。
 胸の辺りに少し苦しい感覚を覚えながらも、仕事を終わらせなければと思い自分の席に戻った。
「何だったの?大丈夫だった?」
 戻るとすぐに隣の社員から声をかけられたが、本当のことは言えなかった。
「いえ。この調子で頑張って欲しいって言われました。」
「あ、そうなの。」
 含みのある言い方だったが、それ以上は特に聞かれなかった。

 帰りの電車の中、ひどく落ち着かなかった。
 自分のことを認めてくれた喜びと、急な提案への驚きと、大学院に行くことへの疑問と、バイト先への就職の悩みと、全てが渦を巻いてぐちゃぐちゃだった。
 少なくとも、自分の将来がどうなるんだということに答えが出ない現状が全ての根源であるということだけは分かった。
 だからといって、すぐに結論が出るわけでもないことも分かっている。
 その一方で、何でも良いのでこの気持ちを抑える方法を知りたかった。誰でも良いので教えて欲しかった。
 気付いたら家に着いた。
 ただ、ぐちゃぐちゃでまとまらない思考の裏で、自分の中から何かが湧き出てくるのを感じた。
 内定を取った同期たちへの悔しさからか、姉さんの結婚式で見た採用担当の行動に対する怒りからか、そしてバイトで自分の仕事が認められている自信からか、何が要因だったかは分からない。
 でも、その感覚に間違いはない。
 もう一度将来について一生懸命考え抜いてやる。
 意気込みが僕の奥底から顔を出した。
 久々の感覚だ。
 就職活動を始めたとき以来かもしれない。
 大学院を決めたときも少しすっきりした気持ちがあったと記憶していたが、今思えばやはりあのときは半ばやけくそだった。
 大学院という選択も御破算にして、もう一度ゼロから大学院、バイト先への就職、就職活動を比べて悩み抜く。
 絶対になかなか答えがでなくて苦しむことになる。
 それは感覚的に分かっていた。
 もう苦しみたくない。
 確かにそう思ってここまで来たが、それでは前に進まない。
 やるしかない。
 真っ暗で先が見えない道の上で、まだ光は全く見えないけれど、もう一度歩き出そう。
 そんな決意で心が少し落ち着いた気がした。
 依然進路は決まっていない。
 大人しく勉強した方が大学院に合格する可能性が高いことも分かっている。
 でも、この日久々に自分のベッドで寝た気がした。