目次
賢者様の仲人事情【第一部】
賢者様の仲人事情【第一部】
序章
序章~不幸は突然訪れる~
第一章 姫君の危機
第一章 姫君の危機【1】
第一章 姫君の危機【2】
第一章 姫君の危機【3】
第一章 姫君の危機【4】
第一章 姫君の危機【5】
第一章 姫君の危機【6】
第一章 姫君の危機【7】
第一章 姫君の危機~霊界通信~
第二章 傍らにいつも
第二章 傍らにいつも【1】
第二章 傍らにいつも【2】
第二章 傍らにいつも【3】
第二章 傍らにいつも【4】
第二章 傍らにいつも【5】
第二章 傍らにいつも【6】
第二章 傍らにいつも【7】
第二章 傍らにいつも【8】
第二章 傍らにいつも【9】
第三章 月の雫
第三章 月の雫【1】
第三章 月の雫【2】
第三章 月の雫【3】
第三章 月の雫【4】
第三章 月の雫【5】
第三章 月の雫【6】
第三章 月の雫【7】
第三章 月の雫【8】
第四章 姫君と近衛隊
第四章 姫君と近衛隊【1】
第四章 姫君と近衛隊【2】
第四章 姫君と近衛隊【3】~丘陵のエヴァンス~
第四章 姫君と近衛隊【4】
第四章 姫君と近衛隊【5】
第四章 姫君と近衛隊【6】
第四章 姫君と近衛隊【7】
第四章 姫君と近衛隊【8】
第五章 届かない声
第五章 死者達の晩餐
第五章 心を喪失した姫君
第六章 皇太子失踪
第六章 皇太子失踪【1】
第六章 皇太子失踪【2】
第六章 皇太子失踪【3】
第六章 皇太子失踪【4】
第六章 皇太子失踪【5】
第六章 皇太子失踪【6】
第六章 皇太子失踪【7】
第六章 皇太子失踪【8】
第六章 久遠に貴方を想う
終章
終章~最後のサクリファイス~

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第一章 姫君の危機【1】

「何で、何でオレ子供できてんの!? まだレオンと結婚してないのに!」

 ぶっ。

 午後のお茶を飲みながら(ティリスは手をつけていない)半泣きで言ったティリスの言葉に、品行方正小笠原流家元くらいのカタリーナともあろう者が、お茶を吹いた。
「姫様……?」
「オレ、知らないうちにレオンと結婚したの!? あいつ、また勝手にオレの知らないところで式挙げたの!? ひでえよ!」
 いやあな予感を覚えて、カタリーナは極めて沈痛に、こめかみを押さえた。
「姫様、一つお伺いしてもよろしいかしら」
「なに。」
 皇子に文句たらたら半泣きで、ティリスがカタリーナを見る。
「どうして、皇子と結婚するのを先延ばし、先延ばしになさっていたんですの?」
 皇帝辺り、大いに楽しみらしくて大乗り気なのだが、皇帝が話を進めようとする度に、ティリスが「まだいいよ」の一言で片付けてしまうのだった。
「どうしてって、だって、結婚したら子供ができるだろ?」
「――姫様、結婚しなくたって子供はできます」
「えっ……、ええ!? マジ!? どうや――」
 はっと、ティリスが息を呑む。サーっと、その顔から血の気が引いた。直感的に理解したらしい。
「そんな……だって、じゃあ、なんでオレ生まれてんの!?」

 ぶっ。

 不覚にも、カタリーナはまたしてもお茶を吹いた。
「そ、そうですわね……それについては、シグルド王国最大の謎と言われていますわ――」
 さすがお姉様。動揺を即座に押し隠した。
 シグルド国王ファーマイヤと、その王妃タスマニア。なるほど、二人は伝説的なまでに、成立したのが奇跡と呼ばれる組み合わせだった。あからさまに国王の片思いで、娘の目から見ても、それは揺るぎの無い事実だったようだ。
 
“ 結婚さえすれば、子供は生まれるわ ”
 
 そんな、ありがちな母親のたわごとを、娘が真実より遥かに説得力ある答えとして、この年まで信じてしまうくらいには。

 バンっ!

 乱暴にドアが開けられて、珍しく息急き切って駆けつけた様子のレオンが、顔を見せた。
「あ、レオ……」
 レオン皇子、開口一番。
「ティリス、おまえ、どうして子供がいるんだ。誰の子供だ!」
「だよなあ!? おまえもそう思うよな!?」
 ワナワナと握りこぶしを震わせて、バン! とカタリーナが机を叩く。
「あんったの子に決まってるでしょーが!」
「……僕の……?」
 怪訝そうにカタリーナを見て、次には眉をひそめて疑わしげにティリスを見て、レオン皇子。
「僕はティリスと結婚していない」
 ――ゴゴゴゴゴ……。
 お姉様の背後から、真っ黒な暗雲が立ち込めるように、殺意に近い怒気が立ち上った。
 折も折、浮かれた様子のゼルダ皇帝が顔を出してみたり。
「姫や、姫や~ わしの初孫とは本当かのう!?」
 振り向きざまの、お姉様の行き場のない怒りを込めた、激しい二段蹴りが炸裂した。
「ぐああぁっ」
「……初ひ孫でしょう……!? そんなことより!」
 地の底から響いてくるような、初めは、静かな声だった。
「一体、皇子にどういう教育をなさったんです……! 姫様が御懐妊と聞いて、この馬鹿皇子、言うにこと欠いて誰の子供とは何事なんですかっ!」
「う、うぬう……? カタリーナ姫や、姫のために若ぶりたいじじの気持ちを、わかっておくれでないかのう」
「どうでもよろしい! 教育は!」
「う、うぬぬぬ。『どうやるか』は教えたが、『どうなるか』は教えんかったかのう……」

 ドカ! バス! ゴキ!

 ……最後、何だか危険な音がしてました。

     *

「どういうことだ」
 いつにも増して不機嫌に、険しい表情で、レオンがティリスを問い詰める。
 たんたんたんと、床を打つ靴先までもが腹立たしげだ。
「ティリス、僕を騙したのか」
 ――実は、レオン皇子は初め、正しい認識を持っていたのだ。
「だ、騙したわけじゃねーよ!」
 ところが、これをティリスが自信満々改めさせて、あまつさえ、だからと求婚を断り続けてきたものだから、今、皇子は心底、ティリスを疑わしい、疑わしいと思うのだった。
「だって、仕方ないじゃんか! オレ、母上にそう教わって……し、信じてたんだから!」
 ティリスが泣きそうになっているのに気付いたレオンが、少し、首を傾けてティリスをのぞいた。
「な……、何だよ……」
「じゃあ、騙したんじゃないのか?」
 ティリスがこくりと頷くと、レオンがふいに、にやっと笑った。
「ふ、僕の言い分が正しかったな。あの時、僕も母上に教わったと言ったはずだ。おまえ『十の時なら、ガキ扱いされたんだよ。あしらわれたんだって』とか言ったが、子供扱いされてあしらわれたのは、おまえの方だったわけだな。僕は信頼されていた」
「――くっ……!」
 くそう、こいつ憎たらしい! 悔しい! 一言も言い返せねえっ!!
 手をワナワナ震わせて悔しがるティリスを、レオンがフフンと、余裕と優越感に満ちた顔で観察してくる。
「な、何だよ! 信じてたのに……! 母上なんて、母上なんて、大っ嫌いだーーー!!」
 泣いて駆け去ろうとしたティリスを、それまで傍観していたカタリーナが、無情にもぴしゃりと止めた。
「姫様、妊娠中の全力疾走はいけません」
「オレは駆け去りたいんだっ!!」
 いくら姫様のお望みでも、こればかりは聞けませんと、仁王立ちしてカタリーナが首をふる。
「それから、レオン皇子。あなたはいい加減、少しは姫様をいたわりなさいな! だいたい、知っていながら十五歳の姫に手を出したなど、言語道断! 恥を知りなさい!」
「……? どうしてだ」
 まあまあと、わかっていないレオンの代わりに、ゼルダ皇帝が仲裁に入った。
「カタリーナ姫や、もう十五歳の姫を、毎晩同じ寝所に眠っていながら無視するなど、失礼千万じゃ。ティリス姫は、王子と偽ってまでレオンを誘惑しに来たわけじゃしのう。据え膳されたら、食わねば男の恥と――」

 バキ! ガス! ゴキ!

 皇帝の各急所に、二人分の攻撃が決まった。
「来たくて来たもんか! だいたい、誰が誘惑したんだっ!!」
「あなたが男の尻を追いかけて、人質に連行したんじゃありませんの! この変態が!!」
「何と!? 誤解じゃ! わしが手を出してみたいと思った男は、後にも先にもセデスただ一人じゃ!」
「いるのかよっっ!!?」
 ティリスの盛大な突っ込みが入ったこの発言に、珍しくもレオンさえ、少しばかり引いた顔をした。
「う、うぬ? おお、安心せい、レオン。カトレアが女のカンで見張っておるものじゃから、最後まで、手出しはできなかったからのう。父は健全じゃ」
「……え……? と、セデスって誰?」
 何だか嫌な予感を覚え、思わず聞いたティリスに、レオンが淡々と答えた。
「僕の父上だ。――そうか……おじい様は、隙のある方術師が好みなんだな」
 ティリスは頭痛を覚え、沈痛にこめかみを押さえた。娘婿に手を出す舅って……。
「と、に、か、く! オレは誘惑なんてしてないからな!」
「……そうかのう?」
「そうだよ!」
 と、レオンが軽く指でティリスの肩先を叩き、振り向かせた。
「なに?」
 甘く笑って一言。
「誘った」
「な、ななな何言ってんだ、誘ってない!」
 くっくっくっと、うろたえるティリスをレオンがおかしがる。かと思えば、ふいにティリスを見詰め、どきっとしたティリスが退こうとするのを、上手に壁際まで追い込んだ。
「誘った」
「さ、誘ってないったら! ……や……あっ……!」
 口付けが、誘うように降りる。それでいて隙がない。
 ティリスがどう動くか知り尽くしたレオンは、あらかじめ、退路を断つのだ。
「ちゃんと、僕を求めて呼んだぞ」
「だ、だって! そんなの、おまえが死霊術使うからじゃないか……!」
「逃げられないようにしただけだ。呼ぶようには命じていない。おまえが、自分の意思で呼んだんだ。誘ったぞ」
 さっと、耳まで赤くなるティリスを、レオンがさらに追い込んだ。衣装の合わせから、上手に手を差し込んで、柔らかな胸のふくらみに指を滑らせる。
「やめっ……! て、何で誰もいなくなってんだ――っ!」

 姫君の危機は、まだまだ、始まったばかり。

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第一章 姫君の危機【2】

 ぴちょん。
 ぴっ ぴちょん。
 
 陽光が差すことはない、聖アンナ霊廟地下墓所。
 今そこに、小さな燭台(しょくだい)の灯に照らされた、数名の方術師の影が見えた。
「聖アンナの御遺体は、まだ見つからないのか」
「……エンヴァル大司教、恐れながら、御遺体はやはり、生贄に滅ぼされたのではないかと――」
「あり得ん。復活祭の日、この私が直に方術をかけ、生贄の自由を奪ったのだから。動くことすらできなかったはずだ」
 重い沈黙が、冷たい石室を支配した。
 カムラ帝国の方術師たち――
 聖アンナ神殿は今、大変な危機に直面している。
 建国からの永きに渡り、カムラ帝国には唯一無二の、聖アンナと呼ばれる本物の天使が存在し、その天使が方術師たちに力を貸してきた。
 ところが、天使を降ろし、その依り代となるはずだったサクリファイス(生贄)が六年前に暗殺されてより、歯車が狂い始める。
 サクリファイス不在のまま、翌年には、聖アンナまでもが命を落とした。
 そして、方術の効果が徐々に失われていく中で、神殿はついに真っ二つに割れてしまったのだ。
 死霊術師に支配された現皇室を滅ぼし、天使ではなく神の加護を取り戻そうとする一派。皇室断絶派。
 聖アンナにつながる唯一の手がかり、暗殺されたサクリファイスの遺児、レオン皇太子を生贄に、天使復活に賭ける一派。聖アンナ正統派。
 皇室断絶派が、皇帝の不在を狙って皇太子暗殺に出て、まさかの返り討ちにあった事件が記憶に新しい。
 その報告を聞いた時、聖アンナ正統派の筆頭であるエンヴァル大司教は慄然とした。
「猶予はあるまい。カムラ皇室は死の王朝だ。建国よりこの方、皇室はいつも血と死に支配されてきた。セデスが暗殺された今、その血を継ぐ者はレオン皇太子ただ一人。だが、その最後の希望も、いつ、死神につかまるか――何としても、愚かなる者に暗殺されたり、自害されたりする前に、皇太子には生贄になって頂かねばならん」
 大司教は時折、悪夢を見る。ついに聖アンナの亡骸を見つけ、儀式の準備も整い、皇太子を訪ねると、肝心の皇太子が血まみれになって倒れているのだ。もちろん息はない。最悪のシナリオだ。
 ――そこ。大司教はいったい皇太子を何だと思っているのか、とか、冷静な突っ込みは入れない方向で。
「大司教、この上は、皇太子に直に伺うのはいかがでしょうか」
「馬鹿な」
 聖アンナの亡骸がどうなったのか、確実に知っているはずの人物がいる。生贄となるはずだった、レオン皇太子その人だ。
 ――だが、しかし。
「なぜ生還されたのか、儀式を執り行った聖アンナ霊廟に安置されていた天使の御遺体はどうされたのかなど、聞けるはずがあるまいぞ。皇太子が、何故、我らを糾弾しないのかすら、霧の中だというのに」
 皇太子はかけられた方術の効果で意識も定まらず、夢だと判断したから何も言わないのではと、大司教は考えている。
「直にとは言っても、面と向かってではありません。皇太子が溺愛なさっている姫君に――『月の雫ライティルナ』に、力を貸して頂くのです」
「……『月の雫ライティルナ』だと? あの姫がか?」
「御意」
 月の雫ライティルナ
 それは聖別された人間だ。天使の寵を受ける者であり、本人が望まない限り、あらゆる方術の影響を受けないという。
「ロゼット司祭長、姫は、レダス司祭長の方術から皇太子を庇って重傷を負われたと聞く。月の雫ライティルナではあるまい」
「聞き及んでおります。ですが、むしろ、その時にこそ――姫君には『皇太子を庇って亡くなられた』という話もあるほど。姫君が月の雫ライティルナの資格を得たのはその時ではないかと、私は考えるのです」
 聞いていた誰もが、息を呑んだ。
 月の雫ライティルナ
 それは方術師の誰もが目指す魂の高み。しかし、カムラ帝国の建国より、数名しか確認されていない、半ば伝説と化した存在だ。
「……過去、息を吹き返して月の雫ライティルナとなった例はないが……」
 ロゼット司祭長が、ふっと、表情を緩めた。
「先日、姫君が私の元に、皇太子に神殿をどうこうする意思はない、殺そうとするのをやめてくれと、言いに来られました。自分には誰が一番偉いかわからない、それでも、十分偉そうな人に会えたから、一番偉い人に話を通してくれと――人に見つかったと気付くと、あわてて逃げて行かれましたが」
 逃げ去る姫君にかけられた方術が、光の欠片となって無効化されるのを、司祭長はまさに目の当たりにしたのだ。
 そして、皇太子や天使がなぜ、かの姫君に寵を与えるのか――
 司祭長には、わかる気がした。
 正面から、手続きを踏んで乗り込めば、姫君の身は安全で、話も確実だったのに。彼女はそうしなかった。なぜか。
 神殿を庇ったのではないかと、思われるのだ。
 息をするほど当たり前に。
 逃げる時、秘密だと、姫君は口元に指を一本立ててこう言った。
「中庭にいた人たちはみんな死んだ。レオンもそう言ってる。だから誰も『おまえも暗殺に加担したんじゃないか』とか、疑わないでやって」
 そして、追いかけっこを楽しむように逃げて行った。
 光そのものかのような、姫君。
 
“ 逃げ延びた者がいることは秘密 ”
 
 これほど無礼で奔放で、小さなものを救う密約を、知らない。
「大司教、方術も天使も必要だと、月の雫ライティルナなら、わかって下さるはずと、信じたい」
「……」
 皇太子についても、司祭長の考えは、大司教とは少し違う。
 死霊術師である前に、優れた方術師だったセデス司祭の息子だ。皇太子こそ、神殿を庇って何も言わないのではと、不吉な考えが脳裏をよぎる。
 不吉な、というのは、復活祭が失敗したのは皇太子が抵抗したからではなく、天使が死んでしまっていたからではと、神殿側が考えないようにしている可能性を想起させるからだ。
 復活祭とは名ばかり、儀式の際、天使が死んでしまっていたことは、かつてない。天使の依り代は、生命ある天使とサクリファイスの契約によって交代してきたのだ。
 同じ手順を踏んだとて、死んでしまった天使とでは、駄目なのかもしれない。本当は、その可能性を危惧しないわけでは、ないから――


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第一章 姫君の危機【3】

「う~……」
 何やら低いうなり声が、皇宮に響く。
「う~~~……」
 この世の不幸に押し潰されようとしているような、苦渋に満ちたうめき声だった。
「……皇帝陛下の……御威光を……、……よって? ご尊顔をみだりに……?」
 分厚い分厚い教本との戦い。ティリスは今まさに、カムラ宮廷作法やら、修めるべき豊かな教養とやらに、押し潰されそうになっていた。
「何だっけこれ……昨日、カタリーナに聞いたのに……。何で忘れてんだよ~、オレ!」
 泣きたい。泣きそうだ。泣いてるし。
 婚約披露宴での失態以来、さしものカタリーナさえ、指導中はティリスに厳しい。
 何があったかと言うと、カタリーナの熱心な指導をあざ笑うかのごとく、大切な席でティリスが失敗したのだ。いっぱい。百点満点の、平均六十点の試験で、二十点を取ったという感じだろうか。
 そんな中、妊娠を告知されてしまったティリスを待っていたのは。
「ティリス、具合が悪いのか?」
 政務を終えて戻ってきたレオンを、ティリスは心底うらめしげに見た。
「妊娠中で、動けないんだよ」
「ふうん。動けないとうなるんだな、おまえは。変な奴だ」
 バタンと、ティリスはやや乱暴に教本を閉じた。
「動けないから、どうせ修めなきゃなんないカムラ宮廷作法全21巻を今のうちに修めとけっていうのは正しいよな。正しいよ。でもさあ、やる方の身にもなってみろよ!」
 突然のことに、やや、レオンが驚いた顔をした。ティリスは構わず言い募った。
「好きな剣の一つもふれなくて、乗馬の一つもできないんだぞ!? 毎日毎日毎日毎日教本だぞ!?」
 レオンが訝しげに眉をひそめる。納得いかないようだ。
「まだ3日目だろう。1日多いぞ」

「だまれ。」

 訴えた自分が馬鹿だった。どうやったって、レオンにこの苦悩がわかるはずがない。
「くそう。おいレオン、これ、皇帝権力で修めなくていいことにできねーのかよ!」
「だめだ。皇帝だからと、何もかも勝手にしたら、国が乱れる。秩序は保つんだ」
 ティリスは目を見開いて、次には腹立ちに任せて教本を机に叩きつけた。
 何だよ、それ!
 正論だ。その通りだ。だけど、自分は!? レオン自身はいつだって、めいっぱい身勝手なくせに――!
「……っ……」
 だめだ、オレ、――泣く!
「ティリス?」
「風呂入って寝るんだっ!」
 レオンを振り切って風呂場に駆け込むと、ティリスは両手で顔を覆った。
 涙がどっと溢れた。
 悔しくて、たんたんたんと、風呂場の床を蹴って八つ当たりした。
 何でこんなに悔しいのか、悲しいのか。
 ――わけ、わかんねえ!!――

 泣くだけ泣いて涙も枯れると、ティリスはぼんやり、いつもと何も変わらない、浴室を見た。

 そうか。
 これが、俗にマリッジ・ブルーというやつなのだ。
 きっと、こういう時、妻は夫に殺意を抱くのだ。
 ……くそう……。

( 注・ちょっと違います。 )

 入浴の後、レオンに案外優しくしてもらっても、ティリスの気は一向に晴れなかった。

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第一章 姫君の危機【4】

 数週間が過ぎていた。
 閉じた教本の上に腕を組み、そこに頭を乗せて、ティリスはぼんやりと、窓の外を眺めていた。
「ティリス様……?」
 様子を見に来たらしいカタリーナの声。ティリスは仕方なく、身を起こした。もそもそと、教本を開く。
 目を走らせても、集中力がないのか、頭にはまるで入らなかった。ここ数日、ずっとだ。
 最初の数日は気が乗らないならと、カタリーナも大目に見てくれて、気晴らしにと、劇場や庭園に連れ出してくれた。
 しかし、これが連日ともなると、カタリーナも当然、いい顔はしなかった。
「どうなさったのですか。無駄にできる時間など、本当は、一刻とてないのですよ? 婚儀の手順が覚えられなくて、子供がいるのに結婚できないなんて、前代未聞です」
 ややきつい口調で言い切り、ティリスが読んでいる教本のページを確認すると、カタリーナはいよいよ、態度の険しさを増した。
「ティリス様、昨日より戻っているじゃありませんの! 一体、どういうことなのですか!? こんな馬鹿なこと!」
「――っるさい!」
 バンと、ティリスは閉じた教本を机に叩きつけた。
「ほっといてくれよ!」
「ティリス様、甘えるのもたいがいになさい!」
 何かが、ティリスの中で切れた。
 もう、いやだ。
「出てけ!!」
 カタリーナの表情が強張る。次には手を振り上げて、カタリーナがティリスの肩をつかんだ。
「!」
 息を呑み、カタリーナは動きを止めた。
 ティリスが歯を食い縛り、泣いていたからだ。
「……出、てってくれ……」
 カタリーナは眉を顰めてティリスを見た。
「ティリス様……、妥協します、レオン皇子の言われた通り、3ページで構いません。少しでも進めて下さらないと、お話にならないんです、皇子のそばにいたいのでしょう!?」
「――だ、……黙れ! 出てってくれよ!!」
「ティリス様!」
 このところ、カタリーナ自身、深刻に自分の指導力に自信を欠いていた。正統な、シグルド王室の王女なのだ。ティリスの出来が悪いはずはない。
 そんなに、彼女の教え方が悪いのかと。
 一方、ティリスはティリスで、落ち込んでいた。自信はもとよりなかったが、いよいよできないことを思い知り、どうしていいのかわからないのだ。
 教本は全二十一巻なのに、ティリスは一ヶ月以上、第一巻の最初の章でもたもたしていた。もはやカタリーナにもレオンにも、合わせる顔がない。
 教養作法、完璧に修め、政道にも明るかったアシュレイナ姫を蹴らせてまで、彼女を正妃に迎えさせたのに。
 寵姫はいやだと、彼女だけでなければいやだと、泣いてなじってレオンに他を捨てさせたのに、実質的に、今の彼女には愛玩される以外の能がなかった。このままではまるで、寵姫と変わらない。
 レオンが正しかったのだ。
 寵姫であれば、こんなもの修める必要なんてなかった。
 公式行事にだって参加しなくてよく、望まれた時にレオンに応えれば、そばに居さえすれば、それで良かった。
「――後でまた来ますわ」
 カタリーナは一度、出て行った。
 ティリスは答えなかった。
 ――レオンは。
 レオンは、ありのままの彼女を受け入れて、そのままで、迎えてくれようとした。
 ティリスが教養や作法の類を苦手とすることも、外で勇者ごっこを繰り広げるのが大好きなことも、知っていて、そのままで、迎えてくれようと――して――
「うっ……」
 ティリスは口元を押さえて洗面所に駆け込むと、もう吐くだけ吐いたのに、まだ吐いた。苦しい。何もかもが、苦しい。
 アシュレイナ姫なんて、レオンが寵姫ばかりに溺れても、文句の一つも言わずに、割り切って皇妃を務め上げてくれそうな姫だった。
 レオンは側室にさえ、皇帝や彼女が喜びそうな姫を、選ぼうとしていた。
 レオンはおまえだけだとか愛しているとか、言ってくれない。
 だけれど、いつだって、彼女だけがいればいいという行動を、取り続けてくれていた。ただ、祖父や両親のことも大切にしていて、だから皇太子として、その務めは果たそうとしていた。
 何にも考えていないと思っていたのに、考えていなかったのは、ティリスの方だったのだ。身の程知らずで子供で、必要なことを修められない彼女が正妃で、レオン、これからどんなに困るだろう。どんなに、恥をかいたり責められたりするんだろう。
「ティリス?」
 レオンの声に、ティリスはびくりとして固まった。政務のはずだ。何で――
「どうしたんだ? 角女が心配して――」
「ど、どうもしない! ほっといてくれ!」
 余計なこと――!
 カタリーナが心配してくれているのはわかる。けれど今、どうにもできないティリスには、重荷だった。何かしてもらうだけ、追い詰められた。
「……」
 レオンが黙って様子をうかがっているのが、わかる。
「政務、途中だろ……。戻れよ! オレなんか、ほっとけばいいんだから!」
 レオンがむうと、おまえ、最近毎日ご機嫌ななめだぞと、眉を顰めた。
「ティリス」
 呼びかけにどきっとしたティリスに、レオンが差し出したのは。

 ――梅干し。

「へそにつけておくと、吐かないそうだ」

 ………………。

「それ違う」
 何だ? と、レオンが首を傾げる。
 ティリスは沈痛に額を押さえ、
「船酔いじゃないだろ!?」
「?」
 だいたいどこからもらってきたんだよと、吹き出そうか、厳しく突っ込もうかというところ、ぼろっと涙がこぼれた。
 レオンがびっくりして目を見張る。
「――じょ、情緒不安定なんだっ……!」
 あわてて、レオンを押しのけて洗面所から出ようとしたティリスを、レオンが捕まえた。後ろから優しく抱き締めて、首筋に柔らかく、口付けた。
「……あっ……」
 恐怖が、抑えられない。
 レオンの優しさに、余計、恐怖が増した。
 しゃくり上げるようにティリスが身を震わせると、レオンがどうしたんだと、首を傾げた。
「……お願い……っといて……!」
 どうなるんだろう。
 教本、この十日間、1ページも進んでないと知られたら、どうなるんだろう。
 どうやっても、修められなかったら、どうなるんだろう。
 もし、皇太子妃の器じゃなかったら……? 今さら、レオンを失うことになったら……!?
 
“ ここにいたい ”
“ レオンの腕の中にいたい…のに……! ”
 
 震えを止められないティリスの肩に、レオンはしばらく、頭をもたせかけておとなしかった。
 その距離が、無防備に甘えてくれるレオンが、温かくて心地好くて、ティリスは苦しかった。
「……うっ……」
 また、気持ち悪くなって、悪いなと思いながら、ティリスはレオンの腕から逃れた。
 洗面所に駆け込んで、まだ、吐いた。
 涙もぼろぼろ、溢れた。
 役立たずだ。
 わがままなばっかりの、してもらうばっかりの、役立たずだ、オレ――!


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第一章 姫君の危機【5】

 二日後。体調を見てもらうために部屋を空けていたティリスは、戻ってきて、カタリーナとレオンが部屋の前でもめているのに気付いた。

「どうにかならないのか、手に負えないぞ。ティリスのことだ」
 レオンが不機嫌そうに言って、腕を組む。答えるカタリーナの口調も、険しかった。
「――情けない、あなたが、まるでしっかりしないからじゃありませんの! いいですか、物事には順序というものがあるんです。本来ならこういうもの、」
 カタリーナが二度ほど荒く、手にした教本を叩いた。
「全て修めてから、初めて正式に婚姻し、契りを交わすのが筋だったのですわ。それを、合意も資格も確かめずに手を出して、あげく、手に負えないとは、呆れてものも言えませんわ!」
「……」
 よせばいいのに、「言っているぞ」とレオンが突っ込むものだから、いよいよ語気荒く、カタリーナが責め立てた。
「だいたい、あなたは一度だって、ティリス様のことを思いやったことがあるんですの!? あなたが身勝手だから、ティリス様があのように追い詰められるんです! あなたのものじゃなかった頃、ティリス様は今よりずっと、朗らかでお幸せそうでしたわ!」
 ティリスは目を見開き、たまらず、走り出た。
「違う!」
「ティ……」
「違う、そんなじゃない、違うんだ!」
 唇を噛んでレオンに目を向けて、――ティリスは息を呑んだ。
 レオンの両眼が、赤みがかった光を帯び、やり場のない痛みに、揺れていた。
「――レオン――」
 わがままなのは、身勝手なのは彼女だ。
 だって、シグルドにいた頃は、こんな気持ち知らなかった。こんなに、何かを求めたこと、なかった。
 誰かを傷つけても、資格がなくても得たいと思ったことなんて、なかった。
 止められない思いが、傷つけた。大切な二人を。
 カタリーナもレオンも、こんなじゃ……こんな、優しさのないいがみ合い、する二人じゃなかったのに……!

“ ――だめにする ”

 彼女のわがままが、通そうとする無理が、何もかもだめにするんだと、思い詰めた。
 ティリスはきつく唇を噛み、それから、顔を上げた。
 震える声を励まし、言った。
「レオン、オレ、おまえとは別れる。国に、帰るから……」
 両者がいよいよ目を見開いて、ティリスを見た。
「……何……?」
「もう、いやなんだ! ここにいたくないんだ!」
 血を吐く思いでティリスが言った、直後だった。
 レオンに向かい、カタリーナが突如、容赦のない平手打ちを食らわせた。
「なっ――!」
「情けない! 子供がいる状態で、女性の側から別れを切り出させるなんて、あなたはいったい、昼も夜もティリス様と一緒にいて、何をしていたんです!」
 ティリスは息を呑んで、とにかく、レオンを庇いに入った。
「何で、何でレオン責めるんだ! レオンは悪くないじゃないか! オレが……オレが器じゃないのに正妃になりたがって、無理通させて、でも、無理だったって……! 今さら投げ出して国に帰るのに、何で、レオン責めるんだ!」
 どうしていいのかわからなかった。
 カタリーナが怒るのも、本当は、当然だ。カタリーナは、最初から反対だったのだから。それを曲げて通してもらい、協力さえしてもらったあげく、この醜態で。
 ティリスが傷つくと思って、幸せになれないと思って、それで反対していたカタリーナが、怒らないはずがなかった。
 それでも、今はただ一つしか、言えることがなかったから。
「レオンのこと、責めないでくれ……! レオン、悪くないんだ、オレがだめなんっ――」
「そうだ、おまえが悪い」
 背中から乱暴に、抱き込まれた。
「え……?」
 喉元に刃物が当てられていた。
「角女、おまえは行け。何もかも、冗談じゃないな。覚えておけ、シグルドには死体しか、返さない」
「なっ……!」
 瞳を鮮やかな緋に輝かせ、薄く笑むレオンは、カタリーナの目にも危険だった。
「動くな! それとも今すぐ、ティリスを死体にして欲しいか? 一歩でも近付いてみろ、ティリスは殺して、アンデッドにして僕のそばに控えさせる」
「……何を……何を馬鹿な! ティリス様を放しなさい、レオン皇子!」
 レオンはただ笑い、余計、ティリスを押さえ込む腕に力を込めた。ティリスの喉元に当てた刃物の先を、切れておかしくない角度に立て、食い込ませた。
「や……」
「ティリスは僕がこの手で痛めつける。二度と、馬鹿なことを言う気が起きないように」
 レオン、怒ってる――
「カ、カタリーナ、行って! レオン、逆らったら恐い……何、するかわかんない!」
 ククと、レオンが声を立てて笑った。
「……わかるのか? ティリス」
「や……めて……」
 おまえはもう逆らったから、ひどいからな? とレオンが嘲う。
 声は冷たく、すでに、ティリスをなぶるものだった。
「皇子、なぜそのようなこと……! 見損ないましたわ! ティリス様が、ティリス様がどんなにあなたを思っているか、わからないのですか!」
 ティリスは初めて、カタリーナがレオンの前でそれを認めるのを見た。
 けれど、わからないし、関係ないだろうと、レオンは言い切った。
「僕を独りにする思いなど、いらないな。僕は愛してもらえなくていい。ティリスがここにいれば、それで足りる」
 その言葉に、ティリスが恐怖以外の感情を見せ、目を見張るのを、後ろから捕らえているレオンが、見ることはなく。
「いいか、おまえが強硬な態度に出るなら、その分も、ティリスの体に刻む。おまえが奪おうとするなら、その前に、ティリスの心も体も僕が壊して、残骸しか残さない。間違えるなよ、ティリスは僕のものだ。生殺与奪、全て僕が支配する。誰にも、ティリスは渡さない」
 ティリスはぎゅっと、レオンが彼女を押さえ込む腕を、つかんだ。
「カタリーナ、行って――」
 それだけを願った。
 刃物を持たない側の、ティリスを押さえつけていたレオンの手が、服地をつかんで裂いた。
 ティリスが弱く笑って目で願うと、カタリーナもついに、身をわななかせて走り去った。

“ ごめん、カタリーナ ”

 服地を裂いて露にした首の付け根に、レオンが口付ける。苦しい。石榴の烙印は、施術も解呪も苦しい。
「震えているな、怖いか? ティリス」
 レオンが愉悦に満ちた声音で言い、満足げに、印を指でなぞった。
「どんな目にあわせてやろうか……」
 最近、方術の癒しの術が使えるようになったんだと、言う。
 関係ないと思っていたら、とんでもないことを言い出した。
「刺して、癒しの術を使って、また、僕の魔力が尽きるまで繰り返すとか、できるな」
 冗談、それ激しく、方術の使い方間違ってる!!
「やだ、そんなのやだ、やめて!」
 レオンが楽しげに、利き手で握り締めた短剣を、喉から致命傷にならない位置に移動させ、突きつけた。
 ちょっと、貸すのか!? カムラの天使、ほんとにこんなやつに力貸すのか!?
「やめて! やだ、こわいやめて! 許して!!」
「なら謝れ、二度と、僕を置き去りにしないと誓え」
 ティリスが絶句すると、レオンが本当に、力を込めた。
「いや、待って! ご、ごめん……ごめんなさいっ……二度と、二度と別れるなんて言わない、言わないからやめてっ」
 胸のつかえが。
「国に帰るのもだめだ、取り消せ。誓えないなら、誓う気になるまで痛めつけてやる。おまえの気が狂うのと、僕の魔力が尽きるのと、どちらが早いか――試してみるか?」
「た、試さない! 帰らない、帰らないからっ!」
「絶対に?」
「ぜ、絶対でいいっ! 誓う、誓うからやめて……!」
 レオンがやっと、突きつけていた短剣を手放した。
 次にはぎゅっと、機嫌良くティリスを抱き締めた。
「待っ……」
 うわ~、レオン嬉しそうだ~!
「方術は便利だ」
 ガクゥと、何だそれと、何だか、泣きたい感じで突っ込んだ。
「おまえ、こんなことでいいのかよ! これで納得できるって、どうかしてんじゃ――」
 ティリスの言葉半ばに、レオンが言った。
「いいなんて言っていない。ここからだぞ? ここから、酷い目にあわせるんだ。怖い目にあわせて、二度と、ここにいたくないなんて言えなくするんだ」
「……え?」
 さーっと血の気を引かせ、何それ? と、誤魔化したい笑顔でレオンを見るティリスに、レオンが魔のある、不吉な笑みで流し目をくれた。
 ――ちょっと、レオン、すごく楽しそうなんだけどっ! やめてくれよ、レオンがこーゆー顔する時、まじ、タチ悪いんだからーっ!
 無駄に抵抗するティリスを、容赦なく追い詰めて、烙印の支配力にあかして、レオンが強制した。
「ティリス、離れたら許さない。失いたくなければ、僕をつかんでいろ」
 彼女が目を見張り、逆らえずにレオンの服の袖をつかむと、満足げに笑ったレオンが、続けて言った。
「僕が好きなら、首に腕を回してもいい」
 ――そ、それはどうなんだ!
 ティリスはいいように、酷い目にあわせてくれる相手なのに、レオンの首にかじりつかされた。何でと思っても、悔しいばかりで、逆らえない。
「国になんて、帰らなくていい。一生、僕のそばにいるんだ」
 レオンが囁いて、ティリスの喉元に指を這わせた。レオンの指が、彼女を弄んで這い回る。首筋に口付けが降り、ティリスがこぶしをぎゅっと握り締めると、レオンの指が軽く、口許に当てられた。それだけで、そんな場合じゃないのに安心してしまい、ティリスは抵抗の気力を削がれた。彼女がおとなしくなると、レオンが指の代わりに唇を、彼女のそれに重ねた。深く口付ける。
 烙印をかけられた状態で抱かれるのは、怖い。
 触れられるだけ、効果が増す気がするから。
 レオンが耳元に、囁いた。置き去りにされる痛みがわからないから、軽はずみにああいうことを言うんだと。教えてやると、かじりつくティリスの腕を、レオンが引き剥がした。
「ここにいろ。部屋を一歩でも出たら、許さない。おまえが、追うことのできないところに行く」
「……レオ…ン……?」
 部屋の扉を開けると、術をかけたままで彼女を中に突き飛ばし、レオンが外側から扉を閉めた。
「そ、嘘!」
「僕は政務に行く。おまえはそこで、しばらく自分が何を言ったか思い知るんだ」
「や、いや! レオン、行かないで! 置いてかないで!」
 烙印を施された状態で突き放されたら、気が狂うような苦痛を覚えること、知り抜いたティリスは半狂乱になった。
「レオン、レオンっ――!!」
 その足音が遠ざかる中、悲鳴を上げて、ティリスは烙印を押さえてそこに崩れた。



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