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引っ越して黄昏て …ムカツキの部屋探し編…

 不動産屋さんに家を探しに行って、「職業は?」と聞かれるのが一番イヤだ。
「あのう、セイユーなんです」
 私がおそるおそる答えると、
「あー、スーパーのね。で、どこの店? 何やってんの?」
 と定番のように突っ込まれる。
「レジ係です」。ボケをかましつつも、慌てて訂正して、
「ニシのトモの西友じゃなくて、アニメの声なんかやってるあの声優なんですけど」
 と言うと、決まって、
「あぁ、自由業の方ね。一応、芸能界なんでしょ、そのセイユーってやつも」
 とトタンにいい顔されなくなるのだ。
 そして、「親は何してる? 保証人はいるのか? プロダクションに所属しているんだろうね?」。果ては「一度、家主に面接しといてもらおうかなあ」と急に審査が厳しくなってしまう。
 手付金を払ったのに、「あとから来た人のほうが条件が良かったからと、家主に言われちゃったもんで」とキャンセルされてしまったこともあった。
 後輩の子は「念のために預金通帳を見せてもらおうかな」とまで言われたそうだ。
 かえすがえすも腹立たしい。ねっ、セイユーが何をしたって言うの? けっこう地味な仕事なんだけどなぁ……。
 
そういえばこんなこともあった。八回目の家探しで不動産屋さんを訪れたときの話である。そこで渡された用紙には、「名前、現住所」「希望する間取り(ワンルーム、1DK、2DK、3DKなどと書いてあって丸を付けるようになっていた)」、そして「職業」を記入する欄があって、私はそこに「声優」と小さく書いた。
 すると覗き込んでいた担当のおじさんが、すっ頓狂な声を上げたのだ。
「えっ! おたく声優さんなの? ホントにぃ?!」
「ホッ、ホントですけど……、それが何か?」
「いやぁ、うちのいちばん下の子供がさぁ、今五歳なんだけどねぇ、テレビのマンガにもう夢中なのよ。主題歌なんてすぐ覚えちゃうんだよねぇ。で、何の声やってんのあなた?」
 なんてことはない。ただの親バカである。
 私はその当時放送されていた「ピーターパンのウェンディとかぁー」と答えると、
「あーっ、うちの子、見てる見てる! ねっ、ちょっとやってみせてよー。お願いっ」
 とにじり寄って来た。
「ここでですかぁ?」と言いたかったが、下手に断って心証をまずくしてはいけないと思い、私は小さな声でアニメの女の子を演じてみせた。
「わたしウェンディよ。もうっ、ピーターパンったらぁ~」
「あーあーあーっ、それだそれっ、似てるっ(あのぅ、本人なんですけどぉ)……で、他には?」
 おじさんは急に生き生きしてきた。
「他? 他にはぁ、おそ松くんのトトコちゃんとかぁ」。イヤな予感がしてきた。
「あっ、やってやってー!」
 気がつけば、店の社員が全員私の前に、目を輝かせて並んでいるではないか。
「トトコ、経済力のある人って好きぃーっ!」と役の決まり文句を叫ぶと勢いがついたのか、次から次へとキャラクターの声をやってみせたのだった。
『もしかしたら、とっておきの物件を出してくれるかもしれない』という下心の当然ながらあった。
 店の人はみんな、拍手して喜んでくれた。
 あぁ、それなのにそれなのに、私が出した条件に合う部屋は、
「あーっ、うち、ちょうどそういうの、ぜんぜんないんだよねえ」
 おじさんは素っ気なく言うと、さっさと奥へ引っ込んでしまった。
 結局「骨折り損のくたびれ儲け」であった。
 わたしゃいったい何をやっているんだろうと、ひどく虚しくなった帰り道、一大決心をした。
「いつか大きなマンションの大家になって、不動産屋さんにも店子にもデカイ顔してやるんだ」と。
「あらぁ、うちは、一部上場企業の人じゃないと、ダメなのよねぇ」なんてね。
 未だにそれは、私の野望のひとつである。
 
 私が八回目のお引っ越しから学んだこと
 
一つ、不動産屋さんはコネのきく所へ行くべし。
<友達が一回家を紹介してもらったでも何でもいいから、少しでも融通のきく所を探しましょう>
 
二つ、不動産屋さんへ行くときは、普段着で行くべからず。
<けっこう第一印象で判断されてしまいますから、この日だけは好きな人の親にでも会いに行くような優等生ぶりっこの格好をしましょう>
 
三つ、不動産屋さんへは、ひとりで行くべからず。
<むこうは、口の達者なプロの営業マンです。ともすると、ずっと借り手が見つからなかった部屋を、上手に押しつけられてしまうかもしれません。そんなとき、冷静な第三者の目で見られる友人が隣にいると、なにかと心強いものです>


引っ越して黄昏て …脅威の一目ぼれマンション編…

「ドッヒャ~!」
 そのマンションの五階の部屋に、不動産屋さんに案内されて初めて入ったとき、私は腰を抜かしそうなぐらい感動した。
 新築らしく室内は真っ白でピカピカ、床はマホガニー色のフローリング、リビングの大きな窓からはきれいな川が見渡せ、真鴨が親子で仲良く泳いでいる。
 そして何がびっくりしたって、とんがり屋根のようになっている、その天井の高さである。ここは教会か? と聞きたくなるくらいなのだ。声が「ワワ~ン」と反響する。引っ越し経験の豊富な私でも、これほど天井の高い部屋には、ついぞ巡り合ったことがなかった。
 壁の上の方にはステンドグラスにしたいような小窓も付いている。リビングだけではなく、和室の天井も同じ造りになっていた。
 おまけに、屋根裏部屋風の梯子で登るロフトもふたつあった。『ひとつは物置にして、もうひとつは秘密の隠れ家にしよう』。子供みたいなことを考えて私はワクワクしていた。
 もちろん(家賃が、ちと高い以外は)、こちらには何の文句もなかった。そのあとすぐ不動産屋さんと賃貸契約を結び、私は晴れてこの家の住人となったのだ。
 しかし……、そのマンションには住んでみなけりゃわからない、数々の問題点があったのだった。
 お化けが出るのではない(新築だってば)。
 真鴨が来なくなったわけでもない(彼らは毎朝一列になって家の前の川にやって来て、私の投げるパン屑を競って食べていた。ときおり素潜りも見せてくれて、いつまでも飽きずにそれを眺めていたものである)。
 騒音公害でもない(防音構造はしっかりしていた。各階のフローリングの間に厚い消音マットが入っていたくらいだ)。
 日当たりが悪いわけでも(三方向に窓があった)、隣に怖いお兄さんが住んでいるのでもなかった(お隣には、有名企業の重役のお嬢さんが三人で住んでいた)。
 ただ…………寒かった! ……ひたすら寒かったのである。
 真冬の朝、ファンヒーターを回して、ガス暖房を入れてもなかなか暖まらない。いく枚も着込んで、ダルマのような姿で歯を磨いたこともある。
 仕事から帰って来てもしばらくはコートを着たまま、ご飯の支度をしなければならなかった。それぐらいその部屋は、寒かったのだ。
 原因はもちろん、この天井の並外れた高さにあった。暖かい空気はどんどん上へ行って、足下はフローリングゆえにヒューヒュー底冷えがする。
 なおかつこういうコンクリート建築の欠点として、気密性が高いぶん、新築後何年間かは湿気と結露がすごい。このマンションは特別ひどくて、毎晩、ジメ~ッとした空気が立ちこめる寝室の、ジトッと重たい布団と冷たいシーツの間で寝なければならなかった。
 朝起きると、窓のカーテンは結露でジャブジャブに濡れていたし、柱や壁にはびっしりと水滴が付き、床まで水浸しだった。その上、寒いのである。
 夏は夏で、西側のブラインドを閉めて。クーラーの設定温度を十八度にしても、ぜんぜん冷えて来ない。これも天井が高すぎて、冷房の有効な許容範囲を超えてしまったからに他ならない。
 そして冬と同様、電気代の請求書を見て、私は目ん玉が飛び出るほど驚いてしまった。恐るべし、天井の威力!
 
 そんなこんなでやれやれと迎えた、秋のある日のこと。
 何の気なしに見た和室の天井近くの小窓に、小さなベージュ色の不気味な物がのっかっているのを発見した。下からみる限りそれは綿ゴミのようでもあったし、枯葉のようにも見えた。ほんとによく確認できないくらい小窓はかなり上の方に付いていたのだ。
 そのときは「何だろ?」と思いつつも、ロフトの梯子を立て掛けて掃除するもの面倒だったし、「あとでいいや」と私はほったらかしにしてしまった。
 何日かしてふと見上げると、その窓枠にへばり付いているベージュ色の物体が、初めて見たときよりなんとなく大きくなっているような気がした。
 ジィーッと見つめていると、それは、
「カサッ」
 と微かに動いたように見えた。
「ゲェーッ! いっ、生きてる?!」
 ということは、虫か? ネズミか?!
 どっちも遠慮したい私は、その部屋から急いで撤退し、ふすまをバンッと閉めた。何も見なかったことにしたいくらいだったが、そうもいかない。
「そうだ! 誰かに来てもらおう」
 こういうときは都内に住んでいる従兄弟に出動してもらうに限る。男なんだからさっさと片付けてくれるに違いない。
 夜になって早速電話すると、会社勤めの彼は「週末にならないと、体があかない」と言うのだ。週末まであと三日もある。
「そこをなんとか」とお願いしても、「ダメ」の一点張り。私は他に頼めるあてもなかったのでしょうがなく、従兄弟の来る日を指折り数えて待つことにした。
 しかし懲りない私は、自ら「あかずの間」にしたはずなのに翌朝になると、怖いもの見たさで、無性にその部屋を覗いてみたくなった。
「ちょっとだけよ」とソォーッとふすまを少し開けて片目で見上げると、その物はなんだかまた大きくなっているようなのだ。
「ゲェー! 育ってるぅ~?!」
 私の頭には、丸々太ったねずみの姿や巨大化した昆虫のさなぎが浮かんでいた。
「くわばらくわばら」とふすまを閉めて、その場で「早く週末が来ますように……」とお祈りをした。
 さて待ちに待った日曜日、従兄弟はやって来た。彼は問題の和室の小窓を見上げて、
「なんだよぉー、意気地ねぇーなぁ」
 と笑いながら梯子を立て掛け、上へと登って行った。
「気をつけてねえ」と私が声を掛けると、
「へーき、へーき」とヘラヘラしている。
 ところがその窓の所へ来ると、突然!
「ウワァー!」
 と叫び、ハァハァ言いながら慌てて降りて来たのだ。
「なっ、なによ、なんなのよ! その悲鳴は?!」
 私はもうすでに廊下へ走り出て、ふすまの陰で震えていた。『や、やっぱり、さっ、さなぎだったんだぁ!』
 彼は青い顔してうろたえている。
「キッ、キノコなんだよぉー」
「キノコォ?」
 私はホッとした。虫やねずみの類じゃないとわかれば、こっちはもう簡単に気を立て直してしまう。
 このマンションの異常な湿気が、実りの秋の気候と絶妙にマッチして、天井の窓に「キノコ」を生えさせてしまったのに違いない。
「それがダメなんだよぉ~、オレはっ。菌とか胞子で繁殖するヤツが苦手なんだ。おまけにあんなにいっぱい……グェッ! もうキノコなんて見るのもいやだぁ~!」
 そうだった! 彼と外で食事したとき、チャーハンに入っている椎茸をごく小さい物までレンゲできれいに選り分けているのを見て、感心したことがある。
「あぁーっ、気持わりぃ! キノコだったら平気だろ菜桜ちゃん、あとよろしく!」
 と言い残して、彼はお茶も飲まずあっという間に帰ってしまった。
 それから私は早速梯子をよじ登り、きのこ見物に出掛けた。
 これが長い間私を恐怖におののかせた物体か! と思うと憎たらしくなったが、お腹が空いていたせいか、
「色の悪い舞茸に見えるこのキノコは、果たして食べられるのだろうか?」と考えたりしていた。
 
 そして実りの秋が終わると、すぐにまたバカ寒い冬が来て、私は相変わらずの湿気と結露と電気代に悩まされたのだった。
 おまけに、二年ごとの更新料(再契約をするという意味で必ず払わさせられるもの)が家賃の一・五倍(普通は一ヵ月分)というのも気に入らず、私は一年と半年でその家を引っ越した。
 あとで知ったのだが、私の隣に住んでいたお金持ちのお嬢さんたちの何十万円もする着物や洋服が、あの湿気で黴(か)びて使い物にならなくなってしまい、頭に来たお隣さんは大家さんを相手に訴訟を起こし、今も係争中だという。
 私はキノコぐらいですんで良かったのかな? とも思うが、この一件で人と同じように家も、見かけや第一印象ではわからないものだとつくづく感じたのであった。
≪お引っ越し道≫って、本当に奥が深いのね。
 
 私が九回目のお引っ越しから学んだこと
 
一つ、天井の高さと、暖房・冷房費は比例するものと知るべし。
<必要以上にでかいワンルームにも同じことがいえます。だけど、そのほうがまだまし。だって横に広いぶんには物が置けますものね。天井はいくら高くても、けっこう使い道がないものです>
 
二つ、鉄筋コンクリートの新築は湿気の多い所と思うべし。
<対策としては、休みの日は窓を全部開け放ち、押し入れはできるだけ開けておくこと。それでもだめなら、除湿機を買いましょう。それともちろん、上の階に行くほど、被害の程度が少なくてすむこともお忘れなく>
 
三つ、ロフトというものは思っているより便利なものにあらず。
<物置にしようと思っても梯子では、大きい荷物は運び込めません。運良く押し込めても、下ろすときにまた一苦労です。一度だけそこで寝てみましたが、忘れ物を思い出すたびに、梯子を使わなくてはならなくてイライラした上に、夜中トイレに行きたくなって下を見ると、梯子が落っこちてしまってて、私はロフトの縁にぶら下がり、飛び降りるしかありませんでした。>
 
四つ、契約書は面倒くさくても、よく目を通すべし。
<敷金、礼金が普通より多い(関東は一般的に、それぞれ家賃×二ヵ月ずつ)のは、すぐわかるものですが、何年かしてその家を出ていく際の引っ越しの告知日(普通は一ヵ月前に大家に申し出る)までは気がつかなかったりします。私もそれが、二ヵ月前と書かれているのを見落としていて、一ヶ月間、元の家と新しい家の二件分の家賃を払うハメになり、自分の馬鹿さ加減にもの凄く腹が立ちました。更新料も気をつけてね>


昼下がりの団地妻

 昔から団体旅行のバスや電車の中で、誰が言い出すことなく始められるものの定番中の定番に「しりとり」がある。
「歌しりとり」「人名しりとり」「花の名前」や「食べ物しりとり」といろいろあるが、かつて業界で流行ったのは「いやらしりとり」という、とんでもないものだった。
 実は、これが意外に奥の深い、「知的ゲーム」だったのだ。
 文字通り、ただ単に「Hな言葉」をしりとりしていくわけなのだが、ストレートにいやらしいのは「芸がない」ゆえに認められないという、ファジーなルールがあった。判定は、そのつど参加者同士で行われる。
 たとえば「オッパイ」は、「まんまやんけ!」とか「あんまし、いやらしくないような気がする」などとケチをつけられ、ブ~ッと却下されてしまったこともあった。
 当然、下ネタは、ボツである。センスと品性が要求されるのだ。
「昼下がりの団地妻」は、文句なしにOK。「放課後」や「ボディピアス」っていうのも、「なかなかいいセンいってる」ということになる。ちょっとした、ひねりが必要なのだ。いうなれば、AV(アニメビデオではない)のおしゃれなタイトルを「しりとり」するって感じかもしれない。しかし以前に、なぜだか理解できないが「ナス」というのが通ったことがある(私が言ったんじゃないからね!)。
「イヤンバカンス」も笑いがとれたら合格だ。
 とにかくやってみればわかるけど、このゲームほど性格と感性とオツムの程度がバレバレになってしまうものは、他にはないだろう。ヘタなことは言えない。
「カマトトぶってんじゃないよ」
「あっ、松井さんてこの程度なのね」
 と思われるのもシャクだけど、
「すっげ~っ、オトナじゃぁ~ん!」
 と驚かれるのも困る。この加減が難しいのだ。
 順番が回って来るたびに、ドキドキハラハラ、お遊びとはいえ緊張したものである。
 前に、このしりとりで苦し紛れに、
「か~、か、かだろ? かぁ~、看護婦!」
 と言った男の人がいた。
「それのどこが、いやらしいのか?」
 みんなに責められた彼は、仕方なく自分の体験談を話すはめになってしまったのだった。
 ねっ、めったなことは言えないでしょ?
 おかげでその日から、私にとっても「看護婦」は、ちょっぴりHな言葉になってしまった。
 あぁっ、白衣の天使さん、ごめんなさいっ!



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