閉じる


<<最初から読む

14 / 30ページ

引っ越して黄昏て …恐怖の庭付き一戸建て風編…

「女のひとり暮らしに一階は勧めないよ!」
 と不動産屋さんに言われたが、私はこの庭付きアパートの一階の部屋がとても気に入ってしまっていた。
 庭といってもほんのちっぽけなものだ。それでもステンレスの格子の門を開けて庭を通って玄関にたどり着くのは、まるで「一軒家みたーい」だった。四回目の引っ越し先の家のことである。
 友人たちも口を揃えて「一階はなにかと危ないよー」と言ってくれたが、耳を貸さなかった。
「前も一階だったもん」と、私は強気だった。
 その庭で、犬を飼いたかったのだ。午後の光を浴びて子犬と戯れる私の姿。しかし、その夢は不動産屋さんの「あっ、もちろん動物はダメだからね」のひと言で、シュワ~っと消失してしまったが、心密かに「よしっ、家ん中で猫飼ってやる」と思っていた。
 そこに引っ越して一ヶ月くらいした頃、私は友人から待望の尻尾が黒くてお腹が白い日本猫をもらい受けた。名前は、昔好きだったNHKの人形劇の主人公からとって「プリンセス・プリン」にした。そのプリンの顔には口髭のような黒い模様があって、メスのくせに「風と共に去りぬ」のレッド・バトラーのように凛々しい容貌の猫だった。そいつは、はいたばかりのストッキングを爪ででんせんさせたり、布団におしっこをひっかけたりはしたが、それはそれは平穏な猫と私の生活だった。
 ある夏の日、そんな日常を壊す出来事があった。家の近くでバッグの置き引きに遭ったのである。
 電気屋さんの店先に、ポンッと布製のトートバッグを置いて、ちょっと目を離した隙の数十秒間のことだった。
 すぐに「バッグがないっ」と気がついた私は、慌てて通りへ出た。
 すると、チェックの赤いシャツを着た若い男が、三メートルぐらい先でのんきに私のバッグの中を覗いているではないか!
「あのぉー、ちょっとぉー」
 と話しかけてみた。私も相当のんきである。まだこの時点では、『彼が自分のバッグと間違えたのかもしれない』と思っていたのだ。いや、そう思いたかった。
 しかしというか当然というか、その赤いチェックシャツの男は私の声に一瞬ビクッとして、バッグを持ったまま、いきなり通りを走り出したのだった。
 あとを追う私。「泥棒ぉーっ」と叫びたかった。「その人泥棒ですっ、捕まえてくださぁーい」と大声で言いたかったのだが、そのとき情けないことに、震えて声が出なかったのだ。
 それでもとにかく、追いかけて一本道を走っていた。心の中では『ドロボーだドロボーだドロボーだドロボーだ』と繰り返し叫んでいるのに、声が出ない。『なんでなんでなんで? ドロボーって言えないのっ?!』。走りながら私は自分が歯がゆかった。
 若い男の足にかなうはずもなく、住宅街に入った所で、その赤シャツの犯人を見失ってしまった。
 どこかの家の軒下にでも隠れてしまったんだろう。一見何ごともなさそうにシーンとしているこの家々のどこかに、私のバッグを抱えて息を殺している泥棒がいる、と思うと他人事のように不思議な感じがした。
 しかし、それから警察に行って、問われるままにバッグの中身を話し出してから私は青ざめた。
 現金五千円入りの財布(ラッキー? なことに当時学生だった私は、カードという贅沢なものは持ってなかった)、ハンカチ、ドロップキャンディまでは良かったが、スケジュール帳(日記も兼ねていた)と実力以上に撮れているオーディション用のポートレート、そして最悪なことに、生理用品と、アパートの住所入りのキーホルダーに当然付いている「部屋のカギ」が入っていたのだ。
 お巡りさんは、あきれて言った。
「あのねぇ、カギに住所書いたキーホルダー付けてどうすんの? 仮に落としたんだとしたってよ、親切な人が届けてくれりゃいいけど、そうは世の中いないからねぇ。普通、カギと住所は、通帳と印鑑ぐらい別々にしといていいもんだと思うよーっ」
「まったくその通り」であった。犯人は置き引きするぐらいの悪い奴なんだから、カギがあって住所がわかれば、きっと私の家へ泥棒に入ろうと思うに違いなかった。
 おまけに、小首をかしげて「ウフッ」と思いっきりブリッコしている私の写真と、ひとり暮らしを容易に察することができるであろう日記の中身(「今日はお金がなかったのでご飯にチーズとおかかを混ぜてお醤油をかけて食べた。明日には仕送りが来るだろう」なんてことが書いてあった)、それから生理用品とくれば、まるで若い男の人を「おいでおいで」しているみたいではないか!
 私は焦った。
「すぐに電話して、ドアの取っ手ごと鍵を取り替えなさい」
 とお巡りさんは言った。それにかかる費用がとても気になったが、私にはそれよりもっと、わからないことがあった。
「電話って、どこへ?」
 ドアの取っ手がどこで売っているのか、見当がつかなかったのである。
「金物屋さんだろ、やっぱり」
 お巡りさんは親切に教えてくれた。
 それから私は急いで大家からカギを借り、家へ戻った。電話で事情を話すと、金物店のおやじは飛んで来てくれた。
「かわいそうに、まったく物騒だよなぁ」と言いながら、押しボタン式のドアのノブを、違う鍵穴のと取り替えてくれたのだが、しっかり代金八千円は受け取って帰って行った。
 あの泥棒のせいで、財布の五千円と合わせて一万三千円も損したことになる! と思うと、私はやり場のない怒りでいっぱいだった。
 数日経った深夜に、やっぱりその赤シャツ男(と思われる)はやって来た。やっぱりというわりには、ドアの鍵を取り替えたぐらいで、何の対策もとっていないことに、私はこのとき気づいたが、あとの祭りであった。
 おそるおそるドアの覗き穴から見ると、犯人であろうそいつはガチャガチャと乱暴にノブを回している。
 街灯の明かりを頼りによーく目をこらすと、なんと! 後ろにもうひとり仲間を連れているではないか! そいつは、大きな紙袋を提げていた。
「ギャーッ、あ、あの中に、ナ、ナイフとか、てっ、手袋とか、ひっ、紐とか、いっいろいろいろいろいろ、はっ、入ってるんだぁー!」
 と勝手に想像して卒倒しそうになりながらも、這(は)うように電話機の所へ行き、必死の思いで一一〇番通報した。
 それから
「あっ、窓の鍵!」と急に不安になり、戸締りを一個一個確かめることにした。
 そうっ、ここは一階だった。ドアだけじゃなく窓の心配もしなくてはならない。もしふたりが裏へ回ってこの大きい窓をぶち破って入ってきたら?! そう思うと恐ろしくて、私は猫を抱き布団を頭からかぶって、ガクガクと震えていた。
 それは、ジャングルの中で猛獣に囲まれているような、孤立無援といった絶体絶命の気分だった。友人たちの「一階はやめときー」という意味がこのとき、身に染みてわかった私であった。
 どれくらい経ったのだろう。そいつらふたりは、しばらくの間ドアをガチャガチャさせていたが、まさか鍵が替えられているとは思っていなかったのか、いくらやっても開かないので諦(あきら)めて帰って行ったようだった。
 そのあとやって来たお巡りさんも結局、「それらしい人はいませんねぇ」とほどなく帰ってしまった。
 
 それから一ヶ月ぐらいは図太く住んでいた私であったが、事件を機になぜか次々起こる出来事に、身も心も疲れきってしまった。
 暑いからと小窓を開けていると、いつの間にか男の人がジーッと覗いていたり、酔っぱらいに家の壁をドンドン叩かれたり、干していた洗濯物を盗まれたりと、次から次へとひどいことが起きたのだ。
 そしてやっぱり、「一階はやめときゃ良かった」と五回目の引っ越しを決意するのに至ったのである。
 
 私が四回目のお引っ越しから学んだこと
 
一つ、女の人は、一階に住むべからず。
<しかし、二階三階だからといって安心して窓を開けられる、というわけではありません。私の友人は四階に、それも家族と住んでいたのに、配水管を伝って登って来た泥棒と遭遇したことがあります。でも一階よりは、上の階のほうが人目を気にせず伸び伸び暮らせるのは確かです>
 
二つ、動物を飼っても良い部屋はそうそうないと知るべし。
<次の引っ越しで、「動物可」の部屋が見つからず、結局私も猫のプリンを知人に預けることになって辛い思いをしました。内緒で飼うとバレたときが大変です。壁紙や柱の引っ掻(か)き傷がひどいと、部屋を出るとき、敷金がほとんど返って来なかったりします>



引っ越して黄昏て …ムカツキの部屋探し編…

 不動産屋さんに家を探しに行って、「職業は?」と聞かれるのが一番イヤだ。
「あのう、セイユーなんです」
 私がおそるおそる答えると、
「あー、スーパーのね。で、どこの店? 何やってんの?」
 と定番のように突っ込まれる。
「レジ係です」。ボケをかましつつも、慌てて訂正して、
「ニシのトモの西友じゃなくて、アニメの声なんかやってるあの声優なんですけど」
 と言うと、決まって、
「あぁ、自由業の方ね。一応、芸能界なんでしょ、そのセイユーってやつも」
 とトタンにいい顔されなくなるのだ。
 そして、「親は何してる? 保証人はいるのか? プロダクションに所属しているんだろうね?」。果ては「一度、家主に面接しといてもらおうかなあ」と急に審査が厳しくなってしまう。
 手付金を払ったのに、「あとから来た人のほうが条件が良かったからと、家主に言われちゃったもんで」とキャンセルされてしまったこともあった。
 後輩の子は「念のために預金通帳を見せてもらおうかな」とまで言われたそうだ。
 かえすがえすも腹立たしい。ねっ、セイユーが何をしたって言うの? けっこう地味な仕事なんだけどなぁ……。
 
そういえばこんなこともあった。八回目の家探しで不動産屋さんを訪れたときの話である。そこで渡された用紙には、「名前、現住所」「希望する間取り(ワンルーム、1DK、2DK、3DKなどと書いてあって丸を付けるようになっていた)」、そして「職業」を記入する欄があって、私はそこに「声優」と小さく書いた。
 すると覗き込んでいた担当のおじさんが、すっ頓狂な声を上げたのだ。
「えっ! おたく声優さんなの? ホントにぃ?!」
「ホッ、ホントですけど……、それが何か?」
「いやぁ、うちのいちばん下の子供がさぁ、今五歳なんだけどねぇ、テレビのマンガにもう夢中なのよ。主題歌なんてすぐ覚えちゃうんだよねぇ。で、何の声やってんのあなた?」
 なんてことはない。ただの親バカである。
 私はその当時放送されていた「ピーターパンのウェンディとかぁー」と答えると、
「あーっ、うちの子、見てる見てる! ねっ、ちょっとやってみせてよー。お願いっ」
 とにじり寄って来た。
「ここでですかぁ?」と言いたかったが、下手に断って心証をまずくしてはいけないと思い、私は小さな声でアニメの女の子を演じてみせた。
「わたしウェンディよ。もうっ、ピーターパンったらぁ~」
「あーあーあーっ、それだそれっ、似てるっ(あのぅ、本人なんですけどぉ)……で、他には?」
 おじさんは急に生き生きしてきた。
「他? 他にはぁ、おそ松くんのトトコちゃんとかぁ」。イヤな予感がしてきた。
「あっ、やってやってー!」
 気がつけば、店の社員が全員私の前に、目を輝かせて並んでいるではないか。
「トトコ、経済力のある人って好きぃーっ!」と役の決まり文句を叫ぶと勢いがついたのか、次から次へとキャラクターの声をやってみせたのだった。
『もしかしたら、とっておきの物件を出してくれるかもしれない』という下心の当然ながらあった。
 店の人はみんな、拍手して喜んでくれた。
 あぁ、それなのにそれなのに、私が出した条件に合う部屋は、
「あーっ、うち、ちょうどそういうの、ぜんぜんないんだよねえ」
 おじさんは素っ気なく言うと、さっさと奥へ引っ込んでしまった。
 結局「骨折り損のくたびれ儲け」であった。
 わたしゃいったい何をやっているんだろうと、ひどく虚しくなった帰り道、一大決心をした。
「いつか大きなマンションの大家になって、不動産屋さんにも店子にもデカイ顔してやるんだ」と。
「あらぁ、うちは、一部上場企業の人じゃないと、ダメなのよねぇ」なんてね。
 未だにそれは、私の野望のひとつである。
 
 私が八回目のお引っ越しから学んだこと
 
一つ、不動産屋さんはコネのきく所へ行くべし。
<友達が一回家を紹介してもらったでも何でもいいから、少しでも融通のきく所を探しましょう>
 
二つ、不動産屋さんへ行くときは、普段着で行くべからず。
<けっこう第一印象で判断されてしまいますから、この日だけは好きな人の親にでも会いに行くような優等生ぶりっこの格好をしましょう>
 
三つ、不動産屋さんへは、ひとりで行くべからず。
<むこうは、口の達者なプロの営業マンです。ともすると、ずっと借り手が見つからなかった部屋を、上手に押しつけられてしまうかもしれません。そんなとき、冷静な第三者の目で見られる友人が隣にいると、なにかと心強いものです>



読者登録

見参書房さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について