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神の好奇心

 世界がまだ混沌としていた頃、神様が下の次元に存在する、物質の世界を体験してみたいと考えました。
 なぜなら、神様は高次元の思考する純粋なエネルギーであって、物質的存在ではないので、物質の有りようは解っても、実際の手触りや匂いなどを体感する事は出来ないのです。

 いわゆる五感と言うものは、物質界に属し、同じように物質として接しなければ、リアルにどんなものかは解らないのでした。
 思考そのものとも言える神様は、物質界の感覚に興味津々なのです。
「自分の意識を入れる容器を作ってそれを操り、物質界を感じればいいじゃないか。どれ、ちょっとデザインしてみよう。これは面白そうだ」

 神様は様々な「物」を作り出しました。
 水に棲む物、空を飛ぶ物、地を這う物。
 あれこれ思考錯誤した後、神様はとっても素敵な乗り物を作り出したのです。

 それは真っ赤で頑丈なアウトドアタイプの大型車でした。空は飛べませんが、道なき道を駆け抜け、浅い川ならぐいぐい突っ走ってしまう頼もしい車体です。言うなれば水陸両用のタフなオフ・ロード車なのでした。
「これは良い乗り物が出来たぞ。早速、意識を分けてこの車に封入し、物質界での冒険や感覚を楽しませて貰おう!」

 神様は自分の意識のエネルギーを小さく分け、物質界の電気と呼ばれるエネルギーに下げてから、エンジンルームに送り込みました。
 一瞬、何かが煌めき、エンジンの中に無限のパワーを持つ永遠の火が灯りました。途端にブルルンとエンジンが始動し、ヘッドライトとブレーキライトが命を得たように瞬き、バッテリーや燃料の残量を示すライトが、鮮やかなグリーンに点灯しました。
 車と言う容器に魂が宿った瞬間です。

「この車のドライバーである魂よ。お前をロメオと名付けよう。お前に寿命はない。お前と私は意識とエネルギーを共有しているから、私同様にお前の知恵と命は無限だ。そして、お前の経験する匂いや感触、感情の変化を私も楽しむのだ。さぁ、行くがいい。この星の上を縦横無尽に駆け、ありとあらゆる経験をしてきなさい!」

ロメオ

 ロメオは神様の想いに応える様に、アクセルを踏み込みギアを入れました。そして轟音とともに土煙を上げて駆けだしたのです。無限の意識体である神様は、高次の空間から嬉しそうにその様子を眺めていました。もう既にロメオの感覚が神様には届いているのです。大地の石や土の感触、風の匂い、目にしみる真っ青な空、鳥のさえずりまで聞こえてきました。
「おお、これはいいねぇ。実に楽しい。しかし、あれだな。ロメオの出す音は、ちょっとうるさいかな」
 神様はリアルな物質界の感覚を味わう事が出来て、本当に楽しそうでした。

 一方、大地を走りだしたロメオですが、彼にも意識は有ります。神様から分れた意識ではありますが、この車と言う容器を維持していく為には、やはり物質界に則した意識が必要なのです。意識の五割は神様と共有されていますが、残りの半分は、新しく生まれたロメオ固有の意識なのです。
 さて、ロメオはしばらくの間、何の目的も無く、あちこちを彷徨いました。地を走る獣を見つけて走り比べをしたり、灼熱の砂漠を走って、車体が焼ける鉄板のように熱くなるのを驚きとともに楽しんでいました。
 又、鳥にフンをかけられて当惑した後、雨がそのフンを洗い流してくれたのが、何だか可笑しくて笑いだしたりもしました。

 何年か経つと、半分しかないロメオ固有の意識は、様々な感覚と感情で占められるようになりました。元々の神様には無かった分野なので、それも無理の無い事でしょう。
 ロメオは喜んだり、憤慨したりするようになりました。そして、うっかり小さな獣を轢いてしまい、その命が失われた骸を見て、とても悲しくなり、その日は何もする気になれず、ただ草むらの中に停まったまま、陽が沈み陽が昇るのを眺めていました。そうして、初めて「淋しい」と感じたのです。

「私の命は永遠なのに、あの獣の命は体から抜け出してしまった。獣達は一匹ではなく、たくさんの仲間がいる。彼らは自分達の複製を作り出し、自分の命が絶えても、その小さいものを生み育て、連綿と命を継続していくのだ。私は今、淋しいと感じている。父よ、この世界、一台きりで永遠に生きるのは淋しいのです。私に仲間を与えては下さいませんか?」

 ロメオの願いを神様は聞いていました。いっそロメオを引き上げて、元通り自分の意識に取り込んでも良かったのですが、神様はまだ、この新しい経験を楽しみたかったので、ロメオの望みを叶える事にしました。しかし、この時は神様の意識を分けるのではなく、ロメオの意識を分ける事にしました。その方が、この物質界にひとりで生きるロメオにとって馴染みがいいだろうと考えたのです。

レディ

 神様はロメオと似た形で、しかし別の個体と識別出来るように、真っ白なスポーツ・クーペをロメオの意識から作り出しました。
「白き車のドライバーよ。お前の名前はレディにしよう。ロメオの分身だから、お互い良く分かりあえるだろう。だが、ロメオと違って、私との意識の共有は少なくなってしまった。私はレディの意識は解るが、レディは私の意識に繋がりにくい。ロメオとこの世界を楽しみなさい」

 レディは高次のエネルギーや知恵を自分に取り込む事は不得手でしたが、それでもロメオの意識体の分身なので、永遠の命を保証された存在でした。
 しなやかでスタイリッシュな伴侶を得られたロメオは有頂天です。レディを一目見て気に入りました。彼の心の中に、自分の仲間の姿を「美しい」と思う感動が芽生えたのです。
 そして、その感動は神様の愛とは異なった「恋情」という新しい感情を作り出しました。

 二台の車は、とても仲睦まじく暮らしました。世界にたった二台だけの車。二台で並んでドライブし、二台で並んで休む事が、ロメオには心底幸せに感じられたのです。ロメオとレディは、この世界と互いを愛し、とても幸せでした。
 しかし、物質界に殆どの意識を置いているレディは、時折不安になりました。生き物が度々死ぬ所を目撃して、死や病、老いや苦しみが自分達の身に降りかかるのではないかと怖くなってきたのです。もし自分に何かあったら、もしロメオがいなくなったら…。レディはロメオが感じた事の無い、恐怖を感じるようになりました。
 考えれば考えるほど怖くなるので、ロメオに相談したところ、彼はそんな心配は要らないと笑い飛ばしてしまいました。

 彼は自分が車と言う容器それ自体ではなく、その中に入っている意識体だと言う自覚があるので、何の心配もしていませんでした。
 この車も、神様がひょいとこの世界に出現させた物だし、仮にこの車が壊れたとしても、高次のエネルギーを用いれば、瞬時に修理するなりオーバーホールするなり出来るのです。
 そして容器がどうなろうと、意識体には何のダメージもなく、ロメオはロメオでいられるのです。
 優しくレディに説明しましたが、彼女の不安は晴れないようでした。

 どうしてレディには解らないのだろう?彼女は自分が、この車と言う容器と一体だと感じているのだろうか?今までも、タイヤがパンクしたり、ライトが切れたりした事があるが、その度に父なる神に再生してもらい、事無きを得て来たのに、すっかり忘れてしまったのだろうか?ロメオは嫌な予感がしました。
 

不安

 自分の分身で、何もかも解りあえると思っていたレディが、極めて物質世界的な考えに染まり、本来の高次の意識体としての知恵や無限のエネルギーから離れているのを知り、心配になったのでした。
「レディ、私達は永遠の存在なんだよ。この世界で過ごす事に飽きたら、また無限のエネルギーに戻ってもいいけどね。私達は、この世界に二台だけ造られた、神様の乗り物に乗った意識体なんだ。私達はドライバーであって車じゃない。意識体は壊れたり死んだりはしないよ。この車だって、壊れたらいくらでも直して使えるのだから、何の心配も要らないよ」

 ロメオの言葉をレディは上の空で聞いていました。彼女にロメオの言う事は良く分からないのです。そしてぼんやりと、子供が欲しいな、と考えていました。木の実には種が有り、地に落ちて芽ぶきの時を迎える。獣達は同じ種同士で群れ、仔を生むではないか。私達が永遠の存在なら、それはそれでいいわ。でも私は子供が欲しいし家族を持ちたい。万が一ロメオがいなくなっても、子供がいれば淋しくないわ。
 レディの意識を神様は読みとっていました。そうして、これはややこしい事になるな、と思いました。

 今、ロメオとレディは不死の存在です。彼ら二台でこの計画は十分で、殖やす予定はなかったからです。しかし、子を産み殖えていくとなると、不死の存在にしておくわけにはいきません。不死の車だらけになったら、この世界は交通渋滞でにっちもさっちも行かない、とんでもない世界になってしまうからです。

 二台の命を分けあって、子孫を連綿と造り続けていく事は、高次のエネルギーと知恵を使えばいくらでも出来ますが、古い存在から死んでくようにする必要が有ります。それに両親の体から生まれるとなると、いよいよ高次の知恵やエネルギーから遠くなり、この物質界で生きやすいよう体が進化を始めるので、神様の庇護の下から、どんどん離れてしまうのです。不慮の事故が起こっても、高次元から瞬時に修理してあげたり、新しいシャーシをプレゼントしたりが出来なくなってしまいます。

 不死であるレディは、死や老いを怖がり、子供を欲しがりましたが、子を産んで命のリレーを続けていく事は、正にその老いと死と言う恐怖を現実化させていく事になるのを、勿論レディは知りません。
 ある日、ロメオは一台で、湖に水汲みに出かけました。レディは泥水で白いボディが汚れるのを嫌い、留守番をしていました。
 ふと傍らの大木を見ると、大きく太い一匹の蛇がこちらを見つめているのに気付きました。チロチロと長いピンクの舌を動かしているのを見て、レディは気味が悪いと思いました。

 大木には真っ赤で艶々した木の実が沢山なっていますが、レディ達は物を食べないので、キレイな良い香りのする実としか認識していませんでした。
「あんた達はこの実を食べないのかい?」
 蛇が唐突に聞いて来たので、レディは警戒しながら静かにエンジンを掛けました。
「食べないわ。私達に食べ物は必要ないの」
「食べないのかい?いいねぇ。それじゃ飢える事もないわけだね。羨ましい」
「そうよ。私達は不死だから関係ないわ」

 蛇の目がギラリと光りました。
その目に宿っているのは妬みと憎しみですが、純粋な魂を持つレディは気づきません。
 蛇は神様と同じ魂を持つ、特別な存在の彼らを憎み、自分達と同じ限りある命の存在に貶めたくなりました。

「食べないのではなくて、食べた事が無いのだろう?こんなに美味い物を食べさせないなんて、あんた達の神様はケチだな。それにこの実は知恵の実なんだよ。食べるとあんた達は神様より賢くなるから、喰わせてもらえないのさ」
 ふふふっと蛇が笑いました。
「私達は神様と同じに賢いわ。それにその実を作ったのだって神様なのよ。それを食べて神様より賢くなるなんて信じないわ」
「なるほど、あんたは確かに賢い。本当はその実を食べると子供が出来るようになるんだよ。そら、その実を食べている猿達は子沢山だろう。知恵の実と言ったが、子供を作る知恵が付く実なんだよ。まぁ、不死で賢いあんた達には必要ないけどね」

 そう言うと、蛇はスルスルと枝を離れ、地を這ってどこかへ行ってしまいました。
 レディは蛇のしっぽがすっかり視界から消えてから、ほっと一息ついてエンジンを切り考えました。
 子供を作る知恵って何だろう?レディの知識の中には子供の作り方が有りませんでした。
 神様はこの世の全ての生き物を作ったのだからご存じには違いないが、肉体を持たない意識体ゆえ、肉体がどう感じて、どういう気持ちで子供を産み育てていくのかは、リアルには解らないのです。

 あの赤い実を食べるとどうなるのだろう?
 レディの好奇心がむくむくと頭をもたげてきました。ロメオの意見を聞くべきかしら。
 でも、ロメオだって何かを食べた経験はないのだから、私と同じだわ。私が食べて、そしてロメオに教えてあげればいいじゃない。


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