偶然を大切に受け止める
嫌な出来事も偶然です。
偶然と言う言葉は神秘的にも聞こえますが、嫌な事も不思議な事も日常の中にも偶然は良く起きています。ただ貴方は気が付いていないか、もしくは当然と想っているから見えなくなっているだけなのかもしれません。
ほとんどの人は偶然を大切に見つめません。嫌な事ほど逃避してゆこうとするのが現実です。
偶然起きた事が大切だからどうのではありません。自分の時間に起きた事をしっかりと現実的に見つめる為に偶然がある、と思う事から大切にする姿勢があるのかもしれません。
私のココロが辛かった時、まず始めに心のショックが起こります。
放心状態になりました。もう何も興味もなくなり関心も活動も食欲も無くなってしまいました。それからすぐ、次の段階はやってきます。
「考え続ける」がやってきます。眠りたくても脳だけが様々な事が駆け巡り眠れなくなってしまいました。悲しみや苦しみや怒りや疑問やありとあらゆるものが渦巻きます。楽しさと喜びをはずした全てに支配されます。
ココロは今にもオーバーヒートしてしまうかのような状態です。
そんな時、自分自身を冷静にさせられる部分とは何だと想われるでしょう。
それは現実的に今までしてきた日常生活習慣の中に答えがあります。
仕事の依頼<スケジュール>だったり、子育てにある食事の支度。
洗濯など家事も同じ事でした。その中でも友人からの突然の電話が立て続けにあった事が大きな救いでもありました。ここで一番大切な事は、その日常生活習慣そのものを投げ出さなかった事です。
ここでも人は選択させられています。現実を投げ出すか投げ出さないか。
仕事も子育ても偶然かかってきた電話にも向き合うか?向き合わないか?自己選択が次々とやってくるのです。
いつもは話を聞く側なのに、その時に限って
「何か変わったこと無い?」と電話があったのです。
ここで私は恥ずかしい話だけれど真実を正直に伝えました。出来事とその今の気持ちを言葉にして話しました。ここが大きく大切なことだと私は想います。もしもあの時話さないでいたら…
何かが変わっていたような気がしたからです。しかしこの段階でも皆が私のように出来るとは限りません。
私が十代だった時に実際に起きた出来事があります。当時私は寮に住んでいました。友人は何かがあり帰ってくるなり泣いていた事がありました。当然の様に私は戸惑い心配で「大丈夫?」と声をかけました。が鍵を閉め部屋に閉じこもり大声で泣き叫んでいます。音楽を大きくかけてかき消そうとしても泣いている声が聞こえました。そのシーンを今でも忘れる事はありません。何もしてあげられなかった想いが募るばかりでした。
何よりも私にはその現状と態度に驚きでもあり衝撃的でした。その彼女は受け入れる時間が必要だったのでしょう。でも結局その友人から何があったかは聞くことがありませんでした。話したくない気持ちはすごく分かります。人の心には「話してなんになる?」と想っている気持ちも当然あります。それに当時の私にその話をするだけの器は無かったとも思えます。悲しい話や恥ずかしい事を見せたくないカッコつけたい気持ちも誰にでもあります。劣等感を相手に感じている時や話しても分からないだろう。と想ってしまうと人は正直になれないものだからです。
私の悲しい辛い体験の時は、偶然にも何でも話せる事が出来た友人だったので真実をありのまま話したことだけは記憶に残っています。その前後に仕事で初めて出会う先輩の女性にも私は正直に話していました。
当時の私が表現していた人間関係は、関わった人には聞かれたら何でも話すのが私のスタイルだったのです。話す事で相手は親身になって聞いてくれました。きっと暗い話であり衝撃だったりもあったでしょう。今思えば心配をかけてしまったと反省なのですが今でもその時関わった人への感謝の気持ちは一生忘れません。その時は気が付きませんでしたが話すことは現実の今の状況を言葉にして人に伝えていただけにすぎません。でもココロに溜め込んだ気持ちや状況を言葉にしてそれを自分の耳で聞く確認作業はとても現実的に大切であり認識に繋がり、話しながら自分はどうあるべきかを決めていたように想うのです。
現在セラピストとしてお話をしていますが、その時の状況を今現在お話しする事もありますが大切なのは、その出来事を受け入れる事が出来た後、今後未来に向けてどうするか?、どうしたいのか?が一番重要な点だとも認識した私の大きな事件であり出来事でした。
私は沢山の人から話を聞きました。多くを考え悩み結果的にどうするか?何の為に生きるかを改めて再設定させられた出来事だったのです。偶然にも起きた衝撃的な事件は時にココロをリセットさせられます。
強制リセットが起きます。
そこからいつまでもリセットボタンを押し続けるのではありません。
今の現状から再スタートをする為に自分の姿勢を確認しなければいけなかったのです。今の現実は?何が必要で何が不必要なのか?そして自分自身の足りなかった事や気付かなくてはいけなかったことなどです。
大きなショックは大きな信用や信頼を手にしていた事を意味します。私は失って初めて手にしていた物や信じていた大きさを知ります。苦しい部分こそ愛が隠れているからなのです。
その隠れた気持ちや想いを見つめられるにはただ一人想うより言葉にする誰かがとても大切なのです。なぜなら人はは一人では生きられないように出来ているからです。人間の心は一人ではいられないんです。架空の存在でも誰かが必要になるからなのです。子供のひとり遊びでよく使う人形遊びがその部分を表しています。男の子は怪獣でひとりで音を出しながら戦ってストレス発散するように…架空の存在と向き合って自己認識していきます。
本来は親身になって話を聞いてくれる人が傍に…それだけで心は少し休まります。
しかし次の段階があります。未来に向けてどうするか?どうあるべきか?です。そこには話を聞くだけではなく経験者が語るアドバイスや意見が重要になってきます。人生経験豊かな人に話を聞いてもらいその人の意見を聞くことは素晴らしい助言にもなります。しかし選択は自分。まず沢山の人の体験話を聞くことを私はお勧めします。
話をするから聞く
多くの人が好きな占いでは、あるテーマについて質問をして占い師から意見を聞きます。それを信じるか信じないかはさておき、人の話を聞くという姿勢があります。もちろん病院でも先生の話を聞きます。しかし10分や15分での診療では心の話はなかなか深くは出来ません。私は時間をかけてしっかり話を聞きますし、伝えます。そして話を良く聞くというスタイルが本当に大切だと私は思っています。
セラピストをはじめて10年以上になります。始めたばかりの頃は自分でもびっくりするほど話を聞くことの内容に驚きもありました。初めて会った人が涙を流しながら話す内容は全て真実だからです。この部分はセラピストとして活動しなければ分からない一面ですが、話の内容を聞きながら、まずこの人は今何処にいるのだろう?何を求めているのだろう?どんな部分が一番辛く傷ついているのかを感じ受け取ろうとします。
ほとんどの人は共感を求めています。今の気持ちを分かってくれる人を相談者のほとんどが探していました。それが共感力<エンパシー)のあるセラピストの必要性なのです。
相談者はこころの深い場所から疑問や苦痛や重さの出口を皆探しています。このままではいけない何とかしたいと思う人が多く存在していました。だからこそ共感して同時に出口を探そうとする姿勢が必要である事も感じました。
出口を探す時には360度冷静に見つめなくてはいけません。しかし一人ではどうしてもある一定の視点でしか見つめられません。苦しさや不安・疑問・心の痛みなどから見える方向でしかないのです。
例え話で少し説明してみましょう。
夜の世界で貴方は1本のろうそくを持っていたとします。そのろうそくに火をともし目の前が明るくなりました。しかしその明かりは自分の前しか照らしてはくれません。後ろで何かが起きても見えません。同時にそのろうそくの光の届く距離は数メートルです。その光だけでは先が見えない不安で包まれます。とても心細く感じます。
しかし同じろうそくを1本手にした一人の人がやってきて貴方の背中と背中を合わせて照らしたらどうだろう。後ろも前も振り返えるだけで見えます。しかし振り返らなくても、貴方はそのままでいていいのです。後ろの人が教えてくれるからです。
それがセラピストの役割だと想ってください。ろうそくで例えて良いのか分かりませんがセラピストの存在は貴方の居場所を暗がりから見つけて傍にいて貴方の気持ちになって見えない視点から出口を一緒に探す共同作業だと思っています。時々セラピストが助けてくれると想っている方もいます。が・・・それは違います。
何故なら主導権は貴方にあるからです。例え暗がりで出会っても一緒になって周りを見つめて言葉にして掛け声と共に進んでゆかなくては前には進まないからなのです。
それが特別な事をしているように思えるかもしれませんが話を聞くという事はイメージで言えばこのようなたとえ話ではないかと私は想うのです。話を聞く事はご存知のように一般的には楽しい事は良いですが面倒な話や暗い話は無意識のうちに避けているのが現状ではないでしょうか?
実はそれでいいのです。
そしてそれを皆さんは認識し知る必要があります。それが現実だからです。だれが心の闇の部分や不安の話を聞いて楽しくなるでしょうか?いい気分になるでしょうか?誰もが人の話を聞いて後味を悪くしてしまう事がありませんか?人の話の良い事も悪い事も含めて体験での真実の話には聞く側にはもうひとつの大きな体験があることをご存知でしょうか?それが追体験です。
話を聞く事で追体験している
相談者の立場は先ほどお話をしましたが、実は話を聞く(せらぴすと)側には大きな二つの体験をしている事をみなさんはご存知でしょうか?セラピストとしての体験だけではなく、同時に人の心と向き合って何が起きたのか?説明してもらいながら当人になっているのです。話を聞いて気持ちが楽しくも暗くもなるのは共鳴〈共感〉しているからなのです。
出来事を説明して先ほどのろうそくを持っている場所までたどり着いたら、何故ここにいるのか?ここに来てしまった理由を聞きます。心が苦しく辛くなった理由です。その話は時間をさかのぼり過去へと戻ってゆきます。何が起きてどんな気持ちで、そしてどうなったのかを聞きます。話を親身に聞く姿勢にはまるでその人の立場になったように受け止めてゆきます。
苦しみや葛藤などが感じられ心に感じたまま言葉になってゆきます。
「大変でしたね。」その一言は心に本当に感じたのか?言葉だけの物なのかはすぐ分かります。それは相談者、貴方の心が感じ、何かを知っているからなのです。同じ言葉なのにこの人の言葉は温かく、ある人の言葉は苛立ちや何も感じられなかった。などという体験はありませんか?
本当のセラピストは心からの言葉を発します。機械的な言葉では心は受け入れられない事を知っているからです。
なぜなら心が傷ついて敏感になっているからです。
先ほど、ろうそくのお話をしましたが心の問題に関してはお互いの信頼が無くては、セラピストもまず暗がりにさえたどり着きません。
相談者も心の扉を開けないまま時間だけが過ぎてゆく事でしょう。そうなった時は速やかに気の合う人や「話したい」「聞いてもらいたい」と想う人を探すべきだと私は思っています。
大切な自分の体験を話すのですから聞いてもらう人は絶対自分の目で、そのココロで選ぶべきだからです。
辛い事でも嫌な経験でも貴方の人生で起きた大切な1ページなのですからセラピストは貴方が選ぶことを私はお薦めます。そして貴方の人生の1ページを伝える人は貴方の心が良く知っています。
貴方の研ぎ澄まされた敏感な感覚があなたに教えてくれる事でしょう。辛い体験・苦しい体験を侮ってはいけません。大切な貴方の時間の中で起きた真実の体験なのですから…
人の話を聞く事は奥深い学びがあります。
多くの人が人の話を聞かない・自分の人生で起きた出来事からの真実と向き合わない理由があります。
人の話を聞く事がどれだけ追体験として自分の人生にとって貴重であるかをご存知無いからかもしれません。
自分の人生に起きた事だけではなく、人の真実の出来事には未来に起こる嫌な出来事を避けたり回避出来る事を知らないからです。
身近に詐欺にあった人がいれば気をつけようと思えます。でも噂やTVで見る情報は、まさか!自分が・・・と誰もが思っています。人の人生の出来事を聞くときそこには、耳にした人誰もが学びや気付きが隠れているのです。
(追体験に関しても書籍を検討中です。詳しくはHPをご覧下さい)
貴方の心は知っています
心のどこかで誰もが必要としている人は、まず話を親身になって聞いてくれる人です。
そして気持ちをわかってくれる人なのです。貴方の周りにはいませんか?もしいらしたならお金では買えない大切な存在を手にしている事になります。
そして貴方はラッキーと思うかもしれないですがそんな簡単な言葉ではなく幸運なのです。
あなた自身が人の話を親身になって聞く体験が多かったり、感情移入しやすい人ではありませんか?
気持ちを感じられる共感能力のある人ではありませんか?
もしも貴方が共感する心を持っていたのなら自分をより理解し大切にする事を私はお薦めします。
話を聞く共感を「才能ですよ」と言えばきっと「普通です。」と答えるでしょう。
誰もが自分が普通だと思っているでしょうし自分を基本に周りを見つめているからこそ「誰もがそうじゃないの?」と思う訳なのです。
きっと共感ってどんな事なの?と疑問になった人もいらっしゃるでしょう。
人の気持ちが感じられないだけではなく自分の気持ちさえ何処にあるのか分からなくなってしまっている人が多く存在している事も同時に認識しておきましょう。
大切な事は自分の心を貴方が知っているか?・認識しているか?です。
そして自分以外のものを共感していないか?感受性は身近な感覚でもあります。
代表的なものが、もらい泣きです。これも共感能力の一部です。「へーっ」と思われる人も「それが普通じゃないの?」と思っている人もいることでしょう。そのもらい泣きは表面にある一部ですが感情だけではなく感覚的にも様々な部分を共感してしまう事があります。
それを共感〈エンパシー〉とも言われています。
共感する事を普通だと想っている事が実は普通ではなく特別だと思ってください。
人の話をどれだけ説明しても共感できない人も多くいます。まったく感じられないのです。自分と人に対して大きな壁があり感じられないのです。
感じようとしない人もいます。自分の気持ちやココロさえわからなくなっている人さえ多く存在しています。
感じて気分が悪いから逃げる人もいます。真面目な話やココロの話、面倒な話は一切触れない人は日本だけではなく世界的にも多く存在しています。ポジティブで前向きに見える人の中に人の気持ちがわからなくなった人は多く存在しています。自己中心的になってしまった人にも見られる傾向です。
だからこそココロの文明は発達しないまま置き去りになっているのが現実ではないでしょうか?それを知ってもまだ共感できる自分自身を「普通」と言えますか?では、貴方の周りに話をして共感できる人がいますか?話して親身になってくれる方がいますか?貴方を中心に考えてまわりにいる5人~10人過去に出会った人の中に心の内を話せた人がいましたか?何人中何人いますか?それが現実であり現状なのです。
貴方は知っています。自分の心を…そして自分に合う人を感覚で感じ取る事ができます。それが直感なのかもしれませんが、小さな感覚の中の直感で私達は選択決断を多くしています。
それが衝動であって直感ではなかったとしても貴方は選択しています。自分の人生は選択の積み重ねで今がありそして選択は常に私達の前にあるのです。
あなたはどんな人でしたか?
共感を持った人ですか?
人の話を聞く事が多い人は自分の話しをする事ができる聞いてくれる人を探しましょう。
共感できる人と出来ない人
セラピストに相談するには親身になって話を聞いてくれる人へと説明してきました。
親身になって聞いている振りやしぐさの事を言っているわけではありません。表面的にはスキルとして話を聞くそぶりは誰にでも出来ます。しかし私が説明しているのはその様なスキルではありません。
人の話を聞く目に見える姿勢も大切ですが、一番私が重要としている部分は「人の心を感じ受け取る才能」感覚です。
相手の話を聞いて感じ受け取る才能の事を指しています。
漠然としている様でいてこの部分は奥深い要素が隠れています。悲しい物語を見て、聞いて、共感して、もらい泣きをする人もいればしない人もいます。
人の悲しみから怒り・不安・などの憎悪を感じ受け取る人もいらっしゃる事を私達は忘れてはいけません。
今、もしも貴方が人の話を聞いて共感し、それが自分のことのように感じ受け取ることをしていたならば意識の切り替えコントロールさえ出来れば貴方はTMOホームセラピストに向いているかもしれません。
しかし人の話を共感できないからと言って自分がおかしいわけではありません。共感は誰にもあります。共感は出来ているのに心が麻痺してしまったのか?強制的に蓋をして感じないようになってしまったのか?の違いに過ぎません。元々人の気持ちが理解できない人もいらっしゃいます。〈自分自身も分からないまま育って混乱します〉
人の話を聞いたから共感できる人のほうが少ないのです。
共感できるにはいくつかの理由があります。体験した事があるから共感できるものや体験していないけれども共感できる人もいらっしゃいます。心の葛藤や探求をされてきた人ほど共感能力が高い場合があります。共感できて親身になって話を聞く力があるだけではいけません。
親身になって話を聞いた後は自分に戻って切り離す姿勢も大切です。
この部分が意識的にも感情的にも出来なければミイラ取りがミイラになると言われる現象が起きます。この部分が広がりや人の話を聞く人ができない現実を作っています。人の話を聞いて疲れる時、そこにはこの現象が見え隠れています。人の話と理解している事と自分の役割を理解して初めて人の話を共感し、受け取り何かを伝えられることが大切です。
私が過去に心理の勉強をしていた頃、心療内科の先生から心理学を教わっていました。
その先生にはもちろん基礎的なテキストがあり指導していただきました。どうしても納得がいかない部分がありました。その部分が「絶対に会話中、相手との間に壁を作るように」と説明していました。
理由は詳しく教えてはくれませんでした。催眠を習った時もそうでした。今現在はどうか知りませんが、今だからこそ何故その様なカリキュラムの説明があったのか理解できます。
相談者の物を受け取りすぎない為のセラピスト側の自己防衛の部分だったのです。
私が言いたい事は今でも変わりません。その時の疑問のままです。心の問題に初めから壁があっては良くないのではないかとその瞬間も感じましたし、それが嫌でやはり個人で活動する事になったのも事実です。その相談者の影響を受けてしまわない為には、その様な防御姿勢ではなく、もう一歩足を踏み出したスキルだったのです。
はじめから壁を作る姿勢ではなく、共感して役割を終えたら共感していた部分を終わらせることの意識の切り替えです。役割に自信がなくなったり、役割が何か分からなくなってしまい共感しているその人になってしまったままでは体だけではなく心もクタクタになってしまいます。
ここの部分が共感(エンパシー)のON・OFFなのです。
この切り替えをしっかり認識する事ができて初めて親身になって話を聞く事ができ、自分自身も後に影響を受けないでいられる方法です。
実際は聞いているふりをしているセラピストに比べてとても高度であり、やりがいのある仕事になります。言葉では難解に感じるかもしれませんが現実にはそれを得意としている人を良く見かけます。
今回は親身になって聞くタイプの人チェック20問を用意しました。
時間のあるときに遊び感覚でチェックしてみてください。

ikokoro