目次
はじめに
もくじ
話をする大切さと話す事で何かが起きている
話をする大切さと話す事で何かが起きている
偶然を大切に受け止める
偶然を大切に受け止める
話をするから聞く姿勢
話をするから聞く
話を聞く事で追体験している
貴方のココロは知っています
貴方の心は知っています
共感できる人と出来ない人
共感できる人と出来ない人
親身になって聞くタイプ度 チェック
共感できる人そうでない人の図
話しにくい関係・伝えても受け入れられない事実
話しにくい関係
優しすぎる想いは間違い
優し過ぎると…
本当の友達を作ろう
本当の友達を作ろう
金額が高いから素晴らしいセラピストとは言えない
お金の価値観
セラピスト〈話す相手〉を選ぶ時代なのです
セラピストを選びましょう
心療内科・精神科とTMOホームセラピストの違い
違い
子供達を無条件で…
子供達を無条件で…
カウンセリングに無料はよくない
カウンセリングに無料はダメ
サプライズやプレゼントの素晴らしさ
サプライズやプレゼントの大切さ
TMOホームセラピストは身近に感じるコンテンツがある
身近なコンテンツがある。
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はじめに

はじめに
貴方は人生の中でココロが重く苦しく感じた経験がありませんか?
私は人生の中で何度もあります。
子供の頃にも社会に出てすぐにも、そして結婚して子育てでもあります。
周りに誰もいなくて辛い時期がありました。


子供時代は辛く貧しい大家族で育ちました。母親は忙しくが一人ひとり向き合ってくれる訳でもなく、どちらかといえば内面が孤独で塞ぎ込んでいた自分を振り返る事が多々あります。しかし大家族ゆえ救われていた面もありました。心は孤独でも現実的には誰かが目の前にいたことです。学校からの帰りを待つ妹。眠る時は1枚の布団で二人眠る。そんな環境で育ちました。
育った環境は7人姉妹の長女。再婚した新しい父と母の9人家族です。子供の記憶はココから覚えています。それが私の育った辛くも苦しくも賑やかな、私が見つめ育っていた大切な環境です。そんな家族の中にいても寂しくなる事もあれば心が苦しくて怒りに満ちた事もあります。大家族ゆえそれぞれの立場や愛情やらストレスが生じて不快感も私だけではなく皆ありました。それでも今思えば大家族の苦しみもあれば、大家族の救われていた部分も見えてきます。目に見える部分で一人じゃ無かった事。傍にいつも小さな妹がいたことは、かけがえの無いぬくもりを得ていた様な気がします。必要としてくれる妹は「私は何をすべきか?」をいつも考えさせられる始まりだったのかもしれません。おかげで誰よりも早く社会に出て人間関係を冷静に見つめて行けたのかもしれません。

生きるために…

 

社会に出て結婚をし家族・子供を持ち最大の人生での苦しみを経験する事になりました。初めて放心状態になった経験もあります。裏切りや偽りなどが表面化したときです。怒りを通り越して自分は小さな泡になってどんどんはじけてゆくような感覚がありました。
放心状態は、この世から消えたくなるような衝動にもなりました。


そんな感覚はあれから2度と味わってはいませんが、その時どう這い上がっていったのか?あれから何度振り返っても裏切りや偽りで傷つけた人から救われたのではありませんでした。
娘が二人いたことも切り替えにはなったものの世話をするばかりの状態では何も解決にはなりませんでした。

そんな私をココロの闇から救ってくれたのは、偶然電話がかかってきた友人と仕事とその時出会った人達です。
大切な部分であり、親身になって当時話を聞いてくれた人達。〈数人〉

そして現実的に冷静になれる仕事。

求められているという仕事は自分自身を必要としてくれる何かを感じることが出来ました。
時間が過ぎてゆくにつれて自分はどうあるべきか?

どうするのか?を考えられる

一人の個人としての時間であり人生を見つめさせられたのかもしれません。
一番大切なのは…ココロが窮地に陥った時、救い上げてくれたのは誰なのか?

それは数人の友人です。当時二人の友人と連絡を取り合っていました。
彼女は家に子供をつれておいでと言ってくれました。

自分の両親も旦那さんの両親も言わないセリフでした。

結果その言葉を貰って考えたのは逃げたくなかった自分でした。でもその言葉がほしかったのです。

そしてその言葉は心の救いでもありました。

辛い時こそよく考える事はとても大切でした。今振り返っても当時の友達には心から感謝しています。

現在は連絡も取り合っていませんがその時に重要な友達だったんだ。と…

振り返ることが多々あります。その後 私は仕事を中途半端ではなく本気で取り組みました。

読書しながら自分の時間を使います。それまでは誰かの為にの人生だったのです。

様々な人の講演を聴きながらスクールに通い気が付けばホームセラピストとして10年が過ぎました。
メンタルの問題は私自身ココロが壊れたことがあるからこそ人の痛みを痛感します。

1度ココロに傷が出来てしまうと傷口がふさがっていても傷は消える事はありません。

それが経験や体験なのかもしれません。
心の傷は共感となって人の苦しみを分かち合う事ができる様にもなるものかもしれませんね。
誰の人生においても、心に傷の無い人はいないと思っております。

どんな偉い人も、どんな笑顔の人でも心の奥深くを覗けば必ず心の傷がある。

その傷がふさがっていれば共鳴して話を聞くことが出来るようです。

しかし傷口がひらいたままの場合は感情的になってしまったり人の気持より

自分を癒す事が大切なあまり自己中心的な心にもなりかねないとその様に現在は感じています。
癒すという言葉は誰かに癒されるのではなく、結果的には誰かのきっかけであり、自分で癒すものなのだともこの世界で痛感しました。見えない場所にある心は誰かが癒すのではなく自分で癒す力があり自分で癒す為には誰かのサポートも必要な事もあることを伝えたくてこの書籍に取り掛かりました。

そのサポートがセラピストの役割ではないかと想います。

 

もしも家族で…友人、知人で話を聞いてくれる人がいたのならホームセラピストなど必要のない時代が訪れるでしょう。しかし現代でのコミニュケーションのほとんどが優劣関係であったり素直な関わりではない弱さを隠した人間関係になっています。その様な関わりでは孤独に陥りやすく話をする相手さえ気を使い心の問題や苦しみなどは当然言えなくなってしまいます。

優しい人ほど暗い話が出来ないと友人や知人想いから来る我慢や遠慮の関わりになっています。当然そのままでは心はどんどん苦しみの底へ落ちてしまい出口の無い暗闇に…

そこで話を聞いてもらうことで共感する人達の大切さを伝えてみよう。集めてみよう。と思い立ちました。日本もホームドクターのように心のホームセラピストが広がり話を聞いてもらってスッキリした!などと言う身近な世界になればとそんな時代になってほしいからこそ、そうならなければいけないという願いから「これからはホームセラピスト時代がやってくる」と、タイトルにしました。

 

聞く人の大切さは多くの人の意見です。

「聞いてもらってスッキリした!」

「私だけではないことで安心しました。」など後日メールやお手紙でメッセージをいただきました。

皆様からの言葉が心に残り聞く事の大切さを実感しました。

この書籍は私から生まれたものではなく私と関わった人、これまで繋がって来た人の心の声から生まれたものです。そして未来にこの書籍を手にする人の心へ繋がる為のものでもあります。今まで出会った人達に心から感謝します。

そしてこれから出会うホームセラピストを応援してくださる方や共感する事で話を聞いて親身になってくれる仲間の方々。

未来に出会うこの書籍を必要としてくれるあなたへ届けます。

感謝の気持ちを込めて… 

TMO ホームセラピスト 田中千栄子


もくじ

はじめに
◆話をする大切さと話す事で何かが起きている
◆偶然を大切に受け止める
◆話をするから聞く姿勢
◆話を聞く事で追体験している
◆貴方のココロは知っている
◆共感できる人と出来ない人
◆話しにくい関係・伝えても受け入れられない事実
◆優しすぎる想いは間違い
◆本当の友達を作ろう
◆金額が高いから素晴らしいセラピストとは言えない
◆セラピスト〈話す相手〉を選ぶ時代なのです
◆心療内科・精神科とTMOホームセラピストの違いは
◆子供達を無条件で…
◆無料はよくない
◆サプライズやプレゼントの素晴らしさ
◆TMOホームセラピストは身近に感じるコンテンツがある
◆TMOホームセラピスト仲間募集
おわりに

話をする大切さと話す事で何かが起きている

私達はココロに関して様々な想いが募り考えすぎてしまうと、出口の無い渦巻きの世界にでも入ったかのような状態になる事があります。その考えていた時間が長ければ長いほど出口の無い渦巻きに巻き込まれ癖になってしまいます。その癖は自分の良くないパターンとなって気持ちが不安定になると起きます。人のことを考え過ぎても起きます。過去を振り返っても起きます。未来への不安を考えすぎてもそうです。どんな人も誰もがその渦巻きに入ってしまうことはありえるのがココロです。


では、何故話をする事が大切なのでしょうか?

何故話さなくてはいけないのか?と考える人もいらっしゃるのではないでしょうか?私もどちらかといえば一人で解決していく派の人間です。私自身も過去は話をする事が大切なのか?と疑問を持っていました。乗り越えて変化した自分を振り返るまでは気が付きませんでした。
話すことに何の意味があるのか?と…

自分で解決が出来ているなら必ずしも話す必要など無いでしょう。しかし一人では解決できない事もあるのです。人からの傷を受けてしまった場合や大きな出来事に巻き込まれた時など、その他にも沢山の要因があるとは思いますが、ここで忘れてはいけないことがあります。

それが私達は「ひとりで生きていない・生きられない」という世界に住んでいると言う事です。先ほど私も一人で解決派の人間だと伝えましたが、ただそう思っていただけで、実際は関わってくれた人に支えられ話を聞いてもらい、そこから自分自身答えを選択して行ったのです。と言うことは私は一人で乗り越えたのではないのです。そう思っていただけに過ぎなかったのです。


何を隠そう私自信も大きな裏切りから心を放心状態になってしまった経験があります。小さな嘘からもココロが停止状態になり悲しむ事も多々ありました。その時からこの現在までどうやって過ごせたのかを初心に戻ってよく振り返る事があります。心の問題を扱うからこそ絶対忘れてはいけない事だからです。一人では乗り越えているようでいて私達は人との繋がりで支えあっている。その支えあう関わり、それが偶然と言う言葉の周りにいる人達です。

 

実は扉をノックして出会うセラピストも人生には偶然出逢った存在でもあります。この書籍も同じ出会いがあります。人生のシナリオの中で登場する一人・そしてひとつでもあるのです。セラピストだけではありません過去に想い出に残る近所のおじさんやおばさん。記憶に残った時、それは貴方の人生には欠かせない人達でもあるのです。出会いを大切にしている人はどんな関わりでも縁を大切にします。繋がりを大切にします。なぜなら出会う偶然の確立は本当にありえない数字だからかもしれません。私自身もどんな形でであっても真剣に向き合い、お互いの時間の共有を大切に使いたいと考えています。
貴方の人生の中で誰と関わりどんなタイミングで時間を共有し何を話すのかから起こるチャンスや気付きなのかもしれませんね。だからこそ何を貴方は話しますか?偶然関わった人と…


偶然を大切に受け止める

嫌な出来事も偶然です。

偶然と言う言葉は神秘的にも聞こえますが、嫌な事も不思議な事も日常の中にも偶然は良く起きています。ただ貴方は気が付いていないか、もしくは当然と想っているから見えなくなっているだけなのかもしれません。

ほとんどの人は偶然を大切に見つめません。嫌な事ほど逃避してゆこうとするのが現実です。

偶然起きた事が大切だからどうのではありません。自分の時間に起きた事をしっかりと現実的に見つめる為に偶然がある、と思う事から大切にする姿勢があるのかもしれません。

 

私のココロが辛かった時、まず始めに心のショックが起こります。

放心状態になりました。もう何も興味もなくなり関心も活動も食欲も無くなってしまいました。それからすぐ、次の段階はやってきます。

「考え続ける」がやってきます。眠りたくても脳だけが様々な事が駆け巡り眠れなくなってしまいました。悲しみや苦しみや怒りや疑問やありとあらゆるものが渦巻きます。楽しさと喜びをはずした全てに支配されます。

ココロは今にもオーバーヒートしてしまうかのような状態です。

そんな時、自分自身を冷静にさせられる部分とは何だと想われるでしょう。

 

それは現実的に今までしてきた日常生活習慣の中に答えがあります。

仕事の依頼<スケジュール>だったり、子育てにある食事の支度。

洗濯など家事も同じ事でした。その中でも友人からの突然の電話が立て続けにあった事が大きな救いでもありました。ここで一番大切な事は、その日常生活習慣そのものを投げ出さなかった事です。

ここでも人は選択させられています。現実を投げ出すか投げ出さないか。

仕事も子育ても偶然かかってきた電話にも向き合うか?向き合わないか?自己選択が次々とやってくるのです。

 

いつもは話を聞く側なのに、その時に限って

「何か変わったこと無い?」と電話があったのです。

ここで私は恥ずかしい話だけれど真実を正直に伝えました。出来事とその今の気持ちを言葉にして話しました。ここが大きく大切なことだと私は想います。もしもあの時話さないでいたら…

何かが変わっていたような気がしたからです。しかしこの段階でも皆が私のように出来るとは限りません。

私が十代だった時に実際に起きた出来事があります。当時私は寮に住んでいました。友人は何かがあり帰ってくるなり泣いていた事がありました。当然の様に私は戸惑い心配で「大丈夫?」と声をかけました。が鍵を閉め部屋に閉じこもり大声で泣き叫んでいます。音楽を大きくかけてかき消そうとしても泣いている声が聞こえました。そのシーンを今でも忘れる事はありません。何もしてあげられなかった想いが募るばかりでした。

何よりも私にはその現状と態度に驚きでもあり衝撃的でした。その彼女は受け入れる時間が必要だったのでしょう。でも結局その友人から何があったかは聞くことがありませんでした。話したくない気持ちはすごく分かります。人の心には「話してなんになる?」と想っている気持ちも当然あります。それに当時の私にその話をするだけの器は無かったとも思えます。悲しい話や恥ずかしい事を見せたくないカッコつけたい気持ちも誰にでもあります。劣等感を相手に感じている時や話しても分からないだろう。と想ってしまうと人は正直になれないものだからです。

 

私の悲しい辛い体験の時は、偶然にも何でも話せる事が出来た友人だったので真実をありのまま話したことだけは記憶に残っています。その前後に仕事で初めて出会う先輩の女性にも私は正直に話していました。

当時の私が表現していた人間関係は、関わった人には聞かれたら何でも話すのが私のスタイルだったのです。話す事で相手は親身になって聞いてくれました。きっと暗い話であり衝撃だったりもあったでしょう。今思えば心配をかけてしまったと反省なのですが今でもその時関わった人への感謝の気持ちは一生忘れません。その時は気が付きませんでしたが話すことは現実の今の状況を言葉にして人に伝えていただけにすぎません。でもココロに溜め込んだ気持ちや状況を言葉にしてそれを自分の耳で聞く確認作業はとても現実的に大切であり認識に繋がり、話しながら自分はどうあるべきかを決めていたように想うのです。

 

現在セラピストとしてお話をしていますが、その時の状況を今現在お話しする事もありますが大切なのは、その出来事を受け入れる事が出来た後、今後未来に向けてどうするか?、どうしたいのか?が一番重要な点だとも認識した私の大きな事件であり出来事でした。


私は沢山の人から話を聞きました。多くを考え悩み結果的にどうするか?何の為に生きるかを改めて再設定させられた出来事だったのです。偶然にも起きた衝撃的な事件は時にココロをリセットさせられます。

強制リセットが起きます。

そこからいつまでもリセットボタンを押し続けるのではありません。

今の現状から再スタートをする為に自分の姿勢を確認しなければいけなかったのです。今の現実は?何が必要で何が不必要なのか?そして自分自身の足りなかった事や気付かなくてはいけなかったことなどです。

大きなショックは大きな信用や信頼を手にしていた事を意味します。私は失って初めて手にしていた物や信じていた大きさを知ります。苦しい部分こそ愛が隠れているからなのです。

その隠れた気持ちや想いを見つめられるにはただ一人想うより言葉にする誰かがとても大切なのです。なぜなら人はは一人では生きられないように出来ているからです。人間の心は一人ではいられないんです。架空の存在でも誰かが必要になるからなのです。子供のひとり遊びでよく使う人形遊びがその部分を表しています。男の子は怪獣でひとりで音を出しながら戦ってストレス発散するように…架空の存在と向き合って自己認識していきます。


本来は親身になって話を聞いてくれる人が傍に…それだけで心は少し休まります。
しかし次の段階があります。未来に向けてどうするか?どうあるべきか?です。そこには話を聞くだけではなく経験者が語るアドバイスや意見が重要になってきます。人生経験豊かな人に話を聞いてもらいその人の意見を聞くことは素晴らしい助言にもなります。しかし選択は自分。まず沢山の人の体験話を聞くことを私はお勧めします。


話をするから聞く

多くの人が好きな占いでは、あるテーマについて質問をして占い師から意見を聞きます。それを信じるか信じないかはさておき、人の話を聞くという姿勢があります。もちろん病院でも先生の話を聞きます。しかし10分や15分での診療では心の話はなかなか深くは出来ません。私は時間をかけてしっかり話を聞きますし、伝えます。そして話を良く聞くというスタイルが本当に大切だと私は思っています。

 

セラピストをはじめて10年以上になります。始めたばかりの頃は自分でもびっくりするほど話を聞くことの内容に驚きもありました。初めて会った人が涙を流しながら話す内容は全て真実だからです。この部分はセラピストとして活動しなければ分からない一面ですが、話の内容を聞きながら、まずこの人は今何処にいるのだろう?何を求めているのだろう?どんな部分が一番辛く傷ついているのかを感じ受け取ろうとします。

ほとんどの人は共感を求めています。今の気持ちを分かってくれる人を相談者のほとんどが探していました。それが共感力<エンパシー)のあるセラピストの必要性なのです。


相談者はこころの深い場所から疑問や苦痛や重さの出口を皆探しています。このままではいけない何とかしたいと思う人が多く存在していました。だからこそ共感して同時に出口を探そうとする姿勢が必要である事も感じました。

出口を探す時には360度冷静に見つめなくてはいけません。しかし一人ではどうしてもある一定の視点でしか見つめられません。苦しさや不安・疑問・心の痛みなどから見える方向でしかないのです。

例え話で少し説明してみましょう。


夜の世界で貴方は1本のろうそくを持っていたとします。そのろうそくに火をともし目の前が明るくなりました。しかしその明かりは自分の前しか照らしてはくれません。後ろで何かが起きても見えません。同時にそのろうそくの光の届く距離は数メートルです。その光だけでは先が見えない不安で包まれます。とても心細く感じます。

しかし同じろうそくを1本手にした一人の人がやってきて貴方の背中と背中を合わせて照らしたらどうだろう。後ろも前も振り返えるだけで見えます。しかし振り返らなくても、貴方はそのままでいていいのです。後ろの人が教えてくれるからです。

 

それがセラピストの役割だと想ってください。ろうそくで例えて良いのか分かりませんがセラピストの存在は貴方の居場所を暗がりから見つけて傍にいて貴方の気持ちになって見えない視点から出口を一緒に探す共同作業だと思っています。時々セラピストが助けてくれると想っている方もいます。が・・・それは違います。

何故なら主導権は貴方にあるからです。例え暗がりで出会っても一緒になって周りを見つめて言葉にして掛け声と共に進んでゆかなくては前には進まないからなのです。


それが特別な事をしているように思えるかもしれませんが話を聞くという事はイメージで言えばこのようなたとえ話ではないかと私は想うのです。話を聞く事はご存知のように一般的には楽しい事は良いですが面倒な話や暗い話は無意識のうちに避けているのが現状ではないでしょうか?

実はそれでいいのです。

そしてそれを皆さんは認識し知る必要があります。それが現実だからです。だれが心の闇の部分や不安の話を聞いて楽しくなるでしょうか?いい気分になるでしょうか?誰もが人の話を聞いて後味を悪くしてしまう事がありませんか?人の話の良い事も悪い事も含めて体験での真実の話には聞く側にはもうひとつの大きな体験があることをご存知でしょうか?それが追体験です。

 



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