閉じる


<<最初から読む

3 / 3ページ

DVDを借りに

 深夜にテレビをつけると、見覚えのある女の子キャラが水着ではしゃいでいた。この茶髪に尋常じゃない胸の大きさ…間違いない。アツシのお気に入りちゃんだ!僕はアツシの部屋まで駆けて行って、声を掛けようとした。でも、部屋の前まで来て、何を言ってどうするのか冷静に考えてみると…何も出てこないことに気付き、何だか笑えてやめた。考えてみれば懐かしいものだ。もう半年も前のことだったのか。

 

 世間では「お兄ちゃん」と言い兄を慕う女の子に注目が集まっているが、残念ながら生物学上でXの隣りにYを勝ち取ってしまったのが僕の弟だ(まぁ僕もそうなんだが)。もし妹だったら。アツコと仮定しよう。僕よりも背の高い妹が、家に僕の姿を見つけるたびに「そこまで送って」とせがみ、ケータイでつかまろうものなら「迎えに来て」とあの忌々しい呪いの言葉を述べる。容姿?今のアイツとつき合っている女の友人の格好を思い浮かべれば十分だ。でっかくてオシャレ街道まっしぐらな妹。ミニスカ?ニーソ?いや、ちっとも萌えないね。こうした類のときめきは、ないものねだりの幻想に過ぎない。僕は店長オススメの妹に萌えるアニメDVDをそっと棚の目立たないところへしまい、ハーレム系の学園ものをそのかわりに並べた。そんな僕がいるのはビデオ屋。もちろんアツシにアシにされた。

 

「兄ちゃん、オレ眠れない。DVD借りに行こう。」

 運動会での興奮状態が収まらないのと、一日中陽にあたっていたせいで体がじんわりと熱を帯びているせいでベッドに入っても目がらんらんとして一睡もできないと主張するアツシ。真夜中に兄貴の部屋のドアをたたくに至った理由を述べながら、パーカーのフードについたヒモをいじっている。なるほど、「ちょっとそこまで出かける」支度はばっちりというわけだ。明日が(厳密に言うと今日なのだが)代休だからと調子に乗っている。いい気なもんだ。

 

「何、兄ちゃんそんなん見るの?」

「は?」

「オレは…その茶色の髪の子だな。そう、その巨乳の。兄ちゃんは?」

「は、え?」

「うーん。兄ちゃんはなぁ、当ててやるよ。えーと…この子!このメガネのいかにもおねーたま系の。」

「いや(いや確かにドンピシャだけど!)、おま…(お前、人が見てて恥ずかしくないのかよ)!」

 同じコーナーに一組のカップルがやってきて、僕たちの姿を見てクスクス笑っている。アツシにとってはそんなの気にもならないだろうが、注目されることに慣れていない僕は顔から火が出そうだった。そこで、我が弟様がかしこらしく何か言っているのそっちのけでアニメコーナーから退散することにした。

「やっぱ長男は甘えたい気持ちが強いんかな~。今度それでレポート書くといいよ…って、ちょっと!どこ行くの、兄ちゃん。」

 いずれにしても、僕は場違いなところへ来る運命にあるらしい。次に迷い込んだのはラブストーリーコーナーの樹海だ。後から追いかけてきたアツシがぼやく。

「ちょっとー、可愛い弟置いて逃げるってどういうことー?深夜のビデオ屋に未成年放置はマズいよー。」

「うるさい。さっきまで一人でウロウロしてたじゃん。それに―」

「おあー!」

「な、何だよ?」

 いちいち声の大きい弟だ。小さい頃に美術館や図書館で恥をかいてきたのを思い出す。今では体までデカくなって、兄としての威厳がまるで保てなくなってしまった。はたから見ると、僕たちは兄弟じゃあなくて…親分と子分。もちろん僕が…うん、これ以上は悲しくなるのでやめよう。

「これさぁ!前に言ってたんだよ、ケイ君が。すっげぇ泣けるって。」

「どれ?」

「これぇ!何かめっちゃヤバいらしい。知ってる?」

「え、これ?」

 映画好きを自負する僕は、何だかんだ言いながらあらゆるジャンルの映画を観まくっている。ちょっと借りるのが恥ずかしいこのラブストーリーの棚も、実は女子たちがいないであろう時間を狙っては足を運んでいるのだ。そんな僕から言わせてもらうと、アツシの手にしているDVDは…、

「これ、僕観たけど…ただの恋愛モンじゃあないぞ。」

「え、何で?」

 この作品は、もっと深いところがある。少なくとも僕はそう解釈している。

「人間の嫌なところがモロに出てるエグいやつだって。」

「何言ってんの?純愛って書いてあるじゃん。きっと甘々だね!何なら帰ってから検証会してみる?」

「おぉ、望むところだね!」

 どうやら僕はこれから家に帰って、自分の弟と並んで恋愛モノのDVDを観ることになってしまった。何やら変てこな展開になってしまったけれど、まぁアツシさまさまのたってのお望みだ。兄として叶えてやらなければならないだろう。

「じゃあオレ、これとこれ、借りてくるわ。兄ちゃんはそのCDだけ?」

「おぉ。」

「じゃあ一緒に借りてきてやるよ。やっさしー、オレ。」

 レジに並んでいるアツシが僕に手招きする。自販機でジュースを買っておいてという指示だった。手のセンサーで開く、僕の苦手なタイプの自動ドアを何とか出ると、外はシンとしていた。この不夜城を除いて、街はもう眠っている。不快なくらいこうこうと光を放つ店内の照明。駐車場の街灯にたかるでっかい蛾や、名前を知らないひょろ長の虫たち。その明るい光に吸い寄せられ、必死に羽を動かしている様は、夜に何か刺激を求めて街を徘徊する若者さながらだ。僕とアツシは車に戻り、それぞれのジュースを飲んだ。ふと、虫ってどうやって水を飲むのかななんて聞いたら、アツシは僕をファーブル兄さんとからかって笑う。その顔は短い期間にいっきに陽に焼けたせいで、酔っ払いみたいに赤くなっていた。

「今夜は寝かさねぇよ、ファーブル兄・さ・んっ。」

「キモ!何だそりゃ。」

 家に帰り、DVDプレイヤーのある僕の部屋にこっそり入る。エアコンとテレビのスイッチを入れ、観賞会ならぬ、検証会が始まる。昼間に照らされたアスファルトからじんわりとあがってくる熱と、秋の始まりにはふさわしくない湿気。部屋にどんよりとたちこめるそれを払しょくするかのようにエアコンから涼しい風が流れ出る。心地よい冷気を感じながらアツシを見ると、さっき僕が持ってきたコーラを嬉しそうに飲みながらすっかり見入っている。何が悲しくて弟とラブストーリーを見ているのだろう?若干の気まずさは、ある。ちょっとエロいシーンがあるからな…なんて思いながら、僕はコーラを一口飲み、映画に集中することに決めた。

 

 もう一度アツシの部屋の前に立つ。よく見ると、まだ電気はついているようだ。ドアの隙間からもれる光を足元に確認した僕は、静かにノックした。思った以上に廊下に響く木と骨のぶつかる音は、引っ越し前でナーバスになっている弟の心臓をさぞ刺激するものだろう。来週にはこの部屋から出て行き、新しい土地で新しい友だちと新しいことを勉強する。物理から解放されることをひどく喜んでいる一方で、胸中にはきっと計り知れない不安も共存しているに違いない。できるだけ今は…出発までの時間は、兄らしいことはできなくても、アツシを笑わせてやりたい。

 引っ越しが終わって、手伝ってくれた家族のみんなが車に乗り込み、帰って行くのを見送る。自分はその車内に乗り込まずにただ見送る。家族の一員でありながら、その瞬間は家族でなくなる自分。今まで望んでいた「自立」や「ひとりぼっち」が、ただの「孤独」に変わる瞬間だ。その時が来ても、4月初旬の強い風のような冷たい寂しさを心の隙間に入れさせないために僕は…。

 足音が近づいてくる。それが板一枚挟んで自分と向かい合わせになって、ドアを開けるのを待つ。言いたいことはもう決まっている。

「あ、兄ちゃん。ちょ、もう夜中ですけどー?」

「何か今日、眠れなくね?ドライブ、行かないか?上着、取ってこい。」


この本の内容は以上です。


読者登録

chim.さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について