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桂 五郎

 2年程前に、取り上げようとリサーチしたのだが、キチンとしたメディアからは、なぜかほとんど情報が得られない。やっと見つけた、ある方のブログによると、桂は、歌手としてのデビュー以前に、子役としてかなりの映画・舞台に出演していた、という。また、ある古書販売サイトでは、天才少年浪曲師として、評判だったとか。また、昭和50年頃の、京都のとあるスナックで、桂から3、4回、歌唱指導をしてもらった、という方もいた。どれも未確認なので、参考程度にしかならないが。長く謎だった、消息が急に途切れたような終り方の歌手。ジャケ写は背広姿で、ヤセ気味、容姿はやっと2枚目半といったところ。今回、再トライして、依然詳しいデータはないまでも、多少その経緯がつかめてきた。其れによると、当初大いに期待され、かなりの売り出しをして貰ったのだが、ある日失踪(女性がらみのようだ)して、仕事に穴を開けてしまったとの事。その後、いちどは復帰できて、しばらく活動したようだが、またまたある日失踪してしまう。このような事情で、業界から見放されてしまったようだ。歌手としての活動は、足掛けわづか5年たらず?現在の消息は、私のサーチ範囲には、残念ながら無い。まあ、これだけ唄がうたえる人なのだから、どこかで店でもやっているのかも知れないが。ユーチューブ等に7曲前後アップされ、根強いファンも多い。けれど、この経緯では、プロに戻ることは難しいだろう。私の年齢から言って、テレビで何度か見たことはあるはずなのだが、なぜか記憶に浮かばない。ハスキーな低音から、五木ひろしのような高音までを自在に駆使して、変なクセをつけずに、素直に直球で歌い上げる。現在の歌手にないテイストとテクニックがあり、とても惜しい方である。

 「心のきず」
 夜にまぎれて 船が出る 傷をかくした----意地で身をひく 馬鹿も乗る 北の海峡 ひゅるひゅると 風が泣き泣き 別れ唄
(収集プロフィール)
桂 五郎(かつら ごろう、194X~?)1977年にデビューした歌手。データ不足のため、詳細は不明。
*「再失踪」あまりにマイナーな、それに大して知らないんです。やはり女性がらみでしたよね?芸名が、歴史上の「桂小五郎」をモジっていたのと、奥二重の目元、ペッタリしていた髪型が何となく頭の中に浮かぶ。
*「心のきず」「北から南から」の2枚。結構キングでプッシュされてて、歌謡大賞新人祭りも唯一の男性演歌で当選。でその1回目が新人賞レースの本番の秋、新宿音楽祭出場を目前に控えての失踪で、この時は随分芸能週刊誌で報道された。2回目のキャッツアイと同じ時は、もう見放されたのか報道は全くされませんでしたね。
*桂五郎は、平凡・明星の記事とか、歌本で目にしたのは憶えているんですけど、歌っているお姿、ましてや歌のタイトルなど全く知識がない。
 主な曲
心のきず   (阿久悠作詞 三木たかし作曲:数年前に、香田晋・カバー) 
命をかけて
北から南から (阿久悠作詞・三木たかし作曲:島津ゆたか・カバー)  
それも夢だった 
ふたり
明日は明日の風が吹く


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最終更新日 : 2010-11-05 23:50:49

高木 たかし

 一般的には、ほとんど知られていないようだ。私も、昭和38年前後に、白黒テレビで2、3度、あとラジオや商店街から、たまに流れて来た、この曲しか覚えがないが。演歌調の歌謡曲だけど、インパクトが強いのは、高木の歌唱がどこかロカビリーがかっているからだろう。確か、白黒テレビでも、硬い表情のまま司会者とトークし、唄い終り去るまで、一度も笑顔を見せなかった記憶がある。この曲は、かなりヒットしたと思うが、いつの間にか、マスメディアから、消えていった歌手である。理由は、よく分からないが。
 現況を、かなり調べてみたが、ある程度のことしか、把握できなかった。知らなかったが、高木は、ほかに「エレキ歌謡」なるジャンルで、いくつかのヒットを残したようだ。

 「この街を出てゆこう」(詞  西沢爽 曲  狛林正一)
 この街を出てゆこう 出てゆこう 街にいったなら あの子のことを 思い出すのが 辛いから 俺は別れて-----俺はひとりに なりたいよ
(プロフィール)
高木たかしは(たかぎ たかし、1949~ )大阪出身の歌手。芝居の子役で活動したあと、13歳で歌手デビュー。清野太郎のバンドに所属していたこともある。
*昭和30年代後半の青春歌謡あたりで「この街を出ていこう」や「ちぎれ雲」をうたった高木たかし。そのあとエレキブームに乗って「東京・ア・ゴーゴー」をスパイダースとともにうたっていましたがやがて霧の彼方へ。
*テレビで見た記憶を頼ると細身で、ほとんど笑わないようなクールな感じ。音源は幾つか残っているけど、映像はないだろう、紅白も出てないし。
(Picture on the Wallより)
 代表曲
この街を出てゆこう(昭和37年)詞:西沢爽 曲:狛林正一
スキスキスキと50回(昭和38年)詞:西沢爽 曲:狛林正一
十代の青春     (昭和38年)詞:三浦康照 曲:市川昭介
ちぎれ雲
母にも云えず
涙の草笛
東京の夕焼け
きれいな人の白い指
東京・ア・ゴーゴー(バック演奏、田辺昭知とザ・スパイダース 昭和41)
涙のドラム
*「エレキ歌謡」とは:60年代のエレキ・ブームの中で誕生したエレキ・サウンドと歌謡曲とのミクスチャー。昭和エレキ歌謡の当時を代表するヒット曲の数々から、80年代に誕生した「ネオ・エレキ歌謡」作品。ここ数年再び注目されている昭和歌謡の中でも、ロック世代にも親しみやすい「エレキ歌謡」の魅力を楽しめる作品。
 関連情報(未確認ですので、ご参考に)
◎高木たかし&カントリーチルドレン 
カントリー&ウェスタンの名曲を演奏し、その歌唱とバンドのリズム感には独特な味わいがあるとの評価。 また、旅先で作ったカントリー調のオリジナル曲や、希望によっては、なつかしい唱歌を演奏して観客とともに歌う、歌声喫茶タイムを もつくり、充実感溢れるステージを提供。

*カントリーを中心にライブ活動30年以上のキャリアを持ち、静岡ケントスでも、もちろん毎度盛り上げてくれます。
*FMしみず・に出ている(2007頃)同名の方がいるが。写真に面影はある気がするが、不確定。

*「ちぎれ雲」 高木の、もうひとつの名曲です。 

ちぎれたあの雲 見るたびに思うよ 君とぼくと摘んだ小さなスミレの花
愛らしいえくぼと 白いスミレの花 胸にやきついてる 過ぎた日の思い出よ
ちぎれたあの雲 飛んでゆく、その日は 君の澄んだ瞳、長くて黒いまつげ
思い出し、一人で 丘の道を登り、雲に向かい叫ぶ「君だけが好きだよ」と
◎「昭和裏歌謡大全集」とも言うべきセットが、発売された。中身について説明したいが、できない。確かに値段は高いが、聴き終わったあと、半ば放心状態となり、すごいと拍手したくなる、そんなエネルギーを放つ楽曲がはちきれんばかりに。 
「青春の大ヒット大全集」オムニバス (2007・発売)
悲しきエレキ小僧/飯田久彦
恋のGT/西郷輝彦
モンキー大学/飯田久彦
回転禁止の青春さ/美樹克彦
東京・ア・ゴーゴー/高木たかし
青春・ア・ゴーゴー/田辺昭知とザ・スパイダース
青春がギラギラ/松平マリ子
チークチーク/松平マリ子
恋の台風第一号/美樹克彦
学級委員/水沢有美
太陽と遊ぼう/青山ミチ
君を信じて/水戸浩二
ほか


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最終更新日 : 2010-12-28 20:46:31

望月 浩

 マニア系のウェブには、よく登場する望月浩。現在では、覚えている人を探すのが困難かも。私が若かった頃、4、5年の間、テレビ(庶民は、まだ白黒が主流)テレビや当時の雑誌などで見かけた。背も高く、やや童顔だがハンサムでスタイルもよく、キュートな青年と言っていい、垢抜けた都会的な感じのタレントだった。当時ブームの終盤だった、ロカビリーから出て来た歌手らしい。たしか、テレビの若者むけのヴァラエティー番組で、司会もしていた。その後、なぜかほとんど見かけなくなり、すっかり忘れた頃、悲しいお知らせ(ニュース)が。2000年前後だったと思うが、彼が幹部を勤めていた、アパレル系の店で、偽のブランド品を売っていたとかで、他の数人の幹部とともに逮捕されてしまったのだ。かってのあのスターが、お決まりの凋落か、と私はちょっとショックだった。それでも、あまりメディアにも載らず、その後、どうなったのかも情報はない。
 ユーチューブ等に、5、6曲出ているので、試聴してみた。歌唱はなかなか良く、いまではあまり無い、駄々っ子のようなテイストが、かなりいい。また、ビートルズの来日公演の前座として、その映像のラストに、ドリフターズのあとに7、8秒唄う姿が記録されている。遅くはない、じっくりとリベンジして、出来ればまた素敵な曲を唄っていって欲しい。

*「機嫌を直してもう一度」この曲を、改めて聴いてみると、優れた部分がいっぱいある事に驚いた。当時の機器の性能を考えると、編曲・演奏・歌唱などすべてが、現在に劣らない相当な音楽的水準である。
 (R.Povrazzo/川口真 *オリジナルは外国曲。昭和41年(1966)発売)
 いま一度だけ 帰っておくれ 悪かったんだ 許しておくれ----君がいなければ 生きていけない もう嘘なんかは けしてつかない 本当さ 僕の願いを-------
 この曲は、昭和の終りごろになってBe-2という華やかな若い女性デュオがリメイクしている。聴いてみたが、ダンサブルで明るく楽しい。が、望月の歌唱に較べると、内容の深さやスケール感で、遠く及ばないようだ。
(収集プロフィール)
望月浩・1965年前後に、活躍した歌手・タレント。
(青春歌謡より)
*青春歌謡に限らず、いつの時代でも大衆がスターに求めるのは自分の及びもつかない「かっこよさ」であり「華やかさ」。そういう意味では、大歌手にはなれなかったけれど望月浩には捨てがたい魅力があった。ヒット曲は小生の知る限りでは「一人ぼっちが好きなんだ」「君にしびれて」「泣かないで」「涙ビリビリ吹きとばせ」の4曲。それと昭和47年頃「機嫌を直してもう一度」がヒットした程度です。「泣かないで」以外の曲はリズム歌謡なのに対し、「泣かないで」はややテンポがゆっくりした曲です。望月の甘いマスクと、舌の回らない感じの独特のキャラクターが曲の節々にあふれていることから、曲が生まれて30年経った今、再評価した次第です。
*65年~66年にエレキ歌謡が歌謡界にブームを興した。代表的な歌手としては、「西郷輝彦」「三田明」等であるが私は「望月浩」を第1人者に挙げたい。 
*「一人ぼっちが好きなんだ」 望月浩
デビュー盤?カバー全盛時代のちょっとあと、遅れてきた望月浩。2年早ければそこそこいけた人だと思うのですが、いかんせんB4以降です。路線に苦労してしまった人ですが、当時よくTVではお目にかかれました。この曲はなかなか、というかかなり良い。オリジナルですが自分は大好きです。♪ヤンヤヤーで始まるバックの女性コーラス隊の盛り上がりは円熟度高いですし、望月浩も基本的にうまい。確かモッチンという愛称だった。
*ちなみに、同時購入したレコードは、山田太郎「友情のうた」、三田明「若い港」、阿木譲「高原の慕情」です。1万円を超えてしまったのは言うまでもありません。青春歌謡の魅力と無縁な方にとっては無駄使いと映ると思いますが、小生にとっては超トクした気分。
 「泣かないで」(1964:作詩:タカオ カンベ 曲:萩原 哲晶)
    少し行っては 立ち止まる 胸につかえる おくり道 赤い夕日に 叱られそうな 二人は初恋 まだ高校生----いいね 泣かないで 涙をふいてから 

*当時の子供は、望月浩を知らなくても、彼の歌うTV「光速エスパー」の主題歌は、皆知っていた。 (1967 吉岡 治 作詞 服部克久 作曲)
 バババババビュンと空を行く. 光より速いのさ. 輝く強化服 かっこいいぞ. 僕らの 僕らの光速エスパー
(レアなシングル盤より)
(1965) 「一人ぼっちが好きなんだ」 (詞:こうのあきら 曲:あづまのぼる)
一人ぼっちが 好きなんだ あの娘をデイトに さそってみても 
(1965.5) 「泣かないで」 (詞:タカオカンベ 曲:萩原哲晶)
赤い夕日に 叱られそうな 二人は初恋 まだ高校生  
(1965.10)「野菊は哀し僕の花」
(1966.1) 「君にしびれて」(詞:沢ノ井千江児 曲:萩原哲晶)
風が吹こうと 花散ろと 僕の恋人 君一人 鳥が啼こうと 啼くまいと 

「涙ビリビリ吹きとばせ」(詞:沢ノ井千江児 曲:萩原哲晶)
悲しみなんか どこ吹く風さ さみしさなんか どこ降る雨さ とばせとばせ 真っ赤なエレキ
*その他    
黄色いレモン
あなたのおもかげ     
(1967) 星になるまで
涙をふいて     
(1967) あいつにさよなら
星降る浜辺
(1967) ひとりぼっちの誕生日
初恋の海     
(1968) ひとりぼっちの世界
こぼれた涙     
(1968) 夜明けの太陽
愛してもなにも          
(御三家・青春歌謡より)
「機嫌を直してもう一度」 望月浩
以前Be-2がカバーしたシングルは持っていたけれど、この歌は男の人がねちっこく歌う方があっている。元々この歌自体は「ウソップランド」で、怪物ランドの郷田ほづみの歌唱で知ったので、望月浩じゃないとだめ。
「一人ぼっちが好きなんだ」 望月浩
デビュー盤?カバー全盛時代のちょっとあと、遅れてきた望月浩。2年早ければそこそこいけた人だと思うのですが、いかんせんB4以降です。路線に苦労してしまった人ですが、当時よくTVではお目にかかれました。この曲はなかなか、というかかなり良いのです。オリジナルですが自分は大好きです。♪ヤンヤヤーヤンヤヤーで始まるバックの女性コーラス隊の盛り上がりは円熟度高いですし、望月浩も基本的にうまいです。確かモッチンという愛称だったと思います。

*華の昭和名歌300のⅠ~Ⅸは、今後10年をかけて、順次、刊行して行きます。いちぶは、印刷版になる予定です。

 


4
最終更新日 : 2015-05-18 20:45:42

淡路まさみ

ほとんどヒットはしなかったが、隠れた名曲のひとつである。夜のヒットスタジオなどで、淡路はかなり緊張した雰囲気で、この曲を唄っていた。淡路は、1972年ごろの、日本テレビの連続ドラマ「地獄の特使!ワイルド7」というドラマに、桂木逸子という役名で出ていたようだ。何回か見た覚えはあるのだが、記憶はほとんど無い。そのため、長い間、神田広美と混同していた。改めて試聴すると、その歌唱はそう上手くはないが、素朴さと頼りなげな雰囲気が、この曲の内容にはとても合っている。その後、情報がまったくないので、引退したのだろうか。いまは、どう過されているのだろうか。
 「初恋の頃」 詞・阿久悠 曲・平尾昌晃 1972
 逢いたさに 胸こがし 裸足でかけたのは あれは16 春先の 水仙におうころ 好きだといわなけりゃ あの人は帰ると 思いつめ----
(収集プロフィール)
淡路まさみ(あわじ まさみ、195X~ )女優、歌手。1970年代ごろ、活動。データ不足の為、詳細は不明。当時のジャケ写の淡路は、朝加真由美か五十嵐めぐみ風。
*詞、メロディー、歌手の三拍子が揃ったのに何故かヒットにならず。年が変わっても同じ場所で同じ時期に咲くタンポポみたいに純で可愛い歌。
 主な曲
初恋の頃
お茶にしましょう
月夜のマドンナ
恋は嵐のように
5
最終更新日 : 2010-11-08 21:47:23

華の昭和名歌300 第 :素敵なやつ 叶 修二

 輝くような、美少年だったとか。当時のテレビは、ゆがみ数多、走査線ふとく、白黒度もボケ気味、その他の欠陥も多く、という5重苦、8重苦の、激しいイマイチもの。テレビの画像に、5割り増しで評価していた気がする。いまから考えると、映りの悪い人や、映り方のテクニックをあまり持っていない人は、9割り増しくらいしてもよかったのかも。並みの容姿の人が、とてもおブスに映っていたのかも。というのは、叶修二は、美青年ではあったが、当時のテレビでは、それ程素晴らしくは思えなかったのだ。これは、以前取り上げた、吉村絵梨子も同じ。現在、ネット上で流布している、ブロマイドやジャケット写真の、なんと映りの悪い事。とても、気の毒。まあ、人間は、時代から逃れられないのだから、仕方ないのか?さて、本題の歌。この曲は、すでに定評を得ているように、いい曲である。歌唱は、まあ水準を超えているだろう。やさしく淋しげで、柔らかな、若い歌声。まだ、人生の、重さと苦さを、ほとんど知らない者のみが、歌いえる歌唱。これは、彼のほかの歌にも通流する。昭和40年代の一時期(5年前後)、かなりの活躍をみせ、その後、急速にパワー・ダウンしていった歌手。
(作詩:水木 かおる、作曲:継 正信) 
 まぶしいように ボクを見る あの娘の瞳を 見ていると なぜか泪が こぼれるよ  素敵なやつ 素敵なやつ 抱きしめたいほど 可愛くて ボクを夢中に----      
(収集プロフィール)
叶 修二(かのう しゅうじ、1946?~ )は、日本の歌手。新潟県新潟市西区内野町出身。
 略歴
 ポリドールからデビューし、「素敵なやつ」などのヒット曲を出す。1967年には、レコード会社各社の競作で発表された「世界の国からこんにちは」のポリドール版音源を発売した。遠藤実は叶修二の名付け親であり恩師であったが、レコード会社が異なっていたため、ペンネームで作曲をしてもらった楽曲もある。
*叶修二は新潟市にいます。時々見かけますが今も元気にしているようです。歌は専門にはしてないようですが近くのカラオケで歌っているらしいです。ご本人経営のレストランが「グルメガイドサイト」に記載されるほど有名です。
*現在は、新潟市内でレストランバー「B.friend」を経営しているようです。
 主な曲
素敵なやつ
世界の国からこんにちは
アカシアの別れ
いつもの人は

 

 

 

 

 

 

 

 


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最終更新日 : 2015-05-18 20:45:59


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