目次
ユークリッド-Eukleides-
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ピエール・ド・フェルマー-Pierre de Fermat-
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ピタゴラス-Pythagoras-
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ルネ・デカルト-René Descartes-
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アルキメデス-Archimedes-
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レオナルド=フィリオ=ボナッチ-Leonardo Fibonacci-
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ブレーズ・パスカル-Blaise Pascal-
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ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ-Gottfried Wilhelm Leibniz-
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アブラーム・ド・モアブル(Abraham de Moivre
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ヤコブ・ベルヌーイ-Jakob Bernoulli-
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ジャン・ル・ロン・ダランベール-Jean Le Rond d'Alembert-
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ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ-Joseph Louis Lagrange-
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ピエール=シモン・ラプラス-Pierre Simon Laplace-
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ジャン・バティスト・ジョゼフ・フーリエ-Jean Baptiste Joseph Fourier-
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ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス-Johann Carl Friedrich Gauss-
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ゲオルク・フリードリヒ・ベルンハルト・リーマン-Georg Friedrich Bernhard Riemann-
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アンドリュー・ワイルズ-Andrew John Wiles-
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ジュゼッペ・ペアノ-Giuseppe Peano-
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オーガスタス・ド・モルガン-Augustus de Morgan-
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ダフィット・ヒルベルト-David Hilbert-
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レオンハルト・オイラー-Leonhard Euler-
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最終定理-the Last Theorem-
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 明太子スパゲッティや明太子チャーハンの食べ放題といった楽しいことを考えて、なんとか気を持ち直した女の子は、立ち上がってさらに森を進んでいきます。

「意地悪な森の動物さんたちに金輪際顔を合わせませんように」

 女の子のお祈りはいよいよ遍歴の修道女の様相を呈してきて、神様すら彼女に平伏してしまうこと請け合いです。修道女なのに神様を超えてしまったのです。

 森の奥深くへ進んでいくうちに、頭上の木々が道を覆い隠してうす暗くなってきました。女の子は用心しながら歩を進めていきます。

 ふと、女の子の前に木漏れ日が一点に集まって妙に明るいスポットが現れました。そこにひとりの男性が立っています。日の光を一身に受けて、男性の整った顔立ちが輝いています。女の子はひきつけられるようにふらふらと男性へと近づいていきました。

 男性が女の子を認め、柔和な笑みを投げかけました。

「こんにちは、お嬢さん」

「あらイケメンさんこんにちは。ここはとても暖かいですね」

「僕の行くところはいつも暖かいのさ。太陽と友達なんだ」

「それは素敵なお友達。うらやましいわ」

「かわいらしいワンピースだね。白一色でまぶしいくらいだ」

「ありがとう。これおニューなの」

「それはよいことだ。しかし、ここはとても暖かい。ワンピースなんていらないくらいにね」

 たしかにイケメンさんの近くは暑いくらいで、彼も下着のみという軽快で破廉恥ないでたちです。とてもおしゃれとは言えませんが、顔がいいので女の子に不満はありません。

「どうだい? ワンピースを脱ぎ捨てて、僕と踊らないか?」

「でもこれを脱ぐともう素肌があらわになってしまうわ」

「いいじゃないか。君のきれいな肌を見てみたいと、太陽も言っているよ」

 耳をすませるしぐさを空に向けてイケメンさんは言います。女の子も注意深く耳を傾けてみましたが、空からは何も聞こえません。

「さあ、そんなもの脱いでしまって」

「でもでも、私この下はもう」

「いいから。脱いで」

 イケメンさんはずいと女の子に近寄り、強引にスカートをめくり上げて女の子を脱がそうとします。

「ほら、きれいな脚だね、すべすべだ」

「いやっ!」

 抵抗空しく、女の子はワンピースをはぎ取られてしまいました。イケメンさんは奪い取ったワンピースを腰に巻いて何やらおしゃれです。

「さあ、踊ろう」

「助けて!」

 無理やり女の子の手をとろうとするイケメンさんからどうにか逃れて、女の子は森のさらに奥深くへと走っていきます。

「うう、ママああ」

 しばらく走り続けて、息切れしながら女の子は木の陰に身を隠してうずくまり、その場に泣き崩れてしまいました。しくしく。


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 しくしく泣きまねをする母さんは、本当にワンピースを脱いでしまっている。そこまでリアルにこだわる必要があるのかきくところかな、と思ったけど、ずいぶん熱のこもった演技だったから、僕はなんとなく口をつぐんだ。このあとどうなるのか、けっこう気にしている自分を発見した。


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 さすがに楽しいことを考え尽くしても、女の子はもう立ち上がる気力も起こりませんでした。それもそのはず、もはや女の子は胸とお尻と足しか護られていないのですから。裸に近い状態で、女の子は森に投げ出されてしまったのです。

 女の子が両膝に顔をうずめてしくしく泣いていると、向こうのほうから何やら言い争う声が聞こえてきました。

「何かもめ事かしら」

 女の子は立ち上がり、できるだけ身を隠しながら声のほうへと近づいていきます。

 大きな木の幹から顔だけ覗かせると、木々で覆われた広場に、トラさんとオオカミさんとハトさんとイケメンさんが揃っていました。みんなでもみくちゃになって何やら言い争っています。

「全部俺のものだあ」トラさんがポシェットを首にかけてうなるように言います。

「アホか、わしがもらうんじゃ」オオカミさんがカーディガンを身につけてとがった耳をぴんと立てながら言います。

「あら、全部私のものよ、ちょっと胸に触らないで!」ハトさんが細い足にパンプスを履いて胸を触ろうとする手をくちばしで突きながら言います。

「おやおや、てっきり全部僕のために存在するのかと」イケメンさんがおしゃれにワンピースを腰に巻きつけたまま、隙あらばハト胸を触ろうとして突かれた手をさすりながら言います。

「どうやらみんな私のものを巡って争奪戦をしているみたいね。私のものなんだから、みんなが魅了されるのは当然だけど」

 女の子は、勝ち残ったひとりへうしろから近づいていって、そばに落ちていた木の棒で殴って殴って殴り倒してすべてを取り返す、という超クリティカルな作戦を思いつきました。そのために、しばらく隠れながら成り行きを見守ることにしました。

 くんずほぐれつのケンカはますます激昂し、みんなは次第にひとかたまりとなっていきます。ハトさんの飛び散る羽根の量が、ケンカの激しさを表しています。

 風が吹き抜け、ハトさんの飛び散った羽根が広場を舞い、みんなを覆い隠してしまいました。女の子は肌をこすって風の冷たさに堪えながら、じっと風が止むのを待っていました。

 風が止み、羽根が舞い落ちるとそこにはみんながもみくちゃにくんずほぐれつ絡まって出来上がった大きな毛糸玉が落ちていました。みんなはあんまりくっついてくちゃくちゃにケンカしたため、毛糸玉になってしまったのです。

 女の子は広場に出ていって、毛糸の隙間から自分の服たちを取り出して身につけました。これで元通りです。

「服も返ってきたし、こんなに大きな毛糸玉も見つけちゃった。今日は素敵な日だわ」

 女の子は大きな毛糸玉をころころ転がしながら、家へと戻りました。

「ただいま」

 女の子が家のドアを開けると、女の子のママが編み物をしていました。

「おかえり。あらどうしたの、その毛糸玉」

「森でお散歩してたら偶然見つけたの」

 女の子はちょっと嘘をつきました。森で半裸にむかれたなどと本当のことを話してしまうとお嫁に行かせてもらえなくなるからです。

「それは素敵ね。さっそくそれをつかっておニューなお洋服をつくりましょう」

「ありがとう、ママ」

 こうして女の子は新しいお洋服を手に入れ、それを着てお見合いに出かけるのでした。おしまい。


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 とりあえず僕は拍手を送った。迫真の演技とよくできた設定に感銘したからだ。

「どうだった?」

「すごかったよ。特にカンガルーが敵に捕らわれた女の子を助け出すシーンは手に汗握ったよ」

「もう、そんなシーンなかったでしょ! 真面目に聞いてるの!」

「ごめん冗談だよ」僕は両手を上げて降伏のポーズをとった。「本当に、面白かった」

「ほんとに?」

「今回のイベントは今までの誕生日で一番じゃないかな」

「そう? やった!」ぴょんぴょんはねて喜ぶ母さんだ。今まで一番ってセリフは毎年言っているんだけど、気づいてないみたいだ。

「じゃあこれ」そう言って母さんは僕に紙切れを手渡した。

「あ、これ」見覚えのある紙切れは、その存在をすっかり忘れ去られて僕のポケットにずっと入れっぱなしにされていたものだ。

「この場で破いてください」

「そんなことしていいの? なんだか罰あたりじゃない?」

「これが私流のお祓いなの」

 まあそういうならあえて反対することもない。そもそも僕はそれほど信心深くない。

 凶と書かれたおみくじを、僕はびりびりに破いた。

「はーい、これでお祓い終了! 完璧よ!」

 そんなお祓いあるだろうか。劇中にお祓いの要素なんてなかったと思うけど。

「でね、これがプレゼントだよ」母さんは大きなガジュマルのうしろから包みを取り出して僕に手渡した。

「明日くれればいいのに」

「劇が終わってすぐあげたいの!」母さんの興奮顔の頬に赤みがさしている。

「ありがとう」

 包みを開けて中身を取り出す。春物のカーディガンが入っていた。安物じゃないと僕にもわかるくらいロイヤルなやつだ。

「高かったんじゃない?」広げてまじまじと見ながら母さんに言った。

「それ、お話の毛糸玉からつくったんだよ」むふふと笑う母さんだ。

「じゃあトラとオオカミとハトと人間からできてるの?」

「すごいでしょ?」

「母さんの会話センスは本当にすごいと思うよ」

「着てみせてよ」

 はおって袖に腕を通す。するりと手が吸い込まれるようだ。長さも丈もぴったり。本当に自分でつくったのかもしれない。あるいはオーダーメイドか。

「素敵! ぴったりね、正宗くんの魅力五割増しって感じ?」

「カーディガンで五割も増したら、全身コーディネートしたらすごいことになりそうだね」

「とにかく超かっこいいよぉ」近づいてきて僕の身体をなでまわしたり、べたべたしたり、キスしそうになったりする母さんからちょっと離れて、ベランダの窓に自分を映してみた。

「見た目も悪くないね。学校に着ていってもそんなに変じゃないかも」

「もちろんよ。変だなんて言うやつがいたら、ぐしゃぐしゃに転がして毛糸玉にしてやるんだから」

 転がしただけで人が毛糸玉になったら、体育で器械体操はできないだろう。マットの上に毛糸玉が量産されてしまうに違いない。

「大事にするよ」

 まったく手の込んだイベントだ。プレゼントの受け渡しだけでここまで凝る人は京都に何人くらいいるだろう。母さんのほかにあとふたりくらいじゃないかな。


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 夕食にピザの残りを食べた。知らないかもしれないけど、冷めてレンジでチンしたピザほどまずいものはない。冷たいままのほうがまだ食べられたものだ。

 早くもデフォルトになってしまったリビングフォレストのソファに座って、ひざの上にサボテンを乗せてくつろいだ。母さんにこのサボテンをキープしてもいいかときくと、「私の愛に満ち満ちたプレゼントよりもそんなとげとげで攻撃してくる草っころがいいんだ」と嫌味を呟かれ、機嫌をとるのに無駄な苦労をした。それでも僕はサボテンがほしかったから仕方がない。

 僕はサボテンに「リリィ」と名前をつけた。和訳すると百合だ。べつに何か狙ったわけじゃなくて、単にリリィって名前が好きなんだ。将来子供を持ったとき、女の子だったら名前を「りり」にしようと思うくらいに。漢字は考えてないけど、適当に当てるつもりだ。

 リリィの定位置をパソコン机の上に定めた。水をやるときは気をつけなければいけない。ビニルテープにマジックで名前を書いて、鉢の側面に貼ってやった。かわいらしい。

 パソコンの電源を入れてリリィをなでる。僕のうしろで母さんが巨大なガジュマルを動かそうと格闘しながら、妬みのこもった視線を僕の背中に突き刺してくる。そのせいか、背中がかゆい。

「何してるの」険のある言い方をする母さんだ。サボテンに嫉妬するなんて情けない。

「いやね、今日買った本が面白かったから、詳しく調べてみようと思って」

「ええっ、正宗くん本買ったの?」ガジュマルを放り出して僕に近寄ってくる。「なんの?」

「ええとね」僕は立ち上がってカバンから本を取り出し、母さんに見せた。「これ」

「へえかわいいね、数学の本かぁ。ちょっと見せて」

 本を渡していすに座る。インターネットにつないで書名を検索してみた。何十万件というヒット数だ。インターネットって何を検索してもすごい件数が出てくるな。いったいすべてのコンテンツ数はどれくらいなんだろう。数学では問題ないけど算数では扱えない数かもしれない。

 一番はじめのページにつなぐ。書名がどんと現れ、読者へのメッセージが書かれている。どうやら著者のページみたいだ。

「ねえ母さん」僕は母さんにきいてみた。「萌えってどういう意味?」

「女の子の名前でしょ? 辞書で調べてみたら?」意外なことに、母さんは熱心に本を睨んでいる。

 さっそく調べてみた。萌える。意味は、芽が出る。利息がつく。

「芽が出るか、利息がつくだってさ」

「そんな意味なんだ。日常会話で使わないわね。なんでそんなの気になるの?」

「いや、ここに書いてあるからさ」

「どれどれ」本をいったん閉じて、母さんはディスプレイを覗き込む。

「最強の萌え? どういう意味よ?」

「それがわからないから調べたんだけど、どっちにしても意味の通る文章にならないね。最強の利息っていうのはちょっとこわい感じがするけど」

「最強だから、借りたらそのときから即利息がつくんでしょうね。あるいはお金じゃなくて臓器とかで支払うのかも。その場合、最恐の利息ね」

「どっちにしてもいまいちだね。やっぱり何かべつの意味があるんだよ」

「そういうときはネットね。検索したらわかるんじゃない? 正しい意味が」

 それもそうだ。母さんのこういうところには素直に感心させられる。

 萌えで検索してみる。一番上に出てきたネット百科事典につなぐ。萌えとは、

「オタク文化におけるスラング?」意味がわからず読みあげてしまった。

「何オタク文化って。いつの時代?」僕と同じ疑問を母さんも抱いたようだ。

「アニメとかへの感情の表れだって。ええと、要するに好きって意味じゃない?」

「じゃあ好きって言えばいいじゃない」

「そうだよね」

 もとの意味がまったく含まれていない。どこから持ってきたんだろう、萌えって言葉を。

「スラングってなんだろう」

「ほらリンクしてるよ。見てみようよ」知らないことに母さんはのりのりだ。

「スラングは、ああ、俗語だって」

「つまり、萌えってのは一部の人たちの中で通用する言葉なのね。じゃあ覚えなくてもいいわね」

「そうだね。その本が最強の萌えだ、ってことは、その筋の人たちがもっとも好むってことかな」

「理系の人たちにとって、ってことね」

「そうだね」

「正宗くんさ」

「何?」

「萌えた?」

「え?」

「この本」

「うーんそうだね、好きだよ」

「これで正宗くんも立派な理系少年ね」

「そうなのかな」

「そうでいいの!」そう言ってなぜか母さんは僕を抱きしめた。こっそり耳元で呟いた言葉は、どういうつもりなのかよくわからなかった。

「血は争えないものねえ」



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