目次
ユークリッド-Eukleides-
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ピエール・ド・フェルマー-Pierre de Fermat-
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ピタゴラス-Pythagoras-
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ルネ・デカルト-René Descartes-
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アルキメデス-Archimedes-
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レオナルド=フィリオ=ボナッチ-Leonardo Fibonacci-
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ブレーズ・パスカル-Blaise Pascal-
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ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ-Gottfried Wilhelm Leibniz-
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アブラーム・ド・モアブル(Abraham de Moivre
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ヤコブ・ベルヌーイ-Jakob Bernoulli-
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ジャン・ル・ロン・ダランベール-Jean Le Rond d'Alembert-
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ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ-Joseph Louis Lagrange-
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ピエール=シモン・ラプラス-Pierre Simon Laplace-
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ジャン・バティスト・ジョゼフ・フーリエ-Jean Baptiste Joseph Fourier-
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ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス-Johann Carl Friedrich Gauss-
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ゲオルク・フリードリヒ・ベルンハルト・リーマン-Georg Friedrich Bernhard Riemann-
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アンドリュー・ワイルズ-Andrew John Wiles-
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ジュゼッペ・ペアノ-Giuseppe Peano-
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オーガスタス・ド・モルガン-Augustus de Morgan-
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ダフィット・ヒルベルト-David Hilbert-
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レオンハルト・オイラー-Leonhard Euler-
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最終定理-the Last Theorem-
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2

 転校するのははじめてだった。しかも六年生の四月からだから新しいクラスの雰囲気はどこかぎこちなくて、みんなそれぞれこれまでに築いてきたグループの人間同士でしかつるまない。僕が前にいた学校でも新学期のはじめはこんな感じだった。こういうのはどこでも一緒なんだな、と新しいことを学んだ。そういえば転校生が僕のいたところでも何度か来たことがあった。そのときは、その子がどんな気持ちでいるのかなんて考えなかったけど、きっと相当に不安だったんだろうと思う。

 最初の登校の日、僕はまず職員室に連れてこられた。校門から職員室まで母さんと一緒だったから、ちらちらまわりで遊んでいた子たちに目を向けられた。なんだか珍しいものでも見るような視線だった。僕はそういうちくちくした視線に耐えながら職員室まで歩かないといけなかった。とてもじゃないけど、目を合わせて笑顔で手をふるような振る舞いはできなかった。そんなことができる小学生なんていないと思う。

 僕のクラスの担任はえくぼが特徴的な女の先生だった。そんなに歳もいってないように見えた。母さんよりも少し年下くらいじゃないかな。普通これくらいの学校の女の先生って優しそうに見えるものだと思うんだけど、この先生はちっともそうは見えなかった。でも機嫌が悪いとか、表情がないとかそういうことじゃなくて、なんだかレストランのウェイトレスの人みたいなんだ。つくりものみたいな。

「今日から一年間よろしくね」担任の先生はちょっと笑って僕の肩に手を触れた。

 先生に触られた瞬間、シャツ越しに先生の手の熱を感じた。すごく暖かい手だった。僕はようやく先生に人間としての特徴を見つけた気がした。

 先生の手が離れてもじっと黙っている僕を見かねてか、母さんがうしろから僕の頭を小突いた。「正宗くん、ちゃんと先生に挨拶するの」母さんは僕を「くん」づけで呼ぶ。僕はこれが嫌いじゃない。友達の家に遊びに行っても、よそのお母さんが自分の子供に「くん」とか「ちゃん」とかつけて呼ぶのを聞いたことがないから、たぶん母さんは特殊なのかもしれない。

「よろしくお願いします」僕は先生に向かってぺこんと頭を下げた。


3

そのあと母さんはしばらく職員室で先生と話をして帰っていった。僕はその間職員室の端にあるソファに座って部屋の中を見渡していた。学校の職員室ってどこも一緒なんだな、と僕は発見した。すごく汚くて散らかっている。先生用の事務机が何台も並んでいて、どの机の上にもファイルとか書類みたいなものが積み上げられている。どうして整理整頓しないんだろう。職員室に入るといつもそう思う。僕たちにはロッカーをきれいに使えとか、机の中にものを置きっぱなしにするなとか言うのに。大人はいいんだろうか。でもそれが大人だから許される、という理由が思いつかない。タバコとかお酒とかなら大人だから許されるっていうのは、なんとなくだけどわかる。たぶん子供の身体によくないからじゃないかな。でも大人だから散らかしたままほうっておいてもいい理屈なんてないよ。大人とか子供とか関係なく、そんなのダメだと思う。

それとも大人はそういうこと気にしないんだろうか。汚くても散らかっていても平気なのかもしれない。僕も大人に近づくにつれてそう思えるようになるのかな。今は想像もつかないけど。

そんなことを考えているうちに担任の先生が僕のところへやってきた。僕は先生を見てから時計を見る。八時二十分だった。そろそろ先生が教室に入ってくる時間だ。僕は座りなおして姿勢を正した。自分が少し緊張しているのがわかった。

「じゃあそろそろ教室に行きましょうか」

 僕は目を閉じたまま腰を上げた。頭の中で昨日考えた自己紹介の言葉をくり返し唱えて目を開けた。大丈夫、覚えている。

「はい」僕は先生に向かって力を込めて返事をした。


4

 小学校はクラスが学年ごとに固められて校舎に配置されるのが決まりなんだとわかった。僕のところではそうだったし、この学校でもそうだ。しかも校門の近くに低学年のクラス、遠いほど高学年のクラスが設置される傾向にあるみたいだ。たぶん体力の関係だと思う。避難訓練のとき、グラウンドから遠いところに一年生のクラスがあったら移動がたいへんだ。グラウンドってたいてい校門を入ってすぐそこにあるから。

 だから職員室を出て僕が転入するクラスまでたどり着くのにけっこう歩いた。といっても二分くらいだけど。校門から一番遠い校舎の最上階の三階で、階段横にあるトイレのとなりの教室だった。あんまりいい環境じゃないな。小学校のトイレって毎日掃除するんだけど、掃除するのは所詮僕ら子供だし、僕らって汚すのは得意だけど、きれいにするのは苦手なんだ。よく考えたらトイレ掃除の仕方って教えられたことないな。小学校で覚えることにはこういうこともあるのか。気づかなかった。

 教室の前についたときにはすでに廊下に誰もいなくて、みんな教室で雑談しているみたいだった。教室の話し声は廊下にいてもけっこう聞こえるものだ。これは廊下に誰もいなかったらの話だけど。もしいたらみんながどたばた走る音で話し声なんか聞こえるはずないから。母さんに聞いたことがあるけど、むかしは「廊下は走るな!」なんて張り紙が張ってあったんだとか。もし走っているところを先生に見つかると、体罰を受けるとか。すごい時代だなと感心したのを覚えている。低学年はどうか知らないけど、僕くらいになると廊下を走ってはいけないことくらい理解している。それでも走るのに理由なんかない。もう僕らの中には「守るべきルール」と「守らないといけないルール」っていう棲み分けができている。たとえば「車が明らかにいない赤信号でも渡っちゃいけない」は「守るべきルール」で、「母さんとか先生に『お前』とか言っちゃいけない」は「守らないといけないルール」だ。でもたまにこの「いけない」ほうのルールも守れない子供がいる。だいたいそういう子って不良っぽくて、たぶん大人に隠れてタバコとかに手を出しているんだ。そういう子には関わりたくない。僕は小心ものなんだ。

 僕は教室から少し離れたところで先生が教室のドアを開くのを見ていた。教室から聞こえていた話し声が徐々に収まっていく。どうやらそこそこいいクラスのまあまあいい先生に当たったみたいだ。こういうところを僕らは見ている。大人は知っているんだろうか。

 教室の話し声が完全に止んだ。たぶん先生は教壇に立って教室を見渡しながら朝の生徒の様子をチェックしているんだろう。しばらくして「起立!」の号令が聞こえた。がたがたといすがたくさん動く音が鳴って、廊下まで床が振動するのがわかった。続いて「礼!」の号令。さっきの「起立!」よりも声が大きかった。それからみんなで「おはようございます!!」の大合唱が――

聞こえなかった。

普通朝の挨拶ってみんなで先生に向かって声を揃えて「おはようございます!!」って言うものじゃないのかな? 僕のいた学校ではそうだったし、たぶんどこでもそうだと思う。それは低学年とか高学年とか関係なくて、礼儀というか一種の儀式みたいなもので、みんなで揃って挨拶することで学校での一日がはじまる気がしてくる。むかしからずっとそうしてきたんだろうし、それでいいと思うのに。

でもここでは朝の挨拶が聞こえなかった。こういうとき、僕はすぐにその理由を知りたくなる。普通から少しはずれたものってすごく気になってしまう。別にそれを普通のラインに合わせて矯正したいんじゃなくて、どうして踏み外れているのか知りたいだけだ。それさえわかれば僕は満足だ。

僕なりに考えられる原因を挙げてみる。これって僕のくせみたいなものかな。もしこういうのを共有できる友達がいれば、その子は僕の中で親友に位置づけされるだろう。残念だけど、今までそういう友達はいなかった。だから僕はずっとひとりでくり返しくり返し考え続けてきた。でもそれを寂しいと思ったことはない。

今回のケースだと、考えられる原因はふたつだ。ひとつは先生が生徒にそう指示しているケースだ。なぜそんな指示を与えているかという点はその先生について知らないとわからないし、知っても突きとめられないかもしれない。でもそういう先生もいることがある可能性は十分考えられる。もうひとつは生徒が全員で朝の挨拶を拒否しているケースだ。こっちのほうが現実的な気がする。挨拶ストライキっていうのかな。要するに生徒が先生にあるいは学校に対して不満を抱いていて、それを集団の力で訴えようってわけ。訴えてどうなるものでもないと思うし、みんなで相談して決行しているわけでもないんだろう。子供のこういう結束ってなんでかわからないけど、自然とまとまって固く結ばれる。もしはみだしたりしたらたいへんだ。僕らは知っている世界がすごく狭いから、ひとりになってしまったら、自分が世界でひとりぼっちになったような気さえする。親がいるから完全にひとりになることはないけど、でも親と学校の同級生ってやっぱり立ち位置が違うというか、どちらが欠けたからって片方で補えるものではない。僕くらいになると、もう、知っているんだ。

挨拶なしのまま、「着席」の声が聞こえて、またいすががたがた音を立てて床がゆれた。号令の声は全部女の子の声だった。このクラスの号令係は女の子だとわかった。それにしてもずいぶん変わった声だ。アニメ声っていうのかな。なんか妙に高音でつくりものみたいだけど聞いていていやな感じは全然しない。僕も嫌いじゃない。

続いて先生の話し声が聞こえてきた。全国の先生がほぼ同時刻に同じことを話しているだろう。こんなに多くの大人が同じ時刻に同じ内容を話すなんて、学校の先生の朝礼くらいじゃないかと思う。でもたぶん、大人の世界にはもっと僕の知らない不思議な儀式みたいなものがあるんだろう。そういうのを見つけるのって楽しいんだけど、大人は気にならないのかな。

朝礼の決まり文句のあと、「転校生」って単語が聞こえてきた。そろそろ僕の番が近いみたいだ。僕の中で緊張感が高まるにつれて、教室のざわつきが大きくなってきた。やっぱり転校生って聞くと興奮するみたいだ。いくつになっても新しい風って興味深いものなんだな。

僕は廊下の中央で目を閉じた。考えておいた自己紹介文を頭の中にもう一度呼び出してみる。さっきと微妙に詳細が変わっている文が再生できたけど、言いたいことは一貫して共通している。

僕が目を開けると同時に、先生が教室のドアから半身を出して僕を手招きした。

いよいよだ。緊張感がぐいっと高まり、容器からあふれてこぼれ落ちていくのがわかった。

先生のほうに歩を進め、僕は背中を押されて教室のドアをくぐった。クラスのみんなが僕を見ているのがわかった。僕は教壇の中央に立ってみんなのほうに目を向けた。

みんなが僕を見ていた。

先生が僕のとなりに立って、僕の名前を言いながら黒板に大きな文字で書いた。

何人かが僕の顔と黒板の文字を交互に見比べていた。何人かが僕の名前をつぶやいていた。何人かが僕に笑顔を向け、何人かが僕を笑っていた。残りは僕をじっと見つめていた。

僕はあえてみんなの様子を観察していた。こうすると意外と落ち着ける。むかし、英会話教室に通っていたときに、みんなの前で絵本を読まないといけない課題があって、人前に立っても緊張しないコツとしてそこの先生が教えてくれた手法だ。それ以来、僕は意識して人の様子を観察するようになった。

僕はみんなを観察するうちに、次第に自然に笑顔になった。先生と教壇に立って意味なく笑っている転校生ってはたから見たら変に思えるかもしれないな、と考えたところで、僕は足元に視線を落とした。そして表情をつくりなおして、話し始めた。

「おはようございます。僕は菊池正宗です。僕は本当のことが好きです。本当かどうかわからないことがあったら僕に教えてください。一緒に考えましょう」

 さっきまで態度がばらばらだったみんなが、今度はきっちり揃って僕を見ていた。みんなすごく変なものでも見たような顔つきで。


5

 自己紹介は僕なりに一生懸命考えた。もっと普通の当たり障りのないこと、たとえば「僕は菊池正宗です。これから一年間よろしくお願いします」とかも言えたんだけど、言いたくなかった。もちろん僕だって自分が言ったことが普通じゃないってことくらいわかってる。だからみんなが僕を変な目で見るのも納得できる。

 前の学校では僕は自分を抑えていた。できるだけ本当の自分を友達との交流に持ち出さずに、普通に見えるように接してきた。じつをいうと、もっと自分をみんなにアピールしたいと思っていた。でもそんなことするとまわりから浮いてしまって、受け入れられないことが明らかだったからしなかった。そのせいで、僕の心には、本当の自分を前に押し出せないことに対する自責の念みたいなものが棲みつくようになって、その消化不良のせいでいつも苦しい思いをしていた。僕はそれがいやだった。

 だから新しい学校では自分を偽るのをやめることにした。思うことを素直に表現して、それを受け止めてもらうことに決めた。そのために僕も努力するつもりだ。何も僕は考えることすべてが奇妙で偏っているわけじゃない。ちゃんと相手のことを考えて、尊敬する。その上で僕のことも受け止めてほしいだけだ。

 僕が意味した本当のことっていうのは、広く捉われるだろうから理解が難しいかもしれない。でもほかに上手い表現がわからないからそう言った。

たとえば、テレビショッピングで健康食品を宣伝しているとしよう。販売員の男の人と助手の女の人が、おおげさな口調でしゃべったり驚いたりしながら、まるで寸劇みたいなCMをやっている。僕はいつもなんとなくそういう番組CMに耳を傾けてしまうんだけど、一度も、その効果の裏づけについてきちんと理解したことがない。これは僕が悪いんじゃなくて、そういう内容が伝えられていないからだ。言ってくれたらわかるのに、なぜか教えてくれない。「だから、どういうふうに身体にいいの? 本当のことを言ってよ」といつも不満を感じている。

違うたとえだと、携帯電話とかの仕組みについてだ。これは不思議でしようがない。みんな気にならないんだろうか。どうやって声を飛ばしてどうやって受信しているのか、その仕組みについて知りたいと思わないんだろうか。ほかにもテレビのリモコンとか電線とかパソコンとか。

物事の仕組みとか性質とかいう本当のことがわからないなんて日常は、僕はいやだ。


6

 最初の登校日から数日が経過して、以前僕は転校生のままだ。つまり、クラスの一員になれていない。まわりはすでにそれぞれにグループを形成してその仲間内で楽しそうに学校生活を送っている。僕のところに何人か話しかけにきてくれた子もいたけど、大抵みんなどこかよそよそしい。あとでわかったんだけど、何かの罰ゲームで僕に話しかけさせられていたらしい。よくあるあれだ、気持ち悪いやつに話しかける罰ゲーム。僕は今、その気持ち悪いやつみたいだ。

 じつは、僕はべつに傷ついていない。本当だ。だって明らかに変なやつにしか映らないんだから、あの自己紹介。みんなが罰ゲームとかいう行動をとるのも納得だ。でも、あれが本当の僕だ。もう自分は偽らないことにしたから。

 僕のクラスは全部で三十八人だ(もちろん僕を数えて)。僕は名簿で半分よりちょっと前くらい。「き」だからそんなところが普通だと思う。教室は人数のわりにはちょっと狭い。それに全体的にぼろぼろだ。黒板のまわりの木の囲いはいっぱい欠けて傷だらけだし、うしろの壁一面のクリップボードにはまだクラスの思い出も何もないのにわけのわからない紙とか新聞が貼り付けられている。明らかに以前のクラスの残りかすだ。三月の最後に掃除しなかったんだろうか。カーテンにはしみがいっぱいだし、窓ガラスだけはきれいだけど、窓枠は掃除されていないのがまるわかりだ。

 ひどいのは机だ。毎年冬に母さんの実家から送られてくるみかん箱のほうが清潔で机として優れている気がする。足がところどころ曲がっていてがたがたするし、彫刻刀で彫ったのか、知らない人の名前がずいぶん攻撃的な書体で書かれていたりする。こういうことするのは外見上悪ぶっている子とはかぎらない。じつは見えないところで小さないたずらをいくつも重ねている子なんてたくさんいる。僕はそういう子のほうが嫌いだ。もう彼らにはまったく正義が感じられない。大人が手を焼いているのはもしかしたらこっちの子供のほうかもしれない。

 僕の席は廊下と反対の窓際最後尾のひとつ前だ。あまりいい席とは言えない。黒板が遠くて見にくいし、下を向いているだけでマンガを読んでいると思われて先生が意味もなく威嚇するような視線を向けてくるし。僕は授業中にマンガなんか読まない。そこまで授業時間を持て余していない。そうでもない子がたくさんいるけど、僕は違う。

 この席のいいところもある。ふたつあって、ひとつは窓から見下ろす光景が悪くないことだ。三階から見下ろすと、中庭が一望できる。そこは「レインボーロード」って名前がついていて、カラフルなコンクリートブロックが敷き詰められている。たぶんみんな最初にこの中庭の名前を聞いたときには疑問に思っただろう。だって七色もコンクリートがないんだから。たぶんセンスのない先生が名づけ親なんだろうけど、誰がどう見ても虹の印象のかけらもない。その辺の舗装された歩道とかわらない。だから誰も中庭をレインボーロードって呼ばないらしい。みんな「中庭」って呼ぶそうだ。でも僕はレインボーじゃないのにレインボーロードと呼ぼうとする遊び心に打たれたから、あえてレインボーロードと呼ぶことにした。

 いいところのもうひとつは中庭のことを教えてくれた子が僕のうしろに座っていることだ。この子だけ僕に対して普通に接してくれる。それというのも、転校初日にこの子は学校に来てなかったからだ。新学期早々体調を崩して、家で休養していたらしい。まあ家以外のどこで休むんだって思うけど、僕はこの子が話したとおりに言っているだけだ。そう、この子どこかかわっている。話し方がどうにも説明くさいというか、一から十まで話さないと気がすまないみたいだ。そのためか話が長くて、僕はもう少し要点を絞って話したらどうかなって思うから、僕がアドバイスしようとすると彼はこう言った。

「あ、お前話が長いと思ったろ。俺もわかってるよ。じき慣れるさ」

 僕はこの子とならいい友達になれるかもしれないと少しだけ思った。



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