目次
ユークリッド-Eukleides-
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ピエール・ド・フェルマー-Pierre de Fermat-
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ピタゴラス-Pythagoras-
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ルネ・デカルト-René Descartes-
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アルキメデス-Archimedes-
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レオナルド=フィリオ=ボナッチ-Leonardo Fibonacci-
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ブレーズ・パスカル-Blaise Pascal-
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ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ-Gottfried Wilhelm Leibniz-
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アブラーム・ド・モアブル(Abraham de Moivre
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ヤコブ・ベルヌーイ-Jakob Bernoulli-
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ジャン・ル・ロン・ダランベール-Jean Le Rond d'Alembert-
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ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ-Joseph Louis Lagrange-
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ピエール=シモン・ラプラス-Pierre Simon Laplace-
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ジャン・バティスト・ジョゼフ・フーリエ-Jean Baptiste Joseph Fourier-
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ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス-Johann Carl Friedrich Gauss-
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ゲオルク・フリードリヒ・ベルンハルト・リーマン-Georg Friedrich Bernhard Riemann-
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アンドリュー・ワイルズ-Andrew John Wiles-
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ジュゼッペ・ペアノ-Giuseppe Peano-
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オーガスタス・ド・モルガン-Augustus de Morgan-
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ダフィット・ヒルベルト-David Hilbert-
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レオンハルト・オイラー-Leonhard Euler-
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最終定理-the Last Theorem-
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アンドリュー・ワイルズ-Andrew John Wiles-

79

ある日、ある森の中を、ひとりの超かわいい女の子が散歩していました。

「こないだママに買ってもらった新しい服一式、似合ってるかなあ。誰か見てくれる人いないかしら」

 そこへ、木の陰からひょいと姿を見せたのは、大きな口にむき出た牙を持ったトラさんだったのです。

「おやおや嬢ちゃん、素敵なアウトフィットだねえ。とってもファッショナブルだよ」

「まあトラさんこんにちは。そうでしょ? おニューなの」

「とってもよく似会ってるよ。もう食べちゃいたいくらいにねえ」

「そんな、食べられてしまっては困るわ。もうお洋服が着れなくなっちゃう」

「はあはあ、むふふ、そうかいそうかい。なら食べちゃうかわりにその春色のポシェットを置いていってもらおうか」

「そんな! これはおニューなのよ、今日はじめて外に持ち出したばかりで」

「じゃあお嬢ちゃんを食べちゃうぞ、ああ食べちゃうぞお」

「うう、わかったわ。ほら」

 女の子は大層悲しみながらポシェットをトラさんの牙に引っかけてあげました。

「違う! 首にかけるんだよ!」

「ごめんなさい! そんなに怒らないで!」

 首にかけ直してあげると、トラさんはうひゃひゃと大笑いしながら木陰の向こうへのしのしと歩き去ってしまいました。

「うう、ママああ」

 女の子はその場に泣き崩れてしまいました。しくしく。


80

「あのー」僕は挙手して発言の許可を申し出た。

「ダメ! これからなんだから! 正宗くんは黙って見てて!」女の子兼トラさん役の母さんはぴしゃりと言った。

「あのさ、ただちょっと飲み物ほしいからそこのカバンからお茶だけ出していい?」

「すぐよ。もう続きやっちゃうんだから」

 僕はさっと立ち上がり、ガジュマルの足元にあるカバンから図書館前で買ったお茶のボトルを取り出して、すぐソファに戻った。

「じゃあ続けます」


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 ウインドウショッピングやケーキのホール丸かじりといった楽しいことを考えて、なんとか気を持ち直した女の子は、立ち上がってさらに森を進んでいきます。

「意地悪なトラさんに、もう出会いませんように」

 女の子はプリティー全開に、お祈りのポーズをとります。これを見て惚れない男がいれば、そいつは絶対もれなくまがうかたなきまでにホモでしょう。

 しばらく歩いていくと、ふいにサボテンの隙間からとがった耳のオオカミさんが飛び出してきました。

「あらあ、えらいかわいらしいお嬢ちゃん、お散歩かい?」

「あらオオカミさんこんにちは。ええ、新しいお洋服を着てお散歩しているの」

「それはええねえ、ええのう、ええなあ。もうかわいらしすぎて噛みつきたいくらいやわあ」

「そんな、噛みつかれてしまっては困るわ。もうすぐ海開きだからお肌を傷ものにしたくないの」

「さよかさよか、ほなかわりにその薄水色のカーディガン置いていってもらおうか」

「そんな! これはおニューなのよ、まだ二回しか袖に通してないのに」

「そいだらお嬢ちゃんに噛みつくで、めっちゃ噛みつくでえ」

「うう、わかったわ。ほら」

 女の子は大層悲しみながらカーディガンをオオカミさんの耳に着せてあげました。

「なんでやねん! 耳に着てどうすんねん!」

「ごめんなさい! そんなに怒らないで!」

 背中にはおるようにかけてあげると、オオカミさんはカーディガンに袖を通してなははと大笑いしながらサボテンの隙間に消えてしまいました。

「うう、ママああ」

 女の子はその場に泣き崩れてしまいました。しくしく。


82

 海の家のかき氷やきれいな小麦色に焼けた自分の身体といった楽しいことを考えて、なんとか気を持ち直した女の子は、立ち上がってさらに森を進んでいきます。

「意地悪な肉食の人たちに、もう会いませんように」

 何度お祈りのポーズをしても、女の子は超かわいいのです。スクリーンセーバーにすれば、世界中のオフィスが女の子のかわいさに打ちのめされるでしょう。

 ふいに、こつんと女の子の頭の上で何かがはねて、地面に落ちました。やっぱりかわいく頭をさすりがら、女の子はかがんで落ちてきたものを見てみます。それはドングリでした。

「あら、どうしてこんなところにクルミが?」

 女の子は木の実に詳しくないのでした。

「ああ、どうもすみません」

 降ってきた声の主を探して女の子が顔を上げると、そこにはふっくら豊満なバストを持ったハトさんがいました。

「うっかり食料を落としてしまいまして。おケガはないかしら?」

「あらハトさんこんにちは。ええ大丈夫よ。髪のセットも乱れてないし」

「それは何よりね。あら、そのパンプス素敵ねえ」

「わかる? おニューなの」

「控え目な花模様がとってもいいわ。きっとお高いんでしょうねえ」

「そんなあ、まあね」

「あら、でもダメよぉ。そのワンピースとあまりマッチしてないんじゃない? 真っ白だからパンプスが目立ちすぎてるわ」

「そう? でもお靴がないと、お散歩を続けられないわ」

「ちょうどここに素敵なサンダルがあるの。これと交換しない?」

「やだ、それサンダルじゃなくてスリッパじゃない。いらないわ」

「そう言わないで。大人しく渡さないと、仲間を呼んで羽根埋めの刑に処してしまうわよ」

「そんな! まだ天使にはなりたくないわ。天使よりもかわいいけど、まだそのときじゃないの」

「なら羽根埋めよ、もう昇天するくらい羽根埋めよ」

「うう、わかったわ。ほら」

 女の子は大層悲しみながらパンプスを脱いでハトさんに差し出しました。

「なんで片方だけなのよ! 両方よ両方!」

「ごめんなさい! そんなに怒らないで!」

 両足とも差し出すと、ハトさんはくるぽっぽと大笑いしながらパンプスをくわえて飛び去ってしまいました。

「うう、ママああ」

 女の子はその場に泣き崩れてしまいました。しくしく。


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「あのさ、オオカミの耳にカーディガンも無茶だけど、ハトがパンプスくわえて飛び去るってのはもう不可能事なんじゃないかな」

「できるの! 大きいハトだったの、ワシくらいに!」

 そんなハトが飛んできてパンの耳をよこせと脅してきたら、僕は有り金はたいてコンビニでパンを買うだろう。こわすぎる。

「いいから見てなさい!」

 母さんは怒ったように言う。まだ続くのか。


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 明太子スパゲッティや明太子チャーハンの食べ放題といった楽しいことを考えて、なんとか気を持ち直した女の子は、立ち上がってさらに森を進んでいきます。

「意地悪な森の動物さんたちに金輪際顔を合わせませんように」

 女の子のお祈りはいよいよ遍歴の修道女の様相を呈してきて、神様すら彼女に平伏してしまうこと請け合いです。修道女なのに神様を超えてしまったのです。

 森の奥深くへ進んでいくうちに、頭上の木々が道を覆い隠してうす暗くなってきました。女の子は用心しながら歩を進めていきます。

 ふと、女の子の前に木漏れ日が一点に集まって妙に明るいスポットが現れました。そこにひとりの男性が立っています。日の光を一身に受けて、男性の整った顔立ちが輝いています。女の子はひきつけられるようにふらふらと男性へと近づいていきました。

 男性が女の子を認め、柔和な笑みを投げかけました。

「こんにちは、お嬢さん」

「あらイケメンさんこんにちは。ここはとても暖かいですね」

「僕の行くところはいつも暖かいのさ。太陽と友達なんだ」

「それは素敵なお友達。うらやましいわ」

「かわいらしいワンピースだね。白一色でまぶしいくらいだ」

「ありがとう。これおニューなの」

「それはよいことだ。しかし、ここはとても暖かい。ワンピースなんていらないくらいにね」

 たしかにイケメンさんの近くは暑いくらいで、彼も下着のみという軽快で破廉恥ないでたちです。とてもおしゃれとは言えませんが、顔がいいので女の子に不満はありません。

「どうだい? ワンピースを脱ぎ捨てて、僕と踊らないか?」

「でもこれを脱ぐともう素肌があらわになってしまうわ」

「いいじゃないか。君のきれいな肌を見てみたいと、太陽も言っているよ」

 耳をすませるしぐさを空に向けてイケメンさんは言います。女の子も注意深く耳を傾けてみましたが、空からは何も聞こえません。

「さあ、そんなもの脱いでしまって」

「でもでも、私この下はもう」

「いいから。脱いで」

 イケメンさんはずいと女の子に近寄り、強引にスカートをめくり上げて女の子を脱がそうとします。

「ほら、きれいな脚だね、すべすべだ」

「いやっ!」

 抵抗空しく、女の子はワンピースをはぎ取られてしまいました。イケメンさんは奪い取ったワンピースを腰に巻いて何やらおしゃれです。

「さあ、踊ろう」

「助けて!」

 無理やり女の子の手をとろうとするイケメンさんからどうにか逃れて、女の子は森のさらに奥深くへと走っていきます。

「うう、ママああ」

 しばらく走り続けて、息切れしながら女の子は木の陰に身を隠してうずくまり、その場に泣き崩れてしまいました。しくしく。


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 しくしく泣きまねをする母さんは、本当にワンピースを脱いでしまっている。そこまでリアルにこだわる必要があるのかきくところかな、と思ったけど、ずいぶん熱のこもった演技だったから、僕はなんとなく口をつぐんだ。このあとどうなるのか、けっこう気にしている自分を発見した。


86

 さすがに楽しいことを考え尽くしても、女の子はもう立ち上がる気力も起こりませんでした。それもそのはず、もはや女の子は胸とお尻と足しか護られていないのですから。裸に近い状態で、女の子は森に投げ出されてしまったのです。

 女の子が両膝に顔をうずめてしくしく泣いていると、向こうのほうから何やら言い争う声が聞こえてきました。

「何かもめ事かしら」

 女の子は立ち上がり、できるだけ身を隠しながら声のほうへと近づいていきます。

 大きな木の幹から顔だけ覗かせると、木々で覆われた広場に、トラさんとオオカミさんとハトさんとイケメンさんが揃っていました。みんなでもみくちゃになって何やら言い争っています。

「全部俺のものだあ」トラさんがポシェットを首にかけてうなるように言います。

「アホか、わしがもらうんじゃ」オオカミさんがカーディガンを身につけてとがった耳をぴんと立てながら言います。

「あら、全部私のものよ、ちょっと胸に触らないで!」ハトさんが細い足にパンプスを履いて胸を触ろうとする手をくちばしで突きながら言います。

「おやおや、てっきり全部僕のために存在するのかと」イケメンさんがおしゃれにワンピースを腰に巻きつけたまま、隙あらばハト胸を触ろうとして突かれた手をさすりながら言います。

「どうやらみんな私のものを巡って争奪戦をしているみたいね。私のものなんだから、みんなが魅了されるのは当然だけど」

 女の子は、勝ち残ったひとりへうしろから近づいていって、そばに落ちていた木の棒で殴って殴って殴り倒してすべてを取り返す、という超クリティカルな作戦を思いつきました。そのために、しばらく隠れながら成り行きを見守ることにしました。

 くんずほぐれつのケンカはますます激昂し、みんなは次第にひとかたまりとなっていきます。ハトさんの飛び散る羽根の量が、ケンカの激しさを表しています。

 風が吹き抜け、ハトさんの飛び散った羽根が広場を舞い、みんなを覆い隠してしまいました。女の子は肌をこすって風の冷たさに堪えながら、じっと風が止むのを待っていました。

 風が止み、羽根が舞い落ちるとそこにはみんながもみくちゃにくんずほぐれつ絡まって出来上がった大きな毛糸玉が落ちていました。みんなはあんまりくっついてくちゃくちゃにケンカしたため、毛糸玉になってしまったのです。

 女の子は広場に出ていって、毛糸の隙間から自分の服たちを取り出して身につけました。これで元通りです。

「服も返ってきたし、こんなに大きな毛糸玉も見つけちゃった。今日は素敵な日だわ」

 女の子は大きな毛糸玉をころころ転がしながら、家へと戻りました。

「ただいま」

 女の子が家のドアを開けると、女の子のママが編み物をしていました。

「おかえり。あらどうしたの、その毛糸玉」

「森でお散歩してたら偶然見つけたの」

 女の子はちょっと嘘をつきました。森で半裸にむかれたなどと本当のことを話してしまうとお嫁に行かせてもらえなくなるからです。

「それは素敵ね。さっそくそれをつかっておニューなお洋服をつくりましょう」

「ありがとう、ママ」

 こうして女の子は新しいお洋服を手に入れ、それを着てお見合いに出かけるのでした。おしまい。