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もくじ

もくじ

・九つの命――アユ

       ――みんな一緒に

・ねえ、傘、貸して

・輝きの日

・トイレ同盟

 

あとがき







 


各作品のあらすじと読みどころ

*「九つの命」――「アユ」
【あらすじ】

 段ボールに入れられて川に流された生まれたての九匹の子猫たち。一匹だけが生き残り、年老いた猫を仲立ちに、神様と約束をする。その約束は、使命でもあった。

【読みどころ(抜粋)】

 そう言って、年老いた猫はいきなり、「あっくっしょん、ひくひく」とくしゃみをして、右の前足で鼻をこすりました。そして、再び話し始めました。
「わしは、もう年を取りすぎていて、おまえにこれ以上、手を貸すことはできない。あとは、次郎さんが、おまえを新しいお母さんのいるところへ、早く連れていってくれるかどうかにかかっている。ただ、次の約束をすれば、きっとおまえの命は助かるだろう」
 おじいさん猫は、続けて次のような話をしました。
「おまえを含めて全部で九つの命を、おまえに預(あず)ける。ただ、預けるのはわしではなく、猫の神様だ。その九つの命を守るために、一生懸命に生きる気持ちさえあれば、必ず新しいお母さんのところへ行き着くことができる。そのつもりがなければ、途中で、きょうだいたちと同じ運命をたどるだろう」
 ここで年老いた猫は、子猫の目をじっと見つめました。
「おまえは、生きたいかい?」と、年老いたが尋ねました。
「はい、生きたいです。せいいっぱい生きたいです」と、おじいさん猫の目を見て答えました。

 

 

*「九つの命」――「みんな一緒に」
【あらすじ】

 九匹の子猫の中で一匹だけ生き残ったアユが、神様から与えられた使命を果たそうと奔走する。その使命には、ある条件があった。誰もがいつか経験しなければならない宿命を受け入れる命たちの物語。

【読みどころ(抜粋)】

 年老いた猫は意外な話をし始めました。アユを含む九つの命には、ある共通点があるというのです。

 興味津々のアユは黙って耳を傾けました。声は、ときおり、むんぐむんぐと口ごもって聞き取りにくくなります。話しにくい内容を口にしているからだけでなく、歯がところどころ欠けているからです。なにしろ、その年老いた猫は、人間の年齢でいうと百二十歳で、神様に召(め)されたのでした。
「難しい話をするが、質問はしないで聞いてくれ。むんぐむんぐ」と断り、ごほっと咳払いを一つした後に、再び声が聞こえてきました。
「いいかい。本当は猫の神様も、犬の神様も、人間の神様も、草木の神様も区別はないんだ。神様は無数にいる。神様は、無数のものにとっての神様なのだ。神様は、無数の命の一つひとつにとっての神様だということらしい。だから、神様は一人だとも言えるし、無数だとも言える。むんぐむんぐ――」

 ここで、年老いた猫の声は少し聞き取りにくくなりました。でも、すぐに長い話が続きました。

「最近、天にいる無数の命たちのうちの一つから、こんな話を聞いた。天にいる命たちは待機中なんだそうだ。わしも自分がもう猫ではないことは薄々感じていたんだが、どうやら命は形を変えるらしい。そして、いつかここから下りる時が来るという。それがいつになるかは、神様にもわからない。むんぐむんぐ、ごほっ――」

 少し沈黙が続きました。アユは耳をそばだて、声の聞こえてくる空を見上げました。空には数えきれないほどの星が輝いています。アユには、その星たちが、年老いた猫の言った無数の神様のように思えました。

 

 

*「ねえ、傘、貸して」
【あらすじ】
 小学校二年生のあいちゃんが、同じクラスの愛(めぐむ)という名の男の子が学校に来なくなったのを心配する。あいちゃんが愛の家を訪ねようと決心した日、道で雨にあう。どうして?

【読みどころ(抜粋)】

 あいちゃんと愛さんは、小学校に入学したときから、同じクラスです。初めて、クラスのみんなと顔を合わせた日のことを、あいちゃんはよく覚えています。
 先生が、男子女子に関係なく、あいうえお順で、苗字と名前を合わせて、さん付けにして呼んでいきました。苗字と名前を呼ばれて、「はい」と元気に返事をして、起立します。そして、「はじめまして」とおじぎをしながら言ったあと、時計の針と同じ向きにまわりながら、教室の中を見わたすのです。みんなに名前と顔を覚えてもらうためです。そのときです。先生が言いました。
「恵(めぐみ)あいさんと、相田愛(あいだめぐむ)さんって、何となく似ていない?」
 二人の名前は、先生の持っている名簿では離れています。愛さんの名前は、最初に呼ばれました。あいちゃんの名前が呼ばれたのは、だいぶたってからです。それなのに、「何となく似ている」と先生が言ったことが、あいちゃんには不思議でたまりませんでした。
 どうして?

 


*「輝きの日」
【あらすじ】

 在日の日系外国人の一家をめぐる物語。日本語が得意で社交的な妹と、日本語ができない内向的な兄。経済的な事情で二人とも小学校に通っていない。兄は、入院した父親の口から、曾じいさんの語ったという生と死にまつわる話を聞く。死が間近に迫った父親は、死への恐れではなく、生き続けるための力を、ある「印(しるし)」によって息子に贈る。

【読みどころ(抜粋)】

 お父さんの話はよく飛びます。最初のうちは、子どもだったころのいろいろな思い出がほとんどでした。川での釣り、木登り、農場での手伝い、いたずらをして叱(しか)られたこと、家で飼われていた家畜の出産、初めて海を見た時の驚き――カルロスにとっては、初めて聞く珍しい話ばかりでした。
 そのうち、お父さんのお祖父ちゃん、つまりカルロスにとっては曾(ひい)じいさんに当たる人が、よく語ってくれたという話をするようになりました。

――生きていると、苦しいことや、悲しいことがたくさんある。痛い目や、つらい目にも何度かあう。しかし、それが生きているという証(あか)しなのだから、受け入れるほかない。毎日、働けるだけで、人は感謝しなければならない。働ける土地があり、土地にまく種があり、土地に雨が降り、種から芽が出る。それだけでも、奇跡なのだ。畑に水を運び、手入れをし、その日のご褒美(ほうび)として食べ物を口にし、飲み物で渇きを癒(い)やす。それだけでも、奇跡なのだ。奇跡はすべての物に宿っている。生きた物にも、生きているようには見えない物にも。

――時には歌をうたって天と地をたたえ、生き物やいろいろな物たちの声に耳を澄まし、作物が育つことを祈る。そうすれば、やがて実りの時期がやってくる。もちろん、嵐もあれば、天から氷のかけらが降ることもある。日照りの日ばかりが続くこともある。育てている作物が、病で枯れることもある。すべては、天と地が何かを知らせるためにしていることだ。だから、人はその何かを知る努力をしなければならない。だが、その何かは、結局は分からない。知る努力をすることだけが大切なのかもしれない。

――神父様は天と地が知らせているその何かが分かると言うが、わたしには、その何かは分からない。わたしは、神父様よりもガテ様のほうが偉いと思う。ガテ様は分からないことは分からないとおっしゃる。分かる必要もないとおっしゃる。わたしには、ガテ様のほうが正直に思える。

 そんなふうに、お父さんは、お父さんのお祖父ちゃんの言葉を伝えます。いつの間にか、カルロスは、お父さんがその「お祖父ちゃん」になって、自分に語り掛けているような気持ちがしてきました。

 

 

*「トイレ同盟」
【あらすじ】

 他人がそばにいると緊張しておしっこができない二人の少年。中学に進学した今、新しい環境の中でどうやってトイレ問題を解決するかが緊急の課題だ。あきらめかけた友達を励ます少年のちょっとナーバスな気持ちと、付き合いかけた女の子への淡い恋心を描く。

【読みどころ(抜粋)】

 始業式兼対面式の翌日、中嶋慶太(なかじまけいた)は早めに学校に着いた。校内は、しーんとしている。朝の練習のために登校したらしい、運動部かブラスバンドに属していると思われる生徒たちの姿が時折目に付くくらいだ。

 勝手が分からない一年生に見られないように平静を装い、慶太は足早に校舎内を歩き回った。建物の各階を手際よくチェックしなければならない。「2年B組」、「美術室」などと記されたプレートや、ドアの窓ガラスにペンキで書かれた表示を横目で見ながら、ひたすらトイレだけを探す。

 見つかると、男子トイレの出入り口の前で足を止める。あたりを見回して、すばやく戸を開ける。小便器、そして仕切りで囲まれた大便所の数と、手洗い用の台の位置を確認する。

 小学校のトイレに比べて汚く、雰囲気が暗い。建物自体が古いせいかもしれない、と慶太は思う。
 小学校では、音楽室と家庭科室が並ぶ階の端にあったトイレが一番利用しやすかった。めったに児童が入らないからだ。特別な授業のためだけに使われる部屋の近くのトイレ――それが狙い目だ。

 教員用トイレもいい。便器のある仕切りの中に入ってさえしまえば、緊急用として役立つ。だが、女子トイレは、たとえ緊急時でもパスだ。何事にも、絶対にやってはいけないことがある――。そう考えた慶太は、ある出来事を思い出した。

 





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