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 高田馬場の改札を抜けてロータリーに向かい、西武線の改札を右手に見るあたりで私は後悔する。やっぱり「欠席」と返事をすればよかった。卒業してずっと欠席し続けていたOB会なんだから、今年も欠席したところで誰も何も思わないかっただろう。

 夏が終わり、冬が始まり、ほんの一瞬だけ存在する秋のような秋じゃない夜に私はミッドナイトブルーのシックなワンピースでお店に向かう。私たちが毎年送別会で使っていたイタリアンレストラン。ハイヒールの音を、ハイヒールの音が似合わない街に響かせながら向かう途中、私の知っていたお店はどこもかしこも私の知らないお店に変わっていて、それでもまだあのお店は営業をしていることに軽く驚く。そして、私がこの駅に降り立ったのが10年ぶりだということにも。

 

 部室でただ音楽を聴いて、たまにコンサートに行って、たまに旅行に行くだけのそんな目的意識も意欲もないようなサークルは、私が在学中は毎年総勢20人くらいで、私と一緒に卒業したのは6人だった。毎年お正月に連絡のある晴美がいつもOB会の連絡をしてくれるのだが、なぜか今回は「10年ぶりなんだから来て欲しい」というコメントがついていて、それに流されるように参加することにしてしまったのだ。

 

 大通りを歩きながら、あの頃を思い出す。一番仲の良かった莉奈のことを。

 

 彼女も私も、大学で初めて東京に出てきたクチで、右も左も分からない大学と上も下もわからないような東京と、四方八方わからない毎日を過ごす者同士が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。私は出身が仙台で彼女は山形。学部も同じ、第二外国語も同じ。なんとなく参加したサークルの新歓コンパで知り合って、ずるずると二人で一緒にいる時間が増えていった。

 小さい喧嘩もしたし、一緒に遊びにも旅行にも行ったし、恋愛の相談にものったし、人生についても語り合ったし、お互いの家を何度も行き来もした。実家にだって行き来したことがある。サークルの誰もが知る仲のいい私たち。だった。

 悲しいことに、もう、過去形だ。こんな風になるなんて、あの頃は誰にも、私たちにもわからなかった。でも、今が現実だ。

 

 彼女も私も、自分一人で食べていけるようにしたいねというのが口癖で、当然就職先も「専業主婦」という単語を視野に入れたものではなく定年まで働くことだけを考えた上での選択になっていて、私たちは奇遇にも同じ職種を希望していた。

 「残念ながら貴意に添いかねる」という言葉をいくつも貰う中で、希望する職種の中で唯一選考に残っていた会社の最終面接会場を出たところで、彼女にあの時会わなければもしかしたら事情は変わっていたのかもしれない。面接会場を出て、最寄駅ではなくて近くの喫茶店にでも入ればよかったのかもしれない。よくある話で、私は採用されて、彼女はその会社にも採用されなかったし、その職種の企業のどこにも採用されなかった。結局彼女はその面接の前日に受けた会社の内定をもらい、そこに勤めることになった。仲が良かったからこそ、隠すわけにもいかず私たちは全てを明らかにした。そんなことで友情が壊れるなんて思っていなかったから。

 でも、私たちはとても幼く、私はなんとなくどう接したら良いのか不安を抱きつつの会話となり、彼女は彼女で悲しさや辛さを抱えた上での会話となってしまい、二人の間で会話は徐々に少なくなり、夏休みが終わる頃にはあの仲の良かった二人は何処かへ行ってしまった。当然サークルの仲間も幼く、幼い私たちにどう接して良いのかわからず、私たちの間に漂い続けたその重量のある空気が動かされることは、卒業までの間も、卒業後もなかった。何がきっかけでもない。誰が悪いのでもない。ただ、幼く、そして、リカバーできるタイミングを逃し、ただ漫然と月日を重ねてしまったのだ。目尻のシワが目立つようになってしまうまで、何もしないまま過ごしてきたのだ。

 

 信号を渡り、歩幅とヒールの音は小さくなる。店の前に続く路地に入るとさらに歩幅は小さくなる。今からでも「体調が悪くなって」と言えば済むのかもしれない。でも、どうせここまで来たなら、という気持ちもある。もちろん晴美にも申し訳ないという思いも、ある。

 

 そう。今も私は、幼くて、あの頃と何も変わっていないのかもしれない。

 

 丁寧に、じっくりと店の前にたどり着いて私はため息をつく。そしてドアを開く。店員に幹事の名前を告げる。

 

 テーブルには晴美がいた。久々の再会を大袈裟に喜ぶ子もいれば、私が来たことに驚いている子もいる。10年経っているけれど、流石に見た目は変わっていないから誰が誰だかすぐにわかるのと同時に、たった6人の同期なのに私のせいで全員揃うことはなかったのか、と今更ながらに気付く。そして、一番端の席には莉奈がいる。

 

 目と目が合って、妙な緊張が漂う。莉奈と私の間に。それに気づく同期の間に。私の登場へのセレモニーは静かにフェードアウトし、店内のBGMと食器の音が際立ってくる。でも、何を言えばいいのかわからない。莉奈もきっと同じ。同期のみんなも。そんな私たちを見ながら晴美がボソッと口を開く。

 「あのね、今日ね、莉奈も卒業以来初めての参加なんだよ。あんたたち、本当気が合うんだね」

 言った後で晴美はご機嫌を伺うように私と莉奈の顔を交互に見比べる。周りのみんなも。

 

 

 私は思わず安堵のため息をついて「なぁんだ……」と笑ってしまう。莉奈も同じタイミングで笑う。莉奈の目尻にも、私と同じくらいのシワが刻まれていた。


この本の内容は以上です。


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