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はじめに

先日、夢を見ました。

 

美術館か、水族館、ゲームセンターを思わせるような広い場所を歩きながら、展示されている作品を見ていました。夢の中だということに気づかず、壁際に並べられた解説文や、壁に展示された絵を見たり、中央に島式で展示されたケースの中を覗いたりしていると、壁の絵の画風がさっきまでとは一変していることに気づきました。そんな一瞬でいっせいに絵を取り換えることなどできませんから、その時点で夢であることに気づきそうなものですが、私は相変わらず、「こっちの画風のほうがいいから、取り換えて正解だな」などと考えながら鑑賞を続けていました。

 

すると、今度は、展示物ではなく、室内そのものの様子が一変してきました。リアルタイム仮想現実や、動画を絵画風に変換するソフトのような感じで、実際にあるものをいったん画像処理した結果を見せられているような感じに、世界全体が変わってしまったのです。

 

そこで私は目が覚めて、夢であったことを知りました。その時点では、まだ、奇妙な夢だったなあくらいにしか思いませんでしたが、少しして、「これは、文明社会の未来図を予兆させる夢だったのではないか」と気づき、ゾットしました。

 

エドワード・T・ホール著『かくれた次元』は、翻訳が1970年に出版された古い本ですが、都市化して人口密度が高い中で暮らすときに、人々にどのような影響が出るのかといった観点から読むと、大変示唆に富んだよい本です。過密な空間でのストレスを和らげるには、集合住宅のようなコンパートメントに閉じ込めておくのがよいという研究結果が示されています。現実の社会もその後、都市への人口集中が進み、多くの人がコンクリートに囲まれた集合住居に住んでいます。

 

そうした中で展開されている暮らしは、どんどん仮想化していきます。分業が進んで全体像が見えなくなってきたことは前からあった動きですが、テレビやネットを通じて得る情報に影響されたファッションや思想形成もまた仮想化の1つといえます。ネット上では、本人のアイコンとして、極端にアニメ化された画像が使用されていることも仮想化の動きといえそうです。人気のある観光地は、仮想現実でしかない夢の国であったり、伝統的な家屋なようで近年になって建てられた芝居の書割のような場所であったりもしています。

 

こうした動きの先にある世界として、極端に狭い空間の中で暮らしながら、頭に装着したリアルタイム仮想現実装置によって満足感を提供される中で人々が生きる未来像がある、そしてそのような未来像を私は夢の中で体験したのかもしれない。そう思えたのでした。

 

この本では、私が2014年から2019年までの5年間にブログに綴った記事をテーマに沿って編成し、編集を加えながら、青い空の下で生きることが幸せなのか、それとも、屋内に描かれた偽の青い空を見ることが幸せなのかを問うていきたいと思います。

 

 

 


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第1章 アセンブリのような言葉を使う人々:ピダハン

2012年にみすず書房から『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』という本が出版されました。名古屋駅にある、まだまともだったジュンク堂で、この本を見つけて購入したことで、私は多くのことを学びました。まずは、南米アマゾンに住み、独特な言語を使う、少数民族、ピダハンに関する記事をまとめてご紹介します。

 

1. 本のご紹介 

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』に対する私自身の書評を転載しておきます。

 

1.1 人類の未来図:直接体験の原則(IEP)

 

アマゾンに住み、数百年間に渡って伝道師と接触しながらキリスト教を受け入れることなく、ついに伝道師を無神論者にしてしまった、愉快な人々の話です。残念なことに400人ほどの集団であり、消滅しかけていますが、ピダハンの人々の生き方に人類の未来図があると私は考えます。最初のほうで、著者がアマゾンに赴任したころ、家族がマラリアにかかったときの苦労話が延々と書かれていたので、挫折しかけました。しかし、この本は、とにかく驚くべき価値観を持って、幸せに暮らすことのできている人々について知るために、極めて貴重な本であると思います。

 

1.2 江戸時代の日本との共通性

 

(ここは、あまり重要でないので時間のないかたは読み飛ばしてください。)
初めに気付いたのは、先日読んだ『逝きし世の面影』で外国人たちが記している当時の日本の庶民と共通する点が多いということでした。
・こどもを叱らない
・大人とこどもの区別が少ない(こどもを大人扱いする、大人も遊ぶ)
・人々が笑顔である
・人々が健康そうである
・物をできるだけ所有しない
・身内意識から来る扶助精神と、運命を受け入れることから来る一種の冷淡さ
・精霊的な存在を信じている
・歌が生活の中にある
・地域社会の運営が民主的である
特に最後の点は、重要であると思います。

 

1.3 言語の特徴

 

ピダハン語は、人類がベーリング海峡を越えてアメリカ大陸に進出する以前から、アマゾン地域に暮らしていた人々の言葉ではないかといわれるほど、周囲に類似する言葉のない言葉です。
多くの特徴があります。

・右、左を表す言葉がない。
・数を表す言葉がない。
・色を直接表す言葉がない。
・家族関係を表す言葉が少ない。
・創世神話がない。
・リカージョン(入れ子)がない。
・5つのチャンネル(語りの方法)がある。
信じられないほど、変わった言葉であると言えると思います。そして、このような言語が使用されるのは、ピダハンの人々の価値観が背景にあり、チョムスキーの理論を覆すものであると著者は言います。

 

1.4 直接体験の原則によってもたらされる幸せ

 

著者は、伝道師として赴きながら、聖書をピダハン語に翻訳する必要性から前任者が誰もなしえなかったピダハン語の解明を進めました。そのためには、ピダハン的価値観について学ばざるをえませんでした。
そして、ピダハンの人々が直接体験の原則を何よりも重視していることを理解しました。最後にいたったのは、誰も直接合ったことのない神をピダハンの人々に信じさせるのは無理であり、むしろ、ピダハン的価値観で生きるほうがずっと幸せであるという結論でした。
ピダハンの人々は夢や精霊も直接の体験としながら暮らしています。

 

1.5 人類の未来図

 

読了して最も感じることは、ピダハンの人々が持つ価値観が人類の未来を作るために必要な価値観であるということです。現代人を蝕む心の問題は、ピダハンの人々のように今日のことだけ、現実だけを重視して暮らしていれば、発生しないとこの人々は教えてくれています。難しい法律も裁判所も学校も必要なく、会社もいらなければ、税金もいりません。地球環境を破壊することもなく、就職口を心配する必要もなく、嫌な上司もいません。原発も、遺伝子組み換えもなく、無理に進めようとすれば共同体から追い出されてしまうだけです。直接体験の原則があるので、「TPPに加わらなければ競争力を失う」などと脅されることもありません。もちろん、そこは楽園などではなく、人々は、睡眠時間を削ることや、食事を抜くことによって自分を鍛えながら暮らし、時には殺人事件も起きます。平均寿命は45歳ほど。しかし、この本を読んで、私は、直接体験の原則以外に、人間が生物として生き残る術はないのではないかとまで考えるようになっています。この本の重要性を伝えるには、私は力不足だとつくづく感じますが、少しでも伝えられたなら嬉しいです。

 

以下、この本に感化されて記したブログ記事をご紹介していきます。

 

2. アセンブリのような言語を使う人々:ピダハン(2014年2月20日) 

 

ピダハンについて知ってから、この人たちの暮らしにならうことでしか、人類の未来はないとまで思うようになっています。

 

・環境を破壊しない(貯蔵も栽培もしない)

・身分差別がない(誰も一人では生きられない/誰もが同じ/貧富の差がない)

・不当に逮捕されない

・不当に奪われない

・心の健康が損なわれない

・社畜になる必要がない

・宗教対立がない

・国境がない

・お金がない

 

ピダハン語は、「直接経験の原則」をどこまでも守る価値観によって生まれた言語であるため、抽象化を非常に嫌い、色を直接表現する単語さえありません。ピダハンの人々は、現代人が直面するさまざまな問題と無縁な社会を作りあげる一方で、将来を思慮しないことと、体と心のたくましさを得ることにより、生物としての人間が直面せざるを得ない問題(生老病死)に対しても非常にうまく対処しています。

 

ピダハンはスピリチュアル、環境問題、社会問題、歴史、経済など、さまざまな分野に対してとても興味深い価値観を提供してくれると思います。

 

3. ユートピア/哲人政治/桃源郷/ピダハン (2014年4月22日)

ユートピアは管理社会

哲人政治は独裁政治

桃源郷はユートピアの去った後の諦めの世界

ピダハンは現実の世界

 

ユートピアを求めた人間は、

現実に管理社会に突入している。

政治に倫理を求めてみても

独裁政治が待っている。

では諦めて精神の世界に逃避できるかといえば

それもできない。

 

ユートピアを夢見ず、

哲人を期待せず、

自然の中で

たくましい自分を作り上げて暮らす

人間にだけ

未来が待っている。

 

(解説)

古来より、さまざまな理想社会が思い描かれてきました。けれど、どの社会も、その行きつく先は、理想とは程通い死の世界でしかありませんでした。しかし、失望する必要はありません。現実に生き、楽しく暮らしている人々の作った社会が南米アマゾンに実在していたのでした。

 

4. 視野を極端に限定することで得られる幸福(2014年3月2日)

 

今日もピダハンについて書きたいと思います。

 

ピダハンが生物として直面する問題、つまり病や老いや死に対して、不安を抱かない理由として、先のことを考えず、毎日目の前の現実だけを相手に暮らしていることが挙げられていました。

 

ここに、人間は知れば知るほど不安が増えるから、知らないままで済ませておこうという知恵があると思います。

 

事故や事件がおきたり、伝染病が流行したり、異常気象が発生したりと、不安の種はつきないけれども、あるがままを受け入れる覚悟を決め、将来を考えることなく日々を送ることにより、他のどの民族よりも笑顔の多い社会が実現されているということです。

 

実際、テレビを見なくなってから、世界はなんて安全で平和なのだろうと感じることが多くなりました。

 

また、人間はいずれ真理に到達すると確信して知識を増やせば増やすほど、人間の精神が侵されていっていると実感している人も多いことでしょう。

 

視野を広げ知識が増えることによって、身近にいたまっくろくろすけたちも姿を消しました。

 

今の私は、真理を得ようとすること、知識を広げて将来を予測しながら生活することよりも、あるがままを受け入れ、視野を限定し、精霊などを受け入れながら暮らすことが人間本来のありかたであると思えてしょうがありません。

 

こんな考えはおかしいのでしょうか?

 


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第2章 狩猟採集者たち(書評集)

ピダハンを知って、人の本来の生き方を知りたいと思った私は、人類誕生以来の続いてきた暮らし方である狩猟採集生活に注目することになりました。この章では、その中で出会った本たちをご紹介します。狩猟採集生活は、数百万年にわたって続けられてきた、人類の本来の暮らし方でしたが、1万2000年ほど前に人類が定住を開始し、農耕を始めたことで、ついに終わらされようとしています。

 

1. 書評『「森の猟人ピグミー」コリン・タンブール(著)藤川玄人(訳)(筑摩書房 1966年9月)』

良質なフィールド・ワークで知る「森」の持つ意味 

 

この作品は、1966年に筑摩書房から出版された『現代世界ノンフィクション全集9』に「極北の放浪者」、「カラハリの失われた世界」とともに収録されています。単行本としては、『ピグミー森の猟人―アフリカ秘境の小人族の記録』に該当すると思われます。 狩猟採集生活と農耕生活の違いに気付き、世界の狩猟採集民を知ろうと考えて入手した一冊です。

 

『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』と同じように相手を尊重する態度で研究し、魅了された人物によって書かれている良い本です。

 

著者のコリン・タンブールが一緒に過ごした相手は旧ベルギー領コンゴ、現在のコンゴ民主共和国にあるイトゥリの森に住むピグミー族でした。1950年代のことです。紀元前二千五百年のエジプトの記録にすでに登場しているピグミー族は、定住民と接触を保ちながらも、4500年経た今も狩猟採集生活を続けています。

 

1951年に初めてイトゥリの森を訪れたタンブールは肉をたずさえて農作物と交換しようとやってきたピグミーと出会いました。ピグミーたちは土地の定住民(「ニグロ」と表記)の部落にいる間はニグロの風習に従いながら、ニグロとはまったく違う価値観を持ち続けており、森では別人のように充実して有意義な生活を送っています。

 

二度目の訪問でピグミーたちと親交を深めたタンブールは、出発の直前、ピグミーたちから額に「森の男」刻印を刻まれました。そして、二年の後にイトゥリの森に戻ることになったのでした。

 

ターンブルは、部落を離れて森の生活に戻るピグミーたちに同行し、文章の端々にピグミーに対する尊敬が感じられるこの本を書いたのでした。本書を読むことで、狩猟採集生活を送る人の価値観とはどのようなものであるのかを想像できるようになり、狩猟採集生活と農耕牧畜生活の間にある大きな価値観の違いがわかってきます。

 

この素晴らしい異色の人類学者コリン・タンブールの本はもうあまり出回っていません。今、私は、同氏の『豚と精霊』を読んでいます。少し難しい内容になっていますが、興味のある部分を読むだけでも随分学ぶところの多い本です。

 

私はタンブールに出会って、ピダハンと出会ったときと同じような興奮を覚えています。きっと、今後の人類のありかたを考える上でとても重要な情報を残してくれた研究者です。

 

タンブールは、森という神聖な存在とともに生きるピグミーの歓喜と、子豚のように泥にまみれて生存競争にあけくれている文明社会を念頭にしたと思われる『豚と精霊』を著した跡で消息を絶ったそうです。伝道者をやめたダニエル・L・エヴェレットに通じる逸話のように感じます。タンブールは、人にとっての「森」の意味を教えてくれています。

 

 

ピグミーの家をネットで検索してみてください。このような場所に暮らす人々が、神聖な存在とともにあり、有意義で充実した生活を送っています。

 

2. 書評『身体の人類学 カラハリ狩猟採集民グウィの日常行動菅原和孝(河出書房新社 1993年1月)

「制服」を是として彼らを滅ぼし、滅びようとする私たち。理想を目指す知ではなく、彼らの生の知こそ必要なのだ

 

宗教・儀礼・法・社会制度などの<未発達性>によって特徴づけられている平等主義社会。それは、「身体の濃密なまじわりを最大限保証する」ことこそが最も基底的な特徴であり、「制度的未発達性」はその裏返しにすぎないのではないかと問い、身体に注目したフィールドワークを背景として本書は書かれています。

 

著者は1993年当時、京都大学総合人間学部助教授であり、1967年からグウィ=ガナ(いわゆるブッシュマン)のフィールド・ワークを続ける田中二郎教授に声をかけられたことで、霊長類の研究から鞍替えをしました。

 

「ひとくちにいえば、人間はもっとべつなふうに生きることもできるんだ、という感覚。田中二郎もまた、その著作や論文のなかで、いまなお自然の恵みに全面的に依存して生きている人々がいることに対する感動と驚きをくりかえし語っている。定住化をしいられ、伝統的な狩猟採集生活が見る影もなく衰退したいまでもなお、私はグウィの人々の生き方に心を揺さぶられ、かれらに得体の知れぬ敬慕の念を感じる。なぜそうなのかを、私は、田中が明らかにした生態学的適応とはちがう次元、すなわち人々のあいだの身体的なかかわりという次元から語ろうと努めなければならない。(31ページ)」

 

この本を読んだのは、2年程前であると思いますが、記憶に残っている内容がいくつもあります。それらは、本来のヒトのあり方を考える上で、やはりなくてはならない知識だったのだと感じています。聖人君子でもなければ、ロボットでもない人間。他者や他種を「制服」する道を選べば、自分自身も存在できなくなってしまう。彼らのあり方を知ることが、「制服」しないあり方を知ることになるはずです。

 

 

政治・社会・宗教。あらゆる問題の原点として彼らのあり方をとらえるべきなのです。

 

3. 書評『アボリジナル オーストラリアに生きた先住民族の知恵』ジェフリー・ブレイニー(サイマル出版社 1984年12月)

 

さまざまな研究をとりまとめた、アボリジニの古い世界を伝える貴重な一冊

 

白人の入植後、多数のアボリジニ(この本では「アボリジナル」)が殺され、生き残りの人々にも同化政策がとられたのだから、当然、昔ながらの生活をしているアボリジニと生活をともにすることはできません。だからピダハンとは違い、その世界観を丸ごと知ることはできません。
この本は、過去の研究から、さまざまな領域でアボリジニの実態に迫ろうとした本でした。

過去の研究で、アボリジニの世界観が調べられていないため、アボリジニの行動の背後にある考えをこの本から知ることはできません。

この本で知った最も重要なことは、狩猟採集社会のほうが飢饉に対応できるという解釈でした。狩猟採集生活では、移動のために、赤ん坊や老人が犠牲とされるという短所がある一方で、農耕の開始以降よりも豊かな食生活をしていたという見方は、新しい視点を与えてくれました。

新生児と老人の死という犠牲があるとはいえ、死んだ後も精霊として身近な場所にとどまるという世界観(現実)を持っていたならば、死をそれほど特別視する必要がなくなるのかもしれません。生まれた子をそのまま精霊として返してしまうことのあるヤノマミ族など、人間は人口の増加を防ぐために、罪悪感なく子を間引くことのできる世界観を作ってきたのかもしれません。

アボリジニについてもう一つなるほどと思う点は、過酷な環境に合わせた肉体の変化です。「水木しげるの大冒険〈2〉精霊の楽園オーストラリア(アボリジニ)」でも感じましたが、人間の体は、環境によって異なっていくことが当然であって、今のように世界中どこでも冷暖房を付けて同じように暮らそうというのは、不自然な状態なのではないかと感じます。

 

4. 『子どもの文化人類学』原ひろ子 (著)(晶文社 1979年2月)

子育てを遊びととらえ、「教える」「教わる」という概念を持たないヘヤー・インディアン。十三、四歳になった男の子たちが家出をするバングラディッシュのイスラム教徒など子育ての多様性を描く。

北米の狩猟民ヘヤー・インディアン、各地のイスラム教徒、イスラエルのキブツ、離婚とディズニーに見るアメリカの様子を中心に、さまざまな文化の中で育つ子どもたちの姿が描かれています。

中でもヘヤー・インディアンに多くのページが割かれており、厳しい環境の中で狩猟生活を送る人々の世界観を知ることができる貴重な資料になっています。 イスラム教徒についても多くの記述があります。13歳ほどで初潮を迎えると学校もやめて家に閉じこもり、すぐに結婚を迎えて15歳で出産するイスラム教徒の女性の生き方など、なじみのうすいイスラムの世界について知ることができました。 1979年の本ですので、現在では大きく状況が変化していると思われます。

この本に描かれたヘヤー・インディアンの子育ては、人は自然と密着して生活していればいるほど幸せなのではないかと感じさせてくれるものでした。 以下、ヘヤー・インディアンについて詳しく記してみたいと思います。

カナダの北西部の極北地帯から南西部にかけて先住するヘヤー・インディアンの伝統文化について、WikiPediaには次のように記述されています。

多数のバンド(集団)に分かれ、ティピーによる平原での狩猟を生業としており、領域にヘラジカなど大型の獲物が少ないことから、ことにカンジキウサギ(ヘアー)を主食としている。冬季には慢性的な飢餓に苦しめられ、人肉食の記録も数多く残されている。エスキモーに似た風俗で、「ヘア・インディアン・ドッグ」という独自犬種を犬ぞりに使役する。カナダ政府の同化政策によって、伝統的な生活は消滅しつつある

これだけを読むととても耐えられない生活であり、人間性を失いかけた人々のような印象さえ受けてしまいます。しかし、本書を読むと全く別の姿が見えてきます。

まず、飢えを耐える時期に関する記述を見てみましょう。

「こういったことは、結氷期と解氷期に限ったことではありません。夏でも、そしてとくに冬には、二十四時間から四十八時間ぐらいの間、うすいスープしか口に入らないことがあります。 しかし、農村地帯の飢饉とちがって、狩猟民のヘヤー・インディアンの場合には、今日か、明日か、一週間後には、なにかの食べ物が見つかるという希望が常にあります。 また、獲物を解体するときに内臓まで細かく観察している体験から人間のからだの内部を類推して、飢えの時期には、内臓の機能などをあれこれと考えながら、自分のからだに生じる変化をよみとります。 そのほかに、長く歩くと、どこの筋肉がどういうふうに疲れるかとか、重い荷物を背負うコツとか、水はどんなペースで飲むといいかとか、自分のからだのいろいろな部分と常に問答を繰り返しています。(31ページ)

飢えに耐える中で体の構造について考察した体験のある人がどれほどいるでしょう。 肉体と切り離すことのできない存在である人間の本質を私たちはほとんど知らないで日々を過ごしていることをこの記述は教えてくれます。 なお、結氷期・解氷期とは河や湖が氷結し始める時期と解け始める時期のそれぞれ1カ月ほどで、キャンプ地を移動できず足止めに会う時期を指します。

さらに死に関する記述も見てみましょう。

食物を求め、毛皮獣を追いかけて、常にテントを移動しながら暮らしている、ヘヤー族の人たちは、死ぬときは、自分でそうわかるものだといいます。 そして、自分の死に顔が安らかであるようにと、死に方をたいへん大事にしています。ふだんは「お前さんは、一人で寒さに耐え、一人で飢えをしのぐことができなければならないのだよ」と、人にも自分にもいいきかせて日々を送っている彼らですが、いったん重病人が出ると、テントにあふれんばかりに人が集まって来て、たがいによりそい、病人をはげまします。
「はげます」というのは、「よくなるように」とはげますこともあるのですが、病人が死期を悟ったとなると、「よく死ねるようにはげまし、見守る」のです。よい死に方をし、安らかな死に顔で、鄭重に葬られた霊魂は、悪い幽霊にならないと信じられています。(中略)
日本人の中にも、自らの死期を悟って、死後の手筈をととのえ、静かに死をむかえる人があり、尊敬されていますが、そういう死に方は稀なものとされます。 しかし、ヘヤー・インディアンの間では、死ぬつもりになって死ぬのがふつうの死に方だと考えられているのです。(32-33ページ)

どうでしょうか。人間性を失いかけた人々どころか、私たちよりもずっと人間性のみがかれた人々の姿が見えてくるのではないでしょうか。

ヘアー・インディアンは活動を「はたらく」「あそぶ」「やすむ」に分けて考えていて、なかでも「やすむ」を大切としているそうです。 子育ては「あそぶ」に分類されているといいます。また、養子をもらうこと養子に出すことが当たり前で、親子の絆よりも個人の生き方を尊重するといいます。 「教える」「教えてもらう」という概念がなく、見よう見まねで覚えていきます。

本書の巻末近くには次のように記されています。

一九六〇年代の初期に私が接した「自分で覚える」ヘヤー・インディアンの個人個人が、おとなも子どもも、それぞれ、自信にみち、生き生きとしていたことが忘れられません。 彼らは、自分自身で主体的にまわりの世界と接し、自分の世界を自分で築く喜びを知っている人間の美しさを持っていました。(201ページ)

 

私たちが生き生きと暮らすために必要なものは、医療でも、教育でも、飢えのない安心でもないのだということ、文明世界の価値観を持って判断していては、それが見えてこないのだということを、ヘヤー・インディアンの世界は教えてくれているのではないでしょうか。

なお、『豚と精霊』の著者であるコリン・ターンブルが、ウガンダ政府の政策によって狩猟と採集の場を奪われ飢えに苦しむようになったイク族の「子ども嫌い」を描いた『ブリンジ・ヌガグ―食うものをくれ』の内容も少しだけ紹介されていました。

 

5. 書評『世界の狩猟民 その豊穣な生活文化』カールトン・スティーヴンズ・クーン(著) 平野温美・鳴島史之(訳)(法政大学出版局 2008年2月)

 

世界の狩猟採集民を集めた待望の一冊、ついに刊行? 

 

次第によくなっているのだという喧伝に反して、住みにくくなる一方の社会。その根本原因を邪悪な者たちに求める陰謀論。しかし、批判と指摘に明け暮れるだけでは明日はきません。ならばまず、人の本来の在り方を探ってみようと考えた私の前に現れてきたのが狩猟採集生活でした。そのとき、最初にぶつかったのが、世界にはどのような狩猟採集者たちがいるのだろうという疑問でした。

 

調べてみると、ネグリトと呼ばれる小さく黒い人々が東南アジア一帯にいるようですが、ネグリトをテーマにした書籍は見つかりません。インドのアンダマン諸島にも、文明との接触を拒否してきたネグリトがいるとわかりましたが、これも詳細は不明でした。また、狩猟採集者といっても、エスキモーは犬を飼い、ソリを使い、銃も使うようになっています。ブッシュマンもヤギを飼い、スイカを育てたりしています。どこまでを狩猟採集者と考えればよいのでしょう。

 

そんな疑問を持ちながらよい本がないと嘆いていた私が、つい2週間前に出会ったのがこの本でした。「まえがき」を読むと、著者は狩猟民に敬意と憧憬を覚えるとあり、狩猟民から学ぶことがあるはずだと書かれています。また、レヴィ=ストロース派など、特定の学派を奉じているわけでもないとされています。さらに、専門家を満足させることよりも一般読者向けを優先したとあります。期待が持てそうです。

 

本書で扱う狩猟民からは、イヌ以外の家畜を飼う人々が除かれ、食物を栽培する人々も除かれています。ただし、酒作りのためにアワを栽培するアイヌや、目的不明のヤギを飼うブッシュマンは、狩猟民に含まれています。こうすると、インディアン(北米先住民)の中にも狩猟民と農耕民との区別があることがわかります。本書の冒頭にある、世界地図に記された狩猟民の分布図によって、私の知りたかった狩猟採集者たちの名前と居住地を知ることもできました。ただし、南米のアチェや、タンザニアのハッザの名はなく、抜けがあることがわかります。

 

さて、本文です。本書は先行資料を取捨選択してまとめた内容ですが、民族別ではなく、テーマ別にまとめてあります。同じように先行資料をまとめた本として『アボリジナル』を思い出しながら読みました。

読んでいくうちに、本書に記載された狩猟採集者たちの在り方は、『アフリカを知る事典』に記されているエゴイストたちの作る、儀礼が未発達な平等社会とはかなり違う印象を与えることに気付きました。本書ではシャーマン、儀礼、社会階層や奴隷・首長の存在、創造神に言及されており、これまで私が読んできた狩猟採集者たちに関する多くの本と食い違っています。

 

話の内容も古く、いまはもういないヤーガンやオナがまだ健在であるかのような記述ぶりなのです。重要な要素である定住や貯蔵についてもあまり頓着してありません。先住民が激減した理由として欧米人による虐殺行為があったという事実に触れてもなく、デズモンド・モリスなどなつかしい名前も登場しています。そこで改めて著者の経歴を見ると、1904年生まれとありました。実は本書は1971年に原書が出版されている古い本を、2008年になって翻訳して出版したものだったのです。

 

「訳者あとがき」には次のように記されています。

本書はCarleton S. Coon, The Hunting Peoples, Boston: Atlantic Monthly Press, 1971の全訳である。本書で言う狩猟民とは、一万年前の人類の生き方を、十九世紀まで継続した人たちを意味する。すなわち、遠い祖先のありようを現在のわたしたちに知らせてくれる人たちである。その多くが、二十一世紀の今、かつて生活の中に息づいていた文化を失いつつあることはだれでも知っている。だから、十九世紀から二十世紀にかけて行われた多くの直接観察の資料をもとに、自らフィールドワーカーだった著者がまとめた本書は、極めて貴重であると考える。

先住民の暮らしについて敬意を持って書かれた古い本はあまりありません。『森の猟人ピグミー』を書いたコリン・ターンブルは異色でしょう。 そのような限界から、本書では、狩猟採集社会の実情をくみ取り切れていないのではないかと感じます。

 

その一方で、広く収集された資料に基づく記述を読むことは、狩猟採集社会全体を俯瞰させてくれ、貯蔵せず遊動するという純粋な狩猟採集生活から、資源の偏りや技術の進歩によって定住や貯蔵を含む生活へと移り変わる背景を推測させてもくれます。また、今ではもう失われてしまった暮らしを知るきっかけを与えてくれる貴重な本であることも確かです。

 

 

今回は図書館から借りましたが、機会があれば入手しておきたいと考えています。

 

6. 書評『トウチャン一家と13年―わがアマゾン (朝日ノンフィクション)』関野 吉晴(著)(朝日新聞社 1986年10月)

 

未踏破地に生きるマチゲンガ族家族の伝統的な暮らしと文明化の過程は人類史の縮図だ

 

1972年、文明の波をかぶったアマゾンに、わずかに残された未踏破地があった。そこはインカの遺跡が眠っていると噂される地でもあった。文明化されたアマゾンから帰国して目標を失っていた著者は、この情報に接して、新しい目標を手に入れたのだった。

 

この地に住むマチゲンガ族は、わずかに農耕を行うもののほぼ狩猟採集生活に近く、獲物が減ったり、危険が迫ったりすれば移動する遊動生活を送っている。その点で、本書に描かれている人々の暮らしぶりや価値観は、『人類史のなかの定住革命』に描かれた「悪しきものの一切から逃れ去り、それらの蓄積を防ぐ生活のシステム」の実例であり、『アフリカを知る事典』の「狩猟採集」の項に描かれた利己主義者たちの作る平等社会の実例になっている。 

 

たとえば、子どもは10歳にもなれば1人で生きるだけのスキルを身に付ける。そのため、横暴な夫といやいや生活を続ける必要はなく、逃げ出すことができる。 

 

たとえば、女を巡る争いがあっても、場所を移動することで決定的な衝突を回避することができる。それが可能なのは、土地が私有されておらず、好きな場所に居住できるという条件が整っているからである。 

さらに、13年の歳月の間に子どもたちが次々と文明地(シントゥーヤという教会と、著者が収容所とも表現しているわずかばかりの家の建つ村)に旅立ち、親たちも川の下流に移り住んで文明の影響を受け始めるという過程を描いた点も注目すべきだ。人々は快適さや利便性を望んで文明を受け入れていくが、同時に文明(教会)側も医療や教育という善意を旗印にしながら銃を与え、毛皮を買い取り、金を与えることで、生態系の破壊を推進し、自立した伝統的な生活を奪っていく。 

 

そもそも、先住民たちはあるいは虐殺され、あるいは新しい病気に侵されて多くが死んでいった。残された者には、文明を受け入れるか、アマゾンの奥地に逃げていくしか道はなかった。マチゲンガ族は逃げるほうを選んだのであった。そして、今、教会が建てられ、生物保護区が作られて逃げ道を失ったのである。 

 

ここに、利便性や快適さを求めることで、自由を失い、生物の多様性を破壊していくことになる、人類の歴史の縮図が描かれている。 

 

さらに、インカ帝国とマチゲンガの関係にも言及があり、この本全体が、長大な物語のように思えてくる。 

 

私にとっては、『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』に次いで大きな発見となった本だった。 

 

7. 『アフリカを知る事典』より「狩猟採集」について

 

本章の最後に、小田英郎、川田順造、伊谷純一郎、田中二郎、米山俊直 (監修)、2011年平凡社発行の『アフリカを知る事典』から「狩猟採集」の項を引用します。

 

===引用開始===

狩猟採集とは、日々の食物を野生動物の狩猟活動と野生植物の根茎や果実などの採集活動のみから得ている生業で、人類史のなかで最も古い生活様式である。 農耕(農業)や牧畜のような食料生産手段が発明されたのはたかだか1万年前にすぎず、これらの食料生産革命がおこるまでの数百万年の間、人類は狩猟と採集に依存して生きてきた。 これまでこの地上に生を受けた人間は約1500億人と推定されているが、このうち60%までは狩猟採集生活、35%が農耕社会に生き、産業社会の恩恵を受けたのは残りのわずか5%にすぎないという説もある。 農耕と牧畜は余剰をもたらし、その蓄積を可能にし、幾多の文明の母体となり現在にいたっている。 これらの新しい食料獲得様式を身につけることによって、人類は文明に足を踏み入れ、これらの普及にともない、長い歴史を持つ狩猟採集社会も同化吸収され、消滅していった。 現在、狩猟採集民と呼ばれる人々は、このような文明の手の届かない極地、砂漠、熱帯降雨林の奥に取り残された人々であるといえる。
アフリカ大陸の狩猟採集民のおかれている自然環境は、森林から砂漠、そして標高3000mに及ぶ高地まで多様である。 森林では熱帯降雨林に住むピグミー、サバンナではタンザニアのエヤシ湖周辺に住むハッザやザイール東部のムボテ(バンボテ)、カラハリ砂漠にはサン(ブッシュマン)、そして山地林まで利用するケニア東部のドロボがおり、これらはすべて日本人研究者によって研究されている。
狩猟採集民のおかれている環境条件はたいへん多様であるが、彼らの社会や生活はきわめて類似している。 狩猟採集民の社会は一般に小規模で、2~3週間ごとに移動を繰り返し、移動に際して居住集団の成員は離合集散することが多い。
狩猟具としては、弓矢や槍が一般的であり、おもに植物からとる毒を塗って使用することが多い。 一部では網や罠も利用されている。獲物としては中小型哺乳類が中心で、特にアンテロープが重要であるが、ワニなどの爬虫類や鳥類も狩猟の対象となるほか、象やアフリカスイギュウ、カバなどの大型哺乳類も狩ることがある。
狩猟採集民といえとも毎日肉ばかり食べているのではない。 その生活の基盤となる食物は女性による植物の採集活動に依存しており、男による狩猟によってもたらされる肉は、多く見積もっても重量比にして半分を超えることはない。 また、食物の蓄えも2~3日分しかなく<手から口へ>の生活ではあるが、飢えに脅かされながら細々と生きているわけではなく、他の生業とひけをとらない栄養状態であることが明らかになっている。 そのうえ、農耕や牧畜ができないカラハリ砂漠でも、1日わずか4~5時間を食物の獲得に費やすだけで、あとはおしゃべりや歌とダンスに興じて暮らしていけるという生活様式でもある。
狩猟や採集は、自然の最も大きな脅威の一つである旱魃に対しても、農耕や牧畜よりもはるかに強い抵抗力をもっている。 1960年代にアフリカ南部を記録的な旱魃が襲ったが、周囲の農耕民や牧畜民に餓死者が出るなかで、サンたちは1人の餓死者も出すことはなかった。 政府や国連機関の救援が届かない僻地の農耕民や牧畜民たちは、サンの中に逃げ込み、彼らとともに狩猟や採集を行い旱魃を切り抜けたことも知られている。 狩猟採集社会は、自然に全面的に依存した原始的な生活を営むが、自然の大きな変動に対しても他の生業よりもはるかに強靭な抵抗力のある<豊かな社会>であるといえる
[狩猟採集社会と平等主義] 狩猟採集社会を支えている最も重要なものの一つに平等主義があげられる。 狩猟採集社会では、日常の食生活から社会的地位にいたるまで、平等主義が貫かれている。 ときおりキャンプにもたらされる肉は、狩猟に参加するかしないかにかかわらずキャンプに居合わせた者全員に分配される。 政治、宗教、経済といった面での社会的分業も未分化で、社会的統合のレベルも低く、集団の意志を長期的にわたって左右できるリーダーも存在しない。 肉をもたらす有能なハンターがあたりまえのこととして気前よく肉を分け与えざるをえない環境を作り出し、そのうえ、慢心が芽生えることがないように細心の注意がはらわれている。
とはいっても、狩猟採集民たちは決して理想主義や博愛主義からこのように振る舞っているのではない。 おのおのが自分自身やその家族のことだけを重んじるあまり、結果として平等性が実現されている側面もあり、エガリタリアン・ソサエティ(平等社会)というよりもエゴイスティック・ソサエティ(利己社会)とでも呼んだほうが実情をよく反映している面もある。 この平等主義の淵源についてはまだ不明の点が多いが、彼らは他人からの<妬み>や<そしり>に対して、私たちとは比較にならないほど敏感な心を持っているという点は指摘できる。
数百万年という歴史を持つ狩猟採集社会にも近代化の波が押し寄せており、近年は急速に変貌をとげつつある。 カラハリ砂漠のサンも政府の指導のもとに定住しだし、残るは熱帯降雨林帯のピグミーとハッザのみとなっている。 人類揺籃の生活様式も、いままさに終焉を迎えんとしているのである。

===引用終了===

 

私たちは、狩猟採集社会というと、産業社会における貧困地区のようなマイナスのイメージを持ちがちである。

 

私自身もピグミーがキャンプ生活で作る家を見たとき、本当にこれが人の住む家なのだろうか?チンパンジーなどの巣と変わらないではないかという印象を受けたものだった。

 

しかし、狩猟採集社会を知ると、そこには事前の印象とはまったく違う生きかたが存在していた。 私たちにとって最も当たり前の暮らし方をしているのが狩猟採集民であり、狩猟採集以外の生業によって成り立

っている社会のほうが不自然であると思えるのである。

 

厳しい環境の中でも短時間の労働で生きることができ、強制的な権力者はおらず、平等性が高く、しかも長い実績によって持続可能であると証明されている社会。

 

「狩猟採集に戻るべきだ」という言葉はあまりに荒唐無稽で非現実的に響くかもしれないが、私には、文明を維持できるとする考え方のほうがかえって非現実的に思えるのである。

 

本稿を手始めとして、狩猟採集社会こそが人間本来の生き方であると私が考えるようになった根拠を随時追加していきたい。(2015年4月17日) 


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第3章 狩猟採集者たち:ブログ記事

この章では、第2章であげたような本を読んだり、狩猟採集者たちの情報に接したりして記したブログ記事を紹介していきます。

 

1. レジャーの中の狩猟採集(2014年8月18日)

 

狩猟採集民の子どもの遊びに関する本を読んでいる。

 

『森の小さな〈ハンター〉たち―狩猟採集民の子どもの民族誌』亀井伸孝(著)、京都大学学術出版会、2010年発行。 

 

狩猟採集民は、子どもを積極的に教育しないにもかかわらず、子どもは伝統を受け継いでいくという事実に着目した本だ。

 

この本を読んでいて、子どもたちの様子が少なくとも少し前の日本の子どもたちとそれほど変わらないことに気づいた。

 

子どもは、大人に監視されない中で、年長者が年少者を率いて採集や狩猟の真似事を楽しんでいる。日本で言えば、わらび採り、魚釣り、ヤス漁、ウナギの置き針、自作の弓矢の猟、ハチの巣取りなどがあてはまるだろう。

 

そう考えると、日本の大人も狩猟採集を楽しんでいる。

 

ぶどう狩り、いちご狩りなどのレジャー果樹園、潮干狩り、ヤナ漁の鮎の手づかみ、キノコ狩りなど。用意された場所ではあっても、狩猟採集は楽しい活動として成立している。

 

また、最近は子どもだけでなく、大人も熱中するゲーム。Gameという単語には、猟の獲物という意味もある。本来、狩猟が遊びであることを示しているのだろう。

 

このような事実があるから、私は、狩猟採集生活に戻ることをまじめに提案している。

 

人間の性質に合わないデスクワークや数字の計算、分業などより、本性にあった生活をするほうが、人間的だと考えるからである。

 

2. ライオンの獲物を奪う部族(2014年8月21日)

 

(Youtubeで「Three Men vs. Fifteen Hungry Lions」と入れて検索すると、このタイトルとは違いますが、3人の男性がライオンの群れから獲物を奪う場面を写した動画が見つかります。まずは、その動画を見てみてください。)

 

人はライオンの群れから獲物を奪うことができるほど強いようです。彼らは、ドロボ族といい、マサイ族と共通の祖先を持ちますが、牧畜生活に移らず狩猟採集を続けてきた人々です。

 

ライオンと狩猟採集者の関係でいうと、カラハリ砂漠に住むサン(グウィ/ブッシュマン)は、口にも出さないほどにライオンを恐れている一方で、キャンプ地で家畜がライオンに襲われると、二度とライオンが近寄らないように、後を追って槍でライオンに挑もうとします。

 

ライオンは人を恐れ、むやみに近寄らないものと見えて、サンの人々は、どこにライオンがいるのかわからない土地で、野生スイカを採集し、さまざまな植物を採集し、罠猟をし、ヤギの群れを率いて村とキャンプ地の間を移動しています。

 

ライオンは恐ろしい猛獣で、出会ったなら必ず襲われて食われてしまうような印象があり、実際に、サンの人々もライオンに襲われて死ぬことがあります。

 

けれど、肉食獣と同じように正面を向く見据える目を持ち、口のように噛みつく手という第2、第3の機関を持ち、気迫を込めて立ち向かっていく人間という動物は決してひ弱な存在ではなく、肉食獣たちも簡単に襲える相手とは受け止めていないようです。

 

野生動物としてもひ弱ではない存在として人間を把握したとき、人工化(文明化)を前提としないあり方も肯定されてくるのではないでしょうか。

 

3. 4500年間文明化を避けてきた人々:ピグミー (2014年11月21日)

 

1966年に出版された『現代世界ノンフィクション全集 9』(筑摩書房)という本を手に入れました。

「森の猟人ピグミー」、「極北の放浪者」、「カラハリの失われた世界」という3点のノンフィクションが収録されています。まだ、「森の猟人ピグミー」を読み出したところですが、『ピダハン』に似たアプローチがとられており、優れた記録になっています。

 

本書によると、ピグミーの最古の記録は紀元前約2500年にエジプトから派遣された探検隊による記録だということです。しかも、エジプト人とピグミー族とはかなり親しくなったと記されています。

 

もちろん、エジプトは最古の文明の一つです。その当時に記録に残ったピグミーが今に至るまで森で狩猟の暮らしを送ってきています。つまり、人間は文明と触れたならば必ず文明化する存在ではないのです。この事実は、文明化しないことも選択肢の一つであることをはっきりと示していると私には思えます。

 

本書の中で、ピグミーの老人が著者であり白人であるコリン・ターンブルに語ります。

 

 「森はな、わしらにとって父親でも母親でもあるんだ」と彼はいった。「父親や母親と同じように、わしらのいるものは―食い物でも着る物でも家でも薪でも―なんでもくださるんだ。そしてかわいがってもくださるんだ。森は親御さんじゃから、普通ならなんでもうまくゆくんだ。だからな、うまくゆかん時は、きっとなにか理由があるに違えねえんだ。」

 

 そして、森の精霊を神として、別々の名で呼びながら、結局は同じ神(精霊)であることも知っています。ターンブルは記します。

 

「森の善意に対する彼らの全ったき信仰をもっとも強く表明するのは、たぶん誰かが死んだ時に歌うモリモの歌であろう。彼らの歌はいかなる場合も具体的な願いをこめた歌ではない。すなわち、あれをしてくれ、これをやってくれ、といった要求の歌ではないのである。彼らとしては森に目ざめてもらえばよいのである。それだけで後は万事うまくゆくのである。 」

 

 このように、あらゆるものを恵んでくれる森を親御さんとして信頼し、森さえしっかりしていれば万事うまくゆくのだという世界観を持っていれば、文明化される必要などないのでしょう。むしろ、森を切り開く文明化は、万事をうまくいかなくさせる元凶になってしまいます。

 

今回この本を読んで、私は精霊の大切さを改めて理解できたように思います。また、森に暮らす人々にとっての森の意味を知って、森を切り開くことがどれほど破局的な結末を招く行為なのかも認識できました。

 

森と精霊の中で生きるとき人は万事うまくいく。そう思わせてくれるのです。

 

4. 子どもたちは森に逃げ帰ります(2015年2月10日)

 

森の民の子どもたちは

学校に通わせようとしても

いつの間にか抜け出して

森に帰ってしまう。

 

森の心地のよさ

森の暮らしの充実感

森の暮らしの安心感。

子らはそれを知っている。 

 

森を出て

教室で学ぶことは

ほとんど無意味であり

ほとんど無価値である。

 

子どもの頃、

教室で時計ばかり見てすごしていた私も、

森の民の子どもたちにように、

学校から抜け出して、

帰ってしまえばよかったのだ。

 

文明が人を幸せにしていないことに

多くの人が気づいたとき、

人は森を取り戻す。

森の民、ピグミーのように。

 

5. 赤ちゃん言葉で子どもに話かけない人々(2015年2月23日)

 

久しぶりに『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』を開きました。

 

この本を初めて読んだときは、まだ狩猟採集民についてほとんど知らなかったので、コリン・ターンブルによるピグミー関連の書籍を読んだ今となって読み直すと改めて気づかされることがあります。

 

その1つが、ピグミーもピダハンも赤ちゃん言葉で子どもに話かけないということです。

 

本書では、その理由が推測されています。

つまり、子どもを大人と対等な存在として扱うからではないかというのです。

続けて、ひとつのエピソードが紹介されています。

 

2歳くらいのよちよち歩きの幼児が刃渡り20cmあまりの鋭い包丁をもてあそんでいて落としたとき、母親は会話に夢中で、何気なく包丁を拾い上げて幼児に手渡したというのです。

 

ピダハンの子どもたちは、切り傷ややけどなどをこしらえると、手当はしてもらえるけれども、いつもは愛情深い母親から乱暴にではないものの「ウムムム!」という唸り声を聞かされ、危険からぶっきらぼうに引き離されるということです。「かわいそうに、痛いの痛いの飛んでいけ」といった言葉はかけてもらえません。そして、次のように続きます。

 

「このようにして育てられた子どもはいたって肝の据わった、それでいて柔軟なおとなになり、他人が自分たちに義理を感じるいわれがあるとはこれっぽっちも考えない。ピダハン王国の住人は、一日一日を生き抜く原動力がひとえに自分自身の才覚とたくましさであることを知っているのだ。(129ページ)」

 

私は、ピグミーの話を思い出します。『豚と精霊―ライフ・サイクルの人類学』でターンブルは幼児について次のように記述しています。

 

「はいまわれるようになると、子供はまったく新しい世界にはいってゆく。それは「エンドゥ」の世界、つまり森の木の枝と葉でつくられた小屋の世界である。母親のからだとおなじように、子供は小屋の中をくまなく探検する。ときには、父親が小屋にもちこんだイバラやふちが鋭くとがっている木の葉や竹の破片や、あるいは刺しアリなどが子供を傷つけることがあるかもしれない。けれども母親は、あまり干渉せずに子供が自分で発見するようにしむける。子供は、こうした危険は簡単に回避できるものだし、とりのぞくこともできることを理解する。(33ページ)」

 

この後、少し大きくなった子供が両親の小屋からも歩み出してキャンプの中を探検する場面があります。やけどをした子供は、ピダハンの子供とおなじように、なぐさめられるのではなくむしろ叱られしまいます。

 

南米とアフリカという遠く離れた場所に住む狩猟採集民たちが、同じような子育てをしていることは、人間の本来の子育てのあり方を示しているのではないでしょうか。

 

そして、このような子育てによって、自分自身の才覚とたくましさを生き抜く原動力とした人びとだけが生き残れることに大きな意味があるのではないでしょうか。

 

6. アボリジニーの作っていた世界は、福岡伸一氏の説明する生命の世界のようであった(2016年2月16日)

 

『家畜になった日本人』(1982年今野道勝著、山と渓谷社)で複数回にわたって登場してきた研究者、新保満氏の本を入手してみた。『野生と文明―オーストラリア原住民の間で』である。この本の最初の部分に描かれているアボリジニーの暮らしは、福岡伸一さんの本を読んで、「人類の理想的な生き方はこれだ」とピンときた生き方そのものであった。

 

福岡さんの本は、図書館で借りた本であったため書名も正確な表記もはっきりとはわからないが『動的平衡』か『センスオブワンダーを探して』だったと思う。人間の身体には、全体を知っている細胞は一つもないが、総体として問題なく機能しているという意味のことが書いてあった。私たちは単一の脳によって全体を制御していると思い込みがちだが、脳が身体全体を制御しているわけでもなければ、脳全体が一つの細胞であるというわけでもない。それぞれの細胞はそれぞれの機能を果たしているにすぎず、全体のことは知らないにも関わらず、身体全体の機能が正常に実現されるというのである。

 

人類は今、人口増加、環境汚染、種の絶滅、資源の枯渇などの問題を抱えている。この局面を打開できる方法を、私は、この福岡氏の話から思いついたのである。人体は数えきれないほどの細胞で構成されている。これと同じように、地球も世界統一政府とは逆に、極端に小さな部分に分割することでしか問題を解決できないのではないかと発想したのだ。多数の部族に別れてそれぞれ狭い生活圏を持ち、その生活圏だけの存続に努めていけば、人体の機能が保たれるのと同じように、地球全体の環境が保たるだろう。なぜなら、人口増加も環境汚染も資源の枯渇もその地域固有の問題となって、責任を持って対処する以外に生き残りはなくなるからである。

 

前置きが長くなってしまった。では、『野生と文明―オーストラリア原住民の間で』から、アボリジニの暮らしを描いた部分を引用しよう。なお、アボリジニーは単一の言語を持っていたわけではなく、中には、互いに通じあわないほどに異なる言葉を話す人々がたとえばシドニー湾を挟んで住んでいたこともあるくらい言語が多様であったということをあらかじめお伝えしておきたい。

 

===引用開始==

  話の順序として、アボリジニーとはどんな人々かを述べておくべきであろう。ごく特殊な立場にある方々を除き、オーストラリアのアボリジーについて正確な知識をお持ちの日本人は少ないと予想されるからである。

  おそらく南アジアのどこかに起源を持つ一群の人々が、マレー半島、現在のインドネシアとニュー・ギニアを伝って、現在のオーストラリア大陸北端に上陸したのは約四万年前である。彼らはタスマニア(タスマニアが大陸と切り離されたのは約一万年前のことである)を含めて全オーストラリアに拡がった。人種的には、コーカソイド(白人種)でもモンゴロイド(黄白人種)でもニグロイド(黒人種)でもない。皮膚の色は褐色から黒色だが、一部のオーストラリア人類学者は彼らをオーストラロイド(オーストラリア人種)と呼んでいる。白人との大規模な接触が始まった一八世紀後葉には、約五〇〇の部族に分れる三〇万人ほどのアボリジニーがいたと推定されている。

  「宗教はその社会の『理論』だ」といわれる。アボリジニーの場合、これは至言なのであって、彼らの「神々の時代」(Eternal Dreamtime)に関する理解なくしては、この人々を理解できない。

  大昔の話である。アボリジニーの先祖と考えられている精霊がこの大陸を縦横に歩き廻っていた。精霊達は休むたびごとに、その場処に魂を持つ生き物を創って行った。この「場処」がその「魂を持つ生き物」(人間を含む)の「属すべき土地」(カントリーという)なのである。故に、各部族は、彼らの先祖が旅をしたことに関する神話と、その先祖に属するカントリーとを所有している。このカントリーは、彼らの先祖の「霊の世界」を含み、その霊の世界は物理的境界(砂漠、岩山、樹木、沼等々)よりもアボリジニーにとって重要な意味を持つのである。各部族のカントリーは、同部族に属する氏族に分族し、各氏族はその土地に対する占有権をもつ。その占有権は、彼らの先祖がここで休んだ、ここで何を造ったという神話によって正当化される。アボリジニーの神話、(宗教的な)歌と舞踊、宗教的儀式は、すべて「神々の時代」の一部と信じられている。故に、「神々の時代」は「大昔(過去)」であるにもかかわらず、「現在の一部」でもある。アボリジニーは、霊的な世界と物理的な世界の両界に同時に生きているのである。この信仰は、彼らの生活のあらゆる面に滲透し、彼らの特殊な文化と社会組織とを作り上げていたのである。

(中略)

  アボリジニーは宗教的な人々だった。彼らは、自分達の先祖の霊が、彼らの生存に必要なものをすべて備えてくれると信じて疑わなかった。その意味で、将来について心をわずらわせることをしなかった。だから、将来を考えて計画をたて、その計画遂行に努力を傾注する行動様式――将来志向――はアボリジニーの伝統的文化には欠如していたのである。ただ一つの例外は、先に触れた「約束結婚」の制度である。

(中略)

  要約しよう。白人と接触する以前のアボリジニーは、神々の時代と自由な交流をもつ悠久の世界に生きていた。オーストラリアの全土は、アボリジニーによって寸土もあまさず所有されていた。そして、現在のわれわれからみると決して楽な生活ではなかったが、彼らは充実した生活を送っていたのである。(14-21ページ)

===引用終了== 

 

30万人のアボリジニーがおよそ500の部族に分かれていたいうことは、1部族あたりわずか600人ということになる。これはピダハンやヘアーインディアンの400人程度とさほど変わらない人数である。このそれぞれ少人数で構成された多くの部族がオーストラリアを細かく分割して、神話に従って占領権を有している。そこで営まれる、アボリジニーの生活は、家畜も農耕もなく、やはり他の狩猟採取者たちと同様に、生存に必要なものは必ず与えられると信じる暮らしである。

 

部族どうしは完全に没交渉なのではなく、交易も行っていたようであるが、先に言及したように、長い時の経過とともに互いに言葉が通じなくなるほど、部族ごとの独立性は高かったのである。

 

このアボリジニーの暮らし方は、先に示した、福岡さんの本を読んで得た私の発想と何と近いことだろう。いや、神話によって占有権が定められているという点で、むしろずっと先をいった制度といえるだろう。

 

現実には、白人たちとの不幸な出会いによって、アボリジニーの世界は終わりを告げることになってしまった。仮に、その前に、アボリジニーの一部族が神話を捨てて定住を開始し、農耕や牧畜を始めたとしたらどうだったろう。農耕の開始が、国家の始まりとなり、不幸の始まりとなっていただけかもしれない。

 

7. フランス貴族とアボリジニの共通点(2016年3月6日)

 

先日読み始めた『野生と文明 オーストラリア先住民の間で』に、十代の少女を60代の老夫に嫁がせるという話が書いてありました。しかも、夫にはほかに50代と30代の妻がいるというのです。

 

これは、さまざまな知恵を他の妻たちから学ぶことで、厳しい生活を生き抜く知恵なのではないかと説明されています。

 

夫が亡くなれば、次は前夫よりも20歳くらい若い夫に仕え、さらにこの夫もなくなれば自分と同じくらいの夫に仕えるというのです。

 

男性のほうはというと、初婚年齢は女性よりも遅く20代になってからですが、一生のうちには、やはり複数の妻を持つといいます。

  

ホンマでっか!?TVによるとこれと同じようなことをフランスの貴族が行っていたようです。

「池田先生いわく、「男の人は、ちょっと若い女性の人が結婚すると、あまりうまくいかない。生涯2回結婚したほうがいい。フランスの女性の貴族は、若いうちに年配の男性と結婚し、男性はすぐに死ぬ。女性は歳をとるので、今度は若い男性と結婚する。年が離れていると、お互い寛容になれる。」

http://honmadekka.miyamottsu.net/41-60/47-1.shtml

 

若い女性が老いた夫に嫁ぎ、そこで社交界でのあり方を学ぶ。

そして知恵を付けたところで再婚するというのです。

 

知恵を受け継いでいくこと。経験を積んでいくこと。子育て体験を分かち合えることなど、複数回結婚するというあり方にも、それなりの理由があるようです。また、そもそも私たちヒト科動物(オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、ヒト)は、本来乱交であるそうです。

 

8. 岩に上って遊んだ思い出(2016年4月19日)

 

アフリカに住む小さい人たち、ピグミーの子どもの遊びを知って、*

彼らの遊びは野球やバレーボールなどとは違い

競ったり、争ったりする遊びではないことを知りました。

 

皆で協力して木をしならせ、

リズムを合わせて飛び上がったり、

大人の真似をして弓矢で的を射たり、

クモをつかまえて大人たちと同じように分配してみたり。

 

こういう遊びが本来の遊びで、

今の子どもたちが夢中になっている野球やサッカーは

本来の遊びなどではないということを知りました。

 

これが半年ほど前のことだったでしょうか。

これを知ったことで、

私は男なのにままごとのようなことのほうが好きだったことや、

家の近くに大きな岩がいくつもあって、

その上で遊んでいたことなどを思い出していました。

 

昨日になって、子どもの頃、

変った遊びをしていたことを思い出したのです。

それは石を擦り合わせて

粉を作る遊びです。

堅くて大きく平たい石を下に置き、

色の付いたとがった石を擦りつけます。

砥石で研ぐときのように水を加えているので、

粉は飛ばないで色の付いた水ができます。

 

最近、ペトログラフに関心を持っていたので、

思い出したのかもしれません。

 

古代の遺物には、

このような遊びが発展してできたものが

けっこうあるのかもしれません。

 

9. 子育てにおける最初の三年間の重要性/養育者との安定した関係(2016年7月5日)

 

書評『豚と精霊 ライフサイクルの人類学』より

「子供にとって決定的に重要な最初の三年のあいだ、ムブティの母親はいつも子供と緊密な接触をたもちながら、ふたりでひとつの存在であるかのようにすべてをわかちあっている。子供にとってはこの経験が本当に大切である。母親とのこのような関係をモデルにしながら、ムブティの子供は真に社会的な存在として「羽化」してゆく。」

 

人の暮らしにおいて、収入を得ることが必然ではなく、他の動物たちのように日々の糧を得ることだけで生きていけるのであれば、人はここに描かれたムブティ(森に暮らすピグミー)と同じく、子どもと母親とがふたりでひとつの存在であるかのように最初の三年間を過ごすことだろう。それをできなくしているのが文明社会であるとすれば、文明化に何か積極的に肯定できる意味はあるのだろうか。おそらくは何もない。

 

 

コリン・ターンブルが伝えいるメッセージは、ここまで拡大解釈できると私は考えている。

 

私たちは、実現不可能な夢を追って、元々手に入れていた幸せをなくしてしまった哀れな存在でしかないのだ。

 

10. 「トウチャン一家と13年―わがアマゾン (朝日ノンフィクション) 」を通じて知る「法」「生計」(2018年1月31日) 

 

『トウチャン一家と13年―わがアマゾン (朝日ノンフィクション)』は、『アフリカを知る事典』に記された狩猟採集者の特徴や、『人類史のなかの定住革命』に記された定住しないことの利点を具体的に知ることのできる良書だ。

 

アマゾンのマチゲンガ族は、サゴヤシを育てるとはいえ、都合に合わせて住処を移す生活を送っているため、遊動する狩猟採集者たちに近い特長を備えている。

 

強制力を持つ首長はおらず、儀礼も未発達である。

 

彼らは持ち物は少なく貧しいが、時間と空間は豊富に持っている。そして、この二つの資源を問題解決のために有効活用している。

 

つまり、対人関係で問題が生じた時には、その場を立ち去り、家を移して、長期間出会わなくすることで、問題を風化させていくのだ。

 

実は、動物たちも含めて、問題を解決する最良の手法は、この方法なのだと私は知った。文明社会では、言葉を尽くし、議論を戦わせて、最終的には「法」によって問題を解決することになっている。しかし、その手法は、最低の手法でしかない。理論はどんな形にでも曲げることができ、法は資金力のある側にとって有利になるように作られているからだ。法による解決は勝者を固定してしまう。

 

法の不都合を示す別の事例は、一夫多妻制のありかただ。マチゲンガ族の生活は、女性にかかる負荷が高いため、女手は多いほうがありがたい。そのため、一夫多妻を女性側も歓迎することになる。

 

こうした世界を知ると、一妻一夫に限定されていることに違和感が生じる。もっと柔軟であっていいはずなのだ。私たちが複数の配偶者を持てば重婚の罪に問われることになる。しかし、複数の妻子を養う財力さえあれば事実上の一夫多妻制は可能である。こうしてみると、法によって制限されるのは庶民だけであることが見えてくるのである。

 

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マチゲンガ族は、自らの力で自然界から必要なものを得ることができる。しかも、大人になりきる前の年齢のうちに、そうした知恵を身に付ける。そのため、たとえば娘が、父親の決めた結婚相手を受け入れられない場合、娘はジャングルに逃げ込んでしまえばよいことになる。

 

そうしたあり方と比べて私たちが置かれている状況は、長期間に渡って教育を受けた上で、逃げ場もない環境に身を投じてようやく次世代を育むことが可能になるという収容所のような状況である。

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警察も裁判所も軍隊もない社会で人々はどのようにして秩序を維持しているのか。そのためにはどのような条件が必要なのか。それを推測するのに恰好の資料になるのが、この本なのである。

 

 


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