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登場人物・舞台設定

▼登場人物
黒岩秀俊(48)……毎日パチンコをやってる無職の父親
黒岩満子(43)……料理上手で腹黒い母親
黒岩晋一(20)……福祉を勉強する一人息子の大学生
黒岩ふじ(85)……無理やり退院させられた痴呆老人
矢野彬(34)………仕事熱心だが、思い込みが激しくて抜けているとこがある刑事。

新田遥名(27)……真面目そうだが妄想癖の強い刑事

 

 

▼舞台設定

東京郊外にある古い二階建て一軒家。その一階の居間。椅子に見立てられたボックスが二つ三つ並ぶだけの簡素な舞台。

ドアが三つあり、下手側から順番に、

 

ドア1【ふじの部屋】

ドア2【開かずの間】
ドア3【玄関】に通じる。

 

下手側に台所と風呂トイレがあり、上手側は二階へ行く階段がある、そんな間取り。開かずの間は厳重に鍵がかけられており、もう何年も閉ざされている設定。

 

 


第一場

▼本編・第一場

 

晋一、スマホをいじりながら椅子に座っている。

表で犬がやかましく吠える声が聞こえる。やがて「どすっ」と打するような音がして、犬が「きゃんきゃん」と苦し気に鳴く。

晋一は一瞬顔をあげる。もう一度「どすっ」。犬は「ぎゃん!」と鳴き、それきり鳴き声は途絶える。

キャミソールにショートパンツ、その上にエプロンという恰好満子、荒ぶる気持ちを抑えるようにして下手から入ってくる。

 

満子 ほんと、うるさい犬。昔私を噛もうとしたこともあるしね。お父さんのことは本当に噛んだ。覚えてる? ここのところ(と手を犬の口に見立てて太ももを挟む)。それなのに隣のバカは謝罪も何もなし。いつかやらなきゃいけないと思ってたの。
晋一 うん。
満子 話の途中だったわね。
晋一 うん(晋一はスマホをいじりながら話すが、満子は気にしない)。

 

満子、無理やり笑顔になり、何事もなかったかのように向かいに座る。晋一はスマホをいじりながら話しを聞くが、満子は気にしない。

 

満子 晋一。あなたももう二十歳になったでしょ。だから、我が黒岩家について、大人として、家族の一員として、もっと知っておいてもらいたいの。(切り出しにくそうに)とっても大事な話よ。
晋一 おばあちゃんの医療費がバカにならないってのは聞いた。ぼくの学費がけっこうするってのも。
満子 うちはね、今ちょっと逼迫してるの。お父さんは毎日パチンコでしょ。お母さんも家のことが忙しいし、色々世の中の間違ってることを正したりなんかしなきゃいけないから働くなんてとても無理。おばあちゃんはボケがひどくなる一方。公園で転んで鎖骨にひびが入って、今入院中よ。たいした怪我でもないのに大袈裟よ。
晋一 今日、自転車サークルのやつらと河川敷走る約束してるんだよ。多摩川の上流、行けるとこまで行こうって――。
満子 それに晋一はまだ学生。はっきり言うわね。我が黒岩家のひと月の収入は四十万円。家族四人、誰も働いてないからってそれぽっきりじゃとてもやっていけない。
晋一 うん。
満子 お父さんもお母さんも色々がんばってみたの。何とかしなきゃと思って、色んな宝くじを買ってみた。でもダメ。全然当たらない。それで、こうなったらもうこれしかないって思ったの。……(晋一の反応を見て)変だって思わない?
晋一 え?
満子 誰も働いてないのに月々そんな収入があるなんて。
晋一 (あっさりと)ぼく、知ってるよ。
満子 (ぎょっとして)何を?
晋一 ぼくが子供の頃からさ、うち誰も働いてなかったでしょ。変だと思ってたんだ。それに、おじいちゃん。おじいちゃんって、死んでるよね?
満子 (はぐらかすように)晋一は一度も会ったことなかったわね。
晋一 みんなさ、なんかときどき、おじいちゃん生きてるみたいに言うことがあるから変だなと思ってたんだけど、死んでるよね、多分ずっと前から。
満子 それは……。
晋一 そこにいるんでしょ?(開かずの間を指さす)
満子 晋一、お母さんの話を聞いて。
晋一 物置ってことになってるけど、ぼくが生まれたときからずーっと開かずの間だよね。絶対入っちゃダメって言い聞かされて育ったから当たり前になっちゃってたけど、そこ、おじいちゃんがいるんだよ。死んだおじいちゃん。そうでしょ?
満子 晋一。
晋一 何年か前、ニュースで見たんだ。年金の不正受給の事件。死んだ年寄りを家の中に隠しといて、年金を受け取り続けるっていうの。そのとき「あっ!」て思ったんだよね。「うちがやってるの、これじゃね?」って。
満子 あんたまさか、このこと誰かに――。
晋一 言ってない言ってない。言うわけないじゃん。ぼくもちょっとは悩んだよ? 世の中にはやっていいことと悪いことがあるって。でも、考えてみたら、それがなかったらうちって成り立たないんだなーって思ったし。(ふと気づいて)四十万って言った?
満子 おばあちゃんの分も込み。おばあちゃんの年金は十万ちょっとだけど、おじいちゃんには軍人恩給っていうのがあって、これが大きいの。
晋一 四十はデカいわ。それはやっちゃうなー。どっちみち死んでるんだもんね。隠すか隠さないかの違いしかないわけでしょ?
満子 お母さん嬉しい。あなたもやっぱり黒岩家の人間なのね。どう話したらいいか迷ったけど、何も心配することなかった。
晋一 友だち連れてくるのも絶対ダメって言われてたしね。ぼくが生まれるより前?
満子 (うなずく)思い出すわ。母さん、ちょうどあなたを妊娠中だった。お父さんは仕事をクビになったばかりでね。おばあちゃんももう還暦を過ぎてた。おじいちゃん、ちょうどここで亡くなったの。
晋一 ここで?
満子 ぽっくりよ。誰も気がつかなかった。そりゃ高齢だったけど、ほんの一瞬前まで何ともなかったのよ。それが次に見たときには死んじゃってた。びっくりしたわ。人ってこんないきなり死ぬのって。でもそのとき、お父さんとお母さんとおばあちゃん、三人とも同じこと考えたの。おじいちゃんの死体を隠して、生きていることにしておけば、このまま年金をもらい続けることができるって。
晋一 毎月三十万。
満子 死にましたって世間に公表したってねぇ、別におじいちゃんのこと気にかけてる人なんて誰もいないし、葬式代から何からお金かかるし、いいことなんて一つもないのよ。
晋一 それで、これしかないって何?
満子 それは、(やや神妙になって)あなたも家族の一員よね。思い切って言うわ。
晋一 うん。
満子 おばあちゃんにもそこに入ってもらおうと思ってるの。
晋一 え?(よく考えてみる)おばあちゃん、殺すの?
満子 晋一、言葉を選びなさい。
晋一 だってそういうことでしょ? おばあちゃんの年金も不正受給するんだ。
満子 おばあちゃんはもう八十五歳よ。痴呆も進んで、ときどき私たち家族のことも分からなくなってる。自分が誰なのか分からなくなることだってあるわ。死んだって、ほら、たいした違いはないわよ。その方がいいくらい。
晋一 おばあちゃん、死ぬんだ……。
満子 やめろとは言わないのね。お父さんとお母さん、よく話し合って決めたの。それが黒岩家がこの世知辛い世の中を乗り切るための唯一の道だって。
晋一 ……(泣きそうになる)。
満子 晋一……。おばあちゃんにあそこに入ってもらえば、医療費も生活費もかからなくなる。そうすれば今まで通り誰も働かなくて済むわ。あなただって大学卒業してまで働きたくないでしょ?
晋一 (いくら泣こうとしても泣けない)ダメだ。ナウシカ見た方がまだ泣ける。
満子 おばあちゃんはナウシカみたいには生き返らないけど。
晋一 分かったよ。ぼく、大学で福祉の勉強してるだろ?
満子 (意外で)そうなの?
晋一 そうだよ、社会福祉学部だもん。
満子 (まったく意外で)そうなの?
晋一 それで分かったんだけどね、福祉は金になるよ。でも、一歩間違うと金を搾り取られる側になる。うまくやらなきゃダメなんだ。これから超高齢化社会になるとか言うだろ。解決するのは実は簡単なんだ。老人を減らせばいいんだよ。
満子 賢い子をもって母さん幸せ。もうすぐお父さんとおばあちゃんが帰ってくるはず。そしたら、すぐにやるわよ。
晋一 おばあちゃん、怪我はもういいの?
満子 どうせすぐ死ぬんだから同じでしょ。お父さんに頼んで無理やり退院させたの。善は急げと言いますからね。
晋一 あ、そう。……(色々考えて)じゃ、ぼく、そろそろ出かける支度するから。
満子 ダメよ。手伝ってもらうから、あなたも家にいなさい。
晋一 ええ?

 

インターホンが鳴る。

 

満子 帰ってきた。

 

満子、ドア3に手をかける。と同時に、見知らぬ人物が上がり込んでくる。スーツ姿の刑事、矢野彬と新田遥名の二人。この二週間ある捜査にかかりきりの二人は、疲労がピークに達している。

 

満子 ちょ、ちょ、誰! 何なんですか?

 

矢野、黙って手帳を見せる。新田にも見せるよう促す。

 

新田 警察です。
満子 け、け……(恐怖に息をのむ)。
矢野 突然失礼します。ちょっとお宅を拝借させてください。この部屋か、この部屋だな(と問答無用にふじの部屋と開かずの間を指す)。
新田 矢野さん、まずは許可をいただかないと。
満子 (すかさず開かずの間の前に立ちはだかり)ダメダメダメダメダメ! 何なの、あんたたち!
晋一 警察だからって勝手に上がり込んでいいんですか?
新田 申し訳ありません。どうか捜査にご協力いただけないでしょうか。我々は今、ある事件の容疑者を追ってるんです。
満子 何もしてません! 無実です。少なくとも私は無実。
新田 ええ、あの、はい、もちろんこちらのお宅ではなく。今世間で話題になっている連続幼女誘拐事件をご存知でしょうか?
満子 は?
新田 この二年間に東京・神奈川・埼玉の各地で七人の幼女が誘拐されてます。手口や目撃証言などから同一犯の犯行と考えられています。二週間前、幼女の一人が遺体で発見されました。それを受け、警察としても捜査員を大幅に増やして捜査に当たっています。
晋一 テレビで見た。残りの六人も死んでるんじゃないかって。
新田 それはまだ捜査中です。
満子 それがうちと何の関係があるの?
矢野 隣りに住む吉田和也、ご存知ですね?
満子 はぁ。
矢野 あの男をこの事件の第一容疑者と考えてます。
満子と晋一 ええ!
矢野 間違いなくあいつだ。
新田 (咎めて)矢野さん。(満子らに)まだ容疑者の段階です。
矢野 我々はこの二週間、吉田をマークしてます。犯人はある中学生アイドルグループのイベントに頻繁に通ってることが分かってますが、吉田も同じイベントに参加していました。防犯カメラに映った容疑者と思わしき人物にも酷似してます。
晋一 それテレビでも流してた。言われてみれば似てるかも。
矢野 何としてもやつの尻尾を掴まなければ。(ふじの部屋を指して)我々の見当では、ちょうどこの部屋が吉田の部屋の向かいになります。
満子 まぁ、庭越しに見えますけど。
矢野 張り込みに使わせてください。不都合があればこちらでもかまいません(と開かずの間を指す)。
満子 ダメ!(と強く出てから柔らかくなって)……です。ここは物置で中はもうごっちゃごちゃ。足の踏み場もなくて。
矢野 一応こちらのご一家について簡単に調べさせていただきました。えーと(メモを繰って)、あなたが奥さんの黒岩、ガソリン満タンの満に子供の子で、あー、まんこさんですね。(自分で)黒いわ、まんこ?
満子 (間髪入れず)みつこです。黒岩みつこ。どう読んでもみつこでしょ。何、ガソリン満タンの満って。
矢野 おれとしたことが、お恥ずかしい。この二週間、ろくに休みがないもので。旧姓だったらこんな間違いはしないで済むんでしょうね。旧姓は、草に岩で草岩さんですか。岩は同じだ。草岩……、臭いわ、まん――。
満子 みつこだって言ってんだろうが。そんな卑猥な名前なわけないでしょ!
新田 すいません。矢野はちょっと漢字に弱くて。
満子 人のあそこが黒いとか臭いとか、侮辱にもほどがあるわ。出てって。
新田 本当に申し訳ありません。
矢野 (不貞腐れて)おれだって漢字の読み書きくらいできるわ。
新田 (矢野に)いつも報告書の誤字脱字チェックしてるの誰ですか。(満子に)捜査にご協力ください。世間を震撼させている凶悪犯をあと少しで捕まえられそうなんです。確か、ご家族は五人でしたね。
満子 え? ええ。
新田 満子さん、ご主人の秀俊さん。ご子息の晋一さん。祖父母の吉一さんとふじさん。
満子 ええまぁ。
矢野 (新田に)山の富士山じゃないからな。ふじというお名前だからふじさんだ。
新田 分かってます。吉一さんはだいぶご高齢のようですが、もしかしてそちら(ふじの部屋)で寝たきりとか……。
満子 (出まかせを言って)義父(ちち)は元気です。いまだに飛んだり跳ねたり、みたいな。
新田 すごいですね!
満子 (出まかせを重ねて)元体操選手ですから。
晋一 そうなの? って、あ、いや……。
満子 この子が生まれるずっと前に引退してるので。ここは義母(はは)の部屋です、と義父の部屋です。
新田 それでしたらこちらでも(開かずの間を指す)。角度的にはなんとか――。
満子 空いてます。こっち、空いてます。
新田 いらっしゃるのでは?
満子 出かけてます。二人とも。デイサービス、みたいな、何かそんな。元気でピンピンしてますが、それはほら、その年齢にしてはという意味ですから。
新田 では、ご協力いただけるんですね。
満子 いえ、あの、(受け入れるしかなく)我が家にはやましいところは何もありませんから。
新田 ありがとうございます。なるべくご迷惑をおかけしないよう気をつけます。
矢野 ちょうど容疑者も家に戻ったところです。やつは今現在も幼女を監禁してる可能性があるんだ。
晋一 (新田に)あの、もしよかったらぼくの部屋も使いますか?
新田 容疑者の部屋が見えるんですか?
晋一 いや、二階の反対側なんで。
新田 それですと、ちょっと。
晋一 休憩したいときとかあったら、(色目を使うように)ぜひ立ち寄ってください。
新田 (適当にかわす)お気遣いありがとうございます。
矢野 では、失礼。

 

矢野と新田はふじの部屋に入っていく。

 

晋一 家の中に女の人がいるなんて初めてだ。
満子 何言ってんの、警察よ。警察がこの家の中にいるのよ。
晋一 そうだ。やばいね。
満子 どうすんのよ。
晋一 おれに言われたって。
満子 この部屋だけは絶対に見せるわけにはいかないんだからね!
晋一 分かってるよ。……じゃおれ、出かける支度するわ。みんなサイゼリヤで待ってるし。

 

晋一、上手へ消える。

 

満子 ちょっと! (鼻をひくつかせる)この匂い。いけない、火止めるの忘れてた!

 

満子も慌てて下手に消える。

そのすぐあと、ドア3からふじが入ってくる。秀俊がそのあとに続く。

ふじはそこがランウェイであるかのように、自らのプロポーションを見せつけながらゆったりと舞台を練り歩く。鎖骨にひびが入っているのだが、とてもそんな風には見えない。

秀俊は風采の上がらない、どこか飄々とした感じの中年。うんざりした様子でふじを見守る。

ふじは中央で立ち止まってスピーチ。

 

ふじ (感無量で)昔からきれいだきれいだとは言われてきましたが、グランプリに選んでいただけるなんて思ってませんでした。今、世界には憎しみや暴力が溢れてます。しかし、私たちには愛があります。あまりにも醜い人は愛せませんが、たいていの人は愛すことができます。私たち一人一人が惜しみなく愛を与えれば、それだけ世界は平和になるのです。ありがとう。ありがとう。

 

ふじは想像上の観衆の声援に応える。
満子が上手から出てくる。

 

満子 あなた! (ふじの様子に気づき)どうしたの?
秀俊 自分をミス・ユニバース日本代表と思い込んでるんだよ。
満子 ずいぶん、無茶な思い込みね。
ふじ マネージャー、そちらはどなた?
秀俊 満子だよ。おれの嫁さん。それからおれはマネージャーじゃなくて、あんたの息子の秀俊。
ふじ (満子をやぶにらみして)……あんた、見る目がないね。
満子 (嫌味ににっこりして)お義母さん、そんなこと言ってられるのも今のうちてすからね。
秀俊 おれたちの狙いは気づかれてない。早く済ませてしまおう。
満子 それがダメなの。
秀俊 どうして? おれはもう心を決めたんだ(とサバイバルナイフを取り出す)。
満子 ダメなのよ。

 

満子が説明しかけると、ふじの部屋から矢野が顔を出す。

 

矢野 ご主人が帰ってこられたようでしたので、一言ご挨拶をと思いまして。
秀俊 だだだ、誰だっ。まさか、浮気か! こんなときに!
満子 ちがいます!
矢野 お世話になっております。
秀俊 何をどう世話されてんだこの野郎!
満子 こちらは刑事さんよ。
秀俊 刑事? 刑事ぃ! (ナイフを振り回して)よりによって刑事だなんて、それがどういう意味か分かってるのか! おれたちの計画を忘れたのか?
満子 違うってば。ちょっとそれしまって!
矢野 おばあ様も戻られたのですね。お部屋を使わせていただいてます。
ふじ ありがとう。写真集が出たら買ってください。
矢野 写真集?
秀俊 母さんの部屋で? 刺す!
満子 あなた!

 

満子はナイフを持った秀俊の手を捩じりあげる。

 

秀俊 あたたたたっ!
満子 張り込みに協力しろってあがりこんできたの。
秀俊 え?
満子 どうしようもなかったの。
矢野 (ふじの相手を諦めて)どうも話が通じないようで。
満子 すいません。ボケが進んじゃって。(とりあげたナイフを見せて)これ、おもちゃなんです。この人、こういうのが好きで。ほら、刺しても全然痛くない(と秀俊をぷすぷす刺す)。
秀俊 あいてっ、あいてっ、くない。
満子 あなた、ご挨拶。
秀俊 (緊張でカチコチになって)黒岩ですあやしいものではありません。

 

新田が慌てた様子で出てくる。

 

新田 矢野さん! 吉田が庭に何か埋めてます。
矢野 行方不明の幼女か!
新田 かもしれません。
満子 (秀俊に)もう一人の刑事さん。
秀俊 (引きつって)もう一人。
矢野 落ちつけっ! 
新田 みんな落ち着いてます。ただ、幼女にしてはちょっと毛深いような気が。
矢野 おれは行方不明の幼女の父親に会った。チューバッカみたいに毛深かった。遺伝したんだ。
満子 あの、それ、もしかしたら……。
新田 もう一度確認してみましょう。
矢野 よし。

 

矢野と新田は慌ててふじの部屋に戻る。

 

秀俊 どういうことなんだ!
満子 隣のバカが何かしでかしたらしいの。それでうちから見張らせてくれって。
秀俊 だって、これからおれたちが何をしようとしてるか……。
満子 どうしようもないでしょ。断ったら逆に怪しまれるじゃない。
秀俊 それはそうかもしれないけど、(ふじの部屋と開かずの間を指し)これはちょっとまずいだろぉ。
満子 分かってるわよ。
秀俊 あいつ、幼女誘拐犯なのか? テレビでやってるアレだろ?
満子 幼女を誘拐して監禁、挙句に殺したってやつ。
秀俊 地獄行きの鬼畜野郎だな。
満子 今庭に埋めてるっていうの、隣のバカ犬のことかも。
秀俊 ついに殺ったのか?
満子 もう我慢できなくて。
秀俊 母さん得意のフライパンで?
満子 素手よ(とポーズを決める)。
秀俊 さすが母さん。

 

矢野が素早い足取りで出てくる。

 

矢野 あの野郎、泣いてます。自分で殺しておいて、めそめそ泣きながら亡骸を埋めてます。頭の狂った変態だ。吐き気がする。
満子 あの、よく確かめました?
矢野 ええ。遺体はよく見えなかったが間違いない。連れ去られた幼女です。かわいそうに。
満子 まぁ、そう言うなら。
矢野 危険極まりない男だ。我々二人だけで飛び込むのは危険です。応援を呼びます。
秀俊 応援?
矢野 警官がどっと押し寄せますよ。
秀俊 それはちょっと困るな。うちは狭いから。
矢野 (携帯を取り出す)矢野です。やはりやつでした。決定的な証拠を掴みました。間違いありません。ええ、ええ、応援よろしくお願いします。(携帯を切る)すぐに東京じゅうの警官がやってきますよ。
秀俊 (くらくらする)なんだって。
満子 (支えて)お父さん。
矢野 ご安心を。こちらの敷地にも何人か配置させましょう。やつが逃げ込んでこないとも限らない。吉田め。もう逃げ場はないぞ。
秀俊 酸素、酸素を。
満子 しっかり。
矢野 私はそれまでやつから目を離しません。

 

矢野、ふじの部屋に戻っていく。

 

秀俊 この状況じゃ無理だ。
満子 一度お義母さんを連れ出した方がよさそうね。
秀俊 母さんはもうダメだ。いつどういうきっかけで我が家の秘密をバラすか分かったもんじゃない。
満子 できるだけ早くやりましょう。(つらそうに)お義母さんをどうやって始末するか考えるのは、楽しかった。
秀俊 何としても実行しないと。おれたちのために。

 

先ほどから椅子に座って、どこか泰然と構えていたふじ。

 

ふじ あんたたちが何を企んでるか、全部お見通しよ。
秀俊 かあさん!
満子 お義母さん。
秀俊 きゅ、急に帰ってくるのやめてよ。
ふじ とぼけるんじゃありません。
秀俊 何もとぼけてなんか。
ふじ 私も黒岩家の人間です。いつかこの日が来ることは分かってました。
秀俊 この日って……。
ふじ ほらとぼけた! あの人の死を二十年も隠し続けてきた私よ。今までどんな思いで生きてきたか(よよと泣く)。
秀俊 母さん。
ふじ おかげでミス・ユニバースにもなり損なった。
満子 それは何もなくても無理です。絶対無理。
ふじ お黙り。私がどれだけ多くのものを犠牲にしてきたかってことを言ってるの。
秀俊 うちのような生き方を選んだ以上、多少の犠牲は仕方ないよ。
ふじ それで、今度は私の番というわけね。
秀俊 それは……。
ふじ おじいちゃんは自然死だった。私のことはどうするつもり?
秀俊 どうするって……、(満子に)なぁ?
満子 私の口からはとても……。
ふじ 殺す気なのね。
秀俊 それは、言い方だよ。
満子 そうですよ、お義母さん。
ふじ あんたたちは、私を殺してお父さんと同じ部屋に入れようとしてる。そうね?
秀俊 母さんが気づく前にやってしまう方がいいと思ったんだ。
ふじ 否定しないの。
秀俊 おれたちにはこれしかないんだよ。
ふじ 晋一は知ってるの?
満子 私から話しました。
ふじ あの子は何て?
満子 お義母さんは知らない方がいいと思います。
ふじ ああそう。私は何も知らないままでいた方がいいってわけ。なぁんにも。
秀俊 拗ねないでくれよ。
ふじ いいの。分かってます。この二十年、いつかはこの日が来るだろうと思ってた。覚悟はできてます。いつでもいいわ(と目を閉じる)。痛くしないでおくれ。
秀俊 刑事がいるんだ。今は無理だよ。
満子 私たちだけになってから、ゆっくりやりましょう。
ふじ (目を開けて)そうだったわね。(姿勢を楽にして)大人しく自分の運命を待つわ。八十五年、私も十分生きました。人生は引き際が大事。大人しく殺されます。私がしてあげられることなんて、それくらいしかない。食い扶持が一人減ればいくらか助かるでしょ。でもね、あなたたちはボケてるって言うけど、私の頭はとてもはっきりしてるの。私が今ご飯を食べたいのは、病院のお昼を食べてこなかったからです。食べたのにまた食べたいと言ってるわけじゃない。
秀俊 母さん、病院で食べたよ。隣の人の分も。
ふじ (秀俊には耳を貸さず、芝居がかる)あのまずい病院のご飯。量も少ない。それに看護師たちのあの態度。あぁ、私の大嫌いなクリームシチューの匂いがする(満子は目を伏せる)。これが死の匂いなのかもしれない。いいわ、あとはなるようになれよ。八十五年、私も十分生きました。あなたたちにしてあげられることは……、さっきも言った? どっちでもいいわ。私は古い人間よ。運命に逆らったりしない。ここでこうやって実の息子とその嫁の手にかかるのを静かに待ちます……。(突然叫ぶ)刑事さん! 刑事さん! 殺される! 助けて! 助けてください!
秀俊 ちょっと母さん!
満子 お義母さん! やめて!

 

ふじの部屋より矢野が慌てて出てくる。

 

矢野 どうしました!
ふじ 刑事さん! 刑事さん!(と駆け寄る)私は、私はこの連中に……(と、何か別の感情がむくむくと沸いてきて自分でも混乱)私は、私は……。
矢野 なんです?
ふじ 警察が大っ嫌いなんです! (泣く泣く訴える)警察を見るともう全身に鳥肌が立つくらい、見るのも嫌なんです。それが同じ屋根の下にいるなんて耐えられない。今すぐ出て行って!
矢野 そうでしたか……。
秀俊 母さん、そんな、本当のことを言ったら失礼じゃないか。
満子 そうですよ、警察を好きな人なんて世の中に誰もいないんですから。
ふじ うえーん!
秀俊 泣くほど嫌だったんだね。(あてつけがましく)年寄りをこんなつらい目に合わせるなんて、警察というのは本当にひどい。あーよしよし、あーよしよし。
矢野 何と言っていいか。警察は確かに嫌われ者です。私なんかもよく善良な市民にあらぬ疑いをかけて唾を吐きかけられますよ。ぺって、本物の唾をね。そしたらあそこの新田をさっと盾にしたりなんかしてね。お前唾かかったなとか言って。ですが、叩けばほこりが出てくる連中に揺さぶりをかけるのも警察の仕事です。どうかご理解ください。容疑者逮捕はもう目の前なんです。
ふじ (また突然)殺される! (矢野にすがりついて)私はこの連中に殺されようとしてるんです。こいつらは私利私欲のためだけに実の母親である私を殺(秀俊と満子に引きはがされて口をふさがれる)ほがんがんが、悪魔っ、ほがんごぼが……。
秀俊 (矢野に)ボケちゃって、よくあることなんですよはははは、あいて!
ふじ (秀俊の手を噛んで逃げる)殺される殺される殺される。いやだー、死にたくないよー。刑事さん、助けて、助けて! 殺されるぅぅうっうっ(泣きながら訴える)。
秀俊 母さん、殺されるまで何もしてくれないのが警察だよ。
満子 (笑顔で矢野に)人間誰しもいつかは死ぬという意味です。
矢野 真理ってやつですね。

 

秀俊、逃げるふじを追い回す。満子も加勢する。ふじは矢野を盾にしたりしてすばしっこく逃げ回るが、挟み撃ちに合って捕まる。

 

ふじ 離せ! 鬼! 悪魔! 離せ!
秀俊 母さん、落ち着いて。
ふじ これが落ち着いてられるか!
秀俊 いいから!(と口をふさごうと苦戦する)
ふじ あんた刑事なんでしょ! 助けなさいよ! 殺されるって言ってるんだから! 実の息子に殺され(口をふさがれて)むごむご……。
秀俊 (矢野に)痴呆老人介護の現場からお送りしました。
矢野 なんとも、ご苦労、お察しします。
ふじ (もがきながら)ふごふごうー!
秀俊 (力づくで押さえつけて)もう毎日こんなで。さぁ、ちょっと二階へ行ってましょうか。刑事さんのお仕事の邪魔だから、ね。
満子 お騒がせして本当にごめんなさい。さ、刑事さんは張り込みの続きを。
矢野 ええ。

 

秀俊と満子はふじを強引に引きずって上手へと退場。矢野はやれやれと首を振ってふじの部屋に戻る。
数秒の間をおいて、ふじが上手から飛び出してくる。手は紐をぐるぐる巻かれており、口には猿ぐつわがかまされている。ふじ、縛りかけの紐をほどき、猿ぐつわをはずしてまたしても喚き散らす。

 

ふじ 助けて! 刑事さん! 刑事さん! 能無しかっ! 善良な市民を見捨てるのっ!

 

上手から秀俊と満子が追ってくる。同時に、ふじの部屋から今度は新田が出てくる。

 

秀俊 母さん!

 

秀俊が捕まえようとすると、ふじは華麗なステップでさらりと身をかわす。

 

新田 怪我人とは思えない身のこなし。
満子 お義母さん、言うことを聞いてください。
ふじ お前たちは裏切り者だよ。
新田 あの、何か問題でも?
満子 何でもありません。お構いなく。
ふじ 刑事さん、私を捕まえてください。
新田 はい?
ふじ すべてお話しします。すべて話して、すっきりしたいんです。このままじゃ死んでも死にきれない。
満子 (顔は笑って)お義母さん、どういうおつもりですか。
ふじ 私には秘密があるんです。ずーっと隠し続けてきた秘密が。
秀俊 (声を潜めて)裏切るつもりですか。
新田 ご協力いただいてるのに申し訳ありませんが、今、連続幼女誘拐事件の犯人を追いつめてるんです。のちほど改めてというわけには――。
ふじ 私は、とんでもない悪事を働いてしまったんです。
新田 悪事ですか?
ふじ あれは今から二十年前にさかのぼります。夫の吉一が死んで――。
満子 (あわてて口を挟んで)私が代わりにお話しします! 二十年前、義母は駅前のスーパーで万引きをしたんです。浅漬けのもとを二本。そのことを未だに後悔して、かわいそうに。悪いことなんてできる人じゃないんです。
ふじ あんたは黙ってて。
新田 (早く切り上げようと)そういうことでしたらとっくに時効です。確かにいけないことですが、誰しも小さな傷の一つや二つありますから。
ふじ 違うんです! 二十年前、夫が死んだんです!
秀俊 母さん!
新田 分かります。その悲しみからつい魔が刺してしまったんですね。(何かおかしいと思って)失礼ですが、こちらの吉一さんはご存命では?
ふじ 夫は……(秀俊に口をふさがれる)むごむご。
秀俊 父は色々あって一度家を出まして、我々家族としては死んだものと考えることにしたんです。ところが数年後、ひょっこり帰ってきました。その間どこで何をしていたのか、私たちも知りません。
新田 そうでしたか。どんな家族にも歴史がありますね。
満子 そうなんです。
新田 そう言えば、吉一さんはご一緒に戻られたのでは?
満子 それは……。
秀俊 (慌てて言い繕う)父は、一人で近所を散歩してます。パチンコをやって、喫茶店でお茶をして、小一時間歩きまわって帰ってくるのがいつものコースで。
満子 それはあなたのいつものコースね。
新田 百歳を超えられてるのに、お一人で?
秀俊 ええ、まぁ。父は頭の方もはっきりしてますし、足腰も丈夫ですから。
新田 それは素晴らしい。
秀俊 しばらく帰ってこないと思いますので、父のことは忘れてしまってください。できればそのまま永遠に。
ふじ (誰にともなく懺悔するように)忘れようとしたんです。でも無理でした。すごい存在感で、すぐ近くにいるんです。この二十年もの間、ずっと夫のことが心に重くのしかかっていました。
秀俊 (新田に)この二十年の間に、父が母にのしかかる晩も度々あったということです。父が家を出ていた数年間を除いて。
新田 それは、どれくらいの頻度で?
秀俊 ……半年に一度。
新田 ……奥が深いですね。
秀俊 (声を押し殺してふじに)これ以上何か言ったら殺しますよ!
ふじ (大声で)どうせ殺すくせに! いつかこういう日が来るってことは分かってたんだよ!
新田 あのー、なにか、殺すとか殺さないとか?
秀俊 (堂々とごまかす決意をして)刑事さん!
新田 はい。
秀俊 全国に四百六十万人いるという認知症の老人がみんなこんなだったら、なんて大変なことでしょう。
新田 ええ。
秀俊 自信を持って言いますが、我々はとても仲の良い、幸せいっぱいの、清廉潔白でやましいところなどどこにもない、それはそれは素敵な家族なのです。ただ、母はこのようにボケておりまして、ときどき情緒不安定になったり、意味不明なことを口走ることがあります。それが玉に瑕といえばそうかもしれませんが、完璧な家族などどこにもいません。
新田 よく承知しております。
秀俊 それはよかった!
ふじ (がっくりきた様子で)私たちは家族でも何でもないよ。

 

ふじは秀俊を振り払う。秀俊は捕まえようとするが、ふじは近づくなと手で制す。ふじがよろけると新田がこれを支える。ふじは新田に支えられて椅子に座る。

 

ふじ (新田に)どなたか存じませんが、私はいつも人様のお情けにすがって生きてまいりました。
秀俊 どこかで聞いたことある台詞だ。
満子 すっかりボケちゃって。もう末期ね。

 

上手からサイクリングウェアに着替えた晋一が意気揚々と出てくる。頭にはサングラスも乗せている。

 

晋一 弱虫ペダル!

 

一堂、晋一を見るが無反応。

 

晋一 あれ? (新田に気がついて)あ、刑事さん。ぼく、自転車やってるんですよ(と身なりをアピール)。
新田 みたいですね。
晋一 よかったらこのあと一緒に走ろうぜ。なんて、ねぇ?
新田 私、車なんで。あの、そろそろ戻ります。
満子 どうぞどうぞ。お騒がせしちゃってごめんなさい。
晋一 え? あれ?

 

満子、新田を半ば強引にふじの部屋に押し込む。満子と秀俊はぐったりとなって息を吐く。

 

晋一 なんだ、つまんないの。
秀俊 おれがうまく機転を利かせてなかったらどうなってたか。晋一、この大変なときにどこにいたんだ。
晋一 そりゃ、大変なときは大変じゃないところにいるだろ。
満子 晋一! 普段はそれでいいのよ。でも今は別。我が黒岩家、最大の危機なのよ。あなたも協力しなさい。
晋一 でも、ぼく、約束があるって――。
秀俊 もう口を封じるしかない。
満子 そうね。
秀俊 ……よし(と晋一の肩を掴む)。
晋一 え?
秀俊 晋一。お前ももう大人だな。
晋一 うん、まぁ。
秀俊 お前がやるんだ(とナイフを差し出す)。
晋一 (ナイフとふじを見比べて)おれ?
秀俊 通過儀礼ってやつだな。
満子 晋一にも黒岩家の一員として責任を果たしてもらいましょう。
晋一 無理無理無理! 絶対無理!
秀俊 晋一、男になれ。
晋一 共犯にしたいだけだろ? おばあちゃん、何とか言ってよ――。

 

晋一、ふと見るとふじの様子がおかしいことに気がつく。椅子に座ったままピクリとも動かない。

 

晋一 ……ちょっ、おばあちゃん? ……え? あれ?
満子 何。
晋一 もしかして、死んでない?
満子 え?

 

秀俊と満子、ふじに近寄ってよく見てみる。秀俊、口元に耳を寄せて息をしてるか確認する。していない。脈をとる。脈はない。

 

秀俊 ……死んでる。
満子 うそ。……あなたがやったの?
秀俊 違う違う!
満子 そんな余裕なかったもんね。でも、じゃあ……。
秀俊 死んだんだ。ただ死んだんだ。
晋一 自然死?
秀俊 ああ。まさかあれが最後の言葉になるとはな。「いつも人様のお情けにすがって生きてまいりました」。劇的とはこのことだ。
満子 おじいちゃんのときと同じ。気がついたときには死んでる。
秀俊 あ! おい、ここはまずいぞ。
満子 え?
秀俊 刑事だよ。
満子 お義母さんの死体を見られたらまずい!
秀俊 そうだ。(ふじに)ちょっと母さん、二階行くよ。……(死んでいるのだと思い出し)わー、そういうことか!
満子 あなた、そういうことよ。
秀俊 晋一、これが死というものだ。
晋一 分かってる。
秀俊 でも、いいこともあるぞ。
晋一 なに?
秀俊 誰もおばあちゃんを殺してない。
晋一 ということは、誰も罪を背負う必要がない?
秀俊 その通り!
満子 本当はちょっと楽しみだったけど、長い目で見ればきっといいことね。
秀俊 とにかく、うちのことをバラされないうちにこうなってくれてよかった。おばあちゃんが死んだことは絶対に奴らに知られてはならないぞ。
満子 そんなことになったら計画が台無しよ。
秀俊 おばあちゃんはこれからまだ十年も二十年も生きるんだ。(晋一に噛み砕いて説明して)生きているようなふりをするってことだぞ、家族みんなで。
晋一 (うざい)分かってるよ。
秀俊 よし。あそこ(開かずの間)に隠している余裕はない。開けるのが手間だからな。ひとまず二階に運ぼう。(ふじに)さ、母さん、じゃなかった。お母さん、晋一、手伝ってくれ。

 

三人で協力してふじを持ち上げる。ふじはかなり重い。

 

秀俊 ダイエットさせとくべきだったな。

 

そこへ、ふじの部屋から矢野が出てくる。

 

矢野 (緊迫した表情)やつが表に出ます。誰か尋ねてきたようです。ちょっと玄関から覗かせてください。

 

秀俊たちは固まったまま動かない。矢野はドア3からさっと出ていく。

 

秀俊 危なかった。
満子 (こそこそと)どうするの?
秀俊 いったん下ろすか? 
晋一 今のうちに行っちゃった方がいいって。
秀俊 そうだな。よし、行くぞ。

 

すると、矢野がドア3から戻ってくる。三人は再び固まる。

 

矢野 宅配便でした。でも油断はできない。何が届いたか分かりませんからね。

 

ふじの腕がだらりと垂れさがり、頭ががくっとのけぞる。いかにも死んでいるように見える。秀俊たちは気が気ではないが、矢野はまったく気がつかない。

 

矢野 今はネットで何だって買えるんだ。共犯者の存在だって考えられる。
秀俊 宅配便を使って連絡を取ってるんですね。
満子 回りくどいことするわね。
矢野 (鋭く)ところで。
秀俊 (緊張して)はい。
矢野 トイレを拝借しても?
秀俊 どうぞ。
矢野 ありがとうございます。一瞬ですから。

 

矢野、さっと下手に消える。

 

晋一 急ごうよ。
秀俊 一瞬だって言ったぞ。早ションなんじゃないか? そういう顔をしてるぞ、あいつは。
満子 何よそれ。
秀俊 男には早ション遅ションっていうのがあるんだよ。
満子 いいから! わっ、ちょっと!

 

三人がよろけて崩れたところへ、矢野があっという間に下手から戻る。ふじは床にうつ伏せに投げ出されて、まるで死体のように見える。矢野、一家の様子に目を留める。

 

秀俊 れ、練習中です。
満子 何の。
晋一 宴会芸の。
秀俊 町内会の慰安旅行で、家族ごとに芸を披露しなきゃならんもんで。
矢野 そんなものがあるんですか。
晋一 (コントの出だし風に)酔いつぶれたおばあちゃんと、それを介抱する家族。
満子 わりとそのまんまね。
矢野 はっはっは、面白いな。
満子 面白い?

 

三人はその余興芸を練習してるふりをする。

 

晋一 おばあちゃん、どんだけ飲んだの?
秀俊 またクリーニング屋のジジイに飲まされたな。
満子 酔うと簡単に触らせるから。

 

秀俊と晋一が両脇からふじの肩を抱くようにする。

 

満子 今日はこのまま寝かせちゃいましょう。
矢野 (乗って話に加わってくる)こっちですか?(とふじの部屋を示す)
秀俊 いやいやいや、二階にお部屋をご用意してありますので。
満子 誰よ。二階よ、二階。お義母さん、今度飲んだら金歯引っこ抜いて売り飛ばすって言ったの覚えてますか? やりますよ。

 

晋一がよろけて、あっちにとっとっと、こっちにとっとっと、と傾く。

 

秀俊 しっかりしろ。
矢野 まいった。仲のいいご家族だ。宴会では大爆笑ですよ。保証します。
満子 この人、感覚おかしくない?
秀俊 疑ってないってことが大事だ。
満子 そうだけど。

 

満子も協力するが、またバランスが崩れてよろける。

 

矢野 おっと。

 

矢野が倒れないように支える。そのとき、うっかり満子の尻に手を添えてしまう(とてもうっかりとは見えないような触り方で)。満子、黙って矢野を振り返る。

 

矢野 (しばらく触ったあと、ようやく手を引っ込める)申し訳ない。こんなときに何をやってるんだおれは。そろそろ戻らないと。
晋一 どうぞ行ってください。
秀俊 我々には練習がありますから。
矢野 失礼します。

 

矢野、ふじの部屋に戻っていく。秀俊たちは息をつく。

 

秀俊 あいつがバカで本当に助かったな。
満子 このまま行くわよ。

 

三人、ふじを担いで上手に退場

 

暗転(少し時間経過)。

 

 

 


第二場

▼第二場

 

ふじの部屋から矢野が出てくる。携帯で上司と話している。

 

矢野「吉田の家を囲むように警察官を配置した。分かりました。突入はいつです。……やつが出てくるのを待つ。了解。我々は隣の家で張り込んでます。容疑者の動きは手に取るように分かります。何か動きがあったら知らせます」

 

矢野、携帯を切ると大きく息を吐く。張り込みは神経戦に突入し、より疲労感を滲ませている。そこへ満子がお盆にスープ皿を乗せて下手より登場。

 

矢野 すいません、その部屋いまいち電波がつながりにくくて。
満子 そうなんです、ごめんなさい。刑事さんも疲れたでしょう?
矢野 二週間休みなしですから。でもこれくらい何ともないですよ。
満子 大変なお仕事。これ、よかったら食べてください。
矢野 いや、そんな、そういうわけには。
満子 少しは食べないと、犯人にも逃げられちゃいますよ。
矢野 でも勤務中ですから(と言いつつ覗く)。うわっ、クリームシチュー。ぼくのいちばん好きなやつじゃないですか。
満子 うちのおばあちゃんは大嫌いでした。
矢野 これが嫌いな人、いますか? って、どうして過去形なんです?
満子 え? いえ、克服したってことです。
矢野 ですよね。
満子 ホントに、こんな嬉しいことはありません。さ、どうぞ。
矢野 じゃあ、一口だけ。

 

矢野、一口食べる。

 

矢野 んまいっ! これもう少しいけちゃうな(と続けて食べる)。奥さん、うまいです。うまい。……(涙が滲んでくる)すいません、涙が。
満子 そんなに喜んでくれるなんて。
矢野 この二週間、ろくなものを食べてなくて。毎食コンビニか牛丼ですよ。すき家が値上がりして大打撃だし。それはともかく、奥さん。
満子 はい?
矢野 私も刑事です。私なりにこちらのご家族の様子を観察させていただきました。
満子 (緊張して)え、ええ……。
矢野 なんて素晴らしい人たちだ。
満子 そうかしら?
矢野 感動しました。おまけにお母さんはこんなに料理がうまいときてる。
満子 そんなこと。
矢野 ちくしょう、いいもの食べさせられちゃったな。私は家族の温かみというものを知らずに育ったんです。親は私が物心つくよりも前に離婚しました。母に引き取られたんですが、これがまったく料理のできない女で。おまけにブスでしたよ。奥さんとは大違いだ。
満子 あら。
矢野 (照れを隠して)はははこれじゃあまるで奥さんを口説いてるみたいだおれってやつは仕事中に何を言ってるんだ。
満子 もっと言って。
矢野 え? 
満子 もっと。
矢野 奥さんは、色っぽい。色気がある。
満子 もっと。
矢野 目がきれいだ。
満子 もっと。
矢野 脱がせてみたい。でも靴下は履いたままで。おれとしたことが。
満子 あの女刑事さん、かわいらしいわよね。いつも一緒なんでしょ?
矢野 (吐き捨てるように)はっ、あんな牛乳臭い鳩胸女。
満子 お隣は今どうしてるの?
矢野 動きなしです。さっきの宅配便はDVDでした。いやらしいやつを大量注文。さっそく見てます。ゴキブリ野郎め。そんなことより。

 

矢野は自分が抑えられず満子に迫る。

 

矢野 奥さん。
満子 ダメ。
矢野 我慢できないんだ。
満子 ここじゃダメ。
矢野 じゃあ、あの物置で(と開かずの間を指す)。
満子 あそこじゃイヤ。台所がいいわ。勝手口がちょっと奥まったところにあるの。こういうことがあったとき、あそこはいいんじゃないかって前から思ってた。
矢野 (鼻息荒く)手を後ろに回してガンガン突いてやる(と満子の手を後ろに回す)。
満子 あぁん、刑事さんらしい。好きにして。
矢野 時間がない。十分で。いや、三分。三分で済ませよう。

 

二人はもつれ合うようにして下手に退場。
入れ替わるように、ふじの部屋から新田が出てくる。

 

新田 (探して)矢野さん? ちょっとどこ行ったの?

 

そこへ上手から晋一が登場。

 

晋一 あ。やぁ、何してるの?
新田 うちの矢野が見当たらなくて。
晋一 いないんだ。じゃあ、ちょうどいいね。
新田 ちょうどいい?
晋一 二人きりだなって。
新田 ああ。
晋一 (ふじの部屋をあごで指して)あいつ、何してるの?
新田 何って、DVD見てるところ――。
晋一 何の?
新田 それはあなたには関係ない――。
晋一 いやらしいやつだ。あいつ、そういうの超好きなんだよ。知ってるんだ、おれ。

 

新田、急に態度が変わって大胆になる。

 

新田 一枚見たと思ったら続けざまにもう一枚。ズボンもパンツも脱いで下は全部丸出し。あれが落ち着くまで妙な真似はしないわ。でしょ?
晋一 (たじろいで)だね。
新田 私のこと、ちらちら見てたわよね。
晋一 もしかして、視線感じたりした?
新田 一人で張り込みしてると、いやらしいことばかり考えちゃう。私も変態なのかしら。
晋一 (興味深げに)そうなんだ。
新田 こんなときだからこそね、性欲、ビンビン感じちゃう。
晋一 具体的にどんなことを想像してるのか、詳しく聞きたいな。

 

新田、髪をふり解き、メガネをはずす。別人のような艶めかしい目になって晋一を見る。

 

新田 ホントにしょうがない子ねぇ。そんなに聞きたい?
晋一 う、うん。
新田 私は尋問のスペシャリストよ。我々の組織に潜入したスパイが捕まった。それがあなた。(晋一に近寄って耳元にささやく)飛んで火にいるナ、ツ、ノ、ム、シ。
晋一 うひっ。
新田 (晋一の体を撫でながら、ゆっくり周囲を回る)知ってる情報をすべて吐いてもらうわよ。両手を縛って、両足も縛って、目隠しもする。それから着てるものを一枚ずつ切り裂いて、ゆっくり全身を調べ上げていくわ。指先からすーっと肌をなぞっていって、ほら、耳の中に何か隠してない?(とふっと息を吹きかける)
晋一 あっ(膝ががくがくになる)。
新田 体中の穴という穴を調べなくちゃねぇ。
晋一 どどどどど、どうやって?
新田 べろべろ舐め回してみたら、何か分かるかもしれないわ。
晋一 (声が裏返って)たっ、たえっ、耐えられるかな。
新田 隠してるもの、ぜ~んぶ見せなさい。
晋一 あの刑事と、いつもこんなことしてるの?
新田 (鼻で笑って)よしてよ、あんな糸こんにゃく。
晋一 ぼくが、妄想を実現する手助けをしてあげると言ったら?
新田 あらぁ、辛抱たまらなくなっちゃう。そうね、そこは空いてるのかしら?(と開かずの間を指す)
晋一 いや、そこは荷物でいっぱいだから、じゃ、ちょ、ちょっとお風呂場行こうか。
新田 尋問するのに完璧な場所ね。本当は五時間くらいほしいところだけど。
晋一 ごごっ、五時間? ホテルだったら延長料金かかっちゃうね。
新田 今は時間がないわ。そうね、三分で済ませましょ。
晋一 ぼくは五時間でもいいんだけど。
新田 それはまた今度。いらっしゃい。

 

新田は晋一の服を掴んで下手に引っ張っていく。
入れ替わるように、背中にふじを担いだ秀俊が上手から登場。

 

秀俊 やけに静かだな。よし、今のうちに。

 

秀俊、開かずの間を目指して進むが、ふと足を止める。

 

秀俊 (急に悲しみがこみ上げて)おっかあ! おれが、こんな出来の悪い息子だったばっかりにさんざん苦労かけて。ごめんよ。おれは、おれは、自分が情けない!

 

秀俊、感極まってふじをぞんざいに投げ出す。ふじはうつ伏せに転がる。

 

秀俊 おれがもう少しできる男だったら、投資とかマルチとかおれおれ詐欺みたいなやつとか、なんとか金を増やして、もっと楽させてやれたのに! おれ、毎日パチンコやってるだけだったもんな。母さん言ったよな、マイナス出すようだったらやめなさいって。出さなかったよ。月締めでただの一度もマイナス出さなかったよ、おれ。(客席にちょっと自慢げに)すごいだろ。(戻って)それだけだ、おれがやった親孝行っていったら。
おれたち、二十年も悪いことしてきたんだな。人には絶対言えない。言ったら、やめなきゃならなくなるし。最低の家族だよ。もちろん下には下がいる。でも、おれたちだってけっこう悪い奴らだ。そうだろ? おれなんか、自分のために母親を殺そうとまでした。きっと地獄落ちだ。おれたちみんな、地獄落ちだ。母さん、一足先に待っててくれ。……地獄か。いいところだといいな。

 

何か重苦しい声が聞こえてくる。いくつも重なった苦しみ悶えるような声だ。

 

秀俊 (びくびくして)なんだ? 地獄の亡者たちの声か。

 

唸り声、叫び声、あえぎ声が入り混じり、次第に大きくなっていく。それは実のところ、満子と矢野、晋一と新田の、絶頂に達さんとする声なのであるが、秀俊は地獄の阿鼻叫喚の声だと思い込む。

 

秀俊 地獄だ! おれは生き地獄に落ちたんだ!

 

秀俊は、耳を塞ぐようにして苦しげに頭を振る。声はますます高まり、赤黒くなった照明が明滅し、地響きが鳴り響く。秀俊は床が揺れたような感じでバランスを崩す。

 

秀俊 揺れる! 家が崩れる! おお、おおおおお!

 

秀俊、恐怖にうずくまって頭を抱える。声は次第に収まり、照明も元通りになる。秀俊はおもむろに顔をあげ、ゆっくり立ち上がる。

そこへ矢野が下手より登場。衣服の乱れを直しながらの慌てた足取り。二人はお互いに気がつくと一瞬顔を見合わせて、それから「わっ!」と声を上げる。

秀俊はパニックになって床に転がるふじの死体に覆いかぶさる。もちろん、そんなことでは何も隠せない。一方、矢野も慌てて背を向け、ズボンのジッパーを引き上げる。以下、お互いに顔を見ないようにしてやりとりする。

 

秀俊 何でもありません、何でもありませんよ!
矢野 いててててて! 絡まった!
秀俊 え?
矢野 毛が! いや、何でも。ご、ご主人、こんなところで一体何を?
秀俊 何って、ここは私の家ですから。
矢野 そうでした。いだだだだだっ!
秀俊 刑事さんこそ、こんなところで何を?
矢野 私のことはどうぞお構いなく。私も警察官の端くれですから、やましいことなど何もしてませんよ、ははっ! トイレですトイレ。
秀俊 (伏せたまま)私もすぐ行きますから、気にしないでください。
矢野 私こそ、すぐ行きます。

 

そこへ下手から新田が登場。新田もまた慌てた様子で衣服の乱れを直しながらである。メガネはかけているが、髪は解けたまま。衣服の乱れっぷりは矢野よりひどく、交わりの激しさを物語る。
新田は二人に出くわして「ぎゃっ!」と叫び、慌てて背を向ける。矢野も「うわっ!」と背を向け、秀俊は秀俊で「きゃあああー!」と甲高い悲鳴を上げて、ふじの死体を隠そうと更にもがく。しかし、それはまったく無駄な努力である。

 

新田 私、あの、あの、ちょっとおトイレを拝借してました!
矢野 トイレはおれが使ってたんだ。
新田 え? あ、あの、ふさがってたので、ちょっとお風呂場で、しちゃいました。
矢野 くそっ、ちゃんと拭いたのかよ。
新田 ふ、拭きました! っていうかそっちじゃないんで!
秀俊 紙ならいくらでも使ってください。どうせパチンコ屋のトイレから盗ってきたやつですから。
新田 そうなんですか? でもそれ、軽犯罪法違反かもしれないな、なんて。
秀俊 え? それじゃあ、あの、冗談です。
新田 ですよね。だと思いました。
矢野 (新田に)お前、どこで何してたんだよ。
新田 矢野さんこそ、どこ行ってたんですか。
矢野 それはお前……、それより吉田は?
新田 あ!
矢野 行くぞバカ野郎!
新田 (秀俊に)失礼します!

 

矢野と新田、逃げるようにふじの部屋に戻っていく。
秀俊は、やおら起き上がる。

 

秀俊 どうやら助かったらしいな。……(しばし呆然と立ち尽くし、やがて自分のやるべきことを思い出す)そうだ、今のうちに。

 

秀俊、ふじの手を掴んで開かずの間の前に引きずっていく。それから鍵を取り出し、三カ所に取りつけられた錠をはずす。

 

秀俊 よし。

 

秀俊、まずドアを開ける。それからふじの脇の下に手を差し入れて中に引きずり入れる。まもなく出てくると、再びドアを閉めかけたところでいったん手を止める。

 

秀俊 ……母さん。

 

秀俊、何か思いついて、再び開かずの間に入る。ややあって出てくると、手にはお札を数枚握っている。ふじのポケットから抜き取ったのだ。

 

秀俊 いくらか持ってるんじゃないかと思ったんだ。母さん、じゃ、おつかれさまでした。父さんと仲良くしてください。

 

秀俊はドアを閉め、再び三カ所施錠する。

そこへ下手から満子と晋一が登場。二人とも、衣服や髪の乱れを直したり、わざとらしく咳込んだりする。晋一のウェアはあちこち切り裂かれ、両乳首のところが丸く切り取られている。サングラスは割れてひしゃげている。

 

秀俊 お前、それどうしたんだ?
晋一 何が。
秀俊 それ。
晋一 今流行ってるんだよ、こういうの。サイクリング界で。
秀俊 最近の流行りは分からんな。
満子 終わったの?
秀俊 あぁ、終わった。
満子 (晋一に)終わったわ。
晋一 終わったね。
秀俊 (気がついて)いや、まだだ。
満子 (晋一に)まだよ。
晋一 まだだった。
秀俊 あとはあの刑事たちさえ出て行けば……。

 

そこへ矢野が携帯で話しながらふじの部屋から飛び出してくる。あとから新田も追ってくる。

 

矢野 本当ですか! いったいどこのどいつが? 本当に自分がやったと言ってるんですか? 他の事件の証拠もある? じゃあこいつは、おれたちが追っていた吉田は何者なんです。そんなことは知らん? 吉田が犯人ですよ! 違う? そう思ったんだけどなぁ! ……分かりました。はい、とりあえず署に戻ります。

 

矢野、携帯を切る。
秀俊たち、固唾を飲んで見守っている。

 

矢野 すいません、その部屋、いまいち電波がつながりにくくて――。
新田 (説明を求めて)矢野さん。
矢野 ……。(一堂に)真犯人が逮捕されました。
新田 え?
矢野 別の幼女を誘拐しようとしたところを、現行犯です。行方不明になっている幼女たちのデータが入ったカメラを持ってました。(新田に)間違いなくそいつだそうだ。
新田 それじゃ、吉田は?
矢野 (悔しさいっぱい)誰なんだろうなぁ、吉田って!
新田 で、でも、犯人が捕まってよかったですよ。
満子 あの、それじゃあ……。
新田 すみやかに撤収させていただきます。このたびは市民の安全を守るため捜査にご協力いただき、まことにありがとうございました。矢野さん。
矢野 ありがとうございました。
秀俊 (急に余裕になって)真犯人が捕まったならそれでいいですよ。なぁ?
満子 ええ。
新田 ふじさんと吉一さんにどうかよろしくお伝えください。
満子 それはもう。
矢野 いずれにしても吉田は危険人物です。もし奴が何かおかしなことをしでかしたら、すぐに署までお知らせください。(それとなく満子に目配せ)私が駆けつけます。
満子 (意味深に)連絡するかもしれません。
晋一 ぼくも、110番します。
新田 (晋一に流し目)たっぷり時間があるときにね。(元に戻って)すぐに駆けつけます。
秀俊 (二組の目配せにもまったく気づかず)じゃ、これでお開きということで。
矢野 お騒がせしました。
新田 失礼いたします。

 

一家は矢野と新田をドア3に送り出す。ようやく家族三人だけになる黒岩家。

 

秀俊 今度こそ、終わったな。
満子 終わった。
晋一 右に同じ。
秀俊 これで我が家は安泰だ。
満子 すべて計画通りね。
秀俊 それよりいいぞ。母さんは自分でぽっくり逝ってくれたんだから。
満子 そうだった。あ、ちょっと新聞取ってきちゃう。

 

満子、ドア3から出ていく。

 

秀俊 さーて(肩を回したり腰をひねったりしてストレッチ)。
晋一 ねぇ、おばあちゃんの部屋ってどうするの?
秀俊 ん? 父さん、もう決めてるぞ。
晋一 何?
秀俊 晋一にプレゼントだ。
晋一 マジ? いいの?
秀俊 その代わりと言っちゃなんだけど、これからも父さんによくしてくれよな。
晋一 何それ。自分は同じ目に遭いたくないってこと?
秀俊 ま、そういうことだ。
晋一 おっけーおっけー。やったね!

 

満子が新聞を見ながらドア3から入ってくる。立ち止まって、手に持った券と新聞を見比べる。

 

満子 ちょっと。
秀俊 どうした?
満子 ……当たった。
晋一 何が?

 

満子、黙って新聞と券を押しつける。券は宝くじだ。秀俊、まさかと思ってあわてて確かめる。

 

秀俊 (しばし目で探して)……下一桁4組の、1、4、3、9、2、2。(照らし合わせて)1、4、3、9、2、2。……き、来たっ! 来たっ! ろ、六千万!
晋一 六千万!
秀俊 来たっ! 来たーっ!

 

秀俊、満子、晋一、三人で抱き合う。

 

満子 私、幸せ!
秀俊 これで一生遊んで暮らせるぞ!

 

やったやったと泣き笑いになる三人。

 

 

 

 

                    

 

 

 

 

 


この本の内容は以上です。


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