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「《格言》バラには棘があると文句を言うことも出来るし……」を廻って

 

《格言》バラには棘があると文句を言うことも出来るし……」

を廻って

 

以下は、2018年実践ビジネス英語Lesson23(Parenting And Grandparenting--2)で耳にした《格言》。《筆者》も紹介されていた。

 

You can complain because roses have thorns, or you can rejoice because thorns have roses. ”(Tom Wilson, English scholar and politician)

「バラには棘があると文句を言うことも出来るし、棘のある木にバラが咲いていると喜ぶことも出来る」(番組講師の杉田敏氏訳)

 

同番組で筆者として紹介された"Tom Wilson, English scholar and politician"なる人物はそのありきたりの姓名ゆえ、検索すると多数の"Tom(Thomas) Wilson"を見出せるが、該当しそうな人物は見当たらない。

 

ある引用文検索サイト(https://quoteinvestigator.com/2013/11/16/rose-thorn/)はこの《格言》の筆者の候補を、"Abraham Lincoln? Alphonse Karr? B. Fay Mills? Roe Fulkerson? J. Kenfield Morley? Anonymous?"としながらも、Abraham Lincolnが筆者である可能性は乏しいとして、フランスの「著名な著述家」"Jean-Baptiste Alphonse Karr (1808 –1890)  French critic, journalist, and novelist"を有力候補に挙げている。

 

この《格言》の中心的語彙を含む以下の如き詞句が、Karr の著作"Lettres écrites de mon jardin” (P.293, Publisher Michel Lévy Frères, Paris)(1853)に見出されるという。

 

De leur meilleur côté tâchons de voir les choses:

Vous vous plaignez de voir les rosiers épineux;

Moi je me réjouis et rends grâces aux dieux

Que les épines aient des roses.

物事をそのよき側面から眺めてみよう。

人は薔薇には棘があるとこぼす。

私は喜ばしく思い、神々に感謝する、

棘は薔薇の花を戴くことを。(私訳)

 

同サイトはまた、筆者とされるKarr自身が、この詞句は作者不明であると仄めかしている("Karr’s introductory comment suggested an anonymous authorship")とも付け加えている。Karrはこの詞句、あるいは類似の詞句をあるときどこかで目にしたか耳にしたということであろう。

 

私は、この詞句の濫觴は、Joseph Joubert(1754 --1824) の手になる断章であると認識している。

 

Jean-Baptiste Alphonse Karrの著作の刊行は1853年である。

 

ジューベールの死後、シャトーブリアン(François-René de Chateaubriand)

(1768--1848)の手で1838年に刊行された"Recueil des pensées de M. Joubert, publié par Chateaubriand"(Le Normant, Paris, 1838) (https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k704177.pdf)には

 

Au lieu de se plaindre de ce que la rosé a des épines, il faut se féliciter de ce que l'épine est surmontée de rosés, et de ce que le buisson porte des fleurs.

  

を見出せる("rosé"は原文通り)。

 

手元にある大部の二巻本(合計約1300頁)には、以下の如く。

 

Au lieu de se plaindre de ce que la rose a des épines il faut se féliciter de ce que l'épine est surmontée de roses et de ce que le buisson porte des fleurs.

(Carnets, textes recueillis sur les manuscrits autographes par Andre' Beaunier,1994, I-p.183)

ばらには棘ありと託たで、棘はばらの花を戴き、藪に咲く花あるを喜ぶべし。(私訳)

  

単なる教訓と化しているKarrのものは、ジューベールのこの断章の貧弱な焼き直しに過ぎない。

   

先の引用文検索サイトによれば、Alphonse Karr 1862年刊行の“Sur la plage” (“On the beach”)にも、1877年刊行の“L’esprit d’Alphonse Karr: pensées, extraites de ses oeuvres completes” (“The spirit of Alphonse Karr: thoughts, extracted from his complete works”).にも同詞句を載せているというから、気に入りの詞句であったのだろう。

 

同引用文検索サイトには、Alphonse Karr の1877年の著書では、同詞句に関する注記はなく、読者はそれがKarr自身の手になるものと思ったであろう("There was no introduction to the verse, and readers may have assumed that the lines were composed by Karr.")とある。

 

ジョゼフ・ジューベールの大部と評するほかはない二巻本"Carnets"の翻訳を始めて久しいが、改めてこの優れた著作がいかに読まれていないかを思い知るばかり。併せて、世に広く知られぬということは、価値の有無・大小とは些かの関わりもないことをも確かめる機会となった。

 

わざわざ日本語に翻訳するには及ばないと判断できる(判断するのは、無論、私である)断章も数多いから、この大部の書の部分的翻訳はやがて完了するかもしれないが、公開する機会は終に訪れることはないかもしれないと覚悟はしている。

 

残念なことだ。

 

 

(了)


この本の内容は以上です。


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