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ドーナツショップ

 

著者:滝川寛之

 

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 藤田ニコルは幼少のころからダンキンドーナッツが好きだった。彼女はハーフである。彼女はフランス語と日本語と英語が達者だった。それは父譲りだ。

 フランス人の父親は貿易商人日本人の母親は専業主婦である。それは大きな豪邸に住んでいた。地域は千葉県であった。

 父親のジョンは、平日、家にいることなかった。理由は、東京本社に勤めていたため、いちいち帰宅するのが面倒であったために、適当にホテルを探して宿泊すると言うのが常だったから。いわゆる、週末千葉県民。そんなこともあってか、もともとそういう性格だったのか、それは分からないが、母親の智子はとにかく娘のニコルを可愛がってくれた。溺愛していたのだ。

 上り下りのない、産まれた時から坂知らずな子だった。ニコルはいつか山登りをしてみたいと心のどかで考えていた。時々見える富士山の遠い景観は圧巻の一言でよかった。事足りた。いや、それ以上の言葉など必要なかった。

 ニコルは非常に顔だちのよい子だったが、ドーナツのせいか、幼少の頃より肥満だった。小学生までは気にはならなかったが、中学に入り、初恋を覚えると自身の容姿に気がかかるようになっていた。

 どうして私はこんなにも太っているのかしら?

 やだ! どうしよう。

 そんな思いが毎日、錯綜としていた。

 初恋の相手は、数学の教師だった。あの知的ながら少しだけふっくらとしており、そしてまた巨漢な体型にほれぼれとしていた。それだけではない。夏でも真冬でもなんだろうがとにかく半そでのワイシャツ一枚で四季を感じるその先生の全う性というか個性とでもいうべき男のこだわりみたいなものが好きだった。同級生からもこの先生は大変好かれていた。

 ライバルが多いわね。負けないわよ。

 ニコルは人知れず自分のチャームポイントである豊満な胸元をその先生の腕にすり寄らすのだった。ダンキンドーナッツは、恋しくなるたびに、ただ、無言遠ざかるばかり。彼女はそれがさびしくて仕方がなかったが、先生のために自分のためにダイエットへ精を出した。そのダイエットには親友の手助けもあったものだからニコルは心強い気持ちでいっぱいだった。学校の昼休みは校庭をぐるりと何回もマラソンをした。親友と一緒に、だ。親友はほっそりとした可愛い子で、ニコルは少しだけジェラシーみたいなものを焼き付けていた。

 ニコルはとにかく毎日毎日、ダンキンドーナッツのことで頭がいっぱいだった。あのやわらかい生地のなかにイクラのような粒状のゼリーが入っている代物は特に大好物だったために、嗚呼、私はもう食べることが許されないのかしら? などと自問したりした。

 考えれば考えるほど、思えば思うほど、授業に身が入らないようになっていた。卒業間際だと言うのに、いつのまにか成績は酷くなるばかり。それを見かねた母は、いつしかダンキンドーナッツをこしらえて、我慢しすぎは体に毒よ。とだけ彼女に一言添えたのだった。

 結局、ニコルはダイエットをあきらめた。いや、少しだけ痩せたので、それで目的は達成したと自ら甘んじたのだ。学校では、早かれ遅かれカップルたちがどんどん成立しては、テイクアウトを済ませていた。ニコルはそれらの群衆に紛れることもなく、今日も一人で帰宅する。家に帰ると昔ほどではないが、ほどほどというべきか、時々、ダンキンドーナッツがテーブルに置かれてあった。ニコルは最近から夕食をすることなく受験勉強をしていたために、そのドーナツたちは合間合間を見て丁寧に口の中に放り込まれた。とにかくおいしかった。

 ジョンが土曜日に帰ってくる。その時はもっとたくさんダンキンドーナッツがあるのかしら? ニコルはひそかに思いをはせていた。しかしジョンは細身の人間で、なのにどうしてニコルが肥満なのか? 不思議で仕方なかった。彼は彼女の日常をあまり知らないのだ。そんな家庭の事情というものが存在していた。ニコルは母智子に訊いてみた。お父さんが帰ってくるときには、ドーナツの数が多いのでしょう? と。答えはノーだった。ニコルは愕然とした。

 嗚呼、とてもトロピカルなダンキンドーナッツたちよ、ごめんね。私、あなたたちをおなかいっぱい食べることができないの。だって、そうでしょ? 元からないのだから。

 ニコルは一人、おとぎの国へと迷い込んだようにメルヘンチック悲劇のヒロインを演じた。だがしかし、そんなことは大人たちにとって大変迷惑な話だったに違いない。嗚呼、トロピカル君。トロピカルちゃん。私があなた方を美味しく食べることに異議はなくて? 彼女はそういつまでも白雪姫を妄想としていた。

 ジョンが帰ってきた深夜はとにかく破廉恥だった。智子の喘ぎ声とジョンの雄叫びとが交錯した轟が少し離れたニコルの部屋の中にも届いていたものだから、彼女はおもわず生えたばかりのVライン下にある恥部に甘い汁を滴らせるのであった。ニコルは我慢できずに生まれて初めてオナニーをした。やわらかく、そして強く激しくクリトリスを摩る。嗚呼! 智子と同じ声を出したニコルは自分が何をしているのかまったく判断がつかないほどに理性を失ったメスになっていた。もはや獣だった。こんなに気持ちいいの初めて! 嗚呼!何故、指がとまらないの? やがてニコルは絶頂を迎えた。ひくひくと膣内が脈打つ。そしてきゅっと搾り取るようにして中が狭まった。とてもよかったわ。わたし……。彼女に何だか情けなさというのが押し寄せてくる。それとは裏腹に、明日もやるのよ、絶対。と、心に言い聞かせるのだった。

 

 今日の下校時は、親友と一緒だ。本当は親友とニコルは別路のためそんなことはまずないのだが、試験勉強を一緒にしましょう。と、親友が誘ったために、彼女の家へ遊びがてら勉強をするつもりでいた。親友の名前は足立香苗(あだちかなえ)と言った。彼女もまた裕福な子だったものだから会話が幾分合う事は合った。しかしながら、肥満と標準体とでは話の先にも何も会話がかみ合わなかった。だけども香苗はどちらかというと人に合わすタイプだったためか、負の落としどころというものはあった。香苗にはちゃんとした彼氏がいた。経験済みなのかどうかは、ニコルは知らなかったが、時折見せる彼女の大人チックが、ニコルは何だか同じ同級生ではないような気がしていたものだから、彼女の中では香苗は経験済みと決めつけていた。

 香苗の家に着いた。あいさつを済ませてから部屋へと入る。上等なベッドと可愛い内装だった。趣味も私と同じね。ニコルは思った。でも、痩せれば、ハーフの私のほうがきれいに決まってる。ニコルはいつの間にか皮肉れたような陰険の持ち主になったようで、やだやだ、と、自身を叱咤する始末で、どうにもこうにも思春期というものは彼女の精神状態を難しくさせていた。

 学校は受験シーズンで短縮授業だったものだから、ニコルは香苗の家でおやつにありつけた。それがまた皮肉にもダンキンドーナッツであった。ニコルはうれしくて仕方がなかった。嗚呼、こんな痩せて美形な彼女とてドーナツを食べているのだわ。なんてすばらしい話なのでしょう。ニコルは人知れず喜びに満ち溢れていた。おかげで勉強は、弾むようにしてはかどった。ニコルは親友に告げた。いっしょにがんばりましょうね。と。

 ニコルは帰宅後、再び受験勉強をした。夕飯は食さなかった。途中途中、手鏡で自身の顔を映し出した。痩せると素晴らしく美人になるのになんだかもったいないわね。そんなことを考えていたら、それを言い出したらきりがないわね、と、ため息をこぼすのだった。

 就寝前の深夜はオナニーをした。ニコルの毛質は金色であったために、当然ながら恥毛もご想像の通りだった。それがしごくいやらしさを倍増させると言うか、とにかく官能的だった。嗚呼……。と吐息をこぼすと、そこはまるで泉のオーラのようでいて幻想的。彼女の指はとどまるところを知らず膣内を何度も行き来するのであった。

 受験勉強に追われる毎日。もはや、数学の先生とは距離が離れていくばかりのような気がした。時々、先生! と抱き着きたかったが、自習時間ばかりになっており、もはや、先生の顔すら見なくなっていた。嗚呼、私の初恋はこれで終わりね。ニコルは諦めるしかなかった。例え先生に今すぐ抱かれようとも、それでは問題になってしまう。そんなことは、この年になれば誰もが知っていた。教師と生徒が結ばれると言う事は理性を失うと言う事。それも重々承知していた。だけれどニコルは先生に抱かれたかった。抱かれたくて抱かれたくて仕方がなかった。そんな私の性分を、誰が慰めてくれて? 彼女は一人、誰もいない世界で、その問題を問いかけるのだった。

 ニコルは今日も親友の家にいた。彼女はとても気がかりだった。あなたもオナニーなどしているの? と。しかしとても訊ける雰囲気ではなかったものだから、ニコルはぐっと気持ちをこらえていた。でも、いつかは誰だってするものなのよ――。そう回答しながら。ダンキンドーナッツがそこにあったとして、手を出さずにいたら、きっと誰かに先を越されてしまう。それならば最初から私が先に手を出すべきなのよ。そうよ、きっとそう。

 ニコルは手当たり次第に同級生の男子生徒に告白する決意でいた。交際した暁には私のバージンを授けてよ。そんな交換条件をネタにして。しかし、どうにもこうにも肥満な彼女のバージンに興味を示す男子生徒などいなかった。私のあそこは金色なのに、分かってないわね。ニコルは自分の特徴を知ろうともしない男子生徒に叱咤したかった。いや、叱責したかった。嗚呼、どうしてわかろうとしないのかしら? 彼女は今夜も獣の雌のように、激しく、淫らに、オナニーをするのであった。

 ニコルはとうとう我慢の限界だった。誰でもいいの。おねがい。そう脳が刺激を受けていたものだから、彼女の顔つきはいつの間にか色っぽくなっていた。

 今日もダンキンドーナッツはそこにあった。親友の家のことである。今日も彼女の家受験勉強しに来ていた。ニコルはむしゃぶりつくようにしてそれを食べた。やわらかい生地の中にトロピカルなゼリーが入っている彼女の大好物は最後にとってお

 ニコルの胸は同級生と比べておとなのようなものだった。親友はそれを話題にするとニコルは誇らしげに秘訣などを話すのだった。しかしドーナッツをすべて食べ終わる頃には、ニコルは絶望していた。嗚呼、今日もとうとう聞けなかったわ。

 彼女は自分だけがいやらしいことを考えているのか自問していた。答えが見つからないと言うか、誰にも相談できないと言うか、なんだかもどかしさというか、そんなものが支配していった。このままじゃ私、どうにかなっちゃいそうだわ。神様、いいえマリヤ様教えてください。女性はみんなオナニーをするのでしょうか? だとしたらそれはいつごろからですか? ニコルはとうとう我慢できなくなってきた。もう訊かなくちゃ。そう心が支配した時だった。じつはね、このまえ彼氏とセックスしたの。親友の香苗は言った。え? ニコルは硬直した。もう! どうして!? どうして私を置いていくの? あなたどうかしてる。中学生はオナニーで抑えるべきなのよ。そうよ。きっとそうに決まってる。あなたたちは理性を失った獣よ。人間ではないわ。ニコルが香苗にも聞こえないような小声で、ぶつぶつと、そう独り言をつぶやいた。え? なに? 香苗が訊く。ニコルは我に返った。ううん。なんでもないの。おめでとう。ありがとう。私の春はいつかな? きっとすぐよ。大丈夫。そうね、わたしも頑張る。その日の受験勉強は終わった。

 ニコルは後日より、親友と勉強会するのを避けて通った。悔しくて仕方がなかった。悔しくて悔しくて仕方がなかった。嗚呼、一体誰が私を慰めてくれると言うのかしら? ニコルは自問した。答えは見えては来なかった。どうしてわたしだけ置いてけぼりにしたの? 親友でしょ? ひどすぎるわ! なによ! そうやって楽しんでればいいわ。最後に勝つのは私なの! シンデレラは私なのよ。彼女は今夜も人知れずオナニーをしてから眠りについた。夢の中には王子様が出てきて、わたしを連れ去ってくれるのよ。よろしくて? ニコルは段々と、プライドみたいなものが制覇するように心理状態がなっていた。私は簡単ではないのよ。あなたたち一般人とは違うの。まったく異なるのよ。お分かりかしら?

 彼女は再びダイエットに夢中となった。今に見てなさい。世の男性はすべて私のものになるのよ。覚えてらっしゃい! 

 ニコルは大好きなダンキンドーナッツ食さなくなった。寝起きは五時半。黙々と母親と毎日ジョギングをした。しかし駄目だった。どうしても成長期真っ只中なのかなんなのかはわからないが、五キロ以上痩せることはなかった。あと五キロなのに。もう、どうして? どうしてなの? マリヤ様、これは私への挑戦ですか? 試練ですか? 教えてください。私、苦しいんです。苦しくて苦しくて仕方がないんです。ニコルは毎日、祈った。

 同級生はどんどん処女から卒業していった。嗚呼、私、どうにかなっちゃいそうだわ。ニコルは苦しかった。辛かった。一人、容姿の悪い男子生徒から声がかかった。ニコルは拒絶反応を起こした。これでは私のプライドが許されないわ。フン。と、ニコルはそっけなく返した。すると、この男子生徒は直後にほかの女子生徒と性体験を済ましたのだった。なんて酷い男なのかしら? 醜い男! 彼女はそう罵声を浴びせたかったものだった。

 いよいよ試験日が近づいてきた。ニコルと香苗は黙々とそれぞれの部屋で一人、集中的に勉強していた。学校でもみんな休みもなしに勉強机に向かって勉強するようになった。こんなにも静まり返った教室はなかったほどだった。そういえば直近で文化祭があったな。休憩のときに、ふと、そんなことを頭がよぎった。二年生の女子生徒が作った展示用のカップケーキを同級生のヤンキーが食べて泣かしてたんだっけ。あれは可哀そうだったわ。代わりに私の処女を食べればよかったのに。でもあれね、舞台の芝居は素晴らしかったわ。三年生みんなで演技したんだっけ。でも私が狸の嫁を演じるのは失礼な話だったわ。

 季節は真冬の真っただ中。ふと教室のベランダに出ると北風がさびしさを連れてぴゅーぴゅーと吹いていた。冷たいわね。せめて私の金髪をなびかせて思い出をおつくりなさい、北風さん。

 試験日になった。腕時計を眺めながら高校教師がスタートを図る。しかしながら、そんなものはどうでもよいくらいに、高校中に始業ベルが鳴った。はじめ! 号令を出す。 各自から出るカリカリというシャープペンと紙が摩耗する音だけが教室内に響いた。ニコルは時間ぎりぎりまで試験をといていた。数学は苦手だった。

 休憩時間、次の試験のことしか頭になかった。結局、同じ高校に進学を決めている香苗とは会話せずに次の試験が始まった。帰るバスの中、ようやく香苗とニコルは安どの表情を浮かべて会話を楽しんだ。

 難しかったね。香苗が言う。

 普通高だもの、とうぜんよ。ニコルが返した。

 後は卒業式だけだね。

 そうね。

 それから二人は中学の思い出話をした。夢中に会話した。話はつきなかった。

 嗚呼、義務教育ももうすぐ終わるのね。さびしいわ。

 お互いに、第一志望の高校に合格できるといいね。

 そうね。でも登下校のバスは別々よ。よろしくて?

 そう、住んでるところ乗り換えから逆だものね。それはしかたないわ。

 香苗の彼氏、プライベートではどんな人なの?

 聞きたい?

 ええ。

 とてもスケベな人なの。それしか考えてないような変態男。

 うふふ でも、それも悪くはないのでしょう?

 そうね。うれしいことはたしかよ。

 それで、どんなことしてるの?

 そこまで話すの?!

 話して。

 そうね、彼のあそこをぺろぺろと舐めたりだとか、ペッティングしてから挿入するの。

 へえ。

 ニコルもいつかはすることになるわよ。

 おしゃぶりを?

 そうよ。お口で綺麗にしてあげるの。

 やだわ。そんなこと絶対にしない。

 やれっていわれたら?

 ビンタものよ。

 卒業式まであと一週間だね。

 そうね。

 合格発表は卒業後か……

 待ち遠しいわね。

 卒業式の歌は斉藤由紀の卒業”……

 尾崎豊よりはだいぶましね。

 そうね、あれはヤンキーの歌だし。

 窓ガラス割るってシャレにもならないわ。

 そうね。

 在校生の歌はなんなのかしら?

 あら、わたしもそれ考えてたところなの。

 武田鉄也で贈ることばかな?

 きっとそうね。去年と同じ。

 乗り換えのバス停に着いた。二人は降りる。

「それじゃ」

「ねえ、ニコル」

「ん?」

「明日遊ばない?」

「香苗のおうちで?」

「ううん、外出するの。ボーリング行きましょう」

「彼は連れてこない約束なら」

「うん、わかった」

 そこまで話すと、二人はそれぞれのバスに乗り込んだ。

 

 桜咲き乱れる春先のことだった。香苗はニコルの家で桜餅をほおばっていた。合格発表も済んでいて、卒業式も終えていた。ニコルと香苗は見事に第一志望の高校に合格していたものだから、それぞれ掲示板で抱きしめあったものだった。その時の記念写真も、もちろんとった。卒業式の時はお互いに涙を流した。嗚呼、数学の先生、さよなら。ニコルはとても寂しい気持ちだった。とうとう最後の最後まで処女を喪失できなかったニコルは、自身で処女膜を破っていた。とてもヒリヒリとして痛かった。鮮血が指に絡むと、彼女は気が遠くなりそうになった。

 香苗は、アルバイトを始めるつもり。と、ニコルに話していた。お互いにお嬢様なのだから、そんなことしなくてもよいのでは? ニコルは思ったが、香苗は、これも社会勉強よ。と返すのだった。香苗は言った。ダンキンドーナッツで働こうと思うの。ニコルは驚きの表情を隠せなかった。それならば自分も一緒に働きたいわ。と瞬時に思ったからだ。ねえ、わたしも一緒に面接行ってもよい? ええ、もちろんよ。楽しくなりそうだわね。私、容姿が悪いけれども大丈夫かしら? そんなこと気にしないで。大丈夫よ。そうよね。そうに決まってる。そうよ。後日、ダンキンドーナッツへと面接に向かった。結果、二人とも採用だった。正直嬉しかった。

 初出勤の時、それぞれのポジションが言い渡された。香苗は店頭で、ニコルはキッチンだった。ニコルはそれを不服に思うどころか、逆にうれしかった。だってそうでしょう? あのフカフカのドーナッツにトッピングまでするのよ。こんな幸せってあるのかしら? しかしそれは、それほど簡単なことではなかった。まず、その作業をやらしてもらえない。いや、そもそも素人にできるわけがなかった。ニコルは愕然とした。嗚呼、私のドーナッツたち。ごめんね。彼女は毎日が悔しくて悔しくて仕方がなかった。早く一人前になって、装飾をしたい。したくてしたくてたまらない。そんな思いだった。しかし、我慢の日々は暫くの間、続いた。

「金髪の女って、あそこも金髪なのかよ

 同級生の男子がからかい気味に訊いてきたことがあった。

 ニコルは、そうよ。お目にかかりたくて?と発したかったが、堪えた。

「しかし、お前の体臭って臭いよな?」

 なんですって! ニコルは腹立たしかった。しかし、実際にニコルの体臭は日本人とは異なっていた。嗚呼、どうして私は変なにおいがするの? マリヤ様、これは試練でしょうか? ニコルはくじけそうになりながらも、そう思った。香水は彼女にとって必須品であり聖水でもあった。香りにはこだわったつもりだった。ニコルはいつの間にか香水に関して詳しい知識を持つようになっていた。土曜日もデパートへ行かなきゃ。ダンキンドーナッツのバイト先とデパートは近くだ。徒歩で行けるくらいに近かった。もちろんデパートの中にも店舗はあったが、ニコルのバイト先はドライブスルー専門のようにしてあったものだから、デパートにダンキンドーナッツがあっても客数は多かった。

 金髪デブ。それがキッチンでの呼び名だった。ニコルはそれが許せなかった。私はお嬢様なのよ 失礼だわ! しかしそれと引き換えに売れ残りのドーナッツ無償持ち帰り権利を抹消されることを恐れていたニコルは、我慢との背比べの毎日だった。悔しい! 今に見てなさい! 彼女はそう考えながらも、夜な夜なドーナッツを食べていた。そんなニコルが痩せるわけがなく、彼女自身、つじつまが合わないことを薄々感づいてはいたのだった。

「おい! 金髪の女って、あそこがピンク色なのかよ?」

 今度は何? ニコルは学校で困惑して仕方がなかった。しかし、どうしても気になる。彼女は帰宅後、我慢できなくなり、自身の膣を指で開いてから手鏡で色を確認した。あそこは紛れもなくきれいな桃色だった。嗚呼、なんて美しいのかしら? すばらしい。その一言に尽きた。私は素晴らしい女性なのよ。そうよ、きっとそうだわ。さあ、わたしの美しいバラの花を舐めまわすのはいったい誰になるのかしら? 金髪デブというやつらにだけは許さなくてよ。同級生の男子にだって許さないんだから。やっぱり私の王子様は年上よ。ニコルはこの日から本格的にダイエットを再開することにした。もうデブだなんて言わせない。そんな気持ちだった。最初は心臓に負担がかからないように、早朝と夜にウォーキングだけをした。しょっぱなからジョギングは中学生の頃と同じく失敗しかねない。ニコルは慎重だった。成長期は女子という事で終わっているかのようだった。かつ、高校生の時期は女子の誰もがふっくらとする時期でもある。であるからして、ダイエットはなかなか効果を見せなかった。バイトが休みの日はジムにも通ったし、エアロビも踊った。しかし、毎日でないと駄目なのか、効果は限定された。あとは一番やりたくない食事制限しかないわね。ニコルは腹をくくった。まずはダンキンドーナッツの持ち帰りを控えよう。話はそれからだ。くやしい。くやしいわ。私の大好きなドーナッツたちを連れて帰れないなんて。これじゃ、まるでここで働いている意味がないじゃない。

 ニコルは結局、バイトをやめた。毎晩、ジムとエアロビ通いにな。するとどうだろう? 徐々にだが効果を発揮してきた。ニコルは素直にうれしかった。ますますやる気が出た瞬間だった。あとキロよ。それまで痩せれば白馬の王子様が迎えに来るわ。ニコルは寝る前、オナニーをしながら、王子様の男根をイメージした。良いかたちをして、そして、たくましいんだわ。そうよ、きっとそう。ハアハアと吐息がこぼれた密室は、彼女にとっておとぎの国だった。それでいて、甘い香りのする大人の部屋でもあった。ニコルはそんなことを意識していないまでも、しかしながら、もはや淫乱な指先は秘部をとらえて離れなかった。オナニーに喘ぐ彼女の声もまた、しごく甘く感じたのだった。

 ニコルは学校で段々評判になり始めていた。あの子かわいくなったな。誰もがそう話した。今頃お気づき? ニコルは鼻が高かった。もともと顔だち自体はよかったため、痩せるだけで隠された美貌があからさまになっていくのを喜んではいたが、これまでに何度、私に罵声を浴びせたと思って? などと、世の男性陣を拒絶する気持ちが少しだけ大きくなっていた。素直には喜べなかった。

 彼女はとうとう目標とする体重まで痩せることに成功した。くびれがある。首も細く、脚も細く、そしてバストと桃尻はプリンとして影響がない。その容姿はまるでハリウッドスターだった。やったわ! とうとうやったのよ! ニコルは夢中で喜んだ。風呂に入るたび、脱衣所の鏡で自身の裸体を眺めるたびに、こんな良いからだ、簡単あげたくはない。そう思ったほどだった。結局のところ、それが影響したのか、ニコルはしばらく交際を拒絶しだしていた。中学時代とは打って変わって、いまではナイスガイの同級生まで告白に訪れたが、彼女は何かが違う。彼らには何かが足りないのよ。と、ひとり、悩んでいた。それは、いったいなに? ニコルは自問し続けた。答えは出なかった。女は慌ててその答えを探す必要もないわ。と、落ち着き払った。とりあえず今は私の指が彼氏ね。そう考えては、毎晩、オナニーをするのであった。

 ニコルは時々、ダンキンドーナツを解禁させた。しかしながら、前ほどと比べると、口に運ぶのは微々たるものだった。あとは香苗が食べて。家遊びに来た親友の香苗に、そう、ごちそうした。

 体育祭の時、ニコルのプロポーションは注目の的だった。みんなして私の裸体を想像して勃起させているのね? どうしようかしら? ときどき、サービスでいやらしいポーズをとったりしてみた。非常に受けが良かった。それを確認して、よし! わたし、芸能人になろう! と、将来を決めたのだった。

 ニコルは早く大人になりたかった。それにはどうすればいいのだろう? ずっと考えていた。そうだ! 社会人と交際すればいいのだわ。そうよ。大人なら、セックスも匠のはずよ。きっと私を満足させてくれるわ。

 社会人と交際するには、まず、きっかけを作らなければならない。ニコルは再び、バイトをする決意をした。職種は何がいいだろうかだとか、何処にいい男はいるのかしらなどと考えているうちに、ニコルの中ですべてのものがごちゃ混ぜになった。もう誰だっていいじゃない。そんな気持ちが最後は支配していた。居酒屋のバイトでもしましょう。コックの男も悪くはないわ。食を作る人に私の体を料理されるのよ。あんなことやこんなことだってしちゃうんだから。みてなさない。

 ニコルは何だか、同級生の男子生徒に復しゅうがしたかった。したくてしたくて仕方がなかった。彼らの前で、イケメンとセックスするのよ。そして彼らはそれを眺めてオナニーするの。すてきだわ。ニコルの心は乱れ始めていた。いったい何が彼女をそうさせたのか? 答えをたとれば、オナニーだった。性の快楽だったのだ。彼女は処女にして淫乱だった。男根がほしくて欲しくてたまらなかった。嗚呼、早く私を慰めて。毎日毎日、そればかりを考えて潮を吹いた。これは自然のことなのよ。ニコルは思っていた。しかしそれは、感じやすい身体の特徴を表しているという事を知らずにいた。ニコルのバギナは桃色だ。それがたまらなく彼女を有頂天にさせた。私は特別の女なの。だから特別な男でなくては駄目だわ。彼女はつい先日まで、誰でもいいと思っていたものが、態度を変えたようにして気が変わったのを覚えた。居酒屋はどんなところだろう? 段々と不安のようなものがよぎり始めた。酔っぱらった男どもに無茶苦茶にされるのかしら? ニコルは段々怖くなってきた。大人の世界へ入り組むというのがこんなに怖いものなのかと、一人、身震いした。でも、はたらかなくちゃ。ニコルは、家の近くで、よい居酒屋のバイト先を見つけたのだった。

 ニコルは毎日、居酒屋のキッチンではなくて、ホールで汗を流した。キッチンへは料理を取りに行くだけで、コックたちとの会話は一切なかった。しかしながら、評判は良かった。それは、客からもだった。

「おねえちゃん、かわいいね。ハーフ?」

や、

「おねえちゃん、いい尻してるね」

や、

「おねえちゃん、おっぱい大きいね」

 などといった客の褒めごとばが、ニコルには通用した。ニコルはうれしくて、時折いやらしいポーズをとって見せたりした。それがいけなかったのか、日を追うごとにスケベ連中が居酒屋に集まるようになっていた。ニコルはとうとう飽きた。美人であることが飽きたのだ。いつしか、ほっといてよ! このスケベ男! などと、セクハラされるたびに思うようになっていた。美人も苦労しているのね。それがニコルの感想だった。街中でストーカーされて、怖い目にあったこともあった。さすがのニコルも望まぬ相手との性交渉はまっぴら御免だった。私には王子様がいるの。誰があなた方と。そんな思いだった。バスの中では痴漢にもあうようになった。最初の内は喜んだが、相手は調子に乗ってスカートの中に手を潜らせようとしたために、ニコルはびっくりして、痴漢です!と大声を出したものだ。世の中は欲求不満な男連中で溢れかえっているのだわ。彼女はやっとというべきか、今頃になって分かった。そして、大人の世界は怖いのだなと感じたのだった。

 店内で職場の新年会があった。忘年会は稲刈り(儲け時)最中でなかった。新年会も二月ごろとかなり遅めだったのだけれど、ニコルももちろん参加した。警察にはばれないからと酒を勧められた。結果、まずくて飲めた代物ではなかった。おとなしくジュースで乾杯したのだ。職場連中が酔ってくると、ニコルにちょっかいを出し始めた。ニコルは、最初の内はジョークで乗り切っていたが、乗り切れないものも大人の世界にはあるのだな。と、後々、ラブホテルの一室で思ったのだった。その相手は、彼女の願っていた若いコックだった。二十代である。顔だちもまあまあで、職場でも評判が良かったものだから、ニコルはなんとなく新年会後、彼の誘いに乗ることにしたのだ。そして車に乗り込んで、まれて初めてキスを数回したというわけだ。しかし、なんともつまらないセックスだった。ニコルは想像よりもあっけない男のフィニッシュにあきれた面もあった。私の運命の人はこの人ではないわね。そう思った。ニコルはまるでマグロ状態だった。彼は大木である。そんな二人が快楽なセックスなどできるはずがなかった。もしかしたら、このひとはあまり経験が豊富ではないのかしらね? 疑う気持ちは正直だ。それ位に気持ちの良いものではなかった。ニコルはあっけなく処女を喪失したことを少しだけ後悔した。嗚呼、こんなにひどいセックスなんか、私の想像とまるで違うじゃない。彼女は来る日も来る日も悩んだものだった。彼は、もはやすっかりニコルの彼氏ぶっていた。それがニコルにとってとても許せるものではなかったものだから、職場で無視どころか、プライベートでも一緒になることは一切なかった。電話すらしなかったし、取らなかった。彼はとうとう遊びだったのだなと気が付いたみたいだった。それからだ。コック連中がいやがらせをするようになったのは。ニコルは最初、耐えた。しかし駄目だった。結局、居酒屋のバイトは辞めた。どうでもいいわよ。こんなところ。それが彼女の本音だった。傷つきはしていないかったし、反省もしていなかった。なぜ私が丸め込まれる必要があるっていうの? ニコルは腹立たしかった。そして、大人の世界はダークね。と、唾をはいたのだった。しかしそれでも、大人との交際は諦めてはいなかった。いつか絶対に良い人に会えるわ。優しくて、おおらかで、おっきくて、セックス上手な人。彼女は相変わらず、毎晩オナニーをした。官能という言葉の意味が分かった今だからこそ止めることができなかった。

 ニコルは次のアルバイトを探していた。何がいいのかな?ひとり、悩みに悩みつくした。そうね、A&Wで働こうかしら? いや、食系ではいけないわ。また同じことになりそうだから。どうしよう? A&Wとは、ローカルのバーガーチェーンで、日本マクドナルドよりもアメリカンテイストの色が濃い品物をそろえており、地元では大人気だった。従業員はほとんどが女性のため、そこら辺も含めてニコルは少しだけ難色を示したのだが、ほかにあてがなかったので、やってみることにした。A&Wにだってドーナッツがあるものね。私から言わせてもらえば、A&Wも立派なドーナツショップよ。ニコルは心ときめいた。だって制服もかわいいもの。私にも似合うわよ、きっと。なにせ、わたしは金髪ですもの。アメリカ人がアメリカのバーガーを客に渡すの。すてきだわ。

 彼女は早速、面接を受けた。もちろん、合格だった。ニコルは素直に喜んだ。それからが忙しかった。客のオーダーを取り付け、間違いのないように袋へと入れる。もしくは、トナーに乗せてドライブインの車のもとへと急ぐ。ありきたりな光景が、実際に働いてみると、よっぽどなハードワークという事に初めて気が付いた。もう、やってられないわ! なによ、こんなに安いバイト代でお姫様の私をこき使って! 絶対に許さなくてよ! そう思う毎日だが、客にそんな顔を見せるわけにもいかず、彼女はいつだってスマイリーだったものだから、男性客にとても好かれたものだった。電話番号教えて! 名前なんて言うの 今度ドライブいかない? ひっきりなしにさそわれた。ニコルはそれがたまらなくうれしかった。中学生の頃、太っていた時期、こんなことになるなんて思ってもみなかった。毎日がドーナツとの慰め合いだった。ドーナツが心の友のような気がしていた。嗚呼、マリヤ様。ありがとうございます。ニコルはいつしか、豊満な乳房を、桃色の乳首を、夢中にしゃぶりつく男性を見つけるべく、いや、探るべく、客を見定めていたのだった。

 ドライブインの車は、いつもひっきりなしに訪れていた。多忙を極めた二コルの心中は、いつの間にかセックス願望にはなかった。とにかく忙しい。その一言だった。彼女は時々思った。トイレで犯されないかしら? 酷く臭くて汚いトイレで、美しい私があえぐの。それもまたエロスだわ。ニコルはいつの間にか変態思考に目覚めていた。

 オナニーの時、アナルも指で責めてみた。当初は痛いだけで気持ちよくもなんともなかった。指を入れることが苦痛でしかなかった。何か圧力的な敗北を意味しているように、ニコルは感じた。れじゃまるでマゾヒストじゃない! 痛い思いして感じるなんて、まっぴらだわ。交際している男性のことをご主人様だなんて私が言えて? わたしは金髪のお姫様なのよ。下僕は彼氏になる人物の方だわ。ニコルは男性のアナルを攻撃するのを楽しみにした。責めるのは私の方なのだわ! それが私の快楽方法よ。そうよ、きっとそうだわ。まあ、なんて素晴らしいのでしょう。わたし、自分のことがまるで分っていなかったわ。わたしはサディストなのよ。

 ニコルの思考は段々破壊されていくようだった。セックスも何も、その出会いさえない多忙さに、ストレスがたまっていただけなのかもしれない。デートに誘う男たちを多忙だからと断るストレスに限界が達していただけなのかもしれない。何かわからない、理性というものが吹き飛んでいったようで、ニコルは自身が時々怖くなった。嗚呼、私はいったい……

 ニコルはとうとうノイローゼ気味になった。あまりのおかしさに口ごもるようになったのだ。あ、あの、こ、こんど、わたしとセックスをしませんか? ニコルは時々言いたかった。我慢は限界を達しようとしていた。お姫様の私が、性の奴隷になるだなんて。そんなことあってはならないことなのよ。でも、どうして指が止まらないの? 嗚呼! 二コルのオナニーは段々と激しさを増すようになっていた。そして、いつしか指だけでは満足ができないようになっていった。バイブを買うのは、もはや時間の問題だった。

 ニコルは高校の同級生が幼く見えていた。いつのまにか、彼女は精神的にも、だいぶ成長していたのである。ニコルは今日も働いた。放課後の楽しみといってもよかった。あいかわらず男性客にちやほやされていたニコルは、正直、そんなことどうでもよくてよ。などと、ほくそ笑うようになっていた。セックスの欲求が薄れてきていたのだ。

 オナニーの数も少なくなった。ニコルは、なにかこう、オーガニズムを感じなくなっていた。ほんものがほしい。本物の愛で抱かれたい。いつのまにかニコルは自身の身体を大切に重んじるようになっていた。やはり大人への階段というものは気まぐれなものね。彼女はそう思った。

 とある日、ナイスガイなハーフ男が来客した。二コルは咄嗟に一目ぼれした。しかし、無情にも連れと一緒だった。子供までいた。なによ、みせびらかして! 本当に嫌になるわ。ニコルは人知れずやきもちを焼いた。そういえば、こんな気持ちになったのは久しぶりのことだった。この客は、一週間に一回のペースで訪れていた。ドライブインではなく、広い店内で食事をする家族の一つだった。今日もニコルはやきもちを焼く。そして、やってられないとばかりにトイレへと入った。用を済ましてから、トイレの扉を開ける。すると、誰かが自分の口をふさいだ。男だった。しっ! シャラップ! この声はまぎれもなく、あの一目ぼれした青年だった。ニコルは顔を見た。ナイスガイな彼が途端に愛おしく感じた。嗚呼、わたし、この人に犯されるのだわ。まあ、なんてすばらしいのでしょう。 ニコルは恐怖よりも、これから始まるセックスに魅かれた。夢中でセックスがしたいと思った。しかし、ニコルは大声を上げた。何かわからぬ恐怖、殺人を頭のどこかで考えたのかもしれない。

 結局、男は逃げた。そして奥さんと子供とともに、早々と店を出て行った。ニコルはなぜか思った。ごめんなさい、と。彼女はなぜそう思ったのか訳が分からなかった。間違ってるのは、悪いのは相手の方じゃない! なのに、なぜ、わたしはそうおもったの? 一人自問した。答えは探せなかった。

 ニコルはドーナッツが食べたくなった。なんだかドーナッツが恋しくなったのだ。結局私をいやしてくれるのはドーナツだけなんだわ。悲しいわ。本当に悲しい。わたし、また太るのかしら? ドーナッツを食べて? そうよ、それをたくさん食べて、欲求を満たしてプクプクと太っていくのよ。それがね、本当の私なの。そうでしょ? わたし。いや! ニコルは耳を突然とふさいでそう叫んだ。店中の人が彼女を見た。なんなんだ? と。ニコルは訳が分からなくなり、店を飛び出して一目散帰った。どうして私は店を飛び出したの? どうして私は大声を上げたりなんかしたの? 考えれば考えるほどに精神は混乱した。やはり心は病んでいたのだろう。仕方のないことだった。もうだめ、私はドーナッツとともに死ぬんだわ。そうよ、きっとそう。もう誰も助けてはくれない。でも、あのお店ならそれも変わるのかな? それとも、思った通り、考えたとおりになるのかしら?プクプクと太ったお姫様なんかでよくて? でもあそこの毛は金髪よ。欲しいでしょ? 欲しいって言いなさい! ニコルは一人、うつ状態で独り言を発した。

 

 ケーキ屋の外は今日も雪化粧だった。はらりはらりと舞うようにして振り積もる雪は、まるで幻想の国を思わせた。今日も記念写真を撮るカップルらが街中に居た。その中をニコルは一人通り過ぎるのだった。向かった先はそのケーキ屋の隣で、それは小さなドーナツショップだった。こないだ働いていたチェーン店とは何もかもが違う店構えである。ニコルはそこで今、バイトをしていた。香苗とは学校以外では会わなくなっていた。バイト先が違う理由で、だった。フライヤーで店主がこねたドーナツ生地を揚げる。時間は数分だ。それから、細かくふるいにかけた砂糖をまぶして、トントンと振り落す。チョコレートを溶かした容器へもう一つを入れて、別のドーナツも作った。今日もお利巧ちゃんなドーナツちゃんね。あとでよろしくほおばってよ。ニコルはもはやドーナツづくりに夢中であった。

 店主は助平男でもあった。後ろからニコルを何度も胸や尻を責めたりしていた。ニコルも最初は嫌がったりしたが、のちに恥じらいが官能的に感じるようになっていった。いつしかキッチンでセックスをしたこともあった。いつ客が来るかわからない中での行為であったために、ニコルは非常に興奮した。それは店主も同じだった。その店には稼ぎ時間と日にちいうものがあり、平日は客がまばらだった。セックスは、暇で暇でおこなった大人の遊びみたいなものだった。ニコルも徐々にセックスというものを理解するようになっていた。男のどこが感じるだとか、自分はこういうのが感じるだとか、いろいろ店主から勉強した。そしていつの間にか、フェラチオが得意になっていた。高校生でセックスが巧みな子はあの子とあの子とあの子……。彼女は頭の中でそう数えてみた。その中に自分も含めて。セックスを経験している子は顔が同級生よりも老けて見えたために、すぐに検討が付く。そしてニコルも、いつのまにか大人の顔になっていたが、彼女自身はそれに気が付かなかった。金髪というのが当初の武器のようなものであったが、それもあまり意識しなくなっていた。店主は金髪について何も言わなかった。そして恥部がピンク色というのも気にはしていない様子だった。この人って、もしかしたらちょっと変わった人なのかしら? ニコルは時々そう思った。そして、助平ほどあまりこだわらないものなのね。と、段々とだが悟ったものだった

 ニコルは学校のトイレでセックスをする高校生カップルを何組か知っていた。昼休み中、そのカップルたちはトイレでセックスを楽しんでいたものだから、トイレに行くのが恥ずかしかった。なんでこんなところでするのかしら? 一人の女子がニコルに訊いた。ニコルは応えた。それはね、大人の世界だからよ。と。 

 学校はシャブで溢れていた。一回分の0・3グラムあたり千円で取引されており、ニコルも買わないか? と男子生徒に言われたことがあった。けっこうよ。ニコルは常にその一言だった。日本はもはや覚せい剤で汚染されていた。どこにいっても若者にはシャブがちらついたものだった。そんな世界で生きるニコルは、時々誘惑に負けそうになった。しかし、道徳の授業でシャブ中の末路を知っていた彼女は、おそろしいものね。としか思わなかった。みんなやってる。どうして私一人だけ何もかも取り残されるのかしら? ニコルは時々思った。しかし、それこそが彼女を守ったという事は言うまでもなかった。ニコルはそれにうすうすと気づき始めていた。テスト前はシャブが飛ぶように売れていた。その中の内に、精神病院行きになった高校生もいたほどだった。俺、将来、小説家になろうと思っているんだ。一人の男子生徒が言っていた。だからシャブをやるの? おかしくない?

 ニコルはその男の考えが大嫌いだった。最近の小説家志望は覚せい剤とは無縁ではないらしい。それが高校生にまで及んでいると言えば、なんとも残酷な世界であった。結局、元々の才能とセンスがなければ、脳が覚醒したところで意味がない。それでも錯覚している作家志望は本当に愚かだろう。ニコルは、段々とだが、求めていた大人の世界が嫌いになっていった。そういえば、私の夢はなんだろう? ふと、おそばせながら、そういう事を考えだすようになっていた。わたし、王子様が連れ去って幸せに暮らすことしか考えていなかったわ。どうしよう! 王子様がいないなんて。そんな! ニコルは酷く落ち込んだ。どこもかしこもセックスセックス。くすりくすり。吐き気がする。なぜ、私の周囲はそんな男しかいないのかしら? ニコルは考えた。答えは誰からも返ってこなかった。

 日曜日のドーナツショップは相変わらず繁盛していた。今日は店主の奥さんも手伝っており、性的なものは一切なかった。それについて、ニコルはなんだかほっとした感情を覚えた。ドーナツショップの給与はとても安かった。おそらく最低賃金ほどしかなかったのだろう。詳しくは調べなかったし、その最低賃金というのも知らずに働いていたものだから、ニコルはこんなものだと割り切れた。しかし、体を張った仕事なのに、ずいぶんと利用されているものね。それだけは分かった。ドーナツの余り物いつももらっていたニコルは、今日もそれを引っ提げて家に帰った。母親も自身もドーナツは食べ過ぎて飽きていたし、第一、太るので、ほとんどはゴミ箱行きだった。友達におすそ分けしたいのだけれど、家が遠いものね。それに、時間が合わない。学校に持っていくにも、次の日には萎れてておいしくないし、どうしようもないわね。

 バイトが休みの日に、香苗の家に行きたかった。しかし、バイトの休みすら合わなくて都合が悪かった。第一、向こうには彼氏がいる。ニコルと遊ぶ時間など作れるはずがなかった。ニコルはいつの間にか孤独になっていた。学校でこそ、友達と会話を楽しめたが、話に時々ついていけなくて困った。彼氏がいないのだもの。しかたないわ。彼女は、ドーナツショップの店主と恋に落ちたわけではなかったため、多少なりと焦った。ましてや、不倫などこれっぽっちも考えたことがなかった。店主とはただのお遊び。それ以上ではないわ。それがニコルのプライドだった。嗚呼、私の王子様はいったいどこに居るの? ニコルは時々くじけそうになった。そうね、こんなところで働いていてもいいことなんてない。いっそのこと、新しいバイトでも探そうかしら?ニコルは徐々にそう思い始めていた。でも、それでも、ドーナッツちゃんたちと別れるのは惜しいわ。でもでも、自分で作ればいいわけであって、それは私にもできるわよ。きっと。そうよ、自分で作って楽しめばいいのだわ。なんて名案なのでしょう。そう、ここをやめれば王子様がいるのだわ。そしてきっと、こういうのよ。会いたかった。愛しのドーナッツ姫よ。そうよ、そうだわ。ニコルは今日も妄想を膨らました。

 結局、バイトは辞めた。ドーナツショップの話である。ニコルはドーナツと決別しようと決めた。そう心に誓ったのだ。それから毎日が開放的だった。そうではなかった。ドーナツを拒絶すればするほどに、夜、彼女の夢の中にあらわれる。もはやどうしようもなかった。ニコルは完全なる敗北者だった。完全なるドーナツ信者染まっていた。嗚呼、私、どうにかなりそうだわ。ニコルは毎日何かでごまかそうとした。駄目だった。自信をだませばだますほど、そらせばそらすほどに、ドーナツを欲した。もはや欲求不満だった。獣のように、よだれを垂らして。彼女は小さなドーナツショップの店主を思い出してオナニーをした。嗚呼、逝く! ニコルは今夜も絶頂の縁に追いやられる始末だった。自身の巧みな指捌きには、膣も理性を完全に失っていた。彼女は、アナルも好きだった。支配されると言う事はこういう事なのね。私はもしかしたらマゾヒストなのかもしれないわ。ニコルは考えていた。

 ニコルは結局のところ、職(アルバイト)にはつかなかった。それはそれでいいことでもあったのだが、なにしろドーナツ屋が気になって仕方ないものだから、おやつのダンキンドーナッツは食べるようにした。いつしか父親が一緒にお風呂にはいろうなどと声をかけてきたことがあった。当然、そんなことはお断りだったものだから、ニコルはいつも困惑した。

 ニコルのプロポーションは見事に開拓されていた。今までの男連中にその身体を思うようにされていたのは、私の不覚のなすところだわ。そう思ったものだから、急に彼らが許せなくなってきていた。いつか仕返ししてやりたい。特にドーナツ屋の店主。憎たらしいわ! ニコルは自身で身を授けたことを棚に上げて、男どもをどんどん敵に回していった。それは高校内でもそうだった。もはや男など信用できなかった。性的欲求は自らの指で補えばいい。そう考えたものだから、オナニーは酷く大胆になっていった。私はお姫様なのに、これじゃまるでオナニストじゃない! そうは思ったが、それに逆らうようにして毎晩、彼女は自慰した。そういう年頃だった。やっぱり、本物がほしい。だって、あの汗のにおいも大好きだもの。嗚呼! ニコルは激しく喘いだ。狂おしく、獣のように淫らに吠えた。母親は心配していた。まだ彼氏ちゃんができないの? と。それを言われると、なおさら男子がほしくなるのだった。そうよ、私が求めている男は社会人ではないのだわ。これからは高校生にしましょう。そうよ、それがいいわ。ニコルは何だか悟りを開いたように、そう思考を巡らせたのだった。 

 

 ニコルは高校二年生になった。このあたりから受験勉強に精を出す生徒が増えてきた。 ニコルは、大学へは進学しないつもりでいたが、親の反対でしぶしぶと花嫁修行のような女子大学へと志望校を定めていた。 まあ、べつに受験勉強なんかしなくても良くてよ。わたしは容姿で選ばれるべき女なんですもの。きっと面接試験で合格だわ。そしてね、面接官にこういうの。わたしはドーナツ国のお姫様なのよって。それでね、こう付け足すの。わたしは身も心も潔白よって、そう嘘をつくのよ。

 二コルは毎日、男根を欲した。欲しくて欲しくてたまらなかった。嗚呼、わたしはいつのまにか淫乱姫になっちゃったのね。

 彼氏は完璧でないと気が済まなかったものだから、ニコルに中々男はできなかった。しかし、いずれ転機は訪れる。そう信じて疑わなかった。なぜなら、ニコルは容姿が完璧だからである。今日も世の中の男どもはよだれを垂らして自分を見ているとニコルは感じた。わざとらしくフェロモンを利かして大胆なポージングを取ってみると、おお! と、歓声が沸き起こったものだった。ニコルは完全調子に乗っていた。しかし、ある事件をきっかけに目立たない女へと変貌するのだった。そのある事件とは? それは紛れもなく、集団レイプ事件である。ニコルはもがきにもがいた。抵抗するに抵抗した。しかし、無情にも、それが彼らを余計に興奮させた。ニコルは多量の精子を顔いっぱいにかけられたまま、家路についた。制服もボロボロだった。集団レイプの現場は、小さな公園だった。たまたま息抜きで寄った場所がそこだったものだから、ニコルに運がなかったと言えばそこまでだった。彼女はもう少し警戒心があってもよかった。常に無防備すぎるのだ。おかげでドーナツショップの店主とも、セックスフレンドになってしまった。反省すべき点はいくらでもあった。集団レイプの際、注射器で覚せい剤を打たれた。あっという間にトリップした。もはや雌の獣と化した。よだれを垂らして、潮を吹きまくった。アクメ顔のまま家に帰ると、母親がぎょっとした態度で驚いていた。すぐに警察を呼ばれた。警察はのちに警察病院へと運んだ。いろいろ証拠を押さえるためでもあった。しかも覚せい剤反応が黒だった。ニコルは、後のことは覚えていない。完全に記憶が飛んでしまっていた。正気に戻ると、病院のベッドに横たわっていた。何故、私はここに居るの? 自問する。心が苦しくなるだけだった。ニコルは寒気がした。シャブが切れてきたのである。がくがくと凍えるようにして彼女は震えだした。仕方のないことだった。ベッドから出て、病院を歩く。油の利いていないロボットのように、歩調はとてもぎこちなかった。それが覚せい剤の離脱症状のひとつでもあった。この病院には同じような女性がたくさんいた。みんなレイプされた人かしら? ニコルは思う。そうではなかった。男に薬漬けにされたと言う事は言うまでもないことだが。

 ニコルはふと、時々我に帰る時がある。あのすばらしい日々は、たしかにニコルが変貌をなす以前のものだった。彼女は、それを思うと心が苦しくな。こんなはずではなかったのに――。只々悔やんだ。ニコルは病院の広いテラスで日光浴をした。只々、ボーっと。時間だけを食いつぶすこのひとときが、今の彼女には、なんだかちょうど良かった。もう何も考えたくはなかった。考えるだけ無駄だった。苦しむだけだった。ニコルは、結局、答えを探すことをためらった。覚せい剤の離脱症状は出始めている。幻覚は一つの幻としか見えないわけではない。現に存在するものとしか受け止められなかった。しかし、それらには関心も何も持たなかった。ニコルは、それが離脱症状の迎え受べき姿勢と言う事を知らなかったものだから、離脱症状が薄れることがなくとも冷静でいられたことに関して、なんだか拍子抜けのような気もしたりした。カウンセラーの女性が来た。

「おはよう、ニコルちゃん」

「おはようございます」

「今日はいい天気ね」

「はい」

「これだけ晴れると清々しいわね。ほら、空もあんなに遠い」

「そうですね……

「来週の月曜に退院ね。出たらどこか行く予定とか決めてるの?」

「いえ、なにも」

「そっか……

「でも、たべたいものがあるんです」

「ふふふ 食欲旺盛ね。なにがたべたいの?」

「つぶつぶのゼリーがたくさん中に入ったダンキンドーナッツです」

「それ好きなの?」

「はい、私の大好物なんです」

「太るわよ!」

「いいんです、また太っても」

「また?」

「わたし、中学まで太ってたんです。ぷくぷくと」

「へぇ、そうだったのね」

「あまり驚きませんか?」

「そうね、すこし」

 そよ風が舞った。二人の長い髪がなびいた。燦々と陽光が降り注ぐテラスは非常に温かみがあった。ニコルと女性カウンセラーは、ひとつため息をこぼしてから、まるで貝殻の中に潜ったようにして、ぴたりと一言も語ることをしなかった。辺りは静けさの中に小鳥のさえずりさえも聞こえてきそうだった。やがてニコルは口を開いた。カウンセラーさん。と。

「なあに?」

 カウンセラーが優しく返した。ニコルは言った。それが最後の言葉だった。

 

 一生懸命じゃなくて、精一杯頑張ります。

 わたし、死ぬわけにいかないもの。

 

 そう……

 カウンセラーは言葉を濁した。

 

 ニコルにとって、残酷な学生生活だった。性にあこがれ、性に溺れ、性に汚され、性に破壊された。もうやり直しはない。だからこそ死にたいという気持ちは誰よりも果てしなく大きかった。いや――! そして頭を抱えたくなる時もあるだろう。素敵な彼氏ができたとして、その過去を払しょくできるとは限らない。もはや絶望だった。破壊の先にある絶望だ。ニコルは何もかも信じられなかった。信じたくはなかった。だってそうでしょ?私はお姫様なのよ。そんなことがあっていいはずがないわ。しかし、現実はこうして不幸を叩きつける。これに何の意味があると言うのか、ニコルは誰かに聞きたかった。どうしてなの と。彼女は、悟りを開いた。それが先ほどの言葉に表現されていた。わたしはね、もうお姫様ではないの。愕然とした時もあった。しかしながら、それにどこか嬉しさも隠されていることに、ニコルはひそめて気が付いていた。わたしだって普通の女、人間なんだわ。と。そわそわしさだとか、絶望感などは存在しない只の真っ白な中で、ニコルは自分の生き方について考えた。これからのこと。この先のことを。きっと明日に通じる道は存在していて、そして、わたしはそれをひたすらすすむ。運命、宿命、そんなことはどうでもよかった。ニコルが本物の大人になった瞬間だった。

 

おわり

 

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