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1

 クリスマスのイルミネーションが夜道を照らしている。十二月二十三日。――二十六才の誕生日が、フラれた記念日になるとは思わなかった。道を歩く恋人たちの姿が、やけにまぶしく見える。

「クリスマス・プレゼントは要らないから」

 彼女が僕にそう告げたのは昨日のことだった。付き合いはじめて五カ月。久しぶりに結婚を考えた彼女だった。

 

 ――クリスマスなんて……。

 本屋の前で信号が変わり、赤になった。そこで立ち止まる。本屋から音楽が流れてくる。やさしい音楽だった。胸に染み入るようだ。僕は思わず店内を覗いた。ショーケースの中のきらびやかな万年筆に目がとまった。

 

 からん。

 「いらっしゃいませ」

 僕はショーケースの前に立った。白銀の筐体が眩しく瞳に映る。

 

 ――ひとめ惚れだった。

 

「この万年筆をください」

 店員は怪訝そうに万年筆をショーケースから取り出した。

「クリスマス・プレゼント用のラッピングはどうしますか?」

「いえ、結構です」

 僕は頭をふった。しかし、まぁ、自分へのプレゼントでもあるか。

「やっぱり、ラッピングして下さい」

「分かりました」

 女性の店員は丁寧に万年筆を箱に収めると、器用にラッピングしてくれた。僕はお金を払うと、店を出た。

 

 水野アキラ、二十六才。クリスマスのプレゼントは、頑張った自分へのご褒美だった。

 ――何を書こうか?

 久しく文章らしい文章を書いていないことに、僕は気づいた。

 

 その時、携帯が鳴った。

 

「はい、もしもし」

「アキラか。誕生日、おめでとう」

 父だった。時々それとなく電話をくれるのだ。今日もそんな感じだった。

「わざわざ、ありがとう」

 父と五分位話しをした。とりとめのない話だったが、自然とやさぐれていた心が和んだ。

「それじゃ、また。もう切るね」

「あまり気張らんようにな。それじゃぁ」

 最後の言葉に目頭が熱くなった。

 

 ――そうだ、手紙を書こう。

 いつもメールだけなのだ。

 両親へ手紙を書こう。

 

 それは、とびきり良いアイディアのように思えた。だが、いざ万年筆を握ってみても、何も思い浮かばない。何から書こう? 「拝啓」? 「前略」? どうもしっくりとこない。それとも年賀状に一筆添えるか……。いや、もう年賀状は全部パソコンで作って出したのだった。

 

 では、日記はどうか? これも良い。僕は明日、新年からスタートする日記帳を買うことを心に決めた。

 


2

 そうして、僕は新年を迎えた。まだ万年筆は使っていない。日記帳は、大晦日の昨日、せわしない中、買い求めてきた。

 日記帳にはまず最初に、「年頭の所感」というページがあった。ここに何を書きつけたら良いのか、頭をひねってみる。

 「結婚」はどうか? いや、これは目標として遠すぎる。それでは「彼女」は? これもまだ生傷である。

 

 そうだ。手紙はどうか? やはり最初の思いつきが一番良い。これにしよう。これに決めた。

 「毎週日曜日の午前中に、誰かへ『手紙』を書く」。それは僕が新年の休みに決めた、今年の目標となった。

 

 両親の他に誰へ書こうか。これが難しい。いつも会う人に書くには詰まらな過ぎる。第一、日頃会っているから、改まって何を書いていいのか分からない。

 では、同級生はどうか? これが良い。「今何をしている」とか、「最近どうか」などというのは、当たりさわりが無くて良い。

 

 ここまで決めるのに半日かかった。思えば書初めは明日である。あとは明日にしよう。

 


3

 「拝啓」から書き始めてみる。いいぞ、万年筆はすこぶる書き味が良い。

 「新年となりました、ご無沙汰いたしておりました」この調子でいい。

 「昨年は幾多の出会いと別れがありました」確かに別れは多かった。

 「新年を新たな気持ちで迎えております」これでいい。

 

 この調子で、あっという間に、便箋二枚を書き上げた。やれば出来るものである。新年はなかなかの滑り出しだ。

 「かけない手紙」を書き上げて、僕は様々なことを思い出していた。大きな岩は、動き出す迄が大変である。しかし、動き出せばあとは勢いで走り出す。手紙もまた然り。心も似たようなものかもしれない。盾と矛は破られた。万年筆によって。

 

 そうして、二カ月が過ぎた。毎週日曜日の午前中に手紙を書いてみた。メールとは全く違う。同級生の反応も良い。

 そして・・・・・・。三カ月前に別れた彼女にも手紙を書いた。出そうと思った。けれども書いた手紙は未だ手元にある。

 時々思い出しては、別れた彼女への「書けない手紙」をもう一度書いてみるのだ。ポストに出すことは多分無いだろう。それでも、時間がある時に書き改めてしまう。

 

 筆とは不思議なものである。一筆で全てが変わる。一文で全ての意味が変わってしまう。水泡に帰すのも、一攫千金となるのも、筆の運びによる。

 だが、心は違う。心が籠った手紙が、全ての想いをのせて届く。手紙を開いて読む喜び。僕はフラれてしまった彼女に、ある意味感謝している。万年筆と出会えたのだから。

 

 その彼女に手紙を出すのは、一体いつのことだろう。

 

(結)


奥付


書けない手紙


http://p.booklog.jp/book/128939

2019年 11月15日 初版発行

著者 : 雨音多一
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/taichi-amane/profile


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