閉じる


<<最初から読む

1 / 1ページ

六 おやすみ

 

一か月かけて、ようやく銀河列車は新地球に到着することができた。しかし、全ての列車が無事に到着できたわけではなかった。中には、想定外の彗星にぶつかって、乗客全員が宇宙ちり(もちろん、他の惑星に生き延びたということではなく、乗客全員が死亡したということを婉曲に言っただけなのだが)になったり、別の惑星に突っ込んだり、新地球ではなく新月に到着して、人類にとって新たな一歩を踏み出したりと様々であった。

 

一足先に銀河列車で新地球に到着した人々は、残った人たちが自分たちを見送ってくれたように、駅に着くと、荷物を新たな住居に投げ込むと、急いで、駅舎に戻ってきて、次々と新地球に到着する人々を出迎えた。新地球で一番美味しいラーメン屋やとんかつ屋(まだ、数件しか飲食店は営業していないが)などの広告が掲載された万国旗を胸に抱えると、小さな前にならえの体勢で、思い切り振った。

 

だが、出迎えを受けた新地球に到着した人々は、そうした款待に対して何をすればいいのかわからず、戸惑いながらも、あへへ顔で敵意がないことを示しながら、状況把握に努めた。人々は新地球での新たな生活を満喫した。

 

ただし、それも束の間だった。新地球の位置は太陽からの距離が遠すぎたのか、光の熱量が少なくて、気温は上がらず、新地球全体が一年中冬と化した。あの、小春日和も長くは続かなかったのだ。

 

当初、酷暑の地域から来た人々は、暑いよりもかなりましかなと思い、また、極寒の地域から来た人々は、寒いよりもかなりましかなと思ったものの、この状況が長く続くと、現状への不満が日増しに増してきた。

 

これでは、新地球に来た意味がない。もっと光よ、もっと熱を、と叫び出した。しかし、現状は変わらない。そこで、人々は考えた。そうだ、おしくらまんじゅうをしよう。おしくらまんじゅうをすれば、冷え切った体も温めることができる。そこで、人々は、おはようございます、こんにちは、こんばんは、今日はいい天気ですね、ワンちゃんは元気ですね、といった挨拶の代わりに、手を握ったり、背中をこすったりし始めた。

 

こうした人と人との物理的な接触が人と人との心の隔たりを急速にちじめた。だが、それにも限界がある。急激に冷えていく新地球で、人々はあまりの寒さに眠気を催した。

 

起きろ、起きるんだ。このままだと、眠ったまま、死んでしまうぞ。と、互いに励まし合ったものの、小さな町が抜けるように、大都市では鼻毛や腋毛が抜けるように、国では、頭髪が抜けるように、人々は眠りについた。中には、万国旗を持ったまま駅舎で眠るものもいた。さあ、おやすみだ。そんな新地球の人たちだが、太陽は、地球へと同じように、新地球にも分け隔てなく、暖かな熱や光を放射していた。

 

 

 

「世界大統領。無事に、作戦は完遂しました」

 

黒い上下の背広を体にぴったしと着こなした男が部屋に入ってきた。赤いネクタイがやや右にずれている。それがかえって、その男の存在を際立たせた。

 

「ああ。今、確認したところだ」

 

世界大統領と呼ばれた男は入ってきた赤いネクタイ男に背を向けたまま、巨大なスクリーンに映っている銀河列車を眺めていた。

 

「あの銀河鉄道はどこまで行くのかね」

 

「もうしばらくすれば、燃料が切れ、自然に止まるはずです」

 

男は世界大統領の質問に何の修飾語もなく、あっさりと答えた。

 

「乗客たちはそのことに気付かないのかな?」

 

大統領は、自分からこの計画を発案しながらも、少し心配して尋ねた。

 

「大丈夫です。乗客たちは眠りについています。今頃は、新地球に到着した夢でも見ていることでしょう」

 

「そうか。それはいい夢だ。そして、夢は醒めないのかね」

 

 自分で計画しているからこそ、最後まで、確認は怠りなかった。

 

「はい。次第に、銀河列車内は酸素の供給が止まります。また、室温も下げていきます。乗客たちが、再び、眼を覚ますことはありません。もし、万が一、眼を覚ましても、銀河列車の推進エネルギーは切れていますから、この地球に戻ってくることは不可能です」

 

赤ネクタイで黒服の男の隣に、白いうわっぱりの服を着た男が説明した。大統領はその声を聞いて

 

「博士か。今回は、大変、お世話になったな。博士がいないと、この計画を実行できなかったよ。お礼を言いたい」

 

「いいえ。とんでもない。私は世界大統領の指示に忠実に従っただけです。それよりも、この計画を勇断された大統領に敬意を表します」

 

博士が直立不動で敬礼をした。

 

「それよりも、まだ、新地球の建設が滞っていることが大変申し訳ないです」

 

 博士は白髪の頭を下げた。

 

「どちらにしろ、この地球は人口が爆発的に増え、そして、寿命が延伸し過ぎた。人口の減りようがない。しかも、肝心の生活の場である地球の自転が遅くなり、人間たちが住める場所が狭まり、住むことができなくなったのだ。ある程度の数を削減することはやむを得ない」

 

「雑草を間引くようなものですね」

 

 黒服の男が大統領の言葉に続いた。

 

「ああ。それも、一時的なものだ。それでも、また、人類は増えていき、寿命は延びていくだろう。そのためにも、早く移転先の新地球の完成が求められる」

 

 大統領は眼をつぶった。頭の中には、宇宙に漂う墓標のような銀河列車の横を高速の銀河新幹線が通り抜け、燦然と輝く新地球が目に浮かんだ。

 

「わかっています。この犠牲を活かすためにも、新地球の完成を急ぎます」

 

 博士は一礼をすると、部屋から出ていった。

 

「残った人間からは何か反応はあるかな」

 

 大統領は大きく目を見開いた。

 

「いいえ。何もありません。自分たちが選ばれた人間であることに誇りを持っているようです」

 

「それはよかった」

 

 大統領は椅子ごと振り向くと画面に映った宇宙に漂う銀河列車群の宇宙墓地をただ黙って眺めていた。

 


この本の内容は以上です。


読者登録

阿門 遊さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について