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四 FAN

 

「もう着くの?」

 

明日香は小首を傾げた。

 

「まだだよ」

 

パパが何十回目かの同じ答えを発した。

 

「でも、ずっと列車に乗ったままだよ」

 

明日香も何十回目かの窓の外を見つめた。

 

「もうすぐしたら着くからね」

 

ママも何十回目かのもうすぐ着くという言葉で、明日香の三つ編みの髪の毛を撫でた。「ぼく、もう、飽きちゃったよ」

 

弟の未来は座っていた椅子から立ち上がった。明日香たち家族は新地球に向けて銀河列車に乗車していた。四人家族なので、ボックス席に互いに向かい合って座っていた。進行方向に向いて、窓側に明日香、その隣にパパ。反対方向に向いて、窓側に弟の未来、その隣にママが座っていた。通路を隔てた反対側にも、明日香たちの席の前後にも、ボックスがあり、それぞれ家族が座っており、いずれも空きはなく、満席だった。

 

銀河列車が地球を離れて、もう、三日が過ぎていた。明日香たちは、トイレに行ったり、シャワーを浴びる以外は、ずっとボックスに座ったままだった。食事は、昔の車内販売のように、「食事の準備ができました」と、乗務員がお弁当やパンなどをカートに積んで運んでくる。乗客たちは、カートの中から好きなものを選んだ。

 

「お姉ちゃん。新地球に着いたら、何して遊ぶ?」

 

弟の未来がウインナーパンを半分齧りながら、何十回目かの同じ質問をする。

 

「うーん。何をしようかな」

 

明日香も何十回目かの同じ答をする。明日香にはまだ見ることができない新地球が想像できないのだ。

 

「僕は野球をするんだ」

 

未来はウインナーパンを口に咥えたまま、頭を振る。バットを振っている真似をしているのだ。

 

「ちゃんと食べなさい。でも、新地球に野球場はあるの?」

 

 明日香は未来が咥えているウインナーパンを奪った。

 

「あるよ」

 

「だって、新地球じゃない。まだ、野球場は整備されていないんじゃない?」

 

「なくても、大丈夫。広場さえあれば、野球はできるんだ」

 

未来の目は輝いている。これまで、体を動かさずじっとしていたので、夢だけは大きくなっているのだろう。

 

「お姉ちゃんは何をするの?」

 

未来の問い掛けに、明日香は読んでいた本を閉じた。その本は、「新地球の遊び方」という題名だった。

 

「あたしはねえ・・・」

 

明日香の頭の中に草原が広がっていた。その中を、自転車で駆け抜ける明日香。どこまでも、どこまでも。永遠にペダルを踏み続ける。できれば、新地球の全てを駆け抜けたい。新地球を一周したい。それが明日香の願いだった。

 

「でも、それって、疲れるんじゃない。それに、その自転車は海を渡れるの?高い山を越えられるの?」

 

爽やかなそよ風に吹かれていた明日香の顔に現実を認識させるような冷たい北風の声が吹き付けた。未来の声だった。

 

明日香は車内の天井を見上げていた目線を未来の顔に見据えた。

 

「もちろん、海も山も飛んで越えるわ」

 

胸を張って、自信を持って答える。

 

「へえ。姉ちゃん、すごいや。僕もそんな自転車に乗りたいな」

 

未来が体を乗り出してきて明日香の顔を見上げる。

 

「あんたは野球をしたいんでしょう。自転車なんて必要ないじゃない」

 

明日香は自分の夢が邪魔されたようでぷいと横を見る。

 

「広場に行くのに自転車がいるんだ」

 

未来はあくまでも明日香の夢に後ろからでも着いて行く。そんな弟を尻目に、明日香はガラス窓の外の真っ暗で、何の変化もない宇宙空間を見つめている。時に、線香花火が灯ったかのように、流れ星が流れるだけだ。だけど、その灯りも弱弱しくてとても、明日香と未来の希望を叶えてくれるようには思えなかった。

 

「ねえ、僕も自転車の後ろに乗せてよ。それで新地球を一周しようよ」

 

未来はまだ明日香の夢の続きの中にいる。窓の外をじっと眺めていた明日香は視線を車内に戻す。食事が終わった父も母も眼をつぶっている。寝ているのか。周りを見渡す。他の家族連れも眠っているように見える。食事が終わるとすることがないため、眠ることに疲れた乗客たちは眠るしかないのだ。明日香は未来の顔を凝視した。

 

「いいわよ」

 

「やったあ」

 

未来は、それこそ、野球で優勝したかのように喜んでいる。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

明日香が座席から立ち上がった。

 

「えっ、どこに?」

 

未来が不思議そうな顔をする。

 

「もちろん、新地球よ。でも、その前に、この銀河鉄道を探索しましょう」

 

「うん」

 

姉の意図がわかった未来の顔には、先ほどまで弱弱しく消え去った流れ星が灯りを取り戻したかのように輝き始めていた。

 

「さあ、行こう」

 

明日香は、眠っている父親と母親の膝の間をすり抜けて、通路に立った。

 

「姉ちゃん、待って!」

 

未来が後を追い掛けてくる。明日香の家族と同様に、通路の両側のボックスでも他の家族などが眠りについていた。二人はできるだけ音を立てないように、すり足気味に歩く。車両は何両もつながっていた。どの車両も隙間がないくらいにお客さんで一杯だった。

 

「姉ちゃん、まだ?」

 

未来が不安そうに呟く。

 

「もう少しよ」

 

明日香も不安だったが、自分を励ますために、そう断言した。真っ暗で、足下に明かりしかない中を歩く。

 

「痛い」

 

誰かの声がした。足を踏んでしまったようだ。ボックス席が狭いため、大人の足が通路まで投げ出されていたのだ。

 

「ごめんなさい」

 

小さい声で謝る明日香。しばらくすると、あっ、という声とともに未来が明日香の背中に倒れ掛かってきた。思わず、明日香も前につんのめった。大きく足を踏み出して、何とか、床に転ぶことは防げた。

 

「どうしたの?」

 

後ろを振り向く。未来はバツが悪そうに頭を掻いている。

 

「つまずいちゃった」

 

未来の足元にはスポーツバッグがボックスからはみ出ていた。

 

「通路に荷物があるからいけないんだ」

 

未来がスポーツバッグを蹴った。

 

「やめなさい」

 

明日香が未来の手を引っ張る。

 

「だって・・・」

 

未来はまだ不満がありそうだ。

 

「さあ、行くわよ」

 

明日香は前に進んでいく。

 

「待ってよ」

 

未来は、足元のスポーツバッグを憎々しげに一瞥し、もう一度、バッグを蹴ろうと足を振り上げたものの、そのままの姿勢で向きを変え、明日香の背中を追った。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

息が荒い。明日香はこんなに列車の車両がつながっているとは思わなかった。行けども、行けども、車両が続く。後ろを振り返る。未来も後ろから続いていたものの、頭を下げて膝に手を着いている。かなり疲れているようだ。

 

「もう少しよ」

 

再び、何の根拠もないけれど、未来を励ますため、自分の気力を振り絞るため、言葉を発した。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

未来からは息遣いの返事しかない。それでも、明日香は前に進む。自分の明日のため、未来の自分の未来のため。

 

もう、この列車の探検もやめようと思い、次の車両の後部のドアを開いた。そこは、もう、座席はなく、広い空間が広がっていた。銀河列車の最前列の展望ルームだった。

 

「着いたわよ」

 

明日香は最初からゴールがわかっていたかのように元気よく振り返った。

 

「わーい」とはしゃいだ声とともに、未来が明日香の横を駆け抜けた。未来は枠のない強大な弧を描いたガラス窓にヤモリのようにへばり着いている。

 

「そんなに引っ付かなくても見えるわよ」

 

急に元気を取り戻した未来の行動に、思わず笑いが生じる明日香。

 

「姉ちゃん。宇宙は丸いね」

 

明日香たちが座っていた車両の窓ガラスからも外の風景は見えたが、ほぼ全面的に、かつ、ドーム状の展望客車から見る宇宙は、スケール感が違っていた。車両の窓から見える宇宙は切り取られた平面だったが、ドームから見える宇宙は眼に迫ってくる三次元だった。そこには、新地球での生活を期待する明日香たちの希望が加わった四次元の世界が広がっていた。

 

「でも、暗いね。でも、広いね」

 

思ったままの単語を呟く未来。

 

「そうね」

 

単語で返す明日香。

 

「姉ちゃん、あそこじゃない」

 

未来が指さした先に、青い星とその青い星の側に衛星があった。

 

「そうね、多分、青い星が新地球で、新地球の周りに引っ付いているのが新しい月よ」

 

「じゃあ、新地球が姉ちゃんで、新しい月が僕かなあ」

 

未来は相変わらずガラス窓に顔を押し付けている。

 

「そうかもね」

 

「僕も早く大きくなって、新地球になりたいな」

 

弟の言葉を聴きながら、明日香は新天地を見続けていた。

 

「さあ、帰ろう。あたしたちがいなくなって、パパやママが心配しているかもしれないわ」

 

「うん。でも、僕、もう足が疲れた」

 

「しょうがないわね」

 

明日香は未来を背中におんぶした。自分が未来を連れてきたから責任を取ったのだ。

 

「やっぱり、僕、当分の間は、新しい月でいいよ」

 

背中に追われたまま未来が呟く。

 

「もう、調子いいんだから」

 

明日香は、もう一度、振り返って、ドームの先の星を確認した。新地球はもうすぐだ。明日香は、背中に未来を背負いながらも、来たときよりも早いスピードで、父や母のいる自分たちの席のボックスに戻った。

 


この本の内容は以上です。


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