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紳士の皆様! 陛下に乾杯!

Gentleman! King!

 

火曜日の晩、俺はいつも「ボビー大衆食堂」にビーフシチューを食べに行く。ここのシチューは実にこってりしているのに、懐にやさしくてね。実際、ブロードウェイ界隈の連中の間じゃ一等人気のある料理のひとつになっている。

 

だから、これから話題にする火曜の晩も、俺はボビーの店でビーフシチューに舌鼓を打ちながら、新聞に掲載された競馬レースの結果を読んでいたのさ。するとカウンターに近づいてくるやつがいて、見ると二人はフィリー(※訳注 フィラデルフィア)時代の俺の古馴染みだ。一緒にいる三人目の男は見たこともないやつだが、二人の同類のようで、とんでもなく暴力的な面をしている。

 

このフィリー時代での古馴染みだが、一人はチーズケーキ・イジーって名前で、なぜそう呼ばれているかというと、彼はいつでもデリのカウンターでチーズケーキを食べているからさ。とは言っても勿論、俺は彼を馬鹿にしている訳じゃないよ。チーズケーキが好きな連中はそれなりにいるし、あれはコーヒーにとても合うからね。ただ、チーズケーキ・イジーにも、ちゃんとした名前があって、確かモリスみたいな感じだったかな。彼には少しユダヤの血が入っていて、でっかい鼻をしている。色んな方面から有能な男だって評判だ。

 

もうひとりのフィリー時代の仲間は、洒落者キティという名前で、確か年は三十二か三十三だったはずだ。精力的な男でね、まあ色んな意味で。服を着こなすのが上手いやつなんだ。フィリーでは、大金持ちの連中に気に入られていて、当時は彼自身もちょっとした金持ちだった。けど最近じゃ上手いこと行ってないと聞いたよ。まぁフィリーの連中はだいたいそうらしいがね。

 

そして当然、俺はこの古い友人たちにすぐ声をかけるなんてまねはしない。実際、読んでいた新聞で顔を隠したんだ。何故って、この町では人に声をかけるなんてのは、あんまり感心しないことだからさ。特にフィリーから来た連中に対してはね。どういう目的があるのか分かるまでは、そんなことはすべきじゃない。けど洒落者キティは、俺が新聞をあげきる前に、ちらっと俺の方を見ると、テーブルの近くにやってきて、チーズケーキ・イジーともう一人を呼ぶんだ。だから俺はごく自然に、そしてとびっきり親しげに挨拶をする。それからテーブルにかけるように言って、ビーフシチューまですすめちまう。そして洒落者キティが席につくと

「あんた、シカゴのジョジョは知ってるかい」

そう言って、彼は俺の知らない一人を親指で指すんだ。

 

そりゃ、俺も当然ジョジョの評判は知っていたよ。それもヤバい評判さ。だけど今まで会ったことはなかったし、仮にその機会があったとしても、絶対に願い下げだった。何故ならジョジョは、あのシカゴの中でさえヤバイやつとして知られているからね。

 

ジョジョはイタリア人で、背が低く、太った男だ。がっちりとした体つきで、動きはゆったりしている。ステーキを噛みちぎりそうな顎と眠そうな目をしているから、昔見たリング・リング・サーカスの檻にいる老ライオンを俺は思い出すんだ。黒々としたヒゲをこさえたシカゴの古顔で、シカゴの連中は、まだ彼が生き長らえていることに大層驚くね。まぁ、とはいっても四十歳くらいだろうけど。

 

彼の正しい名前はアントニオなんとか。ジョジョと呼ばれる理由は知らない。けど俺はジョジョって名前がアントニオより呼びやすいからだと考えるね。彼は握手して、俺に会えて嬉しい、なんてことを言う。そして座って、どんどんビーフシチューを取っていくんだ。

 

その横で洒落者キティは俺に続ける。

「なぁ、聞けよ。あんたヨーロッパに知り合いはいないか」

 

ううん、まあ、これは全くもって予想しなかった質問さ。そして当然、フィリーから来たような連中がする想定外の質問ってやつには、馬鹿正直に答える訳にはいかない。だから俺は考える時間を稼ぐために洒落者キティにこう言うんだ。

 

「どっちのヨーロッパだい」

「なんだと」キティは大層驚く。「ヨーロッパが二つとあるってか? 俺が言ったのは大西洋にあるヨーロッパだよ。これから俺たちが向かうヨーロッパさ。そして、もしお前が誰か知り合いがいるなら、お前の代わりに挨拶してやると言っているのさ。俺たちはヨーロッパに誰も聞いたことのないでかい仕事をしに行くんだ。嘘じゃねえよ。この仕事で俺たちは金持ちになる。今夜、船で出発するのさ」

 

けど、俺はヨーロッパにいる誰かをすぐには思いつかなかった。それにもし誰か知っていたとしても、そいつは洒落者キティやジョジョ、チーズケーキ・イジーといった連中に挨拶なんてされたくないと思うね。とはいっても当然、俺はそんなことを口にしたりしないよ。俺はただ、良い旅になることを願っているし、信じているよ、そして船酔いに苦しまないようにな、なんてことだけ言うんだ。勿論、俺は彼らの計画がどんなものなのか尋ねたりしない。そんな質問をしたら、俺をひどくうるさいやつだと思うし、嗅ぎ回っているかと疑うだろうからね。でも俺はきっとスコッチみたいなアルコール関連の密売だと見当をつける。(※訳注 当時は禁酒法が施行されていた)

結局、洒落者キティとチーズケーキ・イジー、ジョジョは、俺のビーフシチューをしこたま平らげると、支払いを俺に押し付けて去っていくんだ。

そうして数ヶ月の間、俺は彼らに会ったり、噂を聞いたりすることはなかった。

 

 

 

それからある日、俺はボクシングの賭け試合を見にフィリーへ行くと、俺は洒落者キティのやつにブロードストリートで偶然会うんだ。金持ちになった様子はなかったから、俺はヨーロッパはどうだった、って聞いてやる。

「あんまり良いもんじゃなかったぜ」とキティは言うんだ。

「旅は思っていたのと違ったんだ。けどな、俺たちは面白いものをいくつも見たし、とんでもない経験もした」キティは続ける。

「あんたは、どうしてヨーロッパに行ったか聞きたいだろう? こいつは、ちょっと普通じゃねえ話でな。本当さ、ホラを吹いたりしねえよ。だからこそ話を信じてくれるヤツに教えてやれるのが俺は嬉しいんだ」

 

こうして俺たちはウォルター・レストランに入って、端っこに座り、コーヒーを頼むんだ。洒落者キティは、こんな話をしてくれた。

 

 

全ては――キティが言うには――ある大物弁護士が、ここフィリーで俺に入れ知恵したことから始まったんだ。こいつは金持ちになりたくないか、と訊いてきた。当然俺は、それ以上に嬉しいことはねえ、と答えたよ。なぜならその時、フィリーはあちこちに警察の手が伸びていたし、抗争も起きていた。俺のポケットには数ドルしかなかった上、それ以上増える見込みもなかった。

 

すると、この弁護士は俺をリッツ・カールトン・ホテルに連れて行って、そこでサロ伯爵と名乗る男に引き合わせるんだ。弁護士のやつは「彼には全てを話して大丈夫です」とか言って、すぐに去っていく。まるでサロ伯爵がこれから話すことなんて気にもしないという風にね。けど、こいつが真っ当な儲け話なら放っておくなんてしないと俺は分かっていたぜ。なぜならあいつはずる賢い上に、金を溜め込んでいるからな。

 

さて、このサロ伯爵って背の低い男は、まつげみたいなヒゲをしていてな。そして縞模様のパンツを履いて、靴には白のスパッツをつけている。その上、モーニングコートを着て、片眼鏡までつけているから、まさに外国のお貴族様って感じの格好さ。そのくせ使う英語は一流ときた。伯爵の格好は全く好きじゃないが、一つだけ言うなら、ビジネスライクな態度と、すぐに仕事の話に入るところは、まあ悪くない。

 

彼が言うには、自分はヨーロッパのどこかにある国で、政党の代表をしているんだと。そして彼の国は、ヨーロッパじゃ時代遅れになった王政なんて未来の見えない制度を未だに続けているから、それを廃止するためにも国王を片付けたい、と言うんだ。つまり彼の計画ってのは、いくらでも人手は準備するから、その国に行って、国王を消してくれ、っていうものさ。そして報酬は二十万ドル。前金として即金二万五千ドル、残りは成功報酬として弁護士に預ける。と、こうきた。

 

なあ、おい。なんともたまげた計画だろ。実際、誰かを片付けるなんてのは俺も良く聞く話さ。けど相手が国王なんてのは、まず聞いたことないぜ。けどよ、言わせてもらうと報酬の金額が、ちっと見合わない。国王を殺すなんてのは、沢山の注目と非難を引きつけるはずだからな。だが彼の国は小さくてアメリカからも遠いし、国王を片付けたらすぐに彼の政党が外電などの全ての情報を掌握するから、国の外にこの事件が漏れることはないと説明するんだ。

「手はずは全て整っていますし、対処もすみやかに行ないます」サロ伯爵は言うんだ。

「あなたが危険にさらされることは、まずありません」

 

まあ、そうなると当然俺は、それだけ準備万端なら、何故自分の国の人間を使わないんだ、って訊きたくなる。

 

すると「そうですね」と伯爵は言って「まずひとつめに、私たちの国にはそういった経験を信頼できるほど十分に積んだ人間がいないのです。そしてふたつめに、私たちは国内の人間に国王暗殺なんてさせて、国を混乱させるようなことはしたくないのです。内乱のきっかけになりかねませんからね。だからこそ、外国人による事件なら辻褄が合うんです。王宮には高価な宝石が沢山あることで有名ですから、外国人がこれ狙うのは自然です。王宮に侵入して宝石を盗んだのが、外国人の――特にアメリカ人の――仕業だと思われるのは自然ですし、それに宝石が盗まれたなら、強盗に巻き込まれた国王の不幸としかは考えないでしょう。こういうことは、あなたの国ではよく起きている話じゃないですか」

 

さらにサロ伯爵が言うには、事前に彼の部下によって暗殺の手引もされるとのことだ。だから俺が王宮に簡単に入れるし、国王を消すのに邪魔が入ることもない。ただ本当に宝石を盗むってのは駄目らしい。宝石については彼の政党が手に入れたいからだとよ。

 

まあ、かなり気に入らなかったが、伯爵がすぐに札束を取り出して、そこから二万五千ドルなんて大金を引っこ抜いて目の前に並べるのを見ると、銀行がいくつも倒産するほどの不景気な今が、どんだけきつい時かと考えて、やる気になっちまう。しかし俺は一方で、伯爵の頭はいかれていて、国王暗殺なんてのは、彼の頭の中だけの話じゃないか、とも考えるんだ。

 

「訊いてもいいですか」俺はサロ伯爵にそう言うと、彼は座って俺のことを見つめる。

「どうして俺が計画を実行せずに金を持ち逃げしないと思うんですかい」

「なんですって?」彼はとても驚いて「あなたは信頼できる男として紹介されたのです。そして私もそれを信頼している」そして彼は付け加える「もしあなたが仕事を遂行しなかったとして、損をするのはあなた自身ですよ。残りの一七万五千ドルを失う上に、あの弁護士があなたを追い詰めて痛めつけますからね」

 

俺は結局、伯爵のやつと握手をした。彼はちょっとおかしいんじゃないかと、まだ考えていたけど、とにかく外に出てチーズケーキ・イジーを探すわけさ。そして俺はイジーを探している間に、ジョジョと会う。ジョジョはしばらくの間、シカゴから離れて休暇を取っているそうだ。大衆の敵(パブリック・エネミー)だと指名されちまっているらしい。 

彼にしたら嘘もいいところさ。だって彼は実際いつだってシャバ(パブリック)が大好きだからな。

 

当然、俺はジョジョみたいな人間と会えて嬉しいぜ。彼はとても頼りになるやつだからだからな。そしてジョジョの方も休暇中にまっとうな稼ぎを得られる計画があると知って喜ぶんだ。それから俺は、ジョジョとイジーと分け前について話し合う。話をつけてきた俺が十万ドル。イジーとジョジョは五万ずつとなる。こうして俺たちはヨーロッパにいくことになったのさ。

 

俺達はヨーロッパのどこかの港に着くんだが、出迎えに現れたのはこれまた片眼鏡をした男だ。彼はサロ伯爵の代理らしくて、タープ男爵とかなんとか名乗る。俺はサロ伯爵の国は片眼鏡の男で埋め尽くされているんじゃないかと思い始めるね。タープ男爵は俺たちを電車と車に押し込めて何日か連れ回し、最後にいやというほど車の中で跳ね上がったかと思うと、車は眺めの良い小さな町の端っこに辿り着くんだ。どうやらそこが俺たちの目指していた場所のようだ。

 

さて、タープ男爵は俺たちをその小さな街の端っこにある、これまた小さなホテルに下ろすと、俺たちと一緒にいるところを見られるのは些か都合が悪い、と言って去ろうとする。ただ、彼は俺たちを馬鹿にしている訳じゃないと弁明するぜ。本当に君たちと一緒に旅ができて良かったし、射撃の練習を兼ねて野犬や鳥撃ちの旅行に行く時には――ジョジョ以外なら──雇ってもいいと思っているくらいだ、と言うぜ。彼はチーズケーキ・イジーの歌を気にしないとまでぬかすんだ。俺としてはこの歌が旅の中で一番余計なものだったと思うがね。

 

タープ男爵は去り際に、これから消す国王がいる王宮の大まかな見取り図を書いて、部屋と入り口の配置を教えてくれる。彼が言うには、大抵、室内やあたりには護衛がいるが、彼の部下が手はずを整えていて、当日夜の九時前後には誰もいないそうだ。ただ国王がいる寝室の前の護衛だけは残っているんだが、こいつはカタしちまっていいらしい。タープ男爵は彼のことがいたく気に入らないからだと。

 

そして暗殺計画は、一時間ほどの間に静かに、そして速やかに実行する必要があるし、証拠を残すわけにはいかないと伯爵は念を押す。俺にとってはありがたい話だし、チーズケーキ・イジーとジョジョも全くそのとおりだと賛同するぜ。実際、俺たちは旅行に飽き飽きしていたし、どこかで長期休暇をとりたいと思っていたんだ。

 

説明が終わると、タープ男爵は去っていく。彼は俺たちに、でかくて速度のある車と、英語をうまく話せないが道順については良く理解している醜男の運転手を残していく。そして計画したとおり、俺達は九時ちょうどになる前に、その小さなホテルを出発して王宮に向かうんだ。王宮なんて言っても、公園みたいな空間の中心にある、よく見る古くて大きな四角い建物にしかすぎなくて、人家はまばらな上、あっても遠くにしかない。

 

このツラの悪い運転手は公園の中にまっすぐに入っていって、建物の正面玄関のようなところにつけて俺たちを下ろす。それから車を木陰に停めて、俺たちの帰りを待つんだ。

 

俺としては、王宮の中に入ったら、すぐ撃ち合いになるものと思っていたよ。だから年代物の拳銃──使う分には問題はねえぜ──を手にしていたし、ジョジョとチーズケーキ・イジーの方もピストルを握ってる。けど、タープ男爵が言っていたように、そこに衛兵の姿は見えないし、実際に俺達が王宮の扉を開くまで人っ子一人出てきやしない。俺たちは絵画やら儀礼服やら古い剣やらが壁に吊るされて飾られた大きなホールにでたところで、なるほど実際完璧な計画だと実感するのさ。

 

俺は見取り図を取り出して、二階のどこに国王の寝室があるのかを調べるが、これまた簡単にたどりつく。そして銃をぶっぱなす準備もするんだ。ドアの近くには制服に身を包んだ背の高い男がいて、俺たちを見てたまげるぜ。大声を上げようとするが、何を言おうとしたのか分かるやつはもう誰もいない。なぜなら彼が口を開こうとした瞬間に、チーズケーキ・イジーが四十五口径のケツでそいつをガツンとやるからだ。

 

それからジョジョはドアに掛けられた重い絹製のカーテンを使って、その男をキツく縛り上げる。あと彼が目覚めて大声を上げようとしたときのために、猿ぐつわもかませる。この作業が終わると、俺は静かに国王の寝室のドアノブを回して、部屋の中に飛び込む。目に入るのは、絹のドローブや金箔で装飾された家具があちこちにある以外はバカでかい会議室のような寝室さ。

 

そして、そこにいたのは人形みたいに大層綺麗な女と、ナイトクラブみたいに装飾された絹製の天蓋つきベッドの上に座る、八つか九つくらいの男の子さ。女はガキのそばに座って、子供のために本を読んでいる。

 

まるっきり家庭的なワンシーンなんで、俺たちは大層驚いて、動きが止まっちまう。そんな光景を見るなんて、これっぽっちも思っていなかったからな。

 

俺たちが部屋の真ん中に進むと、振り返った女が俺たちに気づいて困惑するんだ。子供の方はベッドから起き上がる。小さな太ったガキで、顔もふくよかだ。くせっ毛をしているし目ン玉はパンケーキくらいでかい、というか多分、それよりもでかい。女は俺たちを見て真っ青になって、震えて読んでいた本を落としちまう。けど、ガキの方は怖がっていないような様子で、とても上手な英語こうで言うんだ。

 

あなた達は誰なの? って、こりゃ当然の質問だよ。けどもちろん、こんな時に俺たちも名乗りをあげようなんて思わない。だから俺は答える。

「俺たちが誰かなんて気にするな。国王はどこだい」

「国王?」ガキはぴょんとベッドの上に立つんだ「国王は僕だよ」

 

この時、当然俺たちはポカンとしたぜ。なぜって俺たちだって国王ってのがこんな小さなガキじゃないと分かるくらいの頭はあるからな。けど、子供と言い合っている状況じゃなかったから、女の方に言うんだ。

「聞いてくれ」俺は続ける「俺たちは今、とても急いでるんで、冗談に取り合う暇はないんだ。国王はどこだ?」

「あら」彼女の声は幾分、落ち着いていたぜ。「この方が正真正銘の王様です。そして私はその家庭教師をしております。あなた方はどなたでしょうか。何が目的ですか。そもそも、どうやってここに入ったのですか」まだ続ける「衛兵の方はどこに?」

 

「お嬢さん」俺は、自分がこんなに紳士的で我慢強いことに我ながら驚く。

「このガキは多分、王様なんだろう。けどな、俺たちが探しているのはでかい王様さ。コイツの親玉だよ」

「他にはおりませんわ」彼女がそう言うと、ガキの方が割り込んで言うのさ。

「父様は二年前に死んだんだ。今はぼくが父様の代わりをしている」

 

「あなたたちはピーボディさんと同じイギリス人なの?」そして言うんだ「後ろにいる変な顔のおじさんは誰?」

まあ、そりゃあジョジョは変な顔だよ。でも今まで誰も彼のツラを悪く言うやつはいなかった。ジョジョもかなり癇に障ったみたいだぜ。一方でチーズケーキ・イジーはこんなことを言うんだ。

 

「おい」イジーは言う「こいつはとんでもなくムカつく話だぜ。俺たちは国王を消すために来たってのに、国王の代わりに悪ガキがいるだけじゃねぇか。俺は、男だろうが女だろうが、ガキを殺して喜ぶような人間じゃねえぞ」

「おう」ジョジョも言うぜ「俺のルールにも反するぜ。とはいえ、こいつはとんでもなく生意気なガキだな」

 

「なあ」俺も言う「何か間違いがあるみたいだぜ。ちょっと座って静かに話そうぜ、それに」俺は続ける「俺には、あのサロ伯爵が詐欺野郎だと思えてきた」

 

「サロ伯爵?」女が立ち上がって、心配そうな様子で俺に近づいてくる「サロ伯爵といいました? ああ、皆様方。サロ伯爵はとても悪い人ですの。彼はジーノという国王の叔父であり、この国の大公でもある男の手先なんです。ジーノ大公はこの方がいなければ国王になる人間ですが、この方に良からぬことをしようと企んでいるのではないかと疑っているのです。ああ、紳士の皆様」彼女は言うんだ「あなたたちは、きっとこの可哀想な孤児の王様を傷つけるおつもりなんてありませんよね」

 

ジョジョやチーケーキ・イジーには今までの人生で“紳士”なんて言われたことがなかったんだろうな。このセリフが一発で彼らの態度を柔らかくしたと俺には分かったぜ。ガキなんてとびっきり可愛らしく笑うしな。でも笑いかけている相手がどんな男か知ったら、あんな風に可愛らしく笑うなんてできやしないと思うがね。

 

「なあ」ジョジョは言うんだ「ジーノ大公ってのは、こんなちびっこを痛めつけるなんて悪党以外にありえねえな」そして付け足す「とはいえ勿論、こいつがでっかい王様に育っていたら、また違う話だけどよ」

 

「あなたたちは誰なの?」小さな王様は、もう一度言うんだ。

「俺たちはアメリカ人さ」俺は、誇らしげに俺たちの国の名前を言う。「俺たちはフィラデルフィアとシカゴから来たのさ。この二つの街は、そりゃとても良い街だぜ」

 

すると、この小さなガキの目が今までで一番大きくなるんだ。そしてベッドからすぐに降りて俺たちに近づいてくる。絹でできた青色のパジャマと裸足でね。随分可愛らしい格好だぜ。

 

「シカゴ?」そして続ける「あなたはアル・カポネ(※訳注 アメリカの有名なギャング)を知っているの?」

「アル?」答えたのはジョジョだ。「俺がアルを知っているかって? 俺とアルは兄弟みたいなもんだぜ」そう言うんだ。俺としては、アル・カポネがジョジョを真っ昼間に見かけたとしても、気づきもしないと思うがね。

「お前は、どこでアルを知ったんだ」今度はジョジョが尋ねる。

 

「ああ。僕は彼を知らないんだ」ガキはそう言うんだ。「けど彼については雑誌で読んだの。あとマシンガンとパイナップルについても。あなたはパイナップルって知っている?」

 

「俺がパイナップルを知っているかって?」ジョジョはその質問が気に食わなかったみたいだ。「なあ、こいつは俺にパイナップルを知っているか、なんて聞きやがるぜ。おい、こいつを見な」

 

そう言ってジョジョは小さくて丸っこいものを取り出すが、俺にはそいつがイタリアの野郎共が気に入らない相手に投げつける爆弾だとすぐに分かる。もちろん、ジョジョがこいつを荷物に入れているなんて知らなかったし、そもそも持っていることも知らなかった。ジョジョは俺が驚いていることに気づいたみたいだが、別に嬉しそうじゃないぜ。

「熊と戦うときのためさ」なんてほざく。「熊を倒すのに便利なんでね」

 

それから、皆で話し合うんだ。案外楽しかったぜ。とくにおチビちゃんとジョジョは相性が良くてな。ジョジョは次から次にシカゴとアル・カポネについて嘘を言うんだ。俺はジョジョの大嘘をアル・カポネが聞かないことを祈るね。だって、そうなりゃ、近くにいる俺たちまで酷い目にあうからな。

 

俺の方はミス・ピーボディって名乗るお嬢さんと話をするんだが、思ったよりも面白い子だぜ。そして同時に俺は部屋の中を物色しているチーズケーキ・イジーにも目を向けるんだ。イジーは多分、王様を消す計画を伝えた時に話していた高価な宝石ってのを探しているんだろうな。俺もあちこちを覗き見するんだが、価値のありそうなものはなかったよ。

 

このピーボディが説明によると、ジーノ大公はこのちっこい王様をどうにか追いやって自分が王様になりたがっているし、この国を狙う近くの大国とも裏取引をしている。彼女の話から、この国はペンシルヴァニアのデラウェアよりも小さい国だと分かるんだが、そんな国を支配するなんて馬鹿らしい話さ。けど、ピーボディはとても良い国だと言うぜ。

 

彼女が言うには、ジーノ大公がいなくなれば、王様が取り仕切ってもっと素晴らしい国になるだろうと言うんだ。けど今は、このジーノおじさんが全てを支配している。そして彼女は、こう続けるんだ。最終的にはジーノ大公が、王様が死にそうもないって理由で、強引な手にでようとするんじゃないかって個人的に心配なんだと。まあ当然、俺達は自分たちが何者なのかを告げたりはしないぜ。だって彼女に嫌われたくないからな。

 

 

ジョジョの方は、おチビちゃんに自分の自動小銃――あんたの腕か、それ以上に長い代物さ――を見せるんだが、おチビちゃんは大はしゃぎして、よく子供がするみたいに、あちこちに銃を向けて、バンバン! と声に出すんだ。けど、多分ジョジョが安全装置を外したままだったんだろうな。引き金を引いちまって、ガキが指を放す前に、自動小銃は本当にバンバン二回鳴る。

 

一発目は部屋の隅にある大きな花瓶を壊してな。ピーボディが言うには、一万五千ドルほどの価値があるそうだよ。そして二発目はチーズケーキ・イジーの馬乗り帽を撃つんだ。まぁ、女性の前で帽子をかぶっていたんだから自業自得だね。

 

当然、こいつはマズイと思うんだが、後から考えると、実際にはファインプレーだったのさ。何故ならこの時、タープ男爵をはじめとした沢山の人間が気を張って、何が起きるかと外で聞き耳をたてていたんだが、そいつらが急いで家のベッドに帰っていくんだ。王様が死んだときに、自分たちはベッドにいたと証言するためさ。

 

ジョジョも遂に嘘のネタが尽きたみたいでな。すると子供は何かを思いついて、部屋の中で何かを探し回る。俺は例の宝石をくれるんじゃないかと思ったぜ。けど王様は箱を抱えて戻ってきたんだが、その中にあったのは宝石じゃなくて、野球のバットとキャッチャーミット、そしてボールだ。母国から遠く離れたこんな場所でこいつらを見るのは、なんとも不思議な感じがしたぜ。特にベーブ・ルースのサインが入ったバットなんてな。

 

「これが何かわかる?」おチビちゃんはジョジョに言うんだ「これはアメリカを訪れた人たちが、ぼくにくれたものなの。でも、誰も使い方を知らないんだ」

 

「俺がこいつを知っているかって?」ジョジョは道具をとても丁寧に、そして優しくいじりながら言うんだ。「なぁ、俺にこいつが何か知っているかっていいやがるぜ」そしてこうぬかす「俺はシカゴのウェスト・サイド・ブルースで最優秀打者だったんだぜ」

 

まあ、こうなると俺たちは野球がどういうものか、おチビちゃんに教えなくちゃいけなくなる。だからフィラデルフィアじゃヴァイン・ストリート球団のスター捕手だった言い張るチーズケーキ・イジーがマスクとプロテクターをつけてるし、ジョジョはバッドを持って小さな枕をホームプレート代わりに床に置く。かくいう俺も何年か前は野球をしていて、フィリーのグレイズ・フェリーあたりでは良いピッチャーと評判だった、と言ってやりたかったがね。もし他にすることがなきゃ、まだプレーしていたはずさ。

 

そうして俺はコートを脱ぎ、部屋の奥に歩く。ジョジョはプレートの上に立ち、チーズケーキ・イジーはその後ろに控える。俺はジョジョの立ち姿から、こいつはカーブを打てねえ、と分かって、大きく振りかぶってから投げる。けど、当然俺の腕はかつてのものじゃない。ボールは俺の思ったように曲がらないし、ジョジョは思いっきり打ち上げて、ボールは天窓を突き抜けて外に飛んでいっちまう。この部屋がシェイブパーク球場ならライト前ヒットってところだろう。

 

ジョジョのやつは、まるでそこにファーストがある体で走り出すけど、そこにはベースなんてないから、やつは壁にぶつかって脳震盪を起こす。ボールはなくなっちまったから、そこで試合は終了さ。けどおチビちゃんは大はしゃぎだし、ピーボディまで笑いだす。今まで彼女は、人生で一度も笑ったことのない人形みたいな様子だったのに、凄い楽しそうさ。

 

十時くらいになると、ピーボディが誰かいれば何か食べるものを運ばせようと言う。こいつはとても素敵な提案なんで、俺は外に出て縛り上げていた男を部屋に運び、猿ぐつわをほどくんだ。彼は目を覚ましていて、とんでもなくびっくりしているし、怒っているぜ。ピーボディは俺には分からない現地の言葉で彼に何かを言う。

 

後から思うと、彼女をすっかり信じていたことに驚くね。彼女がヤツに俺たちをとっ捕まえるように言わない理由はないからな。まあ彼女のとても晴れやかな顔が、俺に信じさせたんだろうよ。

 

結局、その制服に身を包んだ男は頭をさすりながら、すぐに執事みたいな男と他の何人かを連れて戻ってくるんだ。一同は俺たちを見て驚いていたが、ピーボディが何かを執事に言うと、彼がすぐにテーブルや皿、サンドイッチとコーヒーを次々と運ぶ。

 

それから、俺たち五人はテーブルについて飲み食いすることになった。執事が戦前の年代物の上等なシャンパンを二本も運んできてな。こいつはとんでもなく美味かったけど、チーズケーキ・イジーが彼女にこの掘り出し物をそれなりの量で渡してくれるなら、俺達がさばいてやるし王様にも割前をだすぜ、というのには俺も困ったね。

 

執事が最初にワイングラスに注いだ時、ピーボディはグラスを掲げて俺たちを見たので、俺たちも自然と察してグラスを掲げる。彼女は立ち上がって、グラスを頭よりも高く掲げてこういうのさ。

「紳士の皆様! 陛下に乾杯!」

俺も一緒に立ち上がってな。ジョジョとチーズケーキ・イジーも俺に続いて立ち上がり、皆でこういうのさ。

「陛下に乾杯!」

俺たちはシャンパンを飲み干して、座りなおす。おチビちゃんは大笑いしながら拍手なんてして、よっぽど楽しかったんだろうな。けどピーボディは彼にワインを一滴も飲ませないようにするぜ。ジョジョがテーブルの下からこっそり渡そうとしていたのを見つけて、ちょっと怒ったよ。

 

そして最後にはおチビちゃんは俺たちに――特にジョジョに――行かないでとお願いするんだ。けどピーボディが少しは寝ないといけないと諭すし、俺たちもいつか戻ってくるさと言ってやる。そうして、俺達は帽子をとって、さよならを告げるんだ。おチビちゃんは部屋の出口までピーボディと俺達を見送ってくれたよ。彼の腕は彼女の腰を抱いているんだが、羨ましかったね。

 

もちろん、俺達が二度と戻ることはない。一番近い港から最初に出る船に乗って、まさにその夜に国を出発してアメリカに戻るのさ。まあ、一番可哀想だったのは醜男の運転手さ。彼は千マイルも銃口を胸元に突きつけられながら運転したんだからな。

 

これで――洒落者キティは言う――俺たちが何故、ヨーロッパに行ったか分かっただろう。

 

 

まあ、とても面白い話だと俺は思うぜ。それにキティが言った戦前のシャンパンなんてのは特に興味があるよ。それを買えるようなやつと一緒に行けばでかいシノギになるもんな。でもキティはその国がヨーロッパにあるってこと以外には、どこにあるか言わない。

 

「御存知のとおり」キティは言うんだ「俺たちフィリーの人間は熱烈な共和党支持者さ。そして俺としては共和党に、国際紛争なんていうややこしい問題に首を突っ込んで欲しくねえのさ」そして教えてくれる「俺たちがアメリカに向けて出発したときに、新聞の外電欄に小さな記事を見つけてな。ジーノ大公が彼の家で、不慮の事故により死んじまったんだと」

 

「あとな」キティがこう言ったんだ「ジョジョは、あの夜、醜男の運転手にジーノ大公の家まで運転させると、俺たちを車に残して出ていったんだ。不慮の事故ってのは、あいつがジーノ大公の寝室に投げたパイナップルのせいじゃないかと、俺は思うのさ」

 

 


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最終更新日 : 2019-10-06 15:31:16

この本の内容は以上です。


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