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ミカちゃんなんて呼ばんとって

アタイは逃げた。魔女の家から。一週間も閉じ込められてたんだ。こわくてこわくて悲しかった。でも、誰も助けてくれなかった。力の限り暴れたけど、檻が頑丈で、アタイには壊せなかった。

それなのに、今朝突然、魔女が檻を開けたんだ。もう夢中で走ったよ。太陽がぎらぎら照り付けている。久しぶりの外の空気を胸いっぱい吸った。あの魔女に二度とつかまらないように、走って走って、四本の足が悲鳴をあげるまで走り続けた。

公園を通り抜け、家が並ぶ通りの溝の中を走った。魔女が追いかけてこないか、ピンと耳を立てて。

「あっ、あの家だ」

やっとたどり着いた。アタイこの家の庭にいたんだ。ずっと。

百歳になるばあちゃんが一人で暮らしていて、ご飯をもらってた。ガリガリにやせたばあちゃんは優しかったよ。ただ、ばあちゃんは気まぐれで、というか、忘れることがよくあって、もらえない日も多かったけれど。あの頃はアタイもまだ子供だったし、あちこち遊びまわって楽しかった。

 

冷たい風がやっと暖かくなってきた頃、あいつが現れた。あんなやつは別に好きじゃなかったけど、赤ちゃんが生まれた。四匹だよ。そりゃあもう、かわいいったらないよ。クロ、シロ、チャトラ、キジトラ、どの子もかわいい。アタイはなめてなめておっぱいをあげ続けた。だから、おなかがすいてたまらなかったよ。

そのころから、庭を覗きにへんなおばちゃんが何人かやって来るようになったんだ。アタイは陰に隠れて見つからないようにしてた。

しばらくして、そのおばちゃんたちが門を開けて庭に入ってくるようになった。びっくりしたけど、食べたこともないようなおいしいご飯を置いてくれた。朝も晩も。アタイはお腹いっぱい食べて新鮮な水も飲んだ。だから、おっぱいもよく出るようになった。

 

気持ちの良い緑の風が吹いてきた。アタイはゆったり過ごしてたんだ。

そんなある日、うっかり目を離したとき、アタイの赤ちゃんのシロが、ちょろちょろ出て行ったんだ。そのとたん、あっという間に捕まってしまった。アタイは力いっぱいうなったけど、どうすることもできなかった。

そして、毎日一匹づつさらわれたんだ。あのおばちゃんたちは猫さらいだったんだ。アタイはもう何をする気も起らず、じっと眠ってた。

 

そしてあの晩!

その日は、朝からご飯も置いてなくて、おなかがペコペコだった。暗くなった頃、見たこともない四角いかごが置かれた。そして、その中にものすごくいい匂いの魚があった。アタイは夢中で食いついた。

ガシャン!

途端に、入り口が閉まった。猫さらいのおばちゃんは、アタイまでつかまえにきたんだ。かごは檻だったんだ。

暴れたよ。暴れて暴れて暴れまくった。泣き叫んだ。

雨が激しく降る中、アタイはその檻に入れられたままどこかへ運ばれた。布がかかってたからよく分からなかったけど、部屋の中だった。朝になって、アタイは動く箱に乗せられてまたどこかへ連れていかれた。嫌なにおいがするところだった。そこで、背中に注射をされて、何も分からなくなった。

どのくらいたったのか、辺りがぼーっとかすんでいた。体が重い。お腹が痛い。痛い。おばちゃんが来て、檻のまま動く箱に乗せられて、朝いた部屋に、また連れていかれた。

檻の入り口が開けられたので、アタイは飛び出した。でもそこはもっと大きな檻だった。アタイはお腹の痛みを我慢して暴れた。うなった。ご飯を蹴飛ばした。砂みたいなものもまき散らした。

「ミケの母ちゃんだから、ミカちゃんだね」

「ミカちゃーん」

そんなあほらしい声を聞きながら、アタイはうなってた。大きな布をかけて、おばちゃんは静かに出て行った。ご飯と水。それに床にはたくさんタオルが敷かれてたけど、引きちぎって無茶苦茶にしてやった。

それでも、おいしいご飯がずっと置かれた。分かったよ、アタイ。あれは魔女だ。アタイを太らせて食べるんだ。

「ミカちゃーん、おはよう、元気?」

魔女が気持ちの悪い声で何やら言っている。アタイは低くうなった。

「ごめんね、避妊手術痛かったね」

「暴れないでね。ここで傷治さないとね」

「赤ちゃんはみんな元気に大きくなってるよ」

魔女の仲間もやって来て、てんでに何やら勝手なことを言っている。そして、性懲りもなくご飯を置き、タオルを替え、檻を掃除した。

アタイはやけくそで、ご飯をたっぷり食べてやった。もうどうにでもなれだ。

「あー、ミカちゃん食べたねえ。よかったあ」

魔女は能天気な声で喜んでいる。

「ミカちゃん、ミカちゃん」

何なんだ。アホな魔女だ。

 

そして今朝、檻の出口と部屋のドアが開けられ、アタイは外へ飛び出したんだ。

今、百歳ばあちゃんの家に着いた。アタイの赤ちゃんたちはもういない。

アタイ決めたよ。もういいさ。アタイは自由に生きてやる。生きてやるんだ。

 

そやから、もう、ミカちゃんなんて呼ばんとって。


この本の内容は以上です。


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