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合衆国の大地[America's shores]とハワイ・フィリピンについて

合衆国の大地[America's shores]とハワイ・フィリピンについて

 

以下は大西洋の西側からの見方である。


〈彼らの土地は、真珠湾の場合を除けば、これまで一度たりとも侵されたことはなかった。しかもあれは戦争の只中における、海軍に対する戦争行為であった。都市をねらったものではなかった。〉
(Opinion: The rule of reason over madness died along with the victims by Polly Toynbee, Guardian Unlimited, Wednesday September 12, 2001)

 

これが当事者にしてみると、いや、真珠湾以前にも一度だけあった(注14)ということになるのは、やった方は忘れていて、やられた方はよく覚えているというもう一つの事例である。

  

ところが、合衆国の国土が犯されたのは一度きりであるとする当事者もいる。しかもその一度きりの侵略は真珠湾のことではない。

  

The last time the national territory of the US was under attack, or for that matter, even threatened was when the British burned down Washington in 1814.
〈合衆国の国土が最後に攻撃されたのは、更に詳しく言えば、最後に脅かされたのは、1814年に英国がワシントンを焼き払ったときであった。〉(注15)
(注)1814 : 1812年戦争(米英戦争)の時代。
(注)10月11日にMIT[the Massachusetts Institute of Technology]で行われた講演の抜粋。

(Terrorism works by Noam Chomsky, Al-Ahram Weekly Online(Egypt), 1-7 November 2001, Issue No.558)

 

その理由は以下のとおりである。

  

In press reports following the attacks, it was common to bring up Pearl Harbour, but that is not a good analogy. Whatever you think about it, the Japanese bombed military bases in two US colonies -- not the national territory, which was never threatened. These colonies had been taken from their inhabitants in not a very pretty way. The US preferred to call Hawaii and the Philippines a "territory", but they were in effect colonies. (ibid)
〈 この攻撃(9月11日のテロ)後の報道では、真珠湾を持ち出すのが普通であったが、適切な類比ではない。真珠湾攻撃についてどう考えようと、日本人は二ヶ所の合衆国植民地にある軍事基地を攻撃したのであり、国土を攻撃したわけではなかった。国土は決して脅かされなかった。これらの植民地はその住民たちの手からあまり芳しからぬやり方で取り上げられていた。合衆国はハワイとフィリピンを「領土」と呼ぶほうを好んでいたが、実際には植民地であった。 〉

  

「真珠湾」との相違をこのような点に見出すのはチョムスキーならではである(「真珠湾」との相違に関する在り来たりの見解については(注5)参照)。 チョムスキーが「二ヶ所の合衆国植民地」と呼んでいるハワイとフィリピンは1941年当時いずれも合衆国の所領[territory]であった。ハワイは1900年に準州[territory]となり、50番目の州となったのは1959年である。1946年のフィリピン独立を認めるフィリピン独立法が1934年に合衆国議会で成立したが、1941年当時フィリピンはいまだ合衆国の所領であった。真珠湾攻撃と同じ日、日本軍はルソン島のクラーク基地も攻撃した(注16)

  

"Pearl Harbor"に言及されることはあってもルソン島のクラーク基地[Clark Field]が想起されることはない。

  

Unlike Pearl Harbor, the identity of the perpetrators is not immediately obvious, no Tora! Tora! Tora! nor planes with the rising sun on their wings.
〈真珠湾の場合とは異なり、今回の犯行者たちの正体は直ちに明らかというわけではない。トラ、トラ、トラもなければ、翼に旭日のついた航空機もなかった。〉
(注)Tora! Tora! Tora! : 真珠湾攻撃を命ずる暗号。

(Opinion: An Act of War BY PETE DU PONT, The Wallstreet Journal, Wednesday, September 12, 2001 12:00 a.m. EDT)

  

"Pearl Harbor"の際は「犯行者」の正体は明白であったということになる。この一文には"Pearl Harbor"が4度登場する。"Clark Field"の文字はない。 

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(注14)

 

No foreign invader had crossed the sea to attack Fortress America since the War of 1812.
〈1812年戦争以来、海を渡って要塞アメリカを攻撃する外国の侵略者はいなかった。〉
(注)1941年の"Pearl Harbor"が基準時。
(注)the War of 1812 : 1812年戦争(米英戦争)。

   

(注15)
以下、同様の連想である。

 

With the most significant external attack on the heart of the American homeland since British forces burned Washington in 1814, that paradoxically solid foundation will be shaken.
〈英国軍が1814年にワシントンを焼き払って以来、アメリカの国土の心臓部に対するものとしては最も重大な外からのこの攻撃によって、あの逆説的に堅固な基礎は揺るがされることになろう。〉
(注)1814 : 1812年戦争(米英戦争)の時代。
(注)that paradoxically solid foundation : 合衆国の一般国民が自国以外のことに全く無関心でいながら平和と安定を享受していること。

(Opinion: A moment that will define the 21st century by Timothy Garton Ash, Independent Digital, 13 September 2001) 

(The Real Day of Infamy By Evan Thomas, Newsweek[MSNBC.com], 2001 May 14 issue) 

   

(注16)
やはりM.M.氏にご指摘いただいた点である"simultaneously"( Yesterday, December 7, 1941, a date which will live in *world history*, the United States was *simultaneously* and deliberately attacked by naval and air forces of the Empire of Japan.")という草稿段階の語の選択が、こうした事実とどのように関わっているのかについて何ごとかを述べるほどの知識を私は持ち合わせていない。 

 


その他の"day of infamy"について

その他の"day of infamy"について

 

2000年12月の"infamy"。

  

It seems to me, on the basis of all that is coming down on this day in the USA, that today is another day that will live in infamy.(下線は引用者)
〈合衆国で今日起こっているありとあらゆることを基にすると、今日という日は汚辱とともに記憶されることになる新たな日付であるように私には思える。〉
(注)today : 2000年12月14日。フロリダ州の開票を巡って混迷を続けた2000年米大統領選でブッシュ候補の当選が確定し、ゴア候補が敗北宣言した日。 
(注)"Progressive Sociology Network"への投稿。

(Another Day that will Live in Infamy(14 December 2000 03:31 UTC) by Scott Kerlin, Progressive Sociology Network)

 

百数十年前の"infamy"。

  

"1845 - 1852 YEARS OF INFAMY"(1845 - 1852 忌わしき時代)
(http://www.alltel.net/~dmurphy595/Years_of_Infamy.html)。

  

1845年から続いたアイルランドのジャガイモ大飢饉[The Great Potato Famine of Ireland]である。1845年から1851年の期間の餓死者は2,225,000人以上と見積もられている。

  

最後に、重ねてM.M.氏の貴重なご意見・ご指摘に心より感謝申し上げる。 

 

(了)

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この本の内容は以上です。


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