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FDRの言葉の選択について

FDRの言葉の選択について

 

軍事専門家ならぬ軍事素人が60年前の軍事的作戦(真珠湾攻撃)を見直してみても、あれが合衆国側のとてつもない失態の結果であったことを見て取るのはたやすい。ただし、日本の軍部の選択したあの作戦が、国家戦略的・軍事戦略的・軍事的成果の点から見て、どれほど賢明であり有効な作戦であったのかどうかは別の問題ではある(注10)

 

およそ軍事的作戦の要諦は、機密を保ち、隠密にことを進めること、敵側に"sudden"という印象を与え、敵側に"surprise"を引き起こすことである。作戦の隠密を最後まで保つことは称賛の契機となりこそすれ(注13)、非難の根拠とはなりえない。隠密のまま遂行し得なかった作戦を待ち受けていたのは、ミッドウエーの破局であった。罠に誘い込むつもりが罠にはまったのである(注12)。また、宣戦布告云々という点について言えば、宣戦布告とは適切には第一撃のことである。国家間戦争は審判の掛け声「ファイト」で始まるわけのものではない。

 

ローズベルトの「真珠湾演説」(注1)の冒頭の一文

 

Yesterday, Dec. 7, 1941 -- a date which will live in infamy -- the United States of America was suddenly and deliberately attacked by naval and air forces of the Empire of Japan.
〈昨1941年12月7日(汚辱とともに記憶されることになる日である)、アメリカ合衆国は大日本帝国空海軍による用意周到かつ突然の攻撃を受けた。 〉

 

に見える"suddenly "は、あえて選択された扇情的言辞でも、攻撃を予期していたことを糊塗しようという思惑(注11)のもとで用いられたものでもないとしたら、FDRの大統領としての職務に懈怠があったことを露呈するものでしかない。隠れるところもない大海原、太平洋を越えて(注13)の攻撃を《不意打ち"sudden attack"》にしてしまった懈怠が確かにあったのである(注7及び注9参照)。国民を国家を守るという大統領の至上の責務の懈怠が、起こり得る軍事攻撃に対してなすべき警戒を怠った責任の所在は軍の最高司令官ローズベルトその人にあることが、"suddenly"という語の選択に現れることになった。


Days of Infamy: Macarthur, Roosevelt, Churchill, the Shocking Truth Revealed : How Their Secret Deals and Strategic Blunders Caused Disasters at Pearl Harbor and the Philippines by John Costello; Paul McCarthy (Editor) といった書物が生まれる所以である。 

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(注10)

 

While the movie accurately renders Yamamoto’s prophetic warning--”We have awakened a sleeping giant”--the Japanese admiral is described by Professor Love as a strategic “lunkhead.” The Pearl Harbor raid sank mostly obsolete World War I-era battleships. Faster carriers and battleships--the fleet that would ultimately defeat the Japanese Navy--were already under construction in the United States.
〈 この映画では山本(五十六)海軍大将の予言的警告(「我々は眠れる巨人を目覚めさせてしまった」)を正確に翻訳しているが、日本のこの海軍大将をラブ教授は戦略にかけては「うすのろ」であると述べている。真珠湾の急襲が沈めたのは殆どが第一次大戦時の時代遅れの戦艦だった。 より速度の出る空母と戦艦(最終的に日本海軍を敗北させることになる艦隊)がすでに合衆国では建造中であった。 〉
(注)Love : 海軍兵学校教授であり真珠湾の専門家でもあるロバート・ラブ氏[Robert Love, a professor at the U.S. Naval Academy and a leading authority on Pearl Harbor]。

(The Real Day of Infamy By Evan Thomas, Newsweek[MSNBC.com], 2001 May 14 issue)

  

But they failed to bomb the American fleet’s fuel-storage tanks at Pearl Harbor, which might have slowed the U.S. war effort far more than sinking obsolete battleships. (The Pacific Fleet’s three carriers were all at sea at the time of the raid.)(ibid)
〈 しかし、彼らは真珠湾にあるアメリカ艦隊の燃料貯蔵庫を爆撃し損なった。そうしていれば時代遅れの戦艦を数隻沈めることより遥かに合衆国の戦争への取り組みを遅らせていたかもしれない。(太平洋艦隊の3隻の空母はこの急襲時にはすべて外洋にあった。)〉

 

 
(注11)

 

The movie wisely ignores long-held conspiracy theories that President Roosevelt provoked or allowed the Japanese attack to justify going to war. Determined to help Britain fight back against the totalitarian Axis powers, Roosevelt was eager to bestir an isolationist public. Some historians have tried to show that Roosevelt knew from broken Japanese codes and other clues that an attack was imminent, yet did nothing.
〈 この映画は賢明にも、ローズベルト大統領は戦争開始を正当化するために日本による攻撃を挑発ないし許容したという長きに渡って疑われている陰謀説を無視している。全体主義枢軸国に対する英国の戦いを支援する決意をしていたローズベルト大統領の孤立主義的世論を覚醒させたいという思いは切なるものであった。一部の歴史家は、ローズベルト大統領は解読された日本の暗号や他の手掛かりをもとに攻撃が差し迫っていることを知っていながら何もしなかったということを証明しようとしてきた。 〉
(The Real Day of Infamy By Evan Thomas, Newsweek[MSNBC.com], 2001 May 14 issue)  

 

 
(注12)

 

Breaking the Japanese code, the U.S. Navy trapped the Japanese and destroyed their carrier force.
〈日本の暗号を解読した合衆国海軍は日本人に罠を仕掛け、日本の空母群を壊滅した。〉
(注)their carrier force : 日本海軍は四隻の空母を失った。

(The Real Day of Infamy By Evan Thomas, Newsweek[MSNBC.com], 2001 May 14 issue) 

 

 
(注13)

 

The Japanese had managed to move to a point about 200 miles to the northwest of Oahu without detection.
〈日本人は察知されることなくオアフ島の北西約200マイルの地点まで移動することに成功していた。〉
(注)無名の一兵士による第二次大戦回想記。文章には相当難がある。

(The Cruiser Scout: Chapter 4 -- "Day Of Infamy" by Paul A. McKinley, cruiserscout.com)

 

Nonetheless, the Japanese attack was brilliant for its total surprise. Under cover of rain and fog, a Japanese fleet of six carriers drew within 200 miles of Hawaii and launched 353 planes at dawn on Dec. 7.(下線は引用者)
〈それにもかかわらず、日本の攻撃はその完璧な意外性ということではあざやかであった。雨と霧にまぎれて、6隻の空母からなる日本の艦隊はハワイから200マイル以内の位置にまで近づき、12月7日の夜明け時に353機の航空機を発進させた。〉
(注)Nonetheless : 真珠湾攻撃が撃沈したのは殆どが第一次大戦時の時代遅れの戦艦だったにもかかわらず。

(The Real Day of Infamy By Evan Thomas, Newsweek[MSNBC.com], 2001 May 14 issue) 

 

 

 


合衆国の大地[America's shores]とハワイ・フィリピンについて

合衆国の大地[America's shores]とハワイ・フィリピンについて

 

以下は大西洋の西側からの見方である。


〈彼らの土地は、真珠湾の場合を除けば、これまで一度たりとも侵されたことはなかった。しかもあれは戦争の只中における、海軍に対する戦争行為であった。都市をねらったものではなかった。〉
(Opinion: The rule of reason over madness died along with the victims by Polly Toynbee, Guardian Unlimited, Wednesday September 12, 2001)

 

これが当事者にしてみると、いや、真珠湾以前にも一度だけあった(注14)ということになるのは、やった方は忘れていて、やられた方はよく覚えているというもう一つの事例である。

  

ところが、合衆国の国土が犯されたのは一度きりであるとする当事者もいる。しかもその一度きりの侵略は真珠湾のことではない。

  

The last time the national territory of the US was under attack, or for that matter, even threatened was when the British burned down Washington in 1814.
〈合衆国の国土が最後に攻撃されたのは、更に詳しく言えば、最後に脅かされたのは、1814年に英国がワシントンを焼き払ったときであった。〉(注15)
(注)1814 : 1812年戦争(米英戦争)の時代。
(注)10月11日にMIT[the Massachusetts Institute of Technology]で行われた講演の抜粋。

(Terrorism works by Noam Chomsky, Al-Ahram Weekly Online(Egypt), 1-7 November 2001, Issue No.558)

 

その理由は以下のとおりである。

  

In press reports following the attacks, it was common to bring up Pearl Harbour, but that is not a good analogy. Whatever you think about it, the Japanese bombed military bases in two US colonies -- not the national territory, which was never threatened. These colonies had been taken from their inhabitants in not a very pretty way. The US preferred to call Hawaii and the Philippines a "territory", but they were in effect colonies. (ibid)
〈 この攻撃(9月11日のテロ)後の報道では、真珠湾を持ち出すのが普通であったが、適切な類比ではない。真珠湾攻撃についてどう考えようと、日本人は二ヶ所の合衆国植民地にある軍事基地を攻撃したのであり、国土を攻撃したわけではなかった。国土は決して脅かされなかった。これらの植民地はその住民たちの手からあまり芳しからぬやり方で取り上げられていた。合衆国はハワイとフィリピンを「領土」と呼ぶほうを好んでいたが、実際には植民地であった。 〉

  

「真珠湾」との相違をこのような点に見出すのはチョムスキーならではである(「真珠湾」との相違に関する在り来たりの見解については(注5)参照)。 チョムスキーが「二ヶ所の合衆国植民地」と呼んでいるハワイとフィリピンは1941年当時いずれも合衆国の所領[territory]であった。ハワイは1900年に準州[territory]となり、50番目の州となったのは1959年である。1946年のフィリピン独立を認めるフィリピン独立法が1934年に合衆国議会で成立したが、1941年当時フィリピンはいまだ合衆国の所領であった。真珠湾攻撃と同じ日、日本軍はルソン島のクラーク基地も攻撃した(注16)

  

"Pearl Harbor"に言及されることはあってもルソン島のクラーク基地[Clark Field]が想起されることはない。

  

Unlike Pearl Harbor, the identity of the perpetrators is not immediately obvious, no Tora! Tora! Tora! nor planes with the rising sun on their wings.
〈真珠湾の場合とは異なり、今回の犯行者たちの正体は直ちに明らかというわけではない。トラ、トラ、トラもなければ、翼に旭日のついた航空機もなかった。〉
(注)Tora! Tora! Tora! : 真珠湾攻撃を命ずる暗号。

(Opinion: An Act of War BY PETE DU PONT, The Wallstreet Journal, Wednesday, September 12, 2001 12:00 a.m. EDT)

  

"Pearl Harbor"の際は「犯行者」の正体は明白であったということになる。この一文には"Pearl Harbor"が4度登場する。"Clark Field"の文字はない。 

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(注14)

 

No foreign invader had crossed the sea to attack Fortress America since the War of 1812.
〈1812年戦争以来、海を渡って要塞アメリカを攻撃する外国の侵略者はいなかった。〉
(注)1941年の"Pearl Harbor"が基準時。
(注)the War of 1812 : 1812年戦争(米英戦争)。

   

(注15)
以下、同様の連想である。

 

With the most significant external attack on the heart of the American homeland since British forces burned Washington in 1814, that paradoxically solid foundation will be shaken.
〈英国軍が1814年にワシントンを焼き払って以来、アメリカの国土の心臓部に対するものとしては最も重大な外からのこの攻撃によって、あの逆説的に堅固な基礎は揺るがされることになろう。〉
(注)1814 : 1812年戦争(米英戦争)の時代。
(注)that paradoxically solid foundation : 合衆国の一般国民が自国以外のことに全く無関心でいながら平和と安定を享受していること。

(Opinion: A moment that will define the 21st century by Timothy Garton Ash, Independent Digital, 13 September 2001) 

(The Real Day of Infamy By Evan Thomas, Newsweek[MSNBC.com], 2001 May 14 issue) 

   

(注16)
やはりM.M.氏にご指摘いただいた点である"simultaneously"( Yesterday, December 7, 1941, a date which will live in *world history*, the United States was *simultaneously* and deliberately attacked by naval and air forces of the Empire of Japan.")という草稿段階の語の選択が、こうした事実とどのように関わっているのかについて何ごとかを述べるほどの知識を私は持ち合わせていない。 

 


その他の"day of infamy"について

その他の"day of infamy"について

 

2000年12月の"infamy"。

  

It seems to me, on the basis of all that is coming down on this day in the USA, that today is another day that will live in infamy.(下線は引用者)
〈合衆国で今日起こっているありとあらゆることを基にすると、今日という日は汚辱とともに記憶されることになる新たな日付であるように私には思える。〉
(注)today : 2000年12月14日。フロリダ州の開票を巡って混迷を続けた2000年米大統領選でブッシュ候補の当選が確定し、ゴア候補が敗北宣言した日。 
(注)"Progressive Sociology Network"への投稿。

(Another Day that will Live in Infamy(14 December 2000 03:31 UTC) by Scott Kerlin, Progressive Sociology Network)

 

百数十年前の"infamy"。

  

"1845 - 1852 YEARS OF INFAMY"(1845 - 1852 忌わしき時代)
(http://www.alltel.net/~dmurphy595/Years_of_Infamy.html)。

  

1845年から続いたアイルランドのジャガイモ大飢饉[The Great Potato Famine of Ireland]である。1845年から1851年の期間の餓死者は2,225,000人以上と見積もられている。

  

最後に、重ねてM.M.氏の貴重なご意見・ご指摘に心より感謝申し上げる。 

 

(了)

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この本の内容は以上です。


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