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風 狂(第60号)目 次

 

【詩】

転 生                原 詩夏至

枇杷の実              なべくらますみ

虎の尾               出雲筑三        

うす紫色の花            高 裕香

空間の謎              長尾雅樹

どんづまり             さとうのりお

専念すべき証拠           高村昌憲

 

【風狂ギャラリー】

三浦逸雄の世界(四十四)            三浦逸雄

 

【エッセイ】

敗戦の頃の日々(前編)       神宮清志

昭和は遠くなりにけり?(4)    高島りみこ

 

【童 話】

パンケとペンケ            宿谷志郎

 

【翻 訳】

アラン『大戦の思い出』(二十六)   高村昌憲 訳

 

執筆者のプロフィール(五十音順)


転 生   原 詩夏至

 

願ったのは極楽浄土だった

だが目覚めてみるとそこは熱帯で

如来は孔雀

菩薩は樹上の豹

飛天の歌声はただ枝間をよぎる

猿の叫びに過ぎないのだった

 

急速に遠ざかる前世

そこは定かにはここより幸福とも

悲惨とも言い得ぬ苦界だった

訪れる者はそこをこの世の極楽と呼び

住まう者はこの世の地獄と呼んだが

いずれにせよ死後選べるのはただ

あの世の極楽かあの世の地獄だった

とはいえいかに転生を願おうとも

あの世の極楽もあの世の地獄も

見たことのない脳裏に浮かぶのは

見たことのある極楽めいた地獄か

地獄めいた極楽だけだった

そしてそれは

男たちの吐息と汗のように

どちらもひどく暑苦しいのだった

 

だから次の世は

出来れば涼しい所がよかった

それなのに

ここはやはり暑苦しいのだった

とすればここはやはり苦界だった

天部は極彩色の甲虫

阿羅漢は奇妙な習性の無数の蟻

澄んだ水上に開く蓮華座は

木下闇の

物憂い肉色のラフレシアなのだ

 

気づけば何者かがこちらを凝視めている

母鳥かも知れないし蛇かも知れなかった

しかし目にした最初の動くものを

母として受け入れる他ない雛鳥に

その差などそもそも何だろう

真っ赤な口腔を開くそのもの

餌をくれるのか餌として食われるのか

次の瞬間が生なのか死なのか

分からなかったし両者に違いが

あるのかどうかもはっきりしなかった

そのものの開いた真っ赤な口腔

いずれにせよそれは暑苦しかった

私はその中に

頭を突っ込んだ


枇杷の実    なべくらますみ

 

日々の買い物への通り道

触れる枇杷の木 地味な色合い 

花が咲いても気づく人は少ない

実がなって気づく人はさらに少ない

それをもいで食べようなんて人は

もっともっと少ない

 

私は道端になる枇杷の味を知っている

短い間八百屋で見かける季節の果物ではない

幼い頃の庭にあった

産毛のような皮に包まれ

艶やかな種を仕舞い込んだあの味

 

懐かしさに誘われ手を伸ばし

皮を剥いた一つを口に入れた

記憶より少し薄味 酸っぱさが強い

こんなものかと種を足元に吐き捨てた

 

この間は歩きながら一個を味わっただけ

数日で実はさらに増え色も濃く

周囲に誰もいなのを幸いに

枝を折り手元の袋へ

 

あの時は

一個だけだったから良かったのか

欲張ったそれに旨さはなかった

残ったのは苦い想いばかり

折った枝ごとをゴミ箱に棄てた


虎の尾     出雲筑三

 

虎の尾を踏んだのは

有能な武士だった

普段から鍛錬を怠らない奴だった

 

虎は圧倒的な力を持っている

武士は頭脳も賢かったので

用意周到な準備をした

 

虎の尾を踏む

いくら自信があっても

誰が好き好んでやるものか

 

礼節を重んじ

信義を尊ぶ

見本のような武士魂であった

 

なぜ危険を冒したのか

もしかして思い込みが仇となり

うっかり踏んじまったのか

 

それを虎の尾とは気づかず

踏んでも未だ

不知だったのではないか

 

渦巻く大衆の中にいた山伏は

初めてみた

虎の尾とは何だったのかを


うす紫色の花     高 裕香

 

梅雨入りが遅く

七月の半ばというのに

梅雨空が続いては夏が恋しい

 

なぜか、三鷹図書館の紫陽花が

やっと咲き出した

それもうす緑にうす紫色

 

雨に打たれては、

顔を向き合い

「色が、薄れるね。」と語る。

 

「忘れないで。」と色濃く咲いた紫陽花も

今では、うす紫色

故郷を忘れた心に雨が降り続く。



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