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私は誰? 第五回

     五 

 

 私の母……私の父が、私にとって絶対的な脅威、圧倒的な恐怖の存在であることは既に述べましたが、では、その被害を食らい、且つ全くタイプの異なる母は、心優しい、人を傷つけぬ、純朴な善人であったか、と言うと、全くそんなことありません――人を苦しめる形、傷つける方法、暴力の種類、与える対象は、無限に存在するのですから、たとえその人が、身近にいる誰かに苦しめられ、尚且つその相手と全く違うタイプの人間だからと言って、その人自身が、人を苦しめていないということにはならないのです(これは世の中で弱者として扱われる全ての人に当てはまります)……。 

 私の母は、私の父とは違う方法で、しかしその本質、到着点としては、全く同じ暴力で、私を徹底的に苦しめました……それは私が三兄弟の末っ子であり、おっちょこちょいで注意不足な性格であったことも影響したかも知れません……母が私に執拗に振るった暴力、それは、お節介でした……。 

 たかがお節介、と、人は軽く受け止めることでしょう、母親というのは元来そういうものじゃないか、子供を心配する純真な親心なんだから良いじゃないか――こういう人達は、強い立場から弱い立場への執拗なお節介が、一体どれだけのストレス、暴力、抑圧として機能するか、全く分かっていないのです……。 

 

これを着きなさい 

持って行ったら? 

これ食べてみて 

こうすると美味しいよ 

しっかり食べなきゃダメだよ 

ここ座ったら? 

体に悪いよ 

こうした方が良いよ 

こうすれば治るから 

 

 ……一見、純粋に息子を心配し、案じ、相手のことを思う、優しい気配りのように見えます、しかし、やっていることは、父と同じ、つまり、命令、支配、干渉、束縛、強要なのです、幾らその言動が、飽くまで一つの提案や問いかけの取り、相手の意思を尊重しているかのように見えても、その真意は、私に対する、操作であり、断定であり、否定に他なりません――その証拠に、私が母の「親切」を断ると、ヒステリーを起こしたかのように、怒濤の勢いで、「いや、絶対にそうした方が良いよ」、「騙されたと思って」、「え、どうして? なんで?」、「遠慮しなくて良いから」、「いいから早く」、と、まるで、それ以外の選択肢があり得ないかのように、絶対的な正解が存在するかのように、私が何かの勘違い、気の迷い、謙遜に陥っているだけかのように、私の返事を斥け、食って掛かり、そうして自身の考えを、是が非でも押し通そうとする……結局のところ、そこにあるのは、私の価値観に対する、徹底的な「否定」なのです、自分以外の価値観、感覚があることを、信じることが出来ないのです……。 

 これが私にとって、どれだけの精神的な圧力となっていたことでしょう、次から次へと、引っ切りなしに、無用な提案や心配を耳に突き付けられ、それに一回一回断りの返事をするだけでも、相当のストレスになっているというのに、それだけでは収まらず、一種の「反論」を、烈火の如く、立て続けに述べられ、持論に絶対的な自信を持ち、論破する勢いで、私に食って掛かってくるのです……もうこの時点で、親切でも心配でも何でもなく、ただ喧嘩を売っているようにしか思えず、拒否しようとすると、私がまるで、人の善意を踏みにじっているかのように、責めて立ててきて、逆に、私がそれを受け入れると、自分と相手の一致に対し、満足げな、嬉しそうな表情を浮かべる……これはもう、自己満足以外の何物でもないではありませんか、自分と一緒であること、自分の要求が通ることに、価値を見出しているだけではありませんか……。 

 私にはもう、何が何だか、訳が分かりませんでした、自分がこうして普通にしているのだから、別にそれ以上何も必要ないのに、どうして余計なことをしてくるのか、要らない、と、はっきり私の意見を伝えているのに、まるで私が嘘をついているみたいに、ありもしない本音へと無理矢理導こうとする、まるで一種の誘導尋問なのです……。 

 私は本当に、酷く頭を悩ませ、正気を失ってしまいそうになるほど、追い込まれました耳元で、延々と、悪口を聞かされ続けながら生活するようなもので、精神に異常を来すのは、無理もないことでありましょう――特に、私は元々、生活スタイルや、習性、行動パターン、諸々の身体感覚に、非常に独特な、人と異なるものを持っていて、自分独自のやり方に強いこだわりがあったため、それを乱され、崩され、干渉を受けると、尋常でないストレスに襲われ、狂いそうになるのです……。 

 結局、母のお節介に対する有効な対処法は発見できず、私がどんな言葉で、どんなリアクションで、どんな態度で理解させようが、母には全く効き目がなく、理解する能力が根本的に欠けていて、拒否という選択は、ただ余計話を拗れさせ、より多くのストレスに繋がるだけだと分かったので、私はただ黙って、母の言うことに従うしかないのでした……やっていることは、父と全く一緒――いや、心配の体を装って自己満足に耽り、被害者面をするだけ、余計にたちが悪いかも知れません、いっそ初めから、命令の形を取れば良いと思うのです……。 

 

 父の命令と、母のお節介によって、私は自分というものが消えてなくなるような感じを覚えました私の存在、私の自由が奪われ、そこに残るのは、私ではなく、ただ両親の意思によって作られた魂の抜けた人形……人が、人を、自分自身として扱おうとすること、人の行動、人の成果、人の責任を共有し、人に口出しするのが、人の義務であり、人の優しさであるかのように振る舞うこと――親切もまた、私にとって、その一貫としか思えなかったのです……。 


この本の内容は以上です。


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