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一 心もよう

 

あたしは寂しさのつれづれに、メールを打ち続けている。先に新地球に旅立った恋人に向けてだ。恋人は三番目の列車に乗って旅立った。あたしは後に取り残されたのだ。そんな悔しい思いがメールを書かせているのだ。

 

新地球はどうなんだろう。この地球と同じように、緑があって、水が豊富なのだろうか。犬や猫、ハトや雀などの動物はいるのだろうか。植物はどうだろうか。木や草は生い茂り、花を咲かせ、実をならすのだろうか。

 

気温はどうだろうか。今の地球のように、極端に熱かったり、寒かったりはしないのだろうか。季節はあるのだろうか。

 

春はやっぱり陽炎が立つ中、あの人と桜並木を歩ければ、なんて楽しいことだろうか。まぶしい夏の強い光の中だって、あの人と一緒ならば、暑さも涼しく感じる。すごしやすい秋に雨が降っても、あの人と一緒ならば憂鬱にならないし、雪が降り積む冬になっても、それこそ互いに抱き合えば寒くはない。かえって、心と体が温まる。いや、少し、熱くなりすぎるかも。

 

嫌だわ、あたし。朝から、変なこと考えている。とにかく、あたしとしては、やっぱり四季があって、時間とともに、太陽の光の強弱や風の吹き方、木々や草花の葉の緑の濃淡、花の色や形など、風景が変わっていった方が嬉しい。でも、恋人の心変わりだけは許せないけれど。

 

思いがどんどんと膨らみ、それに伴って、メールの字数もどんどんと増えていく。この文字を繋げていけば、新地球に届くぐらいの文字数になっているのではないか。もう、このあたりでとりあえずやめよう。書けば書くほど、終わりが見えなくなる。

 

今のあたしに必要なのは、この自分の思いの猛りを書くことよりも、恋人からの、元気です、あなたを待っています、との、たった一言の返事だ。そう、早く返事が欲しいのだ。

 

さあ、送信だ。あたしは、スマホの画面上の左隅の下にあるロケットの形をしたボタンを押した。ロケットは機体の最後尾からジェットを噴射すると、画面上の右隅の上にある新地球の形のポストに向って飛んでいった。丁寧かつ細かい機能にささやかだが満足する。

 

返事はまだか。今、送信したばかりなのに、あたしは返事が待ち遠しい。だが、いくら待っても返事は来ない。なぜ、返事が来ないんだろう。あれだけ、熱心に、あの人のことを思った文章を送ったはずなのに。

 

そうだ。送ったメールの文章があまりに長いため、あの人は読むのに時間がかかって、返事を書くのが遅くなっているのだ。ひょっとしたら、まだ、あたしの文章を読んでいる最中かもしれない。

 

ああ、いけない。あたしとしたことが、自分だけの思いに耽ってしまい。あの人のことを、あの人の負担を感じなかったのだ。気配りができなかったのだ。配慮が足りなかったのだ。忖度できなかったのだ。もっと、端的に、短い文章で、自分の事ばかりじゃなく、あの人の健康や食事や運動のことについても尋ねないといけなかったのだ。

 

だって、あたしは、まだ、この地球にいて、これまで通りの、何の支障もない、制限もない、普通の生活をしている。それに比べて、あの人は、宇宙列車の中にいるのだ。

 

列車の中は、ちゃんと座席が割り当てられた指定席で、席がなくて立つ心配はないとしても、満席の満員状態の中で生活しているのだ。トイレだって、お風呂だって、不自由をしているだろう。あくびも噛み殺しているだろう。

 

それに、おならだって、我慢に、我慢を重ねているはずだ。どうしても出ることになれば、シートにお尻を押し付けたまま、真空状態にして、おもむろに発射しているのではないか。そうすることで、音をできる限り抑えることができるからだ。そして、それからゆっくりと右の臀部をシートから少し上げながら、臭いが一斉に拡散しないように気兼ねしているに違いない。

 

あら、嫌だ。あたしは、自分のやり方を説明してしまったわ。あの人が、あんな素敵な人がおならなんてするわけがない。

 

それよりも、客車は人が満員で、空気が足りなくて、息が苦しくないのかしら。それに、見も知らぬ赤の他人と膝を突き合わせたり、口臭や体臭を嗅いだりしているに違いない。時には、服越しだけでなく、直接、肌が触れることもあるだろう。きっと、そんな時は、心の中でが、ええっと思いながらも、心を偽って、すいませんと表面上、謝っているのだろう。

 

可哀そうなあの人。でも、あたしも、銀河列車に乗れば、同じような目に会うはずだ。嫌だわ。列車になんか乗りたくない。知らない人と同乗なんかしたくない。見ず知らずの人に、「女性なのにお風呂に入れなくて大変ですね、生理だったら困りますね」なんて、心の中まで土足で踏み込んでおきながら、親切心いっぱいの見せかけの同情なんかされたくない。

 

でも、列車に乗らないと、新地球に行けないし、あの人に会うことも出来ない。あの人に会うことができるならば、少しくらいの苦痛も我慢しないといけない。いや、我慢できるはずだ。

 

ああ、あの人に会いたい。返事のメールはまだかしら。スマホの画面を見る。画面上のロケットは反対方向を向いている。ああ、動いた。こちらに向っている。本物の電波も銀河列車から放たれて、この地球に向っているはずだ。

 

そうだ。このまま家の中にじっとしてはいられない。少しでも早く、あの人からのメールを受け取りたい。

 

あたしは家を出ると近所の公園に向かった。公園には小山のような高台があり、そこからはこの町のシンボルの山が見える。わずか数メートルの高さだけど、家で受け取るよりも、少しでも高い場所の方が、コンマ一秒でも早く届くはずだ。

 

あたしはつま先立ちになり、肩を上げ、肘を伸ばして、携帯電話を空高く掲げた。

 

その頃、銀河列車の車両内では。

 

「あなたを心から愛しています。あなたを追って、すぐに、新地球に向います。あなたの愛より」

 

また、迷惑メールが届いた。愛って、こいつ、一体何者なんだよ。愛なんて言う奴、俺は知らないぞ。折角、アドレスを変えたはずなのに、また、届きやがった。くそっ、また迷惑アドレスに追加だ。これで、迷惑メールも発信された側に送り返されるはずだ。相手も、メールが帰ってきたら、こちら側が迷惑なのことぐらいわかって欲しいよ。くそっ」

 

 若い男がぶつぶつと文句を垂れ流していると、隣の席の、同世代と思われる若い男が男の携帯電話を覗いてきた。

 

「あなたにもそのメールが届いているんですか。私もですよ」と、画面を若い男の顔の前に持って来た。その画面には「早く返事が欲しい。あなたの一言を待っています。あなたの愛より」と書かれていた。同じ発信者だ。

 

「愛さんって、誰ですか」

 

 若い男は少しでも情報が欲しくて、隣の男に尋ねた。

 

「いえ。私も知り合いに愛なんて言う女性はいません。一体、誰でしょう?」

 

その時、同じくらいの年齢の若い車掌が「何か、異常はありませんか?」と通路を歩いてくる。

 

年齢が近いこともあって、早速、若い男は、「変なメールが来て、困っているんだけど」と、半分は期待しながら、半分はあきらめの境地で、車掌に画面を見せた。

 

「ああ。寂しさのつれづれメールですね」

 

と、車掌は、即座にメールの正体を明かしてくれた。

 

「何?その、寂しさのつれづれメールって?」

 

 乗客の男二人の声がハモった。そして、互いの顔を見合わせた。

 

車掌の説明によると、自分を捨てて、新地球に旅立った恋人を恨んで自殺した女の霊が地球からメールを打ち続けて、そのメールが宇宙空間を彗星のように飛び交い、若い男と見れば、その所有者のスマホに侵入しているらしい。

 

「人類が新地球を作り、その新地球に銀河列車で旅立つという超科学の時代にも関わらず、伝説の幽霊がいるんだ」

 

 若い男二人は額に皺を寄せ、顔をしかめる。

 

「いやあ、この幽霊はちゃんとメールを使っていますから、そういう意味では、時代に取り残されないように対応しているんじゃないですか」

 

 車掌が何の疑問もなく答える。

 

「「幽霊が超科学の時代に対応ねえ」

 

 若い男二人は再び、口をへの字にして向かい合う。

 

「何か、いい対策ないの?」

 

 男二人は、メールの正体が女の霊だとわかると、自分たちではどうすることもできないため、すがるようなまなざしで車掌を見た。

 

「いやあ、相手は霊ですから。どうしようもないですよ。例え、自分のメールアドレスを変えたり、霊のメールを受信拒否にしても、その操作を零にして、かいくぐってくるんですよ」

 

と、若い車掌は、あきらめた素振りで、二人の男にメールの画面を見せた。

 

「座席への座り過ぎに気を付けてね。おならをしたくなったら、片方の臀部だけ上げて、他の周りの人に気付かれないようにしてください。愛しています。愛より」

 

 男二人は、銀河列車の窓から、自分たちがかつて住んでいた懐かしい地球を見た。漆黒の闇の中に、青い、青い星が見えた。その青い星では、これまで多くの人々の様々な生活があり、そこからたくさんの愛が生まれたのだ。

 

そのたくさんの愛の中で、今は、行き場を失って、この宇宙空間を彷徨っている愛もあるのだ。青い地球は滅びゆくしかない運命にあるものの、その青い地球から生まれた愛は、永遠に生き続けるのだった。

 


この本の内容は以上です。


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