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私は誰? 二

     二 

 

「お父さん機嫌悪いからね」 

 私の耳元で、母がそう呟きます……私は、こ光景、このセリフ強い印象と共に、幼少期の古い記憶の中に色濃く残っており、過去を思い返すにおいて、「父機嫌」という、子供に似つかわしくないワードが、他の言葉とは違う、一つだけ浮いているような不気味な意味ぞっとする響き奇異感覚を持って蘇りその言葉は、当時家庭内において事あるごとに繰り返され、常に頭の中で意識され、絶大重要性を持ち、日常の平穏を乱さないための、一種の呪文、合い言葉のような役割を果たしており、それは幼少期における家庭内の関係性や空気感というものを非常に強く表象してい場面であった様に思えます……。 

 父の機嫌が悪い、それは、大人しく、お利口に、従順にていければならない、という母からの合図であり、一つの警報、警告、危険信号のような意味を持ち、これ以上父の神経を刺激すると、取り返しの付かないこと、とんでもない厄災が襲いかかる、という暗黙のメッセージでして、特に、父は機嫌を損ねると、押し黙ってしまうタイプの人間でしたので、父が怒っているのかどうか、そばにいなけれすぐには伝わってこないところがあ(次第に別の部屋にいても、霊感のようにぞっとした感覚と共に感じ取れるようになりましたがういうときは、母がこっそり、子供達遊んでいる部屋へやってきて、私達の耳元で静かに、お父さんいま機嫌悪いから、とそっと伝えて出て行くのです……。 

 父が家にいないとき、母と子供達三人とで、お父さん帰ってこなければ良い、だの、死ねば良い、だの、お父さんが死んだらお金が幾ら下りてくる、だの、そんな物騒な話を、冗談と真剣が半々くらいの調子で、度々話していたのを覚えています――現代の家庭観からすれば恐ろしい光景かも知れませんが、しかし、私の世代では、まだ、父は怖いもの、子供を抑制するもの、いざというときにピシッと言い聞かすもの、それが家庭内の役割として標準の時代でしたので家族がこっそり父を憎んで悪口を言い合う、という形が、特に異様だとも思われず、また私の父が、よその父親に比べて、特別厳しかったかどうか、はっきり言い切ることは出来ず、少なくとも、暴力で言うことを聞かすようなタイプではなく飽くまで昔ながらの亭主関白、厳格で仕事一筋の頑固寡黙な、という伝統的な父親像の延長上に過ぎず、もかかわらず、私が、この人を、常軌を逸するほどに恐れていたのは、そもそも私自身に、生まれつき、人を過剰に恐れるところがあっのも、やはり、大きな一因であったと言わざるを得ず実際に、父以外でも、学校の教師、病院の医者、バスの運転手、店の従業員、図書館の係員など日常で出会様々な大人達に、少なからず何らかの恐れや警戒心を抱いており冷たい、無愛想な、きつい態度の記憶ばかりが印象に残ってしまっており先生に怒られたりしても、すぐに恐怖から自然と涙が溢れ、声が詰まり、我慢しようと思っても出来ず、どうしても泣き出してしまい、それを周りの生徒に見られて、とても恥ずかしい思いをするばかりでして、とにかく、大人が本気で怒っている姿、大人同士で喧嘩している姿というものがその場にいられないほどの絶大な恐怖の光景として映大人と一対一で向かい合う、という状況が、途轍もない圧迫感、焦燥感、不安感を駆り立て、おどおどしてしまうその為、幼少の頃から、余計な場所に行かない、乗り物に乗らない、施設を利用しない、など、狭い空間で大人と差しになるような状況を、自然と避ける傾向がありその傾向は、年を重ねるにって、弱まるばかりか、むしろ強まる一方なのでした……。 

 

 そんな、対人恐怖的気質を生まれながらに抱えていた私が、実の父親に、恐れを抱かないわけがなく、私にはもう、ものを認識できるようになったときから、今の今までずっと、父に対しては、怖い、という、その印象、認識、記憶以外、何も残っていないといっても過言ではありません……。 

 父の存在への恐怖、単純な物理的恐怖超えたもの――真夜中に一人お寺の本堂に入り、巨大な仏像を前にして、その圧倒的荘厳さ、威厳、オーラに気圧されどうしようもなくなるような、この世の人知を越えた、幽霊、物の怪、祟りのような、得体の知れない、寒々しい、不気味恐怖あり、そうして、父が怒った瞬間、それは仏様が立ち上がり、天を遮り、地を覆うほどの大きさになって絶対的な力によって天罰を下すかのようなそんなあらゆるものを無に帰して全てを観念させる、この世の終わりのような気持ちになるのです……。 

 自身もう子供がいたって全然おかしくない年齢なのに、今でも父の本気の怒り、不意の怒鳴り声に対して、徹底的に無力になってしまい、たとえどんなに甘えや我が儘を見せていようがどんなに感情的になっていようが、父の怒声が耳に入った瞬間、脅威を感じ取った猫のように一瞬にして飛び上がり、そうして巨大地震が突如襲ってきたように死の可能性すら感じ取り、急いで避難、生き残る準備、その命令に、考える間もなく従ってしまうのです……。 

 

「何を切っ掛けに怒り出すか分からない」、それが父に対する、幼い私が抱いていた一番の印象でありました――ほんの些細な、父の言葉や動きが、異様に気に掛かって、ちょっとした仕草や、私の名を呼ぶ声で、怒っているんじゃないか、怒鳴られるんじゃないかと思い込んで、心臓が飛び出そうになり、びくびく震えてしまうそれはまるで、壁、床、天井、至る所に罠が仕掛けられている魔の空間を、ゆっくり、慎重に、全神経を集中させて、一歩一歩足を踏み出す度に、死を覚悟しながら進んでい、その中で、おしゃべりや、ゲーム、食事など、娯楽にありつくような生活或いは獅子と同じ檻に入れられながら、いつ襲いかかってくるのだろう、という緊張感と共に過ごさなければならないような生活これが父と私との、生まれてから今までの関係だったのです……。 

 

 父の神経を逆撫でしないこと、結局のところ、その最善の方法は、何もしない、ということでありました――余計なことはせず、余計なことは口に出さず、ただ黙って、父が動き始めるのを何かい始めるを待それに付き従っていれば良い、これが家庭内における私の処世術として自然と身に付いておりまして、父に対して、何か、意見、提案、要求、質問、返答何を言っても怒られそうな気がしてたまらず、どうしても、何か伝えたいこと、口を開かなければいけないときなど、とにかく、おびえきった表情で、弱々しい細い声で、下を向きながら、何とか、意志を示そうと、しかし、やはり、どうしても、に直接自分の口から伝えることが出来ず、父と一対一の構図になるのが恐ろしく、その為、隣にいる母の耳元で呟いて、母がそれを父に伝える、という、奇妙な伝言ゲームによって、私と父は意思の疎通を行っていたのでした……。 

 

 相手を怒らせてはいけない、相手に嫌われてはいけない、相手が望むような自分なければいけない……私が人を理解できず、人に恐怖を感じ、人に合わせようと奮闘した、その最初の経験は、間違いなく父親でありました…… 

 精神医学の専門家などに言わせると、人は、親との間に築かれた関係、接し方、コミュニケーションの形基本的な対人パターンとして身に付き、あらゆる人々にそれを繰り返すらしく、私は何も、そのを信用しているというわけではありませんが、しかし、今振り返れば、少なくとも私においては、その理論が、かなり正確に当てはまるようなとこがあり、結局、これまで、人に対する基本的な認識、意識、態度、感情、接し方というのは、に対するそれと変わらず、幼少期に既に確立されており、その対人的傾向特に、後年になるにつれて、ますます酷くなっているのが分かりました……。 

 で怒り出すか分からない、何を非難してくるか分からない、人は、何を否定してくるか分からない、嗤ってくるか分からないだから、自分を出してはいけない、自己主張してはいけない、自分の意見を言ってはいけない、自分の価値観を表現してはいけない、そうしてただ、に合わせなければならない、の望むような自分でいなければならない、人の意図するような答えを返さなきゃならない、人の気に入る自分を演じなければならない、人と同じでなければならない……。 

 

 私が自分を分からなくなってしまったのは、この様な気違いじみた他人との関わり方に取り憑かれた結果であり、私が引きこもりに陥ってしまったのは、それ疲弊し、混乱し、錯乱し精神を病み肉体を蝕まれ心身の限界を超え、絶えられなくなしまった結果だったのです……。 


この本の内容は以上です。


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