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草原克芳さんより~黙示録的空の下を生き延びて~

■弦楽器イルカさんという不思議なペンネームの作者さんから作品評をいただいたのは、いつ頃のことだろうか。
 たしか、東北大震災、311前後のことではなかったろうか。
 
――とかいったりして、ネット時代、いつ何をコメントしたか、されたかは、記述日時が、分、秒単位で明確になっているので、単に調べればいいわけであって、わたしは、ただただ、「いつ頃のことだったろうか」などと、叙情的に、遠い目なぞをしてみたかったまでのことです。
 
 というのも、なにしろイルカさんは、かの東北の地で、実際に震災を体験されており、それにちなんだ作品も書かれている。
 あれは当時の生々しい貴重な報告であると思います。
 
 そしてまた、われわれは、東日本は廃土になるといわれた「あの日」を、どうやらここまで、生延びたんだなあ…と、元号の替わった令和のこちら側から、すったもんだ色々あった平成に向けて、深い溜息をついてみたかっただけのこと、であります。
 
          *
 
■東京にいてもあの怖ろしい揺れは、終末的・黙示録的であり、しばらく小さな微震でも、神経的なトラウマになっていたものですから、弦楽器イルカさんのように、すぐ近くに震源地や、原発があるという現実は、それこそ生きた心地がしなかっただろうと思われます。
 
~当時の日本人の「絆」とやらの美談は、いまや、残虐な無差別殺人、突発的暴力、自分が死刑になるための巻き込み殺人で、帳消しにされてしまっていますが、「自分と世界」を破壊するのに、行きずりの見知らぬ他者を道ずれにしたいというのも、一種のネガティブな黒い「絆」の一種なのかも知れません。
 
 小説というのは、〈感情移入の器〉でもあることを、こんな時代、けっこう、真面目に考えてみるのもいいかも知れない。
 
          *
 
■あの頃、わたくしは、紹介欄で、
 
>「以前、『インキュナブラ』という小説作品HPを開いていたのですが、 
 プロバイダーの関係か何かで、いつのまにかなくなってしまいました。
 国を追われ、ホームタウンを追われ、あちこち彷徨ったあげく、
 ようやくここに辿り着きました。」
 
 などと、さまよえる幽霊船ふうの自己紹介をして、不安と恐怖をささやかな言葉に換えておりました。
 ひょっとしたら、anonymousの連中、CIAの工作員かもしれない、などと思いつつも、べネチア仮面ふうのガイ・フォークス顔をロゴマークで表示しつつ、壊れかかったパソコンのデータ修復や、フロッピーデスクからの救い出しという、産業考古学ならぬ、自作考古学のような辛気くさい作業をやっておりました。
 
 そのうち、数人のメンバーが、お互いの作品評が縁でメールのやりとりをするようになり、イルカさんのさそいに乗って、楽しい企画イベントなどにも参加させていただきました。
 
         *
 
■それにしても、パブーからの新しい通知など見ると、パブー自体は消えるのか消えないのか、よく、わかりませんねぇ。
 ネットというのは、便利だけれど、紙媒体よりも儚いところがある。
「国を追われ、ホームタウンを追われ、あちこち彷徨ったあげく、ようやくここに辿り着きました。」という当時のつぶやきは、仮設住宅の被災者や、外国人労働者、難民だけでなく、明日存続するのかどうなのかすらわからない、常にブラックアウト化してしまうネットという不安定空間そのもが抱えた根本的なあり方なのかも知れません。
 もっとも、溺れもせず、飢えもせず、こうして仮想空間のモニターを睨んでいられるだけでも、とりあえずは、ありがたいことでは、ありますけれども。
 
 また、イルカさんや戸田さん達と、どこかで何かできると、いいですねー。
 

Grasshouse 草原克芳

 

追記

 

■『物狂いの石』
 読んでいただきまして、コメントまでいただきまして、ありがとうございました。
 
>登場人物それぞれにあったかもしれない未来があり、
その妄想のうねりが大きな文学となり、
さらに史実と絡まり合って現実を超える、
 
 ありがとうございます。
~そうですね。
 だいたい、わたしの小説のテーマは、現代の日常生活の均一化や、社会の空虚化・無意味化への抵抗と、個人が抱え込んだトラウマや闇を克服しようとしてシテ役が、何らかの意味と価値を求めて、オブセッション、幻想、内的な宇宙を肥大化させていくのだけれども、それが、どういうわけか、自己破壊へ、周辺の人々との軋轢へと、繋がってしまう、しかし、登場人物じしんは、それをなんとか、新たな自己創造、より幸せな未来へと変換させたい……
 しかし…そうは問屋が…といったあたりのジレンマ、葛藤、心的なドラマですね。
(そのオブセッションと自己破壊衝動の構造は、個人だけでなく、集団や組織、共同体にも共通するようだ)
 
 しかし、いつかはこの「個人のつむいだ暗い繭」は、宇宙的なロゴスへと通底する回路を見出すであろう…
 個人のミクロコスモスは、マクロコスモスへの通路を見出すであろう、人間は、天使的存在、神的存在、他化自在天(仏教)、人間以上の魂へと進化するであろう、無底の宇宙における形なき純粋生命へ、生命スゴロクの上りに至るであろう…、……というポジティブ?な妄想と偏見のもとに、作者自身は書いています。
(↑これが作者のオブセッション)。
 

 この小説は、数年前の「カプリチオ」誌での掲載作ですが、ちょっと、「田舎のゴシックロマン」、「一部、ドイツ表現主義モノクロ映画」ふうのテイストで、やっちゃってます。
 発想の根っこは、昔、藤森照信や赤瀬川原平らが出版した『二笑亭奇譚』あたりですね。
 わたしの作では、だいたい、「建築」は、潜在的なトラウマの隠喩です。


                 *

 
戸田環紀様
 
■戸田さん、本が出版されたのですねえ。
 しかも大手から。
 おめでとうございます!
 凄いですねえ。
 最近、ずっとパブーを覗いていなくて、放置プレー状態で、閉鎖の通知が来てから、ひさしぶりに、浦島太郎状態でいろいろ知りました。
 また、時間があるとき、近作を覗かせていただきます。
 
 それにしても、あのときのOFF会、上野のアメ横(でしたよね? 美術館の帰りだったし。ははッ、楽しかったね~)で会ったオパ氏や、天見谷さんら、どうしたんだろね。
 若いオパさんは、サラリーマンとして多分いちばん忙しい年代だろうけど、天見谷さんのほうは…。
 ちょっと気になります。


                 *

 

■デザインエッグ、代表、けっこう、やる気満々ですね。
 世間には、奇特な人がいるもんだ。
  「縦書きで文庫本」
  「名刺がわりに自作の文庫本」
 これが安価でカタチになり、個人出版できるようになると、またまた、出版のパラダイムは、大きく変わると思うんだけどなァ。
 需要は多いはず。

 

~それでは、イルカさん、戸田さん、また後ほど…。 


戸田環紀さんより

 旦那は16歳から22歳の間、一度もブラジルに帰ることなく出稼ぎとして日本で働き、兄弟3人を大学に行かせました。
 初めはお父さんと一緒に来たのですが、一年も経たないうちにお父さんが病気になってしまい、最初の頃はそのお父さんの看病をしながら働いていました。
 実家で当時やっていた家業をごく小さい頃から手伝っていましたし、大きな声では言えないですが、10代前半でも自動車の運転をするような環境もありました。
 おしんかよ、と物語として聞いたら思いますが、実際こういう経験をしてきた人が近くにいると、色々とはっとすることが多いです。大変なことが多かった分、懐も深いし、同時にすごく冷静な部分も持っています。
 でも、今事業が無事に興せたのもそれらの経験があったからこそだし、彼も日本に対してとてもいい感情を持っています。

 彼だけでなく、日系人は日本人とは違う敬意を「日本」に対して持っている人が多いです。
 今でも多くの日系人にとって(おおむね3世くらいまで)「日本」は自分たちのルーツであり、憧れであり、誇りであるような気がします。
「日本」に生まれ住み、「日本」の嫌な部分も知っている身としては、理想化しすぎだ、と思うくらいですが、他の国が良く見えて自国の嫌なところが目につくというのはどこの国民でも同じかと思います。
 実際、日系ではないブラジル人に私が「日本から来てこっちに住んでいる」というと、「どうしてまた」と不思議を通り越して異様な顔をされることが多いです。(性差で語るのはタブーなのかもしれませんが、比較的女性は楽観的に「ブラジルどう? いいでしょ?」という方が多かった気がします)
 政治的にも経済的にもまだまだ不安定で、治安の悪さでは日本とは比べ物にならないブラジル国民からすれば、「どうしてまた」と思うのが普通の感覚なのかもしれません。

 彼のというより日系人の話はどこかでしようかな、と思わなくもないのですが、私自身が少なからず日系社会に関わっているので、どうも実現に至りません。
 客観視はできると思うのですが、そうすると知人を観察し、記録する対象として見てしまうので、どうにも殺伐とした感情が自分の中に生まれるような気がします。
 個人ではなく日系社会に対して概ね肯定的な感情を持っていますが、問いを投げかけたいところがひとつもないのかと言うとそうではありません。
 そうかといって、楽しい部分だけ、良い部分だけをピックアップして伝えることにも、いびつさを感じます。
つまるところ、私はジャーナリストではなく、かつ、日系社会の中で波風を立たせずに生きたいと、そういうことなんだと思います。

 まあ、日系関係なく単純にブラジル生活で衝撃を受けた話とかはあるんですけどね。

 墓地の清掃人が墓石に寝っ転がって昼寝していて、他の人もそれをなんとも思っていないとか。

 弦楽器イルカさんが書かれていたSNSの話を読んで、ネットで正義という名の誹謗中傷を吐き出す人はとんでもなく孤独で不安かサイコパスなんだろうなと思いました。

 サイコパスはネットの外でもサイコパスなのでともかく、なんとなく、本当になんとなくですが、多くの人はサイコパスではなくとんでもなく孤独でやり場のない不安と怒りを抱えている人たちなのではと思いました。

 ネットがない間のはけ口がなんだったのか、それはわかりませんけど、もっと多様だったのではないかと思います。
 でも、ネットという道具ができたことで、その多様性が失われ、誹謗中傷の方法すら統一されたような、そんな気がします。

 あとスマホを長時間いじっていると何より肉体に弊害が生じ、それが陰鬱さを増幅させていると信じています。

 ちなみに、孤独と不安の根底にあるものはやはり貧しさと、他人への嫉妬、羨みと思います。
 誰々と比べて自分は、という感情は、大なり小なり地獄です。

 ここで締めくくる、というのもなんか水が濁っている気がするので、明日は人生で初めてルーなしでビーフシチューに挑戦します。日曜に友人たちが来るのです。

 

 友達はいいものだと、改めて思います。
 冬眠後、ウマシカさんの旅が心地よいものとなり、安住の地が見つかりますように。
 それではまた。

 

追記

 

 ところで、パブーからメールがきましたね。
 継続するとのことで何よりかと思います。
 傾いていた本屋を誰かが支えてくれた、そう思うとちょっとこっちもがんばろうかという気になります。

 よく、「一番の敵は自分だ」なんて言いますけど、年を重ねてしみじみとそう思うようになりました。

 敵というと語弊がありますが、体調とかスケジュールとか、そういう自己管理をどれだけできるかで、人生の充実度が変わるような気がします。
 自分のことでいっぱいいっぱいで、他者に目を向けている覇気も余裕もなくなってくるというか。

 ただ、自己管理をすればそれでよし、としてしまうと刺激も潤いもなくなってしまうので、自分のことに気をつかいつつ、色々と新しいことを勉強していかなければいけないんでしょうね。

 

 ではではまたご連絡します。
 そちらも季節の変わり目かと思いますので、くれぐれもお体お大事に。

 

戸田環紀

https://note.mu/toda_tamaki

 


弦楽器イルカより~寄らばタマゴの陰~

 これからもよろしくね、パブー!

 

 というワケでこの国の私たちはずっと、目くらましに騙されたがっています。

 

 先の大戦に敗戦してから、私たちは頭を抑えつけられたまま、様々な価値を他国にバラ撒き続けています。
 消費税や年金も、産業や文化も、他国に吸い上げられるための仕組みが上手に構築されています。

 防衛費を増やして他国の兵器に貢いだところで、弱っていくこの国が侵略される可能性が高まっている、その危機感を露呈させていくばかりです。
 そもそもこの国の政治自体、他国に従属してそのおこぼれでやっていこうという仕組みで成り立ってきました。
 そして私たちも、とりあえず飯が食えてそこそこ楽しんで死ねれば問題ないと育てられています。他人の苦しみも基本的には自己責任です。
 他国に絞られるだけ絞られる己から目を背けるため、左右や善悪の分断祭りで踊りながら朽ちていく国でした。

 

 だけどスポーツ選手みたいに混血化することで、この国は心身ともに強い国になるんじゃないかと思います。
 混血化したサームライ達にヤマトダマシーが宿り、新しいワの文化がもうすぐこの国のタブーを打ち壊すと思います。

 そういう意味で、パブーの混血っぷりは、実に頼もしい限りです。どんどん新しい血を入れて頑張ってください。


 新しいワの力で、パブーにパワーを!


この本の内容は以上です。


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