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冷蔵庫の在る生活    高村昌憲

 

冷蔵庫が故障して冷たくならないのだ

アイスクリームも氷も溶けて来ている

牛乳もトマトジュースも常温のままだ

一体どのように暮らそうか悩んでいる

 

まだ五月でも七月の暑さになるらしい

食べる物飲む物の殆どが冷蔵庫に在る

妻は実家に帰り数日間は帰って来ない

一体どのように暮らそうか悩んでいる

 

在るのが当たり前と思っていたものが

急にその存在が無くなった感じがする

共に過ごすのが当たり前と信じた人が

見知らぬ国へ旅立ったような気がする

 

冷蔵庫が在れば独りでも暮らせたのに

冷蔵庫が無くなると独りで暮らせない

現代人は他者と離れて暮らせないのに

思想家も芸術家も孤独を蹂躙させない

 

彼らの心には冷蔵庫があるに違いない

独りでも食べて飲める食糧が在るのだ

人知れず集めて貯めた食糧に違いない

冷たい付き合いが味を落とさないのだ

 


磯遊び  原 詩夏至

 

(あっ、これは……)

息を呑む母と子

気儘にもたげた

大きな石の下に

潜んでいたのだ

名づけがたい

何かが。

 

凍りつくような

数秒の後

もたげた石を

静かに元に戻し

母は子に言う

(今のは、見なかったことに……)

 

いいつけを子は守った

そして今破った

遠い記憶のあの石の下から

這い出す

磯の香り

かすかな音……。

 

帰って来たのだ

あの名づけがたい何かは

時空を超え

箪笥の中に

机の引き出しに――いや、

世界の

あらゆる物陰に

死のように。

 


クナシリ     出雲筑三

 

ノサップの海は

霧がふかい

クナシリはわが義兄弟

 

極貧の浜辺は

波が荒くて恐くて

どこも土むき出しの崖ばかり

 

細々と暮らしていた私達に

とつぜん大きな船がきた

狼よりもいやな眼つきを見た

 

奴らは昆布やクジラを獲ると

にやにやしながら

黙ってかっさらってゆく

 

弓矢の名手で人格者の酋長に

意味のわからない銃弾がとび

祖父からの首飾りが飛び散る

 

言葉は通じない

いや通じても答えは変わらない

抵抗すると例の鉛がとんでくる

 

クナシリよ 友よ 戦おう

このままでは

我等は生きていく誇りを失う

 

立派な殉難墓碑がある

開拓和人の犠牲者のために

アイヌ一揆を処刑した後に建てた

 

オホーツクの海は

晴れても空がうすい

氷のきしむ音はクナシリの聲

 


梅雨籠り   富永たか子

 

万緑の一隅で墨を磨る

雨の音を見

雨の景色を聞きながら

 

一滴を磨る

諭されて書いた一本の線

読み書きの始めがあった

 

サ・サ・サと

風景の顔色が変る

また翳る

 

夕暮れどきはよい時

かりそめびとは

洗晒した木綿の上衣と

鳥打帽子で

濃く 淡く

染め分けられた雑木林へ

憂き世の街から飛んできた

 

咲き満ちて散りながら

隣人を避けて暮らした

おめかけさん

恥しいくらい美しくて

ぺんぺん草の囲む廃屋

孟宗竹にたゆとう恋水は

埒も無く実ってゆくらしい

 

徒花に雨が降る

空の滴そのままに

雨の音を

風景を

生きて・動いて・光って・・・

アンニュイな籠り人となる

 


木蔭に佇む少女    長尾雅樹

 

赤イ水玉模様ノワンピースガ

清楚ノ面影ヲ漂ワセテ

青春ノ華麗ナ時間ヲ浪費スル

生キルトイウコトハ

限リナク生命ヲ費消スルコトダト

女ノ魅惑ハフト性ノ深淵ヲ露呈スル

露ワニサレタ優シサト溺々トシタ生硬サカラ

カソケナクタユタウヨウナ挙措ヲ示スノカト

今ニモ崩レソウナ情感ヲ発散シテ

夢ヲ吸イ寄セテソット不思議ヲ覗イテ見ル

樫ノ木ニモタレテ

スラリト腕ヲ伸バシタ少女ノ固イ肉体カラ

照レタ瞳ガ明澄ノ色合イヲ視線ニ含ンデ

胸マデ下リタ首飾リノ度合ガ

手ニシタ黒イバックニ秘密ヲ包ンデ

含羞ンダ紅頬ニ意識ノ高調ヲ写シテ

少女ノ胸ガ小刻ミノ吐息ヲ揉ンデイル

女ノ性ニ永遠ノアコガレヲ吸引シテ

無造作ヲ振舞ウ装イカラ

計算サレタ澄澄ノ体温ガ感情ヲ深メル

鏡ノ中ニ写ッタ夢ノ続キヲ眺メナガラ

イツマデモ劇中劇ノ主人公デアリツヅケル

少女ノスラリトシタ立像カラ

愛ト恋ノ種子ガ円熟ノ芳香ヲ播ク

木ノ蔭ニ佇ンデイル若イ女ノ形態カラ

若ヤイダ生命ノ敏捷ノ軌跡ヲ影ニ刻ミ

駈ケ続ケル美形ノ果実ノ味覚ヲ映シテ

発情スルコトガスナワチ美徳ト美貌ノ対象

存ルガママデ賞賛ノ輪ノ中心トナルトシタラ

少女ノ中デフルエル青春ノ活力ガ涙トナリ

瞳ヲ濡ラス仕儀トナルモノナラバ

ソット木ノ幹ニ手ヲ凭セ掛ケテ呟ク言葉ハ

多分永遠ノ生命ノ霊感ヲ語リ続ケルダロウ



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