閉じる


目次

a man with NO mission ⑤

 

41 バンド(985字)

42 野次馬(588字)

43 空き地の出来事(1177字)

44 電信柱(1048字)

45 日射し(436字)

46 分裂病(286字)

47 500円貯金(510字)

48 監視(760字)

49 名所(468字)

50 息子(1468字)

 

 

イラスト・いぬ36号


バンド

ふと手に取った音楽雑誌でバンドメンバー募集の広告を見つけた。楽器経験のない素人でも歓迎で、どんな音楽をやるかは集まったメンバー次第だとあった。

 

男はこれこそ自分が探していたバンドだと直感し、さっそく連絡した。すぐに採用が決まった。

 

集まったメンバーは五人だった。最初のミーティングでそれぞれの担当楽器を決めた。目立つポジションがよかった男は、ギターならコードをいくつか押さえられると主張した。すると、タンバリンをあてがわれた。革を張ったタイプのタンバリンだった。他はギターが二人、ベースが一人、パーカッションが一人だった。

 

バンド結成を呼びかけた、ベース担当のリーダーが男に言った。

 

「このタンバリンをギターのように鳴らしてくれ。きみのポジションはいわばサードギターだ。きみはこのバンドを影で支える重要なメンバーだ」

 

影で支えるという部分が気に入った。

 

男は個人練習にのめり込み、タンバリンを使って生まれて初めて曲を書いた。タンバリンだけでどうやって曲が書けたのか、本人にも分からなかった。

 

男は興奮が冷めやらぬうちにみんなに曲を聴かせた。メンバーたちは最後まで聴いたあと、揃って沈黙した。男は感動で口も聞けないのだと思った。ヒットを確信し、この曲でデモテープを作ろうと誘いかけた。メンバーたちはぱらぱらと相づちを打った。

 

バンドの活動場所は市民球場の無料で入れる外野席だった。あるとき、痛烈なライナー性の打球が外野席に飛び込んできた。男はとっさにタンバリンで跳ね返そうとした。うまくいかなかった。ボールは革を突き破って顔面に直撃した。男は気を失い、メンバーたちはホームランを打った選手に喝采を浴びせた。

 

「運び込まれたとき、これも一緒に」

 

看護師が男の枕元に革の破れたタンバリンをそっと置いた。胴回りの小さなシンバルがちゃっと音を立てた。

 

「バンドやってるんです」男は沈んだ声で言った。

 

「すごい。じゃあタンバリンを――」

 

「ギターです」

 

「え?」

 

「サードギター」

 

看護師は意味が分からないと言いたげな表情を浮かべたが、それ以上何も言わなかった。

 

青春は終わった。男は壊れた楽器を見てそのことを悟った。それを証明するように、メンバーに連絡してももう電話は通じなかった。四人ともだ。

 

男は枕に伏せてむせび泣いた。自棄になって壊れたタンバリンを投げつけると、それは壁で跳ね返り、男の顎に当たって床に落ちた。

 

 


野次馬

男は火事を見物することが何よりも好きだった。燃え盛る炎を見ると、体中からアドレナリンが吹き出して異常に興奮するのだ。より広い面積を焼く、被害の大きい火事ほど興奮は高まった。

 

消防車のサイレンを耳にすると、男はいてもたってもいられなくなり仕事を放り出して現場に駆けつけた。

 

いつも最前列で鎮火まで見物するので、男の髪の毛は常にちりちりだった。近くで食い入るように炎を見つめるため、目も焼けて視力も落ちる一方だった。ついにはほとんどものが見えなくなってしまった。

 

それでも男は火事場見物をやめられなかった。肌で炎を感じようとしてますます火に近づくようになったのだ。

 

あるとき、男は川向こうで起きた二階建て木造住宅の火事の現場に駆けつけた。規制線の最前列で火の粉と灰を浴びてうっとりしていると、燃え盛る建物から火だるまになった犠牲者が飛び出してきた。

 

犠牲者が助けを求めて突っ込んでくると、野次馬たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。目の見えない男は一人逃げ遅れた。男は犠牲者に抱きつかれ、もろとも火だるまになった。

 

男は自分でもわけが分からないまま叫び声を上げたが、それは苦痛と歓喜の入り交じったものだった。気がつくと、男は二度と離すものかと言わんばかりに相手をきつく抱き返していた。

 

二人の頭上に炎が渦巻いた。男は途切れることなく苦痛と歓喜の入り交じった声を上げ続け、立ったまま焼かれた。

 

 


空き地の出来事

裏通り沿いにある空き地に、半ば草むらに埋もれるようにして木箱が打ち捨てられていた。ビールケースくらいの大きさのみすぼらしい箱だった。粗大ゴミまがいのものだったが、不思議と目を引くものがあった。

 

空き地は人目につきにくい場所で、木箱はしばらくそのまま放置されていた。男は前を通りかかるたびに気にして目をやった。木箱がまだあることを確かめるために、わざわざその道を通ることもあった。

 

あの箱には何か秘密があるのではないか。そんな気がして仕方なかったが、近寄って中身を確かめるのは憚られた。男には木箱が自分を呼んでいるようにも感じられた。

 

数日後、大雨が降った。男はこのときを待っていたかのように、レインコートに身を包んで例の空き地へ向かった。この雨なら誰に邪魔されることもないだろう。男は周囲に人通りがないことを確認すると、おもむろに草むらに足を踏み入れた。

 

木箱は変わらずその場にあった。植物が成長したせいで、以前にも増して草に埋もれているように見えた。上部に蝶番のついた蓋があり、鍵はついていなかった。雨に濡れているせいか遠目に見るより重々しい印象で、どこかゲームに出てくる宝箱を思わせるところがあった。

 

男はごくりと唾を飲み込むと、恐るおそる腕を伸ばして蓋に指をかけた。

 

そのとき、中で何かが動く気配がした。

 

男はびくっとして思わず手を引っ込めた。

 

中は空ではなかったのだ。何となくそんな予感はしていた。だが、一体何が入っているというのか。何か生き物が閉じ込められているのか。それとも――。

 

再び木箱に手を伸ばすと、指先がわずかに震えた。ここまで来てやめるわけにはいかなかった。男はごくりと唾を飲み込むと、一思いに蓋を開けた。

 

中から猛烈な勢いで何かが飛び出し、男に襲いかかった。男は声にならない悲鳴をあげて後ろ向きに倒れ、尻餅をついた。あわてふためいた男は、そのまま這いつくばるようにして濡れた草むらの上を逃げた。驚きのあまり腰が抜けてしまっていた。

 

追撃はなかった。男は木箱から数メートル離れたところまで来ると、正体を確かめるために恐るおそる後ろを振り返った。途端に謎が解けた。

 

それぞれ別の方向を向いているぎょろりとした大きな目玉、べろんと垂れ下がった長い舌、つんと突き立つ数本の硬い毛、手を模した棒と軍手――。

 

手製のお化けの縫いぐるみを取りつけた、バネ仕掛けの飛び出すおもちゃだった。今まで見た中でも一番大掛かりなやつだ。

 

男は腹の底から抜けていくような安堵を感じた。それとともにパンツの中に生温い不快感が広がった。ちびってしまったのだ。

 

立ち上がることもできないまま呆然とお化けの縫いぐるみを見つめていると、次第に己の失態が客観的に理解されてきた。男の顔が雨の中でもはっきり分かるほど赤く染まった。男はレインコートについたフードで顔を隠すようにして空き地から走り去った。

 

 


電信柱

男はかねてから興味のあった市民劇団に入った。

 

初めての舞台で与えられたのは電信柱の役だった。顔の部分を丸くくり貫いた筒状の衣装に身を包み、上演中じっと身動きしないでいるのだ。台詞はなかった。

 

初心者ながらも精一杯やると、みんなから褒められた。きみのように電信柱の役をうまくこなせるやつなんて他にいない。今まで見た中で最高の電信柱だ。

 

散々おだてられたあと、気がついてみると男は衣装を着たまま道端に立たされていた。

 

「さあ、これを持って」

 

演出家はそう言って男に架線を握らせた。

 

「それを高く掲げて。そう。そのまま動かない。きみは電信柱なんだから。これは最高の栄誉だぞ。何しろ演技でやっていたものが本物の仲間入りをするんだから」

 

男は電信柱として道に設置された。

 

一時間もしないうちに架線を掲げ持つ腕がぷるぷる震え出した。男は役をまっとうしなければという責任感から何とか持ちこたえた。

 

前と後ろには本物の電信柱が立っていた。少しでも気を緩めれば架線が地面についてしまう。そうなれば電信柱の名折れだ。そんな失態を演じるわけにはいかなかった。

 

役になりきるのだ。男は自分にそう言い聞かせた。腹が減っても尿意を催しても、電信柱がそんなものを感じるはずがないと一蹴した。

 

だが、どんなに気張ってみても時間とともに意識が朦朧としてきた。やがて幻覚や幻聴にも襲われはじめた。それでも自分の役を演じ切るのだと心は折れなかった。

 

立ったまま何度か失神しながら、なおも踏ん張っていると、あるときふいに一線を越えた。意識が完全に電信柱に同化したのだ。

 

男は今や電信柱だった。もう何も辛くなかった。意識しなくても体が自然に電信柱になるようになったのだ。

 

雨の日も風の日も、男は微動だにせずにただそこに立って架線を掲げ持った。

 

通りすがりの誰も、それが電信柱ではなく人だということに気がつかなかった。犬猫や鳥や虫たちさえ、それが本物の電信柱であるかのように振る舞った。

 

ときどき演出家が道を通りかかった。演出家はいつもガムをくちゃくちゃ噛みながら、男に目もくれずに通り過ぎていった。

 

男にその場所にいるよう命じた者の目にさえ、もはやただの電信柱としか映らなくなっていたのだ。男は役者の道こそ己の天職だと悟った。

 

ちょうどその頃、区議会で男が立っている道沿いの電信柱を地中化する計画が承認された。

 

計画は直ちに実行に移された。

 

何台もの工事車両がやってきた。作業員たちの誰一人としてそれが本物の電信柱ではないということに気がつかないまま、男は地中深くに埋められた。

 

 



読者登録

十佐間つくおさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について