目次
a

閉じる


a

0813

 

今日は朝から雨。

いまアイスコーヒーを飲んでいる。

洗濯をまわしている。

さきほどまで、

3DSで

「チャリ走DX」をやっていた。

いま使っているラップトップが

故障したら、

次もPCを買うのかどうか、

迷うところだが、

タブレットだけだとやはり

文書作成など不便で、

お金はかかるが、

一台は持っていたほうがいいかもしれない、と

家族と話していて思った。

基本的にぼくは

PCでメモしたりするとき、

ウィンドウズの「メモ帳」を使っていて、

まあ、他にもいろんなアプリあるんだろうけど、

結局、これがシンプルで、

軽くて使いやすい。

ドイツ語が入力できないけど。

ぼくは自分の部屋のカレンダー、

最近は岩合さんの猫の写真のカレンダー使っていて、

今年もそうなんだけど、

8/15のところには、

「敗戦の日」と自分で書いた。

やっぱり、ぼくの中では

「終戦」じゃなくて、

「敗戦」と書いた方がしっくりくる。

それについて論理的に説明するのは

難しいけど、

戦争は自然に「終わった」わけじゃないし、

そもそも自然現象でもないから、

「終戦」と書くのは

やっぱり違和感がある。

そして、基本的にいまも

アメリカの核の下にいる

日本の立場を直視しないことにつながる

気がする。

かといって、日本が

重武装中立になるべきとも

ぼくは言い切れないし、

それがよいとも思えない。

かといって、いまの現状がずっと

つづくとも思えない。

ぼくには国家のことは

複雑すぎて手に負えない。

考えてもわからない。

ついでに書いてしまうと、

戦争は絶対だめだ

というのはたしかに正しいけど、

それを強調するあまり、

戦争だけは絶対だめだと

なってしまうと

ちょっとまずい気がする。

戦争以外はいいのかということになる。

あるいは、

戦争のない平和

という言い方はぼくはずっと違和感がある。

戦争がないことはたしかにいいことだけど、

戦争さえなければ、

ひとびとが幸福に

自分の幸せを感じて生きているというわけでは

必ずしもない。

戦争があることは不幸には違いないけど、

戦争がなければ幸福というわけでもない。

そこはAだからBの場合、

BだからAじゃなくて、

BでないのはAでないということだと思う。

ぼくは基本的にお盆になにかするという

習慣をもたないので、

結局、お盆休みはほぼ家にいるのだが、

8月15日もあるし、

夏の疲れも出てくるし、

まあ、ちょっと家でのんびりするのが

いまはいいかなあと思う。

ぼくの祖父は

戦争中、北海道に住んでいたこともあって、

直接の大きな被害は受けなかったようだが、

戦後すぐとか、

とにかく食べるものがないということは

経験したようだ。

ぼくは自分の興味あることにかんしては、

さっとインデックスみたいに

頭の中で検索できる。

昨日も日航機墜落の事故に関連して、

当時書かれたあるエッセイを

持っている本から読みなおした。

だから、そういう文章がどの本の

どの辺に書かれているかというのが

だいたい把握している。

それは自分が親しんでいる資料にかんして。

ただ、自分が興味なかったり、

知らない分野はまったく知らない。

そういうことに関しては

常識的なことすらすっぽり抜けている。

むかし、「書店員になったらどうか」とも

言われたけど、

そう言ってくれたひとの根拠はわかるんだけどね。

たとえば、一冊本があって、それを

読んだりして、

ある程度親しめば、

どこになにが書いてあるかはだいたいわかる。

で、あるニュースとか見てた時に

ああ、ああいうことがあの本に書いてあったなとか

そういうことを思い出す。

でだいたいその記憶は合っている。

だから、自分の中で

いろいろ紐づけして記憶するのは

自分が関心をもてる分野にかんしてはある程度

得意かもしれない。

でもそれが実生活で役立つことはほぼないかな。

いや、自分自身はそれでけっこう楽しめるんだけど。

だから、ゆっくりでも

本はこれからも読んだ方がいいのかな。

とくに紙の本で持っておくと、

レファレンスとして

ぱっと出せるんだよね。

ああ、ここに書いてあるなって。

ぼくは論理的に考えたり、

理論を発展させるのとかは全然得意じゃないし、

なにかについて専門的な知識は持ってないけど、

そういう頭の中のレファレンス的な

能力はなんだかあるなあと思う。

それを仕事として活かせていないのが

ちょっと残念だ。

コンピュータを使った検索には

量の面ではかなわないけど、

(OPACとか)、

ひとが

「あのさ、この前出てた、あれについての」

みたいなちょっとぼんやりしたレファレンスには

人間の方がいまは対応できると思うんだよね。

でも本屋さんで働くのは

ぼくは向いてないだろうな。

接客だし。

それで、自分で作っている

日記兼スクラップブックみたいなものも、

暇があると読み返してるから、

そういう繰り返しが、

記憶になるんだと思う。

いや、そういうのつまんないひとからみれば

全然つまんないだろうけど。

自分で書いたものすら、

資料みたいな扱いで、

どこになにが書いてあるかを

だいたい把握したい気持ちはある。

でも、ネットに公開するものは

だいたい書き捨てだし、

昔ネットで公開したものは

どんなだったかそれはほぼ

まったく覚えていない。

やっぱり

紙の本との付き合いは

ぼくはこれからも続くのかな。

 


1
最終更新日 : 2019-08-13 07:17:54

この本の内容は以上です。


読者登録

丸山三角さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について