目次
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-1)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-2)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-3)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-4)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-5)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-6)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-7)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-8)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-8)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-9)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-10)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-11)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-12)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-13)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-14)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-15)
第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-16)

閉じる


<<最初から読む

8 / 17ページ

第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-8)

【27】

 ラムジは利子率純利潤の率と呼んでいるのであるが,この利子率の規定について,彼は次のように言っている。利子率は,「一部は総利潤の率によって定まり,また一部は総利潤が利子と企業利潤〔profit of enterprise〕とに分割される割合によって定まる。この割合は資本の貸し手と借り手とのあいだの競争によって定まる。この競争は,実現されると期待される総利潤の率によって影響されるが,ただそれだけによって規制されるわけではない。e)競争はただこの原因だけによって規制されるのではないというのは,一方では,生産的な投資をする意図はなにもないのに借りる人も多いからであり,他方では,貸付可能な国民的資本の全体の大きさは,総利潤のなんらかの変動にかかわりなく,その国の富の変動につれて変動するからである。」f)/

  ①〔注解〕この引用は,ラムジでは次のようになっている。「これらのものの率は,一部には総利潤の率により(というのは,全体が増大するか減少するときには,全体の各部分も同じく増大するか減少するのだからである),一部には総利潤が資本の利潤と企業の利潤とに〔into profits of capital and those of enterprise〕分かれる割合によって定まる。この割合は,これはまたこれで,資本の貸し手と提供すべき優良な担保をもつすべての借り手とのあいだの競争によって定まる。この競争は,実現が期待される総利潤の率によって,完全に調整されるのではないにしても,影響を受ける。そして,競争がこの原因だけによって調整されるのではないというわけは,一方では,どんな生産的に充用する目的もなしに借りる人びとがたくさんいるからであり,他方では,国内の貸付可能な全資本〔the whole national capital to be lent〕の割合は,総利潤のどんな変動にもかかわりなく,その国の富とともに変動するからである。」--この引用は,カール・マルクス『経済学批判(1861-1863年草稿)』(MEGAII/3.5,S.1798.1-10)から取られている。〉 (231-232頁)

 〈ラムジは利子率を純利潤の率と呼んでいますが、この利子率の規定について、次のように言っています。利子率は、「一部は総利潤の率によって定まり,また一部は総利潤が利子と企業利潤〔profit of enterprise〕とに分割される割合によって定まる。この割合は資本の貸し手と借り手とのあいだの競争によって定まる。この競争は,実現されると期待される総利潤の率によって影響されるが,ただそれだけによって規制されるわけではない。競争はただこの原因だけによって規制されるのではないというのは,一方では,生産的な投資をする意図はなにもないのに借りる人も多いからであり,他方では,貸付可能な国民的資本の全体の大きさは,総利潤のなんらかの変動にかかわりなく,その国の富の変動につれて変動するからである。」〉

 【このパラグラフはほぼラムジからの引用であるが、最初はマルクス自身の文章なので、一応、平易な書き下しをしておいた。
  このパラグラフは、ラムジが利子率について正確な理解を持っていたことを紹介しているように思える。彼はまず利子率は総利潤率によって規制されることをはっきりととらえている。〈というのは,全体が増大するか減少するときには,全体の各部分も同じく増大するか減少するのだからである〉とその規制の内容も明確に理解していることを示している。そしてさらに利子率は〈総利潤が利子と企業利潤〔profit of enterprise〕とに分割される割合によって定まる〉こと、そしてこの割合は〈資本の貸し手と借り手とのあいだの競争によって定まる〉とも明確にのべている。さらにこうした貸し手と借り手とのあいだの競争は総利潤の率によって影響はされるが、それだけによって規制されるわけではないとして、生産的に投資する意図はなにもないのに借りる人も多いからであり、貸付可能な国民的資本全体の大きさも、総利潤の変動とはかかわりなく変動するからだとしている。
  このパラグラフそのものは必ずしもその前の【26】パラグラフに関連して述べられているとはいえないように思える。】


【28】

 /297下/〔原注〕e)利子率は全体としては平均利潤率によって規定されているのではあるが,異常なブームが低い利子率と結びついていることも非常にしばしばありうる。たとえば鉄道ブーム。利子率(バンク・レート)は,1844年10月16日に,やっと3%に引き上げられた。〔原注e)終わり〕/

  ①〔異文〕「利子率」← 「利子」〉 (232-233頁)

 〈利子率は全体としては平均利潤率によって規定されていますが、異常なブームが低い利子率と結びついていることも非常にしばしばありえます。たとえば鉄道ブーム。この場合は、利子率(バンク・レート)は、1844年10月16日に、やっと3%に引き上げられたのでした。〉

 【この原注は、ラムジの引用文のなかの〈資本の貸し手と借り手とのあいだの競争〉は〈実現されると期待される総利潤の率によって影響されるが,ただそれだけによって規制されるわけではない〉という部分につけられた原注である。つまり総利潤の率に影響されるが、それだけによって規制されるわけではない一つの実例として、マルクスは鉄道ブームを挙げているわけである。鉄道ブームは低い利子率と結びついて生じたとマルクスは指摘している。低い利子率は鉄道株の高騰を招き、その高騰を目当てに投機が盛んに行われてブームとなったわけである。
  ここで鉄道ブームについて詳述する必要は必ずしもないが、『恐慌史研究』(鈴木鴻一郎編、日本評論社1973.7.25)に詳しい説明があるので、少しだけ引用しておこう。

  〈すでに(18)45年の1月初から、既存路線の株式ばかりでなく新たに設立された暫定登録会社の仮株券が圧倒的な人気を博し始めていたが、2月頃までの状況は、前年以来の鉄道熱の継続とみうる性格のものだったことが知られている。鉄道株市場が急速に投機的な色彩を強めたのは三月以降のことであって「小金を貯めた年配の男女、あらゆる種類のトレード・メン、年金生活者、専門的職業人、貿易商、地方の田紳達」あるいは「召使、下僕、執事から有爵の老嬢や教会の高僧までのすべての階層とすべての職業」にわたる多数の投資家達が、たんなる高配当の期待だけでなく、株式の転売による利得の可能性をめざして、市場に殺到し始めたのである。『エコノミスト』がいち早く注目しているように、じゅうらい証券投資の慣行をまったく持たなかったこれら中小の投資家が大量に登場し始めた点は、その資金調達源としての規模を別とすれば、イギリス資本市場にとって画期的な新事態をなすものだったといわなければならない。以前には1〜2日ですんでいた定期取引の決済に1週間を要するほどの、取引所内部における大膨張が見られたばかりでなく、取引所外部のコーヒー店その他で多数の非加盟ブローカーを交えた売買契約がとり行なわれることとなったのであって、シティにおける熱狂の異常な様相にかんする記述については、枚挙にいとまがない。しかも雑多な投資家が全国各地に登場したことから容易に推測されるように、ロンドン以外の地方証券取引所がこのブームを契機にして急激な勃興を見て、「1万ないし2万以上の人口を有するほとんどすべての町に株式ブローカーの常設機関が出現した」といわれるほどとなったのである。なかでもリヴァプール・マンチェスター・リーズ・ブリストル、さらにはグラスゴー・エディンバラ・ダブリン等の取引所における鉄道株式投資は、ロンドンにまさるともおとらぬ規模をもっていたことが確認されている。〉(185頁)
  (ここで「仮株券」というのは、鉄道建設の計画段階のもので、将来株式の払い込みを約定する手続きをしただけで発行されるもので、後に計画が法的認可を受けたあと、本株券への転換を約束したものである。しかしにも関わらず、計画がまだ政府の認可を受けられるかどうかも分からない段階で、これにプレミアがついて売買されたのである。--引用者)

  ただマルクスは〈利子率(バンク・レート)は,1844年10月16日に,やっと3%に引き上げられた〉と述べているが、上記の著書に掲載されている統計表(290頁)によるとバンクレートは1841年5月から1842年2月までは5%、同5月から1844年8月までは4%、同11月から1845年11月まで2.5%となっている。】


【29】

 /297下/〔原注〕f)ラムジ,同前(206,207ページ。)〔原注f)終わり〕/

  ①〔注解〕ジョージ・ラムジ『富の分配に関する一論』,エディンバラ,ロンドン,1836年。〉 (233頁)

 【これも【27】パラグラフにおけるラムジからの引用の典拠を示すだけなので、平易な書き下しは省略した。【27】パラグラフの注解によれば、この部分も61-63草稿から採られているということである。実は、これは先に紹介したものの続きの部分である。だから、それも見ておくことにしよう(但し、今回も、ラムジの原文などMEGAや訳者によって付けられている注の類は煩雑になり、あまりにも引用が長くなりすぎるので、省略する)。

  純利潤(利子)の率については、R 〔ラムジ〕は次のように言っている、この率は、「一部には総利潤の率により、また一部には総利潤が利子と産業利潤とに分かれる割合によって定まる。この割合は、資本の貸し手と借り手との競争によって定まる。この競争は、実現が期待される総利潤の率によって影響されはするが、これによって完全に調整されるわけではない。そして、競争がただこの原因だけによって調整されるのではないというわけは、一方では、なんら生産的に充用する目的なしに借りる人々がたくさんいるからであり、他方では、国内の貸付可能な全資本の割合は総利潤のなんらかの変動にかかわりなくその国の富とともに変動するからである。」(206、207ページ)企業の利潤は資本の純利潤によって定まるのであって、後者が前者によって定まるのではない。」(204ページ〉 (草稿集⑧429頁)

  この最後の部分で、ラムジが言っていることも注目に値する。つまり企業の利潤は利子によって定まるのであって、後者が前者によって定まるのではないというのである。企業にとっては利子は所与であって、総利潤から利子が控除されたものが、企業の利潤をなすという関係もラムジによって正確にとらえられていることが分かる。】


第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-8)

【30】

 /297上/絶えず変動する市場率とは区別される,一国で支配的な利子の--利子率の--中位的な率または平均率は,どんな法則によっても全然規定することのできないものである。利子の自然的な率a natural rate of interest〕というものは,たとえば利潤の自然的な率〔a natural rate of profit〕または賃金の自然的な率〔a natural rate of wages〕が存在するというようなこういう仕方では,存在しない。g) 需要と供給との一致--平均利潤率を与えられたものとして前提して--はここでは全然なにも意味してはいない。ほかの場合にこの定式を頼りとするときには(そしてそのような場合,そうするのは実際にも正しいのであるが),それは,競争には左右されないでむしろ競争を規定する原則(規制する限界,または限界を画する大きさ〔the regulating limits,or the limiting magnitudes〕)を見いだすための定式なのである。ことに,競争の実際や競争の諸現象やそれらの運動から[436]発展する諸観念やにとらわれている人びとにとって,競争のなかで表われる経済的諸関係の内的な関連の一つの観念--たとえこれ自身また皮相な観念であるとはいえ--に到達するための定式なのである。それは,競争に伴う諸変動からこの諸限界に到達するための方法である。平均利子率の場合はそうではない。||298上|貸し手〔lenders〕と借り手〔borrowers〕とのあいだの中位の競争関係が,なぜ貨幣の貸し手に彼の資本にたいする3%とか4%とか5%とかの利子を与えることになるのか,あるいは,なぜそれ〔中位の競争関係〕が彼に,総利潤gross profitにたいするこの一定の百分比的分けまえを,総利潤〔gross profit〕のうちの20%とか50%とか,等々を与えることになるのか,その理由は全然ないのである。競争そのものが決定する場合には,規定はそれ自体として偶然的であり,純粋に経験的であって,ただ衒学または妄想だけがこの偶然性をなにか必然的なものとして説明しようとすることができるのである。a) 通貨と銀行業とに関する1857年と1858年の議会報告(タイトルは調べること)のなかでなによりもおもしろいのは,イングランド銀行の銀行理事やロンドンの銀行業者や地方の銀行業者〔Country Bankers〕や職業的理論家たちが,月並みな文句,たとえば,⑨⑩貸付可能な資本の使用にたいして支払われる価格は,そのような資本の供給につれて変動するはずだ」とか,「高い利子率と低い利潤率とは長きにわたってpermanently〕両立することはできない」とかいった文句や,その他このたぐいのきまり文句〔platitudes〕から一歩も出ることなしに,「生みだされた現実の〔利子〕率」についてあれこれとしゃべりまくっているのを聞くことである。b) 慣習,法律的伝統,等々が中位の利子率の規定に関係がある{この中位の利子率がただ平均数として存在するだけではなく実際の大きさとして存在するかぎりはそうである}のは,競争そのものがそれに関係があるのと同様である。それゆえこの件の考察は,競争の項目Abschnitt v.d.Conkurrenz〕で行なわれるべきことなのである。{中位[437]の利子率は,利子の計算を必要とするすでに多くの法律上の係争事件でも,適法に認められなければならない。}ところで,さらに,なぜ平均的なまたは中位の利子率の限界〔limits〕を一般的な諸法則から展開することはできないのか,と問う人があるならば,その答えは単純に利子の性質のうちにある。利子はただ平均利潤の一部分でしかない。同じ資本が二重の規定で現われるのである。すなわち,貸し手〔lenders〕の手のなかで貸付可能な資本〔1oanable Captial〕として現われ,機能資本家の手のなかでは産業資本または商業資本として現われるのである。しかし,それが機能するのはただ一度だけであり,それ自身で利潤を生みだすのはただ一度だけである。それの生産過程そのものでは,資本は貸付可能な資本としてはなんの役割も演じない。この利潤にたいする要求権をもつこの二人の人物がこれをどのように分けるかは,それ自体としては,一つの会社事業をもつさまざまの出資者が共同利潤の百分比的分けまえについて折り合いをつける場合と同じく,純粋に経験的な事実である。本質的に利潤率の規定の基礎となっている,剰余価値と労賃とのあいだの分割では,二つのまったく違った要素である労働能力と資本という函数が互いに限界づけ合っている。そして,それらの質的な区別から,生産された価値の量的な分割が出てくるのである。剰余価値が地代と利潤とに分割される場合にも同じことが生じるということは,あとでわかるであろう。利子の場合にはこのようなことはなにも生じない。いますぐに見るように,逆に,質的な分割が,剰余価値の同一の部分の純粋に量的な分割から出てくるのである。/

  ①〔異文〕「絶えず変動する市場率とは区別される」--書き加えられている。
  ②〔異文〕「さえ〔selbst〕」と書き加えたが,これを消している。
  ③〔異文〕「発展する」← 「形成される」
  ④〔異文〕「とらわれている人びとに」--書き加えられている。
  ⑤〔異文〕「総利潤のうちの」--書き加えられている。
  ⑥〔異文〕「ア・プリオリに」という書きかけが消されている。
  ⑦〔注解〕「通貨と銀行業とに関する1857年と1858年の議会報告」--『銀行法特別委員会報告…… 。1857年7月30日』,--『銀行法特別委員会報告…… 。1858年7月1日』。
  ⑧〔異文〕「月並みな文句,たとえば,」← 「……のような月並みな文句〔solche Gemeinplätze〕」
  ⑨〔注解〕マルクスがここで関説しているのは,『銀行法特別委員会報告……。1857年7月30日』でのサミュエル・ジョーンズ・ロイドの証言(359-360ページ)である。
  ⑩〔注解〕「貸付可能な資本の使用にたいして支払われる価格は,そのような資本の供給につれて変動するはずだ」--『銀行法特別委員会報告……』では次のようになっている。--「[第3855号]……資本の使用にたいする価格は,他のどんな商品の価格もそれの供給と需要との変動によって定まるのと同じようにして,決められるべきものです。」
  ⑪〔注解〕「高い利子率と低い利潤率とは長きにわたって両立することはできない」--『銀行法特別委員会報告……』では次のようになっている。--「[第3866号]私は,高い利子率と低い利潤率とは長きにわたって両立することはできないと思います。」
  ⑫〔注解〕「競争の項目」--〔MEGA II/4.2の〕178ページ18-25行への注解を見よ。〔この注解では次のように書かれている。--『経済学批判要綱』は「資本」という部のためのマルクスのプランを含んでおり,それは次の四つの篇に編制されるべきものだった:資本一般,競争,信用,株式資本(MEGA II/1.1の187ページおよび199ページを見よ)。--エンゲルスあてのマルクスの手紙,1858年4月2日。--カール・マルクス『経済学批判。第1分冊』をも見よ。所収:MEGA II/2,S.99,長年にわたる自己了解過程の中心にあったのは,一方では第1篇であり,純粋な姿態における価値および剰余価値についてのこの篇の論述は最終的には『資本論』に結実した。他方では平均利潤および生産価格の理論であって,『1861-1863年草稿』でのこの理論の仕上げは,なにをおいても,「資本一般」と資本の「現実の〔real〕」運動--競争と信用--とのあいだの徹底した分離をマルクスに放棄させることになった。この運動のうちの基本的な事柄は主著〔『資本論』〕に取り入れられ,それより具体的な事柄は,主著とは別のもろもろの特殊研究に留保されるべきものとなった。これらの特殊研究は書かれなかった。〕
  ⑬〔異文〕「〔……の〕一〔部分〕としての〔als eines〕」という書きかけが消されている。
  ⑭〔異文〕「資本は二重に現われる」という書きかけが消されている。
  ⑮〔異文〕「それの生産過程そのものでは,資本は貸付可能な資本としてはなんの役割も演じない。」--書き加えられている。
  ⑯〔異文〕「百分比的分けまえについて折り合いをつける」← 「百分比的分けまえへと分割する」
  ⑰〔異文〕「本質的に」--書き加えられている。
  ⑱〔異文〕「二つのまったく違った要素が……っている〔kommen zwei ganz verschiedne Elemente〕」という書きかけが消されている。〉 (233-238頁)

 〈(1)絶えず変動する市場率とは区別される、一国で支配的な利子(率)の中位的な率または平均率は、どんな法則によっても全然規定することのできないものです。利子の自然的な率というものは、例えば利潤の自然的な率または賃金の自然的な率が存在するというようなこういう仕方では、存在しないのです。平均利潤率が与えられたものと前提すれば、貨幣の貸し手と借り手とのあいだにおける需要と供給との一致というものは、ここでは全然なにも意味しないのです。
  (2)他の場合、こうした需給の一致という定式を頼りにするのは、それはそれで正しいのですが、それは、競争には左右されないでむしろ競争を規定する原則(規制する限界、または限界を画する大きさ)を見いだすための定式なのです。ことに、競争の実際や競争の諸現象やそれらの運動から発展する諸観念やにとらわれている人々にとって、競争のなかで表れる経済的諸関係の内的な関連の一つの観念に到達するための定式なのです。もっともその結果が、たとえこれ自身また皮相な観念であるとはいえです。それは、競争に伴う諸変動からこの諸限界に到達するための方法なのです。
  (3)しかし平均利子率の場合はそうではないのです。貸し手と借り手とのあいだの中位の競争関係が、なぜ貨幣の貸し手に彼の資本にたいする3%とか4%とか5%とかの利子を与えることになるのか、その理由は全然ないのです。同じことですが、なぜその中位の競争関係が彼に、総利潤にたいするこの一定の百分比的分け前を、総利潤のうちの20%とか50%とか、等々を与えることになるのかについても、その理由は全然ないのです。
  (4)競争そのものが決定する場合には、規定はそれ自体として偶然的であり、純粋に経験的であって、ただ衒学または妄想だけがこの偶然性をなにか必然的なものとして説明しようとすることができるのです。
  (5)通貨と銀行業とに関する1857年と1858年の議会報告のなかでなによりもおもしろいのは、イングランド銀行の銀行理事やロンドンの銀行業者や地方の銀行業者や職業的理論家たちが、次のような月並みな文句をしゃべりまくっていることを聞くことです。例えば「貸付可能な資本の使用にたいして支払われる価格は,そのような資本の供給につれて変動するはずだ」とか「高い利子率と低い利潤率とは長きにわたって両立することはできない」とかいった文句や,その他このたぐいのきまり文句から一歩も出ることなしに,「生みだされた現実の〔利子〕率」についてあれこれとしゃべりまくっていることです。
  (6)習慣や法律的伝統、等々が中位の利子率の規定に関係があるのは、競争そのものがそれに関係あるのと同様です。この中位の利子率がただ平均数として存在するだけではなく実際の大きさとして存在するかぎりではそうなのです。しかしだからこそ、この問題の考察は、競争の項目で行われるべきことです。{そして実際問題として、中位の利子率は、利子の計算を必要とするすでに多くの法律上の係争事件でも、適法に認められなければならないのです。}
  (7)ところで、もしさらに、なぜ平均的なまたは中位の利子率の限界を一般的な諸法則から展開することはできないのか、と問う人があるならば、単純にそれは利子の性質のうちにあると答えなければなりません。利子はただ平均利潤の一部でしかありません。ここでは同じ資本が二重の規定で現れるのです。すなわち、貸し手のなかで貸付可能な資本として現れ、機能資本家の手のなかでは産業資本または商業資本として現れます。しかし、それが機能するのはただ一度だけです。それ自身が利潤を生み出すのもただ一度だけです。そして生産過程そのものでは、資本は貸付可能な資本としては何の役割も演じないのです。利潤にたいする要求権を持つこの二人の人物がこれをどのように分けるかは、それ自体としては、一つの会社事業をもつさまざまな出資者が共同的利潤の百分比的分け前について折り合いをつける場合と同じく、純粋に経験的な事実なのです。
  (8)本質的に利潤率の規定の基礎となっている、剰余価値と労賃とのあいだの分割では、二つのまったく違った要素である労働能力と資本という函数が互いに限界付けあっています。そして、それらの質的な区別から、生産された価値の量的な分割が出てくるのです。剰余価値が地代と利潤とに分割される場合にも同じことが生じるということはあとでわかるでしょう。しかし利子の場合にはこのようなことはなにも生じないのです。いますぐ見ますように、逆に、質的な分割が、剰余価値の同一の部分の純粋に量的な分割から出てくるのです。 〉

 【このパラグラフは非常に長いのであるが、内容的には幾つかにわけることができそうである。平易な書き下し文ではそうした意図のもとに改行を入れておいた。それぞれの部分に番号を打って、その内容を吟味しておこう。
  (1)まずここでは一国の支配的な利子の中位的な平均率というようなものは、どんな法則によっても全然規定することのできないものだと指摘されている。そしてこの点で、利潤の自然率とか賃金の自然率というようなものと同じような意味で利子の自然率というようなものは存在しないのだと主張されている。つまりここでは需要と供給の一致というようものは全然なにも意味していないというのである。
  (2)そしてこの需給の一致というものは、他の場合は、われわれが競争に作用されないで、むしろ競争を規定する原則を見いだすために必要な定式なのであり、そうした競争のなかでさまざまな諸観念に捕らわれている人たちに、その内的な関連を示すための、あるいはそうしたものに到達するための方法でもあるという説明がある。
  (3)しかし平均利子率の場合には、まったくそうした定式は意味がないと指摘する。つまり貸し手と借り手とのあいだの中位の競争関係というものが、利子が何%になるとか、あるいは利潤のうちの何%を利子として支払う必要があるということを規制するわけではないと述べている
  (4)次ぎにこれは一般的な形で、競争そのものが決定する場合には、規定はそれ自体として偶然的であり、純粋に経験的なものだ、との指摘がある。だからそれを何か必然的なものとして説明するのは、ただ衒学的な馬鹿話か妄想だけだ、と。
  (5)次はやや話は変わって、そうした実際に衒学的な馬鹿話の例として、議会報告の紹介がされている。
  (6)ここでは習慣や法律的な伝統などが、中位の利子率の規定に関係することがあるという場合について述べている。これは例えば法律上の係争事件で、損害賠償金の計算の時に、一定の利子率にもとづいて計算する必要があるが、そうした利子率のことであろう。しかしこうした問題は競争の項目で考察されるべきだと指摘されている。
  (7)ここからはどうして平均的なまたは中位の利子率の限界を一般的な法則から展開することはできないのか、その理由が説明されている。それはまず利子の性質のうちにその理由があるとされている。利子は平均利潤の一部でしかないこと、しかし同じ資本が二重の規定として現れること、一つは貸付資本、もう一つは産業資本あるいは商業資本である。
しかしそれは実際に利潤を生むのはただ一度だけであり、それが生産過程にあるときである。しかし生産過程にあるときには、貸付可能な資本としては何の役割も演じないこと、だからこの生産される利潤にたいする要求権をもつ二人の人物がこれをどのように分けるかは、純粋に経験的な事実なのだと説明されている。
  (8)次ぎに、ここでは利潤率の規定は、剰余価値と労賃とに、生産された価値が分割されることから決まるが、この分割はまったく違った要素として互いに限界付けあっていること。つまり質的な区別から、その量的な分割が出てくるのだが(そしてそれは地代と利潤との分割にもいいうるが)、利子の場合にはこのようなことはなにも生じない。むしろ質的な分割が、量的な分割から出てくるとの指摘がある。

  ところで注解⑫は「競争の項目」についての長い説明がある。この注解そのものは別の注解を見よという指示だけだが、大谷氏によるその参照指示された注解の長い紹介がある。
  この注解の主旨は、要するにここでマルクスが〈それゆえこの件の考察は,競争の項目Abschnitt v.d.Conkurrenz〕で行なわれるべきことなのである〉と述べている「競争の項目」とは、最終的には『資本論』が対象としたものとは別に考えられていた、〈もろもろの特殊研究に留保されるべきものとなった〉ものを指しているのだ、ということである。
  それを説明するために『経済学批判要綱』当時のプランからその変遷を説明して、最終的には当初のプランの「資本一般」が「資本の一般的分析」(『資本論』)へと変遷する過程で、「資本一般」と区別されていた「競争」「信用」「株式資本」などの一部は、「資本の一般的分析」(『資本論』)の中に取り入れられ、それ以外ものはそれぞれの特殊研究として保留されたということである。こうしたプランの変遷過程については大谷氏によって何度も考察されているが、それは佐藤金三郎氏が最初に主張されたことだと大谷氏も指摘している。そこで参考のために大谷氏の生前最後の著書となった『資本論草稿にマルクスの苦闘を読む』に所収された「第13章 書評・佐藤金三郎著『『資本論』研究序説』」から関連する部分を紹介しておこう。

  〈第1部冒頭の「「経済学批判」体系と『資本論』」(1954年)は,『経済学批判要綱』の考証的検討を通じて「プラン問題」に独自の見解を示して論議のその後の流れにきわめて大きな影響を与え,また『資本論』形成史研究と呼ばれる領域を新たに切り開いたものであった。それまでほぼ通説であった久留間鮫造氏に代表される『資本論』=「資本一般」説にたいして,著者の新見解は,『資本論』は依然として「資本一般」ではあるが,「資本一般」の内容は著しく拡充され,「競争」・「信用」・「土地所有」・「賃労働」の諸考察は,「資本一般」としての『資本論』に取り入れられたそれらの基本規定と,『資本論』の外に残されているそれらの「特殊研究」とに「両極分解」した,というものであった。
  著者はその後も研究を重ね,最後のシンポジウム報告(1987年)でその到達点を公開した。そこでは著者は,「両極分解」説を維持したうえで,『資本論』を「資本一般」だとしていた点については,『要綱』ののち「資本一般」の意味がしだいに変わっていった結果,この概念そのものが使われなくなったとし,『資本論』は「資本の一般的分析」と特徴づけられるべきだ,と述べている。当初プランで「資本の一般的分析」に当たるのは,第1篇「資本一般」だけではない。第1部「資本」全体,さらに3大階級の経済的基礎の分析が完了するはずの前半3部もそう見ることができる。だから著者はここで,「『資本論』は「資本一般」ではないと言ったほうがいい」と言い切ったのである。こうしてプラン問題について著者が最後に到達したのは,事実上,当初の「経済学批判」体系は,「競争」~ 「賃労働」の諸項目の「両極分解」を経て,「資本の一般的分析」としての『資本論』に終わった,というプラン「変更説」であった。
  評者(大谷--引用者)はこの結論に同意する。そのうえで,著者のこの結論の含意は,さらに次のように明示されるべきだと考える。すなわち,当初の「資本一般」とは,「多数の諸資本」を捨象した「一つの資本」,「国民的資本」,「社会的資本」という,分析対象の一般性の規定であって,その分析ののちに「多数の諸資本」を前提した諸分析がなされてはじめて「資本の一般的分析」として完了しうるはずのものであったが,それにたいして,「資本の一般的分析」とは,資本の「特殊的分析」・「特殊研究」にたいするもの,すなわち分析・研究の一般性の規定であって,『資本論』は「資本の一般的分析」として完結すべき性格のものであった,ということである。(以下、略)〉(567-568頁)】


第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-9)

【31】

 〈[435]/297下/〔原注〕g)すでにマッシーもこの点については十分に正当に次のように言っている。--「この場合にだれかが疑問とするかもしれないただ一つのことは,これらの利潤のどれだけの割合が正当に借り手のものであり,どれだけが貸し手のものであるかという問題である。そして,これを決定するには,一般の借り手と貸し手との意見によるほかにはなんの方法もない。なぜならば,正も不正も,この点では,ただ一般的な同意が正とし不正とするものでしかないからである。」(同前,49ページ。)〔原注g)終わり〕|〉 (238頁)

  【これは原注であるが、ほぼマッシーからの抜粋なので、平易な書き下し文は不要であろう。これは〈一国で支配的な利子の--利子率の--中位的な率または平均率は,どんな法則によっても全然規定することのできないものである。利子の自然的な率a natural rate of interest〕というものは,たとえば利潤の自然的な率〔a natural rate of profit〕または賃金の自然的な率〔a natural rate of wages〕が存在するというようなこういう仕方では,存在しない〉という部分に対する原注であり、同じことはすでにマッシーによって指摘されているというものである。】


【32】

 [436]298下|〔原注〕a)たとえば,オプダイク,アルント,等々を見よ。--G.オプダイク経済学に関する一論』,ニューヨーク,1851年,は,5%という利子率の一般性を永久的な諸法則から説明しようとする,極度に失敗した試みをやっている。それよりもはるかに素朴なのは,『独占精神と共産主義とに対立する自然的国民経済,云々』,ハーナウ,1845年,のなかでのカール・アルント氏である。そこには次のようなことが書いてある。「財貨生産が自然的に進行する場合には,利子率を--十分に開拓された諸国で--ある程度規制するに適していると思われる現象が,ただ一つだけある。それは,ヨーロッパの森林の樹木量がその年々の生長によってふえて行く割合である。この生長は,樹木の交換価値とはまったく無関係に」--樹木が自分の生長を「自分の交換価値と無関係に」調整するとはなんという滑稽なことか!--「100にたいして3から4の割合で行なわれる。--したがってこれによれば」{すなわち,樹木の交換価値がどんなに樹木の生長に左右されようとも,樹木の生長は樹木の交換価値とは無関係なのだから}「それ」(利子率)「が,この上なく豊かな国ぐにでの現在の水準よりも下がるということは,期待できないであろう。」(同上,124,125ページ。)これは,「森林起源的利子率」と名づけられるのに値いする。そして,その発見者はここに引用した著書のなかで「われわれの科学」のために自分を「畜犬税の哲学者」の名にも値いさせているのである[420.421ページ]。〔原注a)終わり〕

  ①〔注解〕マルクスはここで,ジョージ・オプダイクの著書『経済学に関する一論』,86-87ページでの次の章句をほのめかしているのかもしれない。--「ある個人が貨幣を他人に貸し付けるとき,よく知られていることであるが,彼はそれのサーヴィスまたは使用にたいして,利子と呼ばれる報酬を受け取る。この報酬は,通常,貸し付けられた額にたいする年率で3%から9%のあいだ--ときとして異常な事情がこの率を短期間のあいだこれらの限度を越えさせることもあるが--のどこかにある。だから,その中間点は約6%である。だが,租税や損失の危険にたいしてさらに1%を差し引けば,貨幣の形態にある資本の平均的な純収入として,年率5%が残る。さて,貨幣と,生産的資本のその他のあらゆる形態とは,それらの所有者たちによって随意に,互いに等しい諸部分が交換されることができるし,また交換されているので,このことから,年率5%は,あらゆる種類の生産的資本の中間的純収入だ,ということになる。また生産的資本と土地とは等しい諸部分が相互に交換されるのだから,このことから,土地の純年間収入はほぼ5%だ,ということになる。」
  ②〔注解〕この引用は,カール・マルクス『経済学批判(1861-1863年草稿)』(MEGAII/3.4,S.1502.23-27)から取られている。〉 (238-239頁)

 〈衒学または妄想だけが偶然的なものを何か必然的なものとして説明しようとする例としてあげることができるのは、たとえば、オプダイク、アルント等々です。オプダイクは5%という利子率の一般性を永久的な諸法則から説明しようとして、極度に失敗した試みをしています。それよりはるかに素朴なのは、アルント氏の次のような説明です。「財貨生産が自然的に進行する場合には,利子率を--十分に開拓された諸国で--ある程度規制するに適していると思われる現象が,ただ一つだけある。それは,ヨーロッパの森林の樹木量がその年々の生長によってふえて行く割合である。この生長は,樹木の交換価値とはまったく無関係に」--樹木が自分の生長を「自分の交換価値と無関係に」調整するとはなんという滑稽なことでしょう!--「100にたいして3から4の割合で行なわれる。--したがってこれによれば」{すなわち,樹木の交換価値がどんなに樹木の生長に左右されようとも,樹木の生長は樹木の交換価値とは無関係なのだから}「それ」(利子率)「が,この上なく豊かな国ぐにでの現在の水準よりも下がるということは,期待できないであろう。」これは「森林起源的利子率」と名づけられるのに値するものです。そしてその発見者はここの引用した著書のなかで「われわれの科学」のために自分を「蓄犬税の哲学者」の名にも値させているのです。〉

 【これは〈競争そのものが決定する場合には,規定はそれ自体として偶然的であり,純粋に経験的であって,ただ衒学または妄想だけがこの偶然性をなにか必然的なものとして説明しようとすることができるのである〉という一文につけらた原注である。つまり〈衒学または妄想だけがこの偶然性をなにか必然的なものとして説明しようとすることができる〉例としてオプダイク、とくにアルントの主張を滑稽なものとして紹介している。
  オプダイクについては、注解①が詳しくその主張を紹介している。
  アルントについて、最後にマルクスが〈「畜犬税の哲学者」〉と紹介している文言について、大谷氏は訳者注で、次のように説明している。

  〈「「畜犬税の哲学者」」--アルントはその著書の420-421ページで,犬は,放たれていると人間の交通の余地を狭くし,吠えたり噛んだりすることで公衆を困らせ,狂犬となって人間生活を脅かし,そのエサの消費で人間の食物を制限するのだから,有用な目的なしに犬を飼う人びとに畜犬税を課すのが道理である,と書いている。マルクスはこれを皮肉っているのである。〉 (239頁)

  なお注解②によれば、このアルントについての抜粋は61-63草稿からとられているということだから、その原文も見ておこう(しかしMEGAの注解等は省略)。

  〈「われわれの科学」を「用心深く」発展させるこの同じ人(アルントのこと--引用者)は、次のようなおもしろい発見をしている。
 「財貨生産の自然的な行程では、利子率を--まったく開拓された国々において--ある程度まで調整するべく定められているように見えるただ一つの現象がある。--それは、ヨーロッパの森林の樹木量がその年々の生長によって増加する割合であって--この生長は、まったくその交換価値にはかかわりなしに(樹木の生長を「交換価値にかかわりなしに」調整するとは、なんとこっけいなことだろう!) 3%ないし4%の割合で行なわれる。--だから、これによれば {というのは、たとえ樹木の交換価値がどんなにその生長によって定まろうとも、その生長はその「交換価値にはかかわりがない」のだから!} 現在それ(利子率)が貨幣の最も豊富な国々で到達している高さよりも低く下がることは、期待できないであろう。」(同前、124、125ページ)
  これは「森林から発生した利子率」と名づけるに値する。そして、その発見者は、はこに引用した「われわれの科学」に関する著作のなかで「畜犬税」の哲学者としても世の注目を浴びたのである。〉 (草稿集⑦483頁)】


【33】

 〈〔原注〕b)イングランド銀行は,バンク・レートbankrate〕を,(もちろん銀行の外で支配的な率をつねに顧慮しながらであるとはいえ),地金の流入と流出とに応じて引き上げたり引き下げたりする。「これによって,バンク・レートの変動の予想による割引投機が,いまでは貨幣中枢部の」(すなわちロンドンの)「巨頭たちの取引の半分を占めるようになった。」(〔ヘンリ・ロイ〕『為替の理論,云々』,113ページ。)〔原注b)終わり〕/〉 (239-240頁)

 〈イングランド銀行は、バンク・レートを、もちろん銀行の外で支配的な率をつねに顧慮しながらではありますが、地金の流入と流出とに応じて引き上げたり引き下げたりします。「これによって,バンク・レートの変動の予想による割引投機が,いまでは貨幣中枢部の」(すなわちロンドンの)「巨頭たちの取引の半分を占めるようになった。」(〔ヘンリ・ロイ〕〉

 【これは〈イングランド銀行の銀行理事やロンドンの銀行業者や地方の銀行業者〔Country Bankers〕や職業的理論家たちが,月並みな文句〉や〈きまり文句〔platitudes〕から一歩も出ることなしに,「生みだされた現実の〔利子〕率」についてあれこれとしゃべりまくっている〉という一文につけらた原注である。本文では議会報告の〈サミュエル・ジョーンズ・ロイドの証言〉が取り上げられていたが、しかし現実の利子率、つまりイングランド銀行のバンクレートそのものは、貨幣市場での支配的な利子率を顧慮しながらも、地金の流出入によって上下させていることを指摘し、これによって利子率の変動を予想しての割引投機が、ロンドンの巨頭たちの取り引きの半分を占めるようになったというヘンリ・ロイの一文が紹介されている。
  イングランド銀行が地金の流出入に応じてバンクレートを上下させたというのは、1844年のピール銀行条例によって、1400万ポンド以上のイングランド銀行券の発行については同銀行の地金保有高に応じて発行するように発行高の上限が制限されたからである。同行の銀行部は他の市中銀行と同じように貸し付け業務を行っていたが、当時の貸し付け業務の主要な内容は、手形の割引業務であり、その割引率を規定するのがバンクレートである。だから銀行業者たちは民間業者が持ち込む手形の割引率をどうするかについて、その時々の利子率の変動を見越して投機的な取り引きを行い、将来利子率が下がると予想すれば、今の相対的に高い利率での割引数を増やし、その反対であれば、今の低い利率での割引を控えようとする等々の操作を行い、それで儲けようとしたということである。そうした投機による取り引きが、取り引きの半分を占めるほどになったというわけである。しかしそれが投機の対象になることを考えても、利子率の変動に何か一定の法則性があるわけではないということである。】


第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-10)

【34】

 〈[437]/298上/3)「商品の価格は絶えざる変動のなかにある。商品にはすべてそれぞれ特殊的な用途がある。貨幣はどんな目的にも役立つ。商品は,同じ種類のものでも,品質が違っている。正貨numéraire〕はいつでも同じ価値をもっているか,もっているはずである。それだから,われわれが利子という言葉で表わす貨幣の価格は,他のどんな物の価格よりも大きい固定性大きい一様性とをもちうることになるのである。」c)以上は,わが友ステューアト。/〉  (240頁)

 【このパラグラフは本文であるが、ほぼ引用文だけなので、平易な書き下し文は省略した。これは冒頭に「3)」とあることから類推するに、これまでの1)と2)との関連で言うなら、利子率が利潤率の変動とは関わりなしに低下する傾向がある第三の理由として挙げられているのだろうと考えることができる。だからこれまでの理由をもう一度、おさらいをしておくと。
  1)は金利生活者の増大であった。それが大きくなれば貨幣の貸し手も大きくなるということから、富裕な国では利子率は低下する傾向があるとされていた。
  2)は信用システムの発展。それによってあらゆる社会のあらゆる階級の貨幣貯蓄が集積されるから。貸付可能な貨幣資本の増大によって利子率は低下する傾向が生じるということであった。
  そしてさらなる理由として3)なのである。しかしここでは利子率が低下する傾向というよりも、むしろ利子率の固定性が言われているように思える。ステューアトは貨幣の価格と商品の価格とを同じようなものとして比較しているが、もちろん、これは正しくない。また彼が貨幣の価格は大きい固定性と大きい一様性をもつというが、そもそも他の一般の商品の価格と比較していることそのものが正しいとはいえないし、利子率が固定性もつというのも正しいとはいえず、一様性をもつということそのものはよいとしても、その理由としているものも正しいとは言い難い。いずれせよ、この「3)」はこれまでの「1)」や「2)」とは違ったものといわざるをえない。大谷氏は訳者注で次のように述べている。

  〈この「3)」は,形式的には,既出の「1)」および「2)」に続くものと見るほかはないのであるが,「1)」および「2)」は「利子率が利潤率の変動にはかかわりなしに低落する傾向」についてのものであったのにたいして,この「3)」は,利子率の一様性,固定性,確定性について述べようとしているのであって,内容的には,「1)」および「2)」に続くものではないように思われる。エンゲルス版でこの「3)」を削除しているのもそのためであろう。〉 (240頁)

  だからわれわれもとりあえずはこの「3)」については、正確な解釈は保留しておこう。
  ついでにマルクスはこの引用の最後に〈以上は,わが友ステューアト〉と書いている。エンゲルスは編集の段階でこの部分を削除しているが、これはマルクス特有の皮肉なのであろうか。それともステューアトへの親しみを表現したものなのであろうか。この点、『資本論辞典』によれば「マルクスは,ステュアートが重金主義および重商主義の見解を踏襲,整理していったあとを総括して,ステュアートの理論を‘重金主義および重商主義の合理的表現'あるいは,それらの‘科学的再生産者'とよんでいる」とある。これを見るかぎりではステュアートを積極的に評価していたといえるだろう。だからこの一文は親愛の情を表したものと考えてもよいように思えるのだが……。しかしこの判断も保留しておこう。

  以下、ついでに参考のために『資本論辞典』のステュアートの項目を紹介しておこう(ただし、最初の経歴などの部分はカット)。
 
 〈ステュアート ジェイムズ Sir James Steuart (1712-1780) イギリスの経済学者.……(中略)……
 彼の主著《経済学原理》は,その当時の時論として,また商業資本家あるいは産業資本家の日常的経験を理論化するにとどまっていた重金主義,あるいは重商主義の理論を体系化して,はじめて経済学をつくりあげた地位を占めている,《原理》は一方では,生産様式の歴史的差異に注目した特徴をもつとともに,他方では,時代に制約されて‘重金主義または重商主義の科学的再生産'それらの'合理的表現'にとどまっている.すなわち,彼は,生産様式の歴史的差異を労働の諸形態にもとめ,近代資本主義社会の特徴を,交換価値を生む労働と規定し,このような労働形態は労働者たちが生産手段や生活手段にたいする所有権を失い,これらのものが労働者にあらざるひとつの財産としてその労働者に対立することによっで発生すること,ことに農業におけるそれが,工業における資本主義的生産の前提条件であることをあきらかにした.そしてこのような観点から労働の古代的および中世的形態に対立する労働の近代的形態をあきらかにした.マルクスは,ステュアートのこの側面での経済学への寄与を‘資本の把握のための彼の功績は,一定階級の所有物としての生産諸条件と労働力とのあいだの分離過程が,どのようにしておこなわれるかをしめした点にある' (MWI-9;青木1-48)と高く評価している.しかし彼の交換価値の規定は,明瞭でなく,労働時間による規定のほかに,賃銀・原料も一役演じており,価値と素材内容との分離が完全におこなわれていない.そしてこのことは,価値・剰余価値の発生を生産過程の分析を通じておこなうことを妨げた.彼は,剰余価値を流通過程=交換から,すなわち,資本家がその商品を価値を超えた価格で販売するところから生ずる,という重商主義的見解にとどまっていた.ただしこの通俗的見解は,このような交換から生ずる剰余価値は,なお富の積極的増加であると解釈していたが,ステュアートは,それは商品の販売者の側における利得が購買者の側における損失によって相殺されるために,相対的利潤にすぎず,なんら富の積極的な増加を意味するものでないと解釈した.このことは,当時の支配的な通俗的見解を批判し,それから一歩抜けでていることを示している.他方,ステュアートはこのような相対的利潤のほかに,なにびとにも損失とならず,社会全体にとって,ひとつの価値増加となるような積極的な剰余価値の存在を認めていた.しかしステュアートはこのような剰余価値の性質をそれ以上は研究しなかった.マルクスは,ステュアートが重金主義および重商主義の見解を踏襲,整理していったあとを総括して,ステュアートの理論を‘重金主義および重商主義の合理的表現'あるいは,それらの‘科学的再生産者'とよんでいる.ステュアートはまた,貨幣の分析においては,‘観念的度量単位説'をとり,その空想的見解はマルクスによって批判されているが,しかし同時に,流通界にある貨幣の数量が商品の価格によって規定されるものであるか,それとも商品の価格が流通貨幣の数量によって規定されるかという問題をはじめて提出し,そして貨幣の‘種々なる本質的な形態規定と貨幣流通に関する一般的法則を発見した'功績もあわせて強調されている.(大野精三郎)〉(505頁) 】


【35】

 /298下/〔原注〕c)経済学原理』,フランス語訳。第4巻,1789年,27ページ〔小林昇監訳『J.ステユアート 経済の原理--第3・第4・第5編--』,名古屋大学出版会,1993年,230ページ〕。〔原注c)終わり〕/

  ① 〔注解〕ジェイムズ・ステユーアト『経済学原理… … 』,第4巻パリ,1789年。〉 (240頁)

 【このパラグラフは先のパラグラフで引用されたステューアトの一文の典拠を示すだけなので、とくに解説も不要であろう。ただ少し気づいたことだが、小林昇訳や『資本論辞典』では「ステュアート」となっているが、本書では「ステューアト」になっている。どっちが本来の呼び方に近いのであろうか。】

 


第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-11)

【36】

 /298上/これまでに述べたことから,利子の自然的な率というものがないということは明らかである。しかし一方で,ただ総利潤〔gross profit〕を二人の資本所持者のあいだに違った名目で分けることだけが問題なのだから,(絶えず変動する利子の市場率〔fluctuating market rates of interest〕とは区別される)中位の利子率または利子の平均率average rate of interest〕は,一般的利潤率とは反対に,その限界〔limits〕をどんな一般的法則によっても確定できないものであるのにたいして,〔他方では〕逆に,利子率は,中位の利子率であろうと利子率のそのつどの市場率であろうと,一般的利潤率とはまったく違って,一つの一様なuniform〕,確定された,一見して明らかな大きさとして現われる。利潤率にたいする利子率の関係は,ここでは,商品の価値にたいする市場価格の関係と同様である。

  ①〔異文〕 「ただ……だけ」--書き加えられている。
  ②〔異文〕「反対に」← 「異なって」〉 (241頁)

 〈これまで述べたことから、利子の自然的な率というようなものはないということは明らかです。しかし利子率を一般的利潤率と比較しますと、一方では、ただ総利潤を二人の資本所持者のあいだで違った名目で分けることだけが問題なのですから、絶えず変動する利子の市場率とは区別される、中位の利子率または利子の平均率は、一般的利潤率とは反対に、その限界をどんな一般的法則によっても確定できないものです。また他方では、逆に、利子率は、中位の利子率であろうと利子率のそのつどの市場率であろうと、一般利潤率とはまったく違って、一つの一様な、確定された、一見して明らかな大きさとして現れるのです。利潤率に対する利子率の関係は、ここでは、商品の価値に対する市場価格の関係と同様です。〉

 【このパラグラフは〈これまでに述べたことから〉という文言から始まる。しかしここで〈これまでに〉というのはどこからどこまでを指しているのであろうか。展開からするなら、マルクスが【23】パラグラフで〈利子率が利潤率の変動〔Variations〕にはかかわりなしに低落するという傾向〉と述べて、「1)」、「2)」、「3)」と展開して、それを受けたものになっているから、そうした記述を指しているように思えなくもない。しかし内容的にはいま一つ納得できない。そしてそうした目で見ると、【30】パラグラフからは問題がさらに展開されて深められているような気がするのである。われわれは【34】パラグラフに「3)」と番号が打たれているために、どうしてもこの「1)」~「3)」が一続きのものと考えざるを得ないのであるが、しかし「1)」、「2)」と「3)」は明らかに同じ問題を論じているとはいえないのである。だから【23】パラグラフで提起された問題は、「1)」、「2)」で終わっており、だから「3)」を無視すれば(だから【34】、【35】パラグラフをないものとすれば)、むしろ全体の展開ははっきりしてくるように思える。そしてそうした展開として考えれば、【30】パラグラフからは新しい問題が論じられ、それはこの【36】パラグラフに繋がっていると考えることができるのである。
  このパラグラフそのものは平易な書き下ろしで容易に理解できる。ただ最後にマルクスが述べていること〈利潤率にたいする利子率の関係は,ここでは,商品の価値にたいする市場価格の関係と同様である〉というのはどういうことを言いたいのであろうか。これは利子率というのは、その平均率であろうがその都度の市場率であうが、一つの一様な、確定された、一見して明らかな大きさとして現れるが、一般的利潤率は決してそうしたものとしては現れないという関係を見ているわけである。そしてそれは価値の市場価格との関係と同じだと述べているわけである。価値も一見してその大きさといったものは明らかなものとしては現れない。それは本質的なものであって、われわれの目に見えないものである。同じように、利潤率も決して一定の率として見えているようなものではない。とくに一般的利潤率というものは諸資本の競争によって形成されるが、それはさまざまな資本家が直接目にできるものではない。しかし商品の市場価格というものは、常に一定量のものとして、値札として表れ、一見して明瞭なものである。こうした関係をマルクスは同じと見ているわけである。】


【37】

 [438]利子率利潤率によって規定されているかぎりでは,それはつねに一般的利潤率によって規定されているのであって,特殊的産業部門で行なわれている独自な諸利潤率がどうであれ,それらによって規定されているのではなく,まして個別資本家がそれぞれの特殊的事業部面であげるかもしれない超過利潤によって規定されているのではなおさらない。d) それだからこそ,一般的利潤率は,実際に経験的な事実として,ふたたび平均利子率average rate of interest〕のかたちで現われるのである。といっても,後者はけっして前者の純粋な,または確実な表現ではないのであるが。|

  ①〔異文〕「独自な」--書き加えられている。〉 (241-242頁)

 〈利子率が利潤率によって規定されているかぎりでは、それはつねに一般的利潤率によって規定されているのであって、特殊的産業部門で行われている独自な諸利潤率がどうであれ、それらによって規定されているのではありません。ましてや個別資本家がそれぞれの特殊的事業部面であげるかもしれない超過利潤によって規定されているのではなおさらないのです。それだからこそ、一般的利潤率は、実際に経験的な事実として、ふたたび平均利子率のかたちで現れるのです。といっても、後者は決して前者の純粋な、また確実な表現ではないのですが。〉

 【先のパラグラフからは利子率の特性を一般的利潤率との比較によって明らかにしようとしているように思える。ここでは利子率が利潤率によって規定されているという場合には、それは一般的利潤率によって規定されているのであって、それ以外の利潤率によってではないことが言われている。
  ただそれを受けて言われていることはいま少し検討が必要なように思える。マルクスは上記の指摘をしたあと、それを受けて〈それだからこそ〉と述べて、〈一般的利潤率は,実際に経験的な事実として,ふたたび平均利子率average rate of interest〕のかたちで現われるのである〉と述べている。〈ふたたび……現われる〉というのもいま一つよく分からないのあるが、これは一体どういうことをマルクスは言いたのであろうか。
  〈特殊的産業部門で行なわれている独自な諸利潤率〉や〈個別資本家がそれぞれの特殊的事業部面であげるかもしれない超過利潤〉などは少なくともそれぞれの資本家たちには経験的な事実としてとらえられるものであろう。一般的利潤率はそうしたものが諸資本の競争によってそれらを平均するものとして形成されるものである。だから一般的利潤率というのは、直接には経験的に捉えることのできないものである。それは特殊な産業部門の独自な利潤率や個別資本の超過利潤という個々別々の特殊な利潤率を平均したものとして一般的なのである。だからそれは本質的なものとして内在的なものであり、経験的な事実としてとらえることはできない。それに対して利子率というのは直接的なものである。利子率が究極的には一般的利潤率に規定されているというのはこれまでにも述べられてきた。一般的利潤率というのは資本主義的生産が発展すれば傾向的に低落するのであるが、同じように利子率も資本主義的生産が高度に発展している国々では低くなる傾向があった。だから利子率はそのかぎりでは一般的利潤率を目に見えるかたちで、経験的な事実として、表現しているものなのだ、とマルクスは述べているわけである。そうした一般的利潤率の表現としての利子率というものは、〈実際に経験的な事実〉として存在しており、そうしたものとしては、〈特殊的産業部門で行なわれている独自な諸利潤率〉や〈個別資本家がそれぞれの特殊的事業部面であげるかもしれない超過利潤〉がそうであったのと同じだから、だからそれは〈ふたたび……現われる〉ものとマルクスは述べているわけである。もっとも、マルクスは最後に〈といっても,後者はけっして前者の純粋な,または確実な表現ではない〉とも断ってはいる。】


【38】

 /298下/〔原注〕d)「とはいえ,このような利潤分割の規則rule〕は,それぞれの貸し手や借り手に個々に適用されるべきではなく,貸し手と借り手とに一般的に適用されるべきである。……著しく大きい利得や小さい利得は,巧妙さへの報酬かまたは知識の不足の結果であって,貸し手にはおよそかかわりのないことである。というのは,彼らは一方によって損をするのではないのだから,他方によって得をする必要もないからである。同じ事業に携わる個々の人びとについて述べたことは,事業のいろいろな種類にもあてはまる。もしある事業部門に携わる商人や事業家が,自分たちの借りたものを使って,同じ国の他の商人や事業家があげる普通の利潤よりもたくさん儲けるならば,その特別な儲けは,それを得るのには普通の巧妙さと知識だけで足りたとしても,彼らのものであって,彼らに貨幣を提供した貸し手のものではない。……というのは,貸し手は,普通の利子率の支払いも許さないような悪条件のもとでなにか事業部門を営むために自分たちの貨幣を貸したのではなかったであろうし,したがってまた,自分たちの貨幣からどんな利益が引き出されたとしても,普通の利子率よりも多くを受け取るべきではないからである。」(マッシー,同前,50-51ページ。)〔原注d)終わり〕|

  ①〔注解〕この引用のうち,〔7行目の〕「事業のいろいろな種類にもあてはまる。」までは,『経済学批判(1861-1863年草稿)』(MEGAII/3.6,S.2125.22-28)から取られている。〉 (242頁)

 【このパラグラフは先のパラグラフで利子率が一般的利潤率によって規定されているのであって、特殊な産業部門の諸利潤率や個別の超過利潤等々によって規定されいるのではないというところにつけられた原注であり、マッシーからの抜粋なので、平易な書き下しは省略した。この抜粋では、利子率は個別の事業者の個々の儲けによって規定されているのではないというマッシーの言明であり、マルクスはそれを肯定的に抜粋・紹介している。一部は61-63草稿からとられているらしいから、その本文を見ておくことにしよう。この部分はすでに【5】パラグラフの解読のなかで紹介したので、それを再録しておこう(但し今回再録するにあたり、MEGAの注解等は煩雑になるので省略)。

 〈利子をとることの正当性は、人が、その借り入れるものによって利潤を得るかどうかにかかっているのではなく、その借り入れるものが、もし正しく用いられれば、利潤を生むことができるということにかかっているのである。(49ページ。)人々が借り入れるものにたいして利子として支払うものは、その借り入れるものが生みだすことのできる利潤の一部分であるとすれば、この利子は、つねにその利潤によって支配されざるをえない。(49ページ。)これらの利潤のうち、どれだけの割合が借り手に属し、どれだけの割合が貸し手に属するのが公正であろうか? これを決定するには、一般に、貸し手たちと借り手たちの意見による以外には方法はない。というのは、この点についての正否は、共通の同意がそれを判断するしかないからである。(49ページ。)けれども、利潤分割のこの規則は、それぞれの貸し手と借り手とに個々に適用されるべきではなく、貸し手たちと借り手たちとに一般的に適用されるべきである。……いちじるしく大きい利得は熟練の報酬であり、いちじるしく小さい利得は知識の不足のむくいであるが、それには貸し手たちはなんのかかわりもない。というのは、彼らは、前者〔いちじるしく小さい利得〕によって損をしないかぎり、後者〔いちじるしく大きい利得〕によって得をするべきではないからである。同じ事業に従事する個々の人々について述べたことは、個々の事業種についてもあてはまる。(50ページ。)自然的利子率は、個々の人にたいする事業利潤によって支配される。(51ページ)」。では、なぜイングランドでは利子は以前のように8%ではなく4%であるのか? イギリスの商人たちが、その当時は、「彼らが現在得ている利潤の倍儲けていた」からである。なぜ〔利子は〕オラン、ダでは3%、フランス、ドイツ、ポルトガルでは5および6%、西インド諸島および東インドでは9%、トルコでは12%であるのか? 「そのすべてについて、一つの一般的な答えで足りる、であろう。すなその答えとは、これらの諸国における事業利潤はわが国の事業利潤とは相違するということ、しかも、そうしたすべての異なった利子率を生みだすほどに相違しているということである。」(51ページ。)〉 (草稿集⑨363-364頁)】

 



読者登録

亀仙人さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について