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まえがき

人類の歴史は常に移動の歴史であった。アウトリガーカヌーが発明されるまでは、人類は徒歩、或いは海岸線を泳いで長い年月をかけて波状的に世界に拡大した。しかし、10万年前にオリジナル人類ニャメ(台湾原住民アミ族)とイマナ(ミャンマー少数民族マニ族)によってアウトリガーカヌーが発明されて以来、人類は大航海時代を実施してきた。その代表的な大移動時代と大航海時代をここに網羅している。


大航海時代1

※地上最強の捕食者ゴリラの誕生秘話、水棲霊長類と最初の人類エスの登場から30万年前に起きた大規模な混血時代までを網羅

 

 

■2000万年前? 「地上最強の捕食者ゴリラ誕生」

 

 

草食動物、或いは捕食者が著しく増えた場合、地球はその意志により、新しい食物連鎖の頂点を生む。ゴリラは、その例に漏れない。崩れたバランスの修正、その地球規模の必然性によって、チンパンジーに似た猿が巨大化した。ゴリラは大きな犬歯、というか牙を持つが、あれは彼らが一時期捕食者であった証拠だ。筆者は常々、ゴリラのことが不思議でならなかった。彼らは植物を食べている。それにも関わらず、筋肉隆隆だ。しかも筋トレもしていないのに、だ。筆者はその理由が分からず、時折思い出しては考えごとに耽ったものである。
しかし、今にして思えば、捕食者でなければ、あれほどの牙、大きな身体、比類なき力は不要である。つまり、彼らは今でこそ植物が主食だが、その昔は肉を食べていたのだ。彼らの身体的特徴はその地上最強の捕食者時代の名残りである。結論として、ゴリラは増えた草食動物を狩るため、或いは、増えすぎたライオン、ヒョウを狩るために生まれた。そして、ゴリラはその使命を終えると森に帰り、草食に戻った。人類の祖が、このような者を相手に勝利できるはずがなかった。

 


■1000万年前~800万年前? 「人類の先祖が海に入る(水棲霊長類のはじまり)」

 

 

森林を巡って覇を賭けた人類の祖は、しかし、体格で勝るチンパンジーやゴリラに敗北した。それを機に、人類の祖は森林を出て海に向かった。この時から人類は、水生霊長類として進化を遂げた。詳細はエレイン・モーガンの著書「人は海辺で進化した(どうぶつ社刊)」を参照していただきたいが、モーガンの説に2つ付け加えさせていただきたい。1つは、ヒトの「鼻」についてである。モーガンは指摘していなかったが、ヒトの鼻が高くなり、鼻の穴が下を向いているのは水生生活の証である。
他の霊長類が水を嫌うのは、鼻の穴が正面を向いているからだ。あれでは、水に入れば鼻にどんどん水が入ってくる。逆に、半陸上、半水生生活を送っているテングザルの鼻は、その名の通りに天狗を連想させ、長く伸びて特徴的だが、完成型は少々異なれど、あれもヒトの鼻と同じように、水が鼻に入らないように進化したものである。また、テングザルの身体はヒトに非常に似ている。足が長く、腹が出ている。彼らも、ヒトと同じように、バタ足であれ、平泳ぎであれ、推進力を得るために足が長くなり、体温を保つために皮下脂肪が発達しているのだ。
2つめは頭髪である。霊長類の子は親の身体の毛にしがみつくものだが、水生生活を送っていたヒトの子は、波に流されないように親の頭髪につかまっていた。人類は水面に顔だけ出して生活していたのだ。そのため、たくさんの子がつかまっていられるようにヒトの頭髪は長く伸びた。それに加え、水面に顔だけ出して生活していた人類は、男か女か区別が付くように、男は頭が禿げ、更に髭が生えるようになった。
水生生活は、短期間の生物進化に於いて、重要なファクターである。人類だけでなく、カマキリ(振り返る虫はカマキリだけ)、蛇、鳥類、コウモリ、象なども、水中生活によって現在の身体的特徴を得たと考えられる。浮力が骨格・筋肉の構造に影響を与え、短期間の突然変異を可能にするのだ。その真相は、哺乳類の胎児が羊水の中で、最初は魚類、次に両生類、次に爬虫類と変化していくことに見ることができる。

 


■400万年前 「第1次エスの大移動時代(最初の人類のビクトリア湖移住)」

 

 

出発地点はタンザニアの海岸であり、目的地はビクトリア湖である。タンザニアの海で小型獣人UMAとして知られるオラン・ペンデクの特徴を備えた初の人類が生まれた。言葉をしゃべることができた彼らは「エス」を称した。およそ400万年前、エスは人口増加により、或いは知的好奇心に誘われるままタンザニアの海岸から離れ、アフリカ内陸部に向かい、一部の運が良かったエスはビクトリア湖を発見した。彼らは、ここで再度水生人として暮らし始めた。一方、どこにも辿り着けずに果てたエスの遺骸は、後世になり、人類学者にアウストラロピテクスと呼ばれた。
この湖水地方時代、およそ200万年の間にエスから35種の異なる人類が生まれた。140cmほどの身長があったエスだが、昆虫から巨大ワニまで、各々が各々の獲物に特化することで50cmから果ては4mと、身長に大きな差が出るようになった。身長は獲物の大きさに比するため、身長が異なる多種多様な人類が生まれた。人類という種をを存続するため、獲物がかぶらないよう、各々が各々の異なる獲物に特化したこと。これが35種の異なる人類が生まれた要因である。

 


■400万年前 「第2次エスの大移動時代(最初の人類の古代日本移住)」

 

 

出発地点はタンザニアの海岸であり、目的地は東南アジア、沖縄、日本である。ビクトリア湖に向かわなかった一部エスは、東南アジアに向かった。アフリカ大陸を離れた最初の人類はエスである。東南アジアに棲みついたエスは、400万年の間、太古そのままの生活を守り、現地人にオラン・ペンデクと呼ばれている。一方、一部エスは沖縄諸島~日本列島に至り、九州に阿蘇、畿内に伊勢、東北に蝦夷(えぞ)の名を残した。阿蘇、伊勢、蝦夷(えぞ)の名はエスが由来である。日本のエスはビクトリア湖のエスとは異なり、独自の進化を遂げ、他の人類には似ていない容貌を得た。その当時の名残りは、今でも一部沖縄人、マヤ人の容姿に見ることができる。

 


■200万年前 「第1次ビクトリア湖の大移動時代(古代アフリカ大陸汎人類ムーブメント)」

 

 

「ビクトリア湖の大移動時代」の参加者:クウォス、アブク、ムシシ、イマナ、ワルムベ、キブウカ、カゾオバ、ルハンガ。ビクトリア湖が人口過密状態になると、オリジナル人類はビクトリア湖を離れてアフリカ各地に移った。クウォスはコンゴにヴィディエ、ニジェールにウェネを生んだ。アブクはジンバブエにムワリ、レソトにモリモ、ボツワナにモディモを生んだ。ルハンガはナイジェリアにチュクウを生んだ。ムシシはザンビアにレザを生んだ。イマナはガボンにニャメ、カメルーンにンジニ、ベナンにナナブルクを生んだ。ワルムベはタンザニアにルワ、ナイジェリアにオロクン、オロルン、南アフリカにカアング、ジェンギを生んだ。チュクウはギガントピテクスと呼ばれ、ニャメ、ンジニ、オロクン、オロルンらは、1470猿人と呼ばれた。キブウカはベナンにサグバタ、カゾオバはケニアにムンビ、カメルーンにエバシ、中央アフリカにザムビを生んだ。

 


■100万年前 「第1次キブウカの大移動時代西方組(小人族の古代ヨーロッパ移住)」

 

 

「キブウカの大移動時代」の参加者:キブウカ、カゾオバ、ムンビ、サグバタ、ナナブルク。出発地点はアフリカであり、目的地は黒海、地中海、ブリテン島である。キブウカ、サグバタ、ナナブルクは身長50cmであり、カゾオバ、ムンビは身長1mであった。この、身長が50cm~1mしかない小人の集団は、まず地中海に向かった。
そんな人類屈指の小型人類たちは、当時の北極圏であった地中海に移住した。キブウカたちはエーゲ海に、カゾオバ、ムンビたちはイベリア半島に拠点を得た。褐色の肌、頭髪をしたカゾオバたちは、弱い紫外線によってメラニン色素が生成されなかったため、金髪・碧眼を持つ白人と化した。更に、白人化したカゾオバらは、クウォスらと同じ獲物を狩ることにより、身長160cmほどになった。彼らはメラネシア人の祖である。
一方、キブウカは現エーゲ海に住み、エーゲに自分の名を冠した。ナナブルクはイベリア半島(後のナバラ)に、サグバタはアナトリア北部、黒海を挟んでパンノニアに拠点を構えた(後のカッパドキア、ゲピード)。キブウカらもクウォスらと同じ獲物を狩ることで、身長が160cm~170cmほどに伸びた。
キブウカら小人(ニンフ)の一族は、ラテン系の白人の祖でもある。目が大きく、鼻が高く、口が尖り、顔の幅が狭く、頭部が小さい白人は、みな、ニンフ(ナナブルク)の子孫である。ところで、河童の民話には、女性、少女が河童と逢引する話が散見される。ラテン系は情熱的であり、いわゆるイケメンも多いが、それは河童の血を引いているからだろう。

 


■100万年前 「第1次キブウカの大移動時代東方組(小人族の古代インド~中央アジア移住)」

 

 

「キブウカの大移動時代」の参加者:キブウカ、カゾオバ、ムンビ、サグバタ、ソグボ、ナナブルク。出発地点はアフリカであり、目的地は中央アジア、インドである。キブウカ、サグバタ、ナナブルクは身長50cmであり、カゾオバ、ムンビは身長1mであった。この、身長が50cm~1mしかない小人の集団は、まずペルシア湾に向かった。
ソグボは現エチオピアに住み、キブウカはカブールに、カゾオバはカシミール、カシュガル、亀慈(クチャ)に、ムンビはムンバイに、サグバタはインドにグプタ姓をもたらし、ナナブルクはニップールに拠点を得た。彼らのほとんどは相変わらず小魚、昆虫を狩り、小さいまま生きたが、一部は、クウォスらと同じ獲物(大型哺乳類)を狩ることにより、身長が160~170cmほどに伸張した。巨大化したキブウカらはインド人の祖となる。現代のインド人は、キブウカ(カブール)、サグバタ(グプタ)、ナナブルク(ネパール)、ムンビ(ムンバイ)が巨大化したものである。
日本には、六助河童、九千坊、禰々子姉御、西海坊などの河童伝説が伝えられているが、彼らはこの時代のインド~中央アジアに生きた。六助、禰々子はナナブルクのことであり、九千坊はカゾオバのことであり、西海坊はサグバタのことである。全国の河童を統一した首領、九千坊とは、亀慈を拠点に古代タリム盆地~中央アジアを制したカゾオバの王のことである。河童伝説によると、昔、河童同士の戦争が発生したという。これはつまり、ニップール(六助)、亀慈、カシュガル、カシミール(九千坊)の連合と、カッパドキア(西海坊)を巻き込んだ、小人による大規模な戦争があったことを示している。

 

 


■100万年前 「モリモの大移動時代(ピグミー族の古代アジア移住)」

 

 

「モリモの大移動時代」の参加者:モリモ、ムワリ、アブク。出発地点はアフリカであり、入植地はチッタゴンである。成人男性の平均身長が140cmという特徴を持つ「モリモ」は最初の人類エス直系の子孫である。およそ100万年前、現レソトの海岸に暮らしていた彼らは、水生生活を捨てて上陸し、アフリカ大陸を旅立った。北上した彼らは、現ジンバブエに暮らしていた、別の異なる人類「ムワリ」を冒険の旅に誘った。更に北上した両者は、次に湖水地方を訪れると、別の異なる人類「アブク」も冒険旅行に誘った。彼らの冒険は、食生活、環境の変化など、移動の必要に迫られたわけではなかった。彼らの冒険の動機は、異邦の地に想いを馳せるという、純粋な好奇心に基づいていた。
モリモは、「アジアのピグミー」と呼ばれているネグリトと同じ姿をしており、ムワリとアブクは現在コンゴに住んでいるピグミー族と同じ姿をしていた。湖水地方を離れてナイル沿いにアフリカ大陸を出た彼らは、アラビア半島、インドを越え、現チッタゴンに入植した。モリモはここに「マルマ族」を残している。一方、ムワリとアブクはチッタゴンからパプアに入植し、「ムユ族」「パグ族」を残している。当初の3者は何れも小人族だったが、永年の混血によって東南アジア人、パプア人に吸収された。
アブクとムワリの子孫である「ピグミー族」は、しっかりと先祖の名を継いでいるが、一方、モリモの子孫であるネグリトは名前が無かったため、ヨーロッパ人の人類学者によって「ネグリト」と命名された。しかし、彼らはモリモの子孫であるため、ネグリトと呼ばれる以前は、モリモに似た名前を持っていたはずだ。

 


■100万年前 「チュクウの大移動時代(獣人UMAの古代アジア移住)」

 

 

「チュクウの大移動時代」の参加者:チュクウ、ルハンガ。出発地点はアフリカであり、入植地はチッタゴンである。平均身長が4.5mという巨体を誇った「チュクウ」は、彼らの遺骸を発見した人類学者によってギガントピテクスと呼ばれた。彼らは、我々と同じ人類でありながら、身長に於いては、軽く二倍を超えている。これはナゼだろうか?それは、彼らが「地球の王」だからだ。地球の王とは、つまり、食物連鎖のトップに君臨する者である。最強の捕食者は、身体が大きくなくてはならない。それが、彼らが卓越した身体能力を誇り、且つ、巨大化した理由だ、彼らは、地球の意思により、これらの力を得た。
地球の意思により、身体が巨大化した例として、コモドドラゴンが挙げられる。彼らはもともと、日本の庭にもいる小さなカナヘビであった。しかし、コモド島に於いて食物連鎖のトップが必要になったため、地球の意思により巨大化したものである。チュクウは、その比類なき力と巨体を用い、ニジェール川の食物連鎖のトップとして、ワニやカバを狩っていた。また、地球の王として、時には、ゾウ、ライオン、ジャガーなどの天敵となった。彼らの顔は現メキシコ人に似ていたが、全身は濃い体毛に覆われていた。彼らの豊かな体毛は、ワニ、カバなどの牙を無力化させる機能があった。実際に彼らの子孫であるビッグフットは、数発の銃弾では倒れないと報告されている。銃に撃たれても倒れない。これは、豊かな体毛に守られているおかげだ。
彼らは、アラビア半島、インドを越え、モリモたちと同じように現チッタゴンに入植した。チュクウはチッタゴンに「チャク族」を残している。モリモたちは陸上生活にスイッチしていたが、チュクウはナイジェリア時代と変わらず、インドや東南アジアでワニを狩って暮らし、半水生生活を送っていた。約100万年前のことである。この「チュクウの大移動時代」当時の太古の容姿を受け継いだ者たちが、ヒマラヤのイェティやマレーシアのオラン・ダラムである。彼らの名は「チュクウ」「ルハンガ」だ。つまり、チュクウ或いはルハンガと呼びかければ、彼らは呼びかけに応えるかもしれない。

 


■50万年前 「クウォスの大移動時代(アボリジニの古代アジア移住)」

 

 

「クウォスの大移動時代」の参加者:クウォス、レザ、ヴィディエ、ムシシ。出発地点はアフリカであり、入植地はチッタゴンである。小人族、獣人族に引き続き、アボリジニの顔をした「クウォス」、ヴェッダ族の顔をした「ヴィディエ」、メラネシア人の顔をした「レザ」、パプア人の顔をした「ムシシ」が母なる大地アフリカを後にした。およそ、50万年前のことである。
あるとき、現コンゴに暮らしていたヴィディエは、現ザンビアの海岸に暮らしていたレザ、湖水地方に暮らしていたクウォス、ムシシと共に好奇心の赴くまま、故郷であるアフリカ大陸を離れ、新天地を求めて旅に出た。一行は、人類第2の故郷ともいうべきチッタゴンを訪問し、先発隊の人々と異なる人類どうし、親交を暖めた。その後、レザはミャンマーに根付き、「リス族」を生み、古い系統の東南アジア人の祖となった。一方、ニューギニアに入植したムシシは、「ササク族」を生み、パプア人の祖となった。ヴィディエはスリランカに移住して「ヴェッダ族」となり、クウォスは、チュクウと意気投合し、「ギューエース/ギューゲース」を結成した。

 


■50万年前 「第2次ビクトリア湖の大移動時代」

 

 

「第2次ビクトリア湖の大移動時代」の参加者:ディンカ、シルック。出発地点はビクトリア湖であり、目的地はアフリカ各地である。ビクトリア湖沿岸には巨大ワニが生息しているため、ディンカ、シルックは湖の中心部を生活拠点としていた。つまり、水中生活に特化していたため、頭部が小さく、手足、指が非常に長くなった。水中で推進力を得るためである。彼らが陸上生活を始めた頃、丁度、クウォスらがアフリカを出る旅に出た。これに刺激を受けたディンカらも、ビクトリア湖を出てアフリカ各地に移った。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代(コイサン族、アイヌ族の古代アジア移住)」

 

 

「オロクンの大移動時代」の参加者:オロクン、オロルン、カアング、ジェンギ、ウェネ、ワルムベ。出発地点はアフリカであり、入植地はミャンマーである。約45万年前、南アフリカの海岸に「カアング」「ジェンギ」が暮らしていた。彼らは、南アフリカの海に流れ込む寒流によって、他の人類とは異なる身体的特徴を得た。シベリア人ほど徹底していないが、シベリア人と同じように、彼らの身体は冷たい海水に対抗するために小型化し、顔の彫りは浅くなり、眼球保護のために目は小さくなっている。東アジア人にとって、コイサン族の顔は非常に親しみやすいものだ。
カアング、ジェンギは、南アフリカを離れてナイジェリアに移り、近縁のオロクン、オロルンの元に赴き、新天地への冒険を打診した。ここに、ウェネ、ワルムベも加わった。オロクン、カアング、ジェンギ、ワルムベはミャンマーに移住して「アラカン族」「カヤン族」「シャン族」「マブワ族」を生み、オロルンはインドネシアに移住して「アロール族」を生み、ウェネは沖縄諸島、日本列島に移住して「アイヌ族」を生んだ。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代(異なる人類の最初の大混血時代 ビッグフット、野人の誕生)」

 

 

「盤古の大移動時代」の参加者:ムワリ、チュクウ、クウォス、エス、レザ、ムシシ、ルハンガ、ワルムベ、オロクン、ウェネ、ヴィディエ。出発地点はチッタゴンであり、入植地は中国である。パンコー族(ルハンガ)が指揮するオリジナル人類の一団は、チッタゴンから中国に移住し、古代中原の地を「盤古(パングア)」と命名した。パングアの名の由来はルハンガである。
4mの巨体を持つルハンガ、4.5mの巨体を誇るチュクウを母体に、ムワリ、クウォス、レザ、ムシシ、カアング、オロクン、ウェネ、ヴィディエが合体してオリジナル人類による、初の混血人類が誕生した。「神統記」には、アグリオス、アルキュオネウス、エウリュトス、エピアルテース、エンケラドス、グラティオーン、クリュテイオス、パッラース、ヒッポリュトス、ポリュポーテース、ポルピュリオーン、ミマースと記されている。彼らの直接の子孫は、未確認生物とされている中国のイェレン、ロシアのアラマス、アメリカのビッグフット(サスカッチ)、オーストラリアのヨーウィなどである。一方、身長160cmの人類と混血することにより、チュクウ、ルハンガが誇る巨躯は4m~4.5mから2m~3mに縮んだ。

 


■45万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 

 

「獣人の大狩猟時代」の参加者:ギガースの一族。出発地点は中国(盤古)であり、入植地はシベリアである。当時のシベリアは現在よりも、南方に位置していた。マンモスなどの大型哺乳類もたくさん闊歩していた。混血のために小さくなったが、それでも身長が2m~3mを超すギガースらは、狩猟民として多くの場合、素手でマンモスなどの大型動物の狩りを行った。
根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■45万年前 「第2次獣人の大狩猟時代(獣人UMAの古代アメリカ移住と家畜・遊牧のはじまり)」

 

 

「獣人の大狩猟時代」の参加者:ギガースの一族。出発地点はシベリアであり、入植地はアメリカ大陸である。当時の北アメリカは現在よりも、北方に位置しており、五大湖辺りまでが北極圏に含まれていた。大地殻変動以前の北極点はグリーンランド付近にあったため、北アメリカ(現カナダ~五大湖付近)は永久凍土に覆われていた(つまり氷河期は無かった)。獣人は、新たな獲物を追ってシベリアを離れ、人類初のアメリカ大陸上陸を果たした。
現在知られているインディアンの中には、彼ら獣人の狩人の名前を継承している部族が未だに存在している。キルーテ族(クリュテイオス)、ベラベラ族(ポルピュリオーン)、イヤー族(エピアルテース)、ハイダ族(ポリュポーテース)、カウイア族(アルキュオネウス)、フーパ族(ヒッポリュトス)、イパイ族(ポリュポーテース)、ビーヴァー族(ヒッポリュトス)、クリー族(グラティオーン)、キャリアー族(アグリオス)、キユース族(クウォス)、パルース族(パッラース)、ニコラ族(エンケラドス)、シャイアン族(グラティオーン)、エリー族(エウリュトス)、ヒューロン族(ポリュピュリオーン)、ソーク族(チュクウ)、アイス族(ミマース)、アパラチー族(エピアルテース)である。
当時の北アメリカには、アルカオテリウム(猪の祖)、ウィンタテリウム(サイに似ていた)、ブロントテリウム(サイの祖)、メソヒップス(馬の祖)、アルティカメルス(らくだの祖)、モロプス(大きな馬くらいの大きさ)、ジャイアントパイソン、メガテリウム(なまけものの祖)、近代に絶滅したバッファローなどの巨大草食哺乳類が存在していた。獣人は、その比類なき身体能力でスミロドン(サーベルタイガー)などの大型肉食動物と戦いながら、これらの巨大哺乳類を狩った。一方、乱獲によって大型哺乳類が絶滅すると、古代人類の中でも知性に秀でたクウォスはアルカオテリウム(豚の祖)、メソヒップス(馬の祖)、アルティカメルス(らくだの祖)、バッファロー(牛の祖)を飼いならして家畜化し、現在知られている牛、豚、馬、らくだを生んだ。

 


■40万年前 「エバシの大移動時代(アパッチ族の古代アジア移住)」

 

 

「エバシの大移動時代」の参加者:エバシ、トレ、キャラ、イマナ、ニャメ。出発地点はアフリカであり、入植地は紅海、東南アジア、オセアニアである。約40万年前、次世代の人類が大挙してアフリカの地を離れた。ベトナム少数民族の顔をし、同じく湖水地方(ルワンダ)に暮らしていた「イマナ」、アパッチ族の顔をし、現カメルーンの海岸に暮らしていた「エバシ」。ドラヴィダ族の顔をし、現コンゴの海岸に暮らしていた「トレ」。パプア人の顔をし、タンザニアの海岸に住んでいた「キャラ」。台湾原住民の顔をし、現ガボンの海岸に暮らしていた「ニャメ」である。
エバシ、ニャメらは、東南アジアに向かった。エバシはインドネシアに移住して「ヴェシ族」を、トレはオリジナル人類ヴィディエと組んでインド南部に「ドラヴィダ族」を、ニャメは台湾に移住して「アミ族」となり、台湾原住民の母体を形成した。東南アジアに移住したイマナは、ベトナムに「ムノン族」を残している。

 


■40万年前 「第1次ディンカの大移動時代(ディンカ族の古代ヨーロッパ移住と背の高い金髪・碧眼の白人のはじまり)」

 

 

「第1次ディンカの大移動時代」の参加者:ディンカ、シルック、ムルング、ハダメ、マサイ。出発地点はビクトリア湖であり、目的地はヨーロッパである。ビクトリア湖で水陸両用の生活をしていたディンカは、同じ湖水地方に住んでいたマサイ、シルック、ムルングと、ソマリアにいたハダメと共に、当時、北極圏だったヨーロッパ各地に移住した。
頭部が小さく、手足、指が長い彼らは、背の高い金髪・碧眼の白人となる。特に、デンマーク、オランダ辺りの背の高い白人はディンカ、マサイ、シルックの子孫である。ハダメはマサイと共に、氷河が迫るブリテン島南部に移住し、「テミス」を生んだ。テムズ川の名の由来は女神テミスである。ひとくちに白人と言っても、いわゆる「白人」には、ナナブルクやキブウカの子孫の白人(目が大きく、鼻や口が尖った、顔の幅が狭いラテン系)と、ディンカらの子孫の白人(堀が深く、鼻や口は小さい北欧系)がいるのだ。

 


■35万年前 「アパッチの大移動時代(アパッチ族の古代アメリカ移住とインディオのはじまり)」

 

 

「エバシの大移動時代」の参加者:エバシ、ウェネ、エス。出発地点は蝦夷であり、目的地はアメリカである。アパッチ族の姿をしたエバシは、メラネシア人の姿をしたウェネを率いて東北に向かい、蝦夷(えぞ)に住んだ。その後、蝦夷のエバシ(えびす)とウェネ(アイヌ)は、蝦夷の先住者エス(えぞ)と共に、アメリカ大陸に向かった。この時、彼らは水生人として海岸伝いに泳ぎながら北上し、アメリカ大陸に達した。当時の北極圏(カナダ~北部カリフォルニア)に水生人として生活した彼らは、北アメリカ沿岸を洗う寒流によって、髭が生えない体質に変化した。これを機に、南北のアメリカ・インディアンには髭が生えないようになった。また、アメリカで3万年以上前の人類の痕跡は発見されていないが、それは彼らが水生生活を送っていたためである。

 


■35万年前 「獣人の大移動時代(旧世界に家畜が到来)」

 

 

「獣人の大移動時代」の参加者:ギガースの一族。出発地点はアメリカであり、入植地はモンゴルである。エバシのアメリカ大陸訪問を機に、争いを好まない獣人ギガースの集団は、家畜化した豚、牛、馬、らくだを携えて、アメリカ大陸からモンゴルに帰還した。この時に、東アジアに馬やらくだがもたらされ、モンゴルから中央アジアに広がり、牛がヨーロッパに持ち込まれた。この時クウォスは、神統記に記された「原初の神々」を生んだ。「カオス」「ガイア」「エロス」である。
家畜をモンゴルに持ち込んだ彼らは、人類初の遊牧民として暮らした。また、狼を飼いならして「犬(ディンゴ)」を生んだ。一方、モンゴルには、バルキテリウム(高さ5m)と呼ばれる大型草食動物がいたが、他の獣人の部族はバルキテリウムやマンモスを狩って生きたと考えられる。

 


■30万年前 「ウリゲンの大移動時代(黄色人種モンゴロイドのはじまり)」

 

 

「オロクンの大移動時代」の参加者:オロクン、オロルン。出発地点はチッタゴンであり、入植地はシベリアである。盤古たちが移ったシベリアに関心を示したオロクンらは、東南アジアを離れてシベリアに移住した。オロクンの到来を機に、ギガースたちは自ら退き、オーストラリア大陸に移った。だが、オロクンらは到着先で改めて海に入った。そのため、他の人類とは異なる独自の身体的特徴を得るに至った。ミャンマー少数民族の顔をしたオロクンらはもともと目、鼻が小さかったが、寒流がもたらす冷たい水に対抗するため、目は細く、鼻は小さく、顔は平坦になり、四肢、手足の指は短くなった。彼らは、シベリア人、東アジア人(モンゴロイド)の祖となった。オロクンとオロルンは、それぞれウリゲン、エルリクと呼ばれた。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代(アボリジニの古代オーストラリア移住)」

 

 

「カオスの大移動時代」の参加者:カオス、ギガース、ピュグマエイ。出発地点はシベリア・モンゴルであり、入植地はオーストラリアである。オロクン・オロルンのシベリア訪問を機に、争いを好まないカオスは犬(ディンゴ)、豚などの家畜を連れて、ギガースと共に南方に向かった。途中の東南アジアでピュグマエイを仲間に迎えた3者はオーストラリア大陸に移住した。

 


30万年前 「第2次キブウカの大移動時代(小人族の古代日本移住)」

 

 

「キブウカの大移動時代」の参加者:キブウカ、カゾオバ、ムンビ、サグバタ、ナナブルク、モディモ。出発地点はヨーロッパであり、目的地はオーストラリアである。水生人としてエーゲ海に住み、金髪・碧眼の白人と化したキブウカらは、地中海を離れて、メソポタミアに移住した。イベリアのナナブルクはここに残り、ニネヴェを築いた。背が小さく金髪の白人であった彼らは、ニンフと呼ばれた。ニンフは、チグリス=ユーフラテス水系に生きていた。更に、ヨーロッパのキブウカたちは、モディモやオリエント地方に住んでいた仲間たちを迎え、アジア(東南アジア、日本)、オセアニアに移住した。
オセアニアに移住した金髪のキブウカ、モディモは、東南アジアのオリジナル人類、混血人類ギガースと共に複雑で大規模な混血時代に入った。このときに、「神統記」に紹介された原初の神々、オケアーニス(大洋の娘たち、河川の娘たち)と反自然の種族が生まれた。現在見られる、金髪・碧眼のメラネシア人、アボリジニの身体的特徴は、この時に加えられた。メラネシア人は、超古代にエーゲ海に暮らして白人化し、更に身長が50cmから160cmに巨大化したキブウカの子孫である。
東南アジア(フローレス島)にはカゾオバが住んだ。彼らはエブ・ゴゴと呼ばれ、彼らの遺骨を発見した人類学者は、彼らをホモフロレシエンシスと呼んでいる。彼らは、沖縄にキジムナー、奄美大島にケンムンを残し、日本には河童を生んだ。一口に河童といっても、その名は日本全国で異なり、セコ、ケシャンボ、カアバコ、カワランベなどの呼び名がある。セコはソグボ、ケシャンボはカゾオバ(九千坊)、カアバコはキブウカ、カワランベはムンビのことである。

 


■30万年前 「第2次ディンカの大移動時代(背が高い金髪・碧眼の白人の古代日本移住)」

 

 

「ディンカの大移動時代」の参加者:ディンカ。目的地は東南アジアである。背の高い金髪・碧眼の白人が東南アジアに現れ、オリジナル人類のキャラやアシアーと交流を図った。この時にグレニコスが生まれ、葦原中津国、伊邪那岐、伊邪那美も生まれた。

 


■30万年前 「神統記の種族誕生(異なる人類の第2次大混血時代)」

 

 

反自然の種族は、獣人、カオス、オケアーニス、ネグリトの部族の中でも、優れた人々に嫌われていた、淘汰されるべき個体が集合し、連合することによって生まれた。ニュクス(グレニコス)から離脱した嫌われ者の個体は「ニュクス」を称し、反自然の種族の首領となった。チンパンジー、ゴリラのようにハーレム制を採っていた人類だったが、反自然の種族は、ボスと対等に戦うのではなく、多数の嫌われ者(モテない男たち)数十人を動員し、集団で数人のボスを虐殺することを覚えた、努力して強くならずとも、簡単に強いものを倒すことができるのだ。この時に禁忌が破られた。
人類はその誕生時から優れた者を求めて進化してきた。これはどんな生物も同様であり、天上の理に明記された自然の法則である。だが、人類の場合、淘汰を運命付けられた個体も人類であるがゆえに知能を持っていた。ニュクスたちは、劣っている者でも、数で圧倒すれば強い者に勝ち、欲しいものを手に入れ、すべてを思いのままにできることを発見した。優れた者に劣る彼らは、通常なら淘汰されるところだが、その発達した知能を活用し、淘汰を免れ、淘汰されることがないはずの優れた者を、逆に、人工的に淘汰することを覚えたのだ。
ニュクスの子として、モロス(定業)、ケール(死の命運)、タナトス(死)、ヒュプノス(眠り)、オネイロス(夢)、モモス(非難)、オイジュス(苦悩)、モイラ(運命)、クロト・ラケシス・アトロポス(命運)、ネメシス(憤り)、アパテ(欺瞞)、ピロテス(愛欲)、ゲラス(老齢)、エリス(争い)が生まれているが、いずれもカオス、ネグリト、獣人、オケアーニスの中の嫌われ者たち(淘汰されるべき個体)で結成された。

 


■30万年前 「死の種族タナトス誕生(悪の誕生)」

 

 

中でも、タナトスは史上初の人喰い人種として地上に誕生した。タナトスは、神々の種族ディオーネーとクリュテイオスのできそこないが寄り集まって結成した。彼らは、虚言症を患い、殺戮を無上の喜びとしている。誰にも省みられない醜い彼らは、美徳、優れた者、偉大な王を憎悪し、反自然を旨に、強力な復讐心を原動力にしている。この復讐心を絶やさぬために、タナトスは娘に好きでもない男の子供を産むことを代々、強要している。これにより、娘たちは子供たちを憎みぬき、幼児でも平気で食い殺すことができる強大な復讐心を育てている。タナトスの由来はディオーネーとクリュテイオスの組み合わせである。つまり、タナトスはディオーネーとクリュテイオスのできそこないたちが集合して生んだものだ。ディオーネー+クリュテイオス=ディオネテイオス=タナトスとなる。
また、大脳の容量が多い彼らは、「弱い人間の方がたくさん生まれる」という自然の摂理に気づいた。これにより、力が強い、優れた者と直接対決して退けるのではなく、生活を守るためなら人喰い人種にも絶対服従を誓う大量の弱い人間を掌握し、ウソを真実に変え、優れた者を数で圧倒するという、人類の発展に寄与しない戦術を開発した。つまり、タナトスは弱い人間が人類に占める割合が98%であること、優れた強い人間が人類に占める割合が1%であることに気づいたのだ。このタナトスの発想は、簡単に言えば劣る者が優れた者を倒すということである。だが、これは自然界では絶対に存在しない事象であり、非常に不自然なことである。タナトスは、反自然の申し子なのだ。
通常の人類は弱さに価値があるとは思わない。しかし、タナトスは弱い人間の価値に気づいた。弱い人間の価値は様々な陰謀に流用され、発言力も強化された。タナトスにとっての発言力とは、どれだけ多くの人々が自分のウソを信じるかということに尽きる。これが彼らタナトスの生命線であり、至上の命題である。非常に危険な、我々とはすべての点に於いて異質な人類であるが、そんな彼らも、名前、生年、顔に於いてはウソをつけないという性質がある。彼らは、学術的にはネアンデルタールである。

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 

 

「オケアーニスの大移動時代」の参加者:オケアーニスたち。出発地点はオーストラリア、入植地はヨーロッパ、台湾、日本である。危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したオケアーニスたちは大挙してオーストラリアを離れた。大方のオケアーニスたちはヨーロッパに移住し、アドメテー、ティアマトは新天地を求めて超古代の日本へと向かった。この時に、ペイトーはディンカと連合することで「エデン(アデン)」をアラビア半島南部に築いた。

 


■30万年前 「葦原中津国誕生」

 

 

危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したアシアー、グレニコスは、九州南部(島原半島~天草諸島、八代湾に至る地域)に入植し、共同で葦原中津国を築いた(国と言っても、古代国家はいずれも小さな村の集合体だった)。ただ、葦原中津国は2種類存在した。アシアーが治めていたアナトリア半島とグレニコスが治めていたナクソス島を含めた領域、つまり、エーゲ海も、古代台湾では葦原中津国と呼ばれていた。葦原中津国の人々は、日本人の容姿ではなく、マヤ人(エス)、北欧人(ディンカ)、パプア人(キャラ)が混ざり合った容姿をしていた。

 


■30万年前 「大和国誕生」

 

 

危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したアドメテーとティアマトは、オーストラリアを離れて日本に上陸した。ティアマトは、畿内に「大和国」を築いた。ヤマトの名はティアマトに因んだ非常に古い名前である。大和の人々は日本人の容姿ではなく、ヴェッダ族(ヴィディエ)とアラビア人(モディモ)が混ざり合った容姿をしていた。

 


■30万年前 「海宮国(但馬国)誕生」

 

 

危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したアドメテーとティアマトは、オーストラリアを離れて日本に上陸した。アドメテーは、日本海側に移り、大和国のティアマトと組んで「海宮国(わたつみかみのみや)」を築いた。この国は現兵庫県北部~福井県付近に存在した。但馬国の人々は日本人ではなく、ヴェッダ族(ヴィディエ)とアラビア人(モディモ)が混ざり合った容姿をしていた。わたつみの由来はアドメテーとティアマトの組み合わせである。

 


■30万年前 「アマゾーン誕生」

 

 

危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したニャメは、ミャンマーを治めていたシャン族と連合して「アマゾーン」を築いた。アマゾーンの名の由来はニャメとシャンの組み合わせである。アマゾーンは胸がない女性だとされているが、これはゲイ男性を意味している。彼らの子孫といえる福建海賊も、ゲイは多かったようだ。因みに、福建で祀られている「馬姐(マソ)」の名の由来はアマゾンである。超古代、南シナ海はアマゾーンと呼ばれていたのだ。アルゴス号が到来した際、ゲイを反自然的な人類と認識した英雄ヘラクレスは、ゲイの軍団であるアマゾーンと戦った。

 


■30万年前 「エティオピア王国誕生(超古代メラネシア~東南アジアの巨大文化圏のはじまり)」

 

 

危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したピュグマエイ(パグ族、ムユ族)は、エウドーラー、エウローペーと共に東南アジアに「エティオピア王国」を築いた。ピグミーの姿をしたピュグマエイとエウドーラーが混合すると「ネグリト」が生まれた。発生過程が不明とされる東南アジアの謎の小人族ネグリトは、古(いにしえ)の伝説のエティオペア王国の住人だったと考えられる。エティオペアの由来はエウドーラーとエウローペーの組み合わせである。

 


■30万年前 「サンガリオスの大移動時代(東南アジア人の古代アンデス・チリ移住)」

 

 

「サンガリオスの大移動時代」の参加者:サンガリオス(ジェンギ、アグリオス)、プレークサウラー、パシス、カイコス、イアンテー、ミマース、アルキュオネウス、エウエノス、エウローペー、クリュメネー、ガラクサウラー、ピュグマエイ、エウリュトス、ブリアレオース、ゼクソー、ペイトー、オロルン、スカマンドロス、ユグドラシル、ヘカトンケイル、カアング。出発地点は東南アジアであり、入植地はチリである。
危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したサンガリオスは、大群を率いてアメリカ大陸を目指した。だが、北アメリカ、ユカタン半島には先発隊のエバシがいたため、代わりに彼らは人跡未踏の南米チリ・現アタカマ砂漠に入植した。この大移動時代により、ピラコチャなどペルーの神々が生まれた。ピラコチャの由来はプレークサウラーであり、インカの由来はジェンギである。

 


■30万年前 「ズルヴァーンの大移動時代(東南アジア人の古代イラン~スラヴ圏移住)」

 

 

「ズルヴァーンの大移動時代」の参加者:アシアー、ルハンガ。出発地点はオセアニアであり、入植地はイラン~スラヴ地域である。危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したアシアーとルハンガはイランに入植し、「ズルヴァーン」を生んだ。ズルヴァーンの由来はアシアーとルハンガの組み合わせである。アシアー+ルハンガ=シアルハン=ジャルハーン=ズルヴァーンとなる。スラヴの由来も同様である。彼らは、ズルヴァーンの統治による永遠なる平和の時代、光の楽園の時代を作った。

 

 

 


大航海時代2

※神統記の神々カオス、ガイアたちと死神タナトスとの戦いから、2万5千年前に起きた聖書の家族セム、ハム、ヤペテの誕生までを網羅

 

 

■20万年前 「ノドの地」

 

 

ニュクスの子らは、カオスの怒りに触れてオーストラリアを脱出してメラネシア海域に逃亡した。タナトスは、タンナ島に居を据え、ウソと暴力と欺瞞に支えられたインチキ宗教「タネ崇拝」によってオーストラリア、メラネシアに影響力を誇った。彼らの勢力圏は、カオスらに「ノドの地」と呼ばれ、嫌悪された。ノドの由来はタナトスである。聖なる王国に寄生していたタナトスの領土は、聖なる王国に重なっていた。

 


■20万年前 「地母神ガイア 対 人喰い人種タナトス」

 

 

獣人アルゲース、地母神ガイア、天空神ウラヌスなどを生んだ、アルキュオネウスの連合軍が人喰い人種タナトスと、タナトスが率いる大量の信者の軍団を撃破した。生き残ったタナトスの残党は、中央アジアに流されることが決まった。中央アジアまでの牽引役は、ガイアが引き受けた。

 


■20万年前 「ガイアの大移動時代(タナトスを中央アジアに流刑、大宛のはじまり)」

 

 

「ガイアの大移動時代」の参加者:ガイア、ウラヌス、ポントス、タナトス。タナトスは、大量に獲得したインチキ宗教の信者にウソ・暴力・陰謀を強要し、数で圧倒する形でカオスたちに挑戦した。そのために、平和だったオーストラリアは、精神的な荒廃を余儀なくされた。これを見かねた「カオス」「ガイア」「タルタロス」「エロス」の首長たちは連合し、問答無用でタナトスを狩った。タナトスは、ウソが通じる相手には強いが、ウソが通じない相手には全く無力なのだ。
彼らは「カオス」たちの猛攻に四散し、捕らえられたタナトスは遠方の中央アジアに流されることになった。この連行役は、「ガイア」「ウラヌス」が引き受けた。この時、ウラヌスは途上のヴァラナシに、ポントスは黒海南岸に入植している。ガイアは、タナトスを流刑地に放置した後、ジュオクが暮らす地中海に入植した。ガイアは、学術的にはハイデルベルゲンシスである。

 


■10万年前 「イマナの大航海時代(アウトリガーカヌー発明、マダガスカル発見)」

 

 

「イマナの大航海時代」の参加者:イマナ、ニャメ。入植地はマダガスカル、ジンバンブエである。ベトナムのイマナ、台湾のニャメの2種族は、アウトリガーカヌーの原型を発明し、船で東南アジアと故地アフリカを往来していた。この時に、インド洋を横断してマダガスカルに至る航路が発見された。ベトナムと台湾に跨る地域に「高天原」を拠点にしていた彼らは、マダガスカル島、ジンバブエの一部地域(カミ)も「高天原」と呼んだ。

 


■10万年前 「黄泉の国誕生」

 

 

台湾原住民の姿をしたニャメ、ベトナム少数民族人の姿をしたイマナは、アウトリガーカヌーで東南アジアとアフリカを往来していたが、アフリカを「黄泉の国」と呼んでいた。黄泉の名はニャメの名に因んでいる。つまり、具体的には、黄泉の国はニャメの出身地、現ガボン地域を指している。古代人は、常人が生きている間にたどり着けないような遠方の土地を冥府と呼んだのだ。ただ、常人には不可能でも、優れた人間には冥府を訪れることは可能だった。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代(神統記の世紀のはじまり)」

 

 

「ウラヌスの大移動時代」の参加者:ウラヌス、クロノス、ギガース、キュクロプス、ヘカトンケイル、ポントス、テテュス。入植地はギリシアである。ウラヌスは、キュクロプス、ヘカトンケイル、ポントス、テテュスを従えて、テミス、ガイア、ジュオクが住む古代ギリシアに向かった。

 


■7万年前 「クロノスの大移動時代(ネアンデルタール人のヨーロッパ到来)」

 

 

「クロノスの大移動時代」の参加者:クロノス。入植地はヨーロッパ(ケルン)である。当時のケルンは、氷河が迫りくる極北の地であった。ティタン神族に参加したクロノスは、一方でヨーロッパに移住した。クロノスは、インチキ宗教により、オケアーニスたちを信者として大量に確保し、古代ヨーロッパを支配した。

 


■7万年前 「タナトスの王国時代(邪教の世紀)」

 

 

中央アジアに捨てられたタナトスは、自力でヨーロッパに至り、祖を同じくするクロノスと連合した。彼らは、「信者にならなければ生きていけないようにしてやる」と脅し、行く先々で大量の信者を得た。そして、大勢の弱者たちは生活の保障を求め、進んで人喰い人種に絶対服従を誓った。尊敬する優れた者を殺せと命じられればためらわずに実行した。弱者とはそういうものである。
タナトスとクロノスからは、アナトリアを支配したリュディア王タンタロス、黒海近辺を支配したティテュオス、エピロスを支配したシシュポス、ラピテースを支配したイクシオン、ドナウ流域を支配したダナオス(子供のダナイスたち)が輩出された。ダナオスは、タナトスの直系であり、この時にサトゥルヌスも生まれている。ここに、タナトス、クロノス、ダナオス、サトゥルヌスの悪の系譜が一堂に揃い踏みした。
エピロスの名はアプスーとネイロスの組み合わせであり、その名前からエピロスは黒海からナイル流域までを掌握していたことがわかる。また、ラピテースの名はエウローペーとメーティスの組み合わせであるが、その名前からラピテースはヨーロッパから黒海を支配していたことがわかる。イストロスとはドナウの古名であるため、ダナオスやダナイスたちはドナウ流域を支配していたことがわかる。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 

 

「アルゴス号の大航海時代」の参加者:アルゲース、ヘラクレス、ペルセウス、イアソン、オルペウス、テセウス、オケアーニス、タナトス。入植地は黒海、メソポタミア、アラビア半島、東南アジア、シベリア、北アメリカ、メキシコ、ブリテン島である。この大航海時代は、イアソンがコルキスに向かう旅路が基本となっている。
また、獣人の英雄ヘラクレス、ペルセーイスの両者は、ヨーロッパ~黒海~エジプトに巣食うタナトスの一族を狩り、皆殺しにした上、生き残った者たちをアルゴス号に設置された牢獄に監禁し、タンナ島に連れ戻し、封じ込めた。このときの人喰い人種の大粛清は「神統記」に「タルタロスに投げ込まれた者たち」の説話で知られている。タルタロスはオーストラリア大陸の古名である。

 


■7万年前 「英雄ペルセウス 対 魔女ゴルゴン、妖女メドゥーサ(第1次アルゴス号の大航海時代の世紀)」

 

 

獣人の英雄ペルセウス、獣人の英雄ヘラクレス、そして、後に全能神ゼウスを生んだ、獣人パッラースの連合軍が人喰い人種タナトスと、タナトスが率いる大量の信者の軍団を撃破した。ペルセウスはアルゴス号に参加していないが、ヘラクレスと同じパッラース+クリュセーイスから生まれている。つまり、ペルセウスとヘラクレスは不可分の存在、つまり2人でもあり、1人でもあった。

 


■7万年前 「メドゥーサの大航海時代」

 

 

「メドゥーサの大航海時代」の参加者:クリュサオル、ペガサス。入植地はギリシア、サルディーニャ島、タンナ島である。アルゴス号に乗ってコルキスに到着したペルセウスは、怪物メドゥーサを討ち取り、その時に、メドゥーサの首から、クリュサオルとペガサスが生まれた、と「神統記」に記されている。クリュサオルとは、クロノスとシェルデン人のことである。つまり、クリュサオルは2手に分かれて逃げたことを意味している。黒海からギリシアに侵攻した者がクロノスに、地中海に入ってサルディーニャ島に根付いた者がシェルデン人となった。また、天高く駆け巡るペガサスは遠く離れたタンナ島にタナトスが帰還したことを物語っている。
この時代に、カブールに住む身長50cmのキブウカ、ニップールに住む身長50cmのナナブルクと接触したタナトスは、彼らと混合し、同じ姿を手に入れている。その後、この大航海時代に参加して古代日本に移住したタナトスは、河童に参加して「メドチ」と呼ばれた。メドチの名の由来はメドゥーサである。メドゥーサ=メドゥサ=メドチとなる。子供を殺す河童はこのメドチだろう。

 


■7万年前 「高天原誕生」

 

 

ベトナム少数民族の顔をしたイマナは、金髪・碧眼・白人の姿をしたティケーと共に高天原(たかまのはら)を築いた。ベトナム少数民族の姿をしたイマナ、台湾原住民の姿をしたニャメは、金髪・碧眼・白人の姿をしたオケアーニスたちと混合して天津神(八万の神)、台湾原住民を生んだ。

 


■7万年前 「ピサ王国誕生」

 

 

蝦夷(えびす)は、日本の東北地方からオーストラリア西部に移り、ピサ王国を築いた。

 


■7万年前 「シベリア人の大移動時代(中国人、朝鮮人、日本人のはじまり)」

 

 

「シベリア人大移動時代」の参加者:ウリゲン、エルリク。入植地は東南アジア、中国、台湾、日本である。平坦な顔、細い目、厚いまぶた、短い四肢を持ったシベリア人は、人口過密により、シベリアから東南アジア方面に南下した。これにより、古いタイプの東南アジア人にシベリア人の遺伝子が加味され、現在見られる広東人、東南アジア人の容貌が完成された。また、この時に生まれた東南アジア人と更なるシベリア人の混合によって東アジア人が生まれた。

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」の参加者:アルゲース、ペルセウス、アドメテー、ステュクス、エウドーラー、プルトー、ヘルモス、ブヌン族(ヴァナラシ)、ブカット族である。入植地はアメリカ、ユカタン半島、ブリテン島である。この大航海時代により、コロボックル、獣人サスカッチ、ユカタン(メキシコ人)、ユタ(常世国)、オリンポス神族(ポセイドン、ハデス、ヘスティア、デメテル、ヘラ)、ピクト人(ヘカテ)、ヘルメス、ペルセポネが生まれた。
南アメリカでは獣人ヘラクレスが髭が生えないアパッチ族と混合してメキシコ人が生まれた。この混合により、メキシコ人は顔は獣人のまま、サイズは小さくなり、体毛も、髭も消失した。ただ、メキシコでは、時折、顔や全身が毛だらけの子供が生まれて話題になる。これは、獣人の隔世遺伝が原因である。

 


■7万年前 「ミドガルド国誕生(第2次アルゴス号の大航海時代の世紀)」

 

 

エウドーラーは、ステュクスと共に、東南アジアを出発点にした第二の「アルゴス豪の大航海時代」に参加し、アメリカ大陸にまで足を伸ばした。当時、北極点がグリーンランド中心部に位置していたため、カナダは氷河に覆われていた。彼らは巨木セコイアの森に感嘆し、当地は「ミドガルド国」と呼ばれたが「ユグドラシル」とも呼ばれた。ミドガルドの名の由来はアドメテー、クリュテイオスの組み合わせであり、ユグドラシルの名の由来はステュクス、エウドーラー、ガラクサウラーの組み合わせである。

 


■7万年前 「常世の国誕生(第2次アルゴス号の大航海時代の世紀)」

 

 

ステュクスとエウドーラーは、氷河がすぐそこまで迫っているポイントに入植し「ユタ」を築いた。ユタは、高天原の人々に「常世の国」と呼ばれた。トコヨの名の由来はステュクスとエウドーラーの組み合わせである。

 


■7万年前 「ヴァルハラ王国誕生(第2次アルゴス号の大航海時代の世紀)

 

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加した素戔鳴尊、筒之男命は、神話通り、葦原中津国に向かった。葦原中津国は2種類あるが、ひとつめは八代湾~天草諸島に跨る地域であり、2つめはアナトリア半島~ナクソス島に跨る地域である。彼らが目指したのは2つめの葦原中津国である。アルゴス号は、途上の北アメリカで常世国、ミドガルド王国などを残しつつ、メキシコに到達した。大西洋側に出た彼らは、上陸ポイントを「ベラクルス」と命名した。更に、北メキシコに入植した塩椎神の勢力は「ヴァルハラ王国」を築いた。ヴァルハラの名の由来はペルセウスとヘラクレスの組み合わせである。ペルセウス+ヘラクレス=ペルヘラ=ヴァルハラとなる。
ベラクルスには、「ワルキューレ」が生まれた。ベラクルス、ワルキューレの名の由来は共にヘラクレスである。ヘラクレス=エラクーレス=ワルキューレとなる。北アメリカにあったミドガルド王国、北メキシコにあったヴァルハラ王国の名は北欧神話に出てくるため、ミドガルド、ヴァルハラは北欧に存在したと考える人も多いだろう。しかし、大概の場合、神話の舞台は神話が編まれた土地で起きた事柄ではない。

 


■7万年前 「ブリテン誕生(第2次アルゴス号の大航海時代の世紀)」

 

 

ヘルメス(ヘルモス)、ペルセポネ(ペルセウス+ヴァナラシ)、ヘカテ(ピュグマエイ+エウドーラー)、プルトーは、氷河がすぐそこまで迫っていたブリテン島南部に入植し、テミスが築いたテムズ流域に暮らした。ヘルメス(ヘルモス)、ペルセポネ(ペルセウス+ヴァナラシ)、ヘカテ(ピュグマエイ+エウドーラー)、プルトーは同盟し、氷河付近の極寒の地に平和に暮らしていた。プルトーの名に因んで「ブリテン」と呼ばれた。その後、ハデスが訪れると、極北の地ブリテン島は「冥府」と呼ばれた。

 


■4万年前 「第2次ウラヌスの大移動時代(魔王クロノスの勝利)」

 

 

「ウラヌスの大移動時代」の参加者:キュクロプス、ヘカトンケイル、ウラヌス、デルポイ人。タナトスの血を引く、虚言症を患うクロノスは、獣人の部族「キュクロプス」「ヘカトンケイル」、そして、彼らを完全に掌握しているガイアに警戒感を抱いていた。そこでクロノスは、兄弟である(神統記では父だが)ウラヌスに「キュクロプスたちが謀反を企んでいる」「暴れられたら、獣人の部族を退けることは容易ではない」など、不安で心をかき乱す虚言を吹き込んだ。クロノスの言葉に危機感を覚えたウラヌスは、即座にキュクロプス、ヘカトンケイルたちをギリシアから追放した。しかし、ガイアはウラヌスの勝手な行動に憤慨した。そして、激怒しているガイアに、クロノスがそっと背後から接近した。
クロノスは、ウラヌスを追放するためにガイアとの連合を打診した。こうして、陰謀によってウラヌスを排除し、ガイアを配下に置いたクロノスは、古代ギリシアを統べる王となった。そう。クロノスは、全てを手に取るように操作していた。この、タナトス一族の人間の心理を見抜く洞察力、昆虫でも観察しているような冷徹なまでの観察眼には脱帽モノである。ウラヌスによる追放を機に、獣人たちはそれぞれの故地へ帰還した。キュクロプスはインドに、ヘカトンケイルは東南アジアに帰還している。そして、クロノスに敗北したのを機に、ウラヌスはデルポイ人と共にガンジス流域に帰還した。

 


■4万年前 「オリンポス神族誕生」

 

 

サイシャット族はメキシコ(ヴァルハラ)を離れ、葦原中津国(アナトリア~ナクソス)を目指した。クロノスはケルンを拠点にし、インチキ宗教により、大量の弱者を信者として擁し、ヨーロッパを支配していた。これに対抗するべく、現オリンポス山付近に入植したサイシャット族は「オリンポス神族」を結成した。オリンポスの名の由来はウラヌスとポセイドンの組み合わせである。ウラヌス+ポセイドン=ウラヌポセ=オリンポスとなる。ご存知のように、オリンポス神族には「ゼウス」「ポセイドン」「ハデス」「ヘスティア」「デメテル」「ヘラ」がいる。ヘスティア、デメテル以外はサイシャット族の合体部族から生まれた。
ポセイドンはペルセーイス(パッラース+サイシャット)とグラティオーンの組み合わせ、ハデスはハダメとマサイの組み合わせ、ヘラはパッラース、ヘスティアはパシトエー、デメテルはハダメとテレストーの組み合わせである。パッラース+サイシャット+グラティオーン=パッサイティオーン=ポセイドンとなり、ハダメ+マサイ=ハダサイ=ハデスとなり、パッラース=パッラ=ヘラとなり、パシトエー=ハシトエー=ヘスティアとなり、ハダメ+テレストー=ダメテレ=デメテルとなる。

 


■4万年前 「オリンポス神族の大航海時代(クロノスに敗北したことを機に組まれた航海)」

 

 

「オリンポス神族の大航海時代」の参加者:ポセイドン、ハデス、ヘスティア、デメテル。入植地はブリテン島である。彼らは「オリンポス神族」を結成してクロノスに挑戦した。だが、古代ギリシアのインフラを全面的に掌握していたクロノスは、強いティタン神族を意のままに操り、戦闘員、城壁として活用した。陰謀を駆使するクロノス、というよりは操られていたティタン神族に敗北を喫したオリンポス神族は四散した。クロノスに飲み込まれた、とはこのことである。ゼウスはアカイア人の協力を得てクレタ島に潜伏し、オリンポス神族は、ブリテン島にまで落ち延びた。

 


■4万年前 「冥府ハデス誕生(オリンポス神族の大航海時代の世紀)

 

 

当時、イギリスは北極圏に位置し、北部は氷河で覆われていた。オリンポス神族は、氷結を免れた南部(現ロンドン付近、テムズ流域)に入植し、現地に冥府ハデスを築いた。冥府いう言葉には死の世界を連想させる、重く、恐ろしい響きがあるが、実際には、古代人が生きている内に辿り着けないような遠方の地を冥府と呼んでいたに過ぎない。

 


■4万年前 「アトランティス王国誕生(オリンポス神族の大航海時代の世紀)」

 

 

冥府ハデス(ブリテン島)を発ったオリンポス神族はユカタン半島を経てペルーを発見し、南極大陸も発見した。その後、オーストラリア南部にたどり着き、当地にアトランティス王国を築いた。アトランティス王国は、蝦夷(えびす)の国ピサ、タルタロスの国テュロスと隣接していた。アトランティスの名の由来はアトラスとタナトスの組み合わせである。アトランティスからアトラスの王族が排除されると、アトランティス王国は大英帝国のような巨大な征服国家と化してしまう。

 


■4万年前 「アベルの大航海時代」

 

 

「アベルの大航海時代」の参加者:アベル、カイン、エノス、マハラエル。入植地はミャンマー、ニューギニア、シベリア、エジプト、ギリシアである。カインをノドの地に追放した後、エロスと共にシベリアを旅し、チュクチ族などと交流を重ねた。この時にエロスはウルチ族となる。しかし、シベリアを発ったアベルは再度、カインを拾って故地エジプトに帰還している。その後はギリシア侵攻を踏まえ、ギリシア侵攻の体勢を整えている。この時、彼らはオーストラリアから来たアトランティス人と連合体を築いた。この大航海時代からは、太陽神アポロン、エンリルが生まれた。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 

 

「アトランティス人の大航海時代」の参加者:オリンポス神族、タネ(タナトス)、エロス、アトラス、エノク、メトセラ。入植地はギリシアである。打倒クロノス、ギリシア征圧を忘れていないアトランティス人は、アトランティス王国をアトラスらの後裔に任せて、エジプトに向かう。彼らは、エジプトでアベル率いるメソポタミアの神々と連合体を築き、新規の神々を生んでいる。新しい神々は、オリンポス神族に参加してギリシアに侵攻する。この大航海時代からは、演劇神ディオニュソス、戦闘神アレス、勝利の女神ニケ、女神メティスが生まれた。

 


■4万年前 「アテナイ王国誕生(アトランティス人の大航海時代の世紀)

 

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したアテナイ(イデュイア、ウラニアー)はアラビア半島南部、アデンの近辺にに「アテナイ王国」を築いた。当時、アラビア半島は水と緑が豊かな土地だった。このアテナイ王国は、もっと後の時代になってタナトスに簒奪されてしまう。タナトスのアテナイの由来はタナトスの反対SOTANATのOTANAである。

 


■4万年前 「全能神ゼウス 対 クロノス」

 

 

地球の王チュクウの子孫である全能神ゼウスの連合軍が人喰い人種クロノスと、クロノスが率いる大量の信者の軍団を撃破した。それが「ティタノマキア」「ギガントマキア」である。

 


■4万年前 「ティタノマキア(ゼウスとティタン神族の戦い)」

 

 

永い間、クロノスに支配され、かつての力と誇りと栄光を失ったティタン神族は、クロノス亡き後も、道具以上に忠実にクロノスの命を実行し続けた。ゼウスは、かつて、クロノスの姦計によりタルタロス(オーストラリア)に追放されたキュクロプス、ヘカトンケイルを呼び戻し、味方につけた。これにより、ゼウスはクロノスの代弁しかできないティタン神族をギリシアから追放し、タルタロスに封じた。

 


■4万年前 「ギガントマキア(ゼウスと最凶の怪物テュポンの戦い)」

 

 

この戦争は、金髪・碧眼・白い肌を持つ全能の神ゼウスと、ビッグフット、イェティのような姿をした獣人たちとの戦いであった。ただ、残念なことに、獣人たちは人喰い人種クロノスの支配下にあった。獣人たちは、自分の意志で戦ってはいなかった。彼らは、人喰い人種の意志を宿し、協力してクロノスに立ち向かうべき仲間(ゼウス)と戦っていた。獣人の英雄たちは、その比類なき力をもってさえ、非人道な人喰い人種のウソによって支配下に堕ち、無益な戦いを強いられていた。
ギガース、キュクロプスたちは、ゼウスに敗北すると、ギリシアを脱出してエティオピア王国(東南アジア)、高天原(台湾)、ピサ王国・アトランティス王国・タルタロスの国があるオセアニアに活路を見出した。名前を見ると、獣人の多くは、台湾に渡っていることがわかる。

 


■4万年前 「冥府ハデス(ディオニュソス)誕生」

 

 

「アトランティス人の大航海時代」を経てブリテン島にやってきたディオニュソス(タナトス)がハデスの名を簒奪し、冥府の王を称した。タナトスは、ニュクスの子ケール、信者と化していた一部のウラヌスをオセアニアから同行させていた。ケールは悪鬼ケールとなり、一方ではペルセポネを取り込んで三頭の魔犬ケルベロスを生み、ウラヌスは復讐の女神エリュスとなり、タナトスは冥府の王ハデスを名乗りながら、同時に司神タナトスを称した。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 

 

「フッキとヌアの大航海時代」の参加者:ピクト人、モリモ、テングリ、ゼウス、アテナイ。入植地はアフリカ各地である。フッキとはピクト人であり、ヌアとはウラニアー(アテナイ)の事を指している。ディオニュソスがブリテン島を掌握すると、これを嫌ったピクト人がブリテン島を離れて西方に向かった。ピクト人は、途上のシベリアでテングリを、エジプトでゼウスを、アラビア半島でアテナイを向かえて南アフリカにまで航海を進めた
この時に、中国神話で知られている青劉(湖水地方~アジスアベベ辺り)、朱雀(スワジ)、玄武(ケニア)、白虎(キンシャサ~アジスアベベ辺り)などの国々がアフリカに建設された。テングリが「青龍(チンロング)」を、ゼウスが「朱雀(ツークエ)」を、カアングとゼウスが「玄武(クアンウー)」を、ペイトーとヒッポーが「白虎(ベイフー)」を築いた。ゼウスが築いた朱雀は「宿神(スシェン)」とも呼ばれた。ピクト人は「ピグミー族(バカ族、アカ族、ムプティ族)」をコンゴに生んだ。

 


■4万年前 「テュロス王国誕生」

 

 

ティタノマキア敗北により、オーストラリアに帰還したタルタロスは、アカイア人と共同でオーストラリア東部にテュロスを築いた。アカイア人からはテュロス王アゲノールが輩出された。テュロスには、ヨーロッパからエウローペー、東南アジアからポイニクス、台湾からカドモス、黒海からキリクスが訪れ、国際的な交易を行っていた。このタルタロスのテュロスは、フェニキア人の代表的な都市テュロスとは異なる。

 


■4万年前 「クロマニョン人の大航海時代」

 

 

「クロマニョン人の大航海時代」の参加者:エノク(勝利の女神ニケ)、エノス(戦闘の神エニュオ)、メトセラ(女神メティス)、ヤレド(エラド)、マハラレル(マハラエル)。入植地はヨーロッパ、ペルーである。エノクは、エノス、メトセラにギリシアでの覇権を捨てて新天地を求めて旅立つことを打診し、ギリシアを後にしている。この時の出来事は、聖書では「エノクは神と共に歩み、神が彼を取られたのでいなくなった」と説明されている。彼らは学術的にはクロマニョン人と呼ばれた。

 


■4万年前 「クロマニョン人 対 ネアンデルタール人」

 

 

エノクなどを生んだ、獣人エンケラドスの連合軍が人喰い人種タナトスと、タナトスが率いる大量の信者の軍団を撃破した。それがクロマニョン人による古代ヨーロッパ人の解放である。

 


■3万年前 「ティル・ナ・ノーグ国誕生(モホス文明のはじまり)」

 

 

エノクたちは、アンデスを越えてペルーからアマゾン流域に下ると、彼らは、雨季になると広大な森林地帯が氾濫したアマゾン河の水底に沈むモホス平原を発見する。この神秘の平原に魅せられたエノク族は、モホス平原に定住を試みることで文明の発想を得た。文明の基幹産業である農業や魚の養殖に開眼すると共に、用水路、運河、排水設備建設の必要性に気付いたのだ。
それに伴って、土木・建築技術が向上し、計画的な都市建設が可能になった。アマゾン上流域に位置する彼らの国は、高天原、エティオピア王国とも交易を行っていたが、特にタルタロスの国テュロスと同盟関係にあったため、テュロスとエノクの名に因んでティル・ナ・ノーグと呼ばれた。その後、ティル・ナ・ノーグはティアワナク、またはハイ・ブラジルとも呼ばれている。

 


■3万年前 「チュクチの大航海時代(山幸彦の伝説的航海)」

 

 

「チュクチの大航海時代」の参加者:チュクチ(ステュクス)。入植地は日本、台湾である。エノクがシベリアを訪れると、チュクチ族はこれに刺激を受けて日本に進出する。チュクチ族は、高天原(台湾)の人々に「幸(さち)」と呼ばれた。チュクチ族の大航海時代は、シベリアを離れた山幸彦が、ワタツミ国(但馬国)へ行く話の原型となっている、チュクチ族は、アドメテーとティアマトが作った但馬国(ワタツミ)でテテュスとティアマトと連合して「ナギサタケウガヤフキアエズ」を生んだ。これは、チュクチ族が世界の国々と結成した同盟の名前である。この同盟には、アシアーとグレニコスの芦原中津国(九州南部)、チュクス族のシベリア~生口島、アカイア人のテュロス王国(オーストラリア東部)、ピュグマエイのエティオピア王国(東南アジア)、シモエイスの国(エーゲ海)が参加していた。

 


■3万年前 「生口の国誕生」

 

 

チュクチ族は、海宮国(但馬国)から瀬戸内海に移り住み、生口島に拠点を築いた。瀬戸の由来はステュクスであり、生口の由来はチュクチである。因島の真横に隣接していながら、地味な生口島は、全国規模では名を知られてはいない。だが、古代から神の島と呼ばれ、後白河上皇、行基などが訪れている。その理由が永らく謎だったが、生口島はステュクスの島だったため「神の島」と呼ばれたのだ。

 


■3万年前 「モンゴロイドの大移動時代(アマゾン少数民族のはじまり)」

 

 

「モンゴロイドの大移動時代」の参加者:エルリク。入植地は南北アメリカである。チュクチ族が日本に向かうと、刺激を受けたシベリア人たち(エルリク)は故地を離れて新天地を求めてアメリカに向かった。水生人として暮らしていたシベリア人は、泳いでベーリング海峡を渡り、徒歩で南アメリカ先端にまで到達した。この大移動時代により、イヌイット、一部アメリカインディアン、アマゾン少数民族が生まれた。

 


■3万年前 「ティル・ナ・ノーグの大移民時代(ティアワナクのはじまり)」

 

 

「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」の参加者:獣人、オケアーニス、東南アジア人、シベリア人、オーストラリア人他。エノクがペルーにティアワナクを開き、モホス平原にモホス文明を築くと、世界中から優れた人々が移民した。この大移民時代からは、トバルカイン、パタゴン族が生まれている。

 


■3万年前 「第1次エノクの大航海時代」

 

 

「エノクの大航海時代」の参加者:エノク、エノス、エラド、マハラエル、トバルカイン。入植地はシベリア、台湾である。レメクが(御毛沼)がペルーに移住すると、彼らはリマックを築いた。その後、日本人の到来に刺激を受けたエノクと仲間たちは、東アジアに進出してシベリア、台湾に入植している。この大航海時代からは、ブリヤート族、ニニギが生まれた。

 


■3万年前 「ムー帝国(真ローマ帝国)誕生」

 

 

レメクは、リマ(古名リマック)にムー帝国を建てた。レメクの国は、ムー帝国と呼ばれたが、正式には「ローマ帝国」と呼ばれたと考えられる。真のローマ帝国である。ラ・ムーやローマの名の由来はレメクである。リマには、ローマ帝国の神々として知られるユピテルからクピドに至る部族が王統を司っていた。南極大陸を植民地としていたレメクは、ティル・ナ・ノーグで得た知識を先鋭化させたトバルカインに命じ、科学力を極めるように指令した。タナトスに科学を悪用されないためには、旧世界と切り離された南極大陸は、研究所そしては格好の土地であった。その後、科学の種族にエラド、マハラエルが加わる。

 


■2万5千年前 「天孫降臨の大航海時代(ノア、セム、ハム、ヤペテの誕生)」

 

 

「天孫降臨の大航海時代」の参加者:ニニギ(エノク)、天宇受売、天児屋、布刀玉、手力男、アルタイ族、ブリヤート族、ウルチ族、アナサジ族、イマナ、ニャメ、ヴィディエ、ザムビなど。入植地は南極である。天孫降臨は2つある。2つめはBC7世紀に天孫族(マゴ)が日向国に入植する話だが、1つめの天孫降臨は、ニニギ(エノク)が科学の種族が暮らす南極大陸に入植する話である。ニャメが生んだ「天照大神」は、ティアマトの国に獣人とエノク、ヴァナラシ族の連合体を送り込んだ。ニニギは、アルタイ族、ブリヤート族、当地で知り合ったウルチ族を誘って南極大陸への移住を実施した。東アジア人の顔をした一団は、南極に辿り着き、「レメク」の王統と共存した。この大航海時代により、ノア、セム、ハム、ヤペテが生まれた。

 

 

 


大航海時代3

※アトランティス王国滅亡からポスト・バベルの塔の時代に起きた「第1次北極海ルート」の時代までを網羅

 

 

■2万年前 「アトランティス王国滅亡(オーストラリア南西部砂漠のはじまり)」

 

 

科学の種族エラド、マハラエル、トバルカインが人喰い人種タナトスと、タナトスが率いる大量の信者の軍団を撃破した。それが核兵器によるアトランティス王国の破壊である。当時、心を読む装置を開発していなかったトバルカインは、タナトスのことを知らず、単に人間が堕落したと考え、少数の優れた人々の平安のために、それらを全て焼き尽くすべきだと考えていた。アトランティスの破壊が、その第一弾であった。現在、アトランティス王国の領土は広大な砂漠と化している。オーストラリア西南部に広がる砂漠がアトランティス王国の亡骸である。

 


■2万年前 「最終戦争ラグナロク(北カリフォルニア・ネバダ砂漠~北メキシコ砂漠のはじまり)」

 

 

ミドガルド王国はタナトスのインチキ宗教によって侵略されたが、彼らは次にヴァルハラを狙っていた。これを許すことができないマヤのテペウ(トール)は、ヴァルハラのオーディーン(ピュトン)、ペルーのフリッグ(ピラコチャ)、常世国のテュール(エウドーラー)と連合を組んだ。これが「アース神族」である。対して、ヴァン神族は、マフィア島から来たマベエと司神タナトスが組んで結成した。当時、心を読む装置を開発していなかったトバルカインは、タナトスのことを知らず、単に人間が堕落したと考え、少数の優れた人々の平安のために、それらを全て焼き尽くすべきだと考えていた。

 


■2万年前 「ユグドラシルの大航海時代(放射能に汚染された北アメリカ大陸からの脱出)」

 

 

「ユグドラシルの大航海時代」の参加者:ミドガルド人、ヴァルハラ人、常世人など。入植地は蝦夷である。ミドガルド王国、常世国は、内と外からタナトスに蝕まれていた。内からは司神タナトスが、外からはアトランティス王国が侵攻した。これに怒った科学の種族は、大量の信者もろとも、ミドガルド、常世国、ヴァルハラを破壊することにした。「最終戦争ラグナロク」である。これを聞いたミドガルド、常世、ヴァルハラの善人たちは、故地を後に東北地方に避難した。この時に「出羽国ができた。出羽国時代の話は、後にフィンランドに亡命した者により、フィンランド神話としてまとめられた。

 


■2万年前 「ヴォドゥンの大航海時代(放射能に汚染された北アメリカ大陸からの脱出)」

 

 

「オーディーンの大航海時代」の参加者:オーディーン、チャンカ族。ラグナロクによって現ネバダ、北メキシコが砂漠と化すと、オーディーンは来たメキシコを去り、現ベナンに移住し、「北斗星君(ペイトーキンジュン)」を築いた。この国は、青龍(湖水地方)のテングリ、生口島のステュクス、アンダマン諸島のスカマンドロス、白虎(キンシャサ)のポルピュリオーン、ガンジス流域のカアング、ミャンマーのジェンギ、コンゴのピュグマエイと同盟を組んでいた。

 


■2万年前 「羅ホウ山の時代(閻魔大王の裁きの時代)」

 

 

「羅ホウ山の大航海時代」の参加者:トバルカイン、エラド、マハラエル、キジムナー、天狗。全ての生物は、できそこないを嫌う。嫌われたできそこないは無視され、追放され、野垂れ死にする。これが正しいできそこないの宿命である。これにより、種は正しく存続する。厳しいが、これが自然の摂理だ。ところが、人類ではこの自然の法則が機能していない。タナトスが民主主義・資本主義によって天の理を廃止したのだ。そのため、できそこないが人生を謳歌し(といっても程度は低い)、逆に、優れた者が蔑まれ、虐待され、挙句に淘汰されている。これは、非常に反自然的な事象である。いったい、何がこの反自然的な事象を可能にしたのだろうか?
出来損ないの定義だが、できそこないとは、ウソをつき、人をだまし、罪悪感が欠如し、シラをきり、自分のことを棚に上げ、弱者に悪事を責任転嫁し、善人に汚名を着せて悪者扱いし、、都合が悪いとごまかし、反省したフリをして善を一時的に黙らせ、弱ったフリをしてその間に体勢を立て直し、死んだフリをして逃げ、弱いものいじめをし、子供を拉致し、性的に虐待し、凄惨な拷問を加え、強姦し、惨殺し、食べる。そして、全ての悪事を隠すために、悪事を暴こうとする善を殺すのだ。そうして、陰謀は発展してきた。これが、人類のできそこないの全てである。簡単にいえば、できそこないとは禁じ手を破り、人類特有の知能を悪に用いる者のことだ。古来から、できそこないの王タナトスは、不正な手段により、坊主、医者、官僚、役人、インフラ業務に従事し、見せ掛けの「権威」として人類を支配下に置いてきたた。
トバルカインたちは、次世代のタナトスを育てないために、すべての一族のできそこないを集めて火星に送り込み、強制労働をさせて野垂れ死にする宿命を与えた。そして、タナトスを生まないために、女性が好きでもない男の子供を生むことを禁止している。それに関連して、彼らの社会では、快楽のための打算的な性行為が厳禁とされている。女性が好きでもない男の子供を生むと、母親はその子供を憎む。そして、母親に憎まれた子供は、大谷、安倍、麻生のような強大な復讐心を持つ男に成長するのだ。これができそこない誕生の真相だ。これらの決まりを破り、反自然的な行為をした者が、できそこないとして火星に送られた。
中国神話によると、高さが2万7千mもある火星の火山、オリンポス山は「羅ホウ山(ルオフェン)」と呼ばれていた。チュクウ、ルハンガ、ヴィディエは、火星の収容所を管理し、冥府神「ホウ都大帝(フェンドゥ)」「太乙救苦天尊(タイイジュク)」と呼ばれた。冥界を治める「十王」は、ルハンガ、ンジニ、カアング、チュクウ、ヴィディエ、オロクン、クウォス、ウェネ、ワルムベ、ジェンギ、ディンカ、ムルング、オロルンなどのオリジナル人類が担当していた。
このシステムは現在でも機能し、継続してできそこないが火星に送り込まれている。できそこないが存在しないため、いわゆる宇宙人、天狗、河童、キジムナー、ビッグフット、イェティなどの社会は、非常に健全であり、人々はできそこないに煩わされること無く、自由に暮らしている。ただ、彼らはタナトスを火星に送り込むことはしない。次元が違うからだ。できそこないで溢れた火星が穢れるほど、タナトスは、普通のできそこないとは次元が違う。
一方、狡猾なタナトスは、宇宙人が自分たちの社会に生まれたできそこないを、シベリアやアマゾンの奥地に捨てていたことを知っていた。そのため、タナトスは「シャーマン」を世界各地の少数民族が住む土地に送り込み、少数民族を支配下に置き、常に、科学力を持つ宇宙人のできそこないを救い、援助してきた。それが、近代から現代に至るまで、誤った科学の発想・運用をもたらした。これにより、原水爆開発、化学企業の誕生、狂気の怪物モンサント・マイクロソフト社が生まれた。彼らは、強い復讐心に溢れた非常に危険な人々だ。愛を知らない、できそこないとして生まれる宿命を与えた地球を呪う人々だ。あの凶悪な変態殺人鬼テッド・バンディ(G・W・ブッシュ)の父親であるG・H・W・ブッシュが、モンサントの化学者に恫喝され、おどおどしていたほどだ。

 


■1万3千年前 「大地殻変動の時代」

 

 

その後、科学の種族「エラド」「マハラエル」「トバルカイン」が強大な核兵器を使用し、地軸の移動を実行した。だが、彼らの思惑とは異なり、南極は逆に南方に動いた。その上、急激な地軸の移動と北極と南極の氷が大量に溶解したため、世界中の沿岸部が9日間、海の底に沈んだ。その後、南極大陸は完全に凍結した。この時、来るべき世界に対する準備を整えていた文明放棄組は、それぞれの船団を新天地に向けて発進させた。大地殻変動により、シベリアが北極圏になると、緑豊かだったシベリアは急激に冷凍され、マンモスなどが瞬時に凍りついた。

 


■1万3千年前 「第1次ゼウスの大航海時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「ゼウスの大航海時代」の参加者:ゼウス。科学の種族の計画に反対していたゼウスは、デウカリオンの例のように、世界中の同盟者にメソポタミアに集まることを連絡していた。「大地殻変動」が起きると、同盟者は、みな、科学文明放棄を誓い、スーサに集合した。

 


■1万3千年前 「テングリの大移動時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「テングリの大移動時代」の参加者:テングリ、ンジニ。現アンゴラを離れたテングリは、長江に入植した。彼らは、ジェンギと共に干支の元になった「六十元辰」を築いた。ニャンコレ族やアンゴラの名は、彼らの国が存在した名残りである。

 


■1万3千年前 「テミスの大航海時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「テミスの大移動時代」の参加者:テミス、ヘカテ、ペルセポネ。大地殻変動により、ブリテン島が南下すると、氷河が溶けて大洪水が起きた。これを機に、ブリテン島に帰還していたテミスはヘカテ(ピクト人)と共にメソポタミアに入植した。この大航海時代からは、ドゥムジ、ゴメル(クマルビ)が生まれた。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大移動時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「ヘリオポリスの大移動時代」の参加者:アトゥム、カイン、マハラレル、カイナン、オシリス。入植地はメソポタミアである。聖地ヘリオポリスを治めていた人々は、大地殻変動が起きてナイル流域が津波と大洪水に見舞われると、ゼウス(スーサ)が治めるメソポタミアに脱出した。この大航海時代からは、太陽神ウトゥ、近世の女神イナンナ、エンリルが生まれた。

 


■1万3千年前 「デウカリオンの大航海時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「デウカリオンの大航海時代」の参加者:デウカリオン、ピュラ、ヴァラナシ人、ティタン神族、タルタロス、アカイア人、ピュグマエイ、オケアーニスたち、獣人たち、カドモス、ポイニクス、アプスー。入植地はスーサである。世界中の沿岸部が9日間、海の底に沈んだ。この時、脱出の準備万端であったデウカリオン、ピュラはタルタロス(オーストラリア大陸)を脱出した。その途上、一行の船団はメラネシア地域でオケアーニスたちを、ガンジス流域に赴いて、ヴァラナシ族(ウラヌス)を船団に迎え入れてメソポタミアの地に向かった。この大航海時代からは、ティカル人、タタ、タルタル人、ヘレネス人が生まれた。

 


■1万3千年前 「縄文人の大航海時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「古代日本人の大航海時代」の参加者:ディオーネー、エバシ(蝦夷)、ティアマト(大和)など。入植地は黒龍江である。大規模な地殻変動が起きると、日本にいたティアマト、ディオーネーが日本を脱出して黒龍江に入植した。ディオーネーは、台湾から来たオアンネスと連合して「天皇(ティエンホアン)」を築いた。ティアマトは、獣人たちと連合して欠史八代で知られる「天皇家」を築いている。この大航海時代からは、三皇、天皇家が生まれた。

 


■1万3千年前 「台湾人の大航海時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「台湾人の大航海時代」の参加者:オアンネス(ホアンヤ族)、ブロンテース(クバラン族)、ヴィディエ(パイワン族、タイヤル族)、アルキュオネウス(天児屋根命)。入植地は黒龍江、モンゴルである。大規模な地殻変動が起きると、オアンネスたちは台湾を脱出し、黒龍江に入植した。オアンネスはディオーネーと連合して「天皇」を築き、ヴィディエはオアンネスと連合して「地皇(デホアン)」を生み、ブロンテースはオアンネスと組んで「人皇(レンホアン)」を生んだ。獣人アルキュオネウスは単身モンゴルに入植してクンエ(くんいく)、キアンユン(けんいん)を築いた。この大航海時代からは、三皇、クンエ、キアンユンが生まれた。
エウリュトスは、ティアマトと連合して「ヤマトイワレヒコ」を生んだ。ヤマトイワレヒコの名の由来はティアマトとエウリュトスの組み合わせである。ヤマトイワレヒコは、ディオーネーとオアンネスが築いた「天皇(ティエンホアン)」に参加し、神武天皇として黒龍江流域の王として即位し、犬戎(キロン)、山戎(シャンロン)と呼ばれていた黒龍江流域、モンゴルを支配していた獣人アルキュオネウスの国クンエ(くんいく)、キアンユン(けんいん)を統率した。この大航海時代からは、神武天皇、綏靖天皇、安寧天皇、イ徳天皇、孝昭天皇、孝安天皇、孝霊天皇、孝元天皇、開化天皇、祟神天皇、垂仁天皇が生まれた。

 


■1万3千年前 「エノクの大航海時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「エノクの大航海時代」の参加者:エノク、エラド、マハラエル、レメク、トバルカイン、ヤペテ。入植地はコロラド流域、モンゴル、日本、澳門、東南アジア、インド、アラビア半島である。南極大陸の完全凍結・大規模地殻変動にショックを受けた「エノク」一行は文明放棄を固く誓い、東アジアに向かって旅立った。「エノクの大航海時代」である。エノク族の一行はほとんどが東アジア人の顔をしていたが、レメク族はインド人の顔をしていた。エノクはインドにナーガ族を残すが、最終的にメソポタミアにまで足を伸ばし、レメクと共にメソポタミアの歴史の始まりに参加している。

 


■1万3千年前 「エノスの大航海時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「エノスの大航海時代」の参加者:エノス、エロス、メトセラ、ハム。入植地は西アフリカ、北アフリカである。南極大陸の完全凍結・大規模地殻変動にショックを受けた「エノス」一行は文明放棄を固く誓い、西アフリカに向かって旅立った。最初は「エノク」の船団に同行してペルーまで赴いたが、「エノス」一行はそこからマヤの大西洋岸に移動し、直接大西洋を横断して西アフリカに辿り着いた。この大航海時代からは、エロヒム、ニジェール人が生まれた。

 


■1万3千年前 「ノアの大航海時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「ノアの大航海時代」の参加者:ノア、セム、ハム、ヤペテ。入植地はヌビア、メソポタミア、スカンジナビア半島である。南極大陸の完全凍結・大規模地殻変動にショックを受けた「ノア」一行は文明放棄を固く誓い、インド洋を横断してバルト海に向かって旅立った。ノアの箱舟で知られる「ノアの大航海時代」である。メンバーは「聖書」でも知られている通り、ノア、セム、ハム、ヤペテの面々である。セム、ハムはスカンジナビア半島に入植したが、ノアはヌビアに入植し、ヤペテはメソポタミアに入植した。この大航海時代からは、ヌビア人、スオミ族、ハミ族が生まれた。

 


■1万3千年前 「科学の種族の大移動時代(アイルランドの神々の時代)」

 

 

「科学の種族の大移動時代」の参加者:エラド、マハラエル、トバルカイン。入植地はスコットランドである。科学の種族は、文明継承を旨に氷河が溶解したスコットランドに入植した。インド人の顔をした彼らは、金髪・碧眼・白人の姿をした人々と混合して金髪・碧眼・白人の姿を得た。この大移動からは、エリウ、フレイ、フレイヤ、タップ・オノスが生まれた。

 


■1万3千年前 「マサイの大移動時代(大地殻変動の時代)」

 

 

「マサイの大移動時代」の参加者:マサイ族、シルック族。入植地はメソポタミアである。大地殻変動を機に、湖水地方に棲んでいた水生人は上陸してメソポタミアに移住した。この大移動により、メシェク、ミツライム、セレグが生まれた。

 


■1万千5百年前 「垂仁天皇の大移動時代(ポスト大地殻変動の時代)」

 

 

「垂仁天皇の大移動時代」の参加者:三皇、垂仁天皇、ヘカテ(ピュグマエイ)、エビス、ティアマト、オケアーニス、獣人。入植地はメソポタミアである。デウカリオンが巨石文明の端緒を切ると、モンゴルにいた天皇家がメソポタミアに大移動した。この時、天皇家は、エノク、レメク、ヘリオポリスの神々、冥府ハデスからきた人々と連合した。垂仁天皇がメソポタミアに移ったため、天皇家は、マゴスとタラの連合体であるオオタラシヒコが、第12代景行天皇として即位するまで空位となる。この大移動からは、至高神アヌ、至高神エンキ、野人エンキドゥ、英雄ギルガメシュ、原初の水アプスー、原初の水ティアマト、天空神バアルが生まれた。

 


■1万千5百年前 「ギョベクリ・テペ建設(ポスト大地殻変動の時代)」

 

 

「垂仁天皇の大移動時代」で、モンゴルから来たギューエースは、デウカリオンと連合すると、偉大な先祖カオスを祀るため、古代アナトリアに「ギョベクリ・テペ」の神殿を築いた。ストーンサークル、ドルメン、前方後円墳、ピラミッドなど、すべての「巨石文化の種族」の始まりである。ギューエースは、後にタナトスの要請でメンヒルを、単独でドルメンなどをヨーロッパに築くことになる。

 


■BC7千2百年 「神々の集団アヌンナキ誕生(メソポタミア文明のはじまり)」

 

 

大地殻変動を機に、世界各地から神々の血統がメソポタミアに集った。現スワジから来たゼウス、ブリテン島から来たテミス、モンゴルから来た垂仁天皇の一族、オケアーニス、エビス(アプスー)、ヤマト(ティアマト)、エジプトから来たアトゥム、カイン、マハラレル、カイナン、南極から来たエノク、レメク、ヤペテ。彼らは連合して「神々の集団アヌンナキ」を築いた。また、彼らはヤペテの子として知られる一族を共同で生んだ。
世界から集った神々の種族は、それぞれがメソポタミアに於いて神の種族を成し、神々の集団アヌンナキに参加した。モンゴルで天皇(ティエンホアン)を成したディオーネーは「至高神アン」を生み、ヴァナラシは「至高神アヌ」を生み、ヘリオポリスにいたカイン、マハラレルは「エンリル」を生み、同じくヘリオポリスから来たアトゥムは「太陽神ウトゥ」を生み、モンゴルから来たエンケラドスは「至高神エンキ」を生み、ヘリオポリスから来たカイナンと、インドを経て南極から来たエノクは「アヌンナキ」を結成した。
澳門を経て南極から来たレメクは「ラムガ神」を生み、カイナンは「金星の女神イナンナ」を生み、冥府ハデス(イギリス)から来たテミスは「豊穣神ドゥムジ」を生み、モンゴルから来たアルゲースとミマースは「英雄ギルガメシュ」を生み、モンゴルを経て日本から来たエビスとヤマトはそれぞれ「原初の水アプスー」「原初の水ティアマト」を生んだ。
レメクと共に東南アジアから来たメーロポシスとティケーは「天地創造の主神マルドゥク」を生み、モンゴルから来たアルキュオネウスは「至高神エル」を生み、同じくモンゴルから来たエピアルテースは「天空神バアル」を生み、モンゴルから来たエンケラドスは「英雄エンキドゥ」を生み、エノクと共にインドから来たドラヴィダ人とヴァナラシは「テリピヌ」を生んだ。

 


■BC7千2百年 「チャタル・ヒュユク建設」

 

 

チャタル・ヒュユクは、過去にスフィンクスを建造した巨石の種族の萌芽である。ここには、8000人もの人々が住んでいたといわれている。デウカリオンの街として発展した。この頃、ウソつきの人喰い人種ダーナ神族がヨーロッパからオリエント地域を訪れ、見事な巨石建造物を見て、巨石建造物を建造するためにデウカリオン族をヨーロッパに招待した。だが、ダーナ神族が人喰い人種だと知ると嫌悪を示したデウカリオンは、ダーナ神族を皆殺しにしている。しかし、この時に獣人ギューエースが、ダーナ神族と共にオリエントに来ていたシェルデン人の要請を受けた。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代(セム、ハム、ヤペテの子供たちの誕生)」

 

 

「アヌンナキの大移動時代」の参加者:神々の集団アヌンナキ。入植地は北アフリカ、スカンジナビア半島である。シェルデン人の導きで、アヌンナキの神々はメソポタミアから北アフリカに及び、エロヒムの種族と連合してハムの子として知られる一族を共同で儲ける。また、そこから更に北方に移動し、スカンジナビア半島に入植した人々は、共同でセムの子として知られる一族を儲けた。エラム、アシェル、アルパクシャデ、ルデ、アラム、クシュ、ミツライム、プテ、カナン、ゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メシェク、ティルスは、セム、ハム、ヤペテの子ではなく、神々の集団アヌンナキによるハイブリッドであった。
セムの子、エラムはアルキュオネウスとイマナの連合体、アシェルはオケアーニスに属するアシアーの後身、アルパクシャデはエウローペーとクサンテーの連合体、ルデはエウリュトスの後身、アラムはアルキュオネウスとニャメの連合体である。ハムの子、クシュはゼウクソーの後身、ミツライムはマサイ族とクリュメネーの連合体、プテはヴィディエの後身、カナンはアルキュオネウスの後身である。

 


■BC7千年 「テーバイ王国誕生(古代サハラに建設された宇宙人の国)」

 

 

アイルランド、スコットランドに入植していた科学の種族、特にトバルカインは当時、緑豊かだったサハラに入植し、獣人コットスと獣人ミマースを王族に迎えてテーバイ王国を建設した。コットスとミマースは連合してカドモスとなり、神統記に記されることになる。「神統記」に記されたテーバイ王国の様子は、ギリシアのテーバイのことではない。神統記のテーバイは、サハラに存在した科学の種族が築いた伝説の王国の情景を伝えているのだ。テーバイ、サハラの名の由来はトバルカインである。テーバイ王国は、アルパクシャデとゴメルがチャド付近に築いたソドムの国に隣接し、アナトリアに位置していたゴモラの国とも交流を行った。

 


■BC7千年 「ラムガの大航海時代」

 

 

「澳門の大航海時代」の参加者:五瀬命(クリュセーイス)、稲氷命(ディオーネー)、御毛沼(レメク)、若御毛沼(アカイア人とレメク)。入植地はアラビア半島である。メソポタミアを発ったラムガ神はアラビア半島に入植した。稲氷命はディオーネー(天皇、至高神アン)のことであり、アテナイ王国(アデン)に入植している。御毛沼はレメク(ラムガ神)のことであり、マガン王国を築いた。また、五瀬命(いつせのみこと)はペルセーイスのことであり、エジプトに入植して聖地ヘリオポリスに「女神イシス」を祀った。若御毛沼はアカイア人のことであり、エチオピアにアガウ族を生んだ。

 


■BC7千年 「マガン王国誕生」

 

 

「アヌンナキの大移動時代」を機にアラビア半島に渡ったレメクは、マガン王国を築いた。マガンは、ミケーネ、またはローマとも呼ばれた。南極時代に次ぐ、第二のローマ王国である。ローマ王国は、アテナイ王国、アルバ・ロンガと共にアラビア半島に共存した。つまり、ローマとアルバ・ロンガはイタリアには存在しなかった。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代(アイルランドの神々の時代)」

 

 

「セネガル人の大航海時代」の参加者:ノア(ヌビア人)、イボ人、エラド(マルタ人)、エノス、エロヒム、メトセラ(ニジェール人)、クシュ、ミツライム、プテ、カナン。入植地はアイルランドである。トバルカインの国テーバイはサハラ砂漠に存在したが、トバルカインはその近辺に暮らしていたセネガル人の姿をしたエロヒムと知り合い、彼らをアイルランドに迎えた。エロヒムの種族は、単独で、或いはお互いが連合してアイルランド神話に纏わる神々を成した。この大航海時代からは、ヌアザ、太陽神ルー、オインガス、ミレー族などが生まれた。

 


BC5千年 「科学の種族トバルカイン 対 司神タナトス」

 

 

科学の種族エラド、マハラエル、トバルカインが人司神タナトス、ダーナ神族とタナトスが率いる大量の信者の軍団を撃破した。それが「トロイア戦争」「マー・トゥーレスの戦い」である。この時、科学の種族は核兵器によってタップ・オノスの基地があとかたもなく破壊した。

 


■BC5千年 「トロイア戦争(アイルランドのデリーで会戦)」

 

 

当時、パッラースの分身「女神ヘラ」、エピアルテースの分身「女神アフロディテ」「太陽神アポロン」が古代ギリシアを統べる覇権を握り、王族として古代ヨーロッパ全域を掌握していた。更に、パッラースの分身「太陽神ホルス」が、ホルスの名に因んで現パリ辺りに「パリス」を築いていた。パリスの人々はアイルランドにも進出し、植民都市「トロイア(デリー)」を築いた。
一方、インチキ宗教によって全ヨーロッパのインフラを掌握していたダーナ神族、シェルデン人は、パリスのトロイア植民に不満を持っていた。アイルランドは、イングランドを掌握したダーナ神族の次の獲物だからだ。ダーナ神族は、兄弟であるシェルデン人の賛同を得、自分たちにとって邪魔なパッラース、エピアルテースの王統を退け、ヨーロッパから追放する計画を練った。
戦争には大義名分が必要だが、無ければ作れば良い。ということで、まず、シェルデン人は「エピアルテースがパッラースにギリシアの覇権を譲り渡した」旨のウソをついた。このウソを多くの人々が信じたため(タナトスの信者が信じたフリをした)、ギリシア軍のヨーロッパ侵攻に肯定的な世論が一瞬で形成された。更に、シェルデン人は、牡牛崇拝の信者であったアカイア人を指揮し、ギリシアを出撃してブリテン島に向かった。
一方、ダーナ神族は、アイルランドの神々「ダグザ」「ヌアザ」「オインガス」「リール」「光神ルー」「フォモール族」などの精鋭を信者として獲得し、エピアルテースに対抗させることにした。シェルデン人に導かれ、ダーナ神族の勢力圏であるブリテン島に到着したアカイア人の軍団は、アイルランドに向かい、体勢を立て直して現デリーに侵攻した。ここに「トロイア戦争」が開始された。
一方、ダーナ神族、シェルデン人が指揮するアカイア人の連合軍は、トロイアを陥落させ、トロイア市民を虐殺し、女子供は奴隷として拿捕した。また、大陸側では、パッラースはシェルデン人に指揮された大量の民衆の蜂起に曝されていた。これを機に、パリスの人々は、アイルランドの神々に助けを求めるべく、ヨーロッパからアイルランドに渡った。アイルランドに渡ったパリスの人々は、単身「ブレス(ホルス)」を、エラドと組んで「豊穣の女神ブリード(パッラース+エラド)」を生み、アイルランドの神々の輪に加わった。

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い(フランスのトゥールで会戦)」

 

 

美しいアイルランドの土地を愛していた科学の種族エラド(エール)、マハラエル(マッハ)は、核兵器使用を決断できなかった。そのおかげで、ダーナ神族の連合は、トロイア攻略に成功した。だが、トロイアを失ったパリスの人々は、せめてパリスを守護したいと考えていた。パリスの人々は、アヴァロン(スコットランド)に赴き、最後の砦であるトバルカインの協力を仰いだ。
だが、トバルカインもヨーロッパの風土を愛していた。そのため、彼らも核兵器で一気に人喰い人種を皆殺しにしようという決断ができなかった。その代わり、近代兵器の使用を断念したトバルカインは、エピアルテースと連合して「フィル・ボルグ族」を結成し、科学の種族でありながら、近代兵器を用いることなく、剣と槍で戦う決意をした。フィル・ボルグ族は、スコットランドから現フランスに渡り、パリスを奪還するべく、現ツールでダーナ神族の連合軍と対決した。ツールとは、トゥーレスのことであるが、つまり、これが「第1次マー・トゥーレスの戦い」である。
しかし、ダーナ神族の命令を聞いているだけの仲間(ダグザ、ヌアザ、オインガス、リール、光神ルー、フォモール族)を討つことができず、フィル・ボルグ族は敗北を喫した。続いて、フォモール族も同盟者であるはずのダーナ神族に裏切られ、アイルランドの神々は、アイルランドの覇権を喪失した。これが「第2次マー・トゥーレスの戦い」であった。

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代(ポスト・マー・トゥーレスの戦い)」

 

 

「アイルランドの神々の大航海時代」の参加者:アイルランドの神々。入植地はイタリア、ギリシア、メソポタミアである。

 


■BC5千年 「ラテン王国誕生(ポスト・マー・トゥーレスの戦い)」

 

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加してスカンジナビアからカスピ海東岸に移り住んだ金髪・碧眼・白人の姿をしたルデは、セネガル人の姿をしたエノスと共にラティヌスを祀り、ラテン王国を築いた。

 


■BC5千年 「バベルの塔建設(イラク砂漠のはじまり)」

 

 

神官の衣装を纏った盗賊「ダーナ神族」が、「神々に接近するため」と称して「バベルの塔(後世に与えられた呼称)」の建設を企画し、民に強制した。しかし、バベルの塔建設は、当時の技術では到底実現不可能な事業であり、大きな危険が伴うものであった。それを知っていながら、なぜダーナ神族は工事を断行したのか?それは、ダーナ神族の目的が自分たちに与しない善人を大量に殺害することだったからだ(当然、自分たちに与する者は保護下に置かれた。つまり、工事に参加させなかった)。
その上で、ダーナ神族は「神々に接近するため」という大義名分を十二分に掲げることで、反対派の粛清を正当化した。「神々に接近するという善行を阻む者は不信心者である。それがゆえ、神の名の下に不信心者は殺害されなければならない」ということだ。これを見た神々(宇宙人)は「民が言語を解しないのであれば、ダーナ神族のウソは通じない」として、非力な民を異邦の地へと四散させた。この時にセムは故地への帰還を目的に「第1次北極海ルート」を企画し、更に、「エベルの大航海時代」、アルパクシャデとルデの「ナイル行脚」、マダイの「イスラエル行脚」が実施された。科学の種族エラド、マハラエル、トバルカインが人喰い人種タナトスと、タナトスが率いる大量の信者の軍団を撃破した。それがバベルの塔の破壊である。

 


■BC5千年 「ゴモラ王国誕生(ポスト・バベルの塔の時代)」

 

 

ゴメルはアルパクシャデと連合してクマルビを祀り、カッパドキア地方に伝説の国ゴモラを築いた。ゴモラとクマルビは由来が同じなので、ゴモラはアナトリア半島に位置していたと考えられる。

 


■BC5千年 「ソドム王国誕生(ポスト・バベルの塔の時代)」

 

 

アルパクシャデはゴメルと連合してクマルビを祀り、チャドに伝説の国ソドムを築いた。ソドムはゼウクソーが主導権を握っていた。チャド、スーダンはソドムに由来しているのでソドムは現イスラエルではなく、チャド、スーダンに位置していたと考えられる。

 


■BC5千年 「第1次北極海ルート時代(ポスト・バベルの塔の時代)」

 

 

「第1次北極海ルート」の参加者:セム、ヤレド、アダム、アベル、エノス、ノア、プテ、カナン。入植地はオビ流域、エニセイ流域、レナ流域、アラスカ海域である。「バベルの塔」の一件により、善神デーヴァ族から新天地を求めて異邦の地へ旅立つことを進言された人々は「第1次北極海ルート」の探検隊を結成した。この大航海時代からは、セミノール族、ナワトル族、ハッティ人(ヒッタイト人)、月氏が生まれている。

 

 

 


大航海時代4

※BC40世紀の聖書の家族イサクの誕生から、ヴァイキングとインディアンが大量に日本に移住したイベント「レイフ・エリクソンの大航海時代」までを網羅

 

 

■BC40世紀 「イサックの大移動時代(聖書の家族イサクの誕生)」

 

 

「イサックの大移動時代」の参加者:イサック。イサックは、36種類いる異なる人類の中で一番新しい人類である。ソマリアの海辺で暮らしていた彼らは、上陸し、エチオピアにいたアガウ族を連れてカナンに向かった。イサック族はペルー(チムー王国)でイサクになった。

 


■BC40世紀 「第1次シュメール人の大航海時代」

 

 

「シュメール人の大航海時代」の参加者:シュメール人、イサック族、アシアー、ニャメ、モリモ、モニ族、ガラクサウラー、エビス。入植地はペルーである。シュメール人は、先発隊のピラコチャたちが住むペルーに足を向けた。

 


■BC40世紀 「チムー王国誕生(シュメール文明のはじまり)

 

 

シュメール人がガラクサウラー、モニ族を大航海時代に迎えた際、じつは、人喰い人種のダニ族が同行していた。これにより、エセ宗教によって大量の出来損ないを統治し、数で圧倒する形で優れた王族を退けたダニ族は、人身御供やカニバリズムにより、チムー王国を崩壊に導いた。

 


■BC35世紀 「サムエルの大航海時代(放射能に汚染されたチリからの脱出、ナスカ砂漠~アタカマ砂漠のはじまり)」「出羽国誕生(宇宙人の国)」

 

 

「サムエルの大航海時代」の参加者:シュメール人、ピラコチャなど。入植地は日本である。ダニ族を嫌ったシュメール人は、科学の種族デーヴァに頼んで核兵器でペルーを焼き払った。それが原因でナスカなどは砂漠化している。シュメール人はこの全面核攻撃の前に大航海時代を企画し、正しい人々を連れてペルーを脱出するが、この大航海にもダニ族が忍び込んでいた。科学の種族エラド、マハラエル、トバルカインは、人喰い人種タナトスと、タナトスが率いる大量の信者の軍団を滅ぼした。それが「ソドムとゴモラ」である。このとき、核兵器によってテーバイ王国(サハラ)、ソドム国(チャド)、ゴモラ国(カッパドキア)が破壊され、広大な砂漠と化した。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ(サハラ砂漠・北アフリカの砂漠化~カッパドキア砂漠のはじまり)」

 

 

人を喜ばせるのは非常に難しいことであり、神々、真の王、詩人など高貴な精神を育んだ者にのみ可能である。しかし、ウソをつくために神官の衣装を纏ったダーナ神族が、誰にも省みられない醜い泥棒でも人を喜ばせることを可能にした。大量の人々に「幸せなフリをしろ、さもなければ殺す」と脅すのだ。こうして、ソドム(チャド)とゴモラ(クマルビの地)は幸福な人間であふれた。「ソドム」はセムの子アルパクシャデがナイル上流に建てた都であり、「ゴモラ」はクマルビを祀るヤペテの子ゴメルがカッパドキアに建てた都であった。神々(善神デーヴァ族/宇宙人)は、文明放棄を決意した兄弟(セム。ヤペテ)の末路を見て情けなく思い、ゴミは捨てなければならないという一心から、核兵器を用いてソドムとゴモラを焼き尽くすことを決心した(この状況は現代に酷似している)。神々の言によれば、「真の幸福を求めてダーナ神族と戦うのではなく、生活を保障してもらうためにダーナ神族との戦いを放棄し、幸福を演じるような人々は、死んで初めて人類に貢献する」のだ。ただ、善良な人々がいることも見抜いていた神々はカッパドキアに核シェルターを造らせ、ゴモラに住んでいた戦う意志を放棄しなかった善良な人々を避難させている。
ソドムやゴモラだけでなく、UFO建設基地であったサハラ砂漠やアナトリア周辺の土地は荒廃に帰し、当地域の全面的な回復までには数百年を擁した。この「ソドムとゴモラ」の事件を機に、多くの人々が新天地を求めて大航海時代を企画した。「第2次北極海ルート」「ルデ族の大移動」「ドルイド教の大航海時代/西方組&東方組」「シュメール人の大航海時代/東方組&アフリカ組」「シュメール人の第1エジプト王朝建設」などである。一方、ダーナ神族は命からがらソドム(チャド)とゴモラ(カッパドキア)の地域を脱出して、避難のためにエジプトに向かい、聖地ヘリオポリスに帰還した。

 


■BC32世紀 「第2次シュメール人の大航海時代(ポスト・ソドムとゴモラの時代)」

 

 

「シュメール人の大航海時代」の参加者:ウルク、アシェル、アルパクシャデ、タバル。入植地はソマリアである。都市国家ウルクを捨て、ソマリアに移住したウルク人は、一時的な避難場所としてソマリアを訪問していた。ソマリアの名の由来はシュメールである。この大航海時代からは、サマリア人が生まれている。

 


■BC32世紀 「第2次ゼウスの大航海時代(ポスト・ソドムとゴモラの時代)」

 

 

「ゼウスの大航海時代」の参加者:ラガシュの民、エラド、ゼウス、エンケラドス(至高神エンキ)。入植地はグジャラート、中国である。「ソドムとゴモラ」の事件を機に、一行は東方に向かった。台湾で生まれたスサノオ(ツォウ族)の子孫であるゼウスにとって、これは数万年ぶりになる故地への帰還であった。この大航海時代からは、グジャラート、コーサラ、蚩尤、燕・斉(エンキ)が生まれている。

 


■BC32世紀 「第2次北極海ルート時代(ポスト・ソドムとゴモラの時代)」

 

 

参加者:マハラレル、ヤレド、メトセラ、フォモール族、ティカル人、アシェル、ミツライム、マダイ、スバル、ティルス、セレグ。入植地はオビ流域、エニセイ流域、レナ流域、アリューシャン列島、津軽、フィリピン、太平洋諸島、ペルー、西アフリカ、エジプトである。この大航海時代からは、フルリ人、アーリア人、マツヤ族、パミール人、アッシリア人、マドゥーラ族、メディア人、プール族、トリツ族(トラキア人)、チュルク族が生まれている。そして、ティカル人箱の大航海時代により、科学の種族との交流からピラミッド建造の方法を取得している。

 


■BC32世紀 「津軽の国誕生(巨石の種族の国)」「十和田の国誕生(宇宙人の国)」

 

 

ティカル人のピラミッド派は、プテと共に現青森県に入植し、ロシアで世話になった科学の種族トバルカインとも共存した。トバルカインは、ティカル人と津軽を、プテと十和田を築いた。十和田はダヴィデの由来である。

 


BC32世紀 「イスラエル王国誕生(葦原中津国と高天原の連合国」

 

 

葦原中津国(八代湾)のアシアーは、台湾の獣人ブリアレオース(ロア族)と連合して「イスラエル王国」を建設した。この国は国際的な連合国で、八代湾~台湾を中心に津軽、瀬戸内海、沖縄諸島、パプアニューギニア、チベット、モンゴルが含まれていた。第2次北極海ルート、サムエルの大航海時代に参加した人々がイスラエル13氏族を生んだ。つまり、イスラエル13支族は、みな日本、中国生まれである。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代(武蔵国の縄文人の日本海横断)」

 

 

「モーゼスの大移動時代」の参加者:モーゼス、縄文人。入植地は中国である。モーゼスの正体は武蔵国の縄文人首長である。つまり、モーゼスの由来は武蔵である。ダニ族は、津軽でも人身御供、カニバリズムを広めたため、これを嫌った正しい人々はモーゼスに率いられて中国に渡った。モーゼスが大海をまっ2つに割った「葦の海」とは日本海を意味する。イスラエル語では葦はRIDであるが、このRIDは中国北部を支配していたブリヤート族を指している。つまり、葦の海とはブリヤートの海のことなのだ。この時、士師はカナンが築いた伝説の王朝「夏」、ギデオン(トーアン族)と戦った。一方、ギデオンが戦ったミディアン人とは関西と東北の縄文人(ティアマトとアイヌ)のことである。

 


■BC32世紀 「ダヴィデ朝誕生(チベットのはじまり)」「ソロモン朝誕生(モンゴルのはじまり)」

 

 

サムエルはシュメール人であり、サウルはパプア人の王であり、ダヴィデは十和田湖の縄文人の王であり、ソロモンはパプア人の王だった。ただ、サウルとソロモンはダニ族の預言者(ナタン、ツァドク)に操られていた。イスラエル人は、一貫して、アジアを席巻していた反自然の種族であるペリシテ人と戦った(このペリシテ人はベーシュタードのペリシテ人ではない)。
ダヴィデはチベットに、ソロモンはモンゴルに植民地を得たが、ダニ族に率いられたペリシテ人が善神デーヴァの科学を悪用しようとしたため、デーヴァは核兵器で自身の基地、そしてペリシテ人とダニ族の信者が住む地域を消滅させた。これにより、ソロモンの植民地はゴビ砂漠に、ダヴィデの植民地はタクラマカン砂漠に変わった。モンゴルの名はソロモンによって命名された。この時のダニ族は、この核攻撃により完全に消滅した。

 


■BC30世紀 「黙示録アルマゲドン(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠のはじまり)」

 

 

タナトスを滅ぼすため、科学の種族はまたしても核兵器を使用しなければならなかった。彼らは、できそこないのタナトスと愚かな大量の信者を土地ごと焼き尽くした。これにより、チベットは砂漠化し、ゴビ砂漠、タクラカマン砂漠が出現した。チベットとモンゴルがアルマゲドンの舞台である。

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代(四大河文明のはじまり)」

 

 

「ヨシュアの大移動時代」の参加者:ヨシュア、アブラハム。入植地はヨーロッパ、アフリカである。チベットとモンゴルの植民地が核攻撃で滅ぶと、アシアーは八代湾からパンジャブに帰還した。その後、シバの王国は西方に向けて大遠征を実施した。この時、アシアーはヨシュアと呼ばれた。聖書では、ヨシュアはヨルダン川を越えてエリコに侵攻したが、実際にはインダス河を越えてウルクに侵攻した。
この時にアブラハムを従えたヨシュアはヨーロッパに到着すると、今度はアーサー王と呼ばれた。ブリテン島とヨーロッパを掌握したヨシュアはエジプトに向かい、途上のカナンにアブラハムとヨセフを残している。ヨセフは一部のアシアーのことである。ヨシュアはエジプトに到着すると、先祖が祀ったオシリスを継承した。その後、アーサー王は、アフリカに向かい、アシル・ボグドーとなった。

 

■BC30世紀 「シバ王国誕生」

 

 

「第2次北極海ルート」に参加したスバル人は、シベリアにプール族を生んだ。その後、プール族はパンジャブに南下し、「シバの王国」を築いた。シバの王国はプント国と同盟関係にあった。そのため、彼らの国があった土地はパンジャブと呼ばれた。プント+シバ=プンシバ=パンジャブとなる。

 


■BC30世紀 「プント国誕生」

 

 

「ソドムとゴモラ」を機に、テーバイ王国からパンジャブに移住したトバルカイン(ヴァナラシ)は、パンドラを由来に「プント国」を築いた。彼らは、トバルカイン時代に同盟者だったシバの王国と同盟関係になり、「マハーバーラタ戦争」の時代、パーンダヴァ族となっていた。彼らは、だが、魔神アスラ、ヤクシャのタナトス連合軍のインチキ宗教に支配され、無謀にも、科学の種族に挑戦することを強いられた。プント+シバ=プントバ=パーンダヴァとなる。

 


■BC30世紀 「アルバ・ロンガ王国誕生(アラビア半島とランカー島の連合王国)」

 

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したムルングは、アラビア半島に移住し、アルパクシャデと連合した。彼らは、共同で「アルバ・ロンガ王国」をアラビア半島に築いた。主導権を握っていたエウローペーは紅海を挟んでmソドム王国に隣接する形でアラビア半島に住み、ムルングはランカー島に住んだ。つまり、アルバ・ロンガはインド洋を治めた国家だった。アルバはアラビアに由来しているのでイタリアではなく、アラビア半島に位置していた。

 


■BC30世紀 「モンゴル王国誕生(アンゴラのはじまり)」

 

 

バラク(ピラコチャ)とヨシュア(アシェラーフ)は現アンゴラに入植し、ピグミー族と連合した。この時に、ゲシル・ボグドーとアシル・ボグドーが生まれた。彼らは、ナミブ砂漠~カラハリ砂漠にかけて「モンゴル王国」を築いた。モンゴル王国は、ミディアン人の侵攻にさらされた。だが、科学の種族が核兵器により、タナトスを土地ごと焼き尽くした。その後、モンゴルの名がアンゴラ、ニャンコレに変化した。

 

 

■BC26世紀 「シェルデン人の大航海時代(タナトスの大航海時代)」

 

 

「シェルデン人の大航海時代」の参加者:ペラスゴイ人、アカイア人。入植地はアラビア半島である。ペラスゴイ人、アカイア人はオケアーニスの国アテナイを簒奪し、「アデン王国」を築き、下半身が蛇だという、初代王エレクトウス、第2代王ケクロプス、第3代王エレクトニウスを輩出した。これらの王は「古代アテネの王」といわれているが、アラビアの「アデンの王」の間違いである。
エレクトウスの名の由来はオケアーノスの娘エレクトラであり、ケクロプスの名の由来はキュクロプスであり、エレクトニウスの名の由来はエレクトラとディオニュソスの組み合わせである。つまり、これらの名は、アデン人が古代ギリシアから来たという証である。これを機に、正統なアテナイ(アデン)の王族はギリシアに帰還して都市国家アテネを建設し、隣国に暮らしていたレメク(ラムガ神)のマガン王国が滅亡し、インダス流域に入植してタルタロスと共にガンダーラを築いた。

 


■BC2180年 「ピラミッド派の大航海時代(ピラミッド建造時代)」

 

 

「ピラミッド派の大航海時代」の参加者:ティカル人/ピラミッド派、ギューエース、ダグザ。入植地は太平洋諸島、ルソン島、シベリアである。タナトスの為にメンヒル、ストーンヘンジを建造していた獣人ギューエースを、人食い人種の圧制から解放し、ダグザをも、ダーナ神族から解放して故地への帰還の旅に誘った。ストーンヘンジの製作者である獣人ギューエースは、ラピタ文化を牽引し、モンゴルで高車(ガオチェ)となる。

 


■BC19世紀 「海の民の大航海時代」

 

 

「海の民の大航海時代」の参加者:チェケル人、ユタ族、ベリーズ人(ホルス)、セロス人(ティルス)、ヒベルニア人(ヘブライ)、ドルイド教(アダム)、ヨーク人(ウルク)、スイス人(ゼウス)。入植地はカナン、イランである。当時、地中海は無法なシェルデン人によって荒らされていた。これを危惧した科学の種族は、チェケル人にシェルデン人を退治するように打診した。これを受け入れたチェケル人は、ルソン島を発ち、アリューシャン列島経由で「ドルイド教の大航海時代」西方組に参加した人々を仲間に加えていった。
彼らは、悪の海の民デニエン人、シェルデン人に対抗するため、正義の海の民の軍団を結成した。海の民の面々は、トゥルシア人、ペリシテ人、チェケル人、シェクレシュ人、ルカ人、ウェシュシュ人、アカイワシャ人、ユダ族、エトルリア人、バビロニア人である。また、ダーサ族、パルシュ族はアーリア人の軍団に加わっている。

 


■BC1200年 「ベーシュタード王国誕生(ケルト文明の中心地ハルシュタットのはじまり)」

 

 

トゥルシア人は、ペリシテ人、チェケル人、ウェシュシュ人、ルカ人、シェクレシュ人などと共に、デニエン人、シェルデン人によって国家を滅ぼされたトロイア人、ミケーネ人、ヒッタイト人の亡命を助け、イランの地に誘導した。彼らはベーシュタード王国を築いた。

 


■BC1150年 「シェクレシュ人の大航海時代」

 

 

「シェクレシュ人の大航海時代」の参加者:シェクレシュ人、イサック族、テッサリア人。入植地はインドである。「カッシート朝」が滅ぶと、シェクレシュ人(クルズ人)は2手に分かれてメソポタミアを離れた。一部は、ソマリアを訪れ、一部は更に東方に向かい、インドに上陸した。この大航海時代により、歴史的に重要な氏族が多く誕生した。この大航海時代からは、クリシュナなどが生まれている。

 


■BC11世紀 「マハーバーラタ戦争(アラビア半島の砂漠化、アフガン~パンジャブの砂漠化のはじまり)」

 

 

「マハーバーラタ戦争」は、アッシュール・ダン1世が王位を喪失したBC1134年からアッシュール・ダン2世が即位したBC934年までの二百年の間に勃発した。善神デーヴァ族が駆使する科学の力に目を奪われた魔神アスラ族は、流麗なウソを並べて善神デーヴァ族に取り入り、全てを簒奪した上で恩を仇で返した。空中要塞「黄金の都ヒラヤンプラ」を造らせた上で、そのまま居座った魔神アスラ族は手に入れた近代兵器を駆使して世界征服を標榜したのだ。この暴挙に驚いた善神デーヴァ族は、青年アルジュナにヴィマナ(UFO)や強力な武器を与えて魔神退治を指示した。このアスラ族による裏切りの一件が善神デーヴァ族に「あんなウソツキと一緒の地上には、もう住みたくない」と思わせ、宇宙に進出させる契機となった。

 


■BC1027年 「十王戦争」

 

 

「十王戦争」とは、アリナ族(アーリア人)、プール族(スバル人)、ブリグ族(ペレグ)、ドルヒユ族(トロイア)、パルシュ族(ペルシア)、ダーサ族(デウス)、パニ族・アヌ族(ヴァナラシ)、バラーナ族(ヴァラナシ)の連合がバーラタ族(エピアルテース)、トリツ族(ティルス)と繰り広げた戦争のことである。だが、バーラタ族の背後には、女神ダヌ(アラスカ・ダナーン族)が潜んでいた。ダナーン族は「ダヌ」を祀り、トリツ族、バーラタ族の2種族を信者として獲得していた。インフラを掌握されたバーラタ族はダナーン族に逆らうことができず、仲間と交戦するはめになった。ダナーン族の目的はアーリア人の完全支配である。
まず、バーラタ族はダナーン族の命令で身内を殺し、それを十王のせいにした。その上で、悪の成敗という名目でバーラタ族・トリツ族の連合体は、十王の連合軍に宣戦布告した。人喰い人種に魂を奪われた仲間のことを危惧した十王の連合は、ダヌを祀るダナーン族を討とうとするが、ダヌを守る城壁と化した仲間(バーラタ族、トリツ族)を殺すことが出来なかった。このため、十王の連合軍は敗北を喫した。しかし、マハーバーラタ戦争で使用された核兵器によって全てはチャラになった。これにより、ダナーン族は中央アジアに逃亡し、崩壊したアーリア人の連合体は各地に四散した。だが、祖を同じくするプール族はダナーン族から解放されたバーラタ族と合体し、「クル族」を結成した。

 


■BC1027年 「預言者の大航海時代(縄文人の知恵者が北イスラエルに乗り込む)」

 

 

「預言者の大航海時代」の参加者:エリヤ、エリシャ、ヨエル、イザヤ、エゼキエル、ダニエルなど。入植地はイスラエルである。東アジアのイスラエル王国が滅ぶと、アシアーはヨシュアとして西方に侵攻し、エジプトに入植したが、アシェル族としてカナンに新しい「イスラエル王国」を築いた。これを聞いたイスラエル王国の人々は九州、瀬戸内海、沖縄諸島からカナンに馳せ参じた。ただ、新しいイスラエルにはダン族がいたため、市民をできそこないのウソから解放するために預言者として活動した。

 


■BC1020年 「北イスラエル王国誕生」

 

 

イスラエルの聖なる名を騙ったタナトスの国。代々のイスラエル王もタナトスの一族が務めた。ダヴィデの一族がイスラエルの名を大切にしているため、どうしてもイスラエルを築き、王として君臨しなければならなかった。

 


■BC829年 「アメン神官団の大航海時代」

 

 

「アメン神官団の大航海時代」の参加者:アメン神官団、テーベ人(科学の種族トバルカイン)、モレヤ族(アムル人)、シェルデン人、ヤワン族(ヤペテの子)、サバエ人(シバの王国)。入植地はアラビア半島、インド、日本である。BC829年、アッシリアによるウラルトゥ侵攻によって、アルメニア人は船団を組織して東方に移住している。この大航海時代からは、アルメニア人、ミネア王国、サバエ王国、越、王氏、猿田彦、五十鈴川、守屋氏、諏訪が生まれている。

 


■BC753年 「アルメニア人の大航海時代(邇芸速日命の誕生)」

 

 

「アルメニア人の大航海時代」の参加者:アルメニア人(アラム人、アメン神官団、サバエ人)、スファラディ(サバエ人、クリュティア)。入植地はイタリア、日本である。アルメニア人は、偉大な「ローマ帝国」、日本神話で重要な人物「邇芸速日命」の祖となった。この大航海時代からは、ニギハヤヒ、隼人が生まれている。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代(天孫族、多氏の誕生)」

 

 

「フェニキア人の大航海時代」の参加者:アッカド人、アシェル族、イッサカル族、エフライム族、ガド族、カドモス族、カルタゴ人、キナ族(月の神シン)、シメオン族、ウルク族(シュメール人)、スファラディ、ゼブルン族、ダン族、ビュブロス人、フェニキア人、フォキス人、フリギア人、ポエニ人、マゴ、マナセ族、ルーベン族、レウ族、イシン族。東方組の入植地はイラン、インド、ジャワ島、インドシナ半島、澳門、日本、黄河流域であり、西方組の入植地はライン河畔、バルト海である。
アッシリア帝国の侵攻を機に、上記の人々が亡命を希望した。イスラエルの失われた10支族の内、ナフタリ族以外の9支族がこの大航海時代に参加していることがわかる。この大航海時代からは、アケメネス家、マゴス、アッサカ人、カトマンドゥ、アーンギラサ、ブギス族、黎族、天孫族、多氏、大伴氏、久米氏、筑紫国、熊襲、博多、阿蘇氏、尾張氏、司馬氏、秦氏、魏氏、韓氏、田氏、ガリア人、ダキア人、ケルト人、バヴァリア人、ボイイ族など、有力な種族が多く生まれている。

 


■BC2??年 「鬼の大航海時代(イフェの神官オニの大航海時代)」

 

 

入植地は南アフリカ、東アフリカ、アンダマン諸島、スラウェシ島、ミンダナオ島、台湾、日本である。ある時、先祖の故地であるダナーンを詣でたいと考えた黒人ダン族は、ベトナムに至るべく東方に向かった。その途中途中で一部がそれぞれ分離して降り立ったが、彼らはその度にカニバリズムを現地人に伝えた。コンゴ、タンザニア、ケニアに立ち寄った黒人ダン族は抜かりなくカニバリズムを伝え、アフリカ人の堕落を促進した。黒人ダン族がアフリカに来るまでは、人喰いの話などはアフリカで聞かれることは一切なかった。

 


BC168年 「スラヴ人の大移動時代(新彊ウイグルのはじまり)」

 

 

「スラヴ人の大移動時代」の参加者:スラヴ人、イリュリア人、ダルダニア人、ダキア人。入植地はタリム盆地である。イリュリア王国がローマ共和国に占領されると、アドリア海、パンノニアに居住するスラヴ民族がタリム盆地に亡命した。この大移動時代からは、大宛、楼蘭、大夏などが生まれている。

 


AD3世紀 「大和人の大航海時代(現代ヨーロッパ文明の礎)」

 

 

「大和人の大航海時代」の参加者:縣氏(アッカド人)、飛鳥氏(アッサカ人)、安曇氏(エドム人)、嵐氏(楼蘭)、イェマック(天孫族)、卜部氏(エウロペ族)、多氏(呉氏)、王氏(ジャワ人)、郭氏()、葛城氏(ユリウス家)、加賀氏(マゴグ)、門真の民(カドモス)、賀茂氏(ゴメル)、鐘氏(フージャン人)、河内氏(高車)、漢氏(ルーベン族)、吉備氏(ヤコブ)、金氏(晋)、久米氏(シグマ)、熊襲武尊(ティカル人)、百済人(ケツァルコアトル)、公孫氏(ラーオ族)、車氏(車師)、刑氏(晋)、建氏(フージャン人)、湖氏(フージャン人)、孔氏(アンガ人)、洪氏(ホン族)、候氏、司馬氏(シメオン族)、州胡の民(シェラフ)、植氏()、関氏(ガンダーラ人)、仲哀天皇の一族(トロイア)、夏氏(カイナン)、何氏、西氏(セイバル)、農家(神農)、林氏(楼蘭)、博多・枚方の民(ガド族)、春名氏(パルニ人)、白氏、武氏(呉氏)、札氏、墨家(守屋氏)、隼人(サバエ人)、文氏(アメン神官団)、頁氏(ヤペテ)、歩氏、方氏、朴氏(トバルカイン)、山田氏(マダイ)、倭人(魏氏)など。入植地はアイルランド、ブリテン島、現オーストリアである。この大航海時代からは、近代ヨーロッパ文明を牽引した発明家、芸術家が多く生まれている。

 


AD357年 「オースターの大航海時代」

 

 

「オースターの大航海時代」の参加者:オースター(多氏)、バーグ(朴氏)、ムーン(文氏)、ロート(朱氏)、リー(李氏)、ストーン(石氏)、ルーベンス(劉氏)、ホール(郭氏)、キング(王氏)、ウィンター(孟氏)、ウィロウ(楊氏)、ニート(高氏)、キャッシュ(銭氏)、ライダー(馬氏)、グラス(芝氏)。入植地は満州、モンゴルである。ヨーロッパからイギリスに帰還したオースターは、「大和人の大航海時代」の参加者である朝鮮人、中国人の子孫に東アジアへの帰還を打診する。

 


■AD420年 「アサド家の大航海時代」

 

 

「アサド家の大航海時代」の参加者:アサド家、ヤジディー。アビ・カリバ・アサドが王位を失うと、アサド家は「アサド家の大航海時代」を実施した。アラビア半島を離れた彼らは「沖泳良部島」に上陸し、現地人と混合して「朝戸氏」を称した。泳良部の名の由来はアラブであり、朝戸の名の由来は文字通りアサドである。本本土に上陸した朝戸氏は、諏訪国に「他田氏(おさだ)」「長田氏(おさだ)」「浅田氏」「佐田氏」を、長田氏(ながた)は近江国に「永田氏」を、遠江国に「中田氏」を誕生させた。
アサド家と共に日本本土に上陸したヤジディーは、山城国に「佐藤氏」を、甲斐国に「安田氏」を、近江国に「吉田氏」を残している。更に、備後国に「芦田氏」を、常陸国に「志田氏」を残した。ヤジディー=ジディー=シティー=佐藤となり、ヤジディー=ヤジデ=安田=吉田=芦田=志田となる。

 


■AD471年 「鮮卑の大航海時代」

 

 

「鮮卑の大航海時代」の参加者:托跋部、慕容部、段部、乞伏部、禿髪部、宇文部、「オグズ24氏族」の安曇氏(オットマン)、甲斐氏(カイ)。入植地はマヤ、ブリテン島である。「北魏」の消滅を機に、托跋部、慕容部、段部、乞伏部、禿髪部、宇文部が「オグズ24氏族」の安曇氏(オットマン)、甲斐氏(カイ)を誘って大航海時代に入る。この時、禿髪部は日本に移住し、一部段部は雲南に移住している。この大航海時代によってさまざまな種が世界各地に撒かれたが、一番有力な種は「ヴァイキング(魏の王)」である。

 


■AD531年 「マクリア人の大移動時代(安閑天皇の大冒険時代)」

 

 

「マクリア人の大移動」の参加者:安閑天皇(マクリア)、ハルハ部(アルワ)、北狄(ノバティア)、丁零(ドンゴラ)。入植地はヌビアである。彼らは、ヌビアに王国を建設し、パンノニア、中央アジアにアールパード家、マジャール人、クマン人、ペチェネグ族などの有力な騎馬民族を生んでいる。この大移動時代からは、マクリア王国、アルワ王国、ノバティア王国、ドンゴが生まれている。

 

■AD6世紀 「勿吉の大航海時代(近代神社のはじまり)」

 

 

「勿吉の大航海時代」の参加者:オースター(多氏)、ムーン(文氏)、バーグ(朴氏)、ロート(朱氏)、リー(李氏)、ストーン(石氏)、ルーベンス(劉氏)、ホール(郭氏)、キング(王氏)、ウィンター(孟氏)、ウィロウ(楊氏)、ニート(高氏)、キャッシュ(銭氏)、ライダー(馬氏)、グラス(芝氏)。満州人とイギリス人のハーフの顔をした人々が日本に上陸していくつかの神社を創建する。

 

AD668年 「高句麗の大移動時代(コーカサスのはじまり)」

 

 

「高句麗の大移動時代」の参加者:ククルカン神族(加賀市・ウリゲン)、長孫氏(ツァンスン)、ハルキス人(コルキス人)、ペレグ(フリギア人)。入植地はコーカサス、バルカン半島、パンノニア、シレジアである。高句麗が滅ぶと、高句麗人は西方に移住した。この大航海時代からは、コーカサス、チェチェン人、ブルガリア人、コーブルク、グルジアが生まれている。

 


■AD713年 「橘氏の大航海時代(伝説のニョロ帝国のはじまり)」

 

 

「橘氏の大航海時代」の参加者:橘氏、丹波氏。入植地は湖水地方である。この大航海時代により、伝説のニョロ帝国、タンブジ朝が生まれた。その後も、ニョロ帝国には日本人の血統である小笠原氏、諏訪氏などが湖水地方を訪れてニョロ帝国に参加している。

 


■AD727年 「ウイグル人の大航海時代(ヴァイキングのはじまり)」

 

 

「ウイグル人の大航海時代」の参加者:ウイグル人、ナイマン人、大宛人。入植地はスカンジナビアである。托跋部とカウィール家の連合体であるウイグル人は、因幡氏と物部氏の連合体であるナイマン人と大宛にいた鬼(黒人ダン族)を率いて、北極海ルートを経てバルト海に出現した。この大航海時代により、ヴァイキング、ノルマン人、デーン人が生まれた。

 


■AD8世紀 「鹿島神社の大航海時代(ペルー人の大移住)」

 

 

「鹿島神社の大航海時代」の参加者:チコマの「久米氏」、アプリマックの「エブラ人(アベル)」「マゴス」、モチェの「マツヤ族(メトセラ)」、カスマの「コサ族(アクスム人)」、カワチの「河内氏(高車)」、マントゥーロの「マドゥラ族(ミツライム)」ワルメイの「エラム人」「マオリ族」、入植地は房総半島、諏訪国、九州である。ハタミ人。モチェ文化終了につき、一連の関連種族が大挙して太平洋を横断し、日本に上陸した。上陸ポイントである房総半島に「鹿島神社」を創建後、一同は諏訪国に入植している。この大航海時代からは、鹿島神社(児島氏、小嶋氏、小島氏、笠間氏、風間氏、草間氏など)、千曲川、知久氏、根津氏、望月氏、木曽氏、三木氏、松浦氏、阿比留氏、有馬氏、毛利氏が生まれている。

 

■AD842年 「丹波氏の大航海時代(伝説のニョロ帝国タンブジ朝のはじまり)」

 

 

「橘氏の大航海時代」の参加者:橘氏、丹波氏。AD713年、律令制により、丹波国が丹後国と但馬国に分割された。その後、「承和の変」により、橘逸勢は伊豆に流される途上、三ヶ日辺りで船で逃亡すると、丹波氏はこれに参加し、橘逸勢の残党と共に日本を後にしてアフリカ大陸に向かった。一行はナイル河を遡って湖水地方に進出し、「ニョロ帝国」を建てた。ニョロは「ブニョロ」とも呼ばれたが、ヴァナラシが由来である。

 


■AD997年 「レイフ・エリクソンの大航海時代(ヴァイキングとインディアンの大移住)」

 

 

「レイフ・エリクソンの大航海時代」の参加者:レイフ・エリクソン、アイスランド人、デンマーク人、スウェーデン人、ヴァイキング、クヌート、ダコタ族、ラコタ族、スー族、コマンチ族、フィブ。入植地は日本である。この大航海時代からは、北島家、千家家、成瀬氏、荒木氏、金田氏、高田氏、佐久間氏などが生まれている。

 

※このあとも大航海時代は続いたが、それぞれの詳細は「悪い顔」や「ダヴィデの一族」の方をご覧頂きたい。

 

 

 



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