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第39話 変体

たくさん今日も買って来た。

私は買い物袋を持って行くのを忘れたので、段ボールを一つとり、ガムテープで底を留めた。

その中に今買ったばかりのとろろ昆布と、かぼちゃと、ハンドソープをいれ、おいしょと持ち上げた。

ガムテープが、ちゃんと貼られていなかったらしく、そのときバリっと音がして、かぼちゃが一個ぼとんと下に落ちてしまった。

はぁああ。

私はざわめいた。ひとりでいたのに。

いつの間にか、私の体は、38個に分裂していた。

スーパーの一角に、ぎゅうぎゅうの状態で私がいた。

たくさんいたのに、それが全部私だとわかるのは、ほんとにリアルにひとりひとりの感情が、波のように伝わってくるからだった。ひとりが思ったことが、全員に共有される。けれどそれには時間差があって、例えば一番端の、サービスで置いてある電子レンジに押し付けられるようにして立っている私が、この電子レンジ、最新式じゃないわねーと考えていることが、出口にいる私に伝わるまでには、0.5秒くらいかかるのだった。

出口にいる私が「この電子レンジ最新式じゃないわねー」と考えるころには、もう電子レンジ前の私は、はあ、今日も疲れた。と思っているのだった。そんなことだから、私の感情はざわざわ、ざわざわ、ざわめきたっていた。

かぼちゃがごろりんと転がった床には、だれも手出しができなかった。みんな自分のことで精いっぱいで、かぼちゃを拾うことも、ガムテープを貼り直すこともできなかった。

なんでこんなになっちゃったのかしら。と、全部の私が思う頃には、唯一冷静だったハンドソープが答えを出してくれた。

ここにいるかぼちゃがね、いまかびょちゃになったのよ。

とろろ昆布は、そんなこと知らねぇというふうに黙っていた。

かびょちゃに?

一番かびょちゃに近い私が思った。

その隣の私が、かびょちゃって何?と思うと、そのはてながどんどん連鎖していった。

ようやく電子レンジ前の私に届くころには、私はもう目の前の状況を理解していた。

なぜなら電子レンジ前の私は、かびょちゃの存在を知っていたからだった。

これから私は背も伸びるし、声も高くなるし、膝も左足の小指も痛くなるのだわ。

私はそう思った。そう思った私は、サービスカウンターの前にいる私だった。

どこへいってもそう、私は私。それはわかってるんだけど、かびょちゃの前では私たちは分裂してしまうのだった。本来の私へ戻ってしまうのだった。

レジを打っていたアルバイトのお姉さんが、うるさいなーと言ってしまった。まだ新人教育が十分でなかったのだ。

ご、ごめんなさい。とレジの近くの私が言って、その申し訳ない気持ちが、0.2秒後に、電子レンジ前の私に伝わった。

ともかく、これじゃ帰れないから、かびょちゃには戻ってもらわないと。と思った入り口近くの野菜売り場にいた私は、まだ店頭に並んで売れるのを待っているかぼちゃに頼んだ。

どうか、かびょちゃに戻ってくれるように説得してくれないかしら。

かしら、とか私はあんまり言わないけれど、この野菜売り場の私は言ったのだった。それに対してその隣に

いた私はすこし照れ臭くなって、その感情が、0.4秒後に電子レンジ前の私に伝わった。

まだかぼちゃのかぼちゃは、こう言った。君たちの誰かが思ったことが皆に伝わるように、私たちにも、かびょちゃの気持ちが伝わってくるんだ。

もう少しこのままいさせてくれよ。

それはどういう感情なの、とトマトを眺めていた私が言った。

それはきっとこの目の前のトマトとは違う感情なのだろう、と、私は勝手に思った。

野菜売り場の少し先にいた私は、「あ、豆腐買い忘れた」とその瞬間思ったので、電子レンジ前の私は0.7秒後に、その失態を知ることになるだろう。


奥付


【2019-06-16】指さし小説


http://p.booklog.jp/book/127341

今回のテーマは、変体でした。変態かと思ったら、変体でした。
最近私の体に変化が起きていて、背も伸びているので、ぴったりのテーマでした。そして今日、ちょうどスーパーで買い物をしたので、それを裏テーマにしました。面白かったです。
この第39話を持って、パブーでの連載は終了いたします。みなさんに一言
さんきゅー

著者 : 柿本慧こ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/resipi77/profile


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