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距離感を保つ

私のような内向的な人間は、常に人との関係で一定の距離感を保

っています。

人と一定の距離感を保つようになったのは物心ついたときからで

しょうか。

その理由のひとつは、はっきりとしたものではありませんが、小

さなとき病弱でひとりで過ごすことが多かったからでしょう。

常に、自分の体にびくびくしていたものです。

また、病弱は、他人と違う自分をしっかりとみる機会になり、そ

のような生活がある程度続いたことで自分を内向的な性格にして

いったように思います。

 

今まで元気だったものが急に病気になり寝込んだりします。

その突然性、突発性にかなりの恐怖感がありました。

友達ともよく遊びましたが、突然の病気に友達と遊べなくなるこ

とも多く、どうしても自分の中に閉じこもるようになったもので

す。

このような環境は、他人(友達)との距離感をうまく保つ必要が

あり、友達には理解できないものがあるわけですから同じ人間で

も違いがあることを痛いほど体得しました。

 

順調に生活できる人と違い、なにごとにも慎重になり、常に病気

を気にしながら自分で主体性をもってなにかをすることになりま

す。

そのような状況が中学時代まで続いたことで性格は慎重になり、

他人とはどうしても違う自分があることが、人との関係で一定の

距離感をつくるようになりました。

 

社会人になり営業職についても内向的な性格は変わりませんが、

職場の先輩などを通して仕事をするようになる中で外向性を少々

無理してつくってきたきらいがないでもありません。

さらに、自分で作ってきた内向的な性格ではありますが、人間の

本質、いわば私の本質の中にはかなり挑戦的で行動的な面がある

こともわかりました。

人間とは、他人のことはみえている範囲ではよくわかるのですが、

自分のことは、どんなに歳を重ねてもよく理解できないものです。

内向的で静か自分が一番好きなのですが、なにか触発されること

 

 

 

があると、突然挑戦的で行動的になったりするのですから不思議

です。

自分の意識というよりは、自分の意識以外のなにものかが私の体

を動かしているように感じます。

 

とは言え、仕事のメインから離れた今、内向的で静かな自分がも

っとも居心地がよいと言えます。

仕事をすることは役割をもらうことですから、どうしても自分の

性格とは違う面を取り込みながら生きていくことになり、心身と

もに疲かれますが、そのような仕事をするときほど私は他人との

距離感は常に保っています。

他人と距離感を保つことで自分の心身のバランスを保つことがで

きるからですが、そうすることで他人や組織に埋没することなく、

今の自分があるのだと、つくづく感じます。

 

仕事だけではありません。

家庭においても妻との距離感、子供たちとの距離感、マギーとの

距離感と、それぞれに一定の距離感があるように思えます。

自分にそのような距離感があるように、他の人にもそれぞれの距

離感があるのだと思います。

マギーも間違いなく、主体的に自分の距離感をもって生きていま

す。

決して私の言いなりになるようなわんこではありません。

もっとも、エサやおやつを見せると急に距離感がちじまることは

動物の本能でしょうか。

また、エサやおやつをちょうだいするときの距離感も絶妙でしょ

うか。

こちらもいちころです。

 

私がマギーに心地よい距離感を与えているかどうかはわかりませ

んが、お互いに楽しくしているということは、それぞれの距離感

がよいのかもわかりません。

 

距離感は、ある意味で孤独とも関係しているように思えるのです

が、どちらも自分という存在を主体的にみているからでしょうか。

 

 

 

そこに恐怖感や不安感がないのは、幼いころの経験が影響してい

るようで、人生で経験するネガティブなことも人生の長丁場から

みれば、案外人生を楽しく生きるための不思議な出来事のように、

私には見えるのですが。。。

 

 【お知らせ】

パブー終了に伴い2019年7月以降、Bccksで「遊道楽歩」を発行します。

パブーで発行した一部の書籍は、Bccks私の書斎に移管しました。

Bccks書店名は、「遊楽堂」です。

 

 

 


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最終更新日 : 2019-06-17 10:36:46

この本の内容は以上です。


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