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パブー閉店に寄せて

パブートップページにある通り、パブーが閉店となりました。

個人的な思いと感謝を弦楽器イルカさんのページ↓に寄せましたので、ご一読いただけましたら幸いです。

 

http://p.booklog.jp/book/126865/read

 

尚、次のページにちっちゃなBL小説を載せましたので、こちらも読んでいただけたら嬉しいです。

 

弦楽器イルカさん、これまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。


せんないぼくらの些細な日常

杉山さん、というのがぼくの好きな人の名前だ。

ぼくは男で、杉山さんも男だけれど、ぼくたちは互いに恋に落ちようとしている。

 

杉山さんは恵比寿にあるレストランの店員をしていて、ぼくは製薬会社の営業をしている。

一年前、接待で行ったレストランで、テーブルを担当したのが杉山さんだった。

一目惚れして、でもふつうにあきらめて、その二ヵ月後にクラブで運命の再会をした。

あの店のギャルソンの方ですよね、というと、杉山さんはちょっと横を向いて、ギャルソンって言わないでください、と言った。じゃあなんて言えばいいんですかと訊くと、店員でいいですと言った。ギャルソンっていうと、なんだかしゃちこばってて、その、ちょっと恥ずかしいので。

杉山さんは、なんというか、すこしシャイな人だ。

そのシャイな杉山さんには、そのとき他につきあっている人がいたのだけれど、なんでそんなにお約束なのと言わんばかりに、相手は既婚者で子供もいるような人だった。

杉山さんがうちに初めて来たとき、仕方ないよね、ってぼくは言った。

ぼくは杉山さんが好きだけど、杉山さんはそいつが好きなんだろ。

不毛だとか間違ってるとか、ぼくのほうが幸せにしてあげられるとか、そりゃもう言いたいことはいっぱいあるよ。

でも、自分で選んだんだから仕方ない。いつか痛い思いするって分かってても、やめられないくらい好きなんだもんな。

だからぼくも杉山さんを好きなことやめないよ、って言い終わらないうちに、壁にもたれて座っていた杉山さんは膝を抱えて泣き出した。

いや、頼むから泣かないで、ってぼくはちょっと困って言った。

女の人に泣かれるのは困るけど、男に泣かれるのもかなり困る。

ぼくなんか悪いこと言ったっけ、と頭を掻くと、明日葉くんの言う通りだ、と杉山さんは顔を上げて、洟をすすりながら少し笑った。

ずっと惰性でつきあってきて、この年になってひとりでやっていく自信がなかっただけなんだ。でも、もういい加減にしなくちゃいけない。

この年ってたかだかぼくの二個上でしょ、とまだまだ若いつもりでいるぼくに、杉山さんがどこかさっぱりした顔で続ける。

明日葉くんに言われて目が覚めた。

にっこり。

ああもうそういう顔を見せるなよ、とぼくは杉山さんが少し憎らしくなってみる。

分かってんのかな、この人。ぼくが好きだってこと本当に分かってんのか?

勢いで押し倒したい思いをぐっと堪え(なにせぼくは漢だから)、杉山さん、と呼びかけてみる。

うん? と目を上げた杉山さんに、ぼくは期待してもいいの、と直球をぶつけた。

すると、慌てるかと思った杉山さんは意外にも気丈な顔をして、明日葉くんを利用はできない、と真剣な声音で言った。

利用?

明日葉くんに甘えて、あの人を忘れるような真似、僕にはできない。

あのさ。

ぼくはずずいと杉山さんに近づいた。

ちょっと杉山さんの目が開く。

ぼくに甘える気が、あるの?

壁に手をついて杉山さんの逃げ道を塞いで言うと、杉山さんはそこで何かに気づいたように、急に顔を赤らめた。

いや、それは言葉のあやでとかなんとかもごもご言いながら、杉山さんが俯く。

杉山さんの隣に座り、ぼくは思わず笑ってしまった。

大丈夫、という思いが胸の中に満ちてくる。きっとこれからよくなる。すべてがうまくいく。

何があっても笑っていれば、目の前のこの人もいつか、いつかきっと心の底から笑ってくれるに違いない。

ぼくは天を向いて笑い続けた。

何かが終わり、そして始まるような、そんな予感と期待で笑わずにはいられなかった。

 


この本の内容は以上です。


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