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十 事件Ⅱ

 

柔らかな白い光が部屋に差し込んでいた。外は穏やかな天候だ。それに呼応するかのように、部屋の白い壁も光を受け入れている。それに比べて、ベッドの上では、酸素呼吸器を口に当て、いつ平行になるかわからない心音の女性が横たわり、ただならぬ雰囲気を醸し出している。

 

「またか」

 

支配人が病室の中にいた。普段なら、白い壁に溶け込んでいるはずの男が今は浮かび上がって見える。

 

「車の中に入って来るなり、彼女は座席に倒れました。それ以降、声を掛けても動こうともしませんでした。それで、病院に連れてきたのです」

 

車を運転していた警備ロボットが事情を説明する。

 

「容体はどうだ?」

 

「医者の説明では、命には別状ないそうです。ただし・・・」

 

「ただし、何だ」

 

「かなりのダメージを受けているため、元の生活に戻るには、かなりの時間を必要とするそうです」

 

「かなりの時間か。楽観的に言えば、そうかもしれないが、悲観的に言えば、元に戻らないということもありうるわけだな」

 

「私にはわかりません」

 

「わかった」

 

支配人はそれ以上何も言わなかった。

 

病室の扉が開いた。そこには、支配人と病室の白に対峙するように黒い服の男が立っていた。

 

「またか」と支配人と同じ言葉を尋ねる。

 

支配人は顎を上げ、警備ロボットに席を外すよう促す。

 

「失礼します」

 

警備ロボットは病室のドアに向かった。

 

「まただ」

 

 病室のドアが閉まるのを待って、支配人が呟いた。

 

「原因は」

 

「過度のショックらしい。脳が、心が耐えきれなかったのだろう。治るにはかなりの時間を要するかもしれない。まして、この仕事を続けるのならば・・・」

 

「身の守り方を変えないといけないな」

 

「ああ。ヘッドフォンを常に携帯させて、仕事が終わった後、興ざめかもしれないが、客の前ですぐにヘッドフォンを付けさせるようにする。だが、犯人があいつならば、それも無駄かもしれん。早く、あいつを捕まえてくれ」

 

「それはわかっている。俺たちもあいつを追っている。だが、あいつは姿形を常に変えている。見た目だけでは判断できない。また、連絡先も異なっている。極端な話、客全員があいつかもしれない」

 

「犯人が不特定多数というわけか。それじゃあ。そのうち、うちのハートケア士全員が病院送りになくなってしまうな。そうしたら、俺も仕事を変えて、病気を抱えたハートケア士を介護する施設の長にでもなるしかないな」

 

白服は皮肉を込めて、黒服に静かな怒りをぶつける。

 

「ハートケア士の被害者はお前の所だけじゃない。他の事務所でも被害に遭っている」

 

黒服は白服の言葉にも微動だにしない。

 

「それなら、それこそ、早く犯人を捕まえないといけないのじゃないか。被害者が増えるのを指を咥えて見ているだけか。これまでもお前たちには他の事務所以上に十分協力はしてきたはずだ」

 

「それはわかっている。だからこそ、犯人を捕まえるために、更なる協力をお願いしたい」

 

白服と黒服は互いにじっと顔を見つめている。微動だにしない。だが、顔からは感情を読み取れない。永遠に続くかのような沈黙。その沈黙を破ったのは白服だ。

 

「わかった。更なる協力はしよう」

 

「ありがとう」

 

黒服は大きく頭を下げた。

 

「お前から礼を言われると返って身構えてしまう」

 

白服の顔のうち、他の部分は能面のように変化はないものの、右側の口角だけが上がった。

 

「俺だって、人の心は持っている」

 

黒服は顔色を変えずに答える。声にぶれはない。

 

「人の心か?いろんな心があるからな。まあ、いい。ただし、捜査に協力する人の選択は任せてもらうぞ。今度は、慎重に選ぶ」

 

「人選は任せる。ただし、早く決めてくれ」

 

「早くか。早くは犯人を捕まえることだろう。だが、こちらも手はない以上、お前に協力するしかない。うちも、これ以上、ハートケア士が減るのは困るからな。だが、ちゃんとフォローはしてもらうぞ」

 

「もちろんだ。我々も情報が途絶えるのは困る」

 

「お互い様か」

 

「そう。お互い様だ」

 

「決まったら連絡くれ。次の仕掛けをしたい」

 

そう言うと、黒服は音もたてずに病室から立ち去った。

 

入れ替わりに、高校生ぐらいの女の子が病室に飛び込んできた。走ってきたのか、息が荒い。髪の毛も、服装も乱れている。

 

「お母さん」

 

ドタ。カバンが床に落ちた。女の子はベッドの上の女に抱きついた。

 

「目を覚ましてよ。お母さん」

 

女の子の目から涙がこぼれていた。だが、女からは何の返事もしない。すぐさま、部屋の外でいた警護ロボットが入ってきた。

 

「すいません、支配人。今は部屋には入れないと言っていたのですが、扉が開いたので、その隙間から部屋に入ってしまったんです」

 

警備ロボットはすまないことを示すためにうなだれた。これもあやまりの言葉と連動したインプットされた動作だ。

 

「仕方がないだろう。俺にだって、人の心はあるからな」

 

支配人は泣きじゃくる女の子を残して、後の対応は警備ロボットに任せて、病室をそそくさと出た。

 

 

 


この本の内容は以上です。


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