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第3部第4篇第19章「貨幣取扱資本」の草稿の段落ごとの解読(19-7)

 

【13】

 

 [390]奢侈品製造のための商品(原料)としての金銀の取引は,地金取取扱業すなわち世界貨幣としての貨幣の諸機能を媒介する商業の自然発生的な基礎をなしている。そしてこれらの機能は以前に説明したように二重のものである。すなわち,国際的支払いの決済のためにさまざまな国民的流通部面のあいだで行なわれる往来(利子を求める資本の移動),および,その産源地から出て世界市場に行きわたる運動と国民的流通諸部面のあいだへの供給の分配,である。たとえばイギリスでは,17世紀の大部分をつうじて,まだ金匠〔Goldschmiede〕が銀行業者として機能していた。国際的支払いの決済が為替取引Wechselhandel〕等々としていっそう発展する次第も,また有価証券業務に関するいっさいのことも,つまりここではわれわれに関係のない信用制度の特殊的諸形態は,ここではまったく考慮しないことにする。

 

 ①〔注解〕「以前に説明したように」--カール・マルクス『経済学批判。第1分冊』,ベルリン,1859年,129-134ページ(MEGAII/2,S.210-213)。
 ②〔異文〕「(またのちには資本の投下」という書きかけが消されている。
 ③〔異文〕「イギリスでは……あった」という書きかけが消されている。
 ④〔注解〕「イギリスでは,17世紀の大部分をつうじて,まだ金匠が銀行業者として機能していた」--ジョン・フラーンシス『イングランド銀行史……』第1巻,ロンドン,1848年,からのマルクスの抜粋を見よ。所収:MEGAIV/7,S.541.
 ⑤〔異文〕マルクスはここに「++(下に〔unten〕)」と書きつけ,先頭に++という符号をもつ,原注a)のあとに書かれた次のパラグラフを指示した。〉 (321-323頁)

 

 〈奢侈品製造の原料である金銀は商品として取引されますが,こうした商品としての金銀の取引は、世界貨幣としての貨幣の諸機能を媒介する商業である地金取取扱業の自然発生的な基礎をなしています。そしてこうした世界貨幣としての貨幣の機能も、『経済学批判』で以前説明したように二重のものです。つまり,国際的支払いの決済のためにさまざまな国民的流通部面のあいだで行なわれる往来(これらは利子を求める資本の移動でもあります)と,その産源地から出て世界市場に行きわたる運動と国民的流通諸部面のあいだへのその供給と分配です。たとえばイギリスでは,17世紀の大部分をつうじて,まだ金匠が銀行業者として機能していました。しかしここでは、国際的支払いの決済が為替取引などとしていっそう発展することや、また有価証券業務に関するいっさいのことも,つまりここではわれわれに関係のない信用制度の特殊的諸形態は,ここではまったく考慮しないことにします。〉

 

 【ここではまず地金取扱業なるものが、世界貨幣としての貨幣の機能を果すものであることが示され、それは奢侈品製造に使われる金銀の売買を行なう業者から自然発生的に生まれてくることが指摘されている。
 そして世界貨幣としての貨幣の運動は二重のものであるとも指摘している。これは『経済学批判』が参照箇所に挙げられているので、それをまず見ておこう。しかしMEGAの注解は『批判』の「世界貨幣」全体を参考箇所に指示しているが、それらをすべて紹介するのは無理なので、今回の問題に関連する部分だけを紹介しておこう。そして同趣旨のものを一層分かりやすく説明していると思える『資本論』からも紹介しておこう。

 

『経済学批判』--〈世界貨幣はそれがもろもろの国民的流通領域のあいだをあちらこちら駆けまわる特殊な運動のほかに、その出発点が金銀の産源地にあって、そこから金銀の流れが世界市場のさまざまな方向へ転々と広がっていく、一つの一般的運動をもつ。〉 (草稿集③377頁)

『資本論』--〈金銀の流れの運動は二重のものである。一方では、金銀の流れはその源から世界市場の全面に行き渡り、そこでこの流れはそれぞれの国の流通部面によっていろいろな大きさでとらえられて、その国内流通水路にはいって行ったり、摩滅した金銀鋳貨を補填したり、奢侈品の材料を供給したり、蓄蔵貨幣に凝固したりする。この第一の運動は、諸商品に実現されている各国の労働と金銀生産国の貴金属に実現されている労働との直接的交換によって媒介されている。他方では、金銀は各国の流通部面のあいだを絶えず行ったり来たりしている。それは、為替相場の絶え間ない振動に伴う運動である。〉 (全集23a189頁)

 

  ここでは奢侈品製造の原料としての金銀の取引が、地金取扱業へと発展することが述べられ、その一例としてイギリスの金匠(ゴールドスミス)が挙げられている。
  「金匠」については次のような説明がある。

 

  〈もともと金匠は、少しも金融業と関係あるものではなかったのであり、その名のごとく金や銀ならびに宝石の細工匠であり、兼ねてその製品の販売商人であったにすぎない。それがエドワード三世(1307-27年)のころより急速に発展した貨幣経済のなかで、その富の貯蔵手段として貴金属品の採用が高まり、その過程においてそれを取扱う商人として、またこれらの細工職人として活動し、自らの富と勢力をしだいに強くもつようになったのである。……
  こうした経路によって金匠は、貴金属取扱商人・金銀細工業者から貨幣取扱商人に転化し、16世紀末より17世紀初頭にかけて、まず両替業と為替取引の部門に目ざましい進出を遂げるようになるのである。すなわち、かれらは奢侈品製作の原料である金や銀を商品として取引する地金取扱業から、銀や金が世界貨幣であることによって貨幣の国際的支払を媒介とする貨幣取扱業へ分出してきたのである。……金匠の諸機能の一つは、外国貨幣を取引しその供給を掌握することであった。また他の一つの機能は、かれらの手を経由するイギリスの貨幣について選り分けをして目方を量ることであり、かれらは目方の多い貨幣を潰して延金とし、あるいは地金として輸出することであった。こうしてかれらは貨幣融通の業務をしだいに習熟するようになり、両替取引を中心としてその勢力地盤を拡大していったのである。〉(「イングランド銀行成立前史」浅田毅衛・商学論叢120-121頁)

 

  さらに次のような説明も紹介しておこう。

 

  〈金匠の多くは従前の商取引をすぐにはやめず、従来の商売のほかに、第一に彼等が鋳貨の知識を有していたお蔭で非常に儲かる両替の商売を極くたやすく開始した。……また金匠がその貴金属についての知識から得た利益はこれだけではなかった。彼等は鋳貨を粗悪なものにしていると、到るところで公然と非難された。……しかしながら両替商としての取引で、金匠が儲けた利益がどれほどであったとしても、彼等は他の業務を営むことによっていっそう大きな益を収め、それによってイギリスに銀行業というものを導入したのである。
  戦争の不安と出納係の若干の者の不正直とのために、かなり多額の資本が金匠の手中に集った……彼等が非常に安い金利で、あるいは無利子で手に入れたこの資本を、彼等は高い金利で手形の割引や貸付のために使用した。これらの取引が有利なものであったということが、金匠を促して、好い利子を提供したり、あるいは予告なしに金を引出すことを預金者に許したりすることによって、人々の剰余金を預金させるように仕向けたのである。この政策はあらゆる予想を超えて成功し、数年の間に市民は彼等の貯金を金匠に預金するという習慣を一般にもつようになってしまった。
  これらの預金に対して受領書が発行された。これが金匠手形〔Goldsmith's notes〕として知られるもので、間もなく実際の鋳貨よりもいっそうよく流通して、しばしば銀貨の不足を補った。〉(アンドレアデス『イングランド銀行成史』24-27頁)】

 

【14】

 

 〈①世界貨幣としては,国内貨幣はその局地的な性格を脱ぎ捨てて,その金銀純分に還元される{同時に,ある国内貨幣が他の国内貨幣で表現される}が,他方,同時にこの金および銀の純分は,どちらも世界貨幣として流通する二つの商品として,絶えず変動するそれらの価値比率に還元されなければならない。この媒介を貨幣取扱業者は自分の特殊的営業にする。

 

 ①〔注解〕このパラグラフは,カール・マルクス『経済学批判(1861-1863年草稿)』,MEGAII/3.5の1578ページ15-21行から,変更を加えて取られている。〉 (323頁)

 

 〈世界貨幣としては,国内貨幣はその局地的な性格を脱ぎ捨てて,その金銀純分に還元されます。(あるいは,ある国内貨幣が他の国内貨幣と交換されます。)しかし,この金および銀の純分は,どちらも世界貨幣として流通する二つの商品として,絶えず変動しますので、それらの価値比率に互いに還元されなければなりません。この媒介を貨幣取扱業者は自分の特殊的営業にするのです。〉

 

 【世界貨幣としては歴史的には金と銀とが両方、ある場合は地域を異にして、流通していた。(日本でも江戸時代には「三貨制度」といって、金、銀、銅がそれぞれ独立した貨幣として流通域をやや異にしながら、貨幣として流通していたという。だから銀貨や銅貨は金貨の補助貨幣という位置づけではなかったという。)だから当然、金と銀との価値の変動に応じた、両方の両替が必要となり、その媒介を貨幣取扱業が自分の特殊営業とするようになったということである。(江戸時代の金貨である小判は、その鋳造貨幣のままに流通したが、銀は秤量貨幣としてその都度秤量されたという。銅銭の場合はその質は問われず、ただ一文銭は一文として流通したという。だから実際上は銅銭は金貨幣か銀貨幣の補助貨幣化していたといえるのかも知れない。)
  この部分はMEGAの注解によれば、61-63草稿から変更を加えてとられているというので、その草稿を見ておくことにしよう。ただ草稿のこの部分はその前後も含めてこれまでの本文を考える上で参考になりそうなので、注解の指示する部分を【 】で囲み、注解の指示する部分以外も含めて抜粋しておこう。(但し注意が必要なのは、61-63草稿ではいまだ貨幣取扱資本をそれ自体として利子生み資本と区別されたものとしては論じてはおらず、両者が渾然一体となっているということである。)

 

  〈対外市場での支払または購買が特殊な操作を必要にし、差額または購買手段としての貨幣を急送する特殊な形態を必要なものとして創造する(為替相場などを)かぎりでは、これは、再ぴ、貨幣取引業の特別な機能を形成する。
  同じく貨幣が諸商品と交換に生産源から復帰することも、別の操作や機能として独立化されうる。(地金取引業など。)これは、またしても貨幣取引業の特別な機能である。
  最後に、遊休している貨幣--すなわち市場に貨幣資本として投ぜられている貨幣は、貸し付けられ、また他人から借りられるのであって、このことが、またしても--いろいろな形態(貸付け、手形割引など)で貨幣取引業の特別の機能として現われるのであるが、この貨幣取引業は、商人が諸商品に相対するのと同じで、そんなふうに同時に貸付可能な資本に相対し、需要と供給とを貨幣資本によって調整し集中する媒介者である。
  最終的になお次のようなことをつけ加えておくことができる。すなわち、【世界貨幣としては貨幣は国内貨幣としてのその国民的性格を脱ぎ捨てて、その金銀純分に還元されるのであるが、同時にまたこの金銀は、世界貨幣として流通する二つの商品として、絶えず変動するそれらの価値比率に還元されなければならない。このことを、貨幣取引業者は、またしても媒介するのであって、国内貨幣の世界貨幣へのこのような調整を自分の独自な業務とするのである。】(為替相場。後者の場合には、さらに国際収支のそのときどきの状況が加わるが、その詳細はここには属さない。)他方、この操作はまた、別々の国々の貨幣種類を、いろいろに違う特殊な流通部面に属する同じ国の貨幣種類と同じように、相互に単純に両替することに帰着する。(単純な貨幣両替業者。)これらの機能のすべてをいっしょにしたものが貨幣取引業の業務であるが、これは、ちょうど商品取引業と同じように、いろいろな部門に分かれている。〉 (草稿集⑧59-60頁)

 

  この草稿によれば、本文のやや意味がとりにくい角括弧に入った一文〈{同時に,ある国内貨幣が他の国内貨幣で表現される}〉は、61-63草稿の〈他方、この操作はまた、別々の国々の貨幣種類を、いろいろに違う特殊な流通部面に属する同じ国の貨幣種類と同じように、相互に単純に両替することに帰着する。(単純な貨幣両替業者。)〉とあるものを簡潔に書き直したものと考えることが出来る。】


第3部第4篇第19章「貨幣取扱資本」の草稿の段落ごとの解読(19-8)

 

【15】

 

 両替業Wechselgeschaft〕と地金取扱業とは,貨幣の二重の機能,すなわち国内鋳 貨および世界貨幣としての機能から生じる,貨幣取扱業の最も本源的な形態〔なのである〕。

 

  ①〔異文〕「二重の」--書き加えられている。〉 (323頁)

 

 〈両替業と地金取扱業とは,貨幣の二重の機能,つまり国内鋳貨としての機能と世界貨幣としての機能とから生じる,貨幣取扱業の最も本源的な形態なのです。〉

 

 【これはその前のパラグラフに直接つながる一文と考えることが出来る。前のパラグラフでも世界貨幣としての機能から地金取扱業が生まれてくることが指摘され、同時に国内鋳貨の両替についても括弧内ではあるが示唆されていた。だから今回のパラグラフでは、それらを受けてもう一度、両替業と地金取扱業は貨幣取扱業のもっとも本源的な形態であるということが指摘されているものといえる。】

 

【16】

 

 資本主義的生産過程から(生産がまだ資本主義的に営まれていないところでさえも商業一般から生じるように)次のことが生じてくる。第1に,蓄蔵貨幣としての貨幣の形成,すなわち,いまでは資本のうち支払手段および購買手段の準備ファンドとしてつねに貨幣形態で存在しなければならない部分の形成。これは蓄蔵貨幣の||277|第1の形態であって,それが資本主義的生産様式のもとで再現する(また総じて商業資本が発展するさいに少なくともこの資本のために形成される)のである。どちらも国内流通ならびに国際的流通のため〔のものである〕。この蓄蔵貨幣は絶えず流動しており,絶えず流[391]通に注ぎ,また絶えず流通から帰ってくる。第2の形態は遊休していて目下のところ運用されていない(貨幣形態にある)資本,あるいは,蓄積されたがまだ投下されていない資本〔である〕。この蓄蔵貨幣形成それ自体によって必要となる機能は,蓄蔵貨幣の保管,簿記,等々である。しかし,これらのことには,第2に,⑥⑦買うときの貨幣の支払,売るときの収納,支払い金の支払いと受領,諸支払いの決済,等々が結びついている。これらすべてのことを,貨幣取扱業者はなによりもまず,商人や産業資本家のためのたんなる出納代理人として行なうのである。a)

 

 ①〔異文〕「および」← 「または」
 ②〔異文〕「つねに」--書き加えられている。
 ③〔異文〕「第2の形態」← 「第2に」
 ④〔異文〕「蓄積のために新たに」という書きかけが消されている。
 ⑤〔異文〕「しかし,それはそれの……繋がっている」という書きかけが消されている。
 ⑥〔異文〕「収納〔Eingabe〕」という書きかけが消されている。
 ⑦〔異文〕「買う」← 「支払う」
 ⑧〔異文〕「収……および〔Ein und〕」という書きかけが消されている。
 ⑨〔異文〕「たんなる出納代理人として行なうのである。この機能は,貨幣両替人また
は……に」という書きかけが消されている。〉 (324-325頁)

 

 〈資本主義的生産過程から次のことが生じてきます(そしてこれ自体は生産がまだ資本主義的に営まれていないところでさえも商業一般から生じてきますが)。すなわち第1に,蓄蔵貨幣としての貨幣の形成です。つまり資本のうち支払手段および購買手段の準備ファンドとしてつねに貨幣形態で存在しなければならない部分の形成です。これは蓄蔵貨幣の第1の形態です。それが資本主義的生産様式のもとで再現するのです(そしてまた総じて商業資本が発展するさいにも、この資本のために形成されます)。そしてこれらはどちらも国内流通や国際的流通のためのものとしてあります。こうした蓄蔵貨幣は絶えず流動していて,絶えず流通に注ぐと同時に,また絶えず流通から帰ってくるのです。蓄蔵貨幣の第2の形態は、遊休していて目下のところ運用されていない貨幣形態にある資本のことです。あるいは蓄積されたがまだ投下されていない資本です。
  さて、これらの蓄蔵貨幣の形成にともなって必要となる貨幣取扱業の第1の機能は,蓄蔵貨幣の保管,簿記,等々です。しかし,これらのことには,第2の機能として、買うときの貨幣の支払,売るときの収納,支払い金の支払いと受領,諸支払いの決済,等々が結びついています。これらすべてのことを,貨幣取扱業者はなによりもまず,商人や産業資本家のためのたんなる出納代理人として行なうのです。〉

 

 【ここでは蓄蔵貨幣の第1の形態と第2の形態について論じられている。それぞれにどのような違いがあるのであろうか。

 

  第1の形態--支払手段および購買手段(流通手段)の準備ファンド。
  第2の形態--遊休貨幣資本、あるいは蓄積ファンド

 

  ここではマルクスは蓄蔵貨幣としてこの二つの形態を指摘し、それらが貨幣取扱業の業務を必要とすると述べている。そしてその業務には二つの機能があるとしている。

 

  第1の機能--貨幣の保管、簿記など
  第2の機能--第1の機能と結びついたものとして、買う時の貨幣の支払、売るときの貨幣の収納、支払金の支払と受領、諸支払の決済など

 

  そしてこれらの機能を貨幣取扱業者は商人や産業資本家のためのたんなる出納代理人として行なうと指摘されている。

 

  【12】パラグラフの原注として紹介されていたフィセリングからの抜粋のなかでも指摘されていたが、両替業と出納代理業はアムステルダム政府によって意図的に分離され、両者の結合を危険視されていたようである。そしてその代わりにこの両者を公的権限によって結びつけたものとしてアムステルダム振替銀行が生まれたとされていた。マルクスは、【10】パラグラフで、貨幣取扱業の自然発生的な基礎の一つとして両替業があることを指摘し、両替業から為替業も生まれてくることを指摘していた。そしてこのパラグラフでは、単なる貨幣の機能としての蓄蔵貨幣が、資本主義的生産によって再現する二つの形態(支払および購買の準備ファンドと遊休貨幣資本や蓄積ファンド)を指摘し、そこから生じる必要な機能として、第1に、保管・簿記等々と、第2に、流通手段の支払や収納・支払手段の支払や受領、諸支払の決済等が指摘され、それらは出納代理業として行なわれると指摘している。つまりマルクスも貨幣取扱業の基礎として両替業をまず論じ、そのあと出納代理業を論じているわけである。
  ところでここではマルクスは蓄蔵貨幣の二つの形態について論じているが、そもそも蓄蔵貨幣にはどういう形態があるのかについて、これは、第29章該当部分の草稿の解読のなかで紹介したのであるが、大谷氏が「貨幣の機能Ⅱ」で考察しているものを纏めて図示したものをここでも紹介しておくことにしよう。

 

  この大谷氏の蓄蔵貨幣の諸形態の説明からみると、ここでマルクスが述べている第1の形態というのは、大谷氏の説明では(3)の〈単純流通のメカニズムそれ自体から生じる蓄蔵貨幣(鋳貨準備、支払手段の準備)〉であり、第2の形態というのは〈(4)資本の流通のメカニズムから生じる蓄蔵貨幣(蓄積ファンド、固定資本の償却ファンド、資本の回転から生じる遊離貨幣資本等)〉に該当すると考えられる。】

 

【17】

 

 〔原注〕a)「ネーデルランドの商業都市ほど出納代理人の制度がその本源的な独立的な性格を純粋に保っていたところは,あるいはどこにもないかもしれない①(アムステルダムにおける出納代理業の起源については,E.リュザク『オランダの富』,第3巻,を見よ)。その機能の一部分は,古いアムステルダム振替銀行〔Amsterdamsche wisselbank〕の機能と一致する。出納代理業者は,彼の業務を利用する商人たちからある額の貨幣を受け取ると,そのかわりに彼らのために自分の帳簿のなかに貸方欄を開設する。さらに商人たちは自分たちの債券証書を彼に送り,それを彼は商人たちに代わって取り立てて彼らの貸方に記入する。他方では,彼は商人たちの指図(小切手)と引き換えに支払いをし,その金額を彼らの当座勘定の借方に記入する。その場合,彼はこれらの入金や支払金について手数料を請求するが,それはわずかなものであって,それは,彼がこの両方のあいだで処理する取引額の大きいことによってのみ,彼の労働にみあった報酬をもたらすのである。両方とも同じ出納代理業者と取引している二人の商人のあいだで支払いの決済ができる場合には,このような支払いは相互の記帳によって非常に簡単にかたついてしまうが,それは出納代理業者が彼らのために毎日……彼らの相互間の請求額を決済してやるからである。つまり,このような諸支払いの媒介が本来の出納代理業なのである。だから,出納代理業は,産業的企業や投機や白地信用の開設を排除する。というのは,この場合の原則が,出納代理業者は自分の帳簿に口座を開設してやった人びとのために彼の貸方残高を越える支払いはしない,ということでなければならないからである。」(フィセリング,前掲書,243,244ページ。)

 

  ①〔注解〕パーレンでくくられた挿入はマルクスによるもの。フィセリングでは脚注1)。〉 (325-326頁)

 

 【これは前パラグラフの最後〈……これらすべてのことを,貨幣取扱業者はなによりもまず,商人や産業資本家のためのたんなる出納代理人として行なうのである〉につけられた原注であり、ほぼフィセリング前掲書からの抜粋なので(マルクスはフィセリングの脚注をかっこに入れて挿入している)、書き下し文は省略する。
  ここでは出納代理業の具体的な業務の内容が書かれている。まず彼らは取引する商人からある一定額の貨幣を受け取る。これがこの場合、出納代理業を純粋に技術的なものとして考察する場合の限定である。それをフィセリングは〈出納代理人の制度がその本源的な独立的な性格を純粋に保っていた〉と書いている。出納代理業はその業務を純粋に限定的に考えるなら、顧客(商人)の蓄蔵貨幣を保管し、それを諸支払等に、顧客に代わって行なうということに限定しなければならないのである。だから純粋な出納代理業としては、その業務に常に付随してくる貸付業務等は捨象されなければならないわけである。
  出納代理業は、顧客(商人)から受け取った貨幣を自分の帳簿のなかに商人名義による貸方欄にその額を記帳する。それが「貸方」欄へというのは、いうまでもなく商人の側から見たものであり、商人は自分の貨幣を代理業者に預けたのだから、それは「貸方」なのである。
  そして商人は取引先から受け取った手形などの債権証書(例えば手形など)を出納代理業者に送り、出納代理業者は、その債権(手形)の貨幣額を貸方欄に追記し、さらにそのが満期が来れば、商人に代わって取り立て、支払を受けるという業務を代行するわけである。
  あるいは商人は代理業者に預けた自分の貨幣に宛てて、支払指図(小切手)を切り、それにもとづいて代理業者はその支払を代理し、その額を商人の当座勘定の「借方」欄に記帳する。
  この場合、代理業者はこれらの支払や受領に関連して手数料をとるがそれはわずかなものだとの指摘もある。
  そして重要なのは、出納代理業者が多数の顧客を抱えている場合、この顧客の間の諸支払はすべて帳簿上の操作によって簡単に片づいてしまうということである。だからこうした諸支払の決済などを媒介することが本来の出納代理業なのだと指摘されている。
  だからまた信用貸しのような業務(貨幣信用)は、この限りでは排除されているわけである。ここで「白地信用」という用語が出てくるが、これは恐らく顧客がまず一定の貨幣を代理業者に預けるのではなく、代理業者が顧客に対して信用貸しをして、一定の貨幣額を貸方と借方に同時に記帳するやり方ではないかと思われる。これだと顧客は元手もなく、取引を開始することができ、貸方に記帳された額だけ小切手を切り、諸支払をすることが可能となる。もちろん、小切手がそれを受け取った別の商人から代理業者に持ち込まれると、その分だけ最初の商人の借方の額が増えるわけだが、それらはすべて代理業者の信用による貸付になるわけである。だから後にそれらが返済されることを前提していることは言うまでもない。要するに、ここでは出納代理業を純粋にその技術的操作に限ってみるなら、信用による貸付等は排除されなければならないことが確認されているわけである。
  なお「白地信用」そのものではないが、よく似たものとして「白地手形」については、ウヘキペディアに次のような説明があった。

 

  〈白地手形(しらじてがた)とは、後で手形取得者に補充させる意思で、手形要件(必要的記載事項)の全部または一部を記載せずに署名して交付された未完成手形のことをいう(通説である主観説による定義)。なお、学説により白地手形の定義は若干異なるが、
1.署名の存在
2.要件の一部が白地であること
3.白地補充権(後述)が存在すること
が白地手形の成立要件になる点には変わりがない。〉
 
 アムステルダムの振替銀行の出納業務の実際について、次のようなものを紹介しておこう。

 

 〈アムステルダム銀行では振替台帳に開設された口座間に振替金額を記入することで決済がおこなわれた。振替台帳の冊数は,口座保有者の数によって異なるのであるが,17世紀後半以降は半年間に3冊が用いられた。振替台帳の各ページ上部には通しのページ番号が振られている。3冊が用いられる場合は,1冊目が1番~,2冊目が1000番~,3冊目が2000番~,のように区割りがされた。このページ番号は「フォリオ」と呼ばれ,各口座保有者にフォリオが割り当てられた。例えば,A商会は「1」,B商会は「2」、C商会は「3」といった具合である。取引回数が多く1つのフォリオに収まらない口座保有者には番号の飛んだフォリオに残高が繰り越され続きの取引が記入された。取引件数の少ない口座保有者には,2つや6つに区分されたフォリオが割り当てられる場合もあった。各フォリオは左右に分けられており,左側が負債(debet, debt),右側が資産(crediet, credit)であった。負債側にはその口座保有者の支払に関する事項,すなわち支払日,支払相手名,支払相手のフォリオ番号,支払額が記載された。資産側の受取に関する事項は支払と同様である。振替は,口座保有者およびその代理人が小切手または手形を呈示することでおこなわれた。小切手にはフォリオ番号が記入されており,振替銀行の職員は顧客からの呈示を受けると帳簿を開いて支払人と受取人の双方の勘定に取引を記入して決済をおこなった。決済手続きは基本的に以上であることから,いかに急速に手間をかけず決済を実行できていたかが窺える。各フォリオでは負債,資産ともに5件ごとの取引に合計額が算定され,そのフォリオが埋まると受取と支払の差引残高が算出され,次に割り当てられたフォリオの資産側の最初に繰り越された。1つのフォリオに記録される取引は,多い場合で約40~50件であった。〉(「アムステルダム銀行の決済システム―17・18世紀における「バンク・マネー」の意義―」橋本理博・名古屋大学院2013年度博士学位請求論文12-13頁)】

 


第3部第4篇第19章「貨幣取扱資本」の草稿の段落ごとの解読(19-9)

 

【18】

 

 ヴェネッィアの金庫組合。「一つには必要から,また,現金を持ち回ることが他の地方でよりも厄介だというヴェネッィアの土地柄から,この都市の大商人たちは,適当な保証と監督と管理とのもとに金庫組合を設けていた。このような組合の組合員はある金額を預託しておき,これにあてて彼らの債権者に指図書を振り出し,次にこれに支払われた金額が,そのために設けられた帳簿のなかの債務者のページで借方に記入され,またそれが帳簿のなかの債権者の貸方残高に加えられた。これがいわゆる振替銀行Girobank〕の最初のものである。これらの組合は古い。しかしその起源を12世紀にまでさかのぼって求めるとすれば,それは,この組合を1171年に設けられた国債引受施設と混同することになる。」(ヒュルマン,前掲書,453,454ページ。)〔原注a)終わり〕

 

 ①〔注解〕「この都市の大商人たちは,適当な保証と監督と管理とのもとに金庫組合を設けていた。」--ヒュルマンの原文では次のようになっている。「この都市の大商人たちは,相互の支払いをできるだけ容易にするような制度を設けることになった。彼らは適当な保証と監督と管理とのもとに若干の金庫組合を設けた。」
 ②〔注解〕「これらの組合は古い。しかしその起源を12世紀にまでさかのぼって求めるとすれば,それは,この組合をll71年に設けられた国債引受施設と混同することになる。」--ヒュルマンの原文では次のようになっている。「これらの組合はたしかに古い。しかし噂がその起源をすでに12世紀に見ているとすれば,それは明らかに,この組合を1171年に設けられた国債引受施設と混同しているのである。」
 ③〔訂正〕「453,454ページ」一草稿では「450ページ」と書かれている。〉 (326頁)

 

 【これは原注a)の続きであり、〈ヴェネッィアの金庫組合〉というこの抜粋に付けられた表題以外は、ヒュルマンからの引用なので書き下し文は省略する。
  ここではイタリアのヴェネツィアにあった金庫組合が、やはりネーデルランドの出納代理人の制度と同じものであることが分かる。この場合も、金庫組合の組合員はまずある一定額の貨幣を預託する。組合はそれをその組合員の勘定の貸方に記帳する。そして組合員はその自分の貨幣に宛てて取引相手である債権者に支払指図(小切手)を振り出し、その支払の代行を金庫組合に依頼することになる。金庫組合は、この小切手の支払を代行し、その額だけその組合員の勘定の借方に記帳する。そして同時に、この小切手による支払を受けた取引業者もやはり組合員であり、金庫組合に勘定を持っているとすれば、彼の勘定の貸方残高としてその小切手の額だけ追記される。だからこの場合は、金庫組合は、ただ帳簿上の操作だけで支払業務を代行したことになる。
  そしてこれが振替銀行の最初のものだと指摘されている。つまり純粋に出納代理業に限定されたものが振替銀行の最初のものだということである。だからここには信用関係としては再生産過程内の信用である商業信用だけがあるのみである。つまりあるのはただ貨幣の抽象的な機能から生まれてくる諸業務を代行することだけなのである。】

 

【19】

 

 〈貸借の機能や信用取引Handel in Credit〕が貨幣取扱業のそのほかの機能と結びついたとき,貨幣取扱業は完全に発展しているわけである{といっても,これはすでに貨幣取扱業の発端からあったことではあるが}。しかし,これについてはあとではじめて〔論じる〕。というのは,われわれは次章ではじめて利子生み資本を展開するのだからである。〉 (326-327頁)

 

  〈貨幣取扱業には、その発端から、貨幣の貸借の機能や信用取引が結びついていました。こうした貸借や信用取引と結びついてこそ貨幣取扱業は完全に発展しているわけです。しかしこれまでは私たちは、とりあえずはそうした貸借や信用取引を捨象して、貨幣取扱業をその純粋に技術的な操作に限って検討してきたのです。というのは、貨幣取扱業務の機能と結びついている貸借や信用取引については、次の第5章の利子生み資本ではじめて展開されるものだからです。〉

 

 【ここではこれまで第4章の商人資本の一つの項目として検討してきた貨幣取扱資本というのは第5章の課題である利子生み資本とは厳密に区別されたものとして捉えるべきことが確認されている。ここらあたりについては、すでに紹介したが、大谷氏の次のような一文が参考になる。

 

  〈マルクスは銀行資本および銀行業資本がもつ利子生み資本という資本属性だけを純粋に取りだして,草稿第5章の「1)」一「4)」(エンゲルス版第21-24章)で分析したが,その前に,まず,草稿第4章の「4)」で,銀行資本のもつ利子生み資本という資本属性は度外視して,銀行資本の貨幣取扱資本としての資本属性を純粋に取り出し,分析していた。〉 (307頁)


  〈マルクスは草稿第4章の「4)貨幣取扱資本」では,信用制度のもとで信用の取り扱いおよび利子生み資本の運動と結びついて行なわれている貨幣取扱資本の諸運動を徹底して度外視し,貨幣取扱資本そのものを純粋に取り出して分析しようとしている。この方法の徹底が,『1861-1863年草稿』での貨幣取扱資本の取扱いかたと決定的に異なる点であり,そこに,第3部第1稿における貨幣取扱資本および利子生み資本の分析方法の大きな前進があったと見ることができる。すでに述べたように,マルクスは草稿第4章を書きだしたときには,まだこの章のなかで利子生み資本を論じるつもりでいたのであるが,この章の執筆中に,利子生み資本は商人資本からは完全に切り離して,次の第5章で取り扱うことにした。この変更の理由をマルクス自身はどこにも漏らしていないが,筆者は,そのかなめが,貨幣取扱資本と利子生み資本とをそれぞれ純粋な形態で分析しようと決めたところにあったと考えている。〉 (308頁)

 

  だからここでもマルクスも書いているように、貨幣の貸借や信用取引は、貨幣取扱業である出納代理業者や両替商と密接に結びついて歴史的には現われてくるが、しかし概念的には両者は厳密に区別すべきだというわけである。当初、マルクスは第4章と第5章をひとまとめにして第4章として書くつもりだったのが、結局、第4章と第5章に分けて論じる必要があるとの結論に至ったのであるが、大谷氏は〈この変更の理由をマルクス自身はどこにも漏らしていないが,筆者は,そのかなめが,貨幣取扱資本と利子生み資本とをそれぞれ純粋な形態で分析しようと決めたところにあったと考えている〉と書いている。しかしでは、〈貨幣取扱資本と利子生み資本とをそれぞれ純粋な形態で分析〉する必要があったとして、それらがどうして二つの章として分ける必要があったのか、それが問題である。なぜなら、ただ〈純粋な形態で分析〉する必要だけなら、それらを別々の章として分ける必要は必ずしもないわけだからである。ではどうしてそれらは第4章と第5章に分ける必要があったのであろうか、あるいはどうして貨幣取扱資本は第4章の商人資本の一部分を構成するものと位置づけされる必要があったのか、それが問題なのである。
  それはすでにこれまでにも示唆してきたように、第4章の商人資本は再生産過程内の資本の運動である。つまり社会的な物質代謝を媒介する資本の運動なのである。だからそこで扱われる貨幣取扱資本もそのかぎりでは、再生産過程内の貨幣の運動とその機能を独自の特殊的資本として果すものなのである。また商業信用もその限りでは再生産過程内の信用なのである。それに対して、第5章の利子生み資本は、再生産過程外の資本の運動であり、再生産過程外の信用(貨幣信用)なのである。だからそれらは直接には社会的物質代謝にかかわるものではない。この決定的な違いの重要性にマルクスは気づき、両者を二つの章として分離して論じる必要があるという考えに至ったのではないかと私は推測している。
  だから本源的には貨幣取扱業は貸付業や信用取引と結びついて歴史的には現われてくるが、しかし論理的・概念的には両者は厳密に区別される必要があるわけである。だからマルクスは第4章の貨幣取扱業を純粋に技術的な操作に限定して論じているわけでもある。
  大谷氏には、残念ながら、続く第5章(篇)の一連の研究においても、常にマルクスが意識して区別している、再生産過程外の信用(貨幣信用)か、それとも再生産過程内の信用(商業信用)か、という本質的な区別についての明確な自覚がないように思えるのである。】


第3部第4篇第19章「貨幣取扱資本」の草稿の段落ごとの解読(19-10)

 

【20】

 

 〈地金取引そのもの--一国から他国への金銀の移転--は商品取引の結果でしかないのであり,為替相場--国際的支払いの状態やさまざまな市場での利子率の状態--によって規定されている。地金取引業者それ自体は,ただもろもろの結果を媒介するだけである。〉 (327頁)

 

 〈一つの国から他の国への金や銀の移転にともなう地金取引そのものは、商品取引の結果でしかありません。だから,地金取引は、国際的な支払の状態やさまざまな市場での利子率の状態などの為替相場によって規定されているのです。地金取引業者それ自体は,ただもろもろの結果を媒介するだけなのです。〉

 

 【ここでは国際的な商品取引の結果、金銀の国際的な移動が生じ、地金取引が生じることが指摘されている。だから地金取引は、為替相場に規定されているということと、地金取引はもろもろの結果を媒介するだけという位置づけが与えられている。
  【13】パラグラフでも地金取扱業について言及されていたが、そのときには〈地金取取扱業すなわち世界貨幣としての貨幣の諸機能を媒介する商業〉と説明されていた。
  いずれにせよ、ここでは地金取引が為替相場に規定されているということと、もろもろの商品取引の結果を媒介するだけだとの指摘があることが確認されるべきであろう。】

 


【21】

 

 〈[392]貨幣の考察にさいして--貨幣の諸運動やもろもろの形態規定性が単純な商品流通から発展してくる次第を考察したところで--( 第1部第1章)--すでに見たように,流通手段(購買手段)および支払手段として流通する貨幣の量の運動は,商品変態, 交換されるべき商品の価格の規模と速度とによって規定されており,これはまた,いまではわれわれが知っているように,それ自身ただ総再生産過程の契機でしかないのである。貨幣材料--金銀--のその産源地からの調達について言えば,それは結局は直接的商品交換,すなわち商品としての金銀と他の商品との交換に帰着し,したがって,それ自身,鉄やその他の金属の調達とまったく同様に,ただ商品交換の一契機にすぎない。しかし,世界市場での貴金属の運動について言えば{ここでは,一国の他国への資本の貸付を表現するかぎりでの貴金属の運動--そのような貸付は,商品資本の形態ででも行なわれる--は度外視する},それが国際的商品交換によって規定されていることは,国内の購買手段および支払手段としての貨幣の運動が国内の商品交換によって規定されているのとまったく同様である。{ある国民的流通部面から他の国民的流通部面への貴金属の移出移入は,それが国内鋳貨の減価や複本位制の確定によって引き起こされるかぎりでは,貨幣流通それ自体とは無縁であって,国家によって恣意的に引き起こされた偏椅のたんなる訂正である。}最後に,国内商業なり外国貿易なりのための購買手段ないし支払手段の準備ファンドとしての蓄蔵貨幣の形成について言えば,それがただ流通過程の必然的な沈澱物でしかないのは,さしあたり遊休している資本のたんなる形態であるかぎりでの蓄蔵貨幣形成がそうであるのとまったく同様である。

 

 ①〔異文〕「単純な」--書き加えられている。
 ②〔注解〕「第1部第1章」--もしかすると,マルクスはすでにこの時点で,「商品と貨幣」を『資本論』第1部に第1章として収録することを考えたのかもしれない。1862年のプラン草案(MEGAII/35,S.1861)では,商品および貨幣は「序説」で論じることを予定していたし,「1863-1865年草稿」での『資本論』第1部の草案は「商品と貨幣」についての章を含んでいない。ここのテキストで言及されている事柄をマルクスはすでに彼の著作『経済学批判第1分冊』で分析していた(MEGAII/2,S.170-174)。--〔MEGAII/2の〕189ページ3-4行への注解を見よ。〔「第1部第7章を見よ」という箇所へのこの注解は次のようになっている。--「カール・マルクス『資本論(経済学草稿1863-1865年)』,第1部第6章「直接的生産過程の諸結果」。所収:MEGAII/4.1,S.24-130.マルクスが指示しているこの諸章句は,「諸結果」の36-37ページと48ページにある。--「1863-1865年草稿」の第1部はこの時点ではすでに書き終えられていたのだから,たぶん,章名の書き誤りである。というのは,1862年12月のプラン草案に従えば,それはまだ,資本の生産過程についての篇の第7項目をなすべきものだったからである。けれども,また,完全には排除されえないのは,マルクスのなかで,「商品および貨幣」を第1章として先頭に置こうという考えがしだいに熟して,それ以降の諸章の数え方が一つずつ増えることになった,ということである。(「経済学草稿1863-1865年」,を見よ。所収:MEGAII/4,1,S.445.)同様のずれは,380ページ35-36行でも繰り返されている。ところが,683ページ15行と731ページ4行で,第5章と第2章とを指示しているが,これらは,「貨幣の資本への転化」の章を第1章とした数えかたに合致している。」〕
 ③〔異文〕「交換されるべき商品の価格の規模と速度」← 「それの規模と速度」
 ④〔異文〕「--そのような貸付は,商品資本の形態ででも行なわれる--」--書き加えられている。
 ⑤〔異文〕「あるいは」という書きかけが消されている。〉 (327-330頁)

 

 このパラグラフは全体としては比較的長いが、しかしそれは本文にさまざまな挿入文が括弧で括られて入っているからである。だからわれわれはまず全体としての文意を掴むために、最初はすべての括弧内の挿入文を外して読み下してみよう。そしてそのうえで、挿入文を一つ一つ吟味することにしよう。

 

  〈私たちが『資本論』の第1篇「商品と貨幣」のなかで考察したように、単純な商品流通から直接発展してくる貨幣の運動、すなわち流通手段(購買手段)や支払手段として流通する貨幣の量の運動は,ただ商品変態によって、交換されるべき諸商品の価格の規模と流通速度とによって規定されています。そしてこれはまたこれで、すでに第2部「資本の流通過程」を学んだ私たちがすでに知っているように,それ自身ただ総再生産過程の契機でしかありません。
  貨幣材料である金銀のその産源地からの調達についていうと,それは結局は直接的な商品交換(物々交換)に帰着します。つまり商品としての金銀と他の諸商品との直接的な交換に帰着するのです。だからその限りでは,鉄やその他の金属と他の諸商品との直接的な交換(物々交換)とまったく同様に,ただ諸商品の交換過程の一契機にすぎないのです。
  しかし,世界市場における貴金属の運動について言えば、そうしたものとは違います。その運動は、国際的な商品交換によって規定されているのです。それは国内の購買手段および支払手段としての貨幣の運動が、国内の商品交換によって規定されているのとまったく同じなのです。
  最後に,国内の商業や外国貿易のための購買手段、あるいは支払手段の準備ファンドとしての蓄蔵貨幣の形成についていうと,それがただ流通過程の必然的な沈澱物でしかないということです。それは,さしあたり遊休している資本のたんなる形態であるかぎりでの蓄蔵貨幣形成がそうであるのとまったく同じです。

  【括弧内の文の書き下し】

  {ここでは,一国の他国への資本の貸付を表現するかぎりでの貴金属の運動は度外視します。ただそのような貸付だけに限れば、それは商品資本の形態ででも行なわれるのですが。}


  {ある国民的流通部面から他の国民的流通部面への貴金属の移出移入そのものは,それがもし国内鋳貨の減価や複本位制の確定によって引き起こされるのであれば,それは貨幣流通それ自体の運動とは無縁であって,国家によって恣意的に引き起こされた偏椅のたんなる訂正に過ぎません。}〉

 

 【若干、疑問に思うのは、このパラグラフとその前のパラグラフとはどういう役割をもったものなのかということである。そもそもこの貨幣取扱資本の考察は、【19】パラグラフで終わっているような気がしないでもない。そこでは貨幣取扱業が貨幣の貸借や信用取引と結びついた時こそ、それが完全に発展しているのであるが、しかしこの貸借や信用取引は利子生み資本の問題になり、それは次の章(第5章)の課題なのだ、となっているが、この部分は貨幣取扱資本の考察の締めくくりのような感じがしたのである。ところが【20】パラグラフで、すでに【13】パラグラフ以下で論じてきた地金取扱業について再び論じ、この【21】パラグラフでは、これもすでに【4】や【5】で論じたことを繰り返しているような気がするのである。あるいは【20】パラグラフ以下は、貨幣取扱資本の別の位置づけを論じているのかも知れないので、とりあえず、ここでは若干の疑問を提示するだけにして、結論は最後まで置いておくことにしたい。
  さて、今回のパラグラフはいろいろと挿入文が入ってややこしいが、それを取り除けば、それほど難しくもややこしくもない。いくつかのことが言われているが、今それを箇条書きで書いてみよう。

  (1)貨幣の運動は商品の運動の結果であり、貨幣の量は、流通する商品の価格の規模と速度に規定されている。そしてこれらは総再生産過程の一契機である。
  (2)しかし貨幣の運動といっても金銀の産源地からもろもろの国へ流れ行く運動はこの限りではない。その運動そのものはその発端においては直接的な商品交換(物々交換)に帰着するからである。
  (3)しかし国際的な金銀の運動といっても、世界市場における貴金属の運動としては、やはり、その国内的な運動と同じように、国際的な商品交換に規定されているのである。
  (4)最後に、蓄蔵貨幣としては、それが国内における準備であろうが、国際的な購買手段や支払手段の準備としてであろうが、資本の遊休形態としてであろうが、いずれも蓄蔵貨幣としては同じものである。
  要するに、ここでは貨幣の運動を全体として見ているということができる。そしてこの限りでは、それは次のパラグラフへの考察へと繋がっているのであろう。

  ところでMEGAの注解②では、『資本論』のプランの成立時期について若干の考察を加えており、それに対する大谷氏自身の考えも訳者のコメントとして展開されている。しかしこの問題は、本文の理解とはまったく異なる問題であり、当面のわれわれの関心事ではないので、飛ばしておくことにしよう。また暇でもあれば検討してもよいかも知れないが。】


第3部第4篇第19章「貨幣取扱資本」の草稿の段落ごとの解読(19-11)

 

【22】

 

 貨幣流通全体が,その範囲においてもその諸形態においてもその諸運動においても,商品流通のたんなる結果であり,この商品流通も資本主義的立場から見ればそれ自身ただ資本の流通過程{これには,収入の支出が小売商業で実現されるかぎりでは,資本と収入との交換も収入と収入との交換も含まれている}を表わしているだけだとすれば,これもまたまったく自明なことであるが,貨幣取扱業は,商品流通のたんなる結果であり現象様式である貨幣流通をただ媒介するだけではない。この貨幣流通そのものは,商品流通の一契機として,貨幣取扱業にとっては与えられたものである。貨幣取扱業が媒介するのはそれの技術的諸操作であって,貨幣取扱業はこれらの操作を集中し短縮し簡単にするのである。貨幣取扱業は,蓄蔵貨幣を形成するのではなく,この蓄蔵貨幣形成が自発的であるかぎり(したがって遊休資本の表現または再生産過程の撹乱の表現でないかぎり),それをその経済的最小限に縮小[393]するための技術的手段を提供するのである。というのは,購買手段および支払手段のための準備ファンドは,資本家階級全体のために管理される場合には,各個別資本家によって管理される場合ほど大きい必要はないからである。貨幣取扱業は,貴金属を買うのではなく,商品取扱業がそれを買ってから,その分配を媒介するだけである。貨幣取扱業は,貨幣が支払手段として機能するかぎりでは,差額の決済を容易にし,また,この決済の人為的機構によって,決済に必要な貨幣量を減少させるが,しかしそれは,相互的な諸支払いの関連も,範囲も,定めはしない。たとえば,銀行業者たちと手形交換所とで相互に交換される手形や小切手は,これらの〔銀行業者や〕交換所そのものからはまったく||278|独立した事業を表わしており,与えられた諸操作の結果であって,問題はただこれらの結果をいっそううまく技術的に決済することだけである。貨幣が購買手段として流通するかぎりでは,売買の規模や度数は,貨幣取扱業にはまったくかかわりのないものである。貨幣取扱業は,ただこの売買にともなう技術的な諸操作を短縮することができるだけであり,そうすることによって,その回転に必要な現金の量を縮小することができるだけである。

 

 ①〔異文〕「諸運動」← 「運動」
 ②〔異文〕「……交換」という書きかけが消されている。
 ③〔異文〕「り現象様式であ」--書き加えられている。
 ④〔異文〕「それを……に縮小する」という書きかけが消されている。
 ⑤ 〔異文〕「また」← 「しかし」
 ⑥〔異文〕「人為的」← 「集中された」← 「意識的な」
 ⑦〔異文〕「手形〔交換所〕」という書きかけが消されている。
 ⑧〔異文〕「おり,」← 「いる。」
 ⑨〔異文〕「与えられた」--書き加えられている。〉 (330-頁)

 

  今回も{ }で括られた一文は飛ばして別に考えるとして、まずはそれを省略した書き下し文を書いてみよう。

 

 〈貨幣流通全体が,その範囲においてもその諸形態においてもその諸運動においても,商品流通のたんなる結果であり,この商品流通も資本主義的立場から見ればそれ自身ただ資本の流通過程を表わしているだけにすぎません。とするならば,これもまったく自明なことですが,その貨幣流通に規定されている貨幣取扱業そのものも,商品流通のたんなる結果であり、その現象様式である貨幣流通をただ媒介するだけに過ぎません。この貨幣流通そのものは,商品流通の一契機として,貨幣取扱業にとっては与えられたものなのです。貨幣取扱業が媒介するのはそれの技術的諸操作であって,貨幣取扱業はこれらの操作を集中し短縮し簡単にするのです。
  また貨幣取扱業は,蓄蔵貨幣を形成するのではありません。蓄蔵貨幣の形成が自発的であるかぎり、だから遊休資本の表現であるとか再生産過程の撹乱の表現ではないかぎりですが、貨幣取扱業は、それをその経済的最小限に縮小するための技術的手段を提供するのです。というのは,購買手段や支払手段のための準備ファンドは,資本家階級全体のために管理される場合には,各個別資本家によって管理される場合ほど大きい必要はないからです。
  貨幣取扱業は,貴金属を買うのではなく,商品取扱業がそれを買ってから,その分配を媒介するだけにすぎません。
  貨幣取扱業は,貨幣が支払手段として機能するかぎりでは,差額の決済を容易にし,また,この決済の人為的機構によって,決済に必要な貨幣量を減少させますが,しかしそれは,相互的な諸支払いの関連も,範囲も,定めません。たとえば,銀行業者たちと手形交換所とで相互に交換される手形や小切手は,これらの銀行業者や交換所そのものからはまったく独立した事業を表わしており,与えられた諸操作の結果であって,問題はただこれらの結果をいっそううまく技術的に決済することだけなのです。
  貨幣が購買手段として流通するかぎりでは,売買の規模や度数は,貨幣取扱業にはまったくかかわりのないものです。貨幣取扱業は,ただこの売買にともなう技術的な諸操作を短縮することができるだけであり,そうすることによって,その回転に必要な現金の量を縮小することができるだけです。

【括弧内の挿入文】

  {資本の流通過程には,収入の支出が小売商業で実現されるかぎりでは,資本と収入との交換も収入と収入との交換も含まれています}〉

 

 【今回のパラグラフによって分かるのは、その前の【20】も【21】パラグラフも、今回のパラグラフを論じるための前提だったということである。要するに貨幣流通全体の諸運動を【20】【21】パラグラフで検討した上で、それらの諸運動全体が商品流通のたんなる結果に過ぎず、資本の流通過程も、その流通に限れば単純な商品流通に帰着するとすれば、貨幣取扱業というのは、ただ商品流通のたんなる結果を与件として、それを媒介するだけだということである。ただそのための技術的操作をやるだけであって、それによって貨幣取扱業は、その操作を集中し短縮し簡単にするだけだということである。同じように、蓄蔵貨幣の管理や記帳についても、貨幣取扱業が蓄蔵貨幣を形成するのではなく、それを集中管理することによって、それを必要最小限に縮小するための技術的手段を提供するだけだと指摘されている。また諸払いの決済を容易にし、その決済のための人為的機構によって、決済に必要な貨幣量を減少させるが、しかしそのことは相互的な諸支払の関連や範囲などを定めるわけではないとも指摘されている。
 だから次のようにマルクスが述べていることは重要である。


  すなわち〈たとえば,銀行業者たちと手形交換所とで相互に交換される手形や小切手は,これらの〔銀行業者や〕交換所そのものからはまったく独立した事業を表わしており,与えられた諸操作の結果であって,問題はただこれらの結果をいっそううまく技術的に決済することだけである


  つまり直接表象として捉えられる限りでは、如何にも銀行などは大きな力をもち、貨幣の流通を管理し、それをもって商品流通を左右できるかに見えているが、決してそうではなく、それらはただそれらとは独立した事業である商品の流通に規定されているのであり、独自の事業である商品流通の結果をただうまく技術的に操作するためのものを提供するだけに過ぎないのだということである。銀行や手形交換所などはただ商品流通の結果をあれこれしているだけであり、社会の物質代謝を媒介している商品流通こそが前提であり、規定的契機なのだということである。


  ところで本文で〈貨幣取扱業は,商品流通のたんなる結果であり現象様式である貨幣流通をただ媒介するだけではない〉という部分について、大谷氏は訳者注をつけて次のように指摘している。

 

  〈143)〔E〕草稿では,「貨幣取扱業は貨幣流通をただ媒介するだけではない〔d.Geldhandel nicht nur…d.Geldcirculation vermittelt〕」と書かれており,エンゲルス版もそれをそのまま受け継ぎ,各国語訳,各邦訳もそれによっている。この文章を文字どおりにとれば,「貨幣取扱業は貨幣流通を媒介するが,しかしそれだけではなくてさらにほかのこともする」,そしてそのことは自明だ,という意味である。「さらにほかのこと」というのは,「貨幣流通の技術的諸操作」のことであろうか。とすると,この文章は,「貨幣流通を媒介するだけではなくて,貨幣流通の技術的諸操作をも媒介する」という意味だということになる。この読みかたは適切であろうか? 筆者には,この文章のうちのnichtが不要のように思われる。すなわち,「貨幣取扱業はただ貨幣流通を媒介するだけだ」ということである。そして,これ以下,「貨幣流通を媒介する」と言っても,それは「貨幣流通の技術的操作を媒介するだけなのだ」,と話が続いていくように思われる。nichtはマルクスの消し忘れではないだろうか?〉 (大谷新本第2巻330頁)

 

  これは全体の文意を読み取れば、大谷氏の指摘がまったく正しいと私も思った。だから書き下し文もそのように書いた。これがエンゲルスによっても、他の諸文献でも訂正されていないというのはむしろ驚きである。】

 

【23】

 

 〈だから貨幣取扱業は,ここで考察しているような純粋な形態では,すなわち信用制度から切り離されたものとしては,ただ,商品流通の一契機すなわち貨幣流通の技術と,そこから生じる貨幣のさまざまの機能とに関係があるだけである。〉 (332頁)

 

 〈だから貨幣取扱業は,ここで考察しているような純粋な形態では,すなわち信用制度から切り離されたものとしては,ただ,商品流通の一契機すなわち貨幣流通の技術と,そこから生じる貨幣のさまざまの機能とに関係があるだけなのです。〉

 

 【ここでようやく【20】パラグラフ以下の考察の意義が明らかになってくる。【19】パラグラフで貨幣取扱業というのは、その発端から貨幣の貸借や信用取引を伴ったものとして歴史的には現われてくるが、しかしわれわれはそれを厳密に区別して論じる必要がある、というのは貨幣の貸借や信用取引は次章で取り扱う利子生み資本の問題に属するからであると述べていたのであるが、そのあと【20】以下は、そうした貨幣の貸借や信用取引から厳密に区別された貨幣取扱業というものは、単純な貨幣の運動に規定されたものであり、ただその機能をもっぱら担う特殊的資本として分離独立したものであること、だから貨幣取扱業というのは、商品流通に規定されており、ただそれを媒介する貨幣の諸運動の技術的操作に限定してわれわれは考察する必要があるのだということを明らかにするのが、それ以降のパラグラフの役割といえる。つまり純粋な形で取り扱われた貨幣取扱業というものの位置を正確に規定するということであろうか。】

 

【24】

 

 〈このことが貨幣取扱業を商品取扱業から本質的に区別する。商品取扱業は商品の変態と商品交換とを媒介し,あるいは,商品資本のこの過程さえも,生産的資本から分離された資本の過程として現われさせる。だから,商品取扱資本はそれ自身の流通形態--G_W_G--を示すのであって,G_W_Gでは貨幣が二度持ち手を取り替え,それによって商品交換を媒介するのとは反対に,この形態では商品が二度場所を取り替え,それによってGが還流するのであるが,これにたいして,貨幣取扱資本については,そのような特殊的形態を示すことができないのである。〉 (332頁)

 

 〈純粋な形態での貨幣取扱業というのが、ただ商品流通の結果に関連し、そこでの貨幣の機能の技術的操作を担うだけであるということこそ、貨幣取扱業を商品取扱業から本質的に区別するのです。商品取扱業の場合は商品の変態と商品交換とを媒介します。そして商品資本のこうした運動が、生産的資本の運動から分離された独自の資本の過程として現われるのです。だから,商品取扱資本はそれ自身の流通形態--G_W_G--を示すのです。単純な商品の変態であるW_G_Wでは、貨幣が二度持ち手を取り替え,それによって商品交換を媒介します。しかし商品資本の運動G_W_Gにおいては、反対に商品が二度場所を取り替え,それによってGが還流するのです。これにたいして,単に貨幣の機能の技術的操作に関わるだけの貨幣取扱資本については,そのような特殊的形態を示すことができないのです。〉

 

 【ここでは貨幣取扱資本の商品取扱資本との本質的な区別が論じられている。どちらも生産的資本の循環の一契機である商品資本や貨幣資本が特殊的資本として自立化したものといえるが、一方の商品取扱資本は、生産的資本の循環(P…W’-G’-W…P)の流通過程にある変態(W’-G’-W)を独自の資本の運動(G-W-G)として担うものであり、その限りではこうした商品と貨幣との交換過程を媒介するが、しかし貨幣取扱資本というのは、ただ生産的資本や商品取扱資本の運動の一契機である貨幣資本の、しかもそのただ単なる貨幣としての機能を純粋に技術的操作に限って代行するもの過ぎないわけである。だからそれは独自の特殊的形態としての循環を示すことはないのである。これが両者の、すなわち貨幣取扱資本と商品取扱資本との本質的な区別をなすのだというわけである。】



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